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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗243-253

243 :げらっち
2024/06/15(土) 17:09:02

第22話 友情の黄金比


 ミーンミンミンミン。
 やかましい。黙れセミ。

 7月いっぴ、戦隊学園にも夏が来た。赤の日に人類が折半されてから地球温暖化の進行は遅くなったとはいえ、夏は暑い。
 私と楓は炎天下の校庭を歩いていた。必修科目はいくつかのグループに分かれて受けるが、今日は楓と同じグループだったのだ。
 私たちはコボレホワイトとブルーに変身していた。その理由は白と青から涼を感じられるというだけでなく、戦隊マスクはアルビノの目を、スーツはアルビノの肌を紫外線から守ってくれるからだ。それでも暑さはどうすることもできず、ぐったりしながら、木陰を縫ってレッドグラウンドに向かった。
「暑いねえ……」
「暑いよ」
「あっついねえ……」
「あっついよ」
 暑い、暑い、暑い、ただそれだけの繰り返しの会話。
「あ、七海ちゃん、足に蚊……!」
「ん?」
 私は楓に言われて足を見た。タイツで覆われている脛に蚊が止まっていた。
 戦隊学園に住む蚊は独自の進化を遂げており、変身を貫いて血を吸うのだ。何と逞しい。私は屈んで、足に止まった貪欲な害虫を、慈悲無く叩き潰した。
「うわ!! 残酷!」
「はい? あなたが密告してくれたんだけど」
「足に蚊が居るから、いっぱい血を吸わせた上で逃がしてあげて! って言おうと思ったんだよ!! あーあ、あたしを吸いに来てくれればいくらでも吸わせてあげるのに。楓ちゃんスタンドハイオクたったの156円です!」
 すごくムカついたが、暑さのせいでどやす気にもならなかった。


 レッドグラウンドには100名ほどの生徒が整列していた。何故こんな時期にわざわざ日影の一切無いこの場所で戦隊体術基礎をやるのか……
 生徒たちは既に変身している者が多かった。変身は多少暑熱を防げるのだ。
 すると。

「ななみん~!」

 我が名を呼ぶ者は誰だ。

[返信][編集]

244 :げらっち
2024/06/15(土) 17:09:27

 赤い変身に赤いとんがり帽子を被った魔女のような女子が手を振っていた。ミニスカから露出した素足は、狙いすました内股。
 私と同じ魔法クラス1年の、長井華(ながいはな)、プリ魔戦隊マホレンジャーのマホレッドだ。クラスで何度か会ったことがある。

 長井は私の手を引っ張って、楓から遠ざけた。
「知り合い居ないからどうしようかと思ったぁ~! ペアになる授業だったらななみん組んでよぉ~!」
「お断り。私には入学して以来の古女房が居るから」
 私は長井の手を振り払い、楓の方に寄った。
 長井はゴーグルの下から青酸カリのような目を向けてきたが、すぐに甘ったるい声色で取り繕った。

「ていうか~、あっつくて死にそ~なんだけどぉ! 日焼け嫌だしぃ~。ななみんは白いからそんな悩みないよねぇ~。ところでぇ~、緑セン(緑谷先生)、風邪でお休みだって! 風邪なんか絶対引かなそうなタイプなのにネ! 本当は和歌崎先生の水着姿でも見てのぼせてるのかもだけどねぇ。水着といえば、今度プ~ルの授業があるって! 男子にじろじろ見られちゃうかもぉ~! 夏はほんとオトコの視線感じまくり!! ななみんも気を付けなきゃダメだよっ。こないだも授業向かうバスの中で痴漢に遭ったんだよね。これで入学して54回目! なんで華ばっかり狙われちゃうのぉ!? 3年に居るお姉ちゃんは一度も遭った事無いって言うんだけど。先週なんかさぁ……」

 コイツは話が長いのだ。私は楓を牽引し離れた場所に行った。
「何アイツ! ぶりっ子きもくね?」
 楓は同族嫌悪していた。
「あなたもその予備軍でしょうに」
「ヨビクン? 誰それ。ていうか七海ちゃん、コボレ以外に友達居たの意外……」
「アイツは友達じゃない、断じて」

 アイツはナルシでワガママな上、誰にでも長話をしてしまい煙たがられて、クラスで居場所が無いから私の元に回ってきただけなのだ。アイツは話を聞いてくれさえすればオウムでもSiriでも壁でも何にでも話し掛け続けるだろう。

「あたしを選んでくれてありがと!」
 楓は私の両手をぎゅっと握ってきた。青いマスクのゴーグルの下、彼女の目は笑っていた。
 長井ではなく楓を選んだことに対するお礼のようだ。
「そんなのわざわざお礼を言う事でも無いと思うのだけど。暑いし手離すね」
 私は楓の手を振りほどいた。それにしても。
「緑谷先生がお休みってことは、誰か代わりの先生が来るのかな」
「さあ……わからん……」
「中止になってくれれば万々歳なのだけど」

 セミの合奏に負けないくらい大きなチャイムが鳴った。

[返信][編集]

245 :げらっち
2024/06/15(土) 17:10:06

 チャイムは授業開始の合図だ。
 しかし先生はなかなか現れなかった。茹る様な猛暑の中、私たちは立たされている。佇立する私たちの影が後ろに伸びている。

 数人が「中止なんじゃね?」「校舎戻ろうぜ!」「喉乾いたぴよ!」などと言って列を抜けて行った。
「七海ちゃん、あたしたちも戻ろうよ! きっと代わりの先生が決まらなかったんだよ!」
 でも私は難色を示した。戦隊学園のことだ、こういう試練を与えてくることは目に見えている。
「なにこれぇ~! 嫌なんですけどぉ~!! 誰か太陽から華を守ってぇ~!!」
 ガタイの良い男子が何人か、長井の前に立って日影を作り、長井を休ませていた。

 更に数分が経過。
 私は熱中症準2級になっていた。戦隊スーツは汗でじっとり濡れ、全身が冷水を欲している。目はチカチカし、頭は痛い。立っているのがやっとだ。
「そうだ……」
 魔法の錬金術。手から冷気を出し、デコルテに当てた。キン、として意識が明瞭となった。氷属性で良かった。レッドだったらこんな真似はできない。
「七海ちゃん頭良いね!」
 楓も私を真似し、手から水を生み出し、顔にぶっかけた。

 熱中症1級の検定に合格したか、数人の生徒が崩れるように倒れた。長井に誘惑された男子も次々と倒れ、日影を失った長井は苦しみ出した。
「うぅ……暑ぃ暑ぃ~……なんかお花畑が見えるぅ……あか……しろ……きいろ……ぉ」

 長井華が倒れるのが見えた。

 9割の生徒が退避するか倒れた。
 すると日が陰ってきた。一時の水入り。私はフゥ、息を吐いた。
 そこにようやく教師が現れた。


「本日の戦隊体術基礎は、臨時で我輩が指揮を執る」


 影にまみれ、突如現れた大男。蜃気楼が具現化したかのようだ。真っ黒い戦士ブラックアローン。それはまるでブラックホール。何度見ても感じるのは恐怖一色。
 乾いた喉で、ゴク、固い生唾を飲んだ。私だけではない。生き残っていた生徒全員が身構えた。もしかしたら、この教師の存在を知らなかった生徒も居るかもしれない。ブラックアローンは戦隊学園の教師とされるが、授業をしている姿を見たことが無い。

「残ったのはこれだけか」

 ブラックアローンは2メートル近い長身で、私たちを見渡した。

「すぐに持ち場を離れた者は論外だ。この程度の試練に耐えきれず倒れた者は軟弱だ。どちらも実戦に出れば命は無いだろう。他の教師共の授業では甘過ぎる。ぬる過ぎる。貴様らのような腑抜けは戦場では生き延びれぬと、我輩が教えてやろう」

 それは授業の始まりだった。
 曇天から黒い箱が落ちてきた。ドスン! 重い音を立て着地。巨大な積み木のように、5つの箱が重なった。箱の四面に、砲門のような物が付いている。

「我輩の授業は単純明快だ。終業のチャイムが鳴るまでの間、生き延びろ」

 砲門が光った。
 それと同時に足元が炸裂した。視界がスローモー。背中から地面に落ちる。変身していなかったら、重傷を負っていただろう。間髪入れず、次の一発。鼓膜が裏返りそうな轟音。土の破片が私の体にぶつかりまくる。私は地面を蹴り、楓の手を引っ張ってただひたすら逃げた。
 百は砲撃があったろう。命からがら、グラウンド脇の森に着いた。茂みの中に伏せて、グラウンドの方を見る。
 雲はどいて、日の光りが戻っていた。砲撃は止んでいた。邪悪な積み木は黒光りしながら、ゆっくりと横回転している。あちこちから煙が上がり、多くの生徒が倒れていた。救助班が、熱中症で倒れた生徒と負傷した生徒を担架で運ぼうとしていた。ブラックアローンの姿はない。

「や、やばくね? ブラックアローンあたしらを殺す気か?」
「落ち着いて楓。確かに、戦隊学園では訓練中の戦死者も出ているという噂だしね」
「全然落ち着けないよ!!」
 草葉の下で私たちは視線を交わす。
「ここにずっと隠れてようよ?」
「いや、ブラックアローンが居ないのが不可解だ。少し様子を見てくる」
 私は身を屈め、茂みから日の下に出た。その瞬間。
 ドッカーン!!!
 意識が破裂した。

[返信][編集]

246 :げらっち
2024/06/15(土) 17:10:56

 意識が再構成されると、私は逆様に倒れていた。つまり頭頂部で地面に落っこち、手足が垂れ下がっていた。頭がグワングワン。煤けた茂みの上で、いや、上下逆なので、茂みの下で、目を丸くしている楓と目が合った。

 あの砲台は動く物を察知し、こんな長距離まで、的確な砲撃ができるのか?

「楓はそこに居て!!」

 私は立ち上がり、砲台がある方とは逆向きに、森の中を走った。白樺の横を駆け抜ける。
 だが砲撃はどこまでも追ってきた。逃げども逃げども距離が離れない。私の背後を、ぴったりと爆発が付いてくる。まるで意思を持ってストーキングしているかのように。
 やがて古びた倉庫のような物を見つけ、その裏に回り込んだ。ここなら砲台から死角になる。
 それでも爆発は付いてきた。
 炎がハイジャンプ、私は3メートルくらい吹っ飛んで、手足をばたつかせ、鼻から草むらにダイブした。おかしい……

「その程度か、コボレホワイト。今の貴様の実力では、外の世界では2日と生き残れぬだろう。校外学習に行くのはやめておけ」

 ブラックアローンの声。

 地に突っ伏し、血の味を飲み込みながら、私は言い返す。
「そんなの、やってみなけりゃわからなくない?」

「無謀な挑戦は死者を増やすだけだ。外の世界には悪の組織がひしめいている。改造実験法人オス、次元教団アカカブ、ヘンダー一族、武装力士軍ドスコ。どこも冷徹な、プロの戦闘集団だ。学園は甘い。負けてもまだ次がある。だが実戦は違う。負けたら死ぬ。死んだら次は無い。死にたくなければ今ここで白旗を上げろ」

 私は土を思い切り握り締めた。
「絶対やだ」
 地面を殴った反動で起き上がり、振り向いた。
「そこだ!」
 私は鋭利な氷の槍を、自分から伸びる影に突き刺した。
「ツララランス!!」
「ぐあ!」
 黒い七海は悲鳴を上げた。くぐもった男の声で。影は形を変え立ち上がり、私よりのっぽになった。
 ブラックアローンになった。
 その胸部には氷柱が突き刺さっている。

「あの砲台は見せかけだ。あなたが私の影の中に入って、攻撃を続けていたんでしょう?」

「ほう……少しは腕を上げたか」
 ブラックアローンは自身に刺さった氷柱を引き抜き、捨てた。
「だがそれが分かった所で、貴様の負けだ」
 ブラックアローンの手から、真っ黒いサーベルが生えた。


 キーンコーンカーンコーン……


「残念でした。タイムアップ」
 だがブラックアローンはサーベルを振り上げた。
 私は手でヤレヤレというジェスチャーをした。
「終業のチャイムが鳴るまでの間、生き延びろ、って言ったよね? 最初に大遅刻して授業時間を短くし過ぎちゃったのが敗因じゃない? 私の勝ち」

 ブラックアローンは暫く固まっていたが、やがて渋々というふうにサーベルを下げた。

「コボレンジャーは強くなっている。コボレンジャーは負けない。あなたは少し悲観的過ぎるんじゃないかしら?」
 私はゴーグルの下から、ブラックアローンの赤い単眼を睨み上げてやった。
「貴様が楽観的であり、世間知らず過ぎるんだ。戦隊としては貴様の負けだ。これを見ろ」
 ブラックアローンは屈み、影に手を突っ込んだ。
 地から野菜を引き抜くように、何かを引っ張り上げた。何かと思えば少女だった。
「楓!!」
「七海ちゃん……」
 楓はブラックアローンに首根を掴まれ、申し訳無さそうに笑っていた。
「ごめん、さっき七海ちゃんと分かれた直後、降参しちゃったんだよね……」
「はぁ!? 何で?」
「いや、その理由が切実でさ……」
 楓は両の人差し指をツンツンと突き合わせ1人ETごっこをしていたが、やがて言った。
「おトイレしたくてさ……」
「……」
 盛大にテンションが下がった。
「……それで、結局間に合ったの?」
「いや、降参してすぐトイレに走ったんだけど、間に合わなくてちょいと漏らした」
 私はぎゃふんと言った。
「話にならん」
 ブラックアローンは楓の背中を強く突いた。楓はよろけ、正面から私にぶつかった。体力が限界だった私は踏ん張り切れず、楓もろとも倒れた。

「他の全員が死んで貴様だけが生き残ったとして、それを勝ちと思えるか? 負けよりもつらい負けになるだろう。真に弱い者は、死ぬことも許されないだろう」

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247 :げらっち
2024/06/15(土) 17:11:08

 今日はぐったり疲れた。
 シャワーを浴びて、冷房のガンガン効いた自室で休む。
「かゆい……」
 長時間日差しに当たったせいで、私の白い肌は赤剝け、異常なかゆみに覆われていた。自分を抱き締めるようにして、腕のかゆいのを我慢する。鏡を見ると、頬やおでこが赤くなってボロボロと皮が剥けていた。正直きもい。変身してこれなのだから、生身のアルビノが日差しを浴びたら全身火傷で入院物だ。

 私たちの部屋は相変わらず散らかっていた。散らかし魔の楓が、教科書や文具、オシャレ小物やペットの餌を出しっぱなしにするのだ。餌には虫がたかっていた。楓はこういった虫を新たなペットにして、放し飼いしてしまう。
 楓のベッドには蜘蛛の巣が張っていた。網目の中にデカい蜘蛛が鎮座している。これも楓のペットだが、できれば取り払って欲しい。私の使うベッド上段にまで巣が進出した場合、容赦なく破壊する予定だ。

 よく伊良部楓と同室でやっていけてるな、と改めて思ってしまった。

「お待たせ~」
 当人がシャワーから上がった。肩にタオルを掛けている。

 夕食の席、ソースヤキソバ、白米、あおさとしらすの味噌汁、清美オレンジを食べながら、私は戦犯を断罪することにした。

「どうしてすぐに諦めてしまったの?」
「だから、トイレだって言ったじゃん! 七海ちゃんは尿意に勝てんの?」
「トイレは行ける時間にこまめに行っておきなさいっていつも言ってるのだけど」

 あそこで楓が降伏なんかしなければ、私はブラックアローンに一矢報いることができたんだ。
 それに、今月は校外学習が行われるらしい。この体たらくじゃブラックアローンの言う通り、外の世界で生き延びれるか危ういだろう。
「しっかりしてよ。あなたが足を引っ張った場合、コボレ全体の問題になる」
 楓は紅しょうがを全て私の皿に移していたが、やがて弁論した。

「だってあたし落ちこぼれだからさ……」

「オチコボレンジャーはオチコボレでもいいけど、落ちこぼれを隠れ蓑にしないで」

 楓はうつむいて、返事をしなかった。
 私は無言で、紅しょうがのたらふく乗ったソバを食べた。

「ごちそうさま」
 食べ終わる頃、楓は言った。

「あたしの成績、学年931位にまで上がったんだよ!!」

 入学直後の楓は、学年1000位の金字塔だった。

「すごい進歩じゃない!? 褒めて褒めて!!」
「えらいえらい」
 私は楓の前髪を撫で下ろした。楓は締まりのない笑みを見せ、尻も緩んだか、ブーとおならをした。
「冗談はそこまで。それは厳しい授業に耐えかねて退学者が出て総数が減っているのであって、成績が上がったわけじゃないよね? あなたはずっと、ビリのままなんじゃないの?」

 楓は茶ぶ台に突っ伏した。額がぶつかる、ゴンという鈍い音がした。
「……ひどい。あたしだって頑張ってるのに」
 痛そうだ。
「ちょっと言い過ぎたかも」
「言い過ぎだよ!!」
 顔を上げた楓のおでこは発赤し、目は潤んでいた。
「これは愛の鞭だから」
「愛でも何でも鞭は痛いよ!!」
「じゃああなたも私に1つ悪口を言って? それで帳消しにしよう」

「七海ちゃんの大根足!!!」

 瞬時にチョイスしたにしては痛い悪口だ。私の口角は怒りで持ち上がった。

 張り詰めた空気の中、私たちは寝ることにした。

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248 :げらっち
2024/06/22(土) 22:21:03

 22時就寝。
 ベルソムラを飲んで2段ベッドのカースト上位で横になっていると、下から楓のいびきが聞こえてきた。少し五月蠅いが、もう慣れた。むしろ心地いい子守歌だ。

 冷房の風に吹かれ、私の意識はゆるやかに消灯した。


 ガツン!
 バタン!
 不意に私の良眠は妨げられた。
 どうやら楓がトイレに立ったらしい。騒音の前者は楓が自分で散らかしたアイテムに蹴躓いた音、後者は配慮無くトイレの扉を思い切り閉めた音だと推察される。枕元の時計を見ると、23時50分。
 少しして水を流す音が聞こえ、楓がドタドタと戻ってきた。こっちは寝ているので、静かにしてほしい。まあ、いつものことだが……

 すぐに楓の寝息が聞こえてきた。
 でも私は目が冴えてしまった。枕元の時計を見ると、0時半。
 私もトイレに行って改めて寝たいところだ。
 さっきのお返しに、梯子を下りる時わざと軋ませてやった。でも楓の眠りは深いらしく、どこ吹く風なのでムカつく。
 電気を点けると、洗面所はびちゃびちゃに汚れていた。シンクのあちこちに髪の毛がへばりついているし、どうやったのか足元まで濡れている。
「ったく、ちゃんと拭けよ……」
 私はトイレを済ませ、洗面所を軽く掃除して、ベッドに戻った。枕元の時計を見ると、0時45分。
「早く寝よ」
 羊は数え飽きたので、ロシアンブルーの数を数えていると、ようやくうつらうつらしてきた。


 ゴソゴソ……

 ?

 ギコギコ……

 またも睡眠ディフェンダー。もう朝か? と思って枕元の時計を見ると、まだ1時20分。
 暗い中、ダイニングから光りが漏れている。楓が何か作業をしているのだろう。
 こんな時間に何してやがるんだ!!
 そういえば、2日くらい前にもこんなことがあった。
 光りと音のせいで寝付けず、悶々としたまま何度も寝返りをした。
 枕元の時計を見ると、2時……

「ああもう!」

 耐え兼ねて、文句を言いに行くことにした。
 私はベッドから飛び降りた。ダイニングへの扉を開けようとすると、先に楓が扉を開けた。
「わお七海ちゃん、早起きだね」
「ふざけないでよ」
 私は後光が差している楓の胸ぐらを掴んだ。
「五月蠅くて眠れやしない。疲れたから寝かせて欲しいんだけど。疲れの原因の大半はあなたのせいだし」
「やだなー、七海ちゃん繊細なんだから!!」

 何だそりゃ。私が悪いみたいに言いやがって。

「何してたの」
「えー、そ、そりゃ勉強に決まってるじゃん! あたしほんと落ちこぼれだし! 昨日七海ちゃんに言われて、頑張らなきゃって思ってこっそり自主勉してたんだよ!!」

 こいつが嘘を吐いている時はすぐわかる。
 何故なら私の目をじっと見つめ、饒舌になり、多動になるからだ。今もパジャマの裾をいじいじしたり鼻を掻いたり意味わからんジェスチャーをしたりしながら話していた。

「一昨日も起き出してたよね? 本当のことを白状なさい」
「本当に勉強だよ!! 親友のあたしを疑うの!?」
「疑う」
 私は楓を押しのけ、灯りの点いているダイニングに侵入した。いつも通り散らかっており、何をしていたかはわからない。私がベッドを飛び降りた音を聞いて、慌てて隠したのかもしれない。何を隠してやがるのか……?

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249 :げらっち
2024/06/22(土) 22:21:21

「いいからもう寝ようよ!」
 楓はお茶を濁そうとしたが、そうはさせるか。 
「この際だから言わせてもらうけど、深夜のトイレの音も五月蠅い」
「は? 七海ちゃんが昨日、トイレは行ける時こまめに行きなさいって言ったんでしょ?」

 ああ言えばこう言う……

「あと洗面所も汚い。毛が落ちてたよ」
「そんなのあたしじゃないかもしれないじゃん。七海ちゃんが前に使った時落とした毛かもよ?」
「馬鹿ね。私の毛は白いから間違うわけないのだけど」
「あう!」

 色々と不満が重なり、怒りが静かに爆発しようとしていた。
「それにペットも飼い過ぎ。虫は苦手だから飼うのやめてくれない? 共同生活って意識が低過ぎるよ? 明日になったら虫たちは外に逃がすからね!?」

「人格否定だ!!!」
 楓はそう言って両手に顔を埋め、えんえんと泣き出した。

 嘘泣きってバレてるけど。

 楓は泣くのを止め、人差し指を天に突き上げて怒鳴った。
「やっちゃえ、シロちゃんファミリー!!」
「シロちゃんファミリーだと?」
 何だろう。
 待っていても何も起きなかった。楓は自由の女神みたいなポーズで固まっている。

 何だか足がむず痒い。

 下を見ると、私の裸足の爪を、シロアリたちがガジガジと噛んでいた。数約200。
「きしょくわる!!」
「気色悪いとか言うなよ、あたしのペットに!」
「シロアリはゴキブリの仲間だし飼うのやめてくれる!?」
「何言ってんの七海ちゃん。この寮には既に1649匹のゴキブリが潜んでいます」


 絶対に知りたくなかった情報だ……


「枕だけ持って他部屋に移ろうかしら……」
「じゃあさっさと出てけよ!」
 楓はクローゼットを開け、虫かごを引っ張り出した。

 その中から。
 私が此の世で最も嫌いな物が飛び出した。

「ゆけー! ヒデユキとその後援会!! あのごくつぶしを部屋から追い出せ!!」

 蛾の大群だ。
 私の全身は鳥肌で余すことなく覆われた。楓は蛾まで飼ってやがったのか!
 蛾の集団は隊列を組んで床に止まり、出 て け という文字を作った。
「ブレイクアップ!!」
 楓は戦隊証を持っていたらしく、コボレブルーに変身した。
「チェンジ:スカンク!」
 スカンクのアニパワーか? 楓の尻から黒と白の尻尾が生えた。楓はその尻尾を私に向けてきた。
「出てけー!」
 ブーーー!!!
 ニンニクを10倍にしたような強烈な匂い。
 私は追いかけてくる悪臭と蛾軍団から悲鳴を上げて逃げ、3か月世話になった部屋を後にした。

[返信][編集]

250 :げらっち
2024/06/22(土) 22:21:58

「ったく、あの馬鹿。もう二度と戻るか……」

 私はパジャマに裸足のまま寮の外に飛び出してきた。まだあの嫌な匂いが鼻に残っている。
 戦隊証もGフォンも置いてきてしまった。時間がわからないが、恐らく2時半くらいの深夜だろう。
 あのドジで学習能力の低い虫好き女の部屋から出られたことは、せいせいとした。でもこれから衣食住をどうしよう?
「そうだ、頼るべきは左大臣」
 女子寮には我がコボレの頼れるブレーン、佐奈が居る。彼女なら快く私を迎え入れてくれるだろう。佐奈の部屋から私の元部屋に上がれるし、楓の居ない間に私の生活道具を回収して、佐奈の部屋でセカンドライフを謳歌すればいい。
 そう思って女子寮に戻ろうとすると。

「……あれ?」

 道がよくわからなかった。
 きっと暗いせいもあるだろうが、女子寮がどっちの方向だったか、よく思い出せない。
「この坂を降りれば良いんだっけ?」
 私は裸足でアスファルトを踏み、左右を木々に囲まれた、舗装された坂道を降りて行った。この時間帯は車は通らない。時々小石が足裏にぶっ刺さって足ツボが気持ち良かった。

 坂を下り切ると、遠くに大きな建物が見えた。あれは女子寮ではない。学び舎だ。
「あれれ?」
 私は顎に手を添え考えた。確か、校舎のある区画と寮のある区画は離れていたはずだ。だがその位置関係が、どうにも思い出せない。眠いせいだろうか。いや、時間の感覚はあるのに、空間の感覚が、脳からすっぽり抜け落ちてしまったようなのだ。
「認知症が始まったか?」
 私は徘徊老人のように、夜闇の校庭を歩き回った。

 いつの間にやら正門付近に着いていた。
 10メートル程の巨大な扉を見上げる。その更に上には星が散りばめられている。そういえば以前、公一と星空を見上げたなぁ……
 ずっと上を見ていたらクラクラした。背の高さに目線を戻すと、正門脇に像が建っていることに気付いた。二宮金次郎の像か? と思ったが、変身した戦士のような像だった。姿勢良く台の上に突っ立っている。高さは台含め2.5メートルくらいだ。暗いため色はわからない。
 学習の何の役にも立たないこんな銅像を建てるとは、飛んだ道楽者も居たもんだ。

「寮はここじゃないな」

 私はまた学園内を彷徨うことにした。いつか寮に辿り着けるだろう。
 だが戦隊学園はそんなに狭くはなかった。

 案の定、森の中で、迷った。

「あれれれ?」

 白樺の横を通り過ぎた。
 この木は昼間にも見かけた。ブラックアローンの授業を受けた時だ。
「つまりここはレッドグラウンドの近くの森か?」
 公一とサイクリングをした末、穴に落ちて天堂茂と入れ替わった迷いやすい魔の森か。この森は学園の南東のはずだ。正門が真南で、校舎は中央。東部は農園、西部はプールや動物園など。学園のぼんやりとした地図を描けるのに、寮がどこに位置するのかだけがどうしても浮かばない。

 枝を踏みまくって足裏が痛い上、多種多様な虫に喰われ全身がかゆい上、昼間の授業の疲れもあって足が棒だ。
 そろそろ休める場所に着かないと、行き倒れる。本当に寮はどっちだっけか?

 体力の限界。デカい石に蹴躓いて、草の敷き詰められた地面に倒れた。

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251 :げらっち
2024/06/22(土) 23:13:50

「いたた……」
 私は起き上がり、私を転ばしてくれたにっくき石を睨み付けた。
 小さいアーチ状の石。自然物とは思えない。何だろう。
 周りを見渡すと、同様の石が何個も転がっていた。不気味だ。
 私は屈み込んで、さっき蹴躓いた石の表面をよく見た。何かが刻み込まれているようだ。星明かりでの読解は困難だ。私は手で石をなぞって、点字を読むように、そこに掘られている言葉を読み解こうとした。

「晴……天……?」


「触れるな」


 私は驚きの余り垂直に2メートルほど飛び上がった。この身体能力を実戦で発揮したいものだ。
 着地して声のした方を見ると、暗闇に真っ赤な目だけが浮かんでいてまたもや驚いた。甲高い悲鳴を上げてしまい、慌てて口を押さえた。
 だがそれは目だけのお化けではなかった。全身が真っ黒で、目以外の部分が見えなかったのだ。

 そこに居たのはブラックアローンだった。

「ここは墓場だ」

 墓場。
 その単語には気味の悪さがあった。墓、そう定義付けられると、石はただの物体ではなくなる。生死を隔て、時に橋渡す存在となる。
 この石たちの下に、骸が埋められているのか。墓があるということは、死があったということだ。それも、ここに並ぶ石と同じだけの、多くの死が。

「外の世界は甘くない。学園で優秀な成績を収め、鳴り物入りでプロ戦隊としてデビューしたが、卒業し実戦に出て1日で死んだ、そういう輩も居た。チームワークを誇り活躍していたが、たった1人のミスで全滅した、そういう馬鹿な戦隊もあった」

 楓1人のヘマでコボレ全体が危ぶまれるというワケか。

 ブラックアローンは足音も立てずに、にじり寄ってきた。

「で、あなたはこんな深夜に墓参り?」

「買い被るな」
 ブラックアローンは私の足下にあった墓石を蹴飛ばした。罰当たりだ。
 石は闇の向こうに飛んで行った。

「我輩は教師として、貴様の身の程知らずを教えてやらねばならんのだ」

「またそんなこと言って。教師なら否定ばかりしてないで、実戦でも生きられるような道筋を教えてよ。いつみ先生みたいにさ?」

 ブラックアローンは黙っている。

「それとも私が退学するまで嫌がらせをやめない気? 天堂茂とやってること同じだよ?」

「ほう、あの赤い戦士と同じか。そう思うか」
 ブラックアローンは何を考えているか読めない。心のノートが、真っ黒いクレヨンで、真っ黒く塗り潰されているからだ。
「引き返すなら早い方がいい。奥まで進めば引き返すには時間がかかるし、二度と帰ってこれんかもしれんからな」

「でも残念、虹を見るにはもっと先まで進まなきゃいけないんだよ。私は前に進むからね」

 ブラックアローンは私を見下し、「臭いな」と言った。
 私のセリフ臭かったか? 少し恥ずかしい……
 だがそれは実際の嗅覚の臭さだという事が分かった。私には楓スカンクの屁の匂いがまだ付いていたようだ。
「コボレブルーが貴様の帰巣本能を一時的に破壊したようだ。この臭気が取れる頃には、貴様は元居た場所に帰れるだろう」

 帰巣本能を破壊? だから寮の場所が分からなくなったのか。
 私を本当に出て行かせるつもりだったな? 楓め。
 でも憎いと同時に誇らしくもあった。あの楓にそんな術が使えるとは。落ちこぼれなりに、あいつも進歩しているんだ。私は笑みを隠せなかった。

「あの子も案外侮れないでしょ? コボレも結構見所あるでしょ?」

「だからこそ警告しているのだ。闇に染まると」

 ブラックアローンは黒いマントをひらめかせ、闇の中に帰って行った。

[返信][編集]

252 :げらっち
2024/06/22(土) 23:14:22

 気付くと私は、中央校舎5階食堂のカウンターに突っ伏していた。よだれの水たまりができている。顔を上げ周りを見ると、窓から日の光りが突き刺していた。
「まぶしっ」
 結局臭気は落ちぬまま、せめてどこか屋根のある場所で寝ようと思い、ここに辿り着いて寝てしまったのだった。
 カウンター奥の時計を見ると4時半だった。私は日の当たらない隅の席に移動すると、もう一度突っ伏して寝た。


 ガヤガヤ……


 喧騒を感じて顔を上げた。
 周りを見渡すと、食堂は生徒で溢れ返っていた。私はカウンターの端っこの回転式椅子に座って居た。
 カウンターは食事を求める生徒たちが行列を作っており、テーブルはどこも埋まっていて、グループが談笑しながら昼食を摂っていた。
 昼食?
 時計を見ると12時半。なんとまあ、8時間もカウンターに突っ伏して寝てしまったようだ。そのせいで腰が痛い。今日は土曜、午前だけ授業があるはずだったが、おサボりしてしまった。平常点がマイナスになる……
 伸びをしながらカウンターの上を見ると、なんとまあ、大盛りカレーが目に入った。うまそう! 私は空腹の余り何も考えずにそれをがっついた。
 だがよく考えると、これは誰の食事だ? 誰がここに置いたんだ……?

 右隣を見ると。

 楓が居た。
 私と同じく回転式椅子に座って、カウンターに向かってグリーン定食を食べていた。

「……」

 私は前に向き直り、カレーを食べた。
 私も楓も何も言わず、ただ目の前の食事を食べ進める。

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253 :げらっち
2024/06/22(土) 23:15:05

「大変である!!!」

 誰かが食堂に乱入して、騒々しい食堂でも誰の耳にも届くような大音声で叫んだ。
 髪はツンツンと立ち上がり、真っ赤な学ランを着ている。全生徒の目がその生徒に釘付けになった。

「伝令戦隊デンレイジャーのデンレイレッドである!!! 1年校外学習の日程が決まったのである!!! 7月13日(水曜日)である!!! 該当戦隊は覚悟の準備をしておくように!!!」

 そう言うと伝令は走り去って行った。
 その情報に、食堂はさっき以上の喧騒に包まれた。


 楓が言った。
「何今のあいつ……寝癖すごくね?」

 私は軽く相槌を打った。
「ね」
「だよね!」
 楓は私を見て、いたずらっぽく笑った。
「でもそれ以上に、服のセンスがナンセンス」
「それなそれな」
 楓も私も、ププッと吹き出した。
「伝令戦隊デンレイジャーって名前もひどくね?」
「デンレイがクドイよね」
「コボレンジャーも考えてみるとすごい名前だけど!」
「こらそれを言わない」

 私はカレーを完食した。美味しかった。

「昨日は言い過ぎてごめんね」
「あたしの方こそごめん!」

 私と楓はそろって食器を片付けた。
「午後は授業無いけど、どーする?」
「取り敢えず部屋に帰ろうかな」

 帰巣本能を妨害する悪臭は、落ちていたみたいだ。私は女子寮の自室に戻ってきた。何だか、既に懐かしい。

「それで楓、深夜何をしていたの?」
「えー……それを訊いちゃうかあ。まあいいや、1日早いけど渡しちゃおう!」
 楓はダイニングのクローゼットから、何か巨大な物を引っ張り出した。

 それは発泡スチロールを削ったと思わしき、真っ白い像だった。
 何なのだこれは。

「じゃじゃーん!! 等身大七海ちゃん像! 誕生日おめでとーう!! 1日早いけど!」

 私はずっこけるどころか、崩れ落ちた。何が何だか、滅茶苦茶だ。
「ごめん付いて行けてない。これのどこが七海ちゃん像なの?」
 私は人型の発泡スチロールを見上げた。一応手足と頭があることにはあるが、顔は3歳児が雪だるまに描いたような有様で、目は点で、口はニッコリ笑っていた。唯一再限度が高いのは、大根足という所だけだった。しかもバランスが悪く、楓が手を離すと、像はコテンとひっくり返ってしまった。
「夜な夜なこれを作っていたの? というか、誕生日今日でも明日でもないんだけど……」
「ええっ? 明日じゃないの!?」
 私は自分の誕生日を楓含め誰にも言っていないはずだ。何故明日だと思った。
「公一くんが絶対明日だって言ったのに! 7月3日、語呂合わせで七海ちゃんの日だからって!!」

 私は反論する気も起きず、像と一緒に倒れる他なかった。
 私の誕生日はそんな安直な語呂合わせの日ではない。公一には今度おしおきが必要だな……

 勘違いとはいえ、翌日貰ったプレゼント、公一からの緑色のハンカチ、佐奈からのベーコンレタス本、豚からのフリーズドライ海鮮ちゃんこ、凶華からの変わった形の石ころは、大切な宝物になった。


つづく

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