「…わたしは……恥ずかしいわ。あなたのことを好きだと意識すればするほど、……何故か、急に…。」
……やられた、魔性め。自覚のある方がよっぽど扱いやすい。そんなふうに言われたら、「やっぱりもういいわ」なんて無慈悲なストップも許してしまうよ。受け入れるかどうかはまた別の話だけど。
好きだと意識すればするほど。その言葉で一番に頭に浮かんだのは、唇に吸い付くような不意打ちのキスをされた時。彼女が着替えのドレスを抱いて物陰に隠れてしまったから、多分赤くなった、恥ずかしい顔を見せずに済んだ。
キスひとつであんなに顔が熱くなるとはね。複雑な女心以上に、僕は僕の心が分からない!
首筋と左肩に一つずつ。それから左の胸に三つの痕。やわらかい体に指を深く沈めるのがいい。僕の自由に形の変わるそれが、たまらないのさ。
元々好んでいたというわけでもないし、彼女以外のお嬢さんがそうするところを想像しても、特に何とも思わない。色っぽくて思わず見蕩れる仕草だとか、可愛らしくて微笑んでしまう仕草。そういうものがたった一人にしか当てはまらないなんて、今まで意識したこともなかったけど…。
彼女に首飾りをつけてあげた時、細い首を差し出そうと長い髪をまとめて胸元へかき寄せる手に、僕はまるで、初めて女性を知った純粋な少年みたいだった。ああ〜…彼女のこの仕草がたまらなく好きなんだろうな、僕って!これまでを思い返してもそう認める他はなさそうだ。
可笑しそうに笑う唇を両手で隠す仕草はかわいいし、ドレスの裾を持ち上げる仕草は優雅で眩しい。振る舞いのひとつひとつが、どうしてか心に残るんだよ。
言葉のないやり取りの中で、彼女が僕の意図を理解してくれたのが分かった。
二連状の白いパールの輪に、ブルーグリーンの宝石がいくつか寄り添う首飾り。そう、彼女に優しく抱かれた僕というわけ。
貴族の性教育ってやつがどういうものかは知らないけど、確かにキスマークの意味をわざわざ教える必要はなさそうだな。それこそ意味なんて千差万別、愛も憎しみもお好きなように、だからね。
意味も知らず、ただ本能で僕の気持ちを感じてくれたんだろう。ちょっとずれた分析が高貴なご令嬢らしく、感極まった声が純朴な少女らしくて、それがどんなにかわいかったか、僕の力じゃとてもじゃないけど説明しきれない。
「消えてしまったら悲しいわ…。この痕は、ひとつじゃないと駄目なの?沢山あっては、いけないのかしら…?」
その切なそうな問い掛けが、胸の締め付けられるような甘い気持ちを僕に教えてくれたよ。置き鏡に映るうっとりとした顔は、僕には、彼女の自覚のない誘惑だった。
心臓にキスされて喜ぶなんて正気じゃないけど、正気じゃいられないのが僕たちの愛なのかもね。
キスマークのついたポケットチーフを僕の左胸に滑り込ませて、優しく、燃えるように熱い唇でこの心臓を攫っていった。燕尾服の上から胸を抑えると彼女の唇がほんとうに心臓に届くようで、いきなり王女様から求婚された奴隷のようにぼんやりとして、それからはもう、ますます彼女の虜だ。
「わたしの存在を、感じていただけるなんて…。」
控えめで、しとやかで、欲深い。恥ずかしそうに伏せた瞼の下で、どんな感情や欲望が渦巻いているのか。僕はそれが…今、何よりも知りたいんだ。
どうしたら、もっとあなたのものになれるのか。いじらしく控えめな口ぶりで、底のない欲深さをぽつりと零す。ぞくぞくするなぁ。僕の心も体も彼女の暗いドレスの中に飲み込まれてしまいそうだ。
「そしてたった今、その願いはわたしの夢になったのよ…!あなたと一緒に…、生きること…!」
ただ、僕の夢に彼女を連れていくつもりだった。誰からも踏みにじられず、自由で、彼女が思いきり息を吸える世界に。それは、つまり……一緒に生きるということなのか?
差し伸ばされた両手と歌うように響いた声が、必死に、僕だけを求めていた。笑い出さずにはいられなかった。あまりにも僕に都合のいい、苦しいくらいに幸せな、ふたりだけの世界がそこにあったから。
もう迷えない。迷わないよ。彼女と出会わなかった自分を、僕はもう想像すらできない。