誰かのために子守唄を歌ったのは初めてだよ。きっと甘くて優しいんだろうと、彼女の子守唄を想像していたところだったのに。全く逆のことをしている自分に気付いて一瞬呆気に取られた。でも、多分、そういうことだ。
僕と同じ、蕩けるような気持ちになってくれたらいいと思った。安らぎの中で眠りについてほしかったのさ。だから…僕の咄嗟の願いは、あの満ち足りた微笑みで十分に報われたんだよ。
「おやすみなさい、また明日。」
あの雨のように夜も逆行すればいいと思ったけど、その一言で、あかるい朝の光に包まれた姿を見てみたくなった。
夜は明けて、僕らは眠る。目が覚めたら、君はどんな顔を見せてくれるのかな。
「今から、とても良いものをお見せしますわ。…いいえ、わたしも一緒に……ふたりで見るのよ。」
ヒントのない謎かけに一も二もなく白旗を上げた。一秒でも早く「降参?」と聞いてくれるのを待っていたくらいだからね。答えをねだると、返ってくるのは胸に沁みこむような甘い笑い声。悔しさなんかこれっぽっちも抱けなかった。
十字格子の窓の向こうに見た、深い青一色の世界。毛布にくるまりながら抱き締めた温もりが、言葉も忘れるほど、あの空を美しく見せたんだ。
空から星が消えて、街を美しい青で包み込む冬の夜明け。あの瞬間をずっとこの腕に抱いていられたら。…過去の僕はそう言った。君のようだと言って、夜明け色のドレスを選ぶ時だった。
「だから、わたしも一緒に抱き締めて欲しかったの。」と微笑む彼女には、もう寂しげな陰はないけど。それでも、変わらず僕の心をふるわせる。手の届かなかった夜明けがなにもかもを脱ぎ捨てて、僕の腕の中に飛び込んできたみたいだよ。
「だって…あなたが、幻滅なさるかもしれないでしょう…?」
なんてかわいいことを言うんだろう!どんな姿を見たって幻滅するわけがないのに、要らない心配をして、僕の目を塞ぐ。抱き寄せられたのは思いがけない幸運だったけどね。
胸元から顔を上げた瞬間、全く関係のないことが頭を過ぎった。この形のいい眉が、今みたいに力をなくしたり、嬉しそうに跳ね上がったりするのが好きだなぁって。ひと目見た彼女の首筋に匂うような色気が走って…何だか、くらくらしちゃったんだ。
けだるい身体からいつまでも熱が引かない。首筋に埋まる顔や、絡められた脚が動くたび、骨が軋むくらいにきつく抱きしめたかった。