自分の口の軽薄さを知っているからこそ、もっとも雄弁なのは人の目だと思ってたんだ。
彼女はその心ごとぶつけるように全身で抱きしめてくれたけど、やっぱり僕は仮面の下を見たかった。外した瞬間に何を見るのか、どんな色の火を灯しているのか、隠された何もかもを知りたくってね。
「きっと、死んでしまうわ…」
「あなたが何処かへ行ってしまったら、そう思うと…息が出来なくなるの……。」
…彼女の唇も、嘘をつかなかった。我を忘れてあまりにも余裕のないキスになったのは、同じことを訴える瞳と、そこからあふれる涙が心の底から愛しかったからだよ。
厚いカーテンの向こうの、演奏にもならない途切れ途切れの微かな音も、その時にはもう聞こえなくなった。僕たちだけが別の世界へ来てしまって、ふたりで薔薇の香りがする水の底へ転がり落ちていったみたいに。そばに薔薇をたくさん浮かべた小さな噴水があった。だから、そんなふうに考えたのかな。
僕の目は君と同じだった?そう聞くことはなかったけど、何ひとつ隠せなかった気がする。歓びも、苦しさも、彼女に抱いた気持ちの全て。
酔っていることを理由にキスのおねだりをされたとして、駄目だよとか、今は我慢してくれとか、余裕ぶって窘められたのはいつまでだったんだろう。明確にこの時からだとは言えない。いつの間にか、あの瞳に抗えなくなってた。
簡単な男になっちゃったなあと思っても、だからってどうしようもないじゃないか?大胆なくせに少しだけ言い淀む声が、息が詰まるくらいに可愛かったんだ。
二人で大広間を抜け出して、温室になったテラスへ逃げ込んだ。単純な欲望に流される自分を見られなくて良かった。彼女以外の、だれにも。
白ぶどうの果皮を光に透かしたようなシャンパングラス。でも彼女には、きっとそんなことを確かめる間もなかったとはずだ。何か思い余ったふうに一気に呷ってしまったから。ぴったりと身を寄せながら一途に僕を見つめる瞳が、唇と同じ、甘い香りがしそうな色に潤んでいたよ。
そう、今までたかがシャンパンと甘く見ていた。まさかあんなに翻弄されるなんて…!
楽しそうな笑顔といつもより少し高い声、ワルツの輪の中で奔放に揺れる黒い髪。千金の価値があるからこそ、腕の中からこぼれ落ちないように、誰にも奪われないように隠しておかないと。
赤い巻き毛のお嬢さまと、僕の苦手なあいつ。舞踏会の最後まで、はたして捕まらずにいられるかな?
「わたしとあなた、どんな関係に見えているかしら…?」
恋人か、夫婦か、意地悪な奴には美しいお嬢さまとその愛人に見えるだろうねと僕は答えた。
まあ大方そんなところだろうし、実際にどう判断しようと彼らの自由だ。ただ、もしもどう見えてほしいかと聞かれたら、たぶんこう答えてたんじゃないかな。この舞踏会で一番お似合いの、運命のような恋人たち。
思い返してみると、彼女の手はいつも僕に触れている。お互いを想い合って触れ合う手も好きだけど、袖を引いたり腕をぎゅっと掴んだり、何か心もとない時、僕を頼る指がとてもかわいい。
誰かを守ってあげたいって、損得なしにこんなに強く思うのは初めてなんだ。甘えてくれないと僕が不安になりそうなくらい。
…ああ、嘘だと言ってくれ。気付いてしまった自分が憎いよ。彼女がいてくれなきゃ駄目で、とても立っていられないのは…僕なのかもしれない。