抑揚、息のつぎ方、しっとりと濡れたような声。何もかもが完璧で、普段でさえ言葉を忘れて聞き惚れてしまいそうなんだ。ベッドの中で優しく読み聞かせなんてされたら、二度と起き上がれなくなるかもって心配してる。冗談抜きさ、本気だよ。
「ナイチンゲールとばら」のあらすじを教えてくれる声は、途切れ途切れで、息をつぐところもまるでばらばら。吐息の中に消えてしまう音もあって、確かに、いつもの穏やかな心地良さとは違ったかもしれない。
それでも思い知る。僕を夢中にさせるところはどんな時でも変わらないね。もちろん、虜になったのは声だけじゃなかった。…あのまま続けてたら、全身の血が沸騰してたんじゃないかなぁ。
赤い薔薇を見つけられないナイチンゲール、その後はどうなるんだい?はやく続きを!……なんて甘える前に、童話には書けない、僕らだけの秘密の時間を作りにいこう。
僕が登場人物たちの台詞を読むと、彼女の肩が小さく震える。もしかして笑ってた?
お姫さまの台詞を読んでくれという提案は、ただその方が楽しくて、舞台の上じゃない彼女の演技も見てみたいってだけだった。照れて少しだけぎこちない、でも期待以上に意地悪で可愛いお姫さまだった。だから、もっとその声に聞き入りたくて瞼を閉じたんだ。
……不意打ちはやめてくれと言ったけど、うまく言葉を紡げなくなったこの口も、熱くなったこの頬も、決して嫌なわけじゃない。どうすればいいのか分からないだけ。どうすれば…格好がつくのか。
だけど、僕がどれだけ迷って途方に暮れても、君がそこにいるんだね。
ブルーファンタジアにダリア、暖かくなったら庭に咲くという花。花冠なんて初めてだし、ハンスがお姫さまにあげた王冠よりずっと見劣りがするだろう。それでもいいと笑って、その細い指で、我慢強く教えてくれよ。
ふたりで本を覗き込む時、頬にあたたかい額が触れて、池の中の魚が飛沫をあげるみたいに心臓が跳ねた。ぴったりくっついた額とふわふわの前髪が、僕に甘えてるみたいで。
少し触れたくらいでどうして…と思ったけど、ああ、そっか。多分、お互いに許し合ってる距離ってやつが、その時にはっきり分かったからかもしれない。本の位置を変えることだってできた。顔が触れないところで覗くことも。でも彼女はそうしなかったし、僕はそれを嬉しく思った。
何気ない時、ちょっとした仕草で想いが伝わるものだね。そういう当たり前のようで普段意識もしないことを、いつも微笑みながら僕に気付かせるんだ。ほんと、油断ならないよ!
アンデルセンとオスカー・ワイルド。立派な装丁の二冊を胸元に抱いた姿が、どうしてだろう、とっても素敵に見えた。僕は『のろまのハンス』を読み聞かせることになって…彼女の方は、まだ分からない。うーん、わくわくするね。
炎のゆらぎと薪の爆ぜる音、燃える木の匂い、じんわりとした暖かさ。暖炉の前のソファに寝転がるとその全てを感じて、僕の胸に頬を寝かせた彼女の重みと呼吸するたびに動く胸が、その時、この世界でもっとも特別なものに思えた。
僕の身体に半身を重ねる時、嬉しそうに笑いながらも彼女の仕草は楚々としていた。もちろん普段からそうさ。でも、きっと僕が窮屈さを感じないように、そっと鳥の羽根を置くみたいに座ったんだ。ソファの下で上品に揃えられた脚が、ドレスの形も相俟ってほんとうに人魚みたいだったよ。
羽根と言えば、脇腹をくすぐってきた指がまさにそんなふうだったな。小さくて真っ白な羽根。
あれは先にいたずらした僕への仕返しだと思うけど、「仕返し」をしてきたってことが何より可愛くて……だから僕が笑ったのは、ただくすぐったいから、だけじゃなかったのさ。