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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗59-68

59 :げらっち
2024/05/08(水) 13:03:18

第6話 小さな黄、大きな桃


 最首権の無期停学が1面に載る今週の《週刊☆戦隊学園》、それよりも気になるのは私についての特集記事が組まれたことだ。それも、無許可で。
 私が入学式でスピーチをした時の写真がデカデカと貼られ、煽り文句が綴られている。

《真っ白い新入生、小豆沢七海! 見ると不幸が訪れる!? エイリアン説も?》

 記事はもっと酷い物だった。

 入学式以降よからぬ噂の絶えない白い生徒について、この度本誌は特集記事を組んだ。
 名は小豆沢七海(16)、魔法クラスへの在籍が決まっているという。
 注目すべきは世にも珍しい真っ白い見た目、そして真っ白い変身。
 魔法クラスのリンネマン氏(17)は、これは前世で大罪を犯した呪いによるものではないか、との見解を示した。徐々に体が白くなり、最後は存在が完全に消えてしまう可能性もあるという。また、小豆沢七海は災厄を振り撒いており、見た者にも不幸が訪れると考えられる。
 実際に小豆沢七海は、4月5日(火曜日)1時限目の「戦隊の歴史」の時間、理事長の子息・天堂茂氏(16)に突然掴み掛るなどの問題行動を起こしており、多数の生徒に目撃されている。その後小豆沢七海は教室で暴れたが、天堂茂氏は素早く的確な判断で、戦士エリート・ワンとして小豆沢七海を討伐している。もし彼がこのような正義の行動を取らなければ、事態は更に深刻化していただろう。
 入学式のスピーチも、戦隊学園に対する宣戦布告という捉え方もあり――


 憤懣やるかたないが、相手にするだけ、無駄だ。
 コボレンジャーがソウサクジャーに対し大金星を挙げたことに対し、その記事を霞ませるために天堂茂が手を打ったのだろう。ずる賢さで彼の右に出る者は居ない。

 私と楓は廊下を歩いていたが、すれ違う生徒たちは私をじろじろ見てひそひそ話したり、あからさまに避けたり、悲鳴を上げて逃げたりした。
 まあ、以前と何も変わらないが。

 後ろを付いてきていた楓が、私の肩をちょんっと叩いた。彼女は歩きながら例の新聞を読んでいた。
「ねえ……見た者にも不幸が訪れる、ってのは流石にガセだよね……?」
 私は呆れ、大きく溜息をついた。
「楓、あなたまでメディアに流されてしまうの?」
「そ、そりゃ七海ちゃんを信じてるけどさ……」
 私は楓を睨んだ。
「ガセじゃない、って言ったらどうするの?」
「え!?」
 楓は目を白黒させた。

「そうしたらあなたは私と友達じゃなくなるの?」

「いや……そうじゃなくて」
 楓は新聞をビリビリに引き裂いて放り捨てた。
「ごめん、なんでもない! 七海ちゃんが友達じゃなくなる方がよっぽど不幸だよ! 七海ちゃんは七海ちゃん、あたしの友達兼親友だよ!!」

 いつの間にか親友に昇進してる。
 私はふっと笑い、また歩き出した。

[返信][編集]

60 :げらっち
2024/05/08(水) 13:06:19

 桃太郎がお供のイヌサルキジを探す如く、今日もクラスを回って、コボレンジャーのメンバー募集だ。

「やばいよー七海ちゃん。もう大体の子がユニット組んじゃってるみたいだよ!」
「みんな行動が早いな」
「のんきなこと言わないでよ! メンバーを集めようたって、もう余り者だけしか居ないよ……」
「オチコボレンジャーなんだから、余り者、少数派、疎まれてる人たちを積極的に受け付けないと」

 今の所コボレは白・青・緑。赤や黄色、ピンクのような華やかな色に恵まれていない。

 私と楓はそろいの紺ブレザーにグレーのスカート。
 楓のスカート丈は罰則を喰らわないチキンレースでギリを攻めている。私は肌の露出を極力避けるため、スカート丈は長くし、黒いハイソックスを履いている。
 楓は青ネクタイ、私はノーネクタイ。
 できれば公一も含めた3人で回るべきだが、彼は忍術クラスの授業に備えて昼寝している。とすると、またもや2人だけの行動となる。もはやデートだ。
 私たちは手をつないで歩いた。楓がよく握ってくれるお陰で、私の心の氷は、少しずつだが溶けていた。


 格闘クラスの稽古場にやってきた。変身した大柄な生徒たちが組み合っていた。
「簡単に引くな!! それでも漢か! 我慢しろ我慢!!」
 監督しているのは、がっしりとした体を白い胴着で包んだ初老の男性。血色の良い頭はつるピカ丸禿。白髭が少し生えていた。黒帯を巻いているということは、強いのだろう。

「クラス見学に来ましたー!」
 楓が元気良く言った。男性教師は私たちを品定めするように見た。私の容姿を見てちょっと怪訝な顔をした。
「もうお試し期間は終了間近じゃが?」
「それでもなるべく多くのクラスを見ておこうと思って」
 私がそう言うと、教師は顎髭を撫でた。
「……まあいいじゃろう。わしは格闘クラス担任の代田大五郎じゃ。オイそこ! 手抜くな! ちゃんと見てるぞ!!」
 彼のイロは落陽のようなオレンジだ。
 私と楓も名乗った。

「武芸クラスとはどう違うんですか?」
 楓は勇み足的な質問をしてしまった。代田先生はしゃがれ声で怒鳴った。

「一緒にするな!! ……ああすまない、つい声を荒げてしまったな。武芸クラスは武器を使う。格闘クラスは己の身1つで戦う。学園の中でも特に戦闘に秀でるクラスじゃ」

 すると楓は、更に無神経なことを言った。
「へー、緑谷先生の方が適任かと思っちゃいました!」
 緑谷筋二郎は筋骨隆々の教師だ。代田は顔を紅潮させた。
「緑谷などヒヨッコじゃ!! 格闘クラス担任の座を賭けた勝負で、あやつはわしに勝てなかった。だからあやつはずっと武芸クラスなんじゃ。丸腰じゃ何もできない弱虫なんだよ~だ!!」
 代田は体をいきませていた。こいつは尊敬するには値しない人物だというのが初対面から1分以内にわかるとは。
「格闘クラスは誇り高いのじゃ。ドスコイジャー、イッポンジャー、ムエタイガーなど誇りある戦隊が在籍している」
「ドスコイジャー? お相撲さんですか?」と楓。
 相撲というのはかつて日本の国技だった物だ。今は潰えているが。
「見てみるか?」

 私たちは代田に連れられ、稽古場に隣接する体育館に入った。

 建物の中心に土俵が敷設され、それを囲うように四角い升席、そして座席が配置されている。本で見た両国国技館のようだ。
 土俵では青い戦士と藍色の戦士が四股を踏んでいた。変身した状態で、それぞれの色の廻しを巻いている。あの姿で相撲を取るのだろうか。
 私たちは花道でそれを見ていたが、壁に番付表が掲示されていることに気付いた。


 ヨコヅナレッド・赤鵬(せきほう)
 オオゼキブラック・黒ノ不死(くろのふじ)
 カドバンゴールド・小金富士(こがねふじ)
 セキワケネイビー・藍風(あいかぜ)
 コムスビシルバー・銀照龍(ぎんしょうりゅう)
 ヒットウブルー・青竜丸(せいりゅうがん)
 ヒラマクグリーン・江戸緑(えどみどり)
 ヒラマクシアン・琴水葉(ことみずは)
 ヒラマクマゼンタ・茜王(あかねおう)
 マクジリベージュ・肌毛海(はだけうみ)
 ジュウリョウイエロー・魁黄(かいき)
 マクシタパープル・紫光山(しこうざん)
 サンダンライム・樹ノ翠(きのみどり)
 ジョニダンオレンジ・大橙(だいだいだい)
 ジョノクチピンク・桃太(ももふとし)


 多いな。
「15人も居るんですか?」
 と尋ねると、代田は
「ああ。学園の戦隊で2番目に人数が多い」
 と言った。更に上があるのか……

 土俵上に居るのはイロからして、藍風と青竜丸だろう。2人の力士は体勢を低くし、睨み合う。仕切り線に手を突き次の瞬間、

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61 :げらっち
2024/05/08(水) 13:15:17

 ゴン!!!

 何の合図も無しに、二者がぶつかり合った。人と人、単体の生命同士のぶつかりなのに、まるでダンプトラックがぶつかったような衝突音、そして衝撃。常人なら一撃で吹き飛ばされるだろう。だがこれは始まりの鐘でしか無かった。青竜丸が目にも止まらぬ突っ張りの回転で藍風を土俵際に押していく。まるでマシーン、兵器だ。私も楓も見とれた。勝ちが決まったか? だが番付は嘘を吐かなかった。藍風は腰を低くし器用に土俵を回り込み、頭を下げて青竜丸の懐に突っ込んだ。廻しを掴み、青竜丸の動きを止めた。そのままじわじわと寄っていく。青竜丸も背中越しに藍風の廻しを掴んだり、足を払おうとしたり抵抗するも、じっくりと料理され、最後は土俵の外に寄り切られた。

 強い。
 流石、力の士だ。こっちは見ているだけで息切れし、汗を垂らしてしまった。

 藍風は飄々と東方に戻り、青竜丸は息を荒げながら西方に戻った。2人は頭を下げ、青竜丸は「ありがっした!!」と怒鳴った。

 あれだけの力があれば武器や魔法が無くとも、怪人や敵と戦えそうである。
 すると代田は言った。

「既に多くの有力戦隊を世に輩出している。わしの教え子で最も出世したのはボクサーファイブじゃろうな」

 代田は目線を上げた。番付の上に大きな額縁が掛けられており、ボクシンググローブとチャンピオンベルトを付けた、赤・青・黄・緑・オレンジ5人の戦士の写真が飾られていた。
「あやつらは学園で無敵の無敗を誇った」
「すごいですね! 今も現役活躍中ですか?」と楓。
「いや……」
 代田は誇らしげに写真を眺めた。

「死んだよ。戦争でな。あやつらは武器も無しに、敵の陣に殴り込み健闘した。だが敵に囲まれ、最期は自爆し敵の陣に壊滅的な被害を与えた。あやつらは英雄、わしの誇りだよ」


 死。

 戦士を養成する学校ならば、それは付き物であり、避けては通れない。学園で無双するほどの強さがあっても、外の世界では命を落とす。OBやOGにも、既に多くの犠牲者が出ているに違いない。
 楓は切ない表情で写真を見ていた。
 でも私には納得がいかなかった。

「死なすために教えていたわけじゃないんでしょ?」

 代田は目を見開いて、私を見た。この表情が示す物は怒り。

「何と不敬なことを……出て行け!! 相撲は女人禁制だ! 消え失せろ!!」

 代田は腕を振り回した。私も楓も急いで体育館から出た。
 稽古をしていた戦士たちも全員が男だった。もしかすると格闘クラスは男だけのクラスなのだろうか。


「あたしたちには縁の無いクラスだったねぇ~……」

 私たちは校庭を歩いていた。日が照っているので私が通れるのは日影だけ。校舎の影、木の影を踏んで行く。飛んだ縛りプレイだ。楓も私の影踏みに付き合ってくれた。
 すると前方に、太陽にも劣らぬ光源を感じた。
 その人物が視界に入るより前に、私はそれが誰か当てることができた。
「いつみ先生!」

「おはよう♪」
 赤坂いつみその人が姿を現した。天に輝く恒星に負けない、眩しいイロを持っている。

「おはようございます!」
 私と楓は頭を下げた。
「先生、魔法クラスを休んでクラス見学をしていてごめんなさい……」
 いつみ先生はふふんと笑った。
「もちろんいいとも。そのためのお試し月間だ。色んなクラスを体験してみるといい♪」
 そう言ってくれると思った。
「戦隊で必要なのはバランスだ。1人が強くとも、チームがバラバラでは勝てない。違うカラーのメンバーを集め、補い合うことで、真の強さを得る」

 私なら、この目で、カラフルなメンバーを集めることができる。
 世間ではオチコボレでも、綺麗なイロを持つ、そんなメンバーを。
 そして虹色の戦隊を作るんだ。

「そうそう、機械クラスはもう見たかな? まだだと言うなら、行ってみることをオススメする♪ 戦隊には巨大戦力も必要になってくるからね」
「どこにあるんですか?」
「地下にある。中央校舎から行けるから……」

 私と楓は先生の説明を聞き、機械クラスを目指すことにした。
「ありがとうございました、いつみ先生!」
 先生はバイバイ、と手を振っていた。先生が見えなくなったところで、楓が言った。
「いつみ先生、だって!! 下の名前で呼んじゃって!」
「うるさいよ伊良部さん」
「よそよそしいな!」

 その時。

 黒の気配。

 私は校庭の向こうを見た。眩しく揺らめく白砂の先、木の陰に、真っ黒い巨体が立っていた。
 ブラックアローン。
 不気味な赤い単眼が、私たちを見ていた。背筋が寒くなり、私はつい楓の手を握っていた。
「どうしたの?」
 目をぎゅっと瞑り、もう一度開く。するとその姿は消えていた。

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62 :げらっち
2024/05/08(水) 13:20:53

 私と楓は、ガラス張りの専用エレベーターで地下に向かった。学園はただでさえ広いのに、地下もあるというから驚き桃の木山椒の木だ。
「巨大戦力なんて本当にあるのかなぁ?」
「さあ」
 エレベーターの外は真っ暗で、ガラス戸に反射した私たちの顔が映っている。
 すると突然、視界が下から上に開けていき、地下とは思えないほど広い空間が目に飛び込んだ。
「うわぁー!」
 私も楓もガラス戸にへばりついて、眼下の広大なガレージに見入った。
 生徒たちが、巨大なプラモのパーツのような部品を運んでおり、車や飛行機などが組み立てられている。
 その圧巻の光景に見とれ、次第に床が迫っているのに気付かなかった。エレベーターが到着し、ガラス戸が開いたため、私も楓も、前のめりに床に倒れた。

「いたた……」
「起きて楓! 行ってみようよ!」
「あはは! クールな七海ちゃんでも興奮するんだ!」
 こんなSFの世界を見せられれば、男子小学生でも女子高生でもお構いなしに興奮するだろう。
 私と楓は金網の張られた床をカンカンと走った。

 少し先で、ヘルメットを被ったいかつい男たちが、巨大なパワーショベルを見上げていた。
 あれでも学生なのか。黒ひげ危機一髪のような髭が生えていてもおかしくなさそうだ。
「クラス見学に来ましたー! 機械クラスの先輩たちですか?」と楓。
 男たちは私たちには目もくれず言った。
「その端くれだ。俺たちは建築戦隊ジュウキマン。メカの設計をしているのは俺たちじゃない、デザインジャーだ。しっかし大した仕事っぷりだぜ……」
 男たちは巨大な重機を見て惚れ惚れとしていた。
「その人たちはどこに?」
「今は4番ガレージに居るだろう。しっかしお高い連中だからな。態度には気をつけろよ」

 私と楓は4番ガレージを目指す。大病院のように床にカラフルな線が引かれており、黄色い線に4と書かれていた。これを辿れば着きそうだ。
 金網の階段を上がっていく。


 腰を抜かしそうになった。

 古都の大仏ほどもあろう巨大ロボットが胡座をかいていた。全身が黄色い。
 私は恐る恐る顎を上げ、頭を見た。頭部はすっぽりと白い布に覆われていた。助かった。目が合ったら石化してしまうかと思った。

「ひやー。学園は本当にロボ開発してたんだ! すごいねぇー」
「うんすごい……」
 戦隊が運用するロボというのは教科書で見たことがあるが、いくら知識を蓄えても、実物を見た時の感嘆には敵わないのだった。
 このロボが動くのだろうか。格闘クラスでは戦士1人1人が兵器に匹敵する強さを持っていたが、更に巨大兵器まで持ち合わせれば鬼に金棒、戦隊は外の世界で大きな戦力となるだろう。

「これもデザインジャーが作ったのかな?」
 私たちはデザインジャーを探す。するとすぐ近くのコンテナの物陰から、怒鳴り声が聞こえた。

「いつまで居んのよチビ! あーたなんかがデザインジャーのメンバーになれるわけないでしょ!」
「チビって言うな。うちの実力を知らないんですよ。真っ向勝負して下さい。うちが勝ちますから」
 見ると、背の高い茶髪の女子と、背の低い黒髪ポニーテールの女子が言い合いをしていた。茶髪の方は緑ジャージ、黒髪の方は制服を着ている。その周囲には緑ジャージの女子生徒がわらわらと集まってそれを見ている。
「うざい! どんなに足掻いても黄色のあーたはもういらないっつの!!」
 大きな方が小さな方を蹴飛ばした。ジャージ集団はきゃらきゃら笑った。
 小さな方はコロン、と転がったが、だるまのようにすぐに起き上がり、丸眼鏡を押し上げた。

「がんばれ」

 私は咄嗟に、その子を応援してしまった。何故だろう。他人に同情する主義では無いのに。
 倒されても起き上がる彼女が、自分の姿に重なったのかもしれない。

 2人は一斉に私のほうを見た。

「あ、どうも。クラス見学に来ました」

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63 :げらっち
2024/05/08(水) 13:30:45

「何あーた?」

 茶髪の女子が、私に尋ねた。尋ねたというよりは、出てけと言ってるみたいだったけど。
 私は凛として返す。
「クラス見学に来た1年の小豆沢と伊良部です」

 茶髪は私の姿を見てあからさまに嫌そうな顔をし、背後に居る女子集団は悲鳴を上げて目を瞑ったり手で顔を覆ったりブザマ。私を見ると不幸になるとでも、本気で信じているのだろうか。
「あー、思い出した。入学式で黒歴史的挨拶をした小豆沢七海」
 覚えてくれてたんだ、ありがと、そう言う前に楓が勇み出た。
「は? 黒歴史じゃないし!」
 楓は背伸びして文句を言う。長身の茶髪は、楓を見下して言った。
「あーたは小豆沢七海とつるんでる芋ね。頭わっるそうな顔してるわね。ここは神聖な空間なのよ? さっさと帰って頂戴」
 茶髪はシッシッと追い払うジェスチャーをした。
 楓は「うざ!」と言いつつも後退してきた。
「七海ちゃん、デザインジャーすごい奴らだと思ったら性格クソだよ。新入生いじめてるし。帰ろ!」
 楓は私の腕を引っ張った。でも私は杭のように直立して動かない。

 まだ私の気が済んでいない。友達を悪く言った奴は許さない。

 私は取り敢えず、煽りの斥候を派遣する。
「で、その変な髪形は何?」
「ポンパドールです!」
 のっぽ女はでこっぱちで、栗色の前髪をバックにしており、脇の毛は横に流れていた。あまり似合っていない。
 小柄なポニテの女子がきゃはッと笑った。それでポンパは怒ったのか、再びポニテを蹴り倒した。
「笑うなチビ!」
「チビって言うな!」
 ポニテはすぐに起き上がり、黄色いネクタイを整える。
「新入生いじめはやめなよポンパドーデス。好感度下がる」
「ポンパドーデスじゃなくてポンパドールです! ていうか名前じゃなくて髪型だし。新入生いじめ? バッカみたい。私も1年生なんですけどォ?」
 私と楓は「嘘ぉ?」とハモった。

 ポンパドーデスは背の高さも相まって、2年か3年に見える。私は「老け顔」と煽りの次鋒を向かわせようと思ったがやめた。

「嘘じゃない。私は先輩たちを差し置いて、デザインジャーのエースになったの。つまり、こういうワケ。ブレイクアップ! メカニイエロー!!」
 ポンパドーデスと女子集団は一斉に変身した。
 彼女らのイロが増幅し体を包み、黄・赤・青・紫・ピンクの戦士に成った。ポンパドーデスは黄色。エースがこの色なのは珍しい気もする。
 5人はキメポーズを取った。

「メカニ戦隊デザインジャー!!!!!」

 私も楓もポニテの子も、白い目でそれを見ていた。
「こういうワケってどういうワケ? 単に変なポーズを見せたかっただけ?」
 するとポンパドーデスは両手のひらを上に向けた。そこからバチッ、稲妻が上に向けて落ちた。
「減らず口を叩くのもそこまでよ! 私は俗に言う天才です。入学してすぐに作り上げたこのロボの威力を知るといいわ。いけ! 大仏人(ダイブツジン)!」

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64 :げらっち
2024/05/08(水) 13:30:57

 黄イロによる電気の魔法。ポンパドーデスは手から電流を出し巨大ロボに浴びせた。
 ロボの手が、ゆっくり開閉した。次の瞬間、ロボが腕を伸ばし、私の体を掴んだ。
「うわ!!」
「七海ちゃん!」
 鋼鉄に握り締められ痛い、苦しい。足が床を離れ、軽々と宙に持ち上げられてしまう。
 デザインジャーたちはひゃらひゃら笑っている。

「どう? デザインジャー製のメカを堪能できてさぞかし興奮したでしょう?」

 ポンパドーデスは電気信号にてメカを操っている。彼女自身がリモコンだ。
 私と同じ日に入学して、もうこんな実績を残しているなんて。確かに、天才的ではある。

 でも、だからといっていじめが正当化されるわけではない。
「何であの子を仲間外れにするの?」
 私はポニテの子を目で指した。
「このチビは私と同じイエローだからよ」
 とポンパドーデス。
「基本的に1つの戦隊に、同一のカラーが居てはいけない。それは不文律で黄金律。つまり、ざーんねーん、黄色はもう足りてまーす。てなワケ。同じ黄色なら私の方が何百倍も優れてるって、わかるでしょ? まっ、例えダブりでなくとも実力の無いチビはお払い箱なのよね」
「チビって言うな!」とポニテ。他に噛み付く場所が何箇所もあるだろうに。

 ポンパドーデスの主張は、理解した。
 理解したが、納得はしていない。
 私はポニテの子のイロを視認し、ポンパドーデスのイロと比較した。
 そして、ポニテの子のほうを見て、言った。

「私は、こっちのイロのほうが好きだな」

 ポニテの子は丸眼鏡の向こうの三白眼で私を見上げていたが、頬をちょっとだけ赤らめた。
 ポンパドーデスの黄イロは濁っているけれど、ポニテの子は、小柄な中に、強い芯があって、鮮やかな黄イロを蓄えている。
 私の虹に加えるなら、絶対、こっちのほうがいい。

「ポンパドーデス。あなたの黄イロは腐ってる。いつかネジが外れて、バラバラになるんじゃない?」

 ポンパドーデスはがなった。
「ポンパドールです! 余計なお世話!! ダイブツジン! やっつけろ!!」

 ロボは私を強く握った。
「ううっ!」
 息ができない。ロボは思い切り振りかぶると、私を投げた。私は宙に放り出され、飛んでゆく。景色がぐるぐる回る。楓が私を呼ぶ声が、上からか下からか聞こえる。そのまま何かに突っ込んだ。楓が私をキャッチし、そのまま勢い余って、コンテナにぶつかったのだった。
「イタタ……七海ちゃん大丈夫?」
「平気。お昼だしもう行こ」
 私は立ち上がると、楓の手を取って、エレベーターに向かう。


「格クラも機クラもすごいけど、いや~なクラスだったねえ」
 私と楓は食堂を目指し、校内を歩いた。
 すると楓が肩をトンと叩き、耳打ちしてきた。
「ねえ七海ちゃん! 見てあの子」
 私はそっと後ろを振り向いた。廊下の向こう、曲がり角からこちらを窺う小動物。さっきのポニテの子が、じっとこっちを見ていた。
「さっきからあたしたちに付いてきてるみたいだよ……ストーカーかな?」
「別にいいんじゃない?」
 私は前を向いて歩を進めた。

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65 :げらっち
2024/05/08(水) 13:40:05

 食堂ではおなかを空かした生徒たちがずらーりと列を作っていた。
 男子も女子も最後の成長期に、少しでも体を大きくしておこうと、ご飯をたらふく食べようとする。学園では1日にどれくらいのお米を消費しているのか見当も付かない。
 食糧難の此の世、どこからこれだけの食糧を確保しているのか。まあそんなのは私の気にすることじゃない。私も食べたいだけご飯を食べさせてもらおう。

 私と楓はトレイにスプーンと箸を乗せ、列の最後尾に付いた。生徒たちは私の姿を恐る恐る見ていた。何人かはそそくさと去って行ったので、列がすいた。ありがたい。
 すると私の後ろに、例のポニーテールの女子が並んだ。
 改めて並んでみると、身長がかなり低い。私より頭1つ分小さく、140くらいしかないように見える。今どきの小5でももう少し大きい。小柄だが華奢ではなく、ぷっくりした体型だ。ブレザーに長めのスカート姿。

「ねえねえねえ七海ちゃん、聞いてる?」と楓が喋り掛けていた。後ろの子の観察に夢中になっていた。
「ごめん聞き逃した」
「聞けし! 七海ちゃん、今日は何食べるの?」
「カレー」
「えぇ? 毎日カレー食べてない? 飽きないの?」
「飽きないよ。カレーは私に飽きてるかもしれないけどね」
 それに戦隊学園のカレーは日によって具材が違う。かぼちゃや茸、コーンが入ることもあって私の舌を飽きさせない。
「じゃ、あたしはグリーン定食にしようかな。ダイエットしなくっちゃ!」
 楓は痩せ型なのに、何故女子は自分をデブだと思い込むのだろう。

 やがて楓の番になった。
「グリーン、180!」
「あいよー」
 カウンターのおばちゃんがリクエスト通りのグラムの白米を盛る。おかずはグリーンサラダのみの簡素なメニューが出てきた。こんなんじゃ午後の授業でぶっ倒れる。
 楓は「青虫になった気分! お先に~」と言ってテーブルのほうに向かって行った。

 次は私の番だ。

「戦隊カレー、450で。特上の激辛」

「激辛!? てか450グラムって……」
 後ろのポニテの子が小声で喋った。チビって言うな! と怒鳴っていた時とは対照的な控え目な声だ。声だけのハンドボール投げなら2メートルも飛ばなそうだ。
「うち120が限界です……」
「おなかすいてるから余裕。カレーにはご飯がよく合うよ。それに辛くないカレーなんて中身の無いおにぎりと一緒」

「赤の無い戦隊とも一緒?」

 私は振り向いて、ポニテの子をじっと見た。挑戦状とも受け取れる言葉。
「そう思う?」
「いや、思わない。赤だけが素敵な色じゃないもん。噂に聞きましたよ。コボレンジャーってヘンな戦隊のメンバー募集してるんでしょ?」
「うん。確かにヘンだけどそれが?」

「うちも入れて下さい」

 彼女は私を見つめて、当然のことのようにそう言った。そう来るか。
「いいよ。大歓迎」
「あ、やったぁ。鰻佐奈(うなぎさな)って言います。よろしくお願いします」

 トレイを支えているので握手ができない。私はペロッと舌を出して挨拶代わりとする。

 給仕のおばさんは特製カレーの調味に少し時間を掛けている。その間に彼女は話す。
「うちの色が見えたんですか?」
 相手の色彩を読み取るなど朝飯、いや昼飯前だ。
「見えたよ。鮮明な黄イロが。ポンパドーデスの黄ばんだイロより余程素敵だよ」
「そうそう!」
 佐奈と名乗った女子は、途端に饒舌に話し始めた。
「あいつ、ほんと性格悪い! コボレンジャーでロボ作って見返してやりますよ」

 棚から牡丹餅と共にロボまで落ちてきた。コボレにも巨大戦力が手に入る兆しが見えた。これはうれしい。

「現在のメンバーは何人?」
「あなたを含めて4人」
「え? 4人って戦隊じゃ最も忌むべき人数じゃないですか……大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない。これから大丈夫にする予定」
 佐奈はきゃはッと笑った。
「スピーチの時も思ったけど、七海さんてほんとクレイジー。すっごくバイブレーション感じちゃいますよ」
「誉め言葉だと思っとく。あと、敬語じゃなくていいよ」

「あいよー。大盛りの激辛!」
 私のトレイに、ドスンとカレーの皿が置かれた。すごい重量、スパイシィ。これはたまらない。福神漬けも付いてラッキーだ。

 仲間が増えるのは嬉しい。けれどその喜びも蛮声により台無しにされる。

[返信][編集]

66 :げらっち
2024/05/08(水) 13:43:23

「オラ邪魔だぁ!! 食堂はドスコイジャーが使わせてもらう! 失せろやあ!!」

 どかどかと、巨漢の集団が入ってきた。並んでいた生徒たちを張り手で突き飛ばしていく。
 青・黄緑・紫の着物で巨体を包んだ、3人の力士。先頭は青。眉毛を剃った柄の悪そうな顔には見覚えが無いが、その青いイロにはバッチリ見覚えがあった。格闘クラスで相撲を取り藍風に負けた力士、青竜丸だ。
 土俵では怒気こそあれ殊勝な態度だったが、これじゃあただの不良じゃないか。暴力に走った時点で格闘技をやる資格が無いし、戦士としても失格だ。

「スト~ップ!! 食堂はみんなのものだ!」
 3人の男子生徒が果敢にも躍り出た。
「なんだぁ? 俺たちは格闘クラスの精鋭だぞ? つまり学園の顔でもあるんだずぉ? 食事を優先してとる権利があるだろがぁ!!」
 支離滅裂な理論だ。
「ここは戦隊らしく、変身して白黒つけようじゃないか」
「よかろう」

「ブレイクアップ!!」

 2つの戦隊が一斉に変身を決める。
 食堂に居た生徒たちは、固唾を飲んでその光景を見守っている。戦隊学園ではこのような生徒間の衝突がよくあるのだろうか。騒がしい日常だ。

「安全運転! 交通戦隊シンゴージャー!!」
 赤・黄・青の戦士が、力士たちの前に立ち塞がる。

「待ったなし! 相撲戦隊ドスコイジャー!!」
 力士たちは青・黄緑・紫の巨大な戦士と成った。廻しを巻いている。変則的な色の集まりだが、1人1人がデカく、集まると壁の様だった。

 ドスコイジャーは四股を踏み始めた。ドスンドスンと揺れが起こる中、シンゴージャーの赤い戦士は進み出た。
「私はレッドシンゴー! 止まれ赤信号だ!! 順番を守れ!!」 
「東ィ~ヒットウブルー」
 青竜丸は、低く立ち合いの姿勢を取る。
「ハッキヨイ!!」
 ダンプトラックが信号機に激突した。
 たったの一撃でレッドシンゴーは吹っ飛ばされ、窓ガラスを割って落っこちていった。ここは5階だが、無事だろうか。

「ごっつぁんです!!」

「くそぅ! レッドシンゴーのカタキ!!」
 シンゴージャーの2人が攻撃し、更に見ていた生徒たちも変身し、便乗して取っ組み合いを始めた。
 食堂は忽ち戦場と化した。皿やコップが割れ、食べ物が床に飛び散る。

 なんて勿体ないんだろう。静かにご飯を食べられる場所は無いのかな。

「な、七海さん大変だよ! 隠れなきゃ!」と佐奈。
「別に隠れる必要ないよ。ここは食事をする場所だし。正しいことをしているんだから堂々として居ればいい。ほら次あなたの番だよ?」
 私はトレイを片手で持つと、佐奈の小さな背中を押して、カウンターに向かわせた。

 すると今まで聞いたことも無いような怒声が飛んだ。

「あんたたち!!! 食堂で好き勝手するんじゃないよ!!! 美味しくご飯を食べられない奴は出入り禁止だよ!!!!!」

 見ると、厨房のおばちゃんたちが、戦士に成っていた。
 この人たちも変身できるんだ……

「お勝手戦隊キッチンジャー!! 秘技おいしくなあれ!!!!!」

 5人のおばちゃん戦隊が必殺技を放ち、食堂で乱闘していた生徒たちは、泣き叫びながら鍋に吸い込まれていった。
 このまま具材にされるのだろうか。不味そうだ。

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67 :げらっち
2024/05/08(水) 13:43:36

 あれほど混み合っていた食堂は、閑古鳥が鳴いていた。どんな鳴き声か知らないが。
 マナーの悪い生徒は退場させられてしまったのだ。机や椅子はなぎ倒され、あちこちに割れた皿や食材が散乱している。とても食事できる状況ではない。
 私はカレーの乗ったトレイを持ったまま被災地を歩いた。

「うひ~! 酷い目に合った!!」
 楓は机の下に隠れてサラダを食べていた。私は手を差し伸べ、彼女を引っ張り出す。
「それはそうと楓。4人目のメンバー見つけたよ。それも、巨大戦の戦力になりそうな子」
「えっほんと!? ビンゴ! それって巨大な子?」
「いや、その逆だけど……」

 私は楓に佐奈を紹介しようとする。でも佐奈の姿が無い。
 見回してみると、食堂の入り口に彼女の姿があった。

「ブヒ~~!!」

 豚の鳴き声がした。生物クラスから逃げ出してきた家畜だろうか。
 そうではなかった。佐奈は誰かと言い争っていた。その相手は、豚を擬人化させたような醜男だった。
 ぶくぶくに太った顔、顎は二重ではきかず三重になり、首が無い。肉で盛り上がった頬、顔のパーツは殆ど肉に押し潰されており、目も例外ではなく線を引いたようにほっそりしている。しかも豚っ鼻。あれと比べれば公一がイケメンに思える。
 髷を結っており、ピンクの着物姿だ。ドスコイジャーの一味だろうか。青竜丸たちよりは小さいが、それでも恐らく180センチ以上あり、横幅も広く、樽のような体型をしている。佐奈が余計に小さく見えてしまった。

 2人は何を揉めているんだろうか。

「チビって言うな! 撤回しろ!!」
「撤回も何も、チビじゃないブヒか。僕は身体的特徴を述べただけブヒ。早くそこをどけ。僕が先にご飯を食べるブヒ!!」
 豚は佐奈を抜かそうとするが、佐奈は負けじと立ち塞がる。しかしあの体格差。豚に振り払われ、佐奈はコテッと倒れた。豚はカウンターにドスドス向かった。

「佐奈、大丈夫?」
 私はトレイを持ったまま彼女に駆け寄り、手を差し出すが、彼女はその手を取らず、自力で立ち上がった。
「別に大丈夫、自力で立てる。子供扱いしないで」
「あらそう」
「それよりも聞いてよ七海さん!! あいつ、うちのことをチビって言ったんだよ!! 許せないですよ!」

 佐奈にとって「チビ」という言葉が最も忌むべき地雷らしい。彼女は顔をしかめ、ブレザーの裾を握り締めていた。

「別に、あんなデブの言うことは無視していいよ。食べる事しか能が無いただの豚だ」

 すると。

「ブヒィ? 何て言った?」
 豚は地鳴りを起こしながらこっちに戻ってきた。
「豚。聞こえなかった? ぶ・た」
「僕を豚だと?」
 豚は短い腕をぶんぶん振って私の目の前に立った。肉の塊のような体。私はだいぶ上を向いて喋らねばならなかった。
「うん。だって豚そっくり。こっちも身体的特徴を述べただけなのだけど」
 豚は細い目を、更に細め、意地悪く笑った。
「面白い小娘ブヒ。僕が誰か知らないブヒ? ドスコイジャーの一番手ブヒよ! 女の子なら張り手一発で脳震盪」
 豚は張り手を取る真似事をした。威嚇のつもりだろうか。
「一番手って、序ノ口? 相撲だったら一番雑魚じゃん」

「ブッ!」
 豚の動きが止まった。脂肪だらけの顔がピクピクと震えている。今の言葉は効いたか?

 佐奈は「謝れこのブタァ!!」と怒鳴った。ハンドボールは25メートルは飛びそうだ。
 だが豚は「嫌ブヒ~」と言ってお尻ぺんぺんした。
 今にも飛び掛かりそうな佐奈。こうなれば私が勝負を挑むしかないな。

「じゃあ豚、私と勝負しよう。私の戦隊のメンバーをやってくれたお返しがしたいから」
「小娘が一体何で僕に太刀打ちするつもりブヒ?」
「カレーで」

 私は大盛りのカレーの皿を手に取った。

「あなたが負けたら、佐奈に謝って貰う」

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68 :げらっち
2024/05/08(水) 13:48:33

 罹災した食堂を貸し切って、カレーの大喰い対決が始まった。

 楓が吞気に佐奈に挨拶しているのが聞こえてきた。
「あたし伊良部楓。七海ちゃんのルームメイトで親友! よろ!」
「鰻佐奈です」
「うさぎ?」
「うなぎです」


 私の口の中はカレーで満杯だった。
 最初は美味しく感じた激辛カレーも、食べているうちに舌が麻痺してくる。
 もはや食事というより、ぐちゃ混ぜのルゥとライスをスプーンで口に運ぶだけの作業となってしまっていた。
 そんな中で何とか皿を平らげる。

「おかわり。450」

 厨房のおばさんは私たちの喰いっぷりを見るのが嬉しいのか、ノリノリでおかわりを用意してくれる。
 大喰い対決など食糧の無駄だと思われるかもしれないが、食堂での乱闘などと比べればましだし、そもそも残飯になってしまう分を貰っているだけなので、むしろエコだ。不味そうに食べてしまっているのが申し訳ないが。

 大盛りのカレーが、ドンッと置かれる。

 休まずに食べ続けなくては。少しでも気を緩めれば、途端に、背後に迫る満腹に追いつかれ、負ける。
「なかなかやるブヒね……」
 横を見ると、豚がカレーを口に運んでいる。相手は食べて寝る事しか能が無い巨漢なだけあって、よく食べる。
 でも相手のペースも落ちてきた。どうやら辛口が苦手と見える。汗をダラダラ流しながら懸命に口を動かしている。
「カレーは、飲み物だから」
 私はカレーをハムスターの様にパンパンに頬に詰めて、多量の水で胃に流し込んだ。
 苦しさのあまり涙目になった。

「七海さん!」佐奈が叫んだ。

 空き容量を少しでも確保するために、立ち上がって、膨満した腹をさすった。胃の内容物が降下していくのがわかる。
 佐奈に「まだいけるよ」と、ピースマークを送った。
 ……本当は、もういけない。これが終わったら1週間はカレーを食べたくない。見るのも嫌なくらいだ……

 やがて豚は苦しそうな声を上げた。
「1400完食……ブヒ……」

 なんてこったい、700を2杯も食べたのか。相手のペースが落ちていると見ていたが、豚の大口では一口あたりの量がまるで違うことを考慮していなかった。やはり男と女では、胃袋のキャパシティもだいぶ違う。
 これは厳しい勝負だ。私は今の3杯目を食べ終わっても1350。追いつけない。
 どうしようか。勝負を仕掛けておいて負けるのはハズカシイ。それに、佐奈への謝罪を引き出すことができない。

 ガンバレ、七海。何か手があるはずだ……

 私は箸休めに、福神漬けとラッキョウを食べた。
 平坦な味では続かない。こういったものを合間に挟むことで、少しでも舌を蘇生させる。
「ん?」
 私は豚の、カレー皿を見た。

 勝機あり。

 私は箸を持った手を、豚に向けた。
「ラッキョウもちゃんと食べなきゃダメだよ?」

「ブヒ!?」

 彼の皿には、取りこぼしの米粒と共に、ラッキョウが残っていた。
「あ、ラッキョウ嫌いなんだ。あなたの負けね。残すのは大喰い選手として失格だから。だよねおばさん」

 おばさんは怒りの形相で、今にもキッチンジャーに変身しようとしている。キッチンジャーに敵う生徒など居ない。

「こ、降参ブヒ~~~~!!!」

 豚は無条件降伏した。
「はい、私の勝ち。佐奈に謝ってもらうからね」
「やったね七海さん!」
 私は駆け寄った佐奈とハイタッチする。その瞬間、私のお腹がキュルキュルと鳴った。
「う、トイレ……」


つづく

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