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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
┗13-24
13 :げらっち
2024/05/04(土) 13:50:18
第2話 赤と黒
昼下がり。今日はもうすることが無い。
廊下に出たはいいものの、右も左もわからない。どこかにヒントは無いものか。いつみ先生、どこかに行っちゃったし。
「そうだ」
戦隊証と共に1人1人に配布された端末、Gフォンを手にした。かつて人類のほぼ全員が携帯していたというスマホとかいう物に似て非なる。
Gフォンの画面を叩くと、メニューが表示された。機能は電話・時計・ライト・カメラ・アルバム・スケジュール・メモ帳など。ちなみにスマホにはブラウザという物があったらしいが、ネット世界は《赤の日》に滅亡したらしくもう存在しないため、そのような機能は無い。
メール、という物もあった。メールねえ。友達の居ない私には、無用。
校内マップ。これは便利そうだ。戦隊学園は1つのシティほどの広大な敷地を誇り、1日では回り切れないらしいし、道標があるのは助かる。そのアイコンをタップすると、画面に校内の見取り図が表示された。
……何だこりゃ。
校舎や寮を除く多くの場所が「???」と表示されており全体像が掴めない。マップの意味を成していないじゃないか。自分で歩き回って把握しろ、という試練か。この世界は常に道標があるほど甘くないという教訓か。
取り敢えず腹ごしらえできる場所を探した。5階に学生食堂があるらしいので、行ってみることにした。
食堂に入るなり、数多の視線が注がれた。
余程私の容姿が気になるのだろう。私は怯まずに、1人1人ご丁寧に見返してやった。
あなたはベージュ。あなたは藍。あなたは翡翠。あなたは焦げ茶。あなたは銀。見せてくれてありがとう。
食堂は大混雑だった。そりゃあ、学食は「タダ」なのだから当然だ。いくらでもおかわり自由。
トレイとスプーンを取って、カウンターの行列に並ぶ。長蛇の列ができていたけど、私の前後の人は、自然と私とソーシャルディスタンスを取っていた。そんなに私が嫌か。私もあなたたちが嫌なのでちょうどいい。何処からか「白ぉ!」などと聞こえてくる。「肌色ぉ!」と返してやりたいが黙っておこう。
しばらくすると私の番がきた。私はメニューに目を通して、カウンターのおばさんに言う。
「レッド定食大盛りで」
「あいよー」
割烹着を着ている太めのおばさんはにこにこしていた。私に笑顔を向けてくれる人はそう多く居ない。
「元気出して! アタシは差別とか全然しないから!」
差別してくれて有難う。
「何かあったら相談して良いのよ! よくアタシの所に、友達の居ない子が相談しに来るの! はいレッド定食大盛りね!!」
その心のイロは、見下すような寒色。全部見えてるよ。
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14 :げらっち
2024/05/04(土) 13:50:46
とんかつに赤いソースが掛かったレッド定食は香ばしく、大盛りなのでずしりと重かった。お茶も注いで準備完了。
さて、どこで食べようか。
食堂内を見渡すが、既に空きはほぼ無かった。男子、女子、稀に男女混合のグループにより席が占拠されている。入学初日なのにもう集団を形成しているなんて手際が良い。まるで昆虫のようだ。私には真似できないな。
別に、友達なんて要らないけど。
価値観を迎合して時間を犠牲にして運命を割り勘するおともだちなんて、欲しくない。本当に。
でも、私は虹になりたい。
1人ではなれない。だから、他人を利用する。私が七色になる手伝いをしてもらう。馴れ合いはしない。あくまでも損得での付き合いだ。
さて、どの子が良いだろう。
良いイロの子を選ばなきゃ。
どんなイロでも羨ましいが、やはり良し悪しはある。良質なクレヨンを買わなければ、綺麗な虹の絵は描けない。
でも、なかなか条件に合う人は居なかった。目を引くようなイロの持ち主は、大抵もう集団の人気者になっていて、声を掛け難い状況にあった。
……よし。
譲歩しよう。
あそこに居る黄緑の子にしよう。ちょっとくすんでいるが、まあ悪くないだろう。何よりも、ボッチ飯を食べている所が素晴らしい。彼女が居るのは端っコのほうにあるテーブルで、6人掛けなのに彼女を合わせて2人しか座っていなかった。しかもお互いテーブルの隅っコに陣取っており、他に座る場所が無かったからなし崩し的に相席しているようだ。
「隣、いい?」
黄緑は話し掛けられることなど想定していなかったようで、目を丸くしていた。私は彼女のトレイの横に自分のトレイを置き彼女の隣に座り込んだ。すると奇妙にも、はす向かいで食べていた生徒がトレイを持って他のテーブルに移ってしまった。余りにもわざとらしい。
まあそれは気にせず、黄緑に尋ねよう。
「こん。私小豆沢七海。あなたは?」
黄緑はイエロー定食の天ぷらを食べる手を止め、「斎藤です」とだけ答えた。私は下の名前も教えたのに、等価交換を成り立たせる気はないのか。
「ところで斎藤。ユニット組むメンバーってもう決めてる?」
斎藤は、ブンブンと首を横に振った。
「あの、スイマセン。私もう友達と組もうって話になってるので……ほんとスイマセン……スイマセン」
首を横に振っているのは嘘の証だ。そもそも組む相手が居るならボッチ飯など食べない。私と関わるのが嫌だったのだろう。斎藤は短い文章で3度もスイマセンを言い、さっさとトレイを片付けに行ってしまった。あんなに残して。ポッチャリしている割には随分と少食だな。
私はまた1人ぽっちになった。
私は頂きますと言って、とんかつを咀嚼する。
……あまりおいしくないな。
こんなに混んでいるのに、私のテーブルだけは1人きりで、誰も寄り付かない。
友達なんて要らない。居ても邪魔なだけだ。1人のほうが絶対良い。本当に……
不意に、伊良部楓の顔が頭に浮かんだ。あの青は素敵だった。そうそうお目に掛かれるイロではない。惜しいことをしたな。
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15 :げらっち
2024/05/04(土) 13:53:19
とんかつを完食し、食後薬も飲んだ。
食事の後は排泄だ。
私はトイレで用を足した。個室から出ると、おしゃべりをしていた生徒たちがサッと避けて道を作った。私はモーセか。天堂茂のように、私の白がうつると、本気でそう信じてるのだろう。ウィルスじゃないんだからうつるわけないのだけど。まあ、うつしてやれたら、それも面白いな。
そんなことを考えながら手を洗い、廊下に出る。すると向かいの男子トイレから悲鳴が聞こえた。
「何すんねん! うぎゃああああ~~!!!」
「ああ? うるせえよ! きたねえ声出すんじゃねえ!!」
トイレには人だかりができている。
初日からいじめとは、あさましいな。既にヒエラルキーが形成されていると見た。井の中の蛙で潰し合っていればいい。仮にもヒーローを目指す者たちが何をやっているのだろう。別に同情はしない。勝手にいじめられていればいい。弱者を助けようと思うほど強者でも偽善者でもない。そもそも弱者と強者のカーストを作ることがいじめだ。
さて、少し早いがやる事も無いし、そろそろ寮に向かうか。
マップで寮の位置を確認すると、学園の北側にあることが分かった。今居るのは中央校舎なので、だいぶ遠い。校内循環バスも出ているようだが、日も影ってきたし、歩いて行くか。
舗装された道に沿って、延々とあるって行く。道路沿いは森になっていた。たまにバスや物資を運んでいると思わしきトラックが私を抜かして行った。
ホールやグラウンドの横を通り過ぎ、緩やかな坂道を上がって行く。寮がある場所は高台になっており、その後方には2峰の山がそびえている。学園はシティのように全体を大きな壁で囲われているため、《外の世界》の戦争の被害や怪人の侵攻を受けることはまず無いと言うが、寝ている時は無防備なので、学園の中でもより安全な高地、山を背にした雄城(ゆうじょう 攻めにくい地形)に寮がある造りになっているのだろう。
2000名の学生を収容する寮も、特に生活費は掛からない。食費と同じく、全て入学費に込みなのだ。しかもその入学費も、特段高いというワケではない。日本を守備する戦隊連合はヒーロー養成のためなら補助金を出し惜しみしないらしく、生徒や家庭の負担はほとんど無いのだ。金持ちしかヒーローになれないなんて馬鹿げたことにならないで済む。
そんなことを考えながら30分ほど歩くと、寮のある北部に着いた。ここはここで小さなコミュニティのようになっており、男子寮、女子寮、教員寮があり、坂の下まで出向かずとも生活必需品が得られるようにコンビニなどもある。
各寮は柵で囲われており、特に女子寮は厳重であり有刺鉄線が張り巡らされ物々しい。恐らくは過去に、女子寮に不法侵入しようとする男子が後を絶たなかったのかもしれない。
敷地の入り口には守衛として、さすまたを持った赤・青・黄の戦士が立っていた。私が彼らの横を通っても、彼らは像の様に佇立して微動だにしなかった。これは脅しの案山子か何かか?
女子寮の敷地に入ると、私の嫌いな人のざわつきを感じた。
寮の入り口に部屋割りが掲示されているようだ。女子共はそれを確認しては「やったー!」とか「相部屋だ! よろしくね!」とか言っていた。
私が接近すると、例によって人だかりがササッと避けて私のために道を作った。モーセの能力はとても便利だ。
掲示を見る。そういえば2人部屋だったか。私と相部屋になった人は「部屋替えて! 白がうつる!」と言うかも知れない。面倒臭いな……
部屋割りは出席番号順に決められているようだった。ということは。
私のペアは伊良部楓だった。
これは……きまずい。
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16 :げらっち
2024/05/04(土) 13:59:43
学生寮はホテルのようになっている。ロビーで事務レンジャーの女性に鍵を貰おうとしたが、「ルームメイトの子がもう持って行ったよ」と言われた。つまり楓はもう部屋に居る。
あんな別れ方をしたから会いたくないが、私は別に彼女に悪い事をしていない。素直に自分の思いを言ったら喧嘩みたいになっただけだ。居直ってやる。
エレベーターで5階に行き、カーペットの敷かれた廊下を歩き、一番奥の部屋へ。
「小豆沢」「伊良部」と表札の掛けられた部屋。
その前の廊下はやけに散らかっていた。何だろう、一瞬わからなかったが、よく見るとそれは私の私物だった。寮に運び込まれていた衣類や教科書などなどだ。楓が放り出したに違いない。
「ふざけんな!!」
私はドアをキックした。爪先が痛いだけだ。
私は呼び鈴を長押しした。出てこない。無視を決め込み、私を追い出すつもりか。私は呼び鈴を連打する。
そのうち騒音に耐えかねたか、カチャ、とロックが外される音がし、ドアが開いた。私はドアを掴んで思い切り開けようとしたが、チェーンが掛かっており半ばで止まってしまった。ドアの隙間から怒鳴り声がした。
「来んなよ! 酷いこと言った癖に!!」
「酷いこと? 私はただ自分の感じたことを言っただけだよ。私、気になったことはすぐ口に出すタイプだって前置きしたよね? そもそも私は自分の部屋に来ただけで、追い出す権利はあなたに無いと思うな」
「は!? 意味わからん! あっち行け!!」
隙間から何か重たくて硬い物が飛んできて、私の額にクリーンヒット。脳がチカチカし尻餅を突いた。ぶつけられた物は動物図鑑だった。
結局、カラフルな仲間なんて幻想にすぎないんだ。
友達なんてできるわけないんだ。それならもう、出て行った方が……
「……結局あなたも、私のことを嫌うんだ。私は白いから……」
「は? そんなこと言ってないじゃん!! 何でそうネガティブなの!? ムカつくな!」
ドアの隙間から、楓が顔をのぞかせた。目が合った。私は改めて彼女の青の美しさを知る。顔はそんなに美しくないが。
「白いのを嫌ってるのは七海ちゃん自身じゃん!! あたしが嫌いなのは七海ちゃんの、そういう所だよ!」
そのまましばらく見つめ合っていた。
私は無意識に1秒、2秒……とカウントしていた。こういう時、何を言うべきかはわかるが、言ったことのない言葉だから、なかなか口が動かない。15秒経ったところで楓のほうが喋った。
「何か言えよ!」
楓は勢いよくドアを閉めてしまった。
「ご!」
私は急いでドアをノックした。
「ごめん……酷いこと言ってごめん」
しかしドアは内側から鍵が掛かっていて、開かない。
「ごめんったら。開けてよ!」
ガチャガチャと取っ手を引く。
「優しくしてくれたのに、酷いこと言ってごめん。私のことちゃんと見てくれたのは、あなたぐらいだ。友達、欲しいんだ。友達に、なりたいんだ……」
するとドアがちょっとだけ開いた。隙間から楓のむすっとした顔が見えた。
「あたしも友達になりたい。七海ちゃんの白は好きだから」
「私もあなたの青が好きだから対等な関係だ」
私は取っ手を引いたが、まだチェーンが掛かっており半開きの状態。
「あ、まだ許してらっしゃらない?」
「ジュースおごってくれたら許す」
「いいよ。何がいい?」
「炭酸以外ならなんでも」
「わかった」
友達、できてよかった。
私はUターンし、廊下の向こうにある自販機を目指した。
軽いステップで自販機に到着すると、硬貨を投入する。
生活費は多くは必要無いが、お菓子やジュース、娯楽類は自費で購入する必要がある。お金が無い生徒は、学内でのバイトで稼ぐことも可能らしいと、入学前にパンフで見た。
私は胸を張って並ぶジュースのサンプルのうち、コーラの所のボタンを押した。しめしめ。
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17 :げらっち
2024/05/04(土) 14:00:02
こぢんまりとした部屋だった。
あまり広くはないが寝室とダイニングキッチンがあり、生活用具は一式そろえられており、テレビに冷蔵庫、トイレにシャワーも付いている。
楓が荷物を広げてしまっていたため、室内は既にごちゃごちゃと散らかっていた。
私はクローゼットやストレージを1つ1つ開けて中を点検した。どこも楓の私物が放り込まれていた。早業の散らかしだ。
私は廊下にぶちまけられた自分の荷物を室内に運び込んだ。楓も手伝ってくれた。
楓は自分が投げた本を拾い上げた。
「カッとなって投げちゃったけど、大事な動物図鑑にしわが付いちゃったよ……」
「大丈夫? ごめんね」
ごめんね、初めて言ってからはスムーズに出るようになった。自分の負けを認めているようで喰わず嫌いしていたが意外と良い語感。
「こっちこそごめんね! 痛くなかった?!」
私は額をさする。まだちょっと痛む。のみならず、コーラを買ってきたことでぶん殴られたみぞおちも少し痛んだ。初日から満身創痍の助だ。誰だそれ。
「初めて友達ができた記念としてこの痛みを覚えておくよ」
「へえ! 初めてなんだ! あたしが1番目の友達?」
楓はふへっと笑った。何がおかしい。
寝室の壁際に、大きな2段ベッドがある。
「七海ちゃんどっちがいい?」
「どっちでも」
「じゃああたし下ね。昔ベッドから落ちたいや~な思い出あるから!」
「OK」
私は梯子を登り、ベッドに上がってみた。まっさらなリネンが敷かれている。
寝そべって天井を見る。ふぅっと大きく息を吐くと、疲れと安堵がドッと出た。初日から色々なことがあった。心が折れそうになる瞬間もあったが、結局はこうして、初めての友達に巡り会えた。嬉しいな。
「ねえ楓」
「なにー?」
真下から返事があった。まだ夕方だが、楓も下の段で寝そべっているようだ。
「ユニット組むメンバーってもう決めてる?」
まだー、と返され、じゃあ一緒に組まない? と言うのが今後の流れの予想だ。すぐに返答があった。
「決めてるよ」
ドキッ。
驚きはすぐ諦念に代わった。それもそうだ。楓は明るくてとっつきやすい。こんな私にさえも気さくに話しかけてくれたくらいだ。すぐに友達を作り、集団を組めるだろう。しかも私は一度彼女を拒絶した。離れている間に他の子と懇意になったことも十分に考えられる。
まあ、私と組まないほうが楓のためだ。私は黙りこくると。
「あたしは七海ちゃんと組むって、決めてるよ!」
「え」
予想外の答えに、私の心がふいに温かくなった。
「ありがと」
そして涙が出た。弱いな私。ベッドの上下に居るので、醜い泣き顔を見られずに済んだのは良かった。北風と太陽、どんなにいじめられるよりも、優しさに触れた時、心が動く。私は咄嗟に枕に顔を埋めて涙を拭いた。
泣いているとバレないように話し続けるのに苦慮した。
「でも、2人じゃちょっと少ないよね」
「だねぇー。戦隊って大抵3人以上だし、5人は集めたいよね!」
「いや、5人じゃない」
「え?」
「7人」
「……は??」
下段から楓の「は?」の連呼が聞こえる。
「は? 7人って多くね? 普通の戦隊そんなに多くないよ? てかあと5人も集められる? は? は? どうやって?」
「私の目を使って、カラフルな5人を見つけてみせる。七色の、虹を作るんだ」
私は白い天井に虹を思い描いた。
虹。
私は一度も見たことが無いけれど。
青い空に七色の橋が掛かっている様は、さぞかし美しいのでしょうね。
地球の昼を丹念に照らす陽光や、夜に静けさと興奮を降らせる月明かりとも違う、虹の灯りは、汚損した私の心を、美しく塗ってくれるのでしょうね。
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18 :げらっち
2024/05/04(土) 14:06:48
楓はGフォンで今後のスケジュールを確認して教えてくれた。4月中は戦隊のユニット決めなどを行い比較的自由に過ごすことができるらしく、5月初めに最初のテストがあり、その後本格的な授業が始まるらしい。
しばらくはのんびりできるってわけだ。
初めての寮の夜は、慣れずに眠れないかと思ったが、疲れとベッドの寝心地の良さもあって、22時には眠りのスカウトがきた。
朝8時に起き、昨夜コンビニで買っておいたお弁当を朝ごはんにする。白身魚のムニエル、良い味付けだ。
楓は朝食の席でGフォンをいじっていた。行儀が悪い。
Gフォンは黒く無機質無個性だが、楓はそこにノコギリエイのストラップを付け、早くもオリジナリティを出していた。
「楓って動物好きなの?」
「好きだよー。見てこれ!」
楓は右手首にヘアゴムのような物を付けていた。茶色くて縞模様だ。楓は短髪をカチューシャでまとめており、束ねるほど長くないのでヘアゴムは要らないと思うのだが。
「ミミズのミサンガだよー! 友達ができますようにって」
白身魚の骨が喉に突き刺さって死にかけた。そんなのを付けてたら友達ができない。
「そうだ七海ちゃん! 連絡先交換しとこうよ!」
「別にいいけど」
食事中にご法度とは言え、私もGフォンを開く。すると、間違ってメールではなくスケジュールの方を開いてしまった。
「ん!?」
今日のスケジュールが目に入る。
「……これ、今日9時からオリエンテーションって書いてあるじゃん!! どういう事!? あなた昨夜スケジュール確認してたよね!?」
「え」
楓は薄笑いを浮かべて目の焦点はズレている。
「え? え、えー!? えー?」
私は、この学校生活で何より大事なことを学んだ。楓の言葉は信用してはいけないという事だ。
既に8時半。
時間が無いので優先順位の高い服薬とトイレを済まし残りの弁当はラップをかけて冷凍庫にぶち込み歯磨きは省略し急いで着替え寮を出た。
女子寮の敷地を出る際、楓は守衛に明るくあいさつした。
「行ってきま~す!」
するとさすまたを持った赤い戦士は答えた。
「行ってらっしゃい。もうみんな出発したよ。でも急いで怪我しないように気を付けるんだよ」
喋れるのか!!!
ていうか、優しいな!
「ほら楓、喋ってないで行くよ!」
バスに飛び乗り、何とか3分前に指定の西校舎、3階の教室に到着した。
「ギリセーフぅ!!」
私たちは教室に滑り込んだ。
「おやおや、遅刻とは先が思いやられるな、小豆沢七海!!」
高飛車な声が聞こえる。天堂茂だ。彼を取り囲んでいた男女がぎゃははと笑った。もうあんなに取り巻きを作っているのか。
「お前はすっかり退学したと思っていたのだがな。それとも真っ白い亡霊か?」
私はそれを無視した。
教室というよりは講堂のようで、映画館のように高低差のある座席が、教壇に対し半円を描くように並んでいた。
私と楓は空いている席を何とか見つけ出し、1人しか座れないようなスペースに強引に2人で入り込んだ。
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19 :げらっち
2024/05/04(土) 14:06:58
ほどなくしてチャイムが鳴った。
筋肉ムキムキの男性教師が教壇に立ち、チャイムの演奏に合わせてマッスルポーズを取った。生徒たちから苦笑が漏れた。
「偉丈夫・美丈夫・大丈夫!! 今日もマッスル決まってる!! 本日の第二回新入生オリエンテーションは、この私が担当する!! みんな、おっはよーーう!!」
今日の担当はいつみ先生じゃないんだ。
何故か少し残念に思っている自分を見つけ、私は珍しく思った。
「よく眠れたか? 初めての寮の夜は、さぞかしドキドキだったろう! さて、顔や名前よりもこの雄大な筋肉で私を覚える子が多いようだが、一応名乗っておく。緑谷筋二郎(みどりたにきんじろう)!! 武芸クラスの担任だ!」
筋肉を隠しきれていないタンクトップ、緑のボンタン。ごつごつした顔に顎髭を生やし、頭頂部からは弁髪を垂らしておりそれ以外の髪は剃ってスキンヘッドにしている。
暑苦しいが、あの男のイロは、大人しめの深緑だ。堅実なのがうかがえる。
すると前のほうに座っていた生徒が質問した。
「先生。クラスって何ぴよ?」
「ほほう。よくぞ聞いてくれた!!! 良い質問だ!! 知的好奇心も筋肉も、磨けば光る!」
先生はいちいちマッスルポーズを取って喋った。
一部の女子がキャーキャー言っているが、2割はムキムキに対する黄色い歓声、8割は本当の悲鳴と見た。
「一口に戦隊と言っても、様々な分野で戦うチームがある! 何かを深く極めること、それが戦隊道の第一歩だ!! この学園には9つのクラスがある! 順番に書くので、メモするなり、頭のメモリーに刻み込むように!!」
先生は大量のチョークを教卓の上に置くと、「ふん!」と拳を振り下ろし、粉々に砕いた。
そしてそれを手のひらに付けると、黒板に手で豪傑に文字を書き出した。チョークの無駄だし、手が汚れるし、字が悪筆で読みにくい。
だが何とか判読できた。
格闘
化学
武芸←私のクラスだ!!
機械
生物
魔法
忍術
スペシャル
「まずはお試し月間となる。その間はどのクラスの授業を受けてもOKだ! 4月末には希望のクラスを決定してもらう! 一度決めたら変えることはできないので、よぉーく考えて選ぶように!!」
あれ?
先生は9つのクラスがあると言ったのに、ここには8つしか書かれていないような……
すると突如。
ジリリリリ!!!!
ベルが鳴った。穏やかではない。先生はうわっと大袈裟に叫んで身を縮こまらせた。
教室中がざわつく。何だ?
『緊急事態発生。緊急事態発生。学園内に怪人が侵入。西校舎に接近している模様。教職員戦隊、及び、覚悟のある学生戦隊は、臨戦態勢を取るように。非戦闘員はただちに指定の避難場所に退避せよ。繰り返す――』
西校舎といえば、ここだ。
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20 :げらっち
2024/05/04(土) 14:12:09
「か、怪人!?」
「緑谷先生、どうするんですか?」
「キャーーーーーーーーーー!!」
生徒たちはパニックに陥る。
「七海ちゃん、どうしよ!!」
楓も例外ではなかった。怯えた目で私を見てくる。
「落ち着いて楓。放送の指示に従えばいい。ここは戦隊学園、手練れがそろっているはず。先生たちや上級生が倒してくれるよ。慌てれば余計に危ない」
「……そうだね。七海ちゃん頭いい!」
しかし私たちがいくら落ち着いたところで、落ち着けていない大多数の生徒を抑えることはできなかった。恐怖が伝染し、我先にと先生の元へ向かったり、出口に走ったりする。私も楓も人波に揉まれ、突き飛ばされ、押し倒された。
「楓!」
私は楓と離れ離れになり、体格のいい男子たちの波に飲まれて、廊下に押し出された。
天堂茂はといえば、一目散に逃げていた。
「どけ! どけ! 僕の父上は学園の役員だぞ! 教師共! 僕の安全を確保するのが最優先事項だろう!!」
「みんな落ち着いてよ!!」
誰も私の言うことを聞かない。というより、聞こえていないようだ。いつもは私に触れないようにしている奴らも、今はタックルをかましてくる。モーセの能力も今は役に立たないのか。
そうだ。
私は叫んだ。
「触んないでくれる? 白がうつるよ!!」
ピタっ、と群衆は静止した。もちろん火種自体を鎮火するには至らなかったが、私に降りかかっていた火の粉を払うことはできた。
「わ、わああ!!」
「来るな! 寄るな!」
天堂茂はじめ馬鹿な奴らは、腰を抜かして、私に道を開けた。そうやっていつまでも未知の物に怯えているがいい。
私は友達を探して廊下を走った。
「楓!!」
すると曲がり角で、向こうから曲がってきた人に正面からぶつかってしまった。私は尻餅を突いた。
「いたっ」
「おっと、廊下を走ると危ないよ?」
私はその光りを見上げた。
「いつみ先生!!」
いつみ先生はこの緊急事態を知ってか知らずか、ニコニコと子供のような笑みを見せていた。
私は立ち上がる。
「先生、怪人が出たって話ですが……」
「その通りだ。でも、落ち着いていいよ♪」
「私、落ち着いてます!」
私はそう言ったが、まるで強がりのようだと、後から思った。
「僕たちが何とかするからね。怪人の討伐など日常茶飯事だ。戦隊は、悪を倒すために存在する」
いつみ先生は廊下を颯爽と歩いて行く。
「筋二郎!」
人混みの中から、ひときわ大きな体躯の、緑谷先生が現れた。
「いつみぃ。どうする?」
「どうするって、決まってるだろう? 我らが怪人を倒す。Gレンジャーを招集しろ。お楽しみの時間だ♪」
「だが生徒の避難は誰がする? 生徒の命が最優先だろ?」と緑谷先生。やっぱり堅実だ。
だがいつみ先生は、ニヤッと笑って言った。
「避難など必要ない。かわいい新入生たちに、戦隊の戦い方ってものを見せてやろう♪」
いつみ先生は「どけよ」と言って生徒たちをどかせると、階段のほうに歩いて行った。緑谷先生も、のそのそとそれに付いて行く。
割れた人混みの中に、楓を見つけた。
「楓! 怪我は無い?」
「大丈夫。見よ!」
私と楓は廊下の窓に駆け寄る。3階の特等席から、怪人と先生の対決を観戦ってわけだ。
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21 :げらっち
2024/05/04(土) 14:15:07
曇り空で良かった。晴れていたら、私は外を見られない。
多数の生徒がぎゅうぎゅう詰めに押し寄せ、私も楓も押し潰されそうになった。廊下の窓、窓、窓から、生徒たちが身を乗り出し、校庭を見ている。
西校舎から学園の西方の校庭を見る。校庭の向こうは森。
誰も居ないし気配も無い。放送では怪人は西校舎に接近しているとの事だったが、どこだ?
「あ、あそこ!」
楓がそう言った。
「え? どこ?」
「あそこだよ!!」
楓は森を指さす。私は目を細める。すると、ダークフォレストグリンの木々の隙間に何か蠢く。
「何あれ……あんな動物見たこと無いよ……」
楓は私に身を寄せてきた。楓は視力が良いらしい。私の目ではよく認識できない。
動き出した。
まるで森そのものが匍匐前進してきたようだった。何だあれ。
生徒たちは戦慄し、視界に入れるのも恐ろしいというように、悲鳴を上げて窓から離れて行った。視界からシャットアウトした所で恐怖の実体はこの世から消えないのだが。
私は窓から離れずそれを見つめていた。
だが、どうしても存在を認知することができなかった。
私の目はポンコツだ。視力は悪いし、低い明度ですぐキャパオーバーするので、共感覚で補完しているんだ。
怪人相手に共感覚は役に立たなかった。
怪人が何なのか、まだ習っていないし、私にはわからない。漠然と、人類を脅かす敵という事がわかるだけだ。怪「人」と言うからには人の名残があるものと思っていた。だが怪人にイロは見られなかった。私の共感覚が作用するのは人間だけだ。動物に心が無いとは言わないが、複雑な知能と多様な性格を持っているのは人間だけだ。だから人間は無限のイロを持っている。怪人にイロが見えないという事は、人では無いという事だ。
私は共感覚での補足を諦め、一般的視力で怪人を観察することにした。
すると近寄ってくる森の正体が分かった。全身灰色で、何も着ていない裸で、生気の感じられない人型。単体では無かった。そもそも放送では怪人の単複に関する情報は無かった。怪人の大群が、音も無くするする押し寄せてくるのだ。
全身に鳥肌が立った。確かにこれは怖い。
よく見ると怪人は男も女も居るようだった。
あれは何なのか。人生を持たない、人に成り損なった生命か? いや生命であるかも怪しい。単なる人のふりをしたおがくずか?
「な、七海ちゃん! いつまで見てんの! 逃げようよ!!」
楓は私の腕を引っ張っていた。でも私はここを離れない。
いつみ先生は怪人を倒すと言った。それを見届けるんだ!
ご登場。
校舎に迫りくる怪人の波、その喫水線に、いつみ先生が躍り出た。
「戦隊学園に侵入するとは、飛んで火に入るなんとやら、愚かだねえ♪ 怪人の分際で、この学校に土足で上がり込んでくる悪い子ちゃんたちは、細胞1つ残らず消滅させて、お仕置きしてあげなくちゃ、ね」
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22 :げらっち
2024/05/04(土) 14:20:09
怪人の波の前に、いつみ先生たちが立ち塞がった。
「先生たちだ! ガンバレェ~!!」
生徒の1人がそう叫んだ。怯えていた生徒たちは先生の登場に勇気づけられ、再び窓に詰め寄せた。
いつみ先生、緑谷先生、そして名前はまだ知らない、青イロを持った痩身の男性教師、黄イロを宿した太っちょの男性教師、桃イロを秘めた紅一点の女性教師。
5人の教師は戦隊証を手に、「ブレイクアップ!」と叫んだ。
すると彼らのイロが具現化した。
内に秘められていた赤が、青が、黄が、緑が、ピンクが、戦隊カラーとなって体に巻き付き、彼らを色とりどりの戦士に変えた。生徒たちはオオー! と歓声を上げた。そして私も、その声にハモるように叫んでいた。
「Gレッド!!」
「Gブルー!!」
「Gイエロー!!」
「Gグリーン!!」
「Gピンク!!」
「学園戦隊Gレンジャー!!!!!」
「へ、変身したぞー!」と生徒。見りゃわかる。
その瞬間、彼らの背後、私たちの俯瞰する先で5色の大爆発が起きた。生徒たちは頭を庇った。私は目を細め、炎光の中を見た。
5人の戦士はキラキラと輝いていた。
5色のみだが、虹の様だった。
きれい。
怪人たちは名乗りに怯んでいたが、名乗りが終わると同時に攻撃を仕掛けた。
[キャアアアア!!!]
悲鳴を上げ、すり足で歩を詰めてくる。夥しい数の怪人により校庭の白砂は怪人の黒に埋め尽くされてしまった。
だがそれはどう見ても無駄な足掻きだった。勝敗は名乗りの時点で決していた。例え怪人がどんなに多くとも、あの5色の光りには到底勝てまい。
Gレッドは怪人の群れに向け手をかざした。
「ファイアジャベリン」
ボンッ!!
手から炎を射出した。兵器ではない。あれは、魔法だ。火の粉が散り、まるでエフェクトが掛かっているかのように煌めいて見えた。
炎の塊は一直線に森まで飛んで行き、その動線に居た怪人は跡形も無く消滅した。衝撃波が私の鼻腔に響いた。黒で覆われた校庭に、縦一筋の白い線ができた。
「すげえ!!」と生徒。
確かにすげえ。
そこからの戦闘も、目が離せなかった。
数の暴力で攻める怪人に対し、5人の戦士はそれぞれの得物でそれを寄せ付けない。
Gブルーは大きなフラスコのような武器を持っており、そこから紫色のガスを噴出させた。ガスに包まれた怪人たちは次々に倒れる。
Gイエローは両腕が大砲のように改造されており、早撃ちで的確に怪人の頭を飛ばしていった。
Gグリーンはメリケンサックを付けて怪人に殴り込み。流石のマッスル、肉弾戦で怪人を制する。
Gピンクは異色であり、どこからか虎を呼び出し、その背に乗って怪人たちを蹂躙していった。
Gブルーは化学クラス、Gイエローは機械クラス、Gピンクは生物クラスの担任だと容易に予想できた。
そして一番目を引くのはGレッド、いつみ先生だ。
魔法の力は華やかだった。軽やかにステップを踏みながら怪人たちの陣中に切り込み、歌うように指を振るだけで炎が舞い、怪人たちを火葬していった。
あれだけの数居た怪人たちも次々狩られていき、残り少ない。残党は勝ち目が無いと察したか森の方に逃げ出した。
そんな怪人たちに、Gレッドは、ビシッと人差し指を向けた。
「悪いが怪人に人権は無いよ。1つ残らず消えてもらうことになるが、僕たちによって召されること、光栄に思え♪」
なんとまあ厨二病真っ盛りな決め台詞だが、この状況では、それが最高に痺れた。
「必殺技だ!」
5人の戦士は集い、それぞれのイロを増幅させる。赤・青・黄・緑・桃それらが混ざり合って。
「Gミックス!!!!!」
イロが飛んで行き、怪人にぶつかった。
[キャアアアア!!!]
森付近で大爆発が起こり、虹色の火柱が立ち上がった。
圧勝だった。生徒たちは、私も含め、息を呑んだ。歓声は、起こらなかった。それよりも深い感銘、全員が水を打ったように静まり返っていた。私はまばゆい光りの中を、目をこじ開けて、凝視した。5人の戦士のシルエットが見えた。
「ワアアアア~!!!!!」
大歓声。
興奮が収まらない。私も楓も、子供のように、嬉々として先生たちに拍手を送っていた。それほど先生たちの、戦隊のパワーは絶大だった。
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23 :げらっち
2024/05/04(土) 14:23:19
「先生!!」
私は走っていた。怪人は倒され、校庭の火事も火消し戦隊ショウボウジャーによって鎮火された。
生徒たちはオリエンテーションに戻ったが、私はどうしても、先生に一目会っておきたかった。
「七海ちゃん! 戻ろうよ!」
楓が追ってくる。
私は廊下を走り、階段を上がり、ついにいつみ先生に追いついた。
「いつみ先生!!」
いつみ先生は私の声に気付き、振り向いた。
「七海。大事な授業があるだろう?」
「で! でも! これだけ言いたくて!」
私は階段の踊り場で、息を整える。先生は階段の少し上から、私を見下ろしている。
「私、絶対に虹を完成させます。ありがとうございました」
私は深く頭を下げた。
私は、何をしたいのだろう? 感情的になるなんて、あなたらしくないよ七海。でも、どうしても言いたかった。
何に対してのお礼かと、不審に思われたかもしれない。頭がおかしい奴と思われたかもしれない。
でも、あの戦いを、あのイロを見た時、私の中に決意が射し込んだんだ。
「先生自身が虹のようでした。見せてくれてありがとうございます。私もあんな虹になります」
顔を上げると、いつみ先生は、子供のように笑っていた。
「出色だね、小豆沢七海」
「本当にすごかったよね、七海ちゃん!」
楓が私に追い付いてきて、私の腰をバフっと叩いた。
「七海ちゃんの言う通り、7人のメンバーを集めてあたしたちだけの虹を作っちゃおう!」
「おやおや、早速2人目のメンバーが見つかったかい♪ あとたったの5人だね!」
「からかわないで下さいよ先生! 5人ってめちゃ多いじゃないですか!!」
いつみ先生と楓はふざけた会話をして笑っている。
私もちょっとだけ笑った。本当に虹が見られる日も訪れるかもしれない。
すると、階下から声がした。
「くだらん。新入生向けの、ただのパフォーマンスだ」
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24 :げらっち
2024/05/04(土) 14:24:36
その声に、私は階段の下を見た。
それが視界に入った瞬間、ゾッとした。
黒いイロ。
それも、ぶっ濃い黒。塗りたくられた邪悪。
こんなイロは初めて見た。黒は細胞を蝕む癌であり助からないトリアージであり、本能的に感じる恐怖。
全身の毛が、白いうぶ毛が逆立った。まるで怯える子供のように、自分より華奢な楓の後ろに隠れた。
「七海ちゃん?」
楓は突然の闖入者に、不審な目を向けていた。例えイロを感じ取る能力が無くとも、階下に居るあの者の姿は不気味に映っただろう。
黒の戦士。
身長は2メートル近い大柄で、黒のマスクに黒いスーツ、全身が真っ黒に染まっている。そして大柄な体を覆う、漆黒のマント。
全身が、真っ黒い。
そんな中に浮かび上がるような一点の赤。マスクには透明のゴーグルの代わりに赤くて大きな単眼が付いていて、私たちを真っ直ぐに見上げていた。
その者は、低い、くぐもった声で喋った。
「学園の警備は固い。簡単に倒されるような下等な怪人共が入り込める隙などあるわけがない。これは毎年行われているイベントのようなものだ」
怖い。
その言葉の内容は、私の頭にインプットされなかった。黒い戦士は階段を上がり、私たちに近付いてきた。ただただ怯える私の前に、楓は立ち塞がってくれている。ごめん楓。私、動けない。動けないが、何とか声を振り絞る。
「先生!!」
いつみ先生は私のヘルプに応じ、タンッと、私たちの前に降り立った。
「生徒たちに近付くな、ブラックアローン」
男性にしては小柄ないつみ先生に対し、巨体を誇るブラックアローンと呼ばれた人物。
「何故近付けさせない。やましいことがあるのか。貴様が生徒を扇動しているのは知っている、Gレッド」
「僕は教師だ。教師らしく、生徒たちに希望について教えている。きみも教師なら教師としての矜持を持ったらどうだい?」
教師?
ブラックアローンが?
「抜かせ。貴様の企図したつまらん演出のせいで生徒が浮かれる。戦隊はカッコイイ、華やかなものだと思想を植え付けるプロパガンダ。そのように戦闘を軽んじいざ戦場に出れば、死ぬ。我輩は何度もそのような馬鹿を見てきた」
そして次に、ブラックアローンは、いつみ先生ではない誰かに話し掛けた。
「ナナシ」
それが私に向けられた言葉だと気付くのに、少し時間がかかった。
「ナナシ?」
それは私の事だった。
「ナナシ、貴様にはまだ戦士としての名が無い」
確かに私は、まだ虹になるどころか、戦隊にも、名前を持つ戦士にも成れていない。
「まずは名前を持て。我輩はブラックアローン。1人きりの戦隊だ」
ブラックアローンは私たちの傍を通り過ぎ、黒いマントをはためかせ、1人階段を登って去った。
つづく
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