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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗102-114

102 :げらっち
2024/05/11(土) 10:06:46

第10話 イロ違い


 高級ホテルの一室、若しくは、豪華客船の一等船室のような、この部屋が寮の一室とは、誰も思うまい。
 成績の悪い、下賤な家の生まれの「落ちこぼれ」共の暮らす、小汚い寮とは大違いだ。
 エリートクラス首席たるもの、言葉は真の意味を知って使わねばならない。寮という単語には、寄宿舎という意味の他に、役人の住む建物という意味もあるらしい。であれば後者の意味で、ここは寮と言える。
 何しろ僕の父上は、ニッポンジャーの隊長であり、戦隊の嚆矢であり、ここ戦隊学園の理事長も務めておられるのだからな。


《天堂茂》


「先輩方、そう身構えずに。僕はただの《後輩》だ」

 僕の暮らす寮は御屋敷のようで、馬鹿な生徒共が共同で使う棟よりも遥かに広い。学園西部の森の中にあり、専用の送迎車が出ていて、他の者は建物の在処さえ知らない。
 ところが今日は、僕は上級生共を招聘した。首席と呼ばれる、各クラスで最も成績・実績の優れた生徒たちだ。多くの者が3年だ。
 上級生共はこのような特注の寮の存在すら知らなかったと見えて、そわそわと居心地悪そうにしていた。何年も在籍していて学園内を把握できていないとは、たかが知れているな。

「先輩方、もっと寛いで下さいよ。ささ、お召し上がり下さい。僕からの気持ちです」

 上級生共は「頂きます」などと口々に言って、目の前の御馳走に手を付け始めた。トリュフの乗った、本物の牛肉のステーキ。垂涎の品々だ。ずらりと並ぶナイフとフォーク、どの順番で使うかも知らないのか。育ちの悪さが伺えるな。
 大きな長方形のテーブル。王座にどっしりと構えているのがこの僕だ。足を組んで、悠々と上級生共を見回してやった。
 上級生共は6人。忍術・機械クラスを除く全首席が一堂に会している。
 忍術クラス首席のソウサクブラウンは、学費横領を働き無期停学となった。学園の恥晒しだ。次期首席は決めかねているらしい。機械クラス首席の「あいつ」は、巨大ロボ制作で忙しいようだ。

 僕はエリートクラスの首席だ。
 1年生にして首席に抜擢されるのは、栄えある事だ。エリート中のエリートである僕だからできる事だ。それも9クラスの中で最も格の高い、エリートクラスの首席だ。
 父上も大層お喜びになった。鼻が高い。
 あの小豆沢七海なんかには、100万年かかっても無理な話だろうな。

 さて、本題に入る。

 僕はさりげないというふうに言った。

「このザマは一体どういうことですか?」

 元々和やかでは無かった空気が、更にピリッと張り詰めた。
 上級生共は咀嚼を中断し、一斉に僕を見た。僕は最初の言葉が場に浸透・定着するのを待ち、敢えてゆっくりと時間をかけて、次の言葉を提示した。

「コボレンジャーは初戦敗退する、僕はそう《予想》したはずですよね?」

 んぐっと、誰かが食物の塊を呑み込む音がした。
 カチカチと、時計の針が進む音だけがやけに響いているではないか。どうした木偶の坊共。お前たちが黙っている間に、僕の思案はどこまでも先に行くぞ。

「すまない」
 最初に発言したのは、武芸クラスの首席、湯河原刃(ゆがわらやいば)。
「ホームランジャーは武芸クラスの恥晒しだよ。そもそも、スポーツ系戦隊を武芸クラスに所属させるのが無理があるんだよ! 真に部芸を極めた私が、コボレンジャーを鍛え直してやる!!」
 彼女は八重歯を剥き出しにして怒鳴った。前髪はぱっつん、後ろ髪は括って垂らしている。いつもはジャージでも着ているのか、ブレザー姿は居心地が悪そうだ。女性にしては長身で引き締まった体格だが、武芸十八般を極めた学園屈指の武闘派とは本当かな?

 すると湯河原の隣の男が言った。
「武芸クラスは軟弱だ。武器が無いと戦えんのか? 力士は体1つが武器になる。俺たちが待ったなしでコボレンジャーをかわいがってやる」
 椅子からはみ出さんばかりの巨体を赤い着物で包んだ、大銀杏を結った力の戦士。赤鵬楼太郎(せきほうろうたろう)。格闘クラスの番付の頂点だ。
 彼は残っている御馳走をガツガツと平らげた。
「ごっつぁんです」

「舐めんなよ!!」
 と湯河原。
「下の者をいじめ上の者にへつらう風潮、八百長で腐敗した、日本の悪い伝統だけを受け継いだ保守的な角界に制裁を!!」
「のわぁんだと!!」
 湯河原と赤鵬は席を立ち、睨み合って、変身した。

「ヨコヅナレッド!!」
「トルネマゼンタ!!」

 赤いふんどしを付けた巨体、ヨコヅナレッドはどっしり構える。それに対し、竜巻のように攻撃的なトルネマゼンタ。ピンクが代表では締まらないからか、赤に近い「マゼンタ」を名乗っているが、実際はその色はピンクに近い。

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103 :げらっち
2024/05/11(土) 10:07:00

「棒術トルネード!!」
 トルネマゼンタは2本の棒を取り出し猛回転した。
「かちあげローリング!!」
 ヨコヅナレッドもコマのように回転。
 ベーゴマの様に何度も何度もぶつかり合い、不協和音を奏で拮抗した末、両者仲良く弾け飛んだ。

 やれやれ。これだから脳筋共は。

「バッハッハ! くだらない争いだな。これこそ恥の上塗りだよ」
 成人男性の声がした。中年を想起させる、低くて太い声。燕尾服を着た男性が座っていた。♪マークの書かれた箱を被っており、素顔はわからない。
 スペシャルクラス首席・半部果て菜(はんべはてな)だ。あのクラスは芸術家気取りを初め、風変わりな奴らがそろっていると聞く。彼は食事に一切手を付けていない。
「コボレンジャーを潰したいんだろ? じゃあそれについての議論をしろよ」

「……わたくし的には」
 魔法クラス首席・金閣寺躁子。
 金髪で、巫女の衣装のよく似合う、学園有数の美女。ソースで汚れた口をナプキンで拭いた。
「あまり乗り気じゃないですね。小豆沢七海は魔法クラスのかわいい後輩ですものね」

 ほう、笑えることを言うな。

「そうでぇす!」
 金閣寺の隣に座すのは、生物クラス首席・PP(パンダパンダ)チョウスキー。
 パンダのキグルミに身を包んだ男。半部果て菜とは違う意味で異様だ。何故か笹の葉を持ち込んでいる。
「生物クラスは今、戦隊動物園のオープンに尽力でぇす! あなたのおままごとに付き合っている暇はありませぇん!」

 何ともフザけた奴らがそろっているな。

「談合は禁止されているし、そんなことで戦ー1を勝ち上がっても意味は無いだろう」
 化学クラスの新藤へテロ。
 2年にして首席を務めているからにはそれなりに頭が回るのだろうが、このような場にまで汚れた白衣を着てくるとは教養が無い。
 くちゃくちゃと咀嚼音を鳴らし、けらけらと笑った。
「俺様は抜けさせてもらうぞ、坊ちゃん」


「黙れ」

 僕は少し前のめりになった。
 おフザけもそこまでだ。あろうことか小豆沢七海の肩を持ったり、離反する者まで現れるとは。
 僕が誰だか理解しておられないようだ。教えてあげなくてはな。

「わかっているだろうが、僕の父上は、本学園の理事長も務められているのだぞ!!」

 首席たちは黙り込んだ。

「小豆沢七海はこの僕を差し置いて入学生の代表に立ち、けしからんスピーチをした学園の穢れだ! 滅菌消毒してやらねば気が済まん!! 奴を潰せ! コボレンジャーを潰せ!! 見つけ次第ペチャンコに潰せ!!!」

 僕は「ブレイクアップ」と唱え、真っ赤なエリートワンに変化し、両の拳で机を叩いた。火柱が天井まで立ち上がり、首席が2人ほど椅子から転げ落ちた。
 おっと高揚してしまったな。僕は椅子に深くもたれかかり、場をリラックスさせるべく言った。

「……どうした? もっと気楽にしていいぞ。僕は先輩方の自主性を尊重するつもりですからね。これは命令ではない。僕からの、ただの《お願い》だ」

 首席たちは更に縮こまってしまった。

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104 :げらっち
2024/05/11(土) 10:11:22

《七海》


「聞いて聞いて七海ちゃん!!」

 自室で朝食の明太子ご飯を食べていると、楓が叫んだ。聞きたくないと言っても聞かせてくるだろうから、聞いてと断りを入れずに本題を話した方が早いというのに。
「《オチコボレンジャー、ホームランジャー相手にまさかの番狂わせ》だって! おっきく載ってるよ!」
 楓は《週刊☆戦隊学園》を広げて見せた。マウンド上で号泣する野中球の写真が載せられていた。
 前まで初戦敗退するだとか、私を見ると不幸になるだとか書き並べていた癖に、随分と日和見なジャーナルだ。まあメディアなんて無責任なもんだが。
 お喋りな楓の言葉を、今日も受け流しつつ聞く。
「今週だけで脱落者が相次いで残り314戦隊だって。まだスタートから1週間しか経ってないのにね!」
「そりゃあ、最初は実力の低い戦隊がどんどん振るい落とされるだろうからね」

 コボレンジャーはホームランジャーを倒したことで周りから舐められなくなったのか、対戦の申し込みが殺到することは無くなった。

「冷静だね七海ちゃん。冷静なのはいいけど、時間大丈夫?」
「え?」
 楓がやけに悠長なので、まだ余裕があると思っていたけど、時計を見ると8:44。
「うげ!! あと16分しかないじゃん! 何でそんなのんびりしてんの?」
「生クラ、今日は2時間目からだもん。言わなかったっけ」
「聞いてない!!」

 いつもは楓が遅刻魔なのに、攻守交代の立場逆転だ。私はご飯の残りを掻っ込むと、慌ただしくパジャマから制服に着替える。
 鏡の前に立つと、紺のブレザーに、グレーのスカートの自分の立ち姿が映った。黒いハイソックスで脚の露出は100パーカット。白い髪は胸に掛かるくらい。目つきの悪さは、いつも通り。
 このところ私は、身だしなみにも「一応」気を使うようになっていた。いつみ先生の影響が大きいかもしれない。いつみ先生は、私がルーズな格好をしていたところで、注意しないだろう。先生自身がラフな格好をしているし。
 それでも、いつみ先生に、余りだらしない格好を見せたくないのだ……

 私は嫌いな白いネクタイを手に取った。

 鏡の中にもう1つの虚像が割り入った。楓だ。
「やってあげよっかー?」
「いいよ! 自分でやるから」
 私はネクタイを締めようとするが。
「……ごめん、やっぱやって」
「はいはい。最初からそう言えって!」

 私はネクタイを結ぶのが大の苦手だ。
 もともとネクタイを嫌って避けてきたから、今更挑戦しようと思ってもなかなか上手く行かない。
 楓は私の正面に立つと、慣れた手つきでネクタイを整えてくれた。彼女は私の首輪に付けたリードを持っているかのようだった。たかがネクタイで、生殺与奪の権を握られている気分なのだ。彼女は優越感に浸っていたし、私はこっぱずかしい。
「できたよ!」
「あり」
 がとう。
 私は教科書の詰め込んだバッグを持つと、「じゃ、また放課後!」と言って部屋を飛び出した。「いってらっしゃーい」と楓の声。「夕飯はあたし作るからね! 楽しみにしててね!!」
 守衛のガードレンジャーの横を通った時点で8:50。
 1時間目の開始は10分後。
 寮から遠く離れた校舎まで、徒歩だと30分近くかかる。かといってちょうどいいタイミングでバスに乗れるとは限らないので、バス停には寄らず、校舎の方へ一直線に走る。
 あられもない姿になりながら息を切らして走っていると、私の真横を、バスが追い抜いて行った。
「あっクソ! バス停に寄れば乗れてたんじゃん!!」
 私は汚い言葉を吐いた。あまり喋ると酸素を持って行かれるので、黙ろう……
 下り坂を転がるように駆け降りる。自転車が何台か私を追い越して行った。敷地内を掃除するバキュレンジャーの横を通り過ぎたところで、息が上がり、立ち止まった。膝小僧に手を突いて、ハアハアと荒く息をする。この体力の無さをどうにかしなければ……

 遅刻を避けたいのは、いつみ先生に、減点されてしまう気がするからだ。
 それは何も成績上の話ではない。感情レベルで、いつみ先生に嫌われてしまうのがイヤなのだ。

「待てよ」

 そうだ。

「魔法を使えば!」

 私は変身し、ブーツに氷魔法を施す。
「アイスシューズ!」
 ジャキン! 靴底からスケートシューズのような刃が生えた。その分体が持ち上がったので、身長が少し伸びた気がした。
 私は足を踏み出した。地面が凍り、そこにブレードが触れた。私は氷の上を滑るように、地面をスイスイ進む。滑走しつつ足先の地面を凍らせ、更に滑走するという魔法だ。魔法は想像次第で色々なことができるから便利だ。

 これなら間に合うかもしれない。

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105 :げらっち
2024/05/11(土) 10:13:41

 間に合わなかった。

 思い付きの魔法がそんなに上手くいくわけも無く、転倒したり、思うように路面を凍らせられなかったりして、到着がだいぶ遅れた。
 上履きに履き替え、8階の教室に向かう。なんでわざわこんな高い階層にあるのだろう。見晴らしが良い以外の利点が1つもありゃしない。

 私は重大なハンデを負っている。それは名前が「あ」で始まることだ。
 中学時代は、出席番号1番であるがために遅刻判定になった授業も少なくなかった。苗字が「渡辺」だったら、どんなに内申点が高かっただろう。

 恐る恐る扉を開ける。

 魔法の火の玉が光源として浮いている、仄暗い教室。
 西洋的な家具や小物が並ぶ、エキゾチックな空間。大小様々なソファが所々に置かれ、生徒がまばらに座っている。

 この教室には24時間時計という珍妙な装置がある。
 時計盤が24つに刻まれた、1周で1日を測ることのできる時計だ。長針と秒針は通常通り60分割されている。
 読むのにちょっと手間取るが、9:26という壊滅的な遅刻になっていた。これでは歩いた方が早かった。

 幸運にも――というより、奇跡的に――先生の姿は無かった。つまり出席はまだ取られていない。

 私は、はぁっと、溜め込んでいた息を吐き出した。あれほど急いだのでまだ心臓がバクバクしている。
 教室を横切るも、誰も私に目もくれない。
 あっちでは、ぐるぐる眼鏡を掛けた男子が、水晶玉を覗き込んで、ぶつぶつ何か唱えている。
 そっちでは、はち切れんばかりに太った2人の女子が、ひそひそ話をしながら、呪文のようなものがびっしり書かれた紙を指でなぞっている。
 こっちでは、レッドマジシャンが手品をしているが、私の居る方からだとタネも仕掛けもバレバレだ。


 私は隅っこの1人用ソファに座った。
 脇の小さな机にバッグを置き、乱れた服装を直す。折角楓にやってもらったネクタイが、ほどけかけていた。自分では直せないし、どうしよう。

 すると誰かが、こっちに歩いてきた。

 滅多に見ることのできない、金イロだ。
 いつみ先生のような光り輝くイロではなく、金箔のような、あるいは1枚だけ入ったレアな折り紙のような、金のイロだった。
 それだけで誰かわかった。

「ごきげんよう」

 ウェーブの掛かった金髪、巫女の衣装を着た彼女は、3年生でありこのクラスの首席である、金閣寺躁子。
 しゃれた挨拶をされたようだが、どう返せばいいかわからないし、無視した。

 金閣寺は両の肘枠に手を突いて、屈み込むようにして私に顔を近付けた。髪がサラサラと垂れ、私の顔に当たった。わずらわしい。
 綺麗な金髪、タレ目、あひる口、女らしい体型、金閣寺は学園ではあまり見かけない美女なのだろうが、そんなのはどうでもいいし、仲良くもない他人があまり近寄らないでほしい。
 金閣寺の黒目に、私の顔が映った。

「ご・き・げ・ん・よ・う。聞こえたかしら?」
 これ以上絡まれるのも嫌なので、私は適当に返した。
「ごきげんよう」
「先輩相手には敬語を使いなさい!! おはようございますでしょ!!」
 唾の雨が降った。傘を持ってくればよかった。
「まあ大目に見てあげるわ。小豆沢サン、あなたみたいな熊を何ていうのかしらね?」
「私がくまですか?」
 チョット考えたが、金閣寺の意図がわからなかった。
「何でしょう? 白熊とか言いたいの?」

「ちこくま。ギャッはっはっ!!」
 金閣寺は肘枠をバンバン叩いて笑った。美人が台無しになるくらいには笑った。
 私は鼻白んだ。

「もっとスピード感を持って行動しなさい。後で後悔するわよ」
 遅刻したことへの説教のつもりか。
「スピード感って変です。必要なのはスピードそのものであって、感は不要だと思う。それに後で後悔ってのも、凄く変」
 金閣寺は口の端から泡を覗かせて、ニッと笑った。
「首席相手に随分と生意気ね? 遅刻してきたペーペーペーの癖に」
 ペーの回数が多い気がする。

「今日は赤坂先生は怪人退治に出ていて、自習です」

 なんだ、そうなのか。
 それなら急ぐ必要無かった。

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106 :げらっち
2024/05/11(土) 10:24:13

「ところで、お菓子を召し上がらないこと?」
 金閣寺は近くの机に置いてあった小皿を取り上げた。
 小皿の上にはケーキ。しっとりした薄茶色のスポンジに、クリームと粉砂糖が乗っていて、てっぺんには、ちょこんと苺が立っていた。
「何ですかそれは?」
「シフォンケーキ。わたくしの手作りよ」
「すいません、甘い物あまり好きじゃないので。朝ごはん食べた後だし」
「いいから食べなさい! これは何よりも大切なものでしょう!?」
「は?」
 何よりも大切なもの?

「シフォン主義。ギャッはっはっ!!」
 金閣寺はヒーヒー言いながらお腹を押さえてうずくまった。
 そういえばこの女は美人の割に男子から敬遠されていると聞いたが、なんとなく理由がわかった。

「さて、本題に移ります」
「最初からそうして下さい」

「……という流れで、天堂茂が各クラスに、コボレンジャーを潰すように通達したわ」

 その話が終わった時、私のはらわたは煮えくり返りそうだった。のみならず、内臓はこんがりとフライになり、血液は煮沸し、骨に焦げ目が付きそうだ。
「ひきょう!!」
 私は立ち上がった。それで金閣寺より頭が高い位置にきた。金閣寺は意外と背が低かった。
「そうね、卑怯感は拭えないわね。怒ったあなたも、キュート感があるわね」
「うるさいな」
 私は体を震わせた。怒りが全身に染み渡っていく。

 私を標的にするだけならいい。
 でも、私が集めた大事な仲間たちにまで手を出そうとするのは、許せない。
 天堂茂はそうまでして私たちを潰したいのか。いや、奴の狙いは主に私か? 仲間に手を出されれば私が怒ると見越して、愉悦しているのか?
 ここまでくると滑稽だ。私にばかり付きまとって、幼稚だ。ストーカーだ。馬鹿らしい。相手をするだけ、無駄だ。
 糖分が足りない。私は金閣寺のシフォンケーキをひったくって口に押し込んだ。

 呆れの対象は天堂茂だけではない。接待を伴う飲食を受けた全クラスの首席たちも、腐敗している。
 さあ目の前の女はどうだろう。
 私が鋭い目を向けると、金閣寺はオバサンみたいに笑った。
「あらぁ、わたくしは違くてよ。わたくしは、あなたの味方。自分のクラスのかわいい後輩ちゃんは全力でお守りするわ」
 どうだか。

「ところでだけど。小豆沢サンに、折り入って御願いがあるの」

 うげ。
 折り入って、つまりサシで話すという意味だが、この言葉が使われた場合は大抵不都合な話が始まるものだ。

 金閣寺は私の白い髪の毛を撫で上げて言った。

「一束くれない?」

「は?」

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107 :げらっち
2024/05/11(土) 10:24:31

「あなたの身体は神秘感があって、とっても綺麗感があるわね!」
 明らかに日本語がおかしい。
「これはアルビノっていって、生まれ持ったものです。一定の確率で生まれる障害であって神秘でも何でも無い」
「ノンノン。そんなことはわかっていてよ」

 金閣寺は私の髪の毛を指でくるくる巻いた。髪といっても私の細胞でできている私の一部だ。気安く触らないでほしい。

「アルビノの白い身体は魔術に利用できると、昔からの言い伝え的なのがあるのよ」

 それは聞いたことがある。
 実際に人身売買、手足を切り取る、儀式の生贄にするなど、アルビノに対する迫害は行われてきたし、今も狭小な価値観と古臭い迷信に囚われた大いなる愚か者が、そのようなことを行い続けていると聞く。
 日本は差別こそあれ魔女狩りや魔女裁判は無いため、まだましだと思ったことはある。

「ほんとうは指の1・2本欲しかったんだけど、それだとイタイイタイでしょう。髪の毛でいいからほしいの」

 ……まさか目の前に大いなる愚か者が居ようとは。

「正気なの?」
「ほしいの!」
 金閣寺は私の髪を思い切り引っ張った。
「痛い!!」
 私はすぐに変身した。
「コボレホワイト!」
 金閣寺も同時に変身を済ませた。
「ミコゴールド!」
 金閣寺はその名前その髪色そのイロと同じ、金色の戦士と成った。金のスーツに、金の袴。
 室内の生徒たちは突然のエンカウントにザワつき、こちらの様子を伺い始めた。

「小豆沢サン? 魔法に精通したわたくしと勝負するような絶望感があることはしない方が良くてよ。大人しく髪の毛を渡しなさい?」

「あげない。禿げちゃうから」

「物分かりのワルイコねぇ。調教して差し上げるわよ! 胸を借りるつもりで掛かってきなさい!」

 金閣寺は両手を広げ、胸を突き出した。だる絡みを逃れるにはこいつを倒す以外道は無さそうだ。
 私はイメージする。吹雪を起こし目をくらまし、アイスシューズで滑走し逃げよう。
「ブリザード!!」
 だが吹雪は、金色の光りによって掻き消された。
 金閣寺は手で印を結び、金色の守りを展開している。吹き荒れる雪はそこに届かない。
「こうなりゃ……ツララメラン!」
 腕を振り、氷のブーメランを撃ち込む。だが武具は金色の光りにぶつかるなり、水に分解されて消えた。
「甘々のアマチュアねえ。金のカラーの前にはどんなカラーも無為。それにあなたの魔法は稚拙感があるわ? 行き当たりばったりでは強い魔力も豚にルビーよ?」

 先輩ぶりやがって。正論なだけにムカつく。

「早く髪の毛を寄越しなさい。でないと戦ー1敗退することになるわよ?」

 だが私は秘策を思いついた。こいつに勝てる魔法が1つだけある。

「まだ負けてない。知ってる? とっておきの魔法があるのだけれど」

「何かしら?」

「スマホを消す魔法」

 金閣寺はしばしフリーズした後、その意味に気付き、グヒュッ、と汚く笑い、お腹を押さえて倒れた。
「すまほをけすまほう!! それはとっておきね! ギャッはっはっ!!」
 金閣寺が笑い転げている間に、私は教室から早退する。いつみ先生が授業をしないならクラスに参加する意味は何も無い。

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108 :げらっち
2024/05/11(土) 10:31:56

《天堂茂》


 僕が所属するのは、学年の生徒のうち上位1割のみが入ることのできる、エリートクラスだ。
 遅刻など論外だ。僕は今日も授業開始15分前には教室に到着し、自習を始めていた。
 授業開始30秒前に慌てて教室に入って来る生徒も見受けられたが、そんな奴らがエリートクラスに居ていいわけが無い。後で父上に言って、他クラスに格下げさせてやろう。そうだな、俗物の集まる魔法クラスなんかがいいだろう。

 エリートクラスの教室には最新式のパソコンが並んでいる。
 1戦隊につき1台このパソコンを使い、軍事シミュレーションに打ち込むというのが、主な授業内容だ。
 僕は今日もゲーミングチェアに腰掛け、キーボードとマウスで画面の中の戦隊を動かす。背後からエリートファイブの連中が画面を覗き込んでいる。
 セオリー通り。僕は相手の戦隊を叩き潰す。WINの表示。相手が投了した。完膚無きまで叩き潰してやるつもりだったが、相手にならんな。
 後ろからエリートファイブの連中が持て囃した。
「すごいです! 今日の戦術も冴えてましたね! これで49連勝ですね! 50勝まであと1勝!!」
「エリートファイブに勝てる戦隊なんて居ないんじゃないですか? これも全部茂さんのお陰ですよ!」

 僕の向かいでパソコンを使っていた対戦相手の戦隊、文具戦隊モノレンジャーは涙ぐんでいた。
「ちっくしょ……次は負けないからな……」

「次だと? 実戦に次は無いし、この僕がお前らのような雑魚をもう一度相手にするわけが無いだろう? 僕は無能な暇人ではないのだからな。お前らは確かテストでギリギリ100位に入り何とかエリートクラスに入れたのだよな? お前らにエリートの肩書きは荷が重い。もうクラスを替えるか、退学したらどうだ?」

 モノレンジャーはマウスをガンッと叩いた。
 言い返せないからといって八つ当たりとはレベルの低い。

「ほ、本当に凄いんですねえ、茂クンは」
 エリートクラスの担任、世川秀秋が揉み手をしながら近寄ってきた。
 痩身でスーツを着ており、眼鏡を掛け、頭髪は少し薄くなっている。元々父上の部下だったこの男は僕の言いなりになっている。
「き、きっと将来は立派な司令官になれますよ、はい。お父様もお喜びになるはずです、はい」

 前線に出る戦士など駒だ。その駒を動かす司令官に、僕はなるというわけだ。

 僕は椅子をくるっと回転させ、立ち上がった。
「どこに行くんですか? 茂さん」
「つまらん。このクラスに居る奴らなど相手をしていても無駄だ」

 僕は廊下に出た。
 僕は昨日の晩餐で、全クラスに向け、「小豆沢七海を潰せ」という通達を出した。そろそろ成果が出た頃だろうか?
 すると足音を立てながら、大柄な男がこちらに向かってきた。廊下を走るとはマナーがなっていないな。
「坊ちゃ~ん!!」
 土だらけのジャージを着たいかつい男だ。走るなり土が廊下に飛散した。コイツは確か魔法クラス2年・古文書戦隊ブンメイジャーのブンメイブルーこと河野(こうの)インダスだ。僕は記憶力が良いので覚えている。
「何の用ですかね、先輩? まさか小豆沢七海を潰せたのか?」
 インダスは土だらけの軍手で額の汗を拭いたので、額に土が付いた。
「違うダス。でも朗報ダスよ!! 古文書を解読した所、学園の地下に《入れ替わりの石像》があるということがわかったダス……」
「石像だと?」
「入れ替わりの石像は、人のカラーを入れ替えることができるとされる伝説の秘宝ダス。見つかれば大変な功績ダス。その歴史的瞬間に、坊ちゃんにも立ち会ってほしくて」

 何をのぼせたことを言ってやがる。
 僕が今気になっていることは1つだけだ。

「入れ替わりの石像があれば、坊ちゃんの掲げるコボレンジャー討伐にも役立つかもしれないダスよ」
「ほう……?」

 僕が気になっていることは、小豆沢七海を倒すことだけだ。

[返信][編集]

109 :げらっち
2024/05/11(土) 10:36:00

《七海》


 薄曇り。
 私は校舎を抜け出し、校庭脇の森にある緑道を歩いていた。
 ネクタイはもう完全にほどけていたので、結ぶのは諦めてポケットに突っ込んでいた。

 どうしようか。寮に戻っても楓は授業で居ないだろうし、やることがない。
 すると、チャリンチャリンと自転車のベルが鳴った。音の方を見ると、緑色の自転車に乗って、緑ジャージを着た男子が走ってきた。あれは。
「公一!!」
「いよぅ七海! こんなとこで何しとんねん」
 公一は片足を地面に着いて、キュッと停車した。

 何故だろうか。偶然出会えたことが、妙に嬉しい。

「授業抜けてきちゃった」
「あちゃー、不良やな七海は」
「あなたこそ何してんの? 夜の授業に備えて寝ないの?」
「いつも昼寝しとっちゃ味気ないやろ。たまには昼も外に出たいんや。ちょっとチャリで、ドライブ」
「それを人はサイクリングと言う」

 そうだ。
 金閣寺アホ子の謎々を出してみよう。どう答えるか、気になる。

「さぁて問題です。私みたいな熊をなんていうでしょーか!」
「はぁ? 七海は熊じゃなくて犬やろ? 誰に向かっても吠えるからな!」
「ワオーン!!」
 私は公一に飛び蹴りした。

 で。
「何で自転車持ってんの?」
 彼が乗っていたのは普通のママチャリだ。カゴにはバッグが放り込まれており、オカンに貰ったとか言うお守りがくっ付いている。
「移動用に決まっとるやん。俺バス酔うねん。いちいち徒歩で校舎と寮往復するのもだるいし自転車つこうてんねん。戦隊学園むっちゃ広いよ。学園でチャリ貸し出しとるから、七海も借りたらいいやんか」
 そういえば、たまに自転車に乗った生徒を見かけるし、寮にも駐輪場があるのはそういうワケだったのか。でも。

「それは無理なお話ね」

「何で?」

「乗れないから」

 公一はあからさまにがっかりした顔をした。そんな顔しないでくれ。
 自転車に乗るなんて裕福な家のやる事じゃないか。
「まあいいや。そんなら後ろ乗りーや」
「え? いいの?」
「ええよ!」
 公一は自身が乗るサドルの後ろの部分を指さした。
「ここ乗るとめっちゃケツ痛くなるけどな!」
「甘んじて痛くなるとしよう」

 私はスカートをまくし上げ、サドルの後ろにまたがった。
 公一のひょろひょろな背中が目の前に見える。栄養が足りてるのかこいつは。

「何してんねん。出すで。早くつかまりや」
「あ、ああ。そうね」
 今更だが、男子の体に触れるのは少し度胸が要る。私は公一の頼りない背を、キュッと抱き締めた。
 公一が地面を蹴り、チャリが急発進した。自分が運転しているわけでもないが、風を切って疾走する初めての感覚。転倒しそうで怖い。ずり落ちないように、バランスを崩さないように、必死で公一にしがみついた。
「七海重っ!! 後ろに岩乗せてるみたいや!」
 表現がド直球過ぎだ。
「あなたが痩せ過ぎなんじゃない?」
 私は公一の肋骨を触った。
「何すんねんくすぐったい事故る事故る!!」
「あぶな!!」

 私たちは悲鳴を上げながら、森のサイクリングを始めた。

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110 :げらっち
2024/05/11(土) 10:38:17

 私はそのまま森の奥に連れて行かれた。
 チャリから降りた。
 人目が無い鬱蒼とした森に2人きり。
 公一は突然私に詰め寄る。
 抵抗しても強引に木に押し付けられ、無理矢理キスをされてしまう……

「うわ!!!」

 現実に戻った。何妄想の世界に深入りしてんだ私は。首をブンブン振ってくだらない幻想を振り払う。
 うつつに戻されたのは、公一がペダルを漕ぎながら叫んでいたからだ。
「うわ迷ったああああ!! どこやねんここ!!」
「嘘でしょ? わかってないで運転してたの?」
「お前が居るから集中できへんのや! まじでどないしよう?」
 私たちは学園の南東の森を走っていたはずだ。だが木々の隙間が徐々に狭まっていき暗くなっていた。明らかに校舎から離れて行っている。凸凹した道を進むためお尻がひじょーに痛い。
 森の中には小川まであった。この学園はどうなっているんだ。引き返そうにもどっちがどっちかもわからない。この男を信頼した私がバカだったようだ。
「もういいから止めて! これ以上進むともっと取り返しのつかないことになる!」
「ま、待った待った。あそこに何か見える!」

 森の外れに辿り着いた。

 行く手を阻むように、高い壁がそびえていた。
 10メートル近くはあるだろう。鋼鉄の壁であり、到底乗り越えるのは無理だ。
「あれは学園の辺境の壁かもしれない」

 パァン!!!

 銃声。
「敵襲や!!」
 公一は怯えてバランスを崩し、チャリは転倒。私は足を捻った。
「いった! 気を付けてよ公一!」

「何をしている!!」

 声の方を見ると、高い壁の上に、緑色の戦士が仁王立ちしていた。
 空に向けて構えられたショットガンからは、硝煙が生じている。威嚇射撃をしたようだ。

「かんにんー!!」と白旗を振る公一。情けないな。
 相手は悪い人ではなさそうだし、私は自分たちの状況を説明する。
「すいません、私たちサイクリングしていて、迷っちゃったんです」
「……ん? そうか脱走ではないのか。これは失礼した」
 戦士は銃を下ろし、申し訳無さそうに頭を掻いた。
「私はショットグリーン。学園の境界を警備する、射撃集団ショットマンの1人だ」

 学園に侵入しようとする不審者や怪人を警戒したり、脱走しようとする生徒たちを掴まえているのだろうか。
 たった1つの戦隊で広い学園の境界をカバーするとは、大した手練れだ。

「あっ聞いたことある! たしかショットマンは学園のOBなんやろ?」
 公一がチャリを立て直しながら言った。
「そうだよ」
 とショットグリーン。
「お前ら、授業サボってデートも良いが、学業にも専念しろよ?」

「デートじゃないです!!」
 私と公一は一斉に叫んだ。

「……あ、校舎はどっちの方角ですか?」
「あっちだよ。そこの道を辿って行けば森を出られる」
 ショットグリーンは、木々の合間にある舗装されていない道を指さした。脇は崖になっており、少し危なそうだが、行くしかない。

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111 :げらっち
2024/05/11(土) 10:40:07

 私と公一は学園に向かう。私は公一の背から片手を離し、Gフォンのマップを見ていた。行ったことの無い場所は「???」で塗り潰されているため余り役に立たないが。
 すると。

「待ちなさ~い!!」

 後ろを向くと、ウーウーとサイレンを鳴らしながら、白バイ、ではなく5台のチャリが追走してきた。

「我らは自転車戦隊サイクレンジャーであ~る。自転車の2人乗りは校則違反であ~る。おりなさ~い。おりないと攻撃す~る」

「うわやばいやんまずいやんこんなんで退学は嫌やあああああああああオトンとオカンとさらさに顔向けできへん!!」
「さらさって誰よその女!?」
「妹や妹! 停めるから命だけは助けてくださ違うんです七海が悪いんです無理矢理乗ってきたんですこいつが真犯人です!!!」
 公一はてんぱっていた。
「何言ってるの。きっと戦ー1の勝負で私たちを潰しにきたんだよ。恐らくは、天堂茂の差し金」
「ほんまかいな」

「バレたのであ~る。さっさとお前らをクラッシュさせ~る」
 5人は鎖鎌を振り回し接近してきた。片手運転は危ないのであ~る。
「公一! あなたはとにかく漕ぎ続けて! 私が対処する!」
「わ、わかった!」
 でもどうやって対処しよう。
「あなた忍者でしょ? まきびしとか持ってないの?」
「ズボンのポッケにあるで!」
「しめた!」
 私は公一のズボンのポッケにズボッと手を突っ込んだ。でも。
「あれ? 穴が開いてて、何も入ってないよ」
「あーまずい! まきびしのトゲトゲのせいでポッケが破れて落ちたんや!!」
「まきびしは落とすものだけど落としちゃダメでしょうが!! ヘタレ公一!」

 公一はへとへとになって立ち漕ぎしている。チャリはかなりぐらついていた。落ちないように必死にくっつく。

 対するは、さすが自転車を専門に扱う戦隊である。体力には自信があるようで、余裕でペダルを漕ぎながら、徐々に私たちのチャリに近付いてくる。

 そうだ。
「ブレイクアップ!」
 変身し、公一の背から片手を離し、後ろに向けて、
「氷晶まきびし!」
 氷の結晶のまきびしをばらまいた。
「うぉ!?」
 自転車戦隊はそれを踏む。更にまきびしは路面をカチンカチンに凍らせた。
「痛いのであ~る!!」
 自転車戦隊はスリップし、壊滅した。

 戦ー1、2つ目の勝ち星だ。

「倒したよ! ってうわ!」
 私は重心を後ろにずらし過ぎてしまい、自転車から放り出された。「七海!!」私は地面をバウンドし、道の脇にある傾斜をゴロゴロ転がり落ちた。痛い。変身していなければ全身擦過傷だらけになっていただろう。
 何とかして木の根などを掴んで止まろうとするも、急勾配になり勢いが止まらない。そのまま崖下にある穴に落っこちた。

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112 :げらっち
2024/05/11(土) 10:42:46

《天堂茂》


 僕は薄暗い穴の中に居た。

「河野先輩! 一体いつになったら見つかるんですかね?」
 僕は上級生相手でもお構いなしに声を荒げた。
 穴の奥から、大柄な青い戦士が這ってきた。ブンメイブルーだ。まるで巨大なモグラが近付いてきたかのようで気味が悪い。頭にはライトが装備されており、周りを照らしている。
 青い戦士はしゃがれ声で言った。
「坊ちゃん。《入れ替わりの石像》はもうすぐ見つかるはずダス。古文書に寄ればこの近くにあるんダス……」

 ブンメイジャー及び穴掘り戦隊ドリレンジャーが学園の南東の地下を掘削していて、僕は昼からずっと、この居心地の悪い穴ぐらに居る。
 ブレザーもYシャツもきちんと結んだ赤いネクタイも、土で汚れてしまった。
 穴の中は蒸し暑く、ガガガガと、巨大工機ドリレンオーが穴を掘る音が響いており、耳がいかれそうだ。
「先輩!! 僕はちょっと上に出て休憩していますからね!! もしも万分の一の確率で宝が見つかった時は報告して下さいよ!!」
 大声でそう言うも、騒音が声を打ち消したのか、返答は無かった。
 僕は1人、穴の中を出口に向けて進んだ。
 穴は蟻の巣のように張り巡らされている。
 一刻も早く、この鼓膜をビリビリに引き裂くようなうるさい空間から脱したいものだ。耳を塞ぎ、屈んで足早に移動する。

 しばらく進むと、音がしなくなった。

 助かった。
 ホッと一息つく。

 しかし。

「……ここはどこだ?」

 まさか、な。

 エリートであるこの僕が道に迷うなんてことは、無いよな。

「大丈夫だ。ここを進むと外に出られるはずだ」
 だがいくら歩いても歩いても、地上の光りは見えない。
 Gフォンのライトを唯一の光源とし、這って進む。
「河野先輩!! ドリレンジャーの奴ら!! おい! 聞こえたらただちに返事をしろ!!」
 僕の声は僕以外の耳には吸収されずに、穴の中を彷徨って、暗闇に少しずつ消えた。
 静寂は孤独の証。あのドリレンオーの爆音さえも懐かしい。

 嫌な予感がする。

「オイ!! フザけるな返事をしろ! 僕の父上はニッポンジャーの隊長・天堂任三郎だぞ!! 返事をしないと父上に言い付けるぞ!!」

 こんな地下までは、父上も助けに来ない。
 僕は必死に穴の中を這いずり回った。見ると、手のひらが真っ黒に汚れていた。何でエリートである僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。くそぅ、くそぅ、くそぅ……

 はっ。
 息が、苦しい。

 最悪の考えが頭をよぎる。
 恐竜の化石のように、白骨になって、ブンメイジャーに発掘されて、古代人の遺骨が見つかった、新発見だと、喜ばれるという考えだ。普段の僕なら思い付きもしないような、稚拙な空想が、僕が追い詰められていると物語る。
「い、いやだ! こんなところで死ぬなんていやだあああああああああああ!!!!」

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113 :げらっち
2024/05/11(土) 10:44:37

 ポワッと、光りが見えた。
 その光に浮かぶシルエット。人の影。
「おおおお化け!?」
 僕は腰を抜かした。
 いや、何を寝ぼけている。精神が摩耗していたのであろう。あれはお化けではない。
 人だ。
 助かった!!

「おーい、迷ったんだ! 助けてくれ!!!」

 僕はその人影に飛びついた。
 Gフォンの光りに浮かび上がった、どこまでも真っ白い顔。

 小豆沢七海だった。

「げ!!」

 僕はただちに飛び退いた。
 僕のブザマな姿を、一番見られたくない奴に見られた!!! これなら死んだほうがましだ!!

 小豆沢七海は言った。
「汚い手で触れないで?」

「こっちの台詞だ!! 汚いのはお前だ、白い肌の障害女!!! 僕に白いのがうつったらどうしてくれる!! ここから出たら、アルコール消毒液の風呂に入るからな!」
 ここから出たら……
 そうだ。とにかくここから出なくては。小豆沢七海に助けを乞うのは僕のプライドが許さないが、背に腹はかえられない。
「おい小豆沢七海! 教えろ、出口は何処だ」
 しかし小豆沢七海は絶望的な答えをした。ムカつくジェスチャーを交えて。
「ざーんねーん。私も迷子中」
 僕は目の前のクズをぶん殴ってやろうかと思った。しかしそれは野蛮で、体力の無駄だ。拳を振り上げるだけ振り上げてやめた。
 冷静にならなくては。
「お前もここに入ったということは、出口があるということだろう?」
「うん。ちょっと事故って森の中の穴に落ちた。そこから登るのは無理だと思うよ」
「つ、使えない奴!」
「この場合、お互い様じゃない? 2人でミイラになるか、ここから出て殺し合うかの二択だと思うのだけれど」

 相変わらず口の減らない女だ。
 落ちこぼれの分際で、エリートのこの僕に対して、そんな口の聞き方をして許されると思っているのか? 礼儀もなっていないし、目立ちたがりで、どこまでも図々しい。いつか父上に言って、お前を退学にさせてやるからな。
 ……ここから出られればの話だが。

「くそっ」
 僕は小豆沢七海に背を向けた。こんなクズと話していても埒が明かない。
 僕は腹いせに地面を蹴った。すると、爪先が硬い石のようなものに当たり、親指がぐにゃと曲がった。
「いたああああ!!!! 礼儀の無っていない石め、父上に言い付けるぞ!」
「その口癖直したら? 雑魚っぽい」
 小豆沢七海は、痛みに転げる僕を跨いで、石に近寄った。
「あ、これ石じゃないよ」
 小豆沢七海は地面に半分埋まっている何かを、Gフォンで照らし、掘り出した。

「石像だ」

 照らし出されたその小さな像は、金色で、変身した戦士のような姿をしていた。
 その像は!
「貸せ小豆沢!!」
 僕は女の手から像をぶん取った。
 入れ替わりの石像! 実在したのか! 今更こんな物が手に入っても何の意味も無い!! こんな物のために、僕は世界で一番汚らわしい小豆沢七海と、生き埋めになって死ぬんだ!!!
「こんな物!!」
 僕は全ての憎しみを込め、像を地面に叩き付けた。像は呆気なく、バラバラに砕けた。

 いい気味だ。

「何してんの! ガスが!」
「ガスだと?」
 よく見ると、像の残骸から、紫色のガスが漏れていた。
「うげ!!」
 僕は小豆沢七海を引っつかんで、盾にした。
「お前が浴びろ!」
「何すんの!」
 逆に小豆沢七海が僕を引っ張り、ガスを浴びさせる。
「この……死にぞこないの……落ちこぼれめ!!」
 僕と小豆沢はもみくちゃになって、一緒にガスを吸い込んだ。
「ゲホッ!!」
 僕たちは心中するのか!?

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114 :げらっち
2024/05/11(土) 10:44:51

《七海 ?》


「おーい、大丈夫か!?」

 男の人の、しゃがれ声がする。

 なんだっけか、よく覚えていない。
 確か公一とサイクリングしてて、事故で自転車から落ちて、そのまま穴に落っこちて……?
 でもどうやら助かったみたいだ。

 私は目を開けた。視界はぼんやりと霞んでいた。また視力が落ちたかな……
 まあ、生きていただけ儲けものか。
 でもちょっと違和感があった。昼空の下寝かされているのに、雲の隙間に見える青空が、眩しくなかった。少しは眩しいが、目を突き刺すような痛みは無く、目を細めれば、見ていられた。

「目が覚めたダスか、坊ちゃん」

 坊ちゃん!?
 せめて嬢ちゃんと呼んでくれ。嬢ちゃん呼びも、ちょっと嫌だけど。
 男の人が、私の耳につるを掛け、鼻に眼鏡を乗せた。たちまち視界がクリアになった。
 あれ? 私眼鏡なんて掛けていたっけ。
 まあいいや。とにかく助けてくれた人にお礼を言わないと。

「ありがとうございます」

 ん!?
「ん?」
 私は意味の無い声を出した。声を確認するためだけに発する声。
「あー、あー。あ゛ー!?」
 声が潰れたように低く、いつものように発声しようとすると裏返り、妙ちくりんになった。
 怪我をしたショックで声変わりしたのか? 私、女だったはずだが。

 私は起き上がり、尋ねる。
「あ、あの。私、どうなったんですか?」

「まだ混乱しているみたいダスね……」
「そりゃああんな目に遭ったんだから、仕方ねえべ」
 土まみれのジャージを着たいかつい男たちは、顔を見合わせていた。
「坊ちゃんは恐らく道に迷ったんダス。酸欠の状態になって倒れている所を、オラたちが発見した。発見が遅れたら最悪の事態になっていたダスよ」
 その後、驚くことがあった。隣の男が「天堂茂坊ちゃんに何かあったらオラたちただじゃ済まねえからな……」と言ったのだ。


 天堂茂!!?


 私は改めて自分の体を見た。
 スカートではなくズボンを穿いているし、手指は汚れているものの、白ではなく肌色だ。
 体を触ると、脂肪メインの女の柔らかい体では無く、筋肉メインの男の硬めの体だった。
「か、鏡見して!!」
「鏡? じゃあオラの手鏡を」
 男はごつい割に花柄の手鏡を出したが、そんなことはツッコまなくていい。私は祈り、鏡を覗き見た。

 最後の祈りは届かず、そこに映っていたのは、大がつくほど嫌いな、天堂茂の顔だった。


つづく

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