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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
┗156-167
156 :げらっち
2024/06/01(土) 13:07:51
第14話 黒星
6月3日 金曜日 赤口
学生食堂にておひるごはん。
私・楓・佐奈・豚ノ助の4人。
公一だけは夜の授業に備えて寝てるけど、コボレのメンバーでそろって食事できるのは嬉しい。中学校では毎日ボッチ飯だったから……
「5月25日、占星戦隊ウンメイジャーに負けを予言されるも、ブチ切れてコボレーザーで吹っ飛ばす。同27日、私と楓の部屋に侵入者があった。寝込みを襲うチャバネ戦隊ゴキブレンジャー。虫よけスプレーで撃退。同31日、毒草戦隊ポイズンジャーが夕食に毒を仕込むも、私たちは補習を受けていて食堂に行くのが遅れたので難を逃れる。6月1日、公一がトイレに忍んでいた暗殺戦隊アサシンジャーに狙われる。私たちが駆け付け、便槽内に閉じ込める。同2日、親父笑隊ダジャレンジャーが勝負を挑んできた。おやじギャグ対決でコボレの勝利……」
私は日記帳を読み上げた。華々しい様な、そうでも無い様なコボレの戦績が綴られている。
それでもこれだけは言える。戦ー1の優勝予想で見事最下位に輝いたコボレンジャーは、未だ敗退していない。
泡沫戦隊を振り払えるくらいには私たちは実力をつけてきた。
「これ見てよ!」
向かいに座る楓が、菓子パンをボロボロこぼしながら、《週刊☆戦隊学園》を開いて私に見せた。
「残り100戦隊切ったって!! 案外楽勝じゃね?」
楓は立ち上がると、エンディングに流れていそうなダンスを踊った。
「頑張れコボレ! ふんばれコボレ! あほでも駄目でも本気でドカン! 略してADHD!」
「それ面白いね。でも手強い戦隊だけが残っているとしたら、ここからが本当の勝負なんじゃない?」
「えー、七海ちゃんマイナス思考!」
「現実主義と言ってほしいんだけど」
すると、隣に座っていた佐奈がガタッと立ち上がった。
「チビって言うな!!」
佐奈は立ち上がったとしても座っている私くらいの背しかなく、チビと呼ばれると親を殺されたレベルで憤る。まあ佐奈は両親を毛嫌いしてるので親を殺されるよりチビと言われる方が怒りそう……という一抹の邪推は忘れよう。
「あー、またさっちゃんの地雷を踏んだの?」
楓が豚をなじった。
「ええ? 今はチビって言ってないブヒよ!!」
佐奈の向かいの巨漢は困惑し、豚っ鼻をひくひくさせていた。
「佐奈ちゃんの唇にパンが付いてるよ、って言ったんだけど……」
私は察した。
「成程、くちびるがチビに聞こえたのか」
「え……」
佐奈はきまり悪そうに、唇に付いたパンのカスを手で取り、パクっと食べた。
「でも七海さん、この豚はうちのことをチビって思ってるんだよ!!」
「思うだけなら自由ブヒ!」
「あーやっぱり思ってるんだ!!」
いっつもこの調子だ。
そういえば、佐奈や豚がコボレに加入したのも、この食堂での出来事だ。なつかしい。
豚は元々、食事の列を割り込みし、佐奈をチビと呼んだいじわるな豚だった。
でもこのところは大人しく、むしろコボレの中では温厚な立ち位置になっている。
それでもどうしても佐奈とは豚が、いや馬が合わない。
カラフルなメンバーを集め、虹を作る、それが私の目的。
だのに、ちぐはぐなメンバーはカラーが濃すぎて調和できず、7人どころか5人でもまとまりが無い。先行きが少し不安になってくる。
私は立ち上がって、両者を仲裁する。
「いい加減にして。佐奈も豚も、コボレンジャーの大事なメンバーだから。仲間割れはやめて。敵は他に居るでしょ?」
ドスン、揺れが走った。
「ねぇ七海ちゃん。喧嘩してる場合じゃ、ないみたいだよ……」
再び、ドスン。
楓が不穏な表情で、私の後ろを指さした。
私はゆっくり、振り向いた。窓の外に巨大な影が見えた。
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157 :げらっち
2024/06/01(土) 13:08:12
戦隊学園の校庭は広い。
レッドグラウンドは、東京ドームが四人兄弟だったとしてもすっぽり入るほどの広さだ。
そこに現れたのは、中央校舎の5階にまで背が届く巨人。私たちの居る食堂が5階にあるので、巨大な頭部が見えている。
全身が迷彩色。こんなにデカければどこにも隠れられないから迷彩は役に立たないだろうに。
私は食堂の窓を開け放ち、風と熱気を呼び入れた。少し眩しいが、これは見なきゃ損をする。
私たちと同じように多くの生徒が窓から身を乗り出してロボの挙動を見てるようで、ざわめきが感じられた。
人の数と同じだけの関節を持つロボは、腕や足を屈伸させていた。
「ロボットだ!! 本当に動いてる」
「準備体操しているみたい」
「ロボなのに!?」
「ねぇ、何が起きてるの……?」
佐奈は窓まで身長が届いていなかった。
「見たい? 見たいよね」
私はそんな彼女の脇に手を入れ、後ろから持ち上げようとしたが。
「お!」
予想以上に重くて断念した。重いと言いそうになったが、チビと同じく佐奈の逆鱗に触れるかもしれないので、言い留まることができて良かった。
小さい割に、重い……きっと私や楓とは違う物質で構成されているのだろう。
「だいじょうブヒ?」
豚は佐奈を軽々と肩車した。
「きゃあ!! 子供扱いすんな! おろせ~!!」
巨大ロボの頭部はコクピットになっているようだ。腹話術の人形のように口が開閉し、人がスピーカーで話しているような声が発せられた。
『こちらアーミー電兵隊。ジュウキマン、待ちくたびれたぞ。早く出てこい! どうぞ』
ロボは右腕を曲げてまるで腕時計を見るかのような仕草をした。そこには砂時計が取り付けられており、砂は落ち切ろうとしていた。
『タイムアウトの不戦勝かな? これでアーミー電兵隊の勝ち星は10つ目だ! はーっはっは!!』
すると向こうの森から、5つのロボが木をなぎ倒してグラウンドに侵入してきた。黄砂が舞い上がる。
アーミー電兵隊のロボは身構えた。
「あれが相手のロボブヒ?」
「いや、あれは……」
それは重機だった。
赤いパワーショベル・青いブルドーザー・黄色いオフロードダンプ・緑色のミキサー車・桃色のクレーン車が、砂煙を上げて現れた。そのどれもが、規格外にデカい。
「七海ちゃん、あれ見たことあるよね。あたしたちが機械クラスの見学に行った時、整備されてたやつだよ!!」
5台の重機は横一列に並んで止まった。
突如、上空に真っ赤なヘリが飛来した。
『レディース&ジェントルメーン! なんて、古い声かけは使いマセンよー! ジェンダーレス! 心はレディーのジェントルメンも! 見た目はボーイのガールズも! 戦ー1注目の一番で御座いマス! 実況はわたくし、配信戦隊ジッキョウジャーの実況者YUTA!』
何だこれ。
『片やアーミー電兵隊! 優勝予想5位に輝いた、エリートファイブの対抗馬デス! 今回は満を持して、自作の巨大兵器・アーミーロボで勝負を挑む!! その戦力や如何に?』
迷彩柄のロボは、筋肉があるわけでもないのにマッスルポーズを取った。
校舎から歓声が湧き上がる。
『対するは建築戦隊ジュウキマン! 力仕事はお手の物、古くなった男子寮を改築したのもこいつらデス! デザインジャーに発注した兵器で勝負を受けマス。購入額は驚きの……おーっと、早速合体を始めマシタよ!』
まるで工事現場の近くに居るかのような騒音が響いた。5台の重機は変形を始めた。
アーミーロボはライフルを向けたが、合体中の重機の周りには巨大なカラーコーンが置かれ、「工事中 決して攻撃しないで下さい」との看板がいつの間にか立てられていたため、アーミーロボは大人しくそれに従った。
オフロードダンプが荷台を下ろし、その上にブルドーザー、更にその上にパワーショベル、ミキサー車、クレーン車が乗る。まるで重機の組体操だ。
荷台が上がると、オフロードダンプの四輪は強健な脚となり、ブルドーザーは胴体を守備するブレードとなった。
ミキサー車は右肩に位置し、ドラムから右腕が出現。クレーン車は左肩に位置し、長いクレーンを地面に垂らした。
パワーショベルは胸から首を形成し、首から頭の代わりに大きなショベルが伸びているという奇抜な格好になった。
人のカタチからはかけ離れている。しかしその大きさは、見る物を圧倒した。
『完成、獣機王(ジュウキオウ)』
関節からスチームが噴き出した。
私も楓も豚も、顎が外れてしまったのか、口をぽかんと開けたまま、この現実離れした光景を、まばたきもせず見つめていた。
豚に担がれていた佐奈が呟いた。
「でか。これってもう無理ゲですよね」
アーミーロボは既にちっぽけに見えた。
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158 :げらっち
2024/06/01(土) 13:09:48
『それでは試合開始デス! アーミーロボvsジュウキオウ、勝つのはどっちだ?』
試合開始のゴングが鳴ったが、勝敗は既に見えていた。
ジュウキオウはアーミーロボの2倍、約30メートル。中央校舎10階に届くほどのタッパがあり、どんなに高い棚の本でも台を使わず取れそうだ。
オマケに「ジュウジュウジュジュウ~ジュウキマン~」と、ジュウキマンのテーマソングが流れた。「地盤を貫く~~建設の刃!!」
それでもアーミーロボは強大な敵に立ち向かった。
アーミーロボは私たちに後ろ頭を見せ、小銃でジュウキオウを射撃する。パンッ、パンッと弾が直射する。ドーザブルの硬いブレードは、ライフル弾を簡単にはじいた。
ジュウキオウはじりじりと前進してくる。アーミーロボはダガーナイフを装備し、持ち前の俊敏さを活かし、跳躍した。しかし。
『ショベルアッパー!』
ジュウキオウの上半身が一回転。鋼鉄のショベルがアーミーロボの華奢な身体を叩き、吹き飛ばした。
「こっちに来る!」
私は楓たちを窓から引き剥がし、伏せさせた。
アーミーロボは私たちが身を乗り出していた部分の壁に激突し、建物全体が大きく揺れた。
倒壊どころか窓1枚割れないあたりは、流石は戦隊の養成学校である。私は窓から下を見た。アーミーロボは校舎にもたれかかるように倒れていた。
『お~っと、これは痛い一撃! アーミーロボ、大丈夫デショウか!? 学園中から失意と落胆のため息が聞こえマス!』
アーミーロボは何とか立ち上がった。
『戦ー1優勝するのはアーミー電兵隊だ。どうぞ』
しかし既にガタがきていた。あちこちから火花が飛び散り、ぎくしゃくと動いている。敗色が濃い。
それでもジュウキオウは一切の容赦を見せなかった。
『クレーンキャッチ!』
クレーンが伸び、アーミーロボを釣り上げた。
『どどどどどうぞ』
ジュウキオウは上半身をぐるぐる回転させ、アーミーロボはヨーヨーの様に成す術なく振り回される。しまいに空中に放り出された。
『ああっ! アーミーロボ!』
生徒たちの悲鳴が漏れる。アーミーロボは最期の悪足掻きを見せた。空中で左腕を狙撃銃に変形させたのである。
『スナイパーライフル!』
でもジュウキオウの底力はこの程度では無かった。
『コンクリート砲!!』
ジュウキオウの右腕が大砲に変形し、ミキサー車のドラムからコンクリートの砲丸がドムッ、ドムッ、発射される。
1発目は外れたが、2発目が上空のアーミーロボにクリーンヒット。
アーミーロボは無残にも、空中でバラバラに破壊された。手足がに向こうの森に墜落し、爆炎を上げた。
巨大ロボはいとも簡単に消し飛んでしまった。
『解体完了』
ロボに乗り込んでいたアーミー電兵隊はというと、辛くも脱出したようである。空に5つのパラシュートが見えた。
校舎から一部始終を見ていた生徒たちは一瞬、沈黙していた。
非現実的な巨大兵器の衝突とその破壊力を目の当たりにし、呆然としていたのである。だが次の瞬間には拍手喝采が湧き上がった。
『す、素晴らしい! 戦隊学園の開発力が、ここまで進化していたとは! わたくしも感激デス! デザインジャー製にハズレなし! デザインジャーに兵器の注文が殺到するのは間違いありマセンねー! して、勝者は建築戦隊ジュウキマン! 素晴らしい戦いを見せた彼らに、拍手を!!』
スタンディングオベーションだ。
『この戦いはわたくしのYUTAチャンネルで見逃し配信する予定デスので、是非チェックを――』
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159 :げらっち
2024/06/01(土) 13:10:19
「佐奈待って!」
多くの生徒が、ジュウキオウと同じ目線になろうと階段を駆け上がっていたが、私は違った。
階段を駆け下りる佐奈を追いかけていた。興奮して階段を登る生徒たちの合間を、するすると縫ってゆく佐奈。こういう時、小柄は役に立ちそうだ。
私はすれ違う人々と何度も肩をぶつけながら、飛び降りるように佐奈との差を縮めていく。どうやら彼女は地下にある機械クラスに行くつもりらしい。
喧騒の去った1階の廊下で、ようやく彼女に追いついた。
「待ってよ!」
私は佐奈の両肩を掴んだ。
佐奈は振り向く。私はドキっとしてしまった。
佐奈が涙目だったからである。
「ど、どったの?」
「あんなの見せられて、同じ機械クラスとして黙ってられるわけない。デザインジャーにはさんざチビって馬鹿にされたし、早くうちもおっきいロボ作って、見返してやりたい」
確かに佐奈は4フィート8インチ程度と小さい。私はつい、佐奈の頭を撫でようと手を出してしまったが、咄嗟に引っ込めて自分の唇を掻くのに使った。佐奈は子供扱いされるのが嫌いだ。
慰めようにも難儀する。
私は言葉を選んだ。
「コンプレックスって辛いよね。私もコンプレックスの塊みたいなものだから」
佐奈は黙りこくる。
「小中学生の頃は白いのをさんざ馬鹿にされた。まあ今もだけど。当時は友達も全然居なかった」
「うちも全然居なかった。チビって虐められてたから」
負のマウント取り合戦が始まる。どちらがより深い海溝まで潜れるかの勝負だ。
「私たち、似た者同士だよね。でも今はさ、仲間が居る。みんなで作戦を考えようよ。それが戦隊」
私たちの元に、楓と豚も追いついてきた。
「そうだよ! 同じチームの仲間じゃん、さっちゃん!」と楓。
佐奈はちょっとだけほだされそうになったか、ジャージの裾で涙を拭いた。
「ブヒブヒ。仲良くするブヒ。ね、さっちゃん?」
豚のこの一言は余計だった。
佐奈は卑屈に早戻り。
「あのさぁ……あんたもうちをチビって言ったよね? 馴れ馴れしく呼ばないでくれる。うちの恨みが消えると思ったら、大間違いだからね。末代まで持ち越しますからね? まあうちの遺伝子は当座で消えそうだけども」
私はつとめて明るい声を出し、何とか場を取り繕う。
「と、とにかくさ! 寝てる公一も叩き起こして、5人で巨大兵器について作戦会議しようよ」
「おい、チビ共」
誰かの声。
「チビって言うな!!」
佐奈は憤慨した。でも今は、チビという言葉は佐奈1人ではなく、私や豚も含めた全員に向けられているようだった。
廊下の向こうから、巨漢の集団がやってきた。
全員が着物に身を包み、髷を結っている。豚と同じくこれは力士の格好だ。全員が豚よりもはるかにデカい。皆2メートル以上あるように見えた。これならば180センチあろうとチビ扱いになる。
私は佐奈たちを守るように、巨漢の前に立ちはだかった。
「今取り込み中。あなたたち誰?」
「相撲戦隊ドスコイジャーだ。お前らオチコボレンジャーに、戦ー1の勝負を挑みたい」
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160 :げらっち
2024/06/01(土) 13:10:39
「俺はヨコヅナレッド・赤鵬だ」
名前からしてドスコイジャーで一番の実力者と思われる巨漢。
身長は目測220。炎の模様の赤い着物、大銀杏の乗った、岩のような頭。刃物のような鋭い眼がこちらを見下ろしている。
「大和魂!! のフェアな勝負を挑みにきた。おい大口、てめぇに用がある」
赤鵬が指さす方を見ると、楓が居た。その後ろには豚ノ助。楓の後ろに懸命に体をしまい込んで隠れている豚だったが、尻は愚か全身が丸見えだった。
「おい大口ィ! 返事をせんか!!」
「ブヒィッ!」
豚は本当の家畜のように叫んだ。
彼の本名が大口序ノ助であることを、私は完全に忘れ去っていた。みんなそうだろう。下手をすると、本人も忘れていたのかも。
「格闘クラスの面汚しめ。ドスコイジャーを抜け出して女共の味方をしているような腐った奴に、力士を名乗る資格はねぇ」
「ピンク色のお前は女の戦隊がお似合いでごわす!!」
「キャバレンジャーにでも入隊するでちゃんこ!!」
赤鵬の周りの力士が茶々を入れた。
「男女平等だよ!!」と楓。
赤鵬は自戦隊から脱走した豚を痛い目に遭わすために、勝負を挑みにきたのだろうか。
いや、そうではないだろう。これも天堂茂の差し金に違いない。
天堂茂は授業参観の際、私たちに救われた。そのことが余計に闘争心に火を付けたのだろう。コボレンジャーを潰そうと躍起になっている奴の姿が、容易に想像できた。
「これは相撲の勝負だ。俺たちは7人」
赤鵬の後ろには、彼に負けず劣らず大きな6人の男たちが並んで居た。
彼らは壁のようになって廊下を完全に塞いでおり、通ろうとしている生徒たちは迂回する必要があった。
「大口、てめぇは1人だ。てめぇは一日一番、俺たちと相撲を取る。てめぇが勝ち越せばオチコボレの勝ち、負け越せばドスコイジャーの勝ちだ。フェアなルールだろう。これぞ大和魂!!」
赤鵬は腹をポンッと叩いた。大和魂とはいったいどういう意味だろうか。
豚は小さい声で言った。
「僕にはできない」
「逃げるのか? 小心者の豚野郎。お前はもう力士を諦めるということだな?」
「戦隊はチーム戦ブヒ。僕が挑発に乗って、コボレンジャーを負けさせてしまうわけにはいかない。断髪するブヒ。相撲を捨てても、僕はこのチームに居たい」
豚は挑発に乗らなかった。
でも。
私という人が、煽りには煽りで返す、売られた喧嘩は買う主義の人だということを忘れてはいけない。
「ねぇ、おかしくない?」
私は赤鵬に詰め寄った。身長差により45度以上ナナメ上を見る必要があった。
「何で他人から命令されて夢を諦めなきゃいけないの? 豚、相撲やめないでよ。こんな奴やっつけて、あなたの実力を見せてやればいい」
「小娘が」
パァン!! 風船が割れるような音がして、頭蓋骨が痺れるような痛みが走った。危うく倒れる所だったが、何とか2本しか無い足でバランスを保つ。耳がキンとして左顔面が無感覚になる。私は頬を押さえた。ジンジン、熱く疼いてきて、自然と涙が垂れた。
「七海ちゃん!!」
後ろで楓が叫んだ。
「女の子に手を上げるなんて!」
「男女平等だとお前が言ったんだろう」と赤鵬。
赤鵬は私に容赦なく張り手をした。奴の掌は私の顔ほど大きく、板を張ったように硬かった。
正直、泣くほど痛い。でも気持ちで負けたくはない。歯を喰いしばり、私は言った。
「……ふぅん。一般人に手を出ふのは格闘家とひて最低だね。ゲホッ。そもそも、押し付けルール自体がフェアじゃない。5vs5の勝負にしようよ」
「ふざけんじゃねえ!!」
鋭い突きがあった。胸元に衝撃が走り、臓器が挫滅したような、内側から体を抉られるような感覚があった。苦しい。呼吸が止まる。
両足が地面を離れ、私は後ろに飛ばされていた。
力士の手は武器になる。1人の人間が兵器に匹敵する力を持っているのは驚くべきことだ。肉体を強化し、常人なら一撃で死んでしまうような立ち合いを何番も重ねて、豚は頑張っていたんだ。一瞬のうちに思考が目まぐるしく回ったため、景色がスローモーションのように見えた。
ドンッ、背中から何かに突っ込んだ。それは硬い壁ではなかった。柔らかい、人肌だった。
豚が私を受け止めてくれていた。
豚は低い声で言った。
「僕のことはいい。でも、七海ちゃんに手を出した奴は許さない。ごっつぁんです、受けて立つブヒ」
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161 :げらっち
2024/06/01(土) 13:11:07
格闘クラス専用体育館の特長は、なんといっても土俵があることだろう。
国技館のようなこの場所は、格闘系戦隊のぶつかり稽古に使われる。
日曜から始まる1週間、一日一番、相撲を取る。
今日がその日曜だ。私の嫌いなお日様の牛耳るこの曜日、豚ノ助とドスコイジャーの初顔合わせが行われようとしていた。
西の支度部屋で、豚は最後の調整をしている。私と楓はその様子を見ていた。
豚は壁をドンドン突きながら言った。
「相撲は初日が大事ブヒ。特に、押し相撲では」
豚は半裸で、ピンク色の廻しを締めていた。ぷよぷよの贅肉が廻しの上に乗っかっている様はしまりが無い。
「押し相撲って何?」楓が尋ねる。
「相撲の型は大きく分けて2つ。押し相撲と四つ相撲があるブヒ。つまり四つ相撲っていうのは……」
豚は突然、楓のスカートのすそを引っ張って抱き込んだ。
「きゃあ!」
「廻しを掴んで組み合うのが四つブヒね」
「わ、わ、包容力やっば!」
裸のデブに抱き締められて、楓は何故か顔を赤くしていた。
四つというのは2人の力士が4つの腕で組み合うという意味らしい。
「組まずに相手を突き押しのみで攻めるのが押し相撲。僕はこのスタイルブヒ」
「単純な豚にはぴったりのスタイルだな」
私がそう言うと、豚は照れ笑いしていた。皮肉のつもりだったんだけどな。
私は壁に寄っかかって、対戦相手表をチェックした。
初日 ジョニダンオレンジ・大橙
二日目 ジュウリョウイエロー・魁黄
三日目 マクジリベージュ・肌毛海
四日目 ヒラマクグリーン・江戸緑
五日目 ヒットウブルー・青竜丸
六日目 オオゼキブラック・黒ノ不死
千秋楽 ヨコヅナレッド・赤鵬
豚は1人で、この7人を日替わりで相手にするのだ。
最初は序二段を当ててくるとは、様子見のつもりだろうか。それとも舐められているのか。
そろそろ時間だ。豚は私に背中を向けた。
「気合を入れてほしいブヒ」
「オッケー任せて」
押し相撲は、初日勝てば、勢いが付いて白星が伸びると言われている。
ここは勝ってもらわねば。
私は「コボレ!」と声を出し、豚の背中に手のひらをぶつけた。広い背の真ん中に、小さな手形が付いた。
豚は花道をドスドス歩き、土俵へ向かった。
「七海ちゃん、弁当持って観戦席!」
私と楓は通路を走り、客席に向かった。
日曜だというのに客はほとんどおらず、暇潰しに来たと思われる数人の生徒がぽつ、ぽつ座って居るのみ。がらんとしたアリーナは、さながら序ノ口の土俵の様であった。
私たちは西側の升席の座布団に座った。東側の升席にはドスコイジャーたちの姿もあった。そして赤房下には、赤鵬が胡坐をかいていた。どうやら1人で審判を務めているらしい。
「東ィ~、ジョニダンオレンジ。西ィ~、コボレピンク」
呼び出しを受け、豚は土俵に上がる。
対戦相手の大橙はドスコイジャーの中では小柄であり、豚より一回り小さい痩せ型の力士だ。オレンジ色の廻しを締めている。
塵手水を済ませた両者は、「ブレイクアップ」と唱えた。2人とも変身した上に廻しが巻かれている状態となった。戦隊の相撲は特殊で、変身した状態で戦うのだ。
オレンジとピンクの戦士が向かい合い、四股を踏む。
行司が「時間です! 待った無し!」と時間一杯を告げた。
元々静寂だったガラガラの館内が、更に無音に包まれた。
私は静かに両手を握り締めた。相手は小兵、落ち着いて取れば勝てるはずだ。
豚は身を屈め、立ち合いの姿勢を取る。立ち合いは呼吸だ。力士は動きを合わせ、視線を合わせ、呼吸を合わせ、同時に立つのだ。
仕切り線に手をつき、次の瞬間、
豚は全力で、真っ直ぐぶつかっていった。
「残った残った!」
「ブヒ!?」
1秒後、豚はバランスを崩し、顔面から土俵に突っ込んだ。
大橙は立ち合いで右にずれ、「変化」でこの一番を制した。
反対側の升席で見ていたドスコイジャーたちから笑いが起きた。挑発的な注文相撲であった。
私は座布団をぶん殴った。
「卑怯!!!」
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162 :げらっち
2024/06/01(土) 13:11:28
「は? 何あれ? 卑怯ってかクズじゃね? きっも&うっざ略してきもうざ! あんなの相撲じゃないし! 反則だよ反則!! 訴えてやる! 豚、あんなの負けたうちに入らないよ!! ここから六日間が本番だと思って行こ!」
楓は升席を飛び降り豚の元に行くと、脳内のペラペラな辞書からありったけのボキャブラリーを引っ張り出して相手を罵り、豚を励ましていた。
それでも豚は落ち込んでいて、無言で花道を下がって行った。
「楓、今はそっとしてあげよう」
変化とは、立ち合いのぶつかり合いで、相手をかわすことにより白星をもぎ取るという技だ。反則でこそないが、通常は忌まれる。
だが天下のドスコイジャーがコボレンジャーに対し行うのは許されるようだ。それほどコボレが舐められてるってことだ。
私と楓は寮に戻った。
私たちの部屋は、かなりごちゃついている。
私は整理が好きだ。要らない物も要る物もなんでも捨ててしまいがち。世間ではミニマリストと賛美されるが私が思うにこれは自閉症。
楓は私と反対で、何でもかんでもしまわないし捨てられない。程よくごちゃごちゃしているほうが居心地がいいんだそうだ。チョコの銀紙や青りんごの芯や白菜まで散乱している無秩序。
私が片付けても楓がすぐに汚す。楓にとっては、自身が汚しても私によってすぐに片されると思っている。餅つきの要領で、ある意味で阿吽の呼吸である。
今この部屋は私の自閉と楓のADHDの陣取り合戦で、楓に軍配が上がっている状況だ。
「流石、あほでも駄目でも本気でドカン! だよ楓」
すると、物の多い室内に、見たことの無い物があった。茶ぶ台の上に便箋が乗っていたのだ。
それは、昨日から行方不明になっていた佐奈からの手紙だった。
「あれ? 鍵掛かってたのにどうやってここに置いたんだろ?」
私は不審に思いつつもそれを手に取った。そこには意味深なメッセージが書かれていた。
《七海さんの部屋の近くに引っ越しゅぅ》
「どういうイミ?」と楓。
「……わかんないな。隣の部屋は埋まってるし」
隣室の機会的同性愛のカップルを追い出して部屋を奪ったというなら話は別だが。
「まあいいや、あたしシャワー浴びてくるから。早くムカついたのを洗い流さないと!」
楓は赤パジャマ青パジャマ黄パジャマのうち、青を手に浴室へ向かって行った。
どうしよう。とりあえず。
「宿題でもするか」
筆箱を寝床に置いてきてしまった。私は2段ベッドに上がろうと、梯子に手を掛ける。すると変なものが目に入った。
「あれ?」
ベッド脇の床に四角い囲いがあり、取っ手のようなものが付いているではないか。
「こんなとこに床下収納あったっけか」
ストレージがあれば多すぎる楓の私物、というかゴミを何とかできるかもしれない。
私は取っ手を引っ張り、持ち上げてみた。思ったより軽くて拍子抜けした。ちょうつがいを軸に、床の一部が開いた。
「なにこれ!」
それは収納などではなかった。
梯子が階下へと伸びていた。ここは5階なので、4階に続いているのだろうか。
私は好奇心の命令に逆らえず、ギリギリ人が通れるほどの隙間に入り、梯子を降りて行った。豚の様な太った人には通れないだろう。
[
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163 :げらっち
2024/06/01(土) 13:11:51
私の部屋の「真下」に位置する部屋に着いた。
寮の他人の部屋に入るのは初めてだ。しげしげと室内を見回す。
間取りは私たちの部屋とそっくり同じ。でも家具や雰囲気が、まるで違う。別次元に来たような不可思議な感覚だ。
閉め切られたカーテン。ごちゃごちゃした私たちの部屋とは違い整然としており、2段ベッドではなく1人用の、それも子供部屋にありそうな小振りなベッドがあるのみ。
かわりに目につくのは大きな本棚だ。本、本、本がびっしり並んでいる。
「誰も居ないのか……ん!?」
よく見れば人が居るではないか。
子供用の勉強机、背中を丸めてパソコンを打っている小さな人影。擬態しているかのように、部屋の風景に溶け込んでいるがあれは。
「佐奈!!」
モノクロのシックなパジャマを着た佐奈だった。
いつもポニテの彼女が髪を下ろしているのを初めて見た。腰に届くほど長い黒髪は、つややかだ。
「引っ越しゅぅってこういうイミだったの?」
佐奈はキャスター付きの椅子を反転させてこちらを見上げ、丸眼鏡を押し上げた。
「あふぅ……見つかったか。まぁわざと見つかるように誘導したんですけどね。相部屋の奴が生理的に受け付けないので引っ越してきました。よろしくです」
確かに真下なら「近く」と言える。
「よろしくです」
そういえば佐奈は以前、ルームメイトの人が嫌いと言っていた。
「相部屋の子、どんなだったの?」
それに対する佐奈の科白はこうだった。
「ハァ。それを問うか。話題にするのもヤだけど七海さんが知りたいって言うなら特別教える。他の人には言わないからね? 七海さんにだけひっそりこっそりお話するんだよ? ハァ……やっぱりヤだな。でも覚悟して言う。ちょっと深呼吸だけさせて下さい。はぁぁ~。落ち着くう。じゃあ言うね。あのね。相部屋の牛島クラビット愛理って奴は、毎日してたの。何をって、アレを。アレだよアレ。何だと思ってるの? 違うよ、通話だよ通話。つ・う・わ、わかる? Gフォンの通話機能ですよ。それもブサボの大声で。うるさいったらありゃしない。お耳が馬鹿んなっちゃいますよ。あーまだ幻聴が聞こえる。こら他人の話は最後まで聞きなさい話の味噌はココからです。でさ、そいつの相手が誰だと思う? は? 家族? んなわけねーだろ家族なら許せる。友人でもまだ……ギリ許せる。こちらの精神状況にもよりけりだけど。じゃなくって。ほんともうお前は勘が悪いな。男の人なんですよ。そう。カレシなんですよ!! わけわかんなくない? こっちは生を受けてこの方15年以上カレシのカの字も居ないのにあいつは10歳の頃から付き合ってるとか言って平日は4時間土曜は10時間日曜なんて12時間くらいいちゃらぶ通話してんの1日平均約6時間ですよ頭おかしくないっすか1日の4分の1ですよクウォーターですよいや別にうちがカレシ欲しいとかそういう意味じゃない絶対にない欲しくないうちの嫁はロボなんだ。けど聞いてると反吐が出そうになるんですよ実際吐いた事も2・3度。好きとか愛してるとか学園の外に居るカレシに早く会いたくてうずうずしちゃってるんだとか知るかよせめて外でやれようるさくて作業に集中できねえっつってんだよよく寝れねえんだよこっちはよ1人部屋じゃねえんだから配慮しろよそりゃあこっちだって独り言ブツブツ言いながら作業してるけどさまるでうちの存在が無いかのように大っぴらにいやん♡とか言ってるとぶっ殺したくなるんだよ死ねよいや死ぬ程の大罪でも無いか温情を与えてやろう別れれば許してやる別れろよそれかリア充全員ブスに整形してやるよ身長縮まして太らしてやるよやりたいけどできないので現実逃避の結果先生に6時間にわたり直談判して特別に1人部屋OKにしてもらいこの部屋に移住しました。難民です。受け入れて♡」
途中から聴覚が自然と仕事を放棄し音を遮断して視覚優位になったので私は部屋の本を数えるなどして過ごしていたがやっと話が終わったようで、なおかつ最後の言葉にハートが添えられていることだけは認識できたので、取り敢えず「そうだね♡」と返答した。
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164 :げらっち
2024/06/01(土) 13:12:13
溜め込んだ不満を吐き出して、佐奈は少しスッキリしたようだ。
「ついでに通路も作って、こっそり行き来できるように、ね」
「それナイス!」
物はついで、尋ねたいことがある。
「佐奈は豚の応援には来てくれないの?」
佐奈は椅子を反転させそっぽを向いてしまった。
「相撲も見れば面白いよ?」
「でも大相撲は2025年に横綱不在になって協会が不正で無理矢理日本人横綱を作ろうとしてバッシングされて解散してからは、国技としては行われてないはずですよ。腐り切った戦前の伝統を受け継いで何の得があるの」
佐奈はパソコンのキーボードを叩き始めた。これ以上誘っても逆効果だろう。
話題を変えなくては。
私は本棚に目をやった。工学系の本がずらりと並んで居る……と思いきや。
意外なことに、全て漫画本だった。少年漫画から少女漫画、児童向けのギャグから大人向けの恋愛、そして題名からして明らかにBLや、18歳以上向けと思われるものまで……
まあ、そこは触れないでおこう……
「ねえっ、何してるの?」
私は佐奈の背に回り込み、パソコン画面を覗いた。
「勝手に見るなんて七海さんのエッチ」
そこには、こないだの巨大ロボの戦いの動画が流れていた。上空から撮った映像だ。
「ガクセイサーバーのYUTAチャンネルで見逃し配信してるから、見ていたの」
「研究熱心なんだね」
佐奈は動画を一時停止した。ブルーライトを受け、丸眼鏡がキラッと光った。彼女は手元の原稿用紙に定規を当てて線を引いた。彼女はジュウキオウの姿を正確に模写していた。しかも一枚だけではない。様々なアングルからの模写が机の上に何十枚も積み重ねられていた。
「佐奈、絵うまいんだね」
私はそのうちの一枚を手に取ろうとした。すると佐奈はすさまじい勢いで、私からそれを奪い返した。
「おさわりは厳禁ですよ?」
佐奈の三白眼に睨まれ、全身を鳥肌が駆けてった。
「ご、ごめん……」
佐奈は用紙の私の触れた部分を、羽根帚で入念に払った。私の手がそんなに汚く思えたか? 私は自分の指を見て、ムッとした。
「でもすごいね」
「別に、ふつうでしょ。構造がわからなきゃ強さを理解したことにはならないし。見ててね七海さん。うちは絶対、コボレンジャーのロボを作るから」
佐奈は別の原稿用紙を取り出した。そこに描かれているのはジュウキオウではない。
何か人型のものが鉛筆で下書きされていた。
「これ何だかわかる?」
佐奈は、小さな銀のツメの様なものを取り出した。
知っている。
「Gペンでしょ。漫画を描く時に使うやつ」
「ピンポーン」
佐奈は銀のツメをペン軸に刺し、ペン先を黒いインクに浸した。ツメに表面張力でインクがくっついている。
そこからは一瞬だった。
佐奈はシャッシャッと、凄い勢いで下書きをなぞった。私は感嘆の声を出す猶予も与えられず、ただそれを見届けるしかなかった。
用紙に浮かび上がったのは、4体のロボだった。人型のロボが2つと、象型のロボが1つと、あと1つは、蟻、だろうか。
「4体のロボは合体すると、大きな1つのロボになるの。うちならデザインジャーを超える物を作れる」
「でも、1つ足りないよ? コボレンジャーは5人の戦隊。7人集めたいけど、今は5人だ。5人そろってコボレンジャー。それなのにここには4つのロボしかない。4人は戦隊じゃ最も忌むべき人数って、初めて会った時のあなたが言ってたよ」
佐奈は座ったまま顔を上げ、私を見た。丸眼鏡に囲われた、厳しい目で。
「豚の分は無いから」
「まだそんなこと言ってるの? もうそろそろ許してあげてよ。豚はコボレンジャーのために相撲を取ってるんだし、少し陰湿じゃ無い?」
「陰湿、か……」
佐奈は付けペンの持ち手部分を噛んだ。
「そうかもね」
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165 :げらっち
2024/06/01(土) 13:12:50
押し相撲は気迫の勝負。
初日が白星ならばどんどん調子を上げていくが、黒星を喫するとずるずる負けていくジンクスがある。
豚は正にその状態に陥った。
二日目の魁黄戦、再度の変化を恐れた豚は思い切りぶつかることができず、もろに差され転がされた。
三日目の肌毛海戦も気持ちを立て直すことができず、すぐに引いて簡単に土俵を割ってしまった。
豚が負けるたび、ドスコイジャーを応援している観客たちは大喜びした。
そしてゴミを片付けて帰って行った。
自分の応援してる側が勝ったからしているだけだろう。
偽善者って、大嫌い。
0勝3敗、負け越しまで後が無い。
四日目は中堅・江戸緑との対戦となる。
直前になっても、豚は土俵に現れなかった。
私は西の支度部屋に走った。途中、楓と鉢合わせた。
「あたしが言ってもダメだった! 七海ちゃんが行けばたぶん!」
「あの豚!!」
私は支度部屋に突っ込んだ。
豚は畳にうずくまり、柄にも合わず頬をピンクに染め、星粒の涙を流していた。
「豚、何してんの! 時間だよ!!」
今日負ければ負け越しが決まる。それはつまり、コボレンジャーの戦ー1敗退が決まるとうことだ。
戦隊の命運を豚1人の肩に掛けたのは、いくら彼が力持ちであるといえ、重すぎたのかもしれない。
でもやってみなければわからない。勝負に出る前に負けると決め込んでなよなよしているのは、いただけない。こんな調子だから3連敗を喫するんだ。
力士なら勝ちにいかなくては。
「ブヒ……やっぱりこんな勝負受けなきゃよかった……」
「情けないこと言わないで!」
私は彼の顔を思い切り張った。ぴしゃり、音がした。
「……良い張り手ブヒね。」
「相撲は気迫の勝負でしょ? 戦ー1なんて今はどうでもいいから、一日一番に集中してよ。仮にも力士を志したあなたがそんなこともわからなくてどうするの!?」
豚は立ち上がった。
「……そんなことわかってるよ」
花道に向かってのしのしと歩く。
だが急にうずくまり、ごねた。
「ブヒ~! やっぱ無理無理!! 負けるの怖い! 痛いの嫌い! やじられるのやだ、出たくない!」
「あーもうムカつく!! 馬鹿ノ助!!」
私は豚の巨大な尻を土足で蹴った。
「もっと蹴ってブヒ~!」
「言っとくけどこのままだと不戦敗だからね!! どうせ負けるなら土俵に上がってよ!!」
どうせ負けるなら。
そうだ。
秘策がある。
私は屈み込み、地を這う豚の耳元で、囁いた。
「どんな手を使っても白星を取れればいい。1つでいい。1つだけ白星があれば、あなたは変われる」
それは悪魔の囁きだった。
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166 :げらっち
2024/06/01(土) 13:13:05
豚は土俵に上がった。
中日の土俵は、満員大入りとまではいかずとも、初日とは比べ物にならないほど人が入っていた。
風変わりな戦ー1の試合に興味を持った生徒たちが、コボレンジャーの負ける様を拝みにきたのだ。
その大勢の客たちは、大ブーイングを起こすことになる。
豚は立ち合いで、左に変わった。
これは私の立てた作戦だ。
初日に豚がやられたのと同じことをし返す。変化ならばほぼ確実に白星を取れる。
相手の江戸緑は何とか堪えるも不利になり、直後に豚が横から突き落としを決めた。
豚は何とか負け越しを凌ぎ、初日を出した。
しかし変化は好まれない「卑怯な」戦法であり、やった力士は叩かれることが多い。
コボレにとっては完全アウェー。客たちは大声で豚を罵った。
「ちゃんとやれ!」「恥知らずの豚野郎!」等はまだいいほうで、「退学しろ!」「男の癖にピンクの変身しやがって!」等と、明らかに相撲とは関係の無い、人格を否定するような罵声や怒号までが飛んだ。
そして観客たちはゴミを撒き散らして帰った。
勝ったというのに、豚の落ち込み方は異常だった。
「ほんとあいつら最っ低! 最初に変化したのはあいつらじゃん! 何でこっちばっかり責められるの? 気にしないほうがいいよ豚!」
楓はブチギレてドスコイジャーに殴り込もうとしたが、私が止めた。
変化は目の前の星を取る為だけのその場しのぎの策であり、相撲取りとして、次につながらない。
私がこんな作戦を立てたばかりに、豚は逆に窮地に追いやられてしまった。
私は豚に謝罪した。
「ごめんね豚ノ助。相撲をわかってなかったのは、私のほうだった」
豚は一言だけ返した。
「一日一番、集中するだけブヒ」
その夕、私はアウトレットに来ていた。
アウトレットとは中央校舎の北にある、売店の立ち並ぶ商業スペースである。食料や文具、生活雑貨などを安価で購入することができる。
手をつないで歩いている生徒たちも居る。私は気分転換に、ただなんとなく、舗装された道を歩いていた。
「豚になんかおいしい物でも差し入れするかな」
私はファイブイレブンという店に入った。
「んっ?」
その瞬間ナナミアイが、見覚えのある顔を認識した。その人物もほぼ同時に私のことを認識したようだが、すぐに棚の後ろに逃げてしまった。
「私の顔を見るなり隠れるな! 忍者は隠れるのが仕事だからって!」
私はすぐに彼を追いかけた。
買い物かごを下げた江原公一が、気まずいという顔をしていた。
久々に彼と会った気がした。
「全然連絡くれないじゃん。メールも返信無いし」
「わ、わりい。忙しかったんや。調子良いか?」
「良くない。それどころか、とっても悪い」
私は自虐的に笑った。
忙しかったなら忙しかったで、そう言ってくれればいいのに。梨のつぶてとは辛い。コボレの活動よりも大事なことがあるのか。
「明日は豚の大一番だ。相手ばかり応援されてる。少しでも力になりたい。応援に来てくれるよね?」
公一は私と目を合わせずに言った。
「行かれへん」
「どうして!?」
「どうしても外せない、重要な潜入活動があるんや」
「どんな活動なの?」
公一は売っているホワイトチョコを眺めながら、顔をしかめた。
「悪いけど、忍者の活動内容は誰にも言えへんのや。隠密行動やから。俺はオトンを超える忍者になりたい。前の件でそう思うようになった」
ふうん、そうか。
ご立派だね。
「戦隊としての勝利より、自分1人の出世の方が大事なんだ」
公一はやっと目を合わせて、私を睨んできた。
「なっんやねんその言い方は! 俺だって色々考えがあって行動しとるんや!!」
「わかった、いいよ、そうしてよ」
失望した。私はそれ以上何も話さずに、さっさと店を出た。
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167 :げらっち
2024/06/01(土) 13:13:21
一勝三敗、気分の沈む豚ノ助。後の無い状態で迎えた五日目。相手は中くらいの大きさながら、闘気溢れる青竜丸。
今日こそコボレンジャーの敗北を見届けようと、昨日以上の客が詰め寄せ、札止めとなった。
客たちは豚が土俵に上がるなり「青竜丸! 青竜丸!」とコールを贈った。私にはそれが「豚ノ助負けろ」と聞こえた。客たちのその行為は、気に入らない者を大勢で無視する、いじめ者の姿そのものであった。
私と楓は砂かぶり席から土俵を見上げていた。豚の所作からは緊張が見えている。
楓は「豚ノ助ー! 肩の力抜いてー!」と叫んだが、大音声の相手のコールに掻き消された。
「大一番だというのに、さっちゃんと公一は?」
コボレの五角形、うち二辺が欠けている。
「佐奈は……うん、豚とは犬猿の仲、というか猫豚(びょうとん)の仲だから。公一は……」
私に隠し事をしている公一。
「知らない。あんな奴」
「あれ? 夫婦喧嘩中?」
「知らない」
「寂しいな。なんか、バラバラだよね……」
楓は溜息を漏らした。
時間一杯となり、館内は爆発的な歓声に包まれる。
「待った無し!」
行事のその声で、歓声はぴたっと止み、物音ひとつなくなった。それでも熱気だけは変わらず館内に充満し、土俵を包み込んでいた。
豚は先にしゃがみ込み、仕切り線に両手をついて相手を待った。
私は土俵の、2人の力士の中間点を見つめていた。その点にこの空間の全神経が集中しているかのようだった。私はつい呼吸を止めていた。
余りの静寂に、青竜丸の囁きが土俵下の私にも聞こえた。
「コボレンジャーも今日でお終いだな」
「ブヒ!!」
その挑発に、豚は思い切りぶつかった。かち上げで相手の上体を起こそうとする。青竜丸は右に変化しそれをかわした。再三の変化に会場はどよめく。だが豚は何度も同じ手を喰うような力士ではない。体勢を立て直し、逆に相手を土俵際に押し込んだ。青竜丸の両かかとが俵にぶつかる。相手が墓穴を掘った、勝てる。そう上手くはいかなかった。青竜丸は左手をパッと開いた。何か白い飛沫のような物が舞うのが見えた。塩だ。青竜丸は仕切りの際に塩の塊を手の中に隠していたのだ。視界を潰され、豚の攻勢が崩れる。
ゴン!!
青竜丸は右手で豚の顔を張った。
張り手、いや、そんな生易しいものではない。グーパンチに匹敵するようなグレーな打撃。左、右、左の殴打。鈍い音のフルコンボ。私なら一発喰っただけで脳震盪を起こすような攻撃を、何度も何度も受ける豚。もはやボクシングだ。館内は歓声と悲鳴に包まれた。
「もうやめて! ギブアップしてよ豚!!」
楓は涙目で叫んでいる。
豚は膝を突くことはせず、ただその痛みと侮辱に耐えていた。
「しぶとい豚野郎だ、奈落に落ちろやぁ!!」
青竜丸は低く潜り込み、豚のピンクの廻しを取った。このままでは料理され放題だ。
だが豚はこの時を待っていたようだ。力強く上手を取った。押し相撲の豚に、廻しを取るテクがあったとは。
これには客たちも驚いたか、土俵の真ん中で組み合う二者に対し、大きな拍手が送られた。互いに体力の消耗を待つ拮抗状態。馬力だけなら豚も負けてない。水入りに持ち込めば勝てるか。私は両手を握り締め、唇を噛み、気合を注ぎ込むつもりで喰い入るように豚を見つめた。
だが先に動いたのは、やはり巧者である青竜丸だった。
青竜丸は右足を豚の左足に掛け、器用な足技にてバランスを崩した。
「ブげ!!」
豚の巨体は、土俵の真ん中に、倒れていった。
「豚ノ助!!」
つづく
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