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┗380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~(392-411/477)

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392 :げらっち
2024/08/01(木) 14:26:37

 さて、外に目を向けてみよう。

 今まさに学園から退出しようとしている天堂任三郎の姿があった。

「またも失敗だ……早急に始末せねば……」

 彼は何かをしきりにぼやきながら、正門をくぐった。
 彼が学園の外に出るなり、重たい音を響かせ、大きな門はひとりでに閉じられた。

 敷地の外には車列が並んでいた。天堂任三郎の部下、ニッポンジャーの隊員たちの車だ。
 天堂任三郎は停められている車の1台に乗り込もうとした。
 するとドアが開き、運転士を務めている隊員が出てきた。呆然と空を見上げている。
「どうした。車に戻れ」
 部下は返事をしない。
「何をしている」
「あ、た、隊長、あれ」

 天堂任三郎は部下の指さす先、大空を仰いだ。
 彼のしゃくれた顎が開き、ポカンと、あほらしい表情になった。


「何だ、あれは――」


 まるで空のようだった。
 空とは違う。もう一枚の空が、曇天に貼り付いていた。限りなく雲に近い、白と灰色のグラデーションが掛かった、少し光沢のあるボディ。

 大きな大きな円盤が、学園に覆い被さるように、浮いていた。


 今や車に分乗していたニッポンジャーの全員が、立ち尽くして、空を見ていた。
「た、隊長、学園に異常です!」
「そんなことはわかっている……!」

 隊員たちは先程閉まった門をこじ開けようとしている。学園の内部の人々を案じているようだ。
「扉が開きません!!」
「ニッポンジャーだ! ただちに開けろ!!」

「私がやる」
 天堂任三郎は腕時計のダイヤルを捻り、変身ポーズを取った。

「大和魂、スタンダップ! 日の丸戦隊ニッポンジャー! ニッポンレッド!!」

 彼は真っ赤な戦士に成った。

「人馬だ!」
 部下のうち3人が、門の脇、比較的低くなっている壁に背の高い順に手を突き、人間階段を作った。
 それでも壁はまだ高い。天堂任三郎は助走を付けると、部下の背を駆け上がり、彼らを踏み台に、更に上へと飛んだ。
「ガシっと!」
 天堂任三郎は大きな手のひらで、壁のてっぺんを掴んだ。そのまま懸垂をするように、強引な腕力で、よじ登った。
 彼は学園の敷地内に飛び降りようとした。だが。

「へぐう!!」

 見えないバリアのようなものに吹き飛ばされ、宙を回転し、車の屋根に落っこちた。
 車の屋根が凹み、窓ガラスが割れた。
「隊長!!」
 天堂任三郎は頭から血を流していた。
「無事ですか。どうなさいますか?」
「た、退却する……」
「え?」
「あのUFOは素性が全く分からん。つまり私たちにまで危害を加えようとするかもしれないという事だ! まずは安全地帯に避難し、作戦を練るのが先だ! 祟らぬ神に触りなし、急いで遠くに逃げるんだ! ほら早く運転しろ!!」
 天堂任三郎はことわざを間違えて言った後、大柄な体を、壊れていない車にねじ込んだ。
 ニッポンジャーの隊員たちは、唖然としつつも彼の後に続いて乗り込み、車を発進させた。ニッポンジャーたちは学園から離れて行った。


つづく

[返信][編集]

393 :げらっち
2024/08/08(木) 12:16:25

第36話 レッドカード


《天堂茂》


 殺  さ  れ  る


 評議会終了後、僕は一目散に校舎を抜け出した。
 落ちこぼれである小豆沢七海なぞに、コテンパンに負けた。それも父上の目の前で!

 何故だ! 何故勝てない!! 僕の方が優れているのに。僕の方が!!!
 いや、思い出してもみろ。入学式のあの日から、アイツがスピーチをしたあの時から、僕がアイツに勝てたことなどあったか?
 何度蹴落としても、そのたびアイツは強くなって、這い上がってきた。
 アイツは落ちこぼれのはずだ。オチコボレンジャーのはずだ。僕のエリートファイブの敵では無いはずだ。
 だがエリートファイブはオチコボレンジャーに負けた。僕の仲間だった4人は、顔のパーツを失い、戦士として再起不能になり、退学した。僕にお別れさえ言わずに去った。所詮奴らは僕の父上の名声に群がって来ただけに過ぎん。仲間では無かったという事だ。
 僕はアイツに負けた。火球カーストが、僕の渾身の魔法さえもが、アイツに軍配を上げ、僕の方が下であると認定した。魔法面・技術面・肉体面・精神面・団結面全てで負けた。

 アイツには仲間が居た。僕には居ない仲間が。

 オチコボレンジャーとは何なのか。全然落ちこぼれじゃないじゃないか。

「なんなんだあああ!!!!」

 校庭で、最悪な物に出くわした。
 コボレンジャーの6人が固まって、話しているのだ。
「一時はどうなるかと思ったけど、楓のお陰で退学せず済んだわ! GJや!」
「七海ちゃんのお陰だよ! ねっ七海ちゃん」
 伊良部が小豆沢の背中を叩く。
 小豆沢はしょぼくれているようだった。
「私は戦隊証を没収された。それに――」
「まあまあ! 今夜は七海ちゃんの好きなカレーパーティーだよ!!」
「やったブヒ~!!」
 馬鹿みたいに喜んでいるコボレ共。それが僕には、眩しく見えた。
「あれ? あそこに居るのは……」

 連中の目がこちらに向いた。僕のことを憐れんでいるかのような、
 そんな目で見るな。

「見るなあああああ!!!」

 僕は自分の特別寮に向け、学園内の森を無我夢中で走った。枝に引っかかり制服が破け、何度も転んで泥まみれになったが、知った事か。
 僕もまた失敗作と判断されてしまった。父上は僕を始末するだろう。すぐにでも黒子が送られてくるはずだ。

 死にたくない。

 生きて、まだ、したいことが……
 したいこと?
 それは何だ。
 父上に認められない、友達も居ない、未来の無い僕が、生きていて、良い事があるのか。
 生きていても、死んでいても、同じでは無いのか――

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394 :げらっち
2024/08/08(木) 12:16:48

 夕暮れ、寮に着いた。
 逡巡していても意味が無い。兎に角持つべき物を持ってトンズラだ。
「教科書をまとめて……」
 すると、レッドカーペットの上の、僕が座るべき革張りのソファに、誰かが足を組んで座っていた。
「く、黒子か!?」
 僕はシャンデリアに届くくらい跳び上がった。
 だがそこに居たのは見知った顔だった。

「よお坊ちゃん。そんなに慌ててどーしたの」

 白衣を着たボサボサ頭の男がけらけらと笑っていた。化学クラス首席の新藤ヘテロだ。
 僕は恐る恐る彼に近付く。
「へ、へテロか。他の首席共はどうした?」
「そりゃ愛想を尽かして出て行っちまったぜ。お前が父上に捨てられた時点でな」
「くっ、薄情者めら……」

 誰も彼も父上の名前しか見ていない。僕がそれをひけらかしてきたのだから仕方無いが。

「黒子とか言ったな。どういうことだい?」
 ヘテロ、コイツは掴めない男だが藁にも縋る思いで打ち明ける。
「父上の部下だ。僕を始末しに差し向けられるだろう」
「そりゃ物騒だな。お前と結託した俺様の命も危ないか?」
「他の生徒に手荒な真似はしないさ。僕と関わりを持った生徒の、僕に関する記憶だけは消されるだろうがな」
「ほー」
 ヘテロは、右が青、左が赤の、オッドアイのゴーグル越しに僕を見た。
「お前さんとの思い出がそっくりそのまま消されちまうわけか」
「そうだ。そうして毎年葬られてきたんだ」

 無駄話をしている暇は無い。僕は荷物を担いで寮を飛び出した。
 ちょうど黒塗りのリムジンが到着した。
「タクシージャー、ちょうどいい所に来てくれた。僕を西門まで運べ!」
 僕はいつものようにリムジンに乗り込もうとしたが、先客が居た。

 黒子を付けた男たちが、4人ほど乗っていた。

 運転席が開き、白髪交じりの頭に帽子を被った運転手、タクシージャーの車田が現れた。
「坊ちゃんはイエローカードが累積しています」
「ど、どういうことだ!!」
「申し訳ありませんがこれも仕事です。わたくしの送迎以外のもう1つの役目、それは坊ちゃんの監視でした。旦那様からの命令で坊ちゃんを殺します、はい」
 車田は指で手早く指示を出した。銃を持った黒子たちが車を降りる。

「ぎゃああああああああああああ!!??」

 あの温厚な車田がお目付け役だったとは!! 戦隊の世界は恐ろしい。
 僕は寮に逆戻りした。ヘテロにどんっとぶつかった。

「よおおかえり」
「ただいまー。じゃない!! 殺される、助けて!!」
 僕はヘテロの胸ぐらを掴んでガクガク揺らした。ヘテロは揺られながら言った。
「非常用の地下への抜け道があるぜ。それだけじゃない、地下ガレージにはアレが用意されてるぜ」
「アレが完成したのか!?」
 僕は更に激しくヘテロを揺らした。
「ああ。ポンパドーデスが意地になって完成させた。すごいぞありゃ! 逆転ホームランも夢じゃないぜ」

 よし、アレがあれば、コボレンジャーを、父上を、見返してやれるぞ!!!

[返信][編集]

395 :げらっち
2024/08/08(木) 12:17:03

《七海》


 夕暮れ。
 評議会を無事に終えたコボレンジャーは全員集合し、校庭で立ち話していた。

「一時はどうなるかと思ったけど、楓のお陰で退学せず済んだわ! GJや!」

 6人の影が東に長く伸びている。
 今までは6だった。だが今は、5と1に思える。罪悪を背負った私は、彼らと関わってはいけない。黄金期は過ぎてしまった。次に来るのは、暗黒期か――

「七海ちゃんのお陰だよ! ねっ七海ちゃん」

 楓が私の背中を強く叩いた。私はゲホッと咳き込んだ。
 やだ。さわらないで。あなたに私の穢れをうつしたくない。
 楓は、どうしたの、という目で私を見てきた。

「私は戦隊証を没収された。それに――」

 それに、もうあなたたちとは居られない。

「まあまあ! 今夜は七海ちゃんの好きなカレーパーティーだよ!!」
「やったブヒ~!!」
 お祭り騒ぎ。
「あれ? あそこに居るのは……」
 その時、佐奈が何かに気付いたようだ。

 校庭脇の木陰から、天堂茂がこっちを伺っていた。
 私に負けた哀れな男は、何を思っているのだろうか。彼は突然叫んだ。

「見るなあああああ!!!」

 凶華が「よっゲロ!」と言うか言わないかで、天堂茂は情けなく逃げ出した。
「なんだアイツ、腐乱臭を撒き散らして!」
「でも様子が変だったブヒね」
「きもいですねきっとまたうちらに嫌味を言おうとしてたんですよ生きる価値無いですよあの猿」
「アイツ、友達が居なくて寂しいんじゃね!?」
「せやな!!」
 5人は明るく笑っていた。

 だが私の心は暗かった。
 天堂茂もまた孤独な存在だ。仲間も居なければ、あんなに自慢げに話していた父親にも見放された。
 あいつのことは大嫌いだ。だけど今だけは、ちょびっとだけ親近感を覚えた。
 私も孤独だ。仲間は居るけど、最早遠くの虹に見える。怪人と化した楓の父親を殺したような、罪悪の私は、あの虹には近付けない。

「てかもうすぐ夏休みやな!!」
「だね! 9月まで休みだし、みんなでどこか行こー?」
「よし、旅行のプランを考えようぜ!!」

 日が落ちてもまだ5人は立ち話を続けていた。
 私は一言も発さずにぼーっとそれを見ていた。

「で、その時さっちゃんったら……」
「こら豚!! その先を話すとソーセージに加工しますよわかってますね!?」

 皆、おしゃべりに夢中で気付いていないようだが。
 何か、重い物が地を這うような、不気味な音が轟いていた。
 何だろうこれは。私の心に迫る暗い影か?
 そんな不確かな物では無かった。皆も異変に気付き、周りを見渡していた。
「何やこの不快な音は。どっから鳴ってるん?」
「巨大な物が、迫ってる……っ!」
 佐奈はグラウンドに屈み込んで耳を付けた。そして、ぴょこっと跳び上がった。
「あっち!!」

 皆その方向を見た。


 校舎の向こうから、ぬっと、超巨大な天堂茂の顔が現れた。

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396 :げらっち
2024/08/08(木) 12:17:25

「げ! きも!!」と楓。
「まさかアイツも巨大化を!?」と佐奈。

 だがそれはメカノ助のような巨大化ではなく、ロボだった。
 校舎の向こうから、全貌が現れた。
 全身真っ赤で、とにかくデカいロボ。両肩のみならず胸と背中からも、計4本の腕が生えている。手先は大砲になっており、長さが不ぞろいだ。資材不足か、胴は鉄骨やらパイプやらがむき出しになっており、歪な形。足は無く、キャタピラで走行している。突貫工事の産物か、ギシギシと軋む金属音、今にも崩れそうだ。
 無機質な体の上に、巨大な天堂茂の生首が、据え付け悪く乗っかっている。アンバランスさが不気味だ。

『コボレンジャー共!! いつもいつもいつもよくもよくも僕を愚弄してくれたものだ!! 見よこの赤春機エリートキングを!! エリートは僕だ、勝者は僕だ、勝ち残るのは僕だと、今知らしめてやる!!!』

 4本の腕は容赦なく爆撃を始めた。グラウンドから火の手が上がる。私たちはとにかく校舎に逃げた。
 戦隊学園の校舎はちょっとやそっとの攻撃では壊れないほど頑丈だ。
「アイツ、しつこすぎ!! どうするの!?」
「そりゃ迎え撃つしかないっしょ。うちのメカノ助なら、あんなガラクタすぐ屠れる」
 佐奈は豚の尻をひっぱたいた。
「ブヒィ! 勿論やってやりますよ!!」
「OK。そんならリーダーの指示待ちや」
 公一が私を見た。

 私は後ずさった。

「できない」

「どうした随分弱気だな、いつものナナじゃないぜ。リーダーの癖に逃げるのか?」と凶華。

「私はリーダーなんかじゃないよ」

 私は皆を見回した。
 楓も公一も佐奈も豚も凶華も、私を信頼し、私の指示を待ってくれているのがわかる。穢れも無く、私にも穢れが無いと、信じて疑わないような、
 そんな目で見ないで。

「見ないで!!! だめ、私戦えない」

 私の顔は引きつっていただろう。皆キョトンとした。
「仕方あらへん。七海は今戦隊証を没収されてるんやもん。戦えないのも当然や」
「それもそうだね!!」
「ナナの戦隊証を取るとはひでぇ校長だな!」
 皆早合点してくれたようだ。
「じゃあサブリのあたしが臨時リーダーね!!」
「何言ってんの楓さん。コボレのブレーンであり巨大化戦指揮官のうちが……」


 ポン、豚が、私の肩に大きな手を置いた。
「それじゃ七海ちゃんは休んでて。僕たちがすぐ片付けてくるブヒ!!」

「うん……」

「あとで、カレーパーティーだからね!」
 楓が私にグッと顔を近付けた。ブラックタイガーアイの様なくりくりした目で見てくる。

「約束だよ!!」

 楓は小指を差し出してきた。
 約束、か。果たせるかわからぬ約束などしていいものか。
 ためらっていると、楓は無理矢理私の小指に自身の小指を絡ましてきた。ブンブンと大袈裟に振る。

「指切りげんまん、嘘吐いたらハリセンボンのーます! 指切った!!」

 そういえば以前私は、楓に嘘は吐かない、隠し事はしないと神様に誓った。
 約束を破ったら、神様に罰せられるだろうか。神様など居るのだろうか。

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397 :げらっち
2024/08/08(木) 12:17:40

 学園内の森。鬱蒼と生い茂る木々。ここまで来ると、校舎の方で暴れているエリートキングの爆音も聞こえない。
 辺りは真っ暗で、見つけられるか心配したが、ちゃんと見つかった。
 キンキンキラキラの鳥居。
 それをくぐると、同じくキラキラの小さな神社があった。
 金閣寺躁子の仕える神社だ。名前に反して彼女は神道なのだ。以前彼女が、「何か神様に頼みごとがあったら来るといいわ! 賽銭は頂くけどね!」と言っていたのを思い出したのだ。

 私は1円玉を取り出すと、賽銭箱に向かって放り投げた。
 パンと一度手を合わせ、ちょっとだけ頭を下げる。目上の人への反骨心が強い私は、こんな時にも、深く頭を下げるのを躊躇ってしまう。


 神様。
 本当に居ますか? どこに居ますか?
 居たら聞いて下さい。
 戦隊学園は私に虹を見せてくれると思っていました。でも私は今闇の中です。戦隊学園の正体は、人の心を持たず怪人を殺せる戦士を作り上げる工場でした。いつみ先生もその1人でした。
 罪悪を背負うのは、私だけで結構です。折角できた友達を、私みたいな光りの無い存在にさせたくないです。どうしたらいいの?


 バンッ!!
 何かが頭に当たった。神様からのお告げか? と思って見ると、何か書かれた板だった。


《 おさいせん は 100円 から! 》


「うげ、1円損した。強欲な神だなあ」
 私は改めて水色の財布から貴重な100円玉を出し、投げた。硬貨は賽銭箱の淵に当たり明後日の方向に飛んだ。拾ってもう一度投げる。

 チャリン。

 私はさっきの神様への長い台詞を、もう一度心の中で読んだ。
 すると神様からの返答があった。
「小豆沢サン、柏手は二度打つものよ!! この罰当たり!」
 神様ではなく金閣寺躁子だった。賽銭箱に腰掛けていた。罰当たりはお前だ。
「何で二度打つかわかる!?」
 金閣寺はパンパンと手を打った。
「さあ」
「女の神様は目が不自由なので、音が頼りなのよ!!」
「そうなんだ」
「ああもう、物分かりが悪い感があるわよ!! 女神は目が見えん、なのよ。ギャーッはっはっはっ!!」
 金閣寺は唾の雨を撒き散らし降雨量は1時間で100ミリに及んだ。
 金閣寺はしばらく肩を震わしていたが、急にスイッチが切れたかのように平然となった。

「こんばんは。小豆沢サン。あなたの声はきっと神様に届いたわ。戦隊学園が怪人を殺すことへの抵抗感と罪悪感の問題ね」

「え!?」
 心の中での神様への告白を、盗聴された?

「そりゃここはわたくしの生姜、それはジンジャーね。ぶはは。ではなく神社ですもの。お賽銭を入れて祈ったことは全て巫女であるわたくしに筒抜けよ。魔法クラス首席の称号を何だと思って?」

 躁子ばーさん侮れん。

「金閣寺先輩は怪人を殺すことへの罪悪感は無いんですか?」

 金閣寺は無駄に美しい金髪を掻き上げた。
「そりゃ最初はあったわよ。最初に怪人を殺したのは2年の校外学習のことね。怪人が人間であるのは習っていたけど、襲われたからやむなく殺したわ。3日3晩泣いて、周りに当たったりもしたわよ。でもそのうち慣れたわ。怪人を殺すのが戦隊の仕事なのよね。それを割り切れない甘ちゃんは退学したわ。3年に残ってる生徒は全員、それを乗り越えて来たんじゃないかしら?」


 金髪をいじりながら話すこの女が、初めて先輩らしく思えた。

 彼女は近付いてきて私の髪を撫でた。

「きれいな白髪ね。確かにあなたは、1年で早くも外に連れ出されて、しかも怪人を殺さなきゃいけなくなって、酷だとは思うわ。でも受け入れるしか無いわ。それが大人になるってことなのよ」

 私、大人になれるだろうか。

「ありがとうございます。それと、もう1つ聞きたいんですけど……」
「何?」
「神様って本当に居るんですか?」
 金閣寺は私の髪をブチッと1本引き抜いた。痛い。
「居ると思えば居るし、居ないと思えば居ないんじゃない? わたくしは会った事無いわね。さあもう遅いしお休みなさい。元気無さそうだからわたくしのネタ帳をあげるわ! これを見ていつでも笑顔になりなさい!!」

「いりません」

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398 :げらっち
2024/08/08(木) 12:18:02

《天堂茂》


 夜の学園では巨大勢力が激突していた。
 僕はエリートキングの頭部の操縦席に乗っている。このエリートキング、美しい僕の顔を模して造られているのだ。

『やめろ! 無用な破壊行為はよせ!!』
 青と白のネオンが特徴的な巨大ロボが、構えの姿勢を取っていた。
 腹部に大きなモニターが付いており、そこに教師・青竹了の顔が映った。彼の声が、拡声されて響いた。

『天堂茂!! 評議会が不本意な結果になったからといって、馬鹿なことはよせ!』

「ほほーう、これはこれは無能な下っ端教師さん。僕がそんなちっぽけな理由で暴れいるとでも?」


 これは単なる餓鬼の癇癪ではない。
 僕を認めない父上、僕を愚弄するコボレンジャー、もう沢山なんだ。


 ロボは赤と青の斧を構え、こちらに向かってきた。
『気絶して貰おう。リトマスアックス!!』
 歯牙にもかけない。
 何しろこのエリートキングの方が、余程巨大だからな。お前など、ちっぽけなゴミだ!!
「赤撃砲(あかげきほう)!!」
 僕の操作により、エリートキングは4本の腕から砲撃し、目の前のロボを轟沈させる。
 直後、黄色いプロペラの付いたロボと、緑の二刀流のロボ、ピンクの猫型ロボが飛び上がる。
「邪魔だ凡人共!! 赤撃砲!!!」
 連続の砲撃、圧倒的火力で制す。4体のロボはバラバラに吹き飛んだ。


「ひゃはは、ははは、あっはははははは!!!! これが僕の力だ!!」


 赤く塗られた操縦席、左方に取り付けられたモニターに、動力室の様子が映った。
 あの女が、磔にされたキリストのように、機械に接続されている。女の体からはコードが伸びており、それはロボの全身に通じている。
 腕が使えなくなった女は、自身が最後のパーツとなり、ロボを完成させたのだ。
「茂、もう少し加減して……私の力も限界だ……」 
「どうしたポンパドーデス!! お前の存在価値など、もう此処にしか無いだろう?」
 女は屈辱的な顔をした。
「茂、何であーたまで、そんな呼び方を……」

「黙れ僕に楯突くな。お前など、僕にとってはただの飾り物に過ぎん! ロボを作ることができなくなればお前の価値など終わりだ。一生ロボの一部として、僕のために働け!!!」

 僕はアクセルを思いきり踏み付ける。

「ぐうう……!!」
 女は呻き声を上げた。動力を供給しているのだ。

「コボレ共何処に居る、轢き潰してやるぞ!!!」

 突然目の前のスクリーンに、巨大な力士の顔が映った。フルフェイスメットの下から睨み付けられている、そんな気がした。超巨大な手で、顔を、思い切り張られた。
 パアン!!
「ぶぐう!」
 僕は操縦席から転げ落ち、張られた右頬を押さえた。
 いや、張られたのはエリートキングの頭部であり僕自身ではない。落ち着け、ただ奇襲を受けたに過ぎない。
 僕は操縦席に這い上がり、スクリーンから下界を見た。メカノ助とかいう、豚を巨大化して作った暑苦しいロボが、ドンッと着地するところだった。アイツは上背のあるエリートキングに対し、ジャンプして張り手を噛ましたのだった。

「僕のエリートフェイスに傷を付けやがったのか、落ちこぼれぇえええ!!!」

 僕は大砲のボタンを連打する。
 豚は爆撃を受け大きく後退し、校舎に突っ込んだ。頑丈な校舎も流石に耐えきれず、損壊、その棟は停電した。学園のあちこちからキャーとかわーとか聞こえる。

 良い気分だ。やっと思い知らせることができた。
 僕はエリートだと!!

「僕の受けた屈辱を、1000倍にして返してやるぜ!!!」

 更に火力。砲撃。爆発。火力砲撃爆発。火力砲撃爆発。
 豚は校舎に突っ込み身動きできないまま、集中砲火を受け炎に飲まれる。電力も無く、星も瞬かない、真っ暗な中で、炎だけが存在証明だ。

 落ちこぼれ共は死んだだろうか。
 小豆沢七海は、伊良部楓は、江原公一は、鰻佐奈は、大口序ノ助は、星十字凶華は、
 死んだだろうか?

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399 :げらっち
2024/08/08(木) 12:18:15

 煙の中、敵は立ち上がらない。

「死んだか。小豆沢七海は確かに強かったが、やはりエリートであるこの僕の方が上だったのだ!! 最後には必ず、正義が勝つのだ!!」

 これで父上も、僕こそが成功作だと、理解して下さるはずだ――!!


「まだだよ」

 !?

 煙の中から声がした。ゆっくり、力士の影が立ち上がった。
「確かに強いけど、まだまだブヒ。相撲じゃ、これくらいは、序ノ口ブヒ」

 な!?

 メカノ助の頭の上に、コボレブルー、コボレグリーン、コボレスターの姿があった。
「あ、まさか勝てたと勘違いしてた? 相変わらずゲロ臭えなあ!!」
「七海は居ないがお前くらいちょちょいのちょい、お茶の子さいさいや!」
「七海ちゃんとカレーパーティーするって約束したもんね!!」

 なんだって!?
 小豆沢七海はここには居ないのか!?

 余り者共にすら、僕は勝てないのか!!?

「じゃあいっちゃお~」と、操縦席に居るコボレイエローの声。
 戦士たちは光り輝き出した。
 奴らが必殺技を放つ予兆だ。

「あれが来る。あれが来るぞ……!」

 僕はぐっしょりと、汗をかいていた。眼鏡を外し、目に入った汗を拭きとり、また掛ける。操縦桿を握る手が震えて止まらない。
「た、たかが苔脅しの光りだ。こちらも必殺技を出せば勝てる。ブレイクアップ!!」
 僕は真っ赤な戦士、エリートワンに変身した。
「僕はエリートだっ!」
 赤、赤、赤をお見舞いしてやる。赤の居ない戦隊など論外だと知らしめてやる!!
「僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ」

 先手必勝。奴らがあれを発射する前に!!


「エリート偉(エラ)インパクト」


 僕は操縦桿を片足で踏ん付け、両掌を、スクリーンの先の奴らに向けた。エリートキングが全身からビームを放ち、赤いジグザグが連中の元に走った。
 貰った!!

[返信][編集]

400 :げらっち
2024/08/08(木) 12:18:27

「オチコボレーザー・ペンタ!!!!!」


 赤が届く寸前、奴ら虹を撃った。
 青・緑・黄・桃・紫、5色のみだ。肝心要の赤が無い。僕のエラインパクトとぶつかり、一瞬、時が止まった。次に、ティンパニーを叩いたような音が響き、2つの技はくっ付いた。接点はまばゆく光っており直視できない。僕はありったけの力を込める。

「僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ。僕はエリートだ」

 僕はエリートであらねばならないんだ!!

 学園に入った瞬間、それは僕の人生の振り出し、父上に言われたんだよ。
 エリートになれ、ってな。
 それは、エリートにならなければ、僕の存在価値なんて、どこにも無いってことなんだよ!!

 光りは徐々に押されている。僕の赤は、奴らの5色に負け、2つの必殺技が絡まった莫大なエネルギーがこちらに迫っている。


「た、頼むよ。僕をエリートであらせてくれよ。お願いだよ、コボレンジャー」


 光りが、エリートキングの胸部を貫いた。
 スクリーンが真っ白に染まり、操縦席が傾ぎ、僕は尻餅を突いた。
「あああああ……」
 白が晴れると、何かが操縦席の方に飛んでくるのが見えた。

 何故このタイミングで、こんな腑抜けた物が。

 それはお皿に盛られたカレーだった。つややかなお米を包み込むようなルゥ。柔らかそうなお肉、ほくほくとボリュームあるじゃがいも、甘そうなニンジン。ご丁寧に銀のスプーンと、福神漬け、ラッキョまで添えてある。三ツ星戦隊シェフレンジャーが作る高級料理の足下にも及ぶまい、けれど、だけど、うまそうだ。一度も受け入れたことのない、庶民の味、食べたことのない懐かしさがそこにはある。それが真っ直ぐこっちに飛んでくるのだ。

 食べたい。

 いや、食べてなるものか!
 僕はエリートだ。高級料理しか食べないんだ!!
 落ちこぼれ共に譲歩するなど有ってたまるか!!!

 だが僕の意志に、ロボは逆らった。

『オイシソウ』

 エリートキングはそれをキャッチし、付属のスプーンですくい、ロボの口に運んでしまった。

 メカノ助に乗る伊良部の高笑いが聞こえてきた。
「馬鹿め、そのカレーは爆薬入りだ!!」

 な、なんと卑怯な戦法だ。きっと僕の顔をしたエリートキングの頭部は、激辛カレーを食べ真っ赤に染まった事だろう。そして次に破裂した。僕は爆音と爆風の中、無数の破片の体当たりを受けながら落っこちて、気付くと校庭に大の字に倒れていた。見上げる先には、胴に穴が開き、頭部を失ったエリートキングが機能停止していた。

 僕は失禁した。
 折角トイレトレーニングして治したのに!!
「ま、まずいっ、また負けてしまった!! 今度こそお終いだ!」
 僕はボロボロの着の身着のままで逃げる。正門が見えてきた。
「出してくれ!!」
 必死に門を叩く。開かない。緑の戦士が倒れていた。コイツは確か、学園の境界を守護する射撃集団ショットマンのショットグリーン……

「そこまでです」

 ハッ、として振り向いた。
 黒子たちが僕に銃を向けていた。
 僕は門に背を付け、両手を上げた。
「頼む、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ」

「レッドカード、退場」

 それで僕の人生は終わった。


つづく

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401 :げらっち
2024/08/08(木) 12:20:50

第37話 真っ赤なウソ


 私は戦隊証を没収され、停学の身となった。
 いっそのこと、退学にしてほしかった。
 学園と縁を切ることはできない。かといって気持ちを切り替えて戦隊を続ける気にもなれない。
 私の心は宙ぶらりんになった。

 電気は点けたまま、二段ベッドの上段に寝転び、白い天井を見上げて、考える。
 金閣寺躁子の言っていた、大人になる、とはどういう事だろう。
 時間が経てば解決するってことだろうか。まだまだガキの私にはよくわからない。
 いつか私も金閣寺のように、くだらんギャグに笑っているだけのような、悩みの無い人間になれるだろうか。なれたら楽、だろうな。


 コボレのみんなは、退学を免れた記念に、部室でカレーパーティーをしているらしかった。
 私は気分が悪いと言って参加を断った。本当に気分が悪い。

 Gフォンを見ると、もう23時。そろそろ寝ようか。寝る気も起きないが。
 意味も無く溜息をつくと、ドアが開く音。

「たっだいまー!」

 マズい。楓が帰ってきた。私は布団を首まで引っ張り上げ、目を瞑り、寝たふりする。
 楓が梯子を上がってきた。
「七海ちゃん、狸寝入りってバレてるよー! 電気点けたまま寝るあほが、何処に居る!!」
 私は観念して目を開ける。
 彼女の顔が覗き込んでいた。
「ごめん、眠いから、静かにして」
 私は必死に目を逸らす。あの澄み切った目で見つめられたら、私の罪悪のタガが、また外れてしまう。
「いいから起きる!」
 楓がまくしたてたので、私はベッド上で起き上がった。楓は梯子に掴まった状態で身を乗り出している。

 楓はあろうことか、カレーの皿を突き出してきた。さっきからスパイシーな匂いがしたのはこのせいか。いくら嗅覚を刺激されても、虚無で満たされている私のお腹は、ぐうとも鳴らないけれど。

「ほら! 七海ちゃんの分のカレー持って来たから、食べて元気出して! 激辛でしかも大盛りだよ! ほい!」

 食べたくない。見るのも嫌だ。
 目を背け続けると、楓も不穏になってきた。
「ねえ無視すんなよ!」

 食糧もそうだが、あなたの優しさなんて、いらない。
 私には受け取る権利が無い。

「いらない!」
 軽く振り払ったつもりが、楓はバランスを崩し、梯子から落ちて行った。
「うわあ!」
「楓!!」
 ドタッ、ガシャーン、バリバリと凄い音。ベッドの下を見ると、ひっくり返った楓と、割れた皿、床に散らばったカレーが目に入った。
「楓、大丈夫!?」
 私は急いで梯子を下りると、楓を抱え起こす。
 楓は頭から血を流していた。
「な、何とか大丈夫……あたしの水魔法で、洗い流すから……」
「それより私の氷魔法で冷やす!!」
 私は変身さえも省略し、手からありったけの魔法を出し、流血する楓の側頭部を冷やした。
「ありがとう七海ちゃん」
「ごめんね」
 楓は流しで付着した血を流した。私は何度も、ごめん、ごめん、と繰り返した。

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402 :げらっち
2024/08/08(木) 12:21:19

 楓は割れた皿の片付けをしながら言った。
「あー、カーペットにカレーの染みが……これはかえなきゃダメかもね」

 私は壊れたレコードのように、ごめん、ごめん、と贖罪ばかり口にする。

「……なんか変だよ七海ちゃん。親友であるあたしの目は誤魔化せないよ。正直に喋ってよ」

「別に変じゃないよ」
 私は首を素早く横に振った。
「何も無い。ただ戦隊証を没収されて、落ち込んでるだけ」

 この秘密は、私が大人になるまで。いや、墓場まで持って行くんだ。

 私は楓の目を、真っ直ぐに見つめた。
 嘘を吐いた時、男は目を逸らし、女は見つめてくるというが、どうだろう。

 楓とピッタリ目が合って、数秒経過。
 結露した窓から水滴が垂れるように、私の目から水が落ちた。
 声も出せず、目と目を合わせたまま、私は顔をひきつらせた。

「……やっぱり変だよ。あたしたち親友じゃん。何かあったなら、言って」
 楓は心配そうに私を見てくる。目線同士がセメダインでぴったりくっ付いてしまって、目を逸らすことができない。
 よして。あなたに見つめられると、私は余計に泣いてしまう。
「言えない」
 言えるわけがない。


 私があなたのお父さんを殺しましたなんて。


「誓ったよね? お互い嘘は吐かないし、隠し事は何もしないって」

「私、隠し事はしていない」

 そんな嘘が通じるはずは無かった。
「嘘だよね」
 楓は眉をひそめ、険悪な顔になった。

「約束したじゃん! 嘘は吐かない、隠し事はしないって誓ったじゃん!! 今の七海ちゃんは、嫌いだよ!! ずっと隠し事するなら、親友辞めて、絶交だよ!!」

 昂って、彼女の頭の傷から、ポタポタと血が飛んだ。


「う!!?」
 胃袋に針を刺されるような鋭い痛み。私はお腹を押さえ、しゃがみこんだ。
「……七海ちゃん?」
「ううう!!!」
 私の中で、何かが暴れている。やだ。折角出会えた友達と、親友と、別れたくない。でも本当のことは言えない。嘘を吐いた天罰だ。私の中に何か居る。針で覆われた、天罰を与える魔物。ハリセンボンが暴れてる!!
「ぎゃあ! 痛い!! 痛い!!」
 私はつんのめってカーペットを握り締めてもんどりうって叫んだ。途方も無い痛み。私は嘘を吐いたから、神に針千本を飲まされたのだ! 針まみれの魚が食道を通って上がってくる。胸が張り裂けそうに痛い!!
「七海ちゃんしっかりして!!」
 私は顔中の穴という穴から液体を垂れ流して、ひたすら祈った。氷魔法、氷魔法、氷魔法――! やがて、針千本は凍て付き、胃酸でも溶けないような氷の塊になった。胃袋に石がゴトンと落ちるような、鈍い重み。とりあえず死は免れた。
「ふー、ふー……」
 私は荒く息をしていた。

「七海ちゃん、おさまってきたみたいだね、よかった……」

 私は顔を上げて、楓を見た。
 友は立ったまま、両手に顔をうずめて、泣いていた。

「……七海ちゃんの馬鹿。嘘吐いたんだ。親友だと思ってたのに」

「ごめん……でも、言えないんだ。本当にごめん……絶交でいいよ」

 私はなおも痛みの余韻に震える胸をさすりながら、立ち上がった。

「あなたと友達になれて良かった」

 楓は顔をうずめたままだった。
 私は駆け足で部屋を出た。

「さよなら」


 私の、はじめての、友達。

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403 :げらっち
2024/08/08(木) 12:21:43

 星も1つも無いような、無機質な夜。

 蒸し暑い外を歩いていても、私の心は苦しいままだ。

 1人になっても救われないなら、会いたい人が居る。


「おじゃまします」
「何や? こんな夜にお化けか?」
「お化けじゃないよ、私だよ。静かにして、バレるとあれだから」
「七海!!」
「静かにったら」

 初めて訪れる男子寮。公一の部屋を探し出し、彼の部屋のドアをノックしたのだった。
 夜中で廊下を歩く人は少なく、フードを被って顔を隠しているとはいえ、見つかったら女子とバレてしまうかもしれない。面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。
 公一がドアを開けるなり、私は中に滑り込み、フードを取った。

「どうしたねんこんな夜中に! バレたら今度こそ退学やで!!」

 公一は切れ長の目に、痩せた頬、手入れされてない髪と、お世辞にもゴマすりにもイケメンでは無いのだが、彼が私を心配するその表情は、楓とはまた違う愛を感じ、その顔を見るなり、私は涙をいっぱいこぼしてしまった。このところ私は泣き過ぎだ。
「な、なんやねん人の顔を見るなり……」
「ごめんね。私は居場所が無いの。ちょっと居させてくれるかな。明日になったら消えるから」

 公一は私の頭に優しく手を置いてくれた。骨ばって硬い男の子の手だ。

 もう、泣かない。

「まあ榎本おらんくてよかったわ。夏休みに先んじて実家の農村戦隊イナゴレンジャーの手伝いに帰っとるからな。おったらお前ヤバかったやん。命拾いやな」
 寝巻姿の公一は、奥に入ってしまった。
「ちょっとそこで待っててや。なおさなあかんもんがあるから」
「直す?」
 何を修理するのだろう。私は短い玄関廊下を抜け公一の寝室に入る。
「わあ! 待てって言うたやろ!! くんなや!!」
 公一は急いで写真立てを隠した。
「ん? 女の写真?? 浮気か?」
「オ、オカンやオカン!」
「うわ……やっぱマザコンだ……」
 公一は私を部屋の外に押し出してドアを閉めた。隙間から覗くと、彼はパンツなりエロ本(?)なりを急いで隠していた。そういえば関西弁で「直す」は「片す」という意味だった。

 男子寮と女子寮の作りはほぼ同じだが、公一の部屋はベッドが無いため、広々としていた。
 ちょっと汗臭い。1人分の布団だけが敷いてある。
「昔から布団で育ったからベッドはどうも合わんのや」
「ふうん。私昔からベッド」
「お前とは相変わらず趣味が合わへんなあ……」
 公一は煎餅布団の上に胡坐をかいた。
「で、何で来たん? 楓と夜のお楽しみ中だと思ったわ」

 きわどいことを言う公一はやはり男子でできているんだと思い不快だが、それよりも楓の名前を聞いた途端、私の心に再び靄がかかる。
 涙腺が熱を帯び、ついさっき立てた泣かずの誓いをもう破りそうになった。
 私は鼻をすすった。

「お前ちょっと変やで」
「私はいつもヘンだよ」
「せやけど」
 私は公一の横に腰を下ろし、体育座りした。
「あのなあ、仮にも男の布団に、断りも無く上がんなや!!」
「ごめん。やだった?」
「嫌とかそういう問題じゃあらへん。常識やろ?」

 公一は結構育ちが良い。

「……評議会の時からお前変やん。無気力で、前ほどギラギラしてへんわ。前は野心の塊やったのに」

 私は布団の上に倒れ込んだ。
 公一は私の横に寝転んだ。添い寝をしている格好になった。
 多分、こんな鬱屈とした心情でなければ、ドキドキするシチュエーションだったろう。でも今は心が曇天で、青空も虹も見えない。ときめきなどあるはずない。
 しばらく黙って、白色電球を見上げていた。

 公一が、私の手をぎゅっと握ってくれた。

 大きくて指の長い、男の人の手。楓の手とは違うけど、これもあったかい。
 でも私には、ぬくもりを貰う資格なんて無い。私は振り払うように手を離した。

「私は、自分が嫌いだよ」

「俺はお前のこと好きやで」

 何だその投げ槍な告白は!!

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404 :げらっち
2024/08/08(木) 12:22:07

「……それで私の何が解決するの?」
 私は冷徹な視線を彼に向けた。すると彼はニヤリと笑った。
「そうそう! そういう尖った所が好きやねん。でもめそめそした七海は嫌いやな。1人で溜め込まず、俺にだけでも話してくれへんか? お前が自分を好きになる手助けができるかもしれへん」

「……」

 そうだな。これ以上1人で溜め込むと限界を迎えてしまう。
 ここに来たのも、彼にそれを聞いて欲しいと、心の底で思っていたからだ。

「校外学習の時、私が怪人を殺したのは知ってるよね?」

「ああ知っとる。俺の愛刀コウガをよくもまあズタボロにしてくれたもんや。でもコウガをなまくらにした罪悪感で塞ぎ込んでるわけじゃないんやろ?」

「勿論違うね。で、その怪人なんだけど。怪人っていうのは、赤の日に赤で塗られた人間のうち、死ななかった人たちの、成れの果てらしいんだ」

 私は衝撃の事実を告げたつもりだった。
 だが公一は、さも当然の事というように言った。

「知ってるよ」

「ええ!!?」

 公一はまた笑った。
「忍者の世界は厳しいもんや。ていうか大体みんな知ってるんやないかなあ? 七海、お前が世間知らず過ぎるんやで」
 目から鱗のみならず魚自体が飛び出しそうだ。
「元人間である怪人を殺しちゃったから落ち込んどるん?」
「ち、違う。それだけじゃない」


 私は深呼吸して、意を決す。

「その後いつみ先生が話してるのを聞いたんだけど、その怪人は――楓の父親だったんだ」


 それには流石の公一も、「まじか」と驚きの声を上げ、ポカンと口を開けた。
「凄い偶然もあるもんやな」
「偶然なんかじゃない! あの怪人は楓の姿を見つけて、会いたくてついてきていたんだ。それなのに私は、ころしちゃった、あんなに酷い殺し方を、ころした、やだ、やだああああああ!!!!」
 私は頭を抱えて恐怖から逃げたくなって立ち上がろうとした。だが公一が、私を、ギュッと抱き締めてくれた。私は彼の胸で大声で泣いた。
「もう楓に会わす顔無いよ! 誰かの大切だった怪人を殺すなんてできないよ!! コボレのみんなにして欲しくないよ! もうやだよー、コボレも戦隊学園も辞めたい!! コボレンジャーなんて、組まなきゃよかったよ!!」

「……そんなこと言うもんじゃあらへん。それは本意じゃないんやろ」

 公一はハスキーな声で話す。彼の息遣いが、言葉と共に、私の頭に掛かる。

「それじゃ俺はお前と出会えなかった。楓もお前と出会えなかった。みんなみんな出会えなかった。その方がよっぽどアンハッピーや。お前は1人で抱え込みすぎなんや。みんなで戦って、勝っても、負けても、一緒に前に進む、それが戦隊や」

 そう言って私のことを強く抱き締めてくれた。

「友達を失いたくないよ」

 公一は単純な返答をした。

「じゃあ明日、楓に謝ったらいいやん」

「……どんなふうに?」
「草稿まで書かなあかんのか? ほんまにおこちゃまやなー七海は。男らしく決めればいいねん!」
「私女だけど」
「男でも女でも同じや」
「うわ、暴論だ」
「自分がしたことを隠さず話して、悪いと思ったところは謝るんや! プラス、これからも仲良くしたいってことを伝えれば良いんや!! 簡単な話やろ?」
「確かに、そう聞くと、簡単だな」
 私は彼の胸から顔を離して、彼と見つめ合った。私は目を真っ赤に泣き腫らしていただろう。公一は三度笑った。
「簡単やろ?」
「まあ、言うのと実際にやるのとは大違いなのだけど」

 公一は仏頂面を作った。またキスはお預けになった。


 私は目を瞑り、心で謝意を述べた。
 ごめんなさい、楓。
 カラフルになりたいって願ったのも、友達が欲しかっただけなんだ。
 もう一度友達になりたい。

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405 :げらっち
2024/08/08(木) 12:22:27

 楓と初めて会った時の夢を見た。

 喪失感と共に目を覚ます。

「……?」

 意識は起きた。
 目が開かない。
 でも部屋の中が暗いのはわかる。朝が来たわけではないようだ。
 金縛りにあったように体が動かない。
 まぶたを開けようとしても、ねっとりと眠気が絡みついて離れない。
 公一とつながっている手に意識を集中させてみる。ちょっとだけ体の操作法を思い出す。
 何とか目をこじ開けた。

 目の前に楓の顔があった。

「!」

 その名前を呼ぼうとするも、口が開かない。
 楓はいつもの茶色いカチューシャを付けて、じとっと私を見ていた。

「全部聞こえてたから」

 聞こえてた?

「公一くんのGフォンとあたしのGフォンが通話状態になってたの。昨夜七海ちゃんと公一くんが話したことは、全部聞こえてたから」

 な!!
 公一の裏切り者、最初からこのつもりで私から話を聞き出したな? 忍者のやりそうなことだ……!

 楓は鼻を近付けた。
 私と彼女の鼻先が触れ合い、ひんやりとした。
 楓の目が間近に見える。私は身動きも取れぬまま目を見開き、楓の言葉を耳にする。

「パパのことは、あたしが許す許さないの問題じゃないと思う。あたしと七海ちゃんが2人で、いや、コボレが全員で抱えていくべきものだよね。こういう事はチームで共有しなくちゃいけないよ。あたしが許せないのは、七海ちゃんがそれを1人で背負いこんで、嘘吐いて隠したこと。隠せばあたしが幸せになるとでも思ったの? 本当は友達で居たいのに、絶交でいいよ、なんて言わないでよ。それだから友達無くすんだよ、インキャの思考で、きもいなって思う」

 言葉の1つ1つが、針のように喉に突き刺さる。
 私は何も言い返せない。
「……言い過ぎた」
 楓ははあと息を吐いた。熱い息がもろに掛かった。

「やっぱりあたし、七海ちゃんともう一度友達になりたい。朝になったら謝りに来て。そしたら許すから」

 楓はふっと消えた。
「……ふがっ!」
 直後金縛りが解け、身動きが取れるようになった。
 私は跳ね起きた。
 隣では公一が私の手を握ったまま、ぐぅぐぅと寝息を立てて寝ていた。

 既に楓の気配は無い。

 今の出来事が夢なのか現実なのか、わからなかった。

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406 :げらっち
2024/08/08(木) 12:23:01

 朝食のお茶漬けは、ぬるかった。

「あーんしてよ」

 私の突然の要求に、公一は「は?」と言った。
 私は茶ぶ台を叩いた。
「あーんしてよ!!」
「ひー、何でそんなに不機嫌なんや! 精神薬ちゃんと飲んどんのか」
 と言いつつ公一はお茶漬けをスプーンですくい、私の口に運んでくれた。私はムッとしながらもそれを食べた。

「昨夜私の告白を楓に流していたんでしょ」

「なんのことやねん」
 彼はスプーンをぺろぺろ舐めていた。直接キスする度胸が無いからって、間接キスにそんなに必死にならなくても……

 まあ内通は批判すべき事では無い。むしろお礼を言うべきなんだ。
 公一は、私が謝りやすいよう土台づくりをしてくれていたんだ……

 ごちそうさまをした後、もひとつ頼みごとをする。

「お願い、一緒に来て」
「何でやねん!! 1人で行けや! 子供か!」
「16歳はコドモだよ。カレシなら一緒に来てよ」
「かかカレシ!?」
 私は赤面した公一を引っ張って行く。

 1人で楓に謝りに行く勇気など、無い……

 それに、女である私が男子寮に居るのを誰かに見られるとアウトだ。
「寮から出るまでだけでもエスコートしてよ。忍者なら私を上手く隠して」
「世話の焼けるカノジョやな!!」

 部屋を出て廊下へ。その途端目の前を男子が駆け抜けて行った。
 見られた。アウト。
 ではなかった。何人もの男子が、我先にと廊下を駆けて、エレベーターに殺到している。私のことなど眼中に無いようだ。只事では無い。

「外で何かあるんかな。おい!」
 公一は通りすがった男子を呼び止め、状況について尋ねた。
「な、なんかやばい物が浮いてるらしいぴよ! この世の終わりぴよ!!」
 男子はろくに立ち止まりもせず、逃げるように走り去って行った。
 女である私が居るのを見ても驚かないとは、余程の緊急事態と見える。

 私と公一は、特に同意を取り合うこともせずに、人の流れる方向に走った。


 階段を下り寮の外へ。

 多くの生徒が屋外に出ていた。まだ朝なので、パジャマにつっかけの生徒も居る。
 彼らは一様に、空を見上げていた。
 ついつられてしまうのは日本人のサガだろうか。私も公一も、顎を上げ、天を仰いだ。


「何、あれ」


 空のようだった。

 空ではない、空。

 学園の領空にのさばるように、大きな大きな円が、静止していた。曇天のようなボディは、正に雲のように、白から鼠色へ、刻々と色を変えている。それがかろうじて天ではなく円盤だとわかるのは、チカッ、チカッと不規則に明滅しているからだ。

 ゾワ、恐怖が心臓を撫ぜた。
 恐怖。それは如何なる感情か。わからない。わからないから、怖いのだ。
 私はいつの間にやら公一の手を握り締めていた。
 彼の顔を覗き見ると、同時に彼も私を見た。目が合ったはいいものの、やり取りする感情は「恐怖」だけで、何も情報は得られない。

「……宇宙人だ!」
「世界の終わりだ!!」
「赤の巨人の次は白の円盤か! 神様は今度こそ人類を滅ぼすおつもりだ!!」
 生徒たちは、ソースもわからない当てずっぽうの予測を喚き散らしていた。未知の物に自分勝手な解釈を加え、恐怖を納得させているかのようで、滑稽だ。
 攻撃するでも動くでも無く、ただそこに留まっている。牽制しているようで不気味なUFO。

「嫌な予感がする!!」

 私は猛ダッシュした。女子寮に向けて。

「待て七海!!」

 待てない。
 楓に、二度とごめんなさいと言えない、そんな予感が、したからだ。

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407 :げらっち
2024/08/08(木) 12:23:20

 目的地に近付くにつれ、物々しい雰囲気になっていった。
 今にも雨を降らしそうな空気。
 夏とは思えぬような冷たい風が、木々を揺らした。

「はあ、はあ」

 男子寮から少し離れた所にある女子寮に着いた。多くの女子生徒たちは男子と同じく、建物から出て、上空の不審物を見上げていた。
「何あれやっば!!」
「バエる~!!」
「もしもし聡くん? 愛理だよ! なんか大変なことが起きてるみたい! 地球最後の日!? もしかしたらもうお別れになっちゃうかも!! 今までありがとっ、大好きだよ! チュ!」

 この中に楓は居るだろうか? 私は目を凝らし共感覚を凝らしあの青を探した。
 見出せない。

「どいて!!」
 私は群衆を掻き分ける。
「わあ、白玉あんこちゃん!」
「白がうつるわ!!」
「何言ってんの、白玉あんこ様は今や学園一の人気者なのよ!!」
「キャー白玉ぜんざい様サインを!!」
「コボレンジャーが世界を救ってくれるの?」

 くだらないミーハー共を藪漕ぎし、寮の入口へ。
 楓はお寝坊して部屋でまだ寝ているのかもしれない。階段を駆け上がり、5階の自室に突っ込んだ。

 鍵は開いていた。

「楓!!!」

 楓の姿は無かった。
 夏なのに寒い部屋。洗面所にもトイレにもお風呂にも居ない。
 勿論、ベッドにも居ない。楓の使う下段を調べたが、布団は乱雑にめくられておりぬくもりは無かった。随分前にここを離れたらしい。どこに行ったのだろう? 争った形跡も不自然な点も無い。
「――いや」
 不自然な点はあった。

 カーペットのカレーの染みから、足跡が続いていた。楓はこれを踏ん付けて、何処かに行ったのだ。それを目で追って、危うく気を失いそうになった。
 足跡は窓の手前で止まっていた。窓は開いていて、風が吹き込んでいる。
 立ち眩みがして、ベッドの枠に掴まった。まさか楓は、私に絶交されたのを苦に、飛び降りたんじゃ。
 まさかとは思いつつ、恐る恐る窓に歩み寄り、5階から真下を見た。ただ外で騒いでいる群衆が見えるだけだった。ホッと温かい息を吐き出す。どうやら自殺などという最悪の結末は無かったようだ。流石にそれは考え過ぎだったか。
 だが足跡はここで途絶えている。窓からどこに行ったのか。下に落ちる以外、行き先と言えば、天しか無いが。

 私は円盤に占領された空を見上げ、次に群衆を見下ろした。
 絶対楓はどこかに居る。探せ、探すんだ――
 私は目を凝らして数百名にも及ぶ生徒たちを見渡した。楓の見た目は平凡だが、楓のイロは、そうそう見れない澄んだ青だ。きっと見つかる――

 見つからない。だめだ。
 ポロッ。2階から目薬、ならぬ、5階から涙が落ちた。こんな時に何を考えてるんだろう私は。


「共感覚なんて、肝心な時に、何の役にも立たない―――――」


 私は失意の中階段を降り、寮を出た。
 すると、青ではなく大好きな黄を見つけた。私はその方向に猛進した。
「佐奈!!」
 佐奈も私に気付いたようで、ドクターイエローのように高速で私の懐に突っ込んだ。
「七海さん! この人混みの中埋もれてるうちを見つけてくれたんですね……!」
 仲間に会えて嬉しい。私は彼女を抱き締めた。
「楓を見なかった?」
 佐奈は途端に不機嫌な顔になり私と距離を取った。
「何だ楓さんを探してたのか。知りませんようち夜はちょっと出歩いてて寮に帰ったらこの人だかりで驚いて何だろうと思ってお空見上げたらあらビックリ! ユーフォーが!! ってわけです。非科学的なことは何もわからぬ」

 長文の中に気になる点があった。

「出歩いてた?」
「うん……こいつと」

「ブヒィ! 七海ちゃん!!」

 ドクターイエローに続き、貨物列車モモタローの登場だ。
 私は脂肪の塊によって持ち上げられ、盛大にハグされた。暑苦しい。
「やめ! 豚ノ助!!」
「やめないブヒ~! さっちゃんとだけ抱き合ってずるい!! ブピブピ」
「七海さんに何しやがる」と佐奈。
「俺も居るで」
 私の後を追ってきていた公一も合流した。
「あら公一くん。本当に影薄いですね……」

 佐奈は「いい加減下ろせ!!」と、豚の尻を蹴ったので、私はようやく解放された。
「ていうか2人、夜にこっそり会ってたの?」

「ちが!」
「イェスブヒ」

 回答が別れた。まあ後者が事実だろう。
 かつて夜の学園を歩いた時、外でイチャラブカップルを見かけたのを思い出す。佐奈と豚があれになろうとは……

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408 :げらっち
2024/08/08(木) 12:24:33

「兎にも亀にも角煮にも、七海ちゃんが無事で良かったブヒ!!!」
 それを言うなら兎にも角にも、だが……

「うん。でも。楓が無事じゃない」

「え?」と、3人。

 あたしは無事だよ! ってひょっこり出てきて欲しい。
 でも残酷なことに、彼女の青はどこにも無い。
 折角親友になれたのに、喧嘩別れなんて嫌だ。嫌すぎる。そんなことになったら私は一生後悔するし、もう二度と暗闇から出られない。虹の残像さえも、悪しき虚像に変わってしまう!

「とにかく先生たちを探そうや」


 校庭では緊急集会が開かれていた。朝礼用の台の上に先生たちが所狭しと乗り、その周りに生徒が押し寄せている。
「先生、何なんですかあれは!!!」
「また赤坂先生のわけわからないイベントですか!!」
「静まれ、静まれ!!」
 緑谷先生が大声で叫んでいるのが見える。
「と、とにかく全員ここから避難しろ!! 落ち着き慌てず行動しろ!!」
 当の教師が慌てているのに、落ち着き慌てず行動できるわけがない。

 私たち4人は、余りの人の多さに先生たちに近付くことさえできなかった。

 先生たちは大声で何か話している。

「ショットマンが戦闘不能にさせられた!」と黄瀬先生。
「これから全生徒、学園外へ避難します! しっかりと先生たちに従い、迅速に行動すること!」と桃山先生。
「筋二郎! 校長先生との連絡はまだ取れないのか!!」と青竹先生。
「まだだ! 校長室に行って指示を仰ぎたい所だが、ここは生徒の避難を優先させる!!」

 避難などできるのだろうか。
 あの未知の恐怖は、私たちを決して逃がさない気がする。

 それだけではない、不可解だ。
 生徒たちに指示を出しているのはGレンジャーの4人だけだ。

「いつみ先生はどこ?」

 ぴたり、と、静寂が襲った。

 混乱し絶叫していた生徒たちが一斉に鎮まった。沈黙は悲鳴より怖かった。
 先生も生徒も、空を見上げていた。
 私も顔を上げた。


 キラキラと光りながら、円盤から何かが降りてくる。

 あれは。あの赤は。あの光りは。


「いつみ先生」


 私がそう呟いたのを皮切りに、群衆は騒ぎ出す。
「赤坂先生!! 赤坂先生!!」
「助けてええ!!」

 いつみ先生は煌煌と輝きながら、私たちの上空で静止した。中央校舎と同じくらいの高さで。

「いつみぃ。これはどういうことだ?」と緑谷先生。

「これより、戦隊学園は僕の指揮下に置かれる」

 いつみ先生はシュッと指揮棒を上げ、鼻の前にかざした。

 青竹先生が怒鳴る。
「寝ぼけるな。いつみ、降りて来い! 全部お前のおふざけなのか!?」

「寝ぼけているのはきみたちさ。目を覚まさせてやろう♪」

 いつみ先生は指揮を始めた。

「せ、生徒は全員退避しろ!! Gレンジャー、変身だ!!」
 群衆は叫び、散り散りに逃げ出した。
「ブレイクアップ!!」
 青竹・黄瀬・緑谷・桃山先生、4人の教師が一斉に変身する。
「Gブルー!」
「Gイエロー!」
「Gグリーン!」
「Gピンク!」

「学園戦隊Gレンジャー!!!!」

 眩しい程に、それぞれのカラーに輝いている。
 でも、足りない。赤が足りない。戦隊のエースが足りない。
 だからくすんで見える。上空の赤一色の方が、余程輝いて見える!

「Gミックス!!!!」
 Gレンジャーは4色の魔法を混ぜ上空に飛ばした。

「愚かだな。僕という恒星が居なければ、Gレンジャーなどただの惑星。輝けないと気付くがいい」
 いつみ先生は指揮棒を真下に向けた。
 私は危機を感じ、叫んだ。
「佐奈豚公一! 伏せて!!」

「リトルマン」

 指揮棒の先から火炎が噴き出た。それはGレンジャーの必殺技をいとも容易く引き裂いて、その0.1秒後には校庭に直撃した。
「あっはははははは!!!」
 いつみ先生は指揮棒を地をなぞるように動かし、一帯を焼き尽くした。私は目を瞑り、仲間と身を寄せ合って、祈ることしかできなかった。

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409 :げらっち
2024/08/08(木) 12:24:49

 キノコ型の雲は円盤にぶつかり、頭が潰れて扁平になった。
「ごほっ、げほっ」
 咳き込みながら立ち上がる。黒い煙と焼けた匂い。涙が溢れ、咽せ込んだ。
 でも火傷は負っていない。誰かが土の壁で炎から保護してくれたようだ。
「みんな無事?」
「無事ブヒ……!!」
 豚が怪力で地面を隆起させ、大地の盾を作り、守ってくれたのだ。公一も佐奈も無事だった。

 黒煙の中でも、ギラギラと赤い光りは見えている。それはゆっくりと降りてきて、黒焦げの校庭に着地した。

「いつみ先生」

 彼が指揮棒を軽やかに振ると、立ち込めていた黒煙は吸い込まれて消えた。
「無事か。やはり僕が見込んだだけはあるね♪」

「ご冗談を。敢えて私たちを狙わなかったんでしょう」

「正解♪」

 またいつみ先生流の試練だろうか。そうは思えない。
 Gレンジャーの先生たちは変身が解け、煤けて転げている。
 生徒たちは校庭から一目散に逃げて行き、校舎や木の陰に隠れてこちらの様子を伺っている。誰も戦いを挑んでこない辺り、戦隊学園の生徒としてどうなのか。それほどいつみ先生の力が絶大ってことか。

「あなたの目的は知らないけど、こっちの要求は1つだけ」
 私は指を1本立てた。そして、天に突き出した。
 彼女は、天に、あの円盤に、赤坂いつみに連れ去られたんだ。 

「楓を返して」

 だが先生はおどけて首を横に振った。
「それはできないね」

「どうして!?」
 先生は私の光りだった。それが何故私の光りを奪うのか。
 私はもう一度楓に会って、ごめんなさいって言わなきゃいけないんだ!

「先生は私に虹の描き方を教えてくれた。虹の掛かる場所に案内してくれた。私なら虹を作ることができるって言ってくれたのは、真っ赤なウソだったの!?」

「そういうわけでは無いさ。きみの願いは叶えてやったろう。きみは青空に掛かる虹を見ただろう」
 私は戦ー1の決勝でブルースカイを奏で、音階による疑似的な虹を見た。
「だから僕の願いも叶えてくれよ。世界の願いを成就させてくれよ」

「先生の願い? 世界の願い?」

 先生はゆっくりと指揮棒を振りながら、語り出した。
「戦隊学園は確かに戦隊の学園であり、怪人を殺す戦士を作る場所だ。逸材が見つからなかった場合でも世界を耕す必要はあるからねえ。でもきみたちが見つかった。《赤の世代》の、《7色の人材》が。これからはもっと大胆に、かつ根本から、世界にアプローチできる」

 何言ってるんだこの男は……?

 すると、佐奈が私のパーカーの裾を引っ張っていた。
「逃げよう七海さん。すっごくいけない予感。あの先生は味方じゃない」

「先生が話している時は私語を慎め!!」
 指揮棒が振り下ろされた。地面から炎が吹き上がり、佐奈は悲鳴を上げて飛び退いた。
「佐奈!!」
 ゴン! ゴン!
 失望が私の胸をノックする。動悸が早まり、荒く息をする。
 私はいつみ先生を心から信用し尊敬していた。彼は希望だった。だが彼は、私の仲間を攻撃した。先生でも何でも無い。
「よくも!!!」
 戦隊証が無いので変身できない。私は強引に魔法を演繹し、氷の塊を投げ付けた。だが炎により簡単に壊された。

 赤坂いつみは有邪気に笑っていた。

「これより7つのニジストーンが、乱れた世界を美しく染め直すだろう♪」

「ニジ……ストーン?」
 聞き慣れない語句だ。
 だがその真意を正そうとするより先に、赤坂いつみは指揮棒をピンと掲げた。

「まあ楽しもうじゃないか。世界が着床する、その序曲と行こう♪」


【 ブレイクアップ 】


 それは曲名なのか。
 戦ー1でピアノマンに操られていた時のような、大迫力の名乗りは無かった。
 ただその場に居た全員が、当然の様に変身した。公一も佐奈も豚も、校庭の周りで様子を窺っていた多くの生徒たちも。アハムービーのようにごく自然で、下手したら変身したことに気付けなかった。それも無理ない。変身は内なる力、真の姿の解放。変身前と実質的には何も変わらないのだから。
 変身していないのは戦隊証を持っていない私だけだ。私は公一たちを見回した。
「ど、どうしたの? 変身して全員で挑めば、赤坂いつみを撃破できると踏んだの? 待って今は不利だタイミングが――」
 だが皆の狙いは赤坂いつみでは無かった。


 私だった。

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410 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:18

「1撃サンダー!!」
 閃光と雷鳴、私に雷が落ちた。危うい所でかわしたが生身の私が受けたら致命傷に成り得る攻撃だ。空間が痺れ全身が震えた。技を発動したのは黄色い戦士。
「さ、さな、なにす、」
「がぶりブレイク!!」
 次はピンクの巨体の戦士。豚が正面から突っ込んできて、私の体を拘束した。
「うぐう、重!!」
 100キロ超えの重量に真っ向から掴まれ押される。地面を踏みしめ堪えるも、相手の半分程度の体重の私に相撲が取れるわけが無く、砂埃が上がり、全身の骨が反って折れそうだ。
「やめて豚ノ助!!」
 そんな私たちに向け黄色い戦士は大技をチャージしていた。彼女に電気が集まっていく。狙いは私と豚。丸ごと破壊する気だ!!
「やめて佐奈!! 私も豚も仲間だよ!! 豚離して、あなたもやられちゃうよ!」
 攻撃の手は緩まない。豚は自分ごとやられることをいとわないようだ。

 どうしたんだ。仲間意識はどこに行ってしまったんだ!!

「雷ドラゴン!!」

 佐奈が電気の竜を解き放った。
「ごめん豚!!」
 私は彼の腕に思いきり噛み付いた。流石にダメージが通ったようで、豚は私を離す。その一瞬の隙に豚の両足の間に滑り込み、くぐり抜けるように逃走。電気の竜は豚にぶつかり爆発した。
 豚は悲鳴を上げることもなく、その上半身は爆炎に飲まれた。
「ごめん……」

 変身した学園中の戦士が、校庭の真ん中で争う私たちに向けて、武器を振り回し、或いは魔法を振りかざし、雪崩のように押し寄せていた。
 戦隊証が彼らを操っているのだ。戦隊証は入学時に赤坂いつみから与えられた物。

「赤坂いつみは!?」

 あの元凶は何処だ。
 空を仰ぐ。赤がキラキラと光りながら円盤に吸い込まれて行った。
「くっそ……!」
 私はダンと地面を蹴る。
 孤立無援、まずはここを切り抜けなくては。どうすればいい。

 ちら、振り向いた。
 緑の戦士が苦無を装備し、刃をこちらに向けていた。
 彼までもが。

「公一、お願い目を覚まして!!」

 公一は構えの姿勢を取ったまま、一言も発さない。

「私たちコボレンジャーの仲間だよ!! 友達だよ!! あなたのこと、好きなんだ!」

 私は両腕を開いて、友好の姿勢を取った。
 だがそんなものが通じるはずが無かった。絆の何と脆い事か。
 私は右頬に熱を感じ尻餅を突いた。砂に赤い斑点ができた。公一は私に斬り掛かったのだ。右頬を触ると裂けていて、血管が空気にさらされる鋭い痛みと、血の溢れる無情さと、公一との関係でさえ術に打ち勝てなかった悲しさで、どうしようもなくなった。

 公一は血塗られた苦無を持って、数秒硬直していた。呆然としているように見えた。
 だがすぐに攻撃を再開し、再び私に斬り掛かった。変身もできない。魔法も使えない。そもそも変身できたとして、仲間に攻撃できない。

 逃げなくちゃ。
 私はがむしゃらに走った。襲い来る生徒の波を掻き分けて、殴られ蹴られ掴み掛かられ切られ焼かれながら、とにかく逃げた。

 森に逃げ込む。

 マリオネットのように操られた戦士たちが、うろうろ徘徊し、私を探している。
 私は息を潜めつつミコレンジャーの神社に走った。
 こんな状況だが金閣寺躁子ならどうだろう。あの女は魔法クラスでトップの成績を収める、赤坂いつみの補佐役だ。もしかしたら戦隊証の洗脳に対する呪詛返しも心得ているかもしれない。

 神社には、金角と銀角の如く、ミコゴールドとミコシルバーが居た。

「金閣寺先輩、助けて!」

 だがそう甘くは無かった。2人も例外では無く、無言で容赦の無い攻撃を仕掛けてきた。私は森を逃げながら叫ぶ。
「目を覚まして! 露骨に肋骨が折れた! ほら面白いでしょ!?」
 いつもなら金閣寺をよじらせることができる寒ギャグも役には立たず、金の戦士はお守りを振り回し攻撃してきた。

 学園の全員が敵か。
 絶望で目の前が暗くなり、そのまま崖から落ちた。

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411 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:36

 目が覚めると、いつかわからない時、どこかわからない場所で、誰かわからない人に乗りかかられていた。
 くすぐったいような、きもちいような、気持ち悪いような、ねちょっという粘液を感じる。
 顔を、舐められている!?
「やめて!」
 私はその人の顔を押して遠ざけた。癖っ毛の黒髪に愛らしい顔立ち、見覚えのあるこの顔は。
「気が付いたか? ナナ」
「凶華!!」
 我が愛犬だ。私は起き上がった。ここは凶華のテントの中じゃないか。
 全身に重い痛みを感じた。私の体は切り傷や擦り傷だらけ。服はあちこち破れ、膝は剥けて血が滲み、腕には火傷まであった。
「傷付いてるナナを見つけたからここに連れて来たんだよ」
 凶華はキスできるくらい近付いてきて私の右頬を舐めた。
「やめてったら!」
 私は勢い余って凶華をはたいてしまった。右頬を触る。公一にやられた傷は癒されていた。
「ありがとう……でも、血液感染ってものがあるからね? 他人の血や傷口を舐めちゃダメだから」
 凶華は、くうんと言ってすり寄ってきた。私はその犬を思いきり抱き締めた。

「無事で良かった……!!」

 例えるなら外国で邦人に出会えたような、宇宙の遠い星で地球人に出会えたような、救い。
「心細かったよ……」
 洗脳を免れたのは私だけじゃなかった。私はきつくきつく犬を抱いた。
「でも凶華、どうして助かったの? 戦隊証は?」
「戦隊証? あーね、どこかに落としちゃってね……」

 なんたる不用心。だがそのお陰で戦隊証の呪縛から逃れられたのか。

「ま、例え戦隊証持ってたとしても、そんなよくわかんない術にオイラがかかるわけないけどな! にしてもすげー状況だよな! 門はどこも封鎖されて外には出れないみてーだし」

 凶華は頭の後ろで手を組んで、ゴロンと寝転んだ。

「赤坂いつみが学園の全権を掌握した」
「ほらオイラの言った通りだろ? あの先公は嘘臭いってな」
「うん、そうだったね……疑ってごめんね……」

 凶華の嗅覚は鋭敏で的確だ。私のポンコツの共感覚なんかよりずっと。
 私がもっと早く、凶華の話に取りあっていれば。

「私のせいだ」

 全部私のせいだ。

「私が虹が見たいばっかりに、自分のためだけの願いで、赤坂いつみを妄信して、大事なみんなを、こんな目に遭わせた。私はリーダー失格だ」

 凶華はテントの天井を仰いで、足を組んでぶらぶらと揺らしていた。
「後悔はもういいから、先の話をしろよ」

 その通りだ。

「お願い、みんなを助けたいんだ。協力して」

「一体どうする気だよ」
「それは……」
 ノープランだ。
 楓は浚われ、公一たちは洗脳され、学園の生徒全員が敵。教師陣はやられた。校長先生は、どうしているだろう。みんながみんなバラバラだ。
 考えるんだ七海。
 アウェイで、1人でも味方に巡り会えたことで、論理的思考が戻ってきた。
「……1人ずつで良いから味方を増やす。私は1だったけど、あなたに会えて2になった。これだけでもかなり心強い。少しずつ戦力を増やして行けば、必ず赤坂いつみから学園を取り戻せる」

 リアリストはこう言った。
「オイラに何の得があるの?」

「え?」
 耳を疑う。
「友達を助けるんだよ!」

「オイラに友達は居ねえよ。ご主人様のナナだけだ。オイラはどこでも生きて行けるし、死ぬときは死ぬ。学園がどうなろうとオイラには他人事だぜ☆」

 そう言うと犬は寝返りを打って、私に背を向けてしまった。
「そんなの友達じゃないよ!!」
 私はつい怒鳴ってしまった。落ち着け、大切な仲間に向かって吠えるんじゃない。
 そもそも私に、友達の何たるやを語る資格があるだろうか? 戦隊学園に入るまで友達らしい友達の居なかった私だ。結局は友情など脆弱なものかもしれないし、凶華の言うような主従関係の方が強いというのも一理ある。私は友達と思っていても、私みたいな酷いリーダーを、誰も信頼してくれていないのかもしれない。その綻びが、楓との絶縁、公一たちの洗脳につながったのではないか。


 結局私は、


 元の1人ぽっちだ。

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