「まるで……わたしとあなた、青い海の底にいるみたいではなくて…?」
ほんとうにそうだったね、イゾルデ。酒場の二階、一番奥の客室は物がほとんどなくて、だからこそ窓から忍び込む月明かりが狭い部屋を照らして、入口に立つ僕たちの足元に届いた。
灯りをつけずにこのままで。その言葉が僕の考えとまるきり同じで、心を読まれたかと思ったよ。
先にワインボトルを置いた彼女がこっちに伸ばした時、グラスを受け取ろうとしているのはすぐに分かった。別に、僕が置くのを見てればいいこと。さりげないその行動が…女性の、やさしい心っていうのかなぁ。僕の前で、それだけ彼女の心がやわらかくなっているんだって、ふと感じたのさ。
柊の飾りがついた深緑色の靴に履き替える前、小さな足を守っていたサテンのヒール。あれは今頃、あの使用人の部屋で灯りがつくのを待ってるはずだ。たぶん、綺麗に揃えられた状態で。首飾りと同じようにわざと置いてきたのかと思ったら……まさかの「忘れてきてしまった」だもんなあ。
困ったように眉を下げて僕の顔を窺う視線が、何でも許してしまうくらいに可愛かった。思わず笑っちゃったけど、こら!と叱ってみたら一体どんな顔をしたんだろう。手を揃えて、しょんぼりしおれた花みたいになったかな?
想像してひとり笑ってみる。みるけどね。僕につられたあの笑顔が、やっぱり、僕の一番見たかったものだ。
ひらひら揺れるスカートと白い素足を下から仰ぎ見る状況にあって、十五段もない階段は百段のそれに匹敵する。ああ……長い。くそ、くそ、くそ。顔を上げていられない。頼むよ、誘惑しないでくれ。
でも、たとえ何度やり直せたとしても…僕はやっぱり、お先にどうぞと紳士ぶってみせるんだろう。
意地悪だわ、アベンチュリン。そう言って僕の腕に寄り添った彼女のやわらかい頬が、薄明かりの中でも確かに赤く染まって見えた。抗議したいのにしきれなくて、甘えるように響いた声と仕草が…とても……。
守ってあげたいような、意地悪をしたくなるような、上りきった狭い階段の上でひどく複雑な思いだった。もしスカートを押さえた指先を僕が引き剥がそうとしたら、それはきっと、いとも簡単に。
【感謝の手紙】W3-119の君たちと、B-1474の君
やあ、ご挨拶が遅れたね!僕と彼女の本を並べてくれている君たちに。
ありがとう、この感謝の気持ちは片手指分の信用ポイント、あるいはQPに変えて渡しても構わないかい?おっと、いま君が考えた数字より桁を二つ三つ上げるように。
僕の不精で未だに本棚を置いていないんだけど、君たちの睦まじさ、美しい音に僕もこっそりと触れて、とても良い刺激をもらってるよ。これを機に感謝を伝えさせてくれ。これからも君たちの日々が彩り豊かなものであるように、一読者として願ってる。