「わたしを、あなたの色に染められていくみたい。」
そっと瞼を伏せて、薄く唇を開いて、僕を信じきって身を任せる彼女の顔があんまり可愛くってさ。……たったそれだけでどきどきしたなんて信じられるか?アベンチュリン。
唇に薔薇を咲かせても、きっとあれほど魅力的な色にはならない。いつもの淡いピンクも可憐で好きだけど、僕の選んだドレス、僕の選んだ唇の色で新しく生まれ変わった彼女は、やっぱり特別だ。
歓びでも、悲しみでも、真珠色の瞳の上で膨らむ涙が好きなんだ。それを拭うかこぼれるままにさせるか、僕の思うままにできるものだから。
僕にはこの幸運以外何もない。彼女が失った記憶を優しく揺り起こすこともできなければ、病気をあっという間に治してみせることも、うるさい亡霊を永遠に消し去ることもできない。
でも彼女は、僕がいると空気が澄んでいくと言う。あなたは魔法使いなの、と問うてくる。
まさか、こんな魔法使いがいるもんか。唇が息苦しそうに震えるのを心配してみせながら、僕に嫌われまいと肩に縋りつく手をよろこんでいるような奴なのに。僕はただのギャンブラーだ。だけど、見せ掛けの魔法使いにはなれるかもしれないね。
冬の硬い石畳に、靴はすぐにすり減る。彼女の足が傷つかないように抱き上げて、僕好みのドレスを着せて、魔法のように同じ夢を見よう。僕のことしか考えられない頭なら、ほら、もう苦しいことなんか思い出せないだろ?
可憐なオデットは妖艶なオディールに。黒い毛皮のケープコートと繊細なデザインの手袋が僕好みだ!この下に隠れてるものを思うと、いやあ、たまらない気持ちだね。
後ろから必死に袖を引くようなあの声に縋られたら、きっと誰もが固い扉を開けてしまうだろう。どうしたの、ここにいるよ、なんて優しく囁いて、震える体を抱きしめるための腕を伸ばすんだ。例に漏れず僕もその一人だけど、その瞳を蕩けさせることができるのは、もちろん僕だけ。
仮面舞踏会で孔雀の羽は目立ち過ぎるから、しばらくはお預け。燕の装いがお気に召したようで何よりだ。
「ひとりでお洋服を着れないのは赤ちゃんだけよ。」
だから、僕も彼女も相手に全てを任せたことはないけど。「子供」になった彼女の着替えに手を貸した時、黒曜石のように艶やかな巻き毛を両手でかき分ける仕草が、とても……そう、魅力的だったよ。露わになったうなじや背中、恥ずかしそうにファスナーを押さえる指先もね。かなり言葉に迷ったけど、だめだな、そんな言葉じゃおさまらない。キた、とでも言った方が逆にいい気がするくらいだ。
いつか「赤ちゃん」になる時がくるかな。それとも、一人前のレディのまま甘えてくれるかい?その時は、うなじへのキスだけじゃ止められないだろうけど。
大きく開かれた胸元を柔らかなドレープが飾り、肩と体のラインを隠さない、人魚のようなシルエットのベルベットドレス。世界を静寂で包み込む夜明けの色、そして全てを無に返す夜の海の色。
僕が選んだそのドレス姿に、ろくな言葉が出てこなかった。この世でもっとも美しいレディになってくれて構わない、とは言ったけど。…だって、本当にそうなるなんて思わないだろ。