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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗168-179

168 :げらっち
2024/06/01(土) 13:25:01

第15話 ショッキング・ピンクな巨大化


 私の見上げる先、豚ノ助は、土俵のド真ん中に大の字に倒れていた。

 力士としての矜持と、コボレンジャーの命運を賭けた大一番。

 負けた。

 これで一勝四敗、負け越しとなる。それはコボレンジャーの戦ー1敗退を意味する……

「コボレピンク~!」

 正反対の勝ち名乗りが上がった。
 軍配は西、つまり、豚に上がっていた。
 相手力士の青竜丸は、歓声を引き裂くような大声で問い正した。
「おかしいだろうがぁ!!」
「お静かに」
 行司は言った。
「ヒットウブルーが俵に足を掛けた際、指が一瞬だけ土俵の外に出て砂を払った。これによりコボレピンクの押し出しとなる」

 会場は騒然となった。

 でも一番驚いているのは張本豚の様だった。自分が勝ったとは到底理解できていないようで、まだ起き上がることもできぬまま、目をぱちくりとさせていた。
 青竜丸はゴーグルの下、険しい目で土俵下に視線を飛ばした。赤房下に居た横綱・赤鵬が立ち上がった。
「俺は見ていたが足は出ていなかった。いんちきを言うんじゃねえよ行司。バラされてぇのか?」

「何やて? 行司の言うことが信じられへんのか!?」

「あ!」
 私はようやく察した。あの関西弁は。
「公一!」
 目をこすってよく見ると、紫色の衣装を着た行司は、江原公一その人だった。
 観客は土俵上の力士ばかりに注目して、行司などきちんと見やしない。その盲点を突いて、そして自身の影の薄さを利用して変装するとは、流石だ。順調に父親に近付きつつある。

 大事な潜入活動とはこのことだったのか。

 行司になりすまして、豚に有利になるように勝敗を操作する。公一はコボレの為に動いてくれていたんだ。
 私は彼を突き放したことを悔いた。

 ごめんね、公一。

 館内に放送が入った。
『軍配は西方力士に上がりましたが、ビデオを確認したところ、そのような事実は確認されませんでした。よって、行司差し違えとなります』

「何やて?」
 青竜丸はガッツポーズをし、行司に思い切り肩をぶつけた。
「撮ってんなら最初から言わんかい! 行司の居る意味ないやんか!」

 あーあ、詰めが甘いよ公一。

 楓は隣で苦笑いしていた。

「じゃ、じゃあこんならどうや! ごほん……青竜丸は立ち合いできちんと手をつかなかった。よってこの一番は無効、取り直しとなる」

 これも公一のでっち上げだろうが、今度こそ行司の判断は正とされた。
「きゅ、九死に一生ブヒ!」
 豚はようやく起き上がり、仕切り線に戻った。豚はまだ行司の正体が味方であると気付いていないようだ。

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169 :げらっち
2024/06/01(土) 13:25:24

 豚と青竜丸は、両手を仕切り線について、再度睨み合った。
「しゃらくせぇさっさと勝負をつけてやる」
 取り直しの一番、青竜丸は時間一杯まで待たず、最初の仕切りで突然立った。行事は慌てたが、相撲は何も行事の合図で取り組むわけではない。力士同士のタイミングで立ち合いは成立する。
「ブヒ!?」
 奇襲、豚は一気に俵まで持っていかれる。黄色い砂塵が舞い、豚の足裏が摩耗する擦れた音がした。
「負けるかブヒ!!」
 豚は相手の顔を激しく張った。さっきのお返しというワケだ。
「てめぇ!」
 青竜丸も張り返す。
「ブヒブヒ~!!」
 張り手の応報、喧嘩相撲だ。観客席からは盛大な野次が飛ぶ。
 豚は太い腕で相手を仕留めようとするも機動力で負け、顔面をタコ殴りにされ、マスク越しに鼻血が染みているのが分かった。

「助けてぇ!!」

 豚は行司の後ろに隠れた。
「あ、何しとんねんあほ!」
「邪魔だ行司、どけやゴラァ」
 青竜丸は、行司である公一にも容赦なく突っ張りを入れた。
「行司に手を出したら反則やで~!」
 ひょろひょろな公一は、たったの一撃で升席まで吹っ飛んで行った。

「邪魔者はもう居ねぇ、サシで勝負だ」
「ブヒャ~、タンマタンマ!!」
 豚は土俵際を逃げ回る。まるで鬼ごっこだ。
 豚が私の丁度見上げる先に来た時、青竜丸が豚を捕まえた。
「逃がすかよぉ!!」
 豚はガッチリと捕らえられ、がぶり寄られる。大きな背中が何とか堪えている。既に青色吐息だ。

 このままでは負ける。

 一緒に相撲を取りたいくらいだ。

 私は女だし、力も無いので、土俵に上がることはできない。
 でも。
 声を出し、彼の背中を押すことならできる。
 そうすれば一緒に相撲を取れる。

「負けんな!!!」

「七海ちゃん!」
 豚は私の声に応えた。豚は土俵際、最後の力で投げを打った。両者の体が土俵外に飛んだ。

 2つの巨体が回転しながら、私の方に落ちてくる。
 総重量250キロは超えるだろうか。そんな計算をしている場合じゃない。
「うわ!!」
 ドスン!! 私は豚のでかい腹に押し潰された。

 土がついたのは青竜丸だった。
「ビデオ判定だ! ビデオ判定しろ!」
 青竜丸は土俵下で叫んでいる。でも青竜丸が先に落ちたのは、誰の目から見ても明白だった。
 観客たちは座布団を乱れ投げしていた。

「な、七海ちゃんダイジョウブヒ!?」

 豚は腹ばいに私を下敷きにする格好になっていたが、すぐに起き上がり、私がクラッシュシンドロームになるのを防いだ。
 私はサムズアップを見せた。
「大丈夫。勝ったね、やるじゃん」
「七海ちゃんのお陰ブヒ!」
 豚は勝ち名乗りを受けに土俵に戻ろうとするが。

「う!!」

 立ち上がった瞬間に足がぐにゃ、と折れ曲がり、うずくまった。
「あなたこそ大丈夫!?」

 豚は土俵から落ちた際に、足を負傷してしまったようだ。

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170 :げらっち
2024/06/01(土) 13:25:48

 夕刻。
 私は自室から梯子をつたい、階下の佐奈の部屋に向かった。
 ここのところ、毎日こうして彼女のところに行っているが、別に遊びにきているわけではない。
 佐奈は豚の応援に一切現れず、ずっと部屋に籠ってロボ制作をしている。だからその進捗を確かめるのと、単に佐奈とコミュニケーションを取るのが目的である。1人で缶詰めになっているのは肉体的にも精神的にもよくない。
 生存確認は必要だ。

 私、コボレのリーダーだし。

 梯子から降り立ち佐奈ズルームに着いた。
 初めて入った日と比べると、随分と散らかっていた。
 洒脱な挨拶を考えた挙句、私は「ただいまー」と言った。佐奈は私の方を見ることさえも大儀そうに、「ここ七海さんの部屋じゃないでしょ」と言った。密かに「おかえりー」を期待していたのにつらい……

 佐奈は今日も原稿用紙と睨み合っていた。
 下書きを何度も消して書き直したのだろう、用紙は消しゴムの跡で真っ黒になっていた。
 机の周りには弁当の容器やハンバーガーの包み、ラーメンのカップやポテチの袋が、山のように積まれている。全て私が差し入れた物だ。
 机の上には今も幾つかのポテチの袋が開けられていた。ポテチのちゃんぽんだ。用紙の上にもスナックのカスが散らばっている。以前は私が触れただけで拒絶反応を起こしたのに、偉い違いだ。それだけ追い込まれているという事だろう。何か臭いし。

「体に良くないからたまには外に出なよ。ちゃんと寝てる?」

 寝ていないのは返答を待たずとも佐奈の顔を見ればすぐに分かった。目の下にクマさんができていたから。
 それで返答不要と思ったのか、佐奈は私の質問を無視して言った。
「どうしてもバランスが取れない」
 佐奈はコボレのロボを作ろうとしているが、図案には4人分しか描かれていなかった。

「4つじゃね。五体満足のロボを作るなら、5体のロボにしたら?」

 佐奈はボサボサ頭を上げ、私をじろっと見た。
 冷笑を浮かべて。
「笑えるじゃん」

「まぁまぁ、ピリピリしないでよ社長。これでもどうぞ、オススメだよ」
 私は机の上に缶コーヒーを置いた。さっき自販機で買った物だ。
「コーヒー好きじゃないんですよね。紅茶党だから」
「そっか、メモっとこ」
 好意と110円を無下にした佐奈にちょっとイラっとしつつも、私は何とか自制を保ち、缶のタブを押し開けた。茶色い泡が吹き出た。
「これは私が飲んじゃうね」

 佐奈は原稿用紙のうちの壱枚を取り出し、私に見せた。
「取り敢えずこれが仮の案。4体のロボが合体して、大きな1つのロボになる。デザインジャーの技術を盗んだものだから間違いない」

 私は言った。

「パクリだからダメなんじゃないの?」

 佐奈はにっこり笑った。
「え、何?」
 今まで彼女の顔の福笑いで、このような配置は見たことが無いというほど、可憐で軽蔑的な笑みになった。

 でも私は負けじという。
「デザインジャーのを真似たんじゃ、負けるか良くて同じにしかならないよ。勝ちにいくなら、全然違う、新しい物を作らなきゃ」

 佐奈はしばらく私の目をじっと見つめていたが、笑顔のまま。
「買いますよ、喧嘩」
「喧嘩したいんじゃないよ。そもそもこれじゃ豚のロボが無いし、別の案の方がいいと思っただけ」
「豚なんかにロボは必要ない!」
 佐奈は机を叩いた。鉛筆も消しゴムも跳び上がった。
「とにかく、この案で何とか完成させるから……」
「あっごめぇん!」
 私は原稿用紙にコーヒーをぶちまけた。一面が茶色に汚れ、図案は読めないほどに霞んだ。
「何すんの!?」
「わざとじゃないよ、本当に手が滑って」
「絶対わざとでしょ!! もうやめた!」
 佐奈は用紙をビリビリに破いた。顔を真っ赤にして、ちょっと泣きそうになって。

 ごめんね佐奈。
 でもコボレが1つになるには、こうするしかないんだ。
 嫌われ役を演じるのもリーダーの役目。

 佐奈は涙目で怒鳴った。
「出てってよ!!」
「わかった」
 私は立ち上がり、梯子に手を掛ける。
「最後にこれだけは言わせて」
「何?」

「ちゃんとお風呂入ってる?」

 佐奈は5日間同じパジャマを着ていた。

「もう5日もヒキコモじゃん。気分転換に大浴場でも行ってみたら? 広いお風呂で足を伸ばすのって、気持ちいい! 夜11時以降に行くのがオススメ。その時間帯ならほとんど誰も居ないから、1人でくつろげるよ」

 佐奈は返答しなかった。
「そんだけ」
 私は梯子を上がって行った。

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171 :げらっち
2024/06/01(土) 13:26:05

 夜11時。
 良い子のみんなはもう寝たかな? うちにとってはゴールデンタイム。


《佐奈》


 うちは扉の隙間から、脱衣場を覗き込んだ。
「だぁれもいない」
 七海さんの言った通りだ。

 七海さんの尖っている所は好きだ。
 でも最近、丸くなりすぎている。あの豚に感化されたのかもしれない。うちのロボにいちゃもんを付けて、許さない。
 だから、七海さんの勧めに素直に乗るのは嫌だった。最初は絶対行くもんかと思った。
 でも、純粋に気になったから、ガクセイサーバーで調べてみた。すると綺麗なお風呂の写真があって、来てみたくなった。

 ここ大浴場に。

 替えのパジャマと洗面用具を手に、中に入る。
「来るのはじめて~」
 少しワクワクしてしまう自分が居た。
 脱衣場は熱気が凄いけど、首を振っている扇風機のおかげで涼しくもある。
 サーバーで調べても、この空気は実際に肌で感じねば味わえない。いつも来ない空間に来るのは、それだけで刺激になる。

 気分転換になるし、ロボ制作のインスピレーションが湧くかもしれない。
 たまにはお風呂でのんびりというのも悪くないかも……

「本当に誰も居ないよね?」
 裸など誰にも絶対に見られたくない。
 うちは室内を回って、人が居ないことを入念に確認した。大きな棚に多数のカゴが置かれているが、使用中の物は無いようだ。大丈夫。
 5日間着たパジャマを脱いで、下段のカゴにぽいと入れた。
 誰も居ないと思いつつ、念のためタオルを巻いて裸体を隠そう。広いお風呂に入る時はこのほうが落ち着く。

 さあ、入ろう~。

 ふと体重計が目に止まった。妙に存在を主張しているではないか。
 まさか、乗ってほしいのかっ?
 そんなにせがまれちゃしょうがないな。特別だぞ。
 片方ずつ、足を乗せてみる。アナログ式のもので、目盛りがカタカタ進む。赤い針は、予想を遥かに超えた数字を示した。

「待って、嘘、やばぁ、5キロも増えてんじゃん。身長は伸びないのに……くそ」

 七海さんがジャンキーな物ばかり買ってくるから悪いんだ。まあ頼んでるのうちだけど。
 親切に乗ってあげなきゃよかった。悪態をその場に残し、浴室の扉を開ける。
「きゃあ!」
 眼鏡が真っ白に曇った。
「あふ……取るの忘れてた……」
 眼鏡を取って手に持ち、改めて浴室に入る。

 お湯の匂い。裸足で濡れたタイルを踏みつける。
 小さい頃に両親に連れられて行った温泉旅行を思い出した。

 まあ、今も「小さい」んだけど……
 それは、背の話。もうじき16になるッてのに143センチ。小5から、伸びてないのだ。
 この2044年、平均身長が底上げされて、男子は約180、女子は約162だ。うちは中学では3年間背の順で一番前だったし、チビって言われまくっていい思い出が無い。七海さんみたいに背高くなりたい……
 両親はうちのことを、ずっと小さい子供扱いする。中身は成長してるのに。
 だから自立するために親元を離れ、強くなるために、遠い戦隊学園に入った。
 今はあの人たちのことを思い出すのは、よそう……

 うちは取り敢えず浴用椅子に座り、眼鏡を鏡の前に置くと、シャワーを浴び、5日分の汚れを落とすことにした。
 シャンプーとマリーゴールドのリンスで、長い髪の大掃除。

「ン?」
 ぴくり。
 奥の方から、ざばぁ、手桶でお湯を被るような音が聞こえた。

 誰も居ない、はずだよね……?

 うちは硬直した。
 誰だろう。誰でも最悪だ。同級生でも先輩でも先生でも同様だ。恐らく誰であれ、うちのことをチビ呼ばわりする。声に出して呼ばなくとも、心で呼んだら、それはチビ呼ばわりだ。
 怖い。もうやだ。帰ろう。
 でも、気のせいかもしれない。取り敢えずは誰か居るのか、見極めよう……

 うちはシャワーを止め、タオルを体にきつく巻き付けて、恐る恐る奥へと進んだ。

 またぴくり。

 人が、居た。
 髪の長い女子だった。
 かなり太っていて、広い背中をこちらに見せている。浴用椅子がでかい尻の下で押し潰されそうになっている。

 誰か居たことだけでも最悪なのに、見覚えのあるシルエットが、うちの動悸を激しくした。

 ぴくりぴくり。

 まさか……まさか……

 持っていた眼鏡をオペラグラスのように覗き込む。
 そのシルエットが振り向いた。

 女子ではなかった。

「ブヒ?」

 豚だった。

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172 :げらっち
2024/06/01(土) 13:26:23

 髷を下ろした豚ノ助は、女子のように髪が長かった。
 太い手足、垂れ下がった胸や腹。豚の名にふさわしい醜男。
 うちは逃げようとした。でも誰が遊んだのか知らないが、足元にあったあひるのおもちゃを踏ん付け、思いっ切りすっ転んだ。

「きゃあ!!」

 その途端、右ふくらはぎに逃れようのない痛み。足がつったみたいだ。
 うちはタイルをバンバン叩く。ギブしてもこの痛みは容赦なんかしてくれないけど。

「さ、さっちゃん?」
 豚はうちの存在に気付いたようで、ドスドス地鳴りを起こしてこっちに来た。

 く、くるなああああああああ!!!!!

 うちはうつ伏せに倒れたまま立つことができない。タオルで体をコーティングしているからまだいいものの。
「どこかぶつけたブヒか?」
 豚は屈みこみ、患部を確かめようとした。
「ち、違う!! 転んだ途端に足がつっただけ!! あっち行け!」
 うちはこの痛みが一刻も早く引くように、ふくらはぎをさすっていた。
「運動不足ブヒね」
「うっさい!! ていうか何で女湯にいるの? ヘンタイなの??」

「え? 今は男湯ブヒよ。ここ23時以降は男湯に切り替わるから」


 うちは、下手をすると憤死するところだった。
「七海さん殺してやる」
「え? なんか言ったブヒ?」
 豚はキョトンとしていた。
「まあ僕しか居ないから問題ないブヒ」
 問題大ありだ。
「この時間人少ないらしいし、一緒にあったまるブヒ~。僕も公一くんに言われて、初めて来たんだけど」

「江原くんに?」
 うちは全てを察した。

「……うちらを引き合わせようって魂胆か……」

 地獄の痛みが、ようやっと引いてきた。
 うちはよろよろ立ち上がり、出口を目指して歩いた。
「さっちゃん! どこ行くブヒ?」
「帰る」
 やはり来なけりゃよかった。
 扉を開ける。その瞬間冷風に吹かれ、温度差がヒートショックを引き起こした。立ち眩みに襲われ、うちは再び倒れた。

「さっちゃん!!」

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173 :げらっち
2024/06/01(土) 13:27:17

 豚はうちをお姫様抱っこして、脱衣場に運んだ。
 長椅子というベッドに、銀シャリの上の赤身魚のように寝かされた。
「少し休めば気分良くなるブヒよ。あ、ちょっと待っててね」
 豚はその場を離れた。

 もう帰ってこないでくれ……

 うちは1人、天井をぼんやりと見ていた。
 豚が居ないうちに着替えて逃走したいが、まだ頭がぼーっとしていて、起き上がれそうにない。
 扇風機が首を振り、こちらに冷風が流れてきた。ひんやりきもちいい。
 たったあれだけのことで倒れるとは、うちは栄養不足に運動不足、寝不足の三魔人を全て召喚してしまっているようだ。

 どのくらいが経っただろう。案外短い時間だったのかも。
 豚が地を揺らして戻ってきた。

「これ飲んで!」
 豚は飲料を持ってきた。
 うちはようやく上体を起こせるまでに回復していて、豚から貰ったそれを飲んだ。
「ごく……」
 冷たく甘い。糖分が扁桃腺を、心臓を、脳を潤し、朦朧としていた意識のピントを合わせた。

「うちの好きな、ミルクティ」

 次に豚は、うちが浴室内に落としてきた眼鏡を取ってきた。それを掛けると、視界のピントも合った。
「ダイジョウブヒ?」
 豚は当然だが、前をタオルで隠していた。廻しのようだった。
「大丈夫ではない。ていうかさ、あんた来てるの気付かなかった。脱いだ服が無かったんだもん」
「ここにあるブヒ」
 豚は手を伸ばし、棚の一番高所にあるカゴを取った。そこに彼の衣類が入っていた。
「うわ、うち届かないとこじゃん……とりあえずパジャマ着るからさ、見ないでくんない?」
「了解ブヒ」
 豚はカゴを持って、棚の裏側に回った。

 うちは体を拭き、着替え始めた。
 すると棚の向こうから、同じく着衣中の豚の声が聞こえてきた。

「僕のパパとママは、地元でご当地ヒーロー・ちゃんこマンをやってるブヒ。ちっぽけだけど、カッコイイ、僕の憧れブヒ」

 何故このタイミングで自語りをする?
 あんたの身の上話なんて聞きたくもない。
 そうきっぱり言おうかと思ったが、ミルクティの恩もあるので、無視するだけにとどめる。

「もう1つの憧れは、力士になること。相撲は、国技なんて気取って、古いしがらみに捕らわれていたけど、その根本は、純粋な力のぶつかり合いだと思ってる。だからどこの国の人でも良い。世界中の力自慢が、その身1つで戦うのがカッコイイんだ」

 あまり興味の無い話だ。

「小さいって馬鹿にされても、大きく強くなれるんだよ」

「……何それ」
 うちはパジャマのボタンを留めていたが、そこでようやく反論した。
「それはうちに対する同情ですか? 都合の良い解釈ですか? あんたもうちのことをチビって言ったんだよそれを美化しないでくれる。チビって言ったやつはねぇ例外なく一族郎党恨み続けるから。陰湿って言われても、いいから」

 すると棚の上から、太い腕が伸びてきた。
「なに?」
 豚が写真を差し出していた。
 うちは背伸びしてそれを受け取った。

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174 :げらっち
2024/06/01(土) 13:27:35

 そこに写っているのは、小柄でやせっポッチの少年だった。小3くらいに見える。
 何だか釈然としないような笑みを、カメラのレンズに向けていた。
 うちは何故かその写真に見入った。

「中1の僕だよ」

「え……えっ?」
 うちは、自分の目が丸くなっていくのを自覚した。
「嘘!?」
 少年はあの豚とは似ても似つかない。小柄だし、初見では一瞬だが眉目秀麗と思ってしまったくらいだ。

「嘘じゃないブヒ。僕、その頃までチビって馬鹿にされてたブヒ。だからムキになって、体を鍛えて大きくなった。小さいって馬鹿にされても、大きく強くなるってのは、僕自身の目標ブヒ。いつか世界一大きくなりたい」

 そうか。
 チビチビと馬鹿にされて、いつかビッグになって見返してやりたいという反骨心。
 うちが履き慣れたのと同じ靴を履いている人が、この棚の向こう側に居るのか。その靴はすっかり履き潰されて、大きくなった足には合わないでいるけど。

「さっちゃんのことが気になったのは、僕に似てるって、思ったのかも」
「あんたと一緒にするな豚」
 冷徹な言葉を投げつつも、うちは写真の中ではにかむ、やせっポッチの少年から目が離せなかった。
 男女のポテンシャルの差こそあれ、豚は3年足らずでここまでの肉体強化を果たしたのか。
 卑屈な恨みごとばかり言っているうちとは違う。うちの脈拍はトクトクと時を刻んだ。うちの心はメトロノームのようにゆらゆらと揺れていた。ずっと子供でいるか、大人になるか。どっちに曲がろうか、佐奈?

「その目標はうちの目標でもある」
「その前提で話してる」
「あんたが代わりにそれを叶えるって?」
「違う。一緒に叶えるんだ。君の力を貸してほしいブヒ、さっちゃん」

 棚を跨いで、再び太い腕が差し出された。

 うちは背伸びして、因縁の豚と握手しようとした。

 すると。

「イダダ!!」
 突然豚の悲鳴が聞こえ、腕が引っ込み、ズデ! という音がした。豚が倒れたのか。
 うちは棚の裏側に走った。

 寝巻に着替えた豚がうずくまっていた。
「どうしたの?!」
「ブヒ……青竜丸戦の怪我が、意外とこたえたブヒね……」
「け、怪我してたの? それなのにうちを抱っこして?」

 豚はブヒヒと、細い目をもっと細めて笑った。
 さっきはマトモに見ようとしなかったので気付かなかったが、豚の顔は青タンだらけだった。満身創痍で戦っていたのだ。
「相撲は怪我との戦い、どんなにボロボロになっても、七転八倒ブヒ」
「七転び八起きでしょ? 明日、相撲は取れるの?」
「わからない。でも不戦敗にはできないブヒ。何とか土俵に立たなくちゃ。コボレンジャーを、勝たせなきゃ」

 それなら。

「うちが力を貸す番だね」

[返信][編集]

175 :げらっち
2024/06/01(土) 13:28:10

《七海》


 六日目の土俵。

 控えに座るドスコイジャーの黒ノ不死は、身長3メートル・体重300キロの超巨漢。
「平均身長の高くなった昨今でも突出している、学校一の巨漢。肌は黒く、いかつい風貌で、重戦車の異名で恐れられている……だってさ」
 私は力士紹介のパンフに目を通した。
「へえー。七海ちゃんは身長いくら?」
「1.67メートル」
「高くてうらやまだよなぁ。うちより11センチも高い。160ほしいぜー」
 私はアイコンタクトを送った。
 佐奈が居る所で身長の話はタブーだよ楓。
 すると楓は「あっごめん!!」という視線を返信してきた。私と楓はいつの間にやら目と目で会話できるようになった。ドミトリー効果も起こるし、色々大変だ。

 そう、今日は佐奈も一緒だった。砂かぶり席にはコボレガールズがそろっちゃっている。
 でもその佐奈は、私たちの身長のやり取りを聞いても、全く不快な顔をしなかった。豚の応援に来たというだけでも異常事態なのに、異常に次ぐ異常だ。

 時間が近付いても、豚はなかなか現れない。
 黒ノ不死は立ち上がった。それはまるで二足歩行を覚えた熊のようだった。真っ黒な顔面に白眼だけが浮いており、その中で黒眼がギョロッと動いた。

「まさか相手が怖くて逃げ出しちゃったんじゃ?」
「それよりも昨日の怪我が深刻だったのかも……」

「大丈夫、豚ノ助はゼッタイ来るから」
 そう言ったのは、胡坐をかいている佐奈だった。
「そして、勝つから」
「うわ、さっちゃんが豚の肩を持つってどういう風の吹き回しー!?」


 もしかしたら、私の作戦が上手くいって、豚と仲直りできたのかもしれない。
 それならしめしめだ。


 観客席が、やにわにざわつき始めた。
 ガッチャン、ガッチャン、足音を鳴らして。花道を窮屈そうに頭を下げてくぐり抜け、巨大なロボットのようなものが歩いてきた。いや違う。機械の鎧と言うべきものだ。

 顔の部分だけは生身の人間、豚ノ助の顔だった。

 私と楓は叫んだ。
「ぶ、ぶたのすけぇー!?」

 佐奈は自信満々に言う。
「違う。あれは……メカノ助」

 観客席は騒然としていた。
 メタルグレーのヘルメット。鋼鉄の巨大な腕、巨大な足。ぎこちない動きながらも、その巨人は見る物を唖然とさせた。
 何だかロボコップみたいだな。

 メカノ助は土俵に上がった。鉄の足に踏み付けられ、土俵はプリンみたいにへこんだ。
 今やその体は黒ノ不死より一回り大きい。黒ノ不死は初めて出会う自分より大きな相手を前にして、困惑している様子だった。
 赤房下の赤鵬が怒鳴った。
「反則だろうがぁ!」
 でも公一の変装である行司は淡々と仕切った。黒ノ富士は漆黒の戦士に変身した。
 行司の居場所が無いほど、土俵は窮屈になっていた。
 巨人たちにとって土俵はマンホール程度の大きさしか無く、少しぶつかり合うだけでもすぐに飛び出てしまいそうだった。
「さっちゃんアレは?」と楓。
「足怪我したって言うから、最初は補助具を作ろうと思ったの。でも作ってるうちに、全身改造しちゃえ! ってなった。そんだけ~」
「すご! 天才か?」
「天才です。今さら気付いたの?」

「時間です! 待った無し!」
 2つの巨体は蹲踞の姿勢を取る。これだけでも体が土俵からはみ出しそうなほどだ。

 場内はシンと静まって。

 黒ノ不死は雄叫びを上げ突っ込んだ。
 常人ならひとたまりもないだろう。でも全身を鉄で固めたメカノ助は違う。
 機械の豚は一歩も退かず、いとも簡単にその突撃を受け止めた。黒ノ富士はコンクリートの壁にぶつかったトラックのようにひしゃげた。

「そっちが重戦車ならこっちはジェット機ブヒ。ブースト押し出し!!」

 メカノ助は背中から炎を噴いた。背後に居た客たちは悲鳴を上げた。
 ジェットエンジンで、一気に黒ノ不死を土俵の外に押し出した。
 落下地点に居た赤鵬は、哀れ黒い巨体の下敷きとなった。
「グああ!」

「ブヒトリー(ビクトリー)!!」

 座布団が乱舞した。豚ノ助は星を五分に戻した。

 ついに佐奈と豚も結束し、コボレの大きな戦力となった。
「やってくれると思ったよ佐奈」
 私はついつい佐奈の頭を撫でてしまった。おっとマズい。これは禁忌だ。
 手を引っ込めようとするも、佐奈は猫のように目を細めて、素直に撫で撫でされていた。
「七海さん、もっと撫でて♡」
「よ、よしよし……」
 楓がヘンな目で見ていた。

 異常は続くものだ。

[返信][編集]

176 :げらっち
2024/06/01(土) 13:28:35

《豚ノ助》


 三勝三敗で迎えた千秋楽の大一番は、通常の土俵では行われなかった。

 昨日の相撲により土俵に亀裂が入ったのもその一因だけど、それよりも……
 デカくなりすぎて、土俵に入りきらなくなったブヒ。

 僕は一歩、足を踏み出した。
 ドスン!!
 それだけで校舎はぐらつき、悲鳴が聞こえた。
 多くの校舎を超えるほどの長身となった僕は、ちっぽけな建物を壊さないように気を付けながらグラウンドに向かった。
 僕は今約25メートルある。この学園で僕よりのっぽなのは、10階建ての中央校舎くらいだ。
 僕は鋼鉄のグラブとブーツを履いて、横綱の化粧廻しの様な装甲を付け、頭はヘルメットで覆っていた。

 レッドグラウンドには、大きな大きな土俵が敷設されていた。
 みんなには巨大に思えるだろう。でも今の僕にとっては、あれが普通の土俵だ。
 僕はゆっくりと、行司の存在しない土俵に上がった。
 土俵に立ち、戦隊学園の敷地を一望する。坂の上には寮があり、遠くには農園や戦隊動物園までもが見えた。

「絶景ブヒ!!」

 ここまでピッグ、じゃなくてビッグになると、気分が良い。

 僕は昨夜、さっちゃんに肉体改造を施された。
 さっちゃんは「アップデート」という独自の呪文で、僕に強い電気の魔法を浴びせた。僕は「ブヒィィィィ!!!!!」と、一生分叫んだ。体が張り裂けるかと思った。「歯を喰いしばれぇ!」とドSなさっちゃん。アーマーに更に部品が継ぎ足されていき、僕の体は質量が増えていった。僕は機械と融合し、巨大化した。

 こうして僕は、巨大兵器と成ったブヒ!!

 真っ赤な実況ヘリが飛来する。
『心はレディーのジェントルメンも! 見た目はボーイのガールズも! 実況はおなじみ、配信戦隊ジッキョウジャーの実況者YUTA! まずは西から、コボレンジャーの巨大兵器、メカノ助の入場だ! 学園最弱とも噂された虹光戦隊コボレンジャーは、この一番に戦ー1の進退を賭けマス!』

 観客たちは校舎の窓から僕を見上げている。
 豆粒のようなそれらの中に、美しい純白を見つけた。
「がんばれ、豚ノ助!」
 屋上で手を振る七海ちゃん。楓ちゃんと公一くんも居る。
 僕はうんと頷いた。

 七海ちゃんは、惚れ惚れするほど強く、美しい……
 僕に匹敵するほどの喰いっぷりも目を引く。
 この一番に勝ったら、七海ちゃんにカレー10杯分くらい褒めてもらうブヒィ……

 よそ見すんな!!

 僕を叱責するさっちゃんの声が聞こえたような気がした。体がピリッと痺れ、緊張感が漂う。
 さっちゃんの言う通りだ。目の前の一番に集中しなくては。星勘定は必要ない。

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177 :げらっち
2024/06/01(土) 13:29:17

 相手力士の入場だ。

『遅れて東から、コボレンジャーに胸を貸す、相撲戦隊ドスコイジャーの……おーっと、これは!!』

 観客たちはどよめいた。校舎の影から、異形が現れた。
 3体のロボである。しかもその3体とも、人間のカタチではない。
 力士の頭だけが、2本の腕で地面をてけてけと歩行しているという、妖怪のような気味の悪い姿であった。
 その3体ともが、般若のような険しい形相だ。それらは土俵によじ登った。

『なんだこれは! 資料によりマスと、デザインジャー製のロボのようデスが。そもそも相撲は1vs1の勝負なのに、3体も居ていいのか!?』


「まあこっちも2人居るんだけどね」

 頭の中に響くように、さっちゃんの声が聞こえた。
 ヘルメットの中にコクピットがあり、そこにさっちゃんが乗っており、僕の脳に直接語りかけてくる。
 僕たちは一心同体になった。小さい者同士が一緒になって、大きいことをするんだ。
「それに、七海ちゃんたちを合わせれば5人ブヒ」
「確かにそうだけど……大事な一番なのに七海さんのことばっか考えないでくれる?」


『では立ち合いデス! 見合って見合って!』

「合体!!」

 うごめいていた3体の異形は、縦に積み重なった。相撲取りの顔が3つ、団子の様に重なっている。滑稽なデザインだが、腕が4本あるのが特色だ。土台部分になったロボの腕は脚になったが、頭部と胴体のロボの計4本の腕は、自在に動いていたのだ。まるで阿修羅みたいブヒ。

「完成、奇塊鵬(キカイホウ)」

 頭部の眉間に窓があった。あそこがコクピットみたいだ。そこに赤鵬楼太郎が乗っているのが見えた。
「大口序ノ助、顔じゃねぇよ」
 力のある大横綱だが、弱者を虐げ、日本の悪い伝統に固執する傲慢な男。

 僕の方が強いって、見せてやるブヒ。

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178 :げらっち
2024/06/01(土) 13:29:42

 僕は屈み込んで相手を待った。
 奇塊鵬はゆっくりと、4本の腕のうちの2本を、太い仕切り線に付けた。

 今だ!!

 僕は変化を恐れず、全身全霊で、真っ直ぐにぶつかった。
 奇塊鵬も同時に立った。流石は横綱。ここは変化などせずに正面から僕を受け止めた。
 金属のぶつかり合う衝突音、幾つかのパーツが外れ校舎に降り注いだ。

 力士同士のぶつかり合いは凄まじいが、それが巨大ロボともなると尚更だ。

 ドン! ドン! 重たい突きを何発も喰らう。突き放され、土煙が上がった。
 メタルのボディでも痛みを感じる。細胞と回線がダメージを受け緊急信号を出し、全身が興奮する。痛い。痛い。
 でもこの程度の痛みは平気だ。七海ちゃんは赤鵬に激しい突っ張りを入れられたことがあった。それでも七海ちゃんは弱音を吐かなかった。その強さを見習うと同時に、そんな彼女が、いじらしく思えた。
「七海ちゃんの分ブヒ!!」
 僕は相手の顔を張った。頭部がぐるぐる回転し、ぴたりと止まった。
「ケツの青い豚野郎!!」
 キレた赤鵬はロボを猛進させた。突っ込んでくる。

 僕も真っ直ぐに突っ込む。力の勝負ブヒ!!

「いなして!!」
 頭の中。バチっと電気が流れた。さっちゃんが僕に指令を出したんだ。
「ブヒィッ!」
 脳が焼けるように痛み、体が勝手に動く。僕の体は、僕の意思よりも操縦士の指令を優先させた。歩をずらして相手をはたいた。さっちゃんの判断が正しかった。僕は相手の力をうまく逃がし、奇塊鵬はよろけた。さっちゃんは僕のブレーンだ。ちっぽけな存在ではない。次の一瞬で出るのはさっちゃんの分析よりも僕の相撲勘だ。僕は1秒にも満たない隙を逃さず、思い切り相手を突いた。
 破壊音、その一撃は強烈。
 奇塊鵬は大きく仰け反る。明らかな死に体だ。
 さっちゃんが言った。
「やったか!?」

 まだだ。
 奇塊鵬はぐるんと逆立ちした。腕だった部分が足となり、足が腕となる。そして何事も無かったかのように動き出した。

『やはりこのロボにも一工夫あった! デザインジャー製にハズレなしぃいい!!』

 観客たちから万歳三唱が湧き上がる。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
 奇塊鵬は4本の腕で万歳をした後、その4つをフル回転させ僕を滅多打ちにした。

「ブヒャ~!!」

「いや、手付いた時点で負けっしょ? はぁ!?」
 さっちゃんは怒鳴っていた。
「意味わかんねぇ! メカノ助、しっかりやれ! やらねぇと鉄屑のスクラップにすっからな!!」
「鉄屑のスクラップは嫌ブヒ~!」
 でも、体が熱く、思うように動けない。体中から煙が出ている。オーバーヒートだ。退こうとするも、4本の腕で掴まれ、吊り上げられた。
「まずいブヒ!!」
「顔じゃねえよ!!」
 僕は思い切り投げ飛ばされた。このままでは土俵の外に落ちる……

「八艘フライング!!」

 さっちゃんが再び指示を出した。ゴォッと轟音、僕は背中から、そして足から火を噴いた。
 僕はジェットエンジンで宙を飛んでいた。
 爆風が吹き付け、校舎の窓ガラスが割れた。生徒たちの悲鳴が聞こえる。

『メカノ助、空を飛んでいる!! 勝負は最後まで分からない!!』

「反則だろ!」と赤鵬。

「反則はお互い様ブヒよ」

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179 :げらっち
2024/06/01(土) 13:30:47

「行くよメカノ助!!」
 さっちゃんが電気を放ち、僕は彼女の手足となる。

「おう!!」

 僕はジェット機のように急上昇。あの土俵さえもちっぽけに見える。奇塊鵬は狼狽えているようだ。僕は下界に向けて、頭からダイブ。
「ウルトラブースト押し出し!!」
「技名がダサいっ」
 空から奇塊鵬に体当たりした。これだけで勝負は決まったと思った。でも相撲はそんなに甘いものではない。奇塊鵬は側転し、元の体勢に戻ると、4つの腕で僕をキャッチした。
「ふぅん!!」
 ドッ!!
 衝撃波。
 僕はジェットエンジンで奴を攻め切ろうとする。でも、足りない。
 コクピットに、両手でレバーを引いている赤鵬の姿が見えた。奴は、僕の頭部に乗っているさっちゃんの姿を見つけて、ニヤリと笑った。
「チビの小娘、てめぇの負けだ」
「チビって言うなあ!!!」
 さっちゃんが、キレた。
 爆発的な電力が流れ、僕の生命はショート寸前。血管と神経が痺れ目の前が真っ暗になる。それでも僕の腕は自動で動き、死に物狂いで相手を掴み、両の足は土俵を踏みしめ、火花を散らして奴を押した。腕も足も痺れ、感覚が無い。
「ま……け……る……か……!」
 僕は1人で相撲を取っているわけではない。

 ズドン!!

 苦し紛れに。僕は頭突いた。相手の胸に。だるま落としの要領で、奇塊鵬の胴体を形成していたロボが分離し、土俵の外に飛んで行った。
「なへへ……!!」
 頭部と脚だけがその場にとどまっていたが、やがて頭が落っこち、2つのロボはガショッとくっ付いた。二頭身の小さなロボになった。僕の胸くらいまでの高さしかない。
 さっちゃんは待ってましたとでもいうように、きゃはッと笑った。

「うわぁ、チビですね~♡」

「く、クソう!! クソう!!」
 赤鵬は顔を赤くしていた。

「よッしこっからが本番じゃあ! 七海、楓、公一、乗れ!!」
 さっちゃんのテンションがヘンだ。彼女の操縦で、僕は手を伸ばす。七海ちゃんたちは、窓から僕の手のひらに飛び乗った。
「どうするの?」と七海ちゃん。
「コボレーザーでフィニッシュする」とさっちゃん。
「もうこれ以上戦う必要ないんじゃない?」
「るせぇ! うちに指図はいらねぇんだよ七海!! つべこべ言わず変身しろっつってんだ変身。うちをチビって言った奴をぶっ潰してやるんだよぉお!!」
「はい」
「うわ、七海が言い返せなくなっとる! 亭主関白ならぬうなさな関白や!」と公一くん。
 七海ちゃんたちは僕の手の上で変身した。
「ブレイクアップ!」
 コボレ全員の力を合わせ、必殺技を放つ。

「オチコボレーザー・ペンタ!!!!!」

 5色の光りがロボをバラバラに吹き飛ばした。
「このロボ高かったのに~!!」
 赤鵬は土俵の上に放り出された。さっちゃんは、それでもまだ容赦をしなかった。
「つぶーす!」
 さっちゃんの命令には逆らえない。僕は大きな足を上げた。
「な、何するブヒ?」
 僕の足は、逃げようとする赤鵬を踏み潰した。
「やめろぉ!! ぐあああああ!」
 ぷちっと、情けない音がした。

『こ、これはオチコボレンジャーの勝利だ! 決まり手は……踏み潰し!』

 呆然としている観客たち。
 さっちゃんは恐ろしい提案をした。
「ねぇいいこと思い付いちゃった。このまま観客たちも踏み潰してさ、全戦隊倒して、うちらが優勝しちゃお……?」

 ゾッとした。
 七海ちゃん、お願いだからさっちゃんを止めてくれ……

 でも七海ちゃんは言った。
「さすがに私でもそれは思いつかなかったよ。クレイジーで、イかしてるね」
 あー、同調しちゃったよ。キレたさっちゃんは、七海ちゃんでも止められないみたいだ。
「じゃ、いっきまーす♡」

「と、止めてブヒ~!!」

 僕は校舎にぶちかました。
 校舎が崩落し、生徒たちは散り散りに逃げ惑う。僕はさっちゃんの操縦に従わざるをえず、蟻を踏み潰すように、生徒たちを踏み潰した。こんなことしちゃダメだと思っても体が言うことを聞かず、足の裏に人々が潰れる感覚だけを感じ続けた。
「今までよくもチビって言ったな……チビ共潰してやるぅ……ほらほら逃げ惑えぇ……!! きゃッははは!! きっもちいい~~♡ あ~ん最高♡♡」
 さっちゃんはヨダレを垂らしていたに違いない。

 僕は、せめて、死者が出ないよう祈ることにした。


つづく

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