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┗380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~(372-391/477)
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372 :げらっち
2024/07/28(日) 11:27:33
ニジレンジャーの部室である中央校舎7階の茶の間で、俺は自己紹介をした。
「……黒木飛一郎、ニ、ニジホワイトです」
俺は身長が2メートル近いので、和風の部屋は狭く感じられた。俺は体を折り畳み、頭を下げた。
畳に座っていたのはニジレッドの他に、4人の男子生徒。ニジレッドは紅一点だったようだ。俺の挨拶に拍手してくれたのはその紅だけだった。他の4人はしかめ面。
「ツレないな~、あたしが見つけた金の卵なんだよ? それじゃ、あたしも改めて自己紹介!」
ニジレッドは立ち上がったが、俺の4分の3くらいの身長しか無かった。赤毛を2つ結びにして、胸の前に垂らしている。制服に赤ネクタイ。短いスカートから細い足が伸びて、畳に根を張っている。
「2年魔法クラス、ニジレッド!! 誕生日は2012年2月4日、ひとりっこ! 好きな食べ物は金目鯛の煮つけ! ほらキミたちも名乗って名乗って!」
ニジレッドは男4人に挨拶を促した。
「ニジブルー」
「ニジイエローです」
「ニジグリーンだ」
「ニジピンクだ」
ぶっきらぼうな挨拶。彼らは俺を警戒、軽蔑、敵視、奇異の目で見ていた。
どうやら全員2年生のようだ。2年の戦隊の中にいきなり1年坊主が入ったら、疎まれても無理はない。俺は見た目も異様だしな。
「……羽根井先輩、俺場違いなんで、辞めますよ」
そう言うとニジレッドは膨れ面。
「こら、あたしのことはニジレッドと呼びなさい!! そんでもって弱音を吐かない!! あたしの見込んだ男なんだからしっかりやる! ついてこれなくなったら、その時は辞めてもらうことになるけどね!?」
ニジレッドは睥睨。
「き、厳しいですね……」
でもこれは、俺の求めた道に近かった。強者を目指す茨の道。
「やれるの?」
「……やります」
俺は二つ返事。ニジレッドは睨みから一変、日向ぼっこのような優しい笑みになった。
「よぉ~し、それでヨシ。よろしくねっ」
ニジレッドは手を差し出してきた。
俺は恐る恐る、その手を取った。俺の手の半分の体積しかないんじゃないかと思うような小さな手。それでも温かく、暖かかった。光りを避けてきた魔物の俺の、心臓を撃ち抜くような、銀の弾丸。シルバーブレットだ。
俺とニジレッドは、固く握手をした。
その日から、ニジレンジャーとしての訓練が始まった。
特にグリーンは厳しく俺をしごいた。俺はしごきに耐えられず、何度も脱走したが、ニジレッドに励まされ、連れ戻された。
俺は何度も泣いた。
だが歯を喰いしばり、訓練に打ち込んだ。
次第に皆、俺をニジレンジャーの一員と俺を認めてくれるようになった。
ニジレンジャーの先輩たちは美味しいものをおごってくれたり、気さくに話しかけたりしてくれるようになった。俺とニジレッドの仲はどうなのかなど、くだらん質問をする輩も居た。
だがいつしか、俺はそんな茶番さえも楽しんでいることに気付いた。
志を共にする、掛け替えの無いチーム。校長の言った通りではないか。それは金貨や銀貨で買える物ではない。
俺は何度も笑った。
人と心を通わせる楽しさを、知ってしまった。
知らなければ良かった。
知ったがばかりに、死ぬほど辛い、死よりも辛い、苦痛を知ることになった。それは当然の代償だった。
つづく
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373 :げらっち
2024/07/28(日) 11:28:00
第34話 黒歴史
くすん……くすん……
涙が俺を呼んでいた。
呼ばれるがまま、屋上に足を踏み入れた。
満天の星空の下、フェンスに前のめりに寄りかかって泣く、赤い髪の女が居た。
いつもの明るい彼女からは想像もできない悲痛な姿に、胸がペンチで挟まれるかのように痛んだ。
この姿を誰にも見られたくなかったかもしれない。一人きりで傷を癒したかったかもしれない。何も言わず、この場を去ることもできた。
だがその時の俺には、彼女を放っておくことなどできなかった。彼女が俺の人生を明るく照らしてくれたように、俺もまた、彼女の傷を癒す手助けが、できるんじゃないかと思った。
そっと歩み寄り、一杯ためらってから、言った。
「ニジレッド」
彼女は咄嗟に振り返った。身軽いフットワーク。流石手練れの戦士だけある。
彼女は俺の顔を見て、一瞬驚いたが、すぐに顔を歪め、涙を落とした。
「ニジホワイト。は、恥ずかしいとこを見られちゃったな」
ニジレッドは赤いハンカチを出し、目元を拭いた。だが拭けども拭けども溢れ出る。我慢すればするほど逆結果になるのは、涙も例外ではない。
「泣くのは恥ずかしいことじゃないですよ」
「そうかな」
我慢という枷が外れて、彼女はようやく微笑んだ。
「優しいね……ほんと、友影みたい」
そう言うなり彼女は、また顔をしわくちゃに歪めた。辛くて辛くてどうしようもないというように、俺に縋り付いてきた。
その時の彼女は、いつもの強そうな彼女と違い、きつく握ったら壊れてしまう卵のように脆く見えた。俺は彼女のつむじを見ながら、強すぎないように、かといって弱さを感じないように細い身体を抱き締めた。
彼女の拍動が感じられた。ドキ、ドキ、けなげに生きている。この小さな炎を守りたい。そう願った。
しばらくそうしていた。
ともかげ、誰であろうか。
クエスチョンは出さずとも、アンサーは返ってきた。
「弟、死んじゃったんだ。今年1年生に入るはずだったんだけどねぇ……」
友影とは弟のことだったのか。俺と同い年だったらしい。
「あの日に……?」
あの日、赤の日のことだ。
「ううん、赤の日は、あたしたち一家は生き残れたんだ。でもね、その直後戦争に巻き込まれて、あたしの両親も、友影も、殺されて……」
彼女の涙が俺の胸を熱く濡らした。
だがそれも一瞬。彼女は気丈に顔を上げ、笑みを見せた。
「泣いてたって、始まらないよね」
「でもニジレッド、自己紹介では1人っ子って言ってませんでしたか?」
「あれは、強がり! てか自己紹介ちゃんと覚えてくれてたんだ! ありがと~」
ニジレッドは俺に抱き付いたまま、表情を緩めた。俺も少しだけ笑う。
「キミ、弟にそっくりだよ。おっきいけど弱くて、寂しがり屋で、でも一生懸命強がってるとこなんか」
「お、俺のイメージそんなですか!?」
「イメージじゃなくて、本当にそうでしょ?」
言い返せない。
ニジレッドは、俺から離れた。本当は、もう少しくっ付いていたかったんだが……
「ありがと、元気出たよ! このこと、ニジレンジャーのみんなには内緒だよ!」
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374 :げらっち
2024/07/28(日) 11:28:41
2030年、俺は3年生に進級した。
ニジレッドたちは俺より学年が上だったので、無事に卒業し、プロの戦隊となっていた。
それはおめでたいことだ。
だが、寂しくもあった。
5人が卒業してからというものの、俺は孤独を感じる学園生活を過ごしていた。無論、同級生に友など居ない。
元々俺は独りきりだった。それでも一度仲間のあたたかさを知ってしまうと、孤独はより辛い物に変わっていた。
9月某日、学園外で活動中のニジレンジャーより、久々に連絡があった。
とある任務に、俺も参加してほしいという頼みだった。その時の俺は、自分が戦力として頼られていることを知り、嬉しく思ったのを覚えている。
だが勝手に学園を抜けることはできない。俺は担任の教師に相談した。
職員室にて。
「行ってこい」
すぐにそう返された。
「ですが、オスへの奇襲作戦など、俺には……」
「何を言っている? きみはもう立派な戦士じゃないか♪」
教師はキャスター付きの椅子で足を組んで、ちょっと仰け反った。ギシッという音がした。
「晴れ舞台だね、飛一郎!」
赤坂いつみ。
魔法クラスに在籍する俺の担任教師だ。
赤毛に陽気な人柄は、ニジレッドに似ていなくもない。
だが俺は、この教師のことが苦手だった。何故ならば、眩しすぎるからだ。
ニジレッドは、俺を優しく照らしてくれる春の太陽の様な存在だ。
対する赤坂いつみは、ペテルギウスや、シリウスのように、太陽よりも更に馬鹿デカい恒星を思わせる、超人的な男だった。
「ニジホワイトと呼んで下さいと言っているでしょう? それにその言葉は、晴れが嫌いな俺への皮肉ですか?」
「ただの賛辞だよ。字面通り受け取ってくれ♪」
赤坂いつみは椅子をくるくる回転させて遊んでいた。
仮にも生徒が戦地に行くというのに、その対応は軽すぎるのではないか?
「……先生の目的は、一体何ですか?」
「僕の目的は、今は無い。《赤の世代》が入学するまでは、単に遊んでいるだけさ♪」
赤坂いつみは、くるくると回っているのだった。
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375 :げらっち
2024/07/28(日) 11:30:56
俺は学園の西門から外に出た。
外の世界に踏み出す時は、いつだって覚悟が居る。学園の敷地から出た途端、俺は無防備な草食動物になる。標的になる。常に狙撃銃のエイムを向けられていると思った方がいい。
だが目の前に居る人たちを見て、俺の顔はほころんだ。
「お久しぶりです」
ニジレンジャーの5人がそこには居た。
「よーニジホワイト! 久々だな! 元気してたか?」とブルー。
「来てくれてセンキューな。お前が居ると戦力になるぜ!」とグリーン。
自分を認めてくれる仲間が居るというのは、嬉しい事なのだな。
そして、最も会いたかった人物。
「やほ! 久しぶりだねぇ。元気してた?」
ニジレッド。
学園在籍時と変わらず、赤い髪を2つ括りにしている。服装は在籍時の制服やジャージではなく、迷彩の軍服を着ていた。これも似合っているな。
「元気ですよ」
俺は嘘を吐いた。ニジレッドが居ないのに、元気なわけ、ない。
「もー、強がっちゃって! あたしが居ない学園生活は寂しいって正直に言っちゃいなよ!」
お見通しだったみたいだ。
「ほら何してんの! 言っちゃいな!!」
ニジレッドは俺の胸を軽く叩いた。
「ニ、ニジレッドが居なくて、寂しかったです……」
「聞こえない!!」
「ニジレッドが居なくて、寂しかったです!!」
ニジレンジャーの仲間たちはゲラゲラ笑った。俺はデカい体をどうにかして隠したいくらい恥ずかしかったが、それでも久々に仲間たちと触れ合えたことが嬉しかった。
ニジレッドは150センチ少々とは思えないほどエネルギッシュだ。対する俺は2メートルを超えていた。パワーバランスでは、俺の方が衛星なのに。
「行こ!」
近くにニジレンジャーの専用車、ニジビークルが停められていた。車体は真っ赤。
「これじゃ目立つんじゃ……」
「あれっ、知らないの? ニジビークルはその名の通りどんな色にもなれるんだよ!」
「カメレオンみたいだな」
俺たちはニジビークルに乗り込み、目的地に向かった。運転はイエローだ。
「じゃあ今回の作戦内容について説明するね。戦隊連合の命令で、ニジレンは改造実験法人オスの第三オフィスにゲリラ戦を仕掛けることになった」
改造実験法人オスというのは、当時昇竜の如く勢力を拡大していた悪の組織の1つだ。
何やら違法な研究をしているらしい。このご時世に違法も合法も無いが。
「斥候戦隊ゴニンジャーの調べでは、今日、第三オフィスに女社長オーソが出向いているとの事。第三オフィスは比較的守りが薄く、オーソを襲うならこのタイミングしかない。フォーメーションは――」
細かい話は忘れたが、作戦会議をしているうちに、目的地が近付いてきた。
ニジビークルは車体を緑に変更し、森の中を徐行していた。
「見えた。あれだ」
車はゆっくり止まった。
窓の外、木々の向こうに見えるのは、廃墟のようなビル。一見すると、外の世界に取り残された、人類の置き土産のようだった。
だがおかしい。ビルの前には見張りが2人立っていた。仮面を付けた戦闘員。ただの廃墟であれば守りを付けるはずがない。あれこそがオスのオフィスだと、すぐに分かった。
「よし、俺たちが偵察に行く。レッドとホワイトはここで待機してくれ」
ブルー、イエロー、グリーン、ピンクは変身し、オフィスに向かって行った。
俺がずっと覚えているのは、この後の会話だった。
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376 :げらっち
2024/07/28(日) 11:31:11
4人が偵察に向かい、2人だけが車内に残された。
俺とニジレッドは隣同士のシートに座り、黙っていた。
彼女と会えなかった半年、話したいことは山積みになっていた、はずだ。だが脳内メモ帳は緊張で、白紙になってしまっていた。これから悪の組織に攻撃を仕掛ける。ニジレンジャーの5人は卒業後そういった活動を続けてきたのだろうが、俺にとっては初の実戦だ。
落ち着きなく体を揺らしていると、ニジレッドが、俺の大きな白い右手に、小さくて綺麗なベージュの左手を置いてくれた。
隣を見る。彼女と目が合った。エメラルドグリーンの澄んだ眼。
緊張をほぐすために、いつものような明るい言葉を掛けてくれるのだろうか。だが予想外の科白が、彼女の口から飛び出した。
「ねえ飛一郎。下の名前で、呼んで欲しいな?」
何故そんなことを。
今思い返せば彼女は、この後不吉なことが起こると、察知していたのかもしれない。
「下の名前、何でしたっけ?」
「忘れないでよ!」
彼女は顔を赤くした。これじゃあ全身真っ赤っ赤だ。
「いや、あなたが戦士名で呼べと言ったんでしょう?」
「そりゃそうだけどさあ……変な名前だけど、あなたにだけは、呼んで欲しいな」
「だから、何でしたっけ? 羽根井の下は」
彼女は右手で鼻の下をこすり、恥ずかしそうに言った。
「光彩。コウサイと書いて、ヒカリだよ」
そうだったな。
俺はその3文字を発音する。
「ヒカリ」
「むずがゆいな」
ヒカリは耳の裏を掻いた。
「ひいちろう」
「ひかり」
「飛一郎くん」
「光彩ちゃん」
男女の山彦。
「ああもう、やば!」
ヒカリは立ち上がったり、熱気を逃がすべく胸元を扇いだりしていた。彼女の方が落ち着きが無くなってきたみたいだ。それでも俺の手を掴んだまま離さなかった。まるで、赤い糸を切らないように気を付けているかのように。
そんなヒカリがとても可愛らしかったのを覚えている。
俺はこの際だから、気になったことを尋ねることにした。
「ヒカリはどうして、俺をニジレンジャーに誘ったんだ?」
やはり、弟さんの姿と俺を重ね合わせたのだろうか。
だが、ヒカリは座り直し、俺を見つめると、こう言った。
「そりゃ、あなたの白を気に入ったからだよ!」
単純明白な回答だった。
「そうか、ありがとう」
俺はせめてものお礼にと、ニコリと笑顔を見せた。
ヒカリもにっこりと笑った。俺はそんなにうまく笑えないよ。
バンと車のドアが叩かれ、俺らは我に返った。
「ニジレッド、ニジホワイト! 行けそうだぞ。GO!」
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377 :げらっち
2024/07/28(日) 11:31:26
学園から卒業した戦隊は、独自の変身アイテムを持っている。ニジレッドは赤い錠前に赤いキーを刺し、赤い戦士に成った。
「ニジレッド!!」
一方、俺はまだ在学中の身。戦隊証に声を吹き込み、白い戦士に成る。
「ニジホワイト!!」
俺たちは4人の仲間と合流し、建物に向かった。
見張りの戦闘員2人は、血の水たまりに倒れていた。
人の死体なら、校外学習でも見てきた。だがあれはあくまで学校行事。これは後ろ盾の存在しない実戦。俺は目を背けながら、オフィスに入る。
背けようが無かった。
360度、死体、死体、死体。
戦闘員たちが折り重なるように倒れ、壁にも天井にも血糊が付いている。これら全て、ニジレンジャーの仲間たちが殺ったのか。冷酷だが生温かい血の匂い。
「う……」
俺は吐き気を催し、うずくまった。
「しっかり!」
ニジレッドに背中を叩かれる。
「休んでる暇は無いよ。進んで!」
俺は自分を奮起させ、立ち上がる。これが現実だ。わかっていたことだろう。
今は深く考える必要はない。情報として捉えたものを処理するのは後でいい。感情を捨て、任務に集中する。自分をマシーンだと思えばいい。
俺は行軍を続ける。血まみれの廊下を進み、女社長オーソが居ると思われる、最上階の社長室に向かう。
廊下を曲がると。
「動くな!」
戦闘員の1人が銃を向けていた。俺は突然のことで、反応できない。
ニジレッドは的確に動いた。炎の弾を生み出し容赦無く飛ばした。ドン、ドン、ドン、戦闘員の体に風穴が開いていく。
「あがあ! まっ」
敵は恐らく待ってと言おうとした。だが戦闘にタンマは無い。ニジレッドは最後の一撃を、確実な殺意を、敵の額に撃ち込んだ。
ドン!!
流石は卒業生、プロである。その時の彼女はヒカリでも無ければニジレッドでも無かった。戦いに勝つため、相手を殺すために動く、マシーンだった。
戦闘員は倒れた。無個性な仮面が外れ、弾丸の突き抜けた顔が露になった。
目を見開いてたった今死んだのは、若い男だった。俺とそう年は変わらないだろう。未成年か。
どこでどう道を誤ったか、悪の手先となり、救いの無い最期を迎えた。
下手をしたら俺がこうなっていたかも知れない。正義も悪も、無いのだから。
弱い者が死ぬ。それだけの世界だ。
「うぇっ……!」
俺は壁にもたれかかり、えずいた。
世界の理は知っているはずだった。だが、知ると見るでは違うものだ。
俺は、弱いまんまだ。
「ニジホワイト!!」
パン!
頬を叩かれた。
ニジレッドが背伸びをして、俺を叩いたのだった。痛みは然程無かった。だが叩かれたという事実が、俺を起こした。
俺はニジレッドを見た。ゴーグルの下、彼女の目が俺を見据えていた。
「これ以上足手まといになるなら、帰ってもらう。ニジレンジャー全員の危機だ」
「……いや」
俺は強者になってやるんだ。
「大丈夫だ」
俺は間違った選択をした。
俺が虚勢を張ったせいで、仲間が死ぬことになるとも知らずにな。
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378 :げらっち
2024/07/28(日) 11:31:38
「3つで行くよ。1、2……」
3!!!
「ニジレンジャーだ!」
ブルーとグリーンが扉を蹴破り、俺たち6人は社長室に突入した。
俺たちはニジソードという剣を構え、デスクに向ける。
デスクに座っていたのは、場違いな、少女。
真っ黒いゴスロリ服を着て、室内なのに、真っ黒い蝙蝠傘を差していた。
彼女はゆっくり席から立ち上がった。起立しても、ニジレッドよりも更に低い身長にしかならなかった。150弱くらいか。
「お初にお目に掛かります。改造実験法人オスの代表取締役社長、オーソと申します。以後、お見知りおきを」
オーソは長いまつげをパチッと閉じて、挨拶した。
「以後、があればですが。あなたたちはここで死ぬことになりましょうから」
「ふざけないで?」
ニジレッドは炎を生み出し敵を威嚇する。
「オスが企てている倫理に反した実験を、今すぐ中止しなさい。痛い思いは、お互いしたくないよね?」
「痛い思い? お互い? それはあなたたちだけがするのではないですか?」
オーソは、ふわりと笑った。
異変に気付いたニジレッドが叫んだ。
「激辛カレー!!」
本物の戦闘では、必殺技はためらわずに最初から使う。初見殺し技の場合2発目以降は通用しなくなることもある為奇襲攻撃を仕掛ける。
激辛カレーは符号である。意味は必殺技を放て。
俺たちはニジソードを掲げ、剣先を触れ合わせる。そこからまばゆい光りが生まれる。明るさに弱い俺は目を瞑った。
「ニジメテオ!!!」
虹の塊、隕石が出現し、オーソめがけ音速で飛ぶ。必殺、その名の通り必ず殺す技。だがその不敗神話はここで終わる。
星が破裂したような、おぞましい音がした。
恐る恐る目を開けると、真っ黒い傘を盾に、メテオを悠々と防いだオーソの姿があった。岩石は砕け散った。
「どちら様から死ぬか!?」
オーソの顔はまるで恐竜のような醜悪な物へと豹変した。鋭い歯を剥き出しに、殺意を隠すこともせずほとばしらせる。
怖い。これが実戦か。動けない。オーソは0.1秒で俺の目前に迫った。
「な!」
「避けろニジホワイト!!」
誰かがそう叫んだ。だが動けない。
傘の露先(つゆさき)という部位が、鋭利な刃物になり、傘は凶器に早変わりした。
「死ね!!!」
オーソは傘を回した。
「炎魔法スバル!」
ニジレッドの得意魔法。それは敵ではなく俺の胸に命中した。俺は後ろによろけた。この魔法に救われなければ俺の命は無かったろう。
「ぐあ!!!」
オーソの武器である刃物が、俺の目玉を切り裂いた。左眼に激痛が走った。咄嗟に目元を押さえる。バランスを崩し、尻餅を突く。転倒の痛みは、より強大な痛みに負けて感じない。
左顔面全体を覆う痛み!
「ぎゃあああああああ!!!」
喉が核分裂を起こしそうなくらい叫んだ。変身が引き裂かれる。
「飛一……ニジホワイト!」
左目が開けられない。眼窩からドボドボ血が出ている。拭っても、拭っても、流れ出して止まらない。死ぬんじゃないかという程に。
目が見えない。役立たずの俺の目は、本当に機能を失ってしまった。
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379 :げらっち
2024/07/28(日) 11:31:53
「スバル!」
ドォン!
ニジレッドの魔法は、次は敵に命中した。俺にとどめを刺そうとしていたオーソは、ちっと舌打ちした。
ニジレンジャーの5人がオーソを取り囲む。
オーソは傘を掲げ猛回転させる。広くはない室内、旋風が支配する。
「戦隊は相互補完? バカだねえ!!! っつーことはさあ、1人1人は無力って事と同義じゃんかよ! 身の程知らずだねえ!!!」
いや、入学式で校長が言ったことは真だった。1人1人の力は小さくとも、チームを組み力を合わせれば、1人では到底なしえぬことも実現できる。俺がその生き証人だ。
目を潰されようが、この命を消されようが、俺はニジレンジャーの一員として戦うんだ!!
俺は立ち上がり、5人の輪に加わろうとした。
オーソは今にも攻撃を仕掛けようとしている。
そこでニジレッドが唱えた魔法は。
「スバル!」
ドンッ!!
魔法は俺の胸にぶつかった。何故。俺は後ろに吹き飛びながら、彼女の顔を見た。ゴーグルの下、ヒカリは、俺を見つめていた。
俺は部屋から押し出された。戦線から、退かされた。
1つの呪文を唱える猶予しか無かった。それなのにヒカリは、そのたった1つの切り札を、俺のために使った。
オーソは傘を閉じた。石突(いしづき)という傘の先端部分が槍のようになる。オーソは振りかぶり、それを、
「やめろ、ヒカリに手を出すな!!!」
ヒカリの腹に突き刺した。
「あああああああ!!」
ヒカリは血を吐いた。俺の怪我がかすり傷に思えるほどの量の血を。赤い彼女は更に赤に上塗りされた。
俺を逃がしたせいで隙が生まれた。何故こんなことを。
世間知らずで、すぐ恐怖にすくんでしまうこの俺など、無力だからどいていろと、そう言いたかったのか?
いや違う。ヒカリは俺を助けたんだ。オーソの実力の前に、ニジレンジャーは全滅してしまうと悟り、せめて俺だけはと、命を託してくれたんだ。
「よくもニジレッドを!!!」
ニジレンジャーの4人がオーソに狙いを付ける。だが無駄な抵抗だった。
俺はその光景を、ただ見ていることしかできなかった。
ヒカリの返り血で化粧をした、妖艶なるオーソは、フッと手を上げた。
「コードブルー」
それと同時にニジブルーは苦しみ出した。
「ぐあ……あ……ひゃああああ!!!」
「どうしたニジブルー!?」
ニジブルーの体のあちこちから、シャワーのように水が噴き出す。あれは血でも体液でもない。ニジブルーは水魔法を使う戦士。その魔力が、漏れ出しているのだ!
ニジブルーは体の穴を押さえるも、二本だけの手では塞ぎきれない。体中から水が漏れ出し、溶けるようにしぼんでいった。
「よ、よくもニジブルーを!」
「コードイエロー」
次はニジイエロー。
「はじけるはじけるぅわああああああ!!!!」
電気の戦士イエローは、バチバチ痺れ、骨が透け、黒焦げになってその場に倒れた。
「コードグリーン」
草の戦士グリーンは、全身から枝が生え、血を流して、棒立ちになった。
「コードピンク」
風の戦士ピンクは、体がだるまのようにパンパンに膨満し、浮かんで天井にぶつかった。
魔力が暴走している。内側から、殺される。
俺の大事な仲間たちが、苦しんでいる。
なのに、俺には何もできない。
ヒカリは傘に貫かれ、血まみれになり全身をビクビク震わせていた。
残酷にも、オーソはそんなヒカリにとどめを刺した。
「コードレッド」
[
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380 :げらっち
2024/07/28(日) 11:32:10
「ぁぁああああああああああああ!!!!!!!!」
炎の女性は、全身から、皮膚の一枚一枚から、細胞の1つ1つから、火を噴いた。毛穴から発火し、真っ赤な髪が逆立った。煙と死の匂いがした。
串刺しにされており、動けない。だがそんな状況でも、ヒカリは抗った。燃え盛る手を伸ばし、オーソの襟首を掴んだ。
「ああづぅううう!! 離しなさいよ!!」
「はなさないぃぃいいいいイイイイ!!!」
優しかったヒカリの声は、キィンと高音になって、はち切れた。喉が焼き切れたのだろう。
ヒカリは生きながら燃やし尽くされた。炭化しながらも動き続けた。せめて敵を道連れにせんと、オーソの首元に喰らい付いた。
彼女は最期まで戦士だった。本当に強かった。
俺は無力だった。
隻眼では戦力にならないどころか、足手まといだ。俺を戦線から離脱させるという、リーダーとしてのヒカリの判断は正しかった。
だが。
死に損なうくらいなら、あの時俺も死ねればどれだけよかったかと。
いつまでもそう思うのだった。
バァン!!
空間が破裂した。
俺は何か、液体とも気体とも言えぬものを浴びた。真っ白な俺の体が、赤く染まった。
真っ赤な血、
「ひ、ヒカリ……?」
ではない。
これは彼女の魔力であり、燃えるような赤の、戦隊カラー。彼女のカラーが、壊れて、飛び散ったのだ。
血よりも恐ろしい、命そのものの、欠片が、俺の全身に突き刺さった。
「ヒカリ!!! ヒカリ!!! ヒカリ!!!」
それだけでは終わらなかった。
青が、黄が、緑が、ピンクが。
死した仲間たちのカラーが弾け飛んで、俺の体に、染みついた。
真っ白な画用紙に、赤を塗って、青を塗って、黄を塗って、欲張りになって、全部塗った、その代償に、俺の心は、真っ黒に、塗り潰された。
そこから先は真っ暗だった。
どうやって生還したかも、思い出せない。
ただわかったことは、やはり仲間は得るべきではないという事だ。
仲間を得れば、必ず失う。虹色になる程、カラフルになる程、その後の闇は深く濃くなる。
我輩は、1人きりの戦隊になった。
コボレホワイト。
お前も同じになってしまうか?
つづく
[
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381 :げらっち
2024/08/01(木) 14:22:34
第35話 戦隊の証
はあ、はあ、はあ
何だ、今のは!?
現在現時点に戻された。校長室前の廊下、私は床に突っ伏していた。
鮮烈で強烈な映像を見た。何年もの時間に思えるが一瞬の出来事だった。私はブラックアローンの記憶を追体験した。突如自分が彼になり、彼目線で、闇に包まれる迄の人生を見た。私が闇に包まれた、このタイミングで。
「七海」
「ひぃ!?」
私は跳ね起きた。校長室の扉を開け、いつみ先生が出てきた。
心臓が早送りされる。本能的な逃避。後ろに手を突き、後ずさる。いつみ先生がしゃがみこんで、私の顔を覗き込んだ。赤い眼が、獰猛に光っていた。
「僕の話を聞いていたのかい?」
先生は笑っている。有邪気な笑み。
怖い。
私が殺した怪人は楓のお父さんだった。それを知った直後に私を襲った、ブラックアローンの負の思い出。
そして信用していた先生からの、尋問の様な言葉。怖くて怖くて、答えられなかった。
「おい」
パン!
衝撃が走り、私の顔は右に傾げた。すぐさま痛みが追いついてきた。
私をはたいた先生は、ニコニコとしていた。
「答えろよ。僕の話を、聞いていたのかい?」
怖い。でもこのまま口ごもっていれば身が危ない。危機を感じ、口が自ずと答える。
「はい」
「ふうん。盗み聞きはいけないことだ。そうだろう?」
「だ、だって」
パンと再び。先生は今度はバックハンドで殴った。私の顔は左に傾げた。
「だってじゃない。いけないことだよな?」
私は右頬を庇い、先生を見た。にこやかな先生の顔が、潤んで見えた。涙のせいで。
「も、もうやめて」
「赤坂先生! 何かありましたか?」
た、助かった。
校長先生の声だ。
自力では動けない校長は、部屋の中から大きな声を出して、こちらの状況を確認してきた。
「何でも無いよ♪ ちょっとした生徒指導だ」
いつみ先生は歌うように答えた。
そして私の目を見て言った。
「行け」
その顔は笑ってはいなかった。冷たく無表情だった。赤い眼がレーザーのように私を貫いた。希望だった教師が、今は悪魔に思えた。
私は逃げるように、というより逃げてエレベーターに乗った。
急いで1階のボタンを押し、早く閉まれと祈った。こんな時に限って扉はのろのろと閉まるのだった。
エレベーターが降下する最中、私は1階のボタンだけを見つめて呆然としていた。1階、1階、1階と読経のように呟いて。考えなくてはいけないことが多すぎて、考えるのを放棄してしまったのかのように。
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382 :げらっち
2024/08/01(木) 14:23:02
1階に着くと、廊下のベンチに、崩れるように座り込んだ。
部屋には帰りたくない。
何故なら、楓に会ってしまうから。
楓は、私が彼女の父親を殺したことを知ったら、どんな反応をするだろう?
楓は自身の名前を、父親からの唯一のプレゼントとして。名付けられたという事実を、父親との唯一の思い出として。宝物にしていた。金銀財宝よりも価値のある宝物。
その父親は、楓の名前を叫んで死んでいった。私が、楓の仇と思い込み、必死になって、殺した。
私は両の手のひらを開いて見た。真っ白い五指。
人を殺すとは、恐ろしい手だ。
どす赤い血がこびりついているように見える。怖くて怖くてしょうがない。私は両の手のひらを、互いの爪で研ぐように擦った。次第に本当の血が出て、手は血まみれになった。
戦隊学園の目的は怪人を殺す戦士を作ること。私はこの先も、怪人を殺し続けなければならない。元は人だった、誰かの家族だった、怪人を。
「やだ」
私は手で顔を覆い、塞ぎ込んだ。
「やだ、できない、むりだ」
独語は弱音にまみれていた。
プロの戦士たちは躊躇も悔悟も無く怪人や敵兵を殺す。いつみ先生は怪人退治に私怨や私情は要らないと言った。私も、そう思えばいい。そう思えば……
「むりだよ!!!」
立ち上がり、胸ポケットから戦隊証を取り出し、床に叩き付けた。みじめな自分の写真が載っている罪悪の紙切れ。
拾っては叩き付け、何度も踏み付ける。引き裂いてやろうかと手に取るが、これは学園では大事な物なんだという、わずかに残った理性が手を止め、クシャッと折り曲げるだけにとどめた。
そして泣いた。
「ああああああん!!!」
重荷を背負っていなかった頃に、戻れたらいいのに。
これが私の暗闇か。仲間を失い黒にまみれたブラックアローンのように、私も。
束の間の虹を見た後、友達を無くし、心を壊し、光りの無い人生を送るんだ!!
「おい」
「何だよ!!」
突如誰かが話しかけてきたので、乱暴に振り払った。
廊下を通る生徒たちは荒ぶる私を見てひそひそ話をしていた。
話し掛けてきたのは、凶華だった。
「どうしたんだよナナ。突然部室から出て行っちゃうから探したよ。酷い顔だぜ。何してんの?」
凶華は無邪気に笑って私を見ていた。
私の顔は手のひらの血液がべったりと付着し、血で化粧した化け物のようになっていただろう。
暴れても意味など無い。クールダウンするんだ七海。
「ベ、別に。何でも無いけど? 何でも無い」
私はパーカーの袖で顔を拭いた。血が染み付いた。
「……ねえ凶華。友達を失くしそうな時、あなたならどうする?」
「うーん、そうだな」
凶華は癖っ毛をポリポリ掻いた。
「オイラには友達が居ないからわかんないや!」
「え?」
私たちは友達認定じゃないの?
「オイラに居るのは、飼い主でありリーダーであるナナと、その仲間たちだけだ。そうだろ?」
凶華は私の肩にポンと手を置いた。
大きな口の中で、他の歯が米粒に見えるくらい大きな犬歯がきらりと光った。
「コボレンジャーは、戦隊の絆で結ばれてるんじゃないのか?」
「たしかに、そうだね」
でも私は楓の父を殺した。それも、苦しめて苦しめて苦しめて虐殺した。人間らしさは微塵も無い怪物の死に方をさせた。
そう思うと再び視界が潤み、私は縋るように、凶華に抱き着いた。
「うああ……!!」
「ナナ?」
凶華は私を抱き返し、私の匂いをクンクン嗅いだ。
「……何だか不穏な匂いがするぞ」
「何してんねん!!!」
あ、この関西弁は。
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383 :げらっち
2024/08/01(木) 14:23:20
「公衆の面前で抱き合うとかきっしょ! 憚って欲しいわまじで!」
公一が現れた。
「憚ればやっていいのか?」
「い、いやそういうわけじゃあらへん! どこであっても七海とは抱き合うな! わかったか犬!!」
公一と凶華が何か言い合ってるが、いつもと違いノる余裕も無く、ぼんやりとそれを見つめていた。すぐ近くで行われるやりとりも、遠くから見ているようだ。
もう一緒に笑い合うこともできない。
私にはこの子たちのリーダーである資格なんて無い。
私がこんなに脆いんじゃ、実戦に出た時、皆を危険に晒してしまう。それに、皆を人殺しにさせるわけにはいかない。殺人集団を作る為にコボレンジャーを募っていたわけではない。
「そうだ、コボレは解散しよう」
「え」
揉み合っていた2人は同時に私を見た。
「ほらー、ナナが解散とか言い出したぞ! 責任取れよイチ!」
「はあ? 俺のせいにすんなや!! 七海もブラックジョークが過ぎるで」
冗談だと思ってるのか。
「本気だよ。私、退学する。これで肩の荷が下りるよ、ハハハ」
私は乾いた声で笑った。
公一と凶華は顔を見合わせた。
「って、そのことなんやけど。これ見ぃや!」
公一は尻のポケットに無理矢理突っ込んでいた新聞紙を引き抜いた。
「《週刊☆戦隊学園》の号外や!」
私は嫌でも見える大見出しを見た。
《優勝から一夜、戦ー1優勝のコボレンジャー、退学処分か!?》
「……ふうん」
私の願いが届いてしまったのだろうか。
「おあつらえ向きだね」
「何言うてんねん! よく聞けや」
公一は文面を音読した。
天堂茂が首席の権限を利用し、戦ー1の結果に異議を申し立てた。コボレンジャーに教師が肩入れしていた事は違反ではないかという旨だった。明日、教職員や理事長が出席する「評議会」で審議が行われ、そこで黒となれば、コボレンジャーの生徒6人は退学となる。
関西弁を標準語に直すと、大体そういう内容だった。
「あんの七光り、俺らの優勝を無かったことにする気や!! どこまで卑怯なんやほんまに!」
公一はレッドペッパーを噛んだかのように火を噴いた。
「そういや七光りって七海みたいやな。字面が。ってそんなことはどうでもええねん。あーもうアカンわ。ほんまに退学になったらオトンにもオカンにさらさにも会わす顔が有らへん!!」
天堂茂が私たちを退学にさせようとしてるなら、ちょうどいいんじゃないか。
私はこんな学園にはもう居られないし、コボレの皆も戦隊など続けないほうがいい。自主的に去るか、消されるかの違いだ。
ところで、あの甘ったれの天堂茂は、立派な戦士になれるかな?
無理だろうな。親と同じ形だけの戦隊になり、実戦には関与しないのかもしれない。まあ好きにするがいいさ。
私は1人、校舎を歩いた。
夕陽のちらつく廊下。目的地は定めず、全ての階を網羅するように、ゆっくり歩く。
教室には数人で固まって喋っている生徒が居るし、廊下にはドタドタ走っている生徒が居る。校庭からは自主練する戦隊の掛け声が聞こえる。
色んな場所に、思い出が染みついている。
食堂にも、階段にも、屋上にも、トイレにさえも。
やがて教室の1つに着いた。
最初のオリエンテーションが行われた教室。私が初めての友達と出会った場所。その後ライバルや、恩師にも出会ったけど。
私は、当時私が座っていた席と、楓が座っていた席を、順に撫ぜた。
本当の友達になれたと思った。
いや、なれた。けれど。
ならなければよかったんだ。
いずれ失う。悲しいだけだ。光りを見た後は、闇がより濃く思える。
私はその席に座り、机に突っ伏した。
部屋には帰れない。楓に会わす顔が無いから。
ここで一夜を明かそう。
明日になれば戦隊学園ともお別れだ。
楽しい青春の場所、だったな。少し前までは。
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384 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:07
翌日。
8月13日、土曜日。
午後3時から、コボレンジャーを退学にするか否か審議する、「評議会」が行われる。
私と公一は会議室に向かっていた。
呼ばれたのはリーダーである私だけだったが、公一は見送りする、と言ってついてきた。別に頼んでないのに。
「絶対負けるなよ七海! 無実を証明してくれ! 退学なんていややからな!!」
「うん」
私は空返事する。
しんと静まり返った廊下の、一番先にある扉。
静かにノックする。
「入れ」
扉を開けた瞬間、無数の目が私に向けられた。
冷房が効いて、涼しい、むしろ寒いというような部屋。コの字に長机が並べられ、教師陣、校長先生とヘルパー、天堂茂、そして大柄な男が、それぞれ着席していた。
あの男には見覚えがある。銀縁の眼鏡、整えられた髪、しゃくれた顎。日本国旗をマントとして羽織り、嫌に目立っている。その男は大きな動きで腕時計を見、言った。
「遅刻だぞ。自分の立場をわかっているのか」
公一が背後で呻いた。
「戦隊界のVIP天堂任三郎! これはもう退学で決まりやー!!」
青竹先生が立ち上がり、公一を閉め出そうとした。すると校長先生が言った。
「入らせてあげなさい」
天堂任三郎が苦言を呈する。
「しかし校長、私が呼んだのはリーダーである生徒だけだが?」
「友達を気遣うのは当然のことです。そうでしょう、任三郎さん? ここまできて帰って貰うのは失礼です。入れてあげなさい」
天堂任三郎が言い返すよりも先に、青竹先生が「かしこまりました」と言って公一を中に入れ、扉を閉めた。
天堂親子がそろって舌打ちしたように聞こえた。
「小豆沢七海、席に着け」
私は指示に従い、簡素なパイプ椅子に座った。
青竹先生が椅子をもう一脚用意し、私の斜め後ろに置いた。公一はそこに座った。
全員の目が私に注がれている。その中にいつみ先生の赤い眼は無い。
天堂任三郎は中央の椅子に、大胆に足を組んで掛けている。向かって右には息子の天堂茂。左には車椅子に座った校長先生の姿。
校長先生は確か69歳。天堂任三郎は50代くらいに見えるが、年下の方が偉いのだろうか。
本来なら緊張すべき場面なのだろうが、私は何も感じなかった。退学になるのはむしろ好都合だから。
桃山先生がアナウンスを入れる。
「それでは、評議会を始めます」
天堂任三郎はせかせかと喋った。
「簡単に済ませよう。小豆沢七海、君の率いるコボレンジャーは、教師に加担されていた。相違ないか?」
ガタッと大きな音がした。背後で公一が立ち上がった音だ。
「されてへん!! 何か勝手に入ろうとしてきただけや! ぼくたちは頼んでないし協力もされてへん! ほんまに無罪や!!」
「お前に発言権は無い」
と天堂任三郎。
「小豆沢七海、相違ないか?」
公一は喚くのを諦め、私に「違うって言え、違うって言え……」と訴えてきた。
でも私は、
「はい」
と言った。
「はあ!? なんでやねん!! お前コボレンジャーを裏切る気か!!」
後ろから肩を掴まれる。
「江原公一、座れ」
青竹先生が公一を取り押さえ、座らせた。
「江原家では一体どういう躾をされたんだ? 有名忍者・江原忍一の息子ともあろう者が品性を疑いますね、父上!」
天堂茂が父親の隣でクスクス笑った。
「教師の加担を認めたな。ではそのことに関しては不正行為だと認め、いかなる処分を受けても不服としないと解してよいか」
「頼むから否定しろ! 否定しろ!」と、後ろから公一が願を掛けてくるが。
「はい」
「七海!!!」
私は否定する気など無かった。
何なら、早く退学にしてほしかった。
「では多数決を取る。コボレンジャーの生徒6名を、退学処分にするかどうか」
天堂茂は、我慢できないというように笑っていた。
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385 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:26
桃山先生が端的にアナウンスする。
「賛成意見の人は、挙手願います」
天堂任三郎は、真っ直ぐ力強く、拳を上げた。
天堂茂はニヤつきながら、素早く手を上げる。まるで、授業で問題の答えがわかって、早く指名して貰いたい生徒のように。
しかし挙手したのはこの2人のみだった。
天堂茂は不服そうに父の顔をチラチラ見ていた。まるで、悪い事をしたのに何故か叱られない弟を前にして、もどかしがる子供のように。
天堂任三郎は手を下ろし、顔をしかめて、机をコツコツ叩いた。
「反対意見の人は、挙手願います」
青竹先生、黄瀬先生、緑谷先生、桃山先生、他の全教師が、一斉に挙手。
校長先生も、手を上げた。
その手は衰えにより震えていたが、それでもはっきりとした意思を示していた。
天堂任三郎は校長を睨み付けた。
校長は目を逸らすどころか、それを見つめ返した。睨んではいないその眼には、「生徒を退学にはさせん」という、強い決意が燃えていた。
流石は元アカリンジャー。戦隊の中の戦隊、レッドの中のレッドだ。
私の意志さえも覆りそうになった。
退学はせず、この人の仕切る学園に残りたいと、僅かにそう思ってしまった。
いや、現実を見ろ七海。
この学園は、怪人を殺す戦士を作る為の場所。校長はその工場のトップだ。
私を苦しめる元凶は、こいつなんだ。
私はズボンを強く握り締めた。
早く退学にしてくれ。私にとどめを刺してくれ。
これじゃあ生殺しじゃないか。
その場に居た全員――恐らく投票権を持たないのであろうヘルパーは除く――が、いずれかに手を挙げた。
結果は明白過ぎた。
公一は背後で「よっしゃ、助かった。まじ感謝や」と言った。
だが天堂任三郎は薄笑いを浮かべた。
「おや、私の意見を重んじてくれるのでしょうな? 言いたくは無いが、学園の運営資金のほとんどは、私が率いる戦隊連合の出資によるものだ」
校長先生が天皇だとしたら、天堂任三郎はマッカーサー元帥のようだった。
その傲慢さに室内はザワついた。
「任三郎さん、余り勝手なことを言わないで下さいよ?」
校長先生が、語気を強めた。
「確かにお金も大切です。あなたの立場もあるでしょう。ですがここは学園です。学校です。生徒たちが主役であらねばならんのです! 生徒のことを第一に考える。そうすれば、あなたのような結論には至らない!!」
校長先生はしゃがれ声でそう言い切った後、ゴホゴホと咳き込んだ。緑谷先生が「無理をなさらず……」と言った。
こんなに感情的になる校長先生の姿は初めて見た。
それでも自分の地位や歴戦の栄誉などを持ち出さず、一教師としての熱意に留めている所が、やはりこの人は尊敬に値すると感じてしまう。
天堂任三郎はその言葉をまともに聞かず、顎をしゃくれさせ、高そうな腕時計をいじっていた。
「理事長である私の決定だ。退学案は、可決とする」
「なんやねんそれ!! 多数決の意味ないやん!!」
公一が立ち上がる。今度は青竹先生も止めない。
その時、扉が大きな音を立てて開いた。
「おやおやお揃いだねえ。遅れてすまない♪」
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386 :げらっち
2024/08/01(木) 14:24:59
火の玉が、会議室に飛び込んだ。
いつみ先生。
彼の入室で室温が上昇し、緊迫のタコ足配線がほどけたようだった。
彼は私の背もたれに両手を突いて体をもたせかけた。私は昨日の恐怖心から、飛び退きそうになってしまった。
「僕はもちろん、退学案には反対だ」
天堂任三郎は、面倒臭いというふうに首を振った。
「赤坂いつみ、あなたに投票権は無い。抑々あなたが生徒への肩入れを行ったことが問題になっているのだ。席を外して貰おうか」
いつみ先生はそれに従わず、さも当然というように言った。
「その通り、僕はコボレンジャーに肩入れしたさ♪」
「認めた! 認めたぞ! 教師共!! 本人が認めているのだ、小豆沢七海は退学だ! この教師はクビにしろ!」
天堂茂が鬼の首を取ったように喚く。
いつみ先生は天堂親子に近寄り、机にバンと手を置いた。
天堂茂は椅子から転げ落ちた。
「戦隊は実力が全て、そうだろう?」
「だからと言って生徒同士の競技に教師が力添えしていい訳が無い」
と天堂任三郎。
「優勝は無かったこととするのが正当だ」
いつみ先生は懐から棒を取り出し、真っ直ぐに掲げた。
天堂任三郎は武器を向けられたと思ったのか、焦って椅子の背もたれに深くうずまった。しかしそれが殺傷能力の無い物とわかって、眼鏡を押し上げた。
「何のつもりだ。私にそんな物を向けるな」
いつみ先生が出したのは指揮棒だった。
彼は180度振り向いて、私に指揮を振った。
「彼女は強い。学年一な。僕の力添えなど無くともだ。それを証明すればいいんだろう?」
……なんなんだ。いつみ先生は、態度がコロコロ変わる。
私を追い詰めたと思ったら、次は買い被ったような発言。一体私を、どうしたいんだ!?
「……いいだろう。受けて立つ。私の息子が負けるはずが無い」
あろうことか天堂任三郎は、その勝負に、乗った。
「え、ええっ!?」
椅子から落っこちていた天堂茂は怒涛の展開に、へっぴり腰で立ち上がった。
「ですが父上! 退学案は可決されたはずです!!」
天堂任三郎は有無を言わさぬ眼光で、息子を見下ろした。
「茂、戦いなさい」
天堂茂は呆然と、私を見た。「助けてくれ」と言っているようだった。何故私に助けを求める。
いつみ先生はキレ良く指揮棒を振るった。
「やれ七海。きみの実力を証明する最後の課題だ」
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387 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:17
会議室とは話し合いの場所である。ペンは剣より強いはずだ。
だが結局は実力主義だ。会議室は闘技場となり、ペンは剣により無残にもへし折られる。
私は天堂茂と対峙していた。
教師陣や天堂任三郎、公一は、机と椅子を部屋の隅に寄せ、勝負の顛末を見届けようとしている。
戦って勝者を決める。これが許されるのが、戦隊学園の、というより現世の、特異性なのかもしれない。
天堂茂は汗をかいて、ふぅふぅと荒く息をしていた。まだ対決は始まってすらいないのに。
その様子からして、奴も私の実力の高さをわかっているのだろう。タイマン勝負になるなど思いもしなかったのだろう。
でも私は、真面目にやる気なんて無い。
あなたに勝たせてあげるから。
かかってきなよ。
私は折り目の付いた戦隊証を取り出し、声を吹き込む。
「ブレイクアップ」
少々遅れ、天堂茂も
「ブレイクアップ!」
白と赤の戦士が向かい合う。
「見せてやるぞ小豆沢。僕はエリート中のエリートだ。ここまで勝ち残ったレッドだ。そしてこれからも、勝ち続ける者だ!! ファイアペンシル!」
天堂茂は炎の赤鉛筆を構えた。
「お前を採点してやる!! お前は0点の落ちこぼれだ! 退学しろ!!」
私は腕を振り、微弱な魔法を飛ばした。雪玉が天堂茂の腹にぶつかり、反対に天堂茂の炎の✕は、私の胸を引き裂いた!
私は仰け反って吹っ飛び、後方にあった椅子をなぎ倒した。
室内はしんとした。
弱すぎる私に、誰もが目を見張っていた。やはりいつみ先生の加担が無ければコボレンジャーは弱い存在だった、そう思われたかもしれない。
天堂茂さえも驚いていた。
だがすぐにガッツポーズをした。
「あああ見ましたか父上え!! 僕強いでしょ? つよぉいでしょおおお!? やっぱり僕は本物のエリートなんですよ!!! あっはははははは!!!!」
天堂任三郎は「いいから早く倒してしまえ」と言った。
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388 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:32
私は立ち上がる。
天堂茂は調子付いて、足底にバネでも付いているかのように、ぴょんぴょん飛び跳ねて駆け寄ってきた。
ゴーグルの下の目は、私を完全に見下し切っていた。弱い相手なら容赦は要らない、そういうことである。
「どうした小豆沢? お前の真の実力はその程度か!! コボレンジャーの優勝は教師のお陰だったという事が、証左されたり! 滅せよこの落ちこぼれ!!」
天堂茂が持つ炎の赤鉛筆が、彼の腕と合体。奴はオーバーに振りかぶると、私の顔面のセンターを、容赦無く殴った。
鼻に鉄の塊を突っ込まれたような痛み。熱したフライパンで殴られたような熱さ。変身でガードされていなければ、私の顔は、火傷で二目と見れなくなっていただろう。
仰け反った私に対し、すぐ追撃。奴は私の胸、腹、至る所を燃える腕で殴った。1発、2発、止めにかかるレフリーなどもなくサンドバッグ。3発、4発、いつしかその回数もわからなくなり、ただ転がった。
目の前に公一といつみ先生が居た。
「ちっくしょ、よくも七海をやりおったな!!!」
加勢しようとする公一を、先生が制した。
「よせ、1vs1の勝負だ。どうした七海。手を抜くな」
先生は私の頭を掴んで無理矢理立たせ、ドンと背を押した。
天堂茂は手から蛇のように長細い炎を出した。それは固まり、赤茶色の鞭になった。奴ははしゃぐ子供のように、それを振り回した。
ピシュン!!
私の首に、鞭が巻き付いた。ゴムのマフラーできつく絞められているようで、吐きそう。
「オラよォ!」
奴は鞭をしならせ、私は宙を飛んだ。視界が妙にゆっくりと。対し痛みは一瞬で。私は頭から机に突っ込み、机は真っ二つに割れた。私の頭も同じように割れたかと思うくらいの、脳を穿つ痛み。それでも歯を喰いしばる。
「どうしたんだよ、悲鳴の1つでも出してみろよォォ!!!」
天堂茂は鞭を振るう。私は床を引き回され、壁にぶつけられ、意のままに遊ばれた。
……これでいいんだ。
無様に負けて、退学する。そうすれば未練など残らないだろう。
私は部屋の中央に、仰向けに落っことされた。鞭で首が絞まり、息がしにくい。白い天井が霞んで見える。
「簡単に倒してしまってはつまらないからな。苦しめて苦しめて苦しめて倒す」
天堂茂はライターで火を起こすように、親指で鞭をこすった。鞭を導火線に、炎が私に迫った。
灼熱が喉を潰す。身体が焼かれていく。私は身をよじった。だが天堂茂は、私が苦痛から逃れる最後の術まで奪った。
天堂茂は足を上げ、
ド!!
私の腹を、思い切り踏ん付けた。へそに杭を突き刺されたような、鋭く重い痛み。
「……強情な女だ。いつまでだんまりを決め込んでるのかなあ、小豆沢ななみぃ。叫べ、喚け、助けを乞え!! 落ちこぼれらしい情けない声を聞かせろよ!!!」
奴は私の腹を踏みにじった。ゴーグルの下の目はサダスティックに燃えている。杭で臓器を掻き回されているみたいだ。
だが私は啼かなかった。
こんな痛み、私の心の痛みと比べれば何でもない。むしろ罰として受け入れたいくらいだ。
楓の父親を殺した、罰として。
顔が、四肢が、業火に包まれる。生きたまま焼かれる。
逃れようにも蹂躙され動けない。かといって、変身しているので死にはしない。出口の無い拷問。
「もうよしなさい!! これは傷付けるための戦いでは無い!」
校長先生の声が聞こえた。だが天堂茂は攻撃を止めない。
「小豆沢七海、散々僕を苔にした罰だ。苦しめ苦しめ、あっはははははは!!!!」
狂気。
「なみつなみ!!!」
奇跡。
私は水に包まれた。苦痛は洗い流され、火は消えた。天堂茂は水にすくわれ転倒し、波は壁に当たって飛沫を上げた。全員が水を被った。
「だ、誰だ?」と天堂茂。
「あたしだ!!」
窓ガラスが砕け散り、文字通り誰かが割って入った。
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389 :げらっち
2024/08/01(木) 14:25:53
「イヨっ、七海ちゃん! 助けに来たよ!」
コボレブルー。楓だ。
楓はガラス片を踏ん付け、片手を上げて入室。
その姿を見るなり、私は身震いした。
天堂茂の炎よりも恐ろしい、冷たい冷たい痛みが、私の胸の傷を広げていった。ドライアイスに触れて火傷するように。
「昨日の夜どこに居たの? めっちゃ心配したんだから!」
楓はいつものノリで近付いてくる。
私は立ち上がり、後ずさる。やめて。こないで。
「イラちゃん! 今は重要な会議中ですよっ」
楓の担任である桃山先生が叱責する。
「あかり先生、外から見てましたが会議には見えませんでしたよ。てか何? 退学を決める会議とか? 酷くね? 退学なんてさせないから!」
楓は私を庇うように、天堂茂の前に立ち塞がった。
「1vs1の勝負だぞ、邪魔をするな」と天堂茂。
「え? あたしと七海ちゃんは一心同体! だから1vs1っしょ!」
楓は腰に手を当て、エヘンとふんぞり返った。
「……ふん。どうせ落ちこぼれが1人増えた所で僕の敵ではない。ファイアペンシル!」
天堂茂は炎の✕を次々と書いてゆく。
「✕! ✕! ✕! 最下位の落ちこぼれの伊良部楓! お前も退学だ!!」
「させるか! アクアボールペン!」
楓は宙に、大きな円を描いた。
「合格点! おっきな○!」
炎の✕は水の◯に次々とぶつかっていくが、触れた傍から消えていき、楓には届かない。属性の相性だ。
「もう落ちこぼれなんて、言わせない!」
「ば、馬鹿な」
「七海ちゃん、協力魔法を使うよ! こういうやつ! ひそひそ」
楓は作戦を囁いた。
「わ、わかった」
私は楓の言うがまま、天堂茂に狙いを定める。
「モビィ・ディック!!」
天堂茂は呆然としていた。
それは自慢の攻撃が、落ちこぼれと見下していた存在に防がれたからというだけの理由ではない。奴の周りが、突如氷の海に変化したからだ。奴は今ちっぽけな流氷の上に佇立していた。会議室も現実世界も消えていた。
「な、何だ。何が起こっている」
氷の上、奴は小刻みに震え出す。その震えは段々大きくなっていく。それは寒さのせいだけでは無いはずだ。未知への恐怖、そのせいだ。
「ち、父上!! どこですか!? 教師共、僕を助けろ!! 小豆沢、伊良部、何をするつもりだ!?」
奴の周りに広がるのは冷酷な海だけ。父親も教師も、見下す対象も敵さえも居ない。声は水に落ちて、もう拾えない。
天堂茂は絶句した。
次の瞬間。
海面から、真っ白い塊が飛び出した。まるで海が立ち上がったかのように。
天堂茂は余りにも小さすぎる逃げ場を懸命に逃げ、冷たい海に落ちそうになった。
「わあああああ!!!」
奴はわけもわからず、叫び、喚き、命乞いした。
「あああ、な、何が起きているんだ。わ、わからない。わからなわからないわからな怖い怖い助けてくれ!! やめてくれ伊良部楓!! 助けてくれ小豆沢七海!!」
それは白いクジラだった。
その昔、多くの船乗りを殺したという、アルビノのクジラ。モビィ・ディック。白い身体は生傷だらけであり、鼻にピアスをするかのように、碇が突き刺さっていた。
白い巨体は異様であり、神秘的でもあった。
白鯨はゆっくりと、倒れ込んだ。天堂茂に向かって。
「あ゛あ゛あ゛あああああああ!!!!!」
天堂茂は頭を庇った。奴は巨体の下敷きとなった。流氷は砕け散り、奴は極寒の海に投げ出された。
天堂茂は冷たい水に抱きしめられ、泡を吐いた。代わりに入ってくるのは酸素ではなく、冷たく黒い水だけだ。
「あいつらは、落ちこぼれではないのか――」
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390 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:06
「……ッはあ!!」
天堂茂は汗だくになって大の字に倒れていた。
私の氷魔法と楓の水魔法を組み合わせて見せた幻影は、すさまじい効果を及ぼしていた。
その恐ろしさに、教師たちも口をつぐんでいたが、やがていつみ先生が、パチ、パチ、拍手した。それに続くように、教師たちは魅入ったかのように、大きな拍手をした。
「……これは勝負ありですね」と校長先生。
「まだだ!! 僕は負けられないっ」
天堂茂は立ち上がる。その足は震えていた。
「まだ僕のとっておきを使っていないぞ。一撃で十分だ。僕の方が上だとわからせるには……!」
天堂茂は必死になって、私と楓に立ち向かってくる。
何かに憑りつかれたように。奴を動かす物は、何だ。
奴は唱えた。
「火球カースト!!!」
あの技だ。
私と楓は頭上を見た。巨大な火の玉が、のしかかってくる――
「……あれ?」
拍子抜けした声を出したのは、天堂茂だった。
火の玉は落ちてこなかった。空中で静止したまま、私たちを襲おうとしない。この魔法の性質。私はその真意を知った。
「ああ、もう私たちの方が、上になっちゃったんだね」
ヒエラルキーが逆転した。学年の頂点に立っていた天堂茂。その上位に、私たちが位置するようになった。
天堂茂は私たちを見て、諦めたように笑った。
「あはっ、そういうことかよ」
火の玉はぐらついて、天堂茂の方に落っこちた。奴は回避することも、自身を庇うことさえもせずに、それを受け入れた。爆発。天堂茂は大きく噴き上がり、天井にぶつかって、仰向けに落っこちた。父親の真ん前に。
「……父上」
変身が解けた彼は、父親に手を伸ばした。
「だめだったよ……」
天堂任三郎は、その手を取らなかった。
「やはりお前も失敗作か」
天堂任三郎はマントを翻し、校長に向けて言った。
「もういい、私の負けだ。小豆沢七海を退学させる必要は無くなった。だが」
次に天堂任三郎は私に詰め寄った。
「お前が不正行為を働いたという事実は消えない。何がしかの罰を受ける必要がある。戦隊証を預けろ」
「ブレイク、ダウン」
私は変身を解き、戦隊証を見た。
入学してからというものの、肌身離さず持ち歩き、寝食も戦いも共にした、戦隊の証。
これを手放すのは、戦隊学園の生徒としては屈辱的な事だろう。
でも私にとっては、もうどうでもいい。
「利口だな」
天堂任三郎は大きな手のひらを出してきた。でも私は、彼にこれを渡す気はない。彼の横を素通りし、校長先生の車椅子の前に立った。
校長先生は目を丸くして、私を見ていた。
「今までありがとうございました」
私は戦隊証を両手で持ち、突き出した。
校長先生はそれを、震える手で受け取った。
「何を言う。小豆沢七海さん、君の未来はこれからだ」
「怪人を殺す未来? そんなのは、要りません」
私は深く頭を下げた。
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391 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:22
《?》
戦隊学園校長、落合輪蔵の猫背は、いつもよりしょぼくれているようだった。
彼は足が不自由だ。これは学園の開校当時からずっとそうだ。
年下の天堂任三郎に実権を握られたのは、そのせいもあるかもしれない。
彼は車椅子に乗っていた。膝に置いた戦隊証を見つめたまま、黙っていた。
校長という役職柄、特定の生徒を贔屓することはできない。それでも戦隊証に添付された写真の白い少女は、彼のお気に入りだった。
彼は、中央校舎の最上階にある校長室に帰ってきた。
「いかがなさいますか」
「少し疲れた。ベッドに連れて行って下さい」
「かしこまりました」
彼は車椅子を押され、寝室へと向かった。
そこには彼の予期せぬ先客が居た。
赤坂いつみが校長用のベッドに腰掛け、指揮棒を手でくるくる回していた。
他人のベッドに上がり込むのはかなり失礼な行為だが、心の広い校長は、これは何かのジョークではないかと受け取ったようだ。
「赤坂先生、君もショックなのはわかるが、おふざけはよしてくれませんか」
「ショック? 何のことだい」
赤坂いつみは校長を見た。赤い眼がギラリ光った。冗談を言っている者の目ではない。
校長はこの時になって初めて異変を感じたか、身構えた。下半身不随の彼はどうしたって身構えられないが。
「お前も見ただろ? 小豆沢七海の実力は、十分に証明された。もう結構だろう」
校長は、自身がお前と呼ばれたと思い、少し驚いたようだ。
それが自身に向けられた言葉では無いと気付くのに数秒を要した。彼はハッとして、何とか動かせる首をねじり、背後の、私を見た。
私は赤坂いつみと名乗る者に言った。
「はい。もう結構です」
赤、青、黄、緑、ピンク、紫、そして白。ようやく7つそろったと思っていいだろう。
「ご苦労でした、レプリエル」
「ヘルパーさん。君は……?」
校長はわけがわかっていなかった。何しろ私は、しがないヘルパーでしかなかった。
「何の話だ……?」
校長は正面に視線を戻した。
指揮棒を向けている赤坂いつみの姿が目に入るが先か、みぞおちに激痛が走るが先か。
「ぐっ!!!」
校長は体をのけぞらせ、全身を震わせた。衰え切った体でも痛みだけは人並みに感じるものだ。
「こういう話だ」
哀れ老人は、車椅子からずり落ちた。あばらのど真ん中に穴が空き、メラメラと燃えていた。瀕死になりながらも、敵を睨み続けていた。
「アカリンジャー・落合輪蔵。情けない最期だね♪ お前の存在価値はもう無いよ。そこそこ役には立ってくれたよ。試金石としてね」
校長は膝を突く。下半身の筋力は全廃し体を支えきれない。そのまま成す術も無く崩れ落ち、不自然な伏臥位の状態になった。
「これがかつての伝説の戦士とはもうろくしたものだ」
赤坂いつみはそう言った後、私の方を見た。
「お前にとどめを刺させてやる」
「いえ。私に手出しする権限はありませんので」
「つれない奴だな」
赤坂いつみは地を這う老体を見下ろした。
校長は最期の瞬間まで戦おうとしていた。彼が持っている唯一の武器、小豆沢七海の戦隊証に、呪文を吹き込もうとしていた。
「ブレイクアッ――」
赤坂いつみは、校長の背中に指揮棒の狙いを定めた。
「ボウライド!」
ドン!!
棒の先から火球が撃ち出され、校長の心臓を貫いた。
落合輪蔵は、彼を吊っていた糸が切れたように、力無く床に突っ伏した。
伝説のレッドは落命した。
「それでは、世界を再度塗り替えよう」
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