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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗381-392

381 :げらっち
2024/08/01(木) 14:22:34

第35話 戦隊の証


 はあ、はあ、はあ

 何だ、今のは!?

 現在現時点に戻された。校長室前の廊下、私は床に突っ伏していた。
 鮮烈で強烈な映像を見た。何年もの時間に思えるが一瞬の出来事だった。私はブラックアローンの記憶を追体験した。突如自分が彼になり、彼目線で、闇に包まれる迄の人生を見た。私が闇に包まれた、このタイミングで。

「七海」

「ひぃ!?」
 私は跳ね起きた。校長室の扉を開け、いつみ先生が出てきた。
 心臓が早送りされる。本能的な逃避。後ろに手を突き、後ずさる。いつみ先生がしゃがみこんで、私の顔を覗き込んだ。赤い眼が、獰猛に光っていた。

「僕の話を聞いていたのかい?」
 先生は笑っている。有邪気な笑み。

 怖い。

 私が殺した怪人は楓のお父さんだった。それを知った直後に私を襲った、ブラックアローンの負の思い出。
 そして信用していた先生からの、尋問の様な言葉。怖くて怖くて、答えられなかった。
「おい」
 パン!
 衝撃が走り、私の顔は右に傾げた。すぐさま痛みが追いついてきた。
 私をはたいた先生は、ニコニコとしていた。
「答えろよ。僕の話を、聞いていたのかい?」
 怖い。でもこのまま口ごもっていれば身が危ない。危機を感じ、口が自ずと答える。
「はい」
「ふうん。盗み聞きはいけないことだ。そうだろう?」
「だ、だって」
 パンと再び。先生は今度はバックハンドで殴った。私の顔は左に傾げた。
「だってじゃない。いけないことだよな?」
 私は右頬を庇い、先生を見た。にこやかな先生の顔が、潤んで見えた。涙のせいで。
「も、もうやめて」


「赤坂先生! 何かありましたか?」

 た、助かった。
 校長先生の声だ。
 自力では動けない校長は、部屋の中から大きな声を出して、こちらの状況を確認してきた。
「何でも無いよ♪ ちょっとした生徒指導だ」
 いつみ先生は歌うように答えた。
 そして私の目を見て言った。

「行け」

 その顔は笑ってはいなかった。冷たく無表情だった。赤い眼がレーザーのように私を貫いた。希望だった教師が、今は悪魔に思えた。
 私は逃げるように、というより逃げてエレベーターに乗った。
 急いで1階のボタンを押し、早く閉まれと祈った。こんな時に限って扉はのろのろと閉まるのだった。
 エレベーターが降下する最中、私は1階のボタンだけを見つめて呆然としていた。1階、1階、1階と読経のように呟いて。考えなくてはいけないことが多すぎて、考えるのを放棄してしまったのかのように。

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382 :げらっち
2024/08/01(木) 14:23:02

 1階に着くと、廊下のベンチに、崩れるように座り込んだ。

 部屋には帰りたくない。
 何故なら、楓に会ってしまうから。
 楓は、私が彼女の父親を殺したことを知ったら、どんな反応をするだろう?
 楓は自身の名前を、父親からの唯一のプレゼントとして。名付けられたという事実を、父親との唯一の思い出として。宝物にしていた。金銀財宝よりも価値のある宝物。
 その父親は、楓の名前を叫んで死んでいった。私が、楓の仇と思い込み、必死になって、殺した。

 私は両の手のひらを開いて見た。真っ白い五指。
 人を殺すとは、恐ろしい手だ。
 どす赤い血がこびりついているように見える。怖くて怖くてしょうがない。私は両の手のひらを、互いの爪で研ぐように擦った。次第に本当の血が出て、手は血まみれになった。

 戦隊学園の目的は怪人を殺す戦士を作ること。私はこの先も、怪人を殺し続けなければならない。元は人だった、誰かの家族だった、怪人を。
「やだ」
 私は手で顔を覆い、塞ぎ込んだ。
「やだ、できない、むりだ」
 独語は弱音にまみれていた。
 プロの戦士たちは躊躇も悔悟も無く怪人や敵兵を殺す。いつみ先生は怪人退治に私怨や私情は要らないと言った。私も、そう思えばいい。そう思えば……
「むりだよ!!!」
 立ち上がり、胸ポケットから戦隊証を取り出し、床に叩き付けた。みじめな自分の写真が載っている罪悪の紙切れ。
 拾っては叩き付け、何度も踏み付ける。引き裂いてやろうかと手に取るが、これは学園では大事な物なんだという、わずかに残った理性が手を止め、クシャッと折り曲げるだけにとどめた。
 そして泣いた。
「ああああああん!!!」
 重荷を背負っていなかった頃に、戻れたらいいのに。

 これが私の暗闇か。仲間を失い黒にまみれたブラックアローンのように、私も。
 束の間の虹を見た後、友達を無くし、心を壊し、光りの無い人生を送るんだ!!

「おい」
「何だよ!!」
 突如誰かが話しかけてきたので、乱暴に振り払った。
 廊下を通る生徒たちは荒ぶる私を見てひそひそ話をしていた。

 話し掛けてきたのは、凶華だった。
「どうしたんだよナナ。突然部室から出て行っちゃうから探したよ。酷い顔だぜ。何してんの?」
 凶華は無邪気に笑って私を見ていた。

 私の顔は手のひらの血液がべったりと付着し、血で化粧した化け物のようになっていただろう。

 暴れても意味など無い。クールダウンするんだ七海。

「ベ、別に。何でも無いけど? 何でも無い」
 私はパーカーの袖で顔を拭いた。血が染み付いた。
「……ねえ凶華。友達を失くしそうな時、あなたならどうする?」
「うーん、そうだな」
 凶華は癖っ毛をポリポリ掻いた。

「オイラには友達が居ないからわかんないや!」

「え?」
 私たちは友達認定じゃないの?

「オイラに居るのは、飼い主でありリーダーであるナナと、その仲間たちだけだ。そうだろ?」
 凶華は私の肩にポンと手を置いた。
 大きな口の中で、他の歯が米粒に見えるくらい大きな犬歯がきらりと光った。

「コボレンジャーは、戦隊の絆で結ばれてるんじゃないのか?」

「たしかに、そうだね」

 でも私は楓の父を殺した。それも、苦しめて苦しめて苦しめて虐殺した。人間らしさは微塵も無い怪物の死に方をさせた。
 そう思うと再び視界が潤み、私は縋るように、凶華に抱き着いた。
「うああ……!!」
「ナナ?」
 凶華は私を抱き返し、私の匂いをクンクン嗅いだ。
「……何だか不穏な匂いがするぞ」

「何してんねん!!!」

 あ、この関西弁は。

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383 :げらっち
2024/08/01(木) 14:23:20

「公衆の面前で抱き合うとかきっしょ! 憚って欲しいわまじで!」
 公一が現れた。
「憚ればやっていいのか?」
「い、いやそういうわけじゃあらへん! どこであっても七海とは抱き合うな! わかったか犬!!」
 公一と凶華が何か言い合ってるが、いつもと違いノる余裕も無く、ぼんやりとそれを見つめていた。すぐ近くで行われるやりとりも、遠くから見ているようだ。
 もう一緒に笑い合うこともできない。

 私にはこの子たちのリーダーである資格なんて無い。
 私がこんなに脆いんじゃ、実戦に出た時、皆を危険に晒してしまう。それに、皆を人殺しにさせるわけにはいかない。殺人集団を作る為にコボレンジャーを募っていたわけではない。

「そうだ、コボレは解散しよう」

「え」
 揉み合っていた2人は同時に私を見た。
「ほらー、ナナが解散とか言い出したぞ! 責任取れよイチ!」
「はあ? 俺のせいにすんなや!! 七海もブラックジョークが過ぎるで」

 冗談だと思ってるのか。
「本気だよ。私、退学する。これで肩の荷が下りるよ、ハハハ」
 私は乾いた声で笑った。
 公一と凶華は顔を見合わせた。

「って、そのことなんやけど。これ見ぃや!」
 公一は尻のポケットに無理矢理突っ込んでいた新聞紙を引き抜いた。
「《週刊☆戦隊学園》の号外や!」

 私は嫌でも見える大見出しを見た。


《優勝から一夜、戦ー1優勝のコボレンジャー、退学処分か!?》


「……ふうん」
 私の願いが届いてしまったのだろうか。
「おあつらえ向きだね」
「何言うてんねん! よく聞けや」

 公一は文面を音読した。
 天堂茂が首席の権限を利用し、戦ー1の結果に異議を申し立てた。コボレンジャーに教師が肩入れしていた事は違反ではないかという旨だった。明日、教職員や理事長が出席する「評議会」で審議が行われ、そこで黒となれば、コボレンジャーの生徒6人は退学となる。
 関西弁を標準語に直すと、大体そういう内容だった。

「あんの七光り、俺らの優勝を無かったことにする気や!! どこまで卑怯なんやほんまに!」
 公一はレッドペッパーを噛んだかのように火を噴いた。
「そういや七光りって七海みたいやな。字面が。ってそんなことはどうでもええねん。あーもうアカンわ。ほんまに退学になったらオトンにもオカンにさらさにも会わす顔が有らへん!!」

 天堂茂が私たちを退学にさせようとしてるなら、ちょうどいいんじゃないか。
 私はこんな学園にはもう居られないし、コボレの皆も戦隊など続けないほうがいい。自主的に去るか、消されるかの違いだ。

 ところで、あの甘ったれの天堂茂は、立派な戦士になれるかな?
 無理だろうな。親と同じ形だけの戦隊になり、実戦には関与しないのかもしれない。まあ好きにするがいいさ。


 私は1人、校舎を歩いた。
 夕陽のちらつく廊下。目的地は定めず、全ての階を網羅するように、ゆっくり歩く。
 教室には数人で固まって喋っている生徒が居るし、廊下にはドタドタ走っている生徒が居る。校庭からは自主練する戦隊の掛け声が聞こえる。

 色んな場所に、思い出が染みついている。
 食堂にも、階段にも、屋上にも、トイレにさえも。

 やがて教室の1つに着いた。
 最初のオリエンテーションが行われた教室。私が初めての友達と出会った場所。その後ライバルや、恩師にも出会ったけど。

 私は、当時私が座っていた席と、楓が座っていた席を、順に撫ぜた。

 本当の友達になれたと思った。
 いや、なれた。けれど。
 ならなければよかったんだ。
 いずれ失う。悲しいだけだ。光りを見た後は、闇がより濃く思える。

 私はその席に座り、机に突っ伏した。
 部屋には帰れない。楓に会わす顔が無いから。
 ここで一夜を明かそう。
 明日になれば戦隊学園ともお別れだ。


 楽しい青春の場所、だったな。少し前までは。

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384 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:07

 翌日。
 8月13日、土曜日。
 午後3時から、コボレンジャーを退学にするか否か審議する、「評議会」が行われる。

 私と公一は会議室に向かっていた。

 呼ばれたのはリーダーである私だけだったが、公一は見送りする、と言ってついてきた。別に頼んでないのに。
「絶対負けるなよ七海! 無実を証明してくれ! 退学なんていややからな!!」
「うん」
 私は空返事する。

 しんと静まり返った廊下の、一番先にある扉。

 静かにノックする。

「入れ」

 扉を開けた瞬間、無数の目が私に向けられた。

 冷房が効いて、涼しい、むしろ寒いというような部屋。コの字に長机が並べられ、教師陣、校長先生とヘルパー、天堂茂、そして大柄な男が、それぞれ着席していた。
 あの男には見覚えがある。銀縁の眼鏡、整えられた髪、しゃくれた顎。日本国旗をマントとして羽織り、嫌に目立っている。その男は大きな動きで腕時計を見、言った。

「遅刻だぞ。自分の立場をわかっているのか」

 公一が背後で呻いた。
「戦隊界のVIP天堂任三郎! これはもう退学で決まりやー!!」

 青竹先生が立ち上がり、公一を閉め出そうとした。すると校長先生が言った。
「入らせてあげなさい」
 天堂任三郎が苦言を呈する。
「しかし校長、私が呼んだのはリーダーである生徒だけだが?」
「友達を気遣うのは当然のことです。そうでしょう、任三郎さん? ここまできて帰って貰うのは失礼です。入れてあげなさい」

 天堂任三郎が言い返すよりも先に、青竹先生が「かしこまりました」と言って公一を中に入れ、扉を閉めた。
 天堂親子がそろって舌打ちしたように聞こえた。

「小豆沢七海、席に着け」

 私は指示に従い、簡素なパイプ椅子に座った。
 青竹先生が椅子をもう一脚用意し、私の斜め後ろに置いた。公一はそこに座った。

 全員の目が私に注がれている。その中にいつみ先生の赤い眼は無い。
 天堂任三郎は中央の椅子に、大胆に足を組んで掛けている。向かって右には息子の天堂茂。左には車椅子に座った校長先生の姿。
 校長先生は確か69歳。天堂任三郎は50代くらいに見えるが、年下の方が偉いのだろうか。

 本来なら緊張すべき場面なのだろうが、私は何も感じなかった。退学になるのはむしろ好都合だから。

 桃山先生がアナウンスを入れる。
「それでは、評議会を始めます」

 天堂任三郎はせかせかと喋った。
「簡単に済ませよう。小豆沢七海、君の率いるコボレンジャーは、教師に加担されていた。相違ないか?」

 ガタッと大きな音がした。背後で公一が立ち上がった音だ。
「されてへん!! 何か勝手に入ろうとしてきただけや! ぼくたちは頼んでないし協力もされてへん! ほんまに無罪や!!」

「お前に発言権は無い」
 と天堂任三郎。
「小豆沢七海、相違ないか?」

 公一は喚くのを諦め、私に「違うって言え、違うって言え……」と訴えてきた。
 でも私は、
「はい」
 と言った。
「はあ!? なんでやねん!! お前コボレンジャーを裏切る気か!!」
 後ろから肩を掴まれる。
「江原公一、座れ」
 青竹先生が公一を取り押さえ、座らせた。

「江原家では一体どういう躾をされたんだ? 有名忍者・江原忍一の息子ともあろう者が品性を疑いますね、父上!」
 天堂茂が父親の隣でクスクス笑った。

「教師の加担を認めたな。ではそのことに関しては不正行為だと認め、いかなる処分を受けても不服としないと解してよいか」

「頼むから否定しろ! 否定しろ!」と、後ろから公一が願を掛けてくるが。

「はい」

「七海!!!」

 私は否定する気など無かった。
 何なら、早く退学にしてほしかった。

「では多数決を取る。コボレンジャーの生徒6名を、退学処分にするかどうか」

 天堂茂は、我慢できないというように笑っていた。

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385 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:26

 桃山先生が端的にアナウンスする。
「賛成意見の人は、挙手願います」

 天堂任三郎は、真っ直ぐ力強く、拳を上げた。
 天堂茂はニヤつきながら、素早く手を上げる。まるで、授業で問題の答えがわかって、早く指名して貰いたい生徒のように。
 しかし挙手したのはこの2人のみだった。
 天堂茂は不服そうに父の顔をチラチラ見ていた。まるで、悪い事をしたのに何故か叱られない弟を前にして、もどかしがる子供のように。

 天堂任三郎は手を下ろし、顔をしかめて、机をコツコツ叩いた。

「反対意見の人は、挙手願います」

 青竹先生、黄瀬先生、緑谷先生、桃山先生、他の全教師が、一斉に挙手。

 校長先生も、手を上げた。
 その手は衰えにより震えていたが、それでもはっきりとした意思を示していた。

 天堂任三郎は校長を睨み付けた。
 校長は目を逸らすどころか、それを見つめ返した。睨んではいないその眼には、「生徒を退学にはさせん」という、強い決意が燃えていた。

 流石は元アカリンジャー。戦隊の中の戦隊、レッドの中のレッドだ。
 私の意志さえも覆りそうになった。
 退学はせず、この人の仕切る学園に残りたいと、僅かにそう思ってしまった。

 いや、現実を見ろ七海。

 この学園は、怪人を殺す戦士を作る為の場所。校長はその工場のトップだ。
 私を苦しめる元凶は、こいつなんだ。
 私はズボンを強く握り締めた。


 早く退学にしてくれ。私にとどめを刺してくれ。
 これじゃあ生殺しじゃないか。


 その場に居た全員――恐らく投票権を持たないのであろうヘルパーは除く――が、いずれかに手を挙げた。
 結果は明白過ぎた。

 公一は背後で「よっしゃ、助かった。まじ感謝や」と言った。

 だが天堂任三郎は薄笑いを浮かべた。
「おや、私の意見を重んじてくれるのでしょうな? 言いたくは無いが、学園の運営資金のほとんどは、私が率いる戦隊連合の出資によるものだ」
 校長先生が天皇だとしたら、天堂任三郎はマッカーサー元帥のようだった。
 その傲慢さに室内はザワついた。

「任三郎さん、余り勝手なことを言わないで下さいよ?」

 校長先生が、語気を強めた。

「確かにお金も大切です。あなたの立場もあるでしょう。ですがここは学園です。学校です。生徒たちが主役であらねばならんのです! 生徒のことを第一に考える。そうすれば、あなたのような結論には至らない!!」

 校長先生はしゃがれ声でそう言い切った後、ゴホゴホと咳き込んだ。緑谷先生が「無理をなさらず……」と言った。

 こんなに感情的になる校長先生の姿は初めて見た。
 それでも自分の地位や歴戦の栄誉などを持ち出さず、一教師としての熱意に留めている所が、やはりこの人は尊敬に値すると感じてしまう。

 天堂任三郎はその言葉をまともに聞かず、顎をしゃくれさせ、高そうな腕時計をいじっていた。
「理事長である私の決定だ。退学案は、可決とする」

「なんやねんそれ!! 多数決の意味ないやん!!」
 公一が立ち上がる。今度は青竹先生も止めない。


 その時、扉が大きな音を立てて開いた。


「おやおやお揃いだねえ。遅れてすまない♪」

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386 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:59

 火の玉が、会議室に飛び込んだ。

 いつみ先生。
 彼の入室で室温が上昇し、緊迫のタコ足配線がほどけたようだった。
 彼は私の背もたれに両手を突いて体をもたせかけた。私は昨日の恐怖心から、飛び退きそうになってしまった。

「僕はもちろん、退学案には反対だ」

 天堂任三郎は、面倒臭いというふうに首を振った。
「赤坂いつみ、あなたに投票権は無い。抑々あなたが生徒への肩入れを行ったことが問題になっているのだ。席を外して貰おうか」

 いつみ先生はそれに従わず、さも当然というように言った。

「その通り、僕はコボレンジャーに肩入れしたさ♪」

「認めた! 認めたぞ! 教師共!! 本人が認めているのだ、小豆沢七海は退学だ! この教師はクビにしろ!」
 天堂茂が鬼の首を取ったように喚く。

 いつみ先生は天堂親子に近寄り、机にバンと手を置いた。
 天堂茂は椅子から転げ落ちた。

「戦隊は実力が全て、そうだろう?」

「だからと言って生徒同士の競技に教師が力添えしていい訳が無い」
 と天堂任三郎。
「優勝は無かったこととするのが正当だ」

 いつみ先生は懐から棒を取り出し、真っ直ぐに掲げた。
 天堂任三郎は武器を向けられたと思ったのか、焦って椅子の背もたれに深くうずまった。しかしそれが殺傷能力の無い物とわかって、眼鏡を押し上げた。
「何のつもりだ。私にそんな物を向けるな」

 いつみ先生が出したのは指揮棒だった。
 彼は180度振り向いて、私に指揮を振った。

「彼女は強い。学年一な。僕の力添えなど無くともだ。それを証明すればいいんだろう?」


 ……なんなんだ。いつみ先生は、態度がコロコロ変わる。
 私を追い詰めたと思ったら、次は買い被ったような発言。一体私を、どうしたいんだ!?


「……いいだろう。受けて立つ。私の息子が負けるはずが無い」
 あろうことか天堂任三郎は、その勝負に、乗った。
「え、ええっ!?」
 椅子から落っこちていた天堂茂は怒涛の展開に、へっぴり腰で立ち上がった。
「ですが父上! 退学案は可決されたはずです!!」

 天堂任三郎は有無を言わさぬ眼光で、息子を見下ろした。

「茂、戦いなさい」

 天堂茂は呆然と、私を見た。「助けてくれ」と言っているようだった。何故私に助けを求める。

 いつみ先生はキレ良く指揮棒を振るった。

「やれ七海。きみの実力を証明する最後の課題だ」

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387 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:17

 会議室とは話し合いの場所である。ペンは剣より強いはずだ。
 だが結局は実力主義だ。会議室は闘技場となり、ペンは剣により無残にもへし折られる。


 私は天堂茂と対峙していた。

 教師陣や天堂任三郎、公一は、机と椅子を部屋の隅に寄せ、勝負の顛末を見届けようとしている。
 戦って勝者を決める。これが許されるのが、戦隊学園の、というより現世の、特異性なのかもしれない。

 天堂茂は汗をかいて、ふぅふぅと荒く息をしていた。まだ対決は始まってすらいないのに。
 その様子からして、奴も私の実力の高さをわかっているのだろう。タイマン勝負になるなど思いもしなかったのだろう。

 でも私は、真面目にやる気なんて無い。
 あなたに勝たせてあげるから。
 かかってきなよ。

 私は折り目の付いた戦隊証を取り出し、声を吹き込む。

「ブレイクアップ」

 少々遅れ、天堂茂も

「ブレイクアップ!」

 白と赤の戦士が向かい合う。

「見せてやるぞ小豆沢。僕はエリート中のエリートだ。ここまで勝ち残ったレッドだ。そしてこれからも、勝ち続ける者だ!! ファイアペンシル!」
 天堂茂は炎の赤鉛筆を構えた。
「お前を採点してやる!! お前は0点の落ちこぼれだ! 退学しろ!!」
 私は腕を振り、微弱な魔法を飛ばした。雪玉が天堂茂の腹にぶつかり、反対に天堂茂の炎の✕は、私の胸を引き裂いた!

 私は仰け反って吹っ飛び、後方にあった椅子をなぎ倒した。

 室内はしんとした。

 弱すぎる私に、誰もが目を見張っていた。やはりいつみ先生の加担が無ければコボレンジャーは弱い存在だった、そう思われたかもしれない。
 天堂茂さえも驚いていた。
 だがすぐにガッツポーズをした。
「あああ見ましたか父上え!! 僕強いでしょ? つよぉいでしょおおお!? やっぱり僕は本物のエリートなんですよ!!! あっはははははは!!!!」

 天堂任三郎は「いいから早く倒してしまえ」と言った。

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388 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:32

 私は立ち上がる。
 天堂茂は調子付いて、足底にバネでも付いているかのように、ぴょんぴょん飛び跳ねて駆け寄ってきた。
 ゴーグルの下の目は、私を完全に見下し切っていた。弱い相手なら容赦は要らない、そういうことである。

「どうした小豆沢? お前の真の実力はその程度か!! コボレンジャーの優勝は教師のお陰だったという事が、証左されたり! 滅せよこの落ちこぼれ!!」

 天堂茂が持つ炎の赤鉛筆が、彼の腕と合体。奴はオーバーに振りかぶると、私の顔面のセンターを、容赦無く殴った。
 鼻に鉄の塊を突っ込まれたような痛み。熱したフライパンで殴られたような熱さ。変身でガードされていなければ、私の顔は、火傷で二目と見れなくなっていただろう。
 仰け反った私に対し、すぐ追撃。奴は私の胸、腹、至る所を燃える腕で殴った。1発、2発、止めにかかるレフリーなどもなくサンドバッグ。3発、4発、いつしかその回数もわからなくなり、ただ転がった。

 目の前に公一といつみ先生が居た。
「ちっくしょ、よくも七海をやりおったな!!!」
 加勢しようとする公一を、先生が制した。
「よせ、1vs1の勝負だ。どうした七海。手を抜くな」
 先生は私の頭を掴んで無理矢理立たせ、ドンと背を押した。

 天堂茂は手から蛇のように長細い炎を出した。それは固まり、赤茶色の鞭になった。奴ははしゃぐ子供のように、それを振り回した。

 ピシュン!!

 私の首に、鞭が巻き付いた。ゴムのマフラーできつく絞められているようで、吐きそう。
「オラよォ!」
 奴は鞭をしならせ、私は宙を飛んだ。視界が妙にゆっくりと。対し痛みは一瞬で。私は頭から机に突っ込み、机は真っ二つに割れた。私の頭も同じように割れたかと思うくらいの、脳を穿つ痛み。それでも歯を喰いしばる。

「どうしたんだよ、悲鳴の1つでも出してみろよォォ!!!」

 天堂茂は鞭を振るう。私は床を引き回され、壁にぶつけられ、意のままに遊ばれた。

 ……これでいいんだ。
 無様に負けて、退学する。そうすれば未練など残らないだろう。

 私は部屋の中央に、仰向けに落っことされた。鞭で首が絞まり、息がしにくい。白い天井が霞んで見える。

「簡単に倒してしまってはつまらないからな。苦しめて苦しめて苦しめて倒す」

 天堂茂はライターで火を起こすように、親指で鞭をこすった。鞭を導火線に、炎が私に迫った。
 灼熱が喉を潰す。身体が焼かれていく。私は身をよじった。だが天堂茂は、私が苦痛から逃れる最後の術まで奪った。

 天堂茂は足を上げ、
 ド!!
 私の腹を、思い切り踏ん付けた。へそに杭を突き刺されたような、鋭く重い痛み。
「……強情な女だ。いつまでだんまりを決め込んでるのかなあ、小豆沢ななみぃ。叫べ、喚け、助けを乞え!! 落ちこぼれらしい情けない声を聞かせろよ!!!」
 奴は私の腹を踏みにじった。ゴーグルの下の目はサダスティックに燃えている。杭で臓器を掻き回されているみたいだ。

 だが私は啼かなかった。
 こんな痛み、私の心の痛みと比べれば何でもない。むしろ罰として受け入れたいくらいだ。
 楓の父親を殺した、罰として。

 顔が、四肢が、業火に包まれる。生きたまま焼かれる。
 逃れようにも蹂躙され動けない。かといって、変身しているので死にはしない。出口の無い拷問。

「もうよしなさい!! これは傷付けるための戦いでは無い!」

 校長先生の声が聞こえた。だが天堂茂は攻撃を止めない。

「小豆沢七海、散々僕を苔にした罰だ。苦しめ苦しめ、あっはははははは!!!!」

 狂気。

「なみつなみ!!!」

 奇跡。

 私は水に包まれた。苦痛は洗い流され、火は消えた。天堂茂は水にすくわれ転倒し、波は壁に当たって飛沫を上げた。全員が水を被った。
「だ、誰だ?」と天堂茂。

「あたしだ!!」

 窓ガラスが砕け散り、文字通り誰かが割って入った。

[返信][編集]

389 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:53

「イヨっ、七海ちゃん! 助けに来たよ!」

 コボレブルー。楓だ。
 楓はガラス片を踏ん付け、片手を上げて入室。

 その姿を見るなり、私は身震いした。
 天堂茂の炎よりも恐ろしい、冷たい冷たい痛みが、私の胸の傷を広げていった。ドライアイスに触れて火傷するように。

「昨日の夜どこに居たの? めっちゃ心配したんだから!」

 楓はいつものノリで近付いてくる。
 私は立ち上がり、後ずさる。やめて。こないで。

「イラちゃん! 今は重要な会議中ですよっ」
 楓の担任である桃山先生が叱責する。
「あかり先生、外から見てましたが会議には見えませんでしたよ。てか何? 退学を決める会議とか? 酷くね? 退学なんてさせないから!」

 楓は私を庇うように、天堂茂の前に立ち塞がった。
「1vs1の勝負だぞ、邪魔をするな」と天堂茂。
「え? あたしと七海ちゃんは一心同体! だから1vs1っしょ!」
 楓は腰に手を当て、エヘンとふんぞり返った。

「……ふん。どうせ落ちこぼれが1人増えた所で僕の敵ではない。ファイアペンシル!」
 天堂茂は炎の✕を次々と書いてゆく。
「✕! ✕! ✕! 最下位の落ちこぼれの伊良部楓! お前も退学だ!!」

「させるか! アクアボールペン!」
 楓は宙に、大きな円を描いた。
「合格点! おっきな○!」
 炎の✕は水の◯に次々とぶつかっていくが、触れた傍から消えていき、楓には届かない。属性の相性だ。
「もう落ちこぼれなんて、言わせない!」
「ば、馬鹿な」

「七海ちゃん、協力魔法を使うよ! こういうやつ! ひそひそ」
 楓は作戦を囁いた。
「わ、わかった」

 私は楓の言うがまま、天堂茂に狙いを定める。


「モビィ・ディック!!」


 天堂茂は呆然としていた。
 それは自慢の攻撃が、落ちこぼれと見下していた存在に防がれたからというだけの理由ではない。奴の周りが、突如氷の海に変化したからだ。奴は今ちっぽけな流氷の上に佇立していた。会議室も現実世界も消えていた。
「な、何だ。何が起こっている」
 氷の上、奴は小刻みに震え出す。その震えは段々大きくなっていく。それは寒さのせいだけでは無いはずだ。未知への恐怖、そのせいだ。
「ち、父上!! どこですか!? 教師共、僕を助けろ!! 小豆沢、伊良部、何をするつもりだ!?」
 奴の周りに広がるのは冷酷な海だけ。父親も教師も、見下す対象も敵さえも居ない。声は水に落ちて、もう拾えない。


 天堂茂は絶句した。


 次の瞬間。
 海面から、真っ白い塊が飛び出した。まるで海が立ち上がったかのように。

 天堂茂は余りにも小さすぎる逃げ場を懸命に逃げ、冷たい海に落ちそうになった。
「わあああああ!!!」
 奴はわけもわからず、叫び、喚き、命乞いした。
「あああ、な、何が起きているんだ。わ、わからない。わからなわからないわからな怖い怖い助けてくれ!! やめてくれ伊良部楓!! 助けてくれ小豆沢七海!!」

 それは白いクジラだった。
 その昔、多くの船乗りを殺したという、アルビノのクジラ。モビィ・ディック。白い身体は生傷だらけであり、鼻にピアスをするかのように、碇が突き刺さっていた。
 白い巨体は異様であり、神秘的でもあった。

 白鯨はゆっくりと、倒れ込んだ。天堂茂に向かって。

「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!!!」

 天堂茂は頭を庇った。奴は巨体の下敷きとなった。流氷は砕け散り、奴は極寒の海に投げ出された。

 天堂茂は冷たい水に抱きしめられ、泡を吐いた。代わりに入ってくるのは酸素ではなく、冷たく黒い水だけだ。

「あいつらは、落ちこぼれではないのか――」

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390 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:06

「……ッはあ!!」

 天堂茂は汗だくになって大の字に倒れていた。
 私の氷魔法と楓の水魔法を組み合わせて見せた幻影は、すさまじい効果を及ぼしていた。
 その恐ろしさに、教師たちも口をつぐんでいたが、やがていつみ先生が、パチ、パチ、拍手した。それに続くように、教師たちは魅入ったかのように、大きな拍手をした。
「……これは勝負ありですね」と校長先生。

「まだだ!! 僕は負けられないっ」
 天堂茂は立ち上がる。その足は震えていた。
「まだ僕のとっておきを使っていないぞ。一撃で十分だ。僕の方が上だとわからせるには……!」

 天堂茂は必死になって、私と楓に立ち向かってくる。
 何かに憑りつかれたように。奴を動かす物は、何だ。
 奴は唱えた。

「火球カースト!!!」

 あの技だ。
 私と楓は頭上を見た。巨大な火の玉が、のしかかってくる――

「……あれ?」

 拍子抜けした声を出したのは、天堂茂だった。
 火の玉は落ちてこなかった。空中で静止したまま、私たちを襲おうとしない。この魔法の性質。私はその真意を知った。

「ああ、もう私たちの方が、上になっちゃったんだね」

 ヒエラルキーが逆転した。学年の頂点に立っていた天堂茂。その上位に、私たちが位置するようになった。
 天堂茂は私たちを見て、諦めたように笑った。
「あはっ、そういうことかよ」
 火の玉はぐらついて、天堂茂の方に落っこちた。奴は回避することも、自身を庇うことさえもせずに、それを受け入れた。爆発。天堂茂は大きく噴き上がり、天井にぶつかって、仰向けに落っこちた。父親の真ん前に。

「……父上」

 変身が解けた彼は、父親に手を伸ばした。

「だめだったよ……」

 天堂任三郎は、その手を取らなかった。

「やはりお前も失敗作か」

 天堂任三郎はマントを翻し、校長に向けて言った。
「もういい、私の負けだ。小豆沢七海を退学させる必要は無くなった。だが」
 次に天堂任三郎は私に詰め寄った。
「お前が不正行為を働いたという事実は消えない。何がしかの罰を受ける必要がある。戦隊証を預けろ」

「ブレイク、ダウン」
 私は変身を解き、戦隊証を見た。
 入学してからというものの、肌身離さず持ち歩き、寝食も戦いも共にした、戦隊の証。
 これを手放すのは、戦隊学園の生徒としては屈辱的な事だろう。
 でも私にとっては、もうどうでもいい。
「利口だな」
 天堂任三郎は大きな手のひらを出してきた。でも私は、彼にこれを渡す気はない。彼の横を素通りし、校長先生の車椅子の前に立った。
 校長先生は目を丸くして、私を見ていた。

「今までありがとうございました」

 私は戦隊証を両手で持ち、突き出した。
 校長先生はそれを、震える手で受け取った。
「何を言う。小豆沢七海さん、君の未来はこれからだ」

「怪人を殺す未来? そんなのは、要りません」

 私は深く頭を下げた。

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391 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:22

《?》


 戦隊学園校長、落合輪蔵の猫背は、いつもよりしょぼくれているようだった。

 彼は足が不自由だ。これは学園の開校当時からずっとそうだ。
 年下の天堂任三郎に実権を握られたのは、そのせいもあるかもしれない。

 彼は車椅子に乗っていた。膝に置いた戦隊証を見つめたまま、黙っていた。
 校長という役職柄、特定の生徒を贔屓することはできない。それでも戦隊証に添付された写真の白い少女は、彼のお気に入りだった。

 彼は、中央校舎の最上階にある校長室に帰ってきた。

「いかがなさいますか」

「少し疲れた。ベッドに連れて行って下さい」

「かしこまりました」

 彼は車椅子を押され、寝室へと向かった。

 そこには彼の予期せぬ先客が居た。

 赤坂いつみが校長用のベッドに腰掛け、指揮棒を手でくるくる回していた。
 他人のベッドに上がり込むのはかなり失礼な行為だが、心の広い校長は、これは何かのジョークではないかと受け取ったようだ。
「赤坂先生、君もショックなのはわかるが、おふざけはよしてくれませんか」

「ショック? 何のことだい」

 赤坂いつみは校長を見た。赤い眼がギラリ光った。冗談を言っている者の目ではない。
 校長はこの時になって初めて異変を感じたか、身構えた。下半身不随の彼はどうしたって身構えられないが。

「お前も見ただろ? 小豆沢七海の実力は、十分に証明された。もう結構だろう」

 校長は、自身がお前と呼ばれたと思い、少し驚いたようだ。
 それが自身に向けられた言葉では無いと気付くのに数秒を要した。彼はハッとして、何とか動かせる首をねじり、背後の、私を見た。

 私は赤坂いつみと名乗る者に言った。

「はい。もう結構です」

 赤、青、黄、緑、ピンク、紫、そして白。ようやく7つそろったと思っていいだろう。

「ご苦労でした、レプリエル」

「ヘルパーさん。君は……?」
 校長はわけがわかっていなかった。何しろ私は、しがないヘルパーでしかなかった。
「何の話だ……?」
 校長は正面に視線を戻した。
 指揮棒を向けている赤坂いつみの姿が目に入るが先か、みぞおちに激痛が走るが先か。
「ぐっ!!!」
 校長は体をのけぞらせ、全身を震わせた。衰え切った体でも痛みだけは人並みに感じるものだ。

「こういう話だ」

 哀れ老人は、車椅子からずり落ちた。あばらのど真ん中に穴が空き、メラメラと燃えていた。瀕死になりながらも、敵を睨み続けていた。

「アカリンジャー・落合輪蔵。情けない最期だね♪ お前の存在価値はもう無いよ。そこそこ役には立ってくれたよ。試金石としてね」

 校長は膝を突く。下半身の筋力は全廃し体を支えきれない。そのまま成す術も無く崩れ落ち、不自然な伏臥位の状態になった。
「これがかつての伝説の戦士とはもうろくしたものだ」
 赤坂いつみはそう言った後、私の方を見た。

「お前にとどめを刺させてやる」

「いえ。私に手出しする権限はありませんので」

「つれない奴だな」

 赤坂いつみは地を這う老体を見下ろした。
 校長は最期の瞬間まで戦おうとしていた。彼が持っている唯一の武器、小豆沢七海の戦隊証に、呪文を吹き込もうとしていた。
「ブレイクアッ――」
 赤坂いつみは、校長の背中に指揮棒の狙いを定めた。

「ボウライド!」

 ドン!!
 棒の先から火球が撃ち出され、校長の心臓を貫いた。

 落合輪蔵は、彼を吊っていた糸が切れたように、力無く床に突っ伏した。

 伝説のレッドは落命した。


「それでは、世界を再度塗り替えよう」

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392 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:37

 さて、外に目を向けてみよう。

 今まさに学園から退出しようとしている天堂任三郎の姿があった。

「またも失敗だ……早急に始末せねば……」

 彼は何かをしきりにぼやきながら、正門をくぐった。
 彼が学園の外に出るなり、重たい音を響かせ、大きな門はひとりでに閉じられた。

 敷地の外には車列が並んでいた。天堂任三郎の部下、ニッポンジャーの隊員たちの車だ。
 天堂任三郎は停められている車の1台に乗り込もうとした。
 するとドアが開き、運転士を務めている隊員が出てきた。呆然と空を見上げている。
「どうした。車に戻れ」
 部下は返事をしない。
「何をしている」
「あ、た、隊長、あれ」

 天堂任三郎は部下の指さす先、大空を仰いだ。
 彼のしゃくれた顎が開き、ポカンと、あほらしい表情になった。


「何だ、あれは――」


 まるで空のようだった。
 空とは違う。もう一枚の空が、曇天に貼り付いていた。限りなく雲に近い、白と灰色のグラデーションが掛かった、少し光沢のあるボディ。

 大きな大きな円盤が、学園に覆い被さるように、浮いていた。


 今や車に分乗していたニッポンジャーの全員が、立ち尽くして、空を見ていた。
「た、隊長、学園に異常です!」
「そんなことはわかっている……!」

 隊員たちは先程閉まった門をこじ開けようとしている。学園の内部の人々を案じているようだ。
「扉が開きません!!」
「ニッポンジャーだ! ただちに開けろ!!」

「私がやる」
 天堂任三郎は腕時計のダイヤルを捻り、変身ポーズを取った。

「大和魂、スタンダップ! 日の丸戦隊ニッポンジャー! ニッポンレッド!!」

 彼は真っ赤な戦士に成った。

「人馬だ!」
 部下のうち3人が、門の脇、比較的低くなっている壁に背の高い順に手を突き、人間階段を作った。
 それでも壁はまだ高い。天堂任三郎は助走を付けると、部下の背を駆け上がり、彼らを踏み台に、更に上へと飛んだ。
「ガシっと!」
 天堂任三郎は大きな手のひらで、壁のてっぺんを掴んだ。そのまま懸垂をするように、強引な腕力で、よじ登った。
 彼は学園の敷地内に飛び降りようとした。だが。

「へぐう!!」

 見えないバリアのようなものに吹き飛ばされ、宙を回転し、車の屋根に落っこちた。
 車の屋根が凹み、窓ガラスが割れた。
「隊長!!」
 天堂任三郎は頭から血を流していた。
「無事ですか。どうなさいますか?」
「た、退却する……」
「え?」
「あのUFOは素性が全く分からん。つまり私たちにまで危害を加えようとするかもしれないという事だ! まずは安全地帯に避難し、作戦を練るのが先だ! 祟らぬ神に触りなし、急いで遠くに逃げるんだ! ほら早く運転しろ!!」
 天堂任三郎はことわざを間違えて言った後、大柄な体を、壊れていない車にねじ込んだ。
 ニッポンジャーの隊員たちは、唖然としつつも彼の後に続いて乗り込み、車を発進させた。ニッポンジャーたちは学園から離れて行った。


つづく

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