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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗342-353

342 :げらっち
2024/07/22(月) 18:18:42

第31話 ブルースカイ


 あっという間に時は流れ、決勝の前日。

 目が冴えて眠れず、私は1人、夜の散歩をしていた。パジャマの上に水色のパーカーを羽織ってクロックス。満天の星空の下、当てもなく歩く。


 見覚えのある所に到着した。
 グリーングラウンド脇の、紫陽花畑。夏なので花は咲いていないが、ここには、もっと綺麗な紫がある。
 ここに来る意思は無かったのだが、星空の道標は、私をコボレのスターの所に道案内してくれたようだ。
 凶華が寝泊まりしているテントは明るかった。シルエットが見えている。
 私はテントをノックしようとしたが、暖簾に腕押し、入り口の布を突き抜けてしまった。

「よおナナ! お前が来るのは匂いでわかったぜ!」

「やっほー凶華。お邪魔しても良い?」

 私は返事を待たずにテントに侵入した。
 凶華の家であるテントの中は、小ざっぱりとしていた。ランプに寝袋、制服など必要最低限の物しか無い。
 購買のお弁当とティラミスの空の容器が袋に入れて置いてあった。

 凶華はというと、紫に白い水玉模様のパジャマを着てあぐらをかいていた。
「どうしたんだよナナ。寝ないのか?」

「眠れなくてね。明日に備えて、早く寝なきゃならないのはわかってるんだけど」

 私は凶華の隣に正座。凶華は何気ない話をするように、ショックなことを言った。

「オイラ、明日の決勝に出るかわかんない」

「ええ!?」
 何を今更急に。
「あなたはコボレの7人のメンバーのうちの1人だ。居てくれないと困る」
「コボレは6人だろ?」
「まあ正式には。でもいつみ先生を合わせて、7人だ」
 凶華は首を横に振った。
「あの教師、信用ならない。偽物臭く嘘臭いぞ。アイツの指示になんか従いたくない」
「まだそんなこと言ってるの?」
「あの教師は人の心を持たずに怪人を殺す」

 ……確かにそれはそうかもしれない。

「でもそれは、今は関係無い。私と一緒に虹を見ようよ」

「オイラに何の得があるんだよ? お金を貰えるわけでも無ければティラミスを食べられるわけでもない」

 凶華は子供っぽく見えて、損得勘定で動くリアリストだ。
 だがこの犬にはもう1つの行動ロジックがある。それは主従関係だ。

「報酬は無いよ。これはリーダーとして、飼い主としての命令だ」

 私は念じた。フェロモンよ届け!!

 凶華はじっと私の顔を見ていたが、ちょっとだけ鼻をひくつかせて、そして言った。

「……そうか、わかった。あの教師に従うんじゃないぞ。ナナに従うんだ」

「勿論それで良いよ」

 私は握手しようと手を出したが、犬はポンと手を重ねた。「お手」だ。「おかわり」というと、反対の手を置いた。
「おかげさまで、眠くなってきたよ。じゃあね」
「また明日遊ぼうぜ」
 私はテントを出た。

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343 :げらっち
2024/07/22(月) 18:19:01

 2044年8月11日、戦ー1決勝当日。

 10時、コボレンジャーは金ぴかのゴールドスタジアムに会場入りしていた。
 猛暑だが、曇天なので命拾い。雲がお日様の取り巻きをしていて本当に良かった。雲というブロッカーが無ければ、真夏の昼間の日光に晒されて、私は棄権を選んでいたかも知れない。
 フィールドを囲う観客席には、全校生徒2000人が押し寄せている。席は一部2階建てになっており、上階は大きな窓がある室内の観戦席となっていた。ここは教師陣が陣取るつもりらしい。

 控え室では皆そわそわとしていた。
「みんなよく眠れたブヒ? 僕は一睡もできなかったブヒ~!!」
「私はいっぱい寝れたよ。準備バッチリ」

 会場にはちゃんと凶華も来ていた。私は犬に、親指と人差し指で◯を作ってOKと送った。

「七海」

 いつみ先生が私の肩にポンと手を置いた。
「ついにこの日が来たね。校長先生に挨拶に行こうか」
「え、お越しになっているんですか?」
「当然だよ。さあ、コボレのみんなで行こうじゃないか♪」
 いつみ先生の提案に対し、凶華だけはそっぽを向いた。
「オイラ行ーかね」

 凶華以外の私たち5人は、いつみ先生に同行しエレベーターに乗り、上階の教員用観戦席に向かった。

 到着。
 空調が完備され、背もたれのあるゆったりとした座席が用意されており、十数人の先生たちが寛いでいる。
 ガラス越しに、バトルフィールドが見下ろせる。
 特等席だな。
 私もこんなところで優雅に戦いを観覧してみたい。でもそういうわけにはいかない。私は見下ろされる側だ。そう考えると、リラックスしていた首元が、きゅっと絞められて、緊張感で息が苦しくなるように思えた。

「いやぁ~、楽しみですねぇ、今日の運動会は。白組も紅組も、全力を尽くして、悔いの無いようにやって下さいねぇ~……」
「あのですね村田先生。今日は運動会じゃなくて戦ー1です! 運動会は秋ですよ!! そう何度も間違えては、引退をお考えになった方がよろしいのではないですか!? シルバー人材雇用ももう限界ですよね!?」
 フライドポテトを手に椅子に深くもたれる81の老人村田と、孫娘ほど年が離れた水掛先生が隣同士の席順になっているとは、何とも皮肉だ。

「和歌崎先生、夜勤明けの所お疲れ様っス!!」
 緑谷先生は、和歌崎先生にペコペコ頭を下げていた。まるで赤べこ。緑だが。
 和歌崎先生はくノ一であり、教師陣で唯一戦隊歴が無いらしい。長い黒髪を高い位置に括っていて、尖った顔、両目の下から顎に向けて赤い線が引かれている。
「そう言うならコーヒーくらいおごってよ」
「ハイ、コーヒー! コーヒーもコーヒー、目の覚めるブラックコーヒーですね! 緑谷筋二郎、この筋肉に賭けて、必ずや30秒以内にお持ちします!!」
 緑谷先生は腕をブンブン振って走り去って行った。

「ぶ、不格好ブヒねえ……」
「おい豚、和歌崎先生何歳か知っとるか?」
 公一と豚がコショコショ話している。
「わかんないブヒ。若くも見えるけど」
「カンカンジャーの先輩調べでは、なんと50! 忍者の夫に先立たれた寡婦らしい! 緑谷先生は年上好きだから、狙っとるっちゅうわけや」

 ガッ!!!

 足元に四方手裏剣が突き刺さり、公一と豚は顔面蒼白になり震え上がった。
 和歌崎先生は座ったまま公一たちを睨み付けていた。
「江原公一、情報伝達は忍者の基本のきです。他人に傍受されぬよう細心の注意を払いなさいこの不注意者が!! だから赤点を取るのじゃといつも言っておろう!!」


 あれから30秒経ったが、緑谷先生、帰ってこない。


「おっ、佐奈ちゃん! ここまで勝ち残るとはさすが私の見込んだ生徒だねえ!」
 黄瀬先生は禿げ掛けており、オシャレに決めた蝶ネクタイも、首の肉に埋まってしまっている。デリカシー無く佐奈のソーシャルディスタンスに踏み込んだ。
「今日も小っちゃくてかわいいよお。ベストを尽くして……あわよくば、優勝してねえ……うひゃひゃ……」
 黄瀬先生は尊いものを触るように、佐奈の頭を撫で回した。佐奈は流石に教師相手に暴言は吐かなかったが、その険しい目は「小っちゃくてかわいいって言うなそれに加えて脂ぎった手で触るな」と訴えていた。

「イラちゃん、ここまで来れて先生は感動だよ!」
 桃山先生はピンクのハンカチで涙を拭いていた。身長は結構低く、楓と同じくらいしかないので、少女らしさを感じる。下ろした茶髪に、おニューと思われる桜の髪飾りを付けている。
「ボーナスステージだと思って楽しんで!!」
「はーい、あかり先生!」
 2人はハイタッチした。

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344 :げらっち
2024/07/22(月) 18:19:31

 隅の席、足を組んで座って居るのは、青竹先生。学年主任のいつみ先生に対し、日影の存在と揶揄される副主任。
 彼は鋭い目つきで、いつみ先生に懐疑的な質問をぶつける。

「いつみ、お前生徒に力添えするようだな? 教師としてどうなんだ?」

 いつみ先生は朗らかに答えた。

「教師としてではない。コボレンジャーの一員として参加する。大丈夫、直接手を出すようなことはしないさ♪」

 青竹先生はチッと舌打ちした。


 校長先生は車椅子に座って、ガラスの向こうを眺めていた。
 私はその姿を見るたび、心を打たれてしまう。今は萎れてしまった小柄な老人。若い頃は最前線で活躍したヒーローだった。
 老害や逆走老人なんかとは違う。年を重ねることでしか生み出せない静かな気迫を背負った、生きる伝説が、そこに居る。若いうちからひねくれた生き方をしている自分が、少々恥ずかしくなり、せめてもの償いにと、自ずと背筋をピンと伸ばした。

「生徒の方を向かせて貰えますか」
 校長先生は、脇に控えるヘルパーに小声でそう言った。
「かしこまりました」
 ヘルパーは無個性な声でそう答えると、無駄のない動作で屈み込み、キュッとブレーキを解除し、車椅子を方向転換させ、私に向けた。そして先程の巻き戻しのような動きでブレーキをかけ、お腹の辺りで手を組んで下がった。
 この洗練された実務的な動きにもいつも感心してしまう。

「小豆沢七海さん。あなたは前に校長室で私と話した。覚えてくれているかね?」

 校長先生は私の様な下の者にも「さん」を付けて呼んでくれる。本当に頭が上がらない。
「も、勿論覚えています。校長先生が期待して下さって、とても嬉しかったですので、覚えていたです」
 完璧な尊敬語を使おうとした結果、声が上ずって、言葉の使い方を間違えた。普段目上の相手にもため口で話しちゃってるから……
 校長先生はしわだらけの顔でクスッと笑った。そして口に手を当て、ひそひそ話をするように言った。

「公平であるべき私がこんなことを言うのも憚られるが、ここだけの話、《ガンバッテ》」

 校長先生はお茶目だ。
「は、はぃい」
 私は女の子のような声を出した。

 いつみ先生は、校長先生とその背後のヘルパーを見据えて、豪語した。
「校長、あなたの試金石のお陰で、金剛石を見つけ磨き上げることができましたよ」

 金剛石、それはダイヤモンドのことだ。
 私たちがダイヤモンド? それはちと買い被り過ぎではなかろうか……

「コボレンジャーは、優勝します。実力を見て下さい♪」

 ここまで大口叩いて負けたら、シャレにならないぞ?

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345 :げらっち
2024/07/22(月) 18:20:02

 11時、試合開始。
 いつみ先生を合わせたコボレの7人は、フィールドに足を踏み入れた。ジャリ、スニーカーで敷き詰められた白砂を踏む。広がるのは曇天。晴天の下の熱戦を期待した観客たちは残念がったかもしれないが、私にとっては九死に一生。
 どうせ相撲の時のように完全アウェイ、コボレに対しブーイングの嵐だろう。そう思っていると。

「コボレ!! コボレ!!」

「七海! 俺たち応援されてるみたいやぞ!!」
「え? そんなわけ……」
 我が耳を疑いたくなったが、確かに聞こえる。

「コボレ!! コボレ!!」

 2000のオーディエンスが大歓声を上げ、私たちの入場を歓迎していた。

「コボレ!! コボレ!!」

 1年生の無名戦隊の快進撃に、生徒たちは徐々に興味を示し、応援するようになっていたのだった。
「ラッキーだね七海ちゃん!!」
「ありがたいブヒ~」
「天堂茂が聞いたらアナフィラキシーショックを起こすやろな!」
 皆喜んでいたが、私は釈然としなかった。ずっとコボレを否定し非難し攻撃してきた癖に、手のひら返しか。誰かがコボレを叩けば、皆も便乗する。誰かが注目すると、皆もそれに従う。自分が無い奴らって、大嫌い。それならずっと叩かれていた方が、マシだ。

『心はレディーのジェントルメンも! 見た目はボーイのガールズも! 実況はおなじみ、配信戦隊ジッキョウジャーの実況者YUTA! ついにこの日がやって参りマシタ! 戦ー1の最終決戦、泣いても笑ってもバズっても炎上してもこれが最後!!』
 放送が観客たちを囃し立てる。
『片や音楽戦隊ピアノワン! アーティストクラス首席による謎の多い戦隊デス。対するは虹光戦隊コボレンジャー! 1年生のクラス混成、大穴ながら、ここまで勝ち残ってきマシタ!! 皆さん盛大な拍手を!!』

 観客席は熱狂の渦に包まれた。
 佐奈がいつみ先生に言った。
「先生、コンディションは良さそうですね」
「そう思うかい?」
 先生は日食のような、陰りのある笑みを見せた。
「アウェイをホームに変える。それがピアノマンの恐ろしい所だ」

 え?

『敗北を認めるか、フィールドから離脱したら負けというシンプルな勝負デス。それではレディーゴー!!』

 歓声を引き裂くように、荘厳で、風格のある音色が聴こえた。

 フィールドの向こう側に、グランドピアノが置いてある。
 燕尾服を着た男性がピアノを弾いていた。その頭はすっぽりと箱の様な物に覆われていた。その立方体に、♪マークが書いてある。

 男性は演奏しながら喋った。
「バッハッハ……アウェイへようこそ! 私は半部果て菜。またの名をピアノ・ワンと言う」
 男性は中年の様な低く太い声で喋った。本当に学生なのだろうか。

「変身しないの?」と楓。
「必要ない」
 男性は鍵盤を叩く。
 心臓を直接叩かれたような衝撃が走り、私は苦しみのあまりのけ反った。
「かはっ!!」
「しっかりしろ!」
 公一に背を支えられる。
「先生、これは!!」
「シューベルトの【魔王】だ。七海、きみを殺しにかかっているぞ」

 ピアノから紫色の悪魔のような影が立ち上がっているではないか。

「よくも七海を。棒手裏剣!」
 公一が棒状の暗器をピアノに打ち付ける。ガツン! 演奏は一時中断する。
 半部果て菜は低い声でこう言った。

「音楽には音楽で勝負しろよ」

 私は公一を押しのけ、進み出た。
「望む所。この日のために練習してきたんだからね。コボレ楽団の演奏、聞かせてあげるよ」

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346 :げらっち
2024/07/22(月) 18:20:30

「バッハッハッハ! では私の楽団員が相手になる」
 半部果て菜は激しい手の動きで曲を叩き出す。黒鍵と白鍵で音楽を作り出す。悪魔の影は増幅そして分散し、会場のあちこちに飛んだ。
「ああああああ!!」
「うおおお!!」
「キャーーーーーーー!!!」
「ぴよー!」
 観客たちの悲鳴が聞こえる。
「何事ブヒ!?」
 そして次の瞬間、更に恐ろしいことが起きた。

「ブレイクアップ!!!!!!!!!!」

 2000の観客の声が、ハモった。
 戦隊証を持つ全ての生徒たちが一斉に変身したのだ。赤・青・黄・緑・黄緑・ピンク・紫・オレンジ・藍・水色・金・銀・銅・茶・ベージュ――様々な色を持った戦士たちが、我先にとフィールドに降り立つ。カラフル過ぎて視覚の情報量が過多になり、眩暈がする。

 これが「∞」か!!

 いつみ先生は言う。
「ピアノ・ワンは音楽で観衆を操ることができる――コボレの最後の相手は、全校生徒というわけだ」
「な、何でその情報を最初に開示してくれなかったんですか?」
「きみたちが変に意識してしまうのを避けるためさ。教えた所でやるべき事は変わらないしね。実力を発揮する、それだけだろう?」
 先生は、破顔一笑。
「トゥッティ!」
 指揮棒を上げた。
「ワン、トゥ、スリッ、フォッ!」
 四拍子そして。

「ブレイクアップ!!!」

 私たちは変身する。

「コボレホワイト!」
「コボレブルー!」
「コボレイエロー!」
「コボレグリーン!」
「コボレピンク!」
「コボレスター!」
「Gレッド!」

「虹光戦隊コボレンジャー!!!!!!!」

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347 :げらっち
2024/07/22(月) 18:20:46

 いつみ先生は教師であり、直接参戦できない。もし攻撃をすれば反則になってしまう。
 先生は「指揮者」、文字通り指揮する者。監督であり、ゲームマスターだ。
「ライジング・サン」
 先生はふわっと浮き上がり、太陽のように、みんなを照らす位置に昇った。

 2000の生徒、400の戦隊がコボレに攻撃を仕掛ける。
「ソウデンジャーの一子相伝暗殺カーニバル!!」
「ホームランジャーのデッドボール・マシンガン!!」
「スペースファイブの宇宙怪光線土星の巻!!」
「トイレンジャーの水栓スラッシャー!!」
「スイカレンジャーの種ガトリング!!」
「ダイノマンのスピノボンバー!!」
「ビームジャーのビーム!」
「えー、本日お集まりいただいたみなさん。わたくし、演説戦隊ナガインジャーが選挙カーに乗ってコボレンジャーの奴らに説教して参ります」

 360度包囲され、400の攻撃が、私たちの居る一点に向けて収斂してくる。

 いつみ先生は空中にて、情熱的かつ精密な指示を出す。
「5色は伏せろ!!」
 私たち5人は伏せる。
「そこだ凶華!」
「ワオーン!!」
 凶華はマーチングの風物詩、カラーガード。虹色のフラッグを一回転、400の攻撃を一撃で薙ぎ払った。

 この3週間、私たちは合奏の練習を急ピッチで進めたのだ。

 コボレ用に楽器が搬入されていた。私たちはそれぞれの楽器を取り、先生の指揮で演奏する。

 公一はオーボエ。木管楽器の中でも特に難しいとされる。
 それでも彼は器用に技量を上げていた。飄々とした低音は派手でこそないものの、無くてはならない存在。
 音はフィールド全体に染み渡り、じわじわと敵のエネルギーを奪い取っていく。

 佐奈はパーカッション。
 小さな丸椅子に座って、彼女を取り囲むドラムやシンバルを殴打する。激しい動きと音で私たちを鼓舞してくれると同時に、電気の弾を飛ばし戦士たちを気絶させた。彼女は小柄な中に凄い熱量を秘めている。
「カミナリ充填!!」
 バチをせわしなく動かし、電力を溜めていく。
「豚! 準備は良い!?」
 豚はティンパニー。
「オッケーブヒよ!!」
 リズミカルに、ボン、ボン、太鼓を叩く。低く轟く大きな音。地面が揺れる。コボレを支える力持ち。
 佐奈と豚は声を合わせ、唱えた。

「ポータブル天変地異!!!」

 2人の周りの空間がくつがえった。哀れ戦士たちは地面から突き出した雷に吹き飛ばされ、上空に落っこちて行った。

 楓はトランペット。金管楽器の王様だ。
 プァ!!
 甲高い快音が、戦士を殴り付ける。
 練習期間が極端に短く、楓に素質があるとも言い難いため、あまり上手くはない。むしろ音痴だ。
 それでも彼女の飛び跳ねるような元気さは、合奏の花形に相応しかった。音の力押しで生徒たちを寄せ付けない。

 私はというと、リコーダーを握りしめていた。

 上空の先生を見て、指示を仰ぐ。
 先生は赤いマスクをこちらに向け、小さく頷いた。
 私も頷く。
 ウインドウェイをマスク越しに口付け、優しく息を吹き込んだ。

 先生の音楽プレイヤーに入っていた曲。この3週間、何度も何度もリピートした曲。
 昔の吹奏楽コンクールの、課題曲ともなった旋律。
 晴れ渡る空を想起させるこの曲は。


【 ブルースカイ 】


 半部果て菜の弾く、威厳のあるクラシックにも負けず。
 私のリコーダーから、透き通った音色が飛んだ。

 その音は素朴で、どこか、儚かった。

「ああああ!!」
「ああ……うああ!」
 戦士たちはダガーを、ライフルを、ウォーハンマーを、鞭を、ハリセンを、スイカ用スプーンを……それぞれの武器を取り落とした。
 この無垢な音の前に、戦意は役に立たなかったのである。

 半部果て菜は淡々とピアノを弾き続けた。
「武器を拾え。優勝は我がピアノマンだ」
 だがその声は、明らかに狼狽していた。

 楓と凶華がフィールドを駆け回り、敗残兵たちを蹴散らしていく。

 曲目はサビに差し掛かった。
 頭の中に浮かぶのは、自由で広い大空。


「私には虹が見えないの。それでも、聞くことならできる」


 ドレミファソラシド、その七音が、七色の虹となった。

「ぐぅうう!」
 半部果て菜は拳で鍵盤を叩き壊した。血飛沫が飛ぶ。
「何だ……この感動は……!」

 先生は指揮を終え、地に降りた。
「これでコボレの優勝だね♪」


「まだだ」

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348 :げらっち
2024/07/22(月) 18:21:00

 戦士たちは敗北し、フィールドから捌けて行った。半部果て菜はピアノに突っ伏し、負けを認めている。
 しかしまだコボレンジャーの優勝を阻む者があった。

 黒船来航。
 ブラックアローンが漆黒のマントをはためかせ、私たちの前に立ち塞がった。

「飛一郎、何の用だい?」

「我輩は飛一郎ではない。ブラックアローンだ」

 いつみ先生がそう呼んだ。飛一郎、それが黒の本名か。赤と黒の教師が対峙する。
「黒んぼさんはお呼びじゃないんだけどなあ♪」
「お呼びで無いのはGレッド、貴様の方だ。我輩は最後の対戦者として、コボレンジャーの挑戦を受けようとしているだけだ。コボレホワイト、貴様に用がある」
 名指しされた。私はリコーダーを先生に預けると、一歩踏み出し、黒に向けて言った。
「いいよ。あなたがそのつもりなら、私たちは挑む。そして勝つ」

「白い貴様に虹は作らせん」

 私の心は泡立った。
 白。
 この見た目のせいで、私の人生は真っ黒に染まっていた。
 学園で仲間と過ごすうちに、過去の傷は少しずつ癒えた。それでも完全に消えることは無い。赤チンを塗っておけばいい、そんな浅い話じゃない。ケロイドの如く、一生跡が残っている。
「ふぅ、ふぅ、」
 息が荒くなる。
「落ち着け七海! あいつはお前を動揺させようとしているんや」

 私は皆に向かって言う。
「みんな! あいつを倒して本当の優勝をもぎ取ろう!!」

 皆は「オー!」と快諾。公一も渋々、「しゃあないな、こうなりゃとことん付き合うで」と了承した。
 いつみ先生だけは動かなかった。
「……先生は力になってくれないんですね」
「そりゃ勿論。僕は直接手を出すことはできないからね」
 先生は数歩下がり、休めの姿勢を取った。

 私は5人の仲間にアイコンタクトを送る。やることは決まっている。

「オチコボレーザー・ヘキサ!!!!!!」

 即必殺技。相手はただ1人。勝ち方に拘る必要は無い。
 6色の光りが編み合わさった線が、黒に迫る。避ける動きは無い。もらった!

「闇魔術:ブラックホール」

 それは光りを喰らう虚無の穴。
 色めく筋はブラックアローンにぶつかるなり色を失った。飛ばせど飛ばせど届かない。光りは消えて、闇になる。

「な、なんやねんあれ。効かへんのか!?」
「中止!!」
 私の指示で皆攻撃を止める。与ダメは0。ハァ、ハァ、体力の無駄になっただけでない、切り札が何の役にも立たなかったことへの絶望で、士気が下がりマイナス値。
「愚かだな。頼みの綱は最後の最後まで取っておく物だ。馬鹿の1つ覚えは墓穴を掘る。その墓にお前らの棺を埋めてやろう。トロイ」
 ブラックアローンは地面から影の馬を呼び出し、跨った。
「実力の差という物を見せてやろう。ハイヨー!!」
 バカッ、バカッ、巨大な蹄が地を蹴る音。
 ピアノマンはリサーチができていたが、ブラックアローンを相手にするのは想定外だった上、初手を封じられ正直頭が回らない。
「に、逃げて!」
 曖昧な指示になってしまった。私たちは散り散りに逃げる。
 ブラックアローンは黒いサーベルを装備し、ポロゲームでも興じるように、足元に居る私たちを薙ぎ払う。
「きゃあ!」
 こけた佐奈を、豚が覆い被さるように庇う。
「危ないブヒ!!」
 無情にも、そこに狙いを付けるブラックアローン。守らなくては。

「鬼さんこっちだ!!」

 私はブラックアローンに向けお尻ぺんぺんしてやった。ブラックアローンは狙いを私に変え、迫ってくる。
 ダダッ、ダダッと足音。必死に足を回転させ逃げるも、馬力にかなうわけなし。後ろから邪悪な狩人の声。

「貰った」

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349 :げらっち
2024/07/22(月) 18:21:30

「七海ちゃん!!」
 前方、竜に乗った楓が駆けてくる。

 [シャアアアア!!!]

 恐竜のミドリちゃんだ。
 楓の熱意で、生物クラスの飼育スペースを使用してペットにすることを許可されていたのだ。いつの間にかこの会場に呼び出していたらしい。
 楓が恐竜の背中に跨り、手綱を引いている。私は横に動いてそれをかわす。振り返って見ると、楓の操る恐竜とブラックアローンの操る黒馬が、ベーゴマのようにぶつかり合っていた。何度も何度も弾き合い拮抗。恐竜は黒馬の首元に噛み付く。だが黒馬はいなないて、波動を飛ばした。ミドリちゃんは横倒しになった。
 [シャアっ!]
「ミドリちゃん!!」

 黒馬は旋回し、再び襲い掛かってくる。ブラックアローンはサーベルを持ち上げていた。

「スパイク霜柱!!」
 私は地面に手を添えて叫んだ。大地から針山のような霜が生え、騎馬の進撃を阻害する。しかし。

 ドガッ!!

 馬は大きく跳躍した。氷山を飛び越え、高く高く。
「七海、背ぇ貸せや!!」
 公一がこっちに走ってくる。私は咄嗟に屈み込み、自分の膝を抱えた。公一は助走を付け私の背を踏ん付けると、大ジャンプ。コウガを振り上げた。
 空中で黒いサーベルと忍び刀がぶつかり合う。
 だがあの刀は私が怪人と戦った時、損傷させてしまった物だ。
 バキ!! コウガは無残にも折られた。刃先が落っこちる。間髪入れず公一も落っこちて、ゴロゴロ転がった。割れた刀を握り締めて。
「公一!!」
「ちぇ、1抜けしやがって」と凶華。

 馬は宙を駆ける。ブラックアローンは空中で呪文を唱える。
「黒イ雨」
 黒い靄が生まれたと思うと、そこから黒いナイフが降り注ぐ。
「みんな私の傍に!!」
「ブヒ~!」
 私は両手を掲げ、呪文を唱える。
「アイスブレラ!」
 氷の傘を展開し、殺意の雨から皆を守る。ドス、ドス、ドス、地面に氷に、黒い刃物が突き刺さる。
「くっ!!」
 ひびまみれになりながらもなんとか堪える。
 馬は私たちの目の前に着地。衝撃波。馬は前足を軸に反転すると、後ろ足を上げ、バリアを蹴って破壊した。氷の破片が飛び、私は転げる。
「楓、バトンタッチ!!」
「ミドリちゃんのカタキだ!!」
 楓は水に包まれ体当たり。
「ウォーターボール!!」
 私を相手にした練習の時と比べ、確度は増していた。影の馬はいななきを上げて、胴を引き裂かれた。
「やった、訓練の成果!!」

 ブラックアローンは地面に放り出されるも、ただでは起きず。
 まるで水たまりから鯨が出るように、影から超巨大な馬頭が姿を現した。まるでチェスの黒いナイトだ。
「ゆけ、トロイナイト」
 馬は進化の過程をすっ飛ばし、近道で直立二足歩行を会得した。後ろ足のみで立ち上がり、前足にはサーベルとシールドを構える。目測30メートル。
 トロイナイトは大きな蹄を持ち上げ、音ゲーでもしているかのようにタップダンス。私たちは踏み潰されないよう逃げ惑う。
「こ、こんなの反則ブヒ~!!」
 戦隊の戦いにおいて、大きさは対等であるべきというセオリーがあり、巨大でない相手に巨大戦力をけしかけることはタブーとなる。
 だが実戦はフェアな戦いが全てではない。勝ったもんの勝ちだ。

 トロイナイトの足の向こうで、ブラックアローンが言う。
「どうしたコボレンジャー。貴様らも同じ土俵に上がればよかろう」

「言われなくともそうするつもりですよ」
 佐奈が躍り出た。
「あのデカブツはうちと豚が何とかしますんで、七海さんはブラックアローンを何とかして下さい」
「武運を祈るよ」
「そちらも。電気魔法アップデート!!」
 佐奈は豚に電気を浴びせる。豚は機械の鎧をまとい、巨大化していく。
「電化移乗!!」
 佐奈はメカノ助に乗り込んだ。
 2つの巨大な質量が現れたことにより、ゴールドグラウンドは窮屈になった。
「波離間クラッシュ!!」
 攻撃的な佐奈の操縦により、メカノ助は至近距離から高威力の飛び道具をぶっ放す。だがトロイナイトのシールドに防がれる。騎士はスピアーを振るい、豚を土俵際に追い詰める。このフィールドから出ようもんなら、負けだ。

 見ていても始まらない。大きな戦いは佐奈と豚に任せると、決めている。

 4つの大足の合間、潰されないように動き回りながら、私はブラックアローンに挑む。

[返信][編集]

350 :げらっち
2024/07/22(月) 18:21:45

 巨大な戦いと等身大の戦いが、同時並行で行われる。
「ツララブレード!!」
 私は氷点下の剣にてブラックアローンを急襲。上背のある相手に対し、飛び掛かり、顔面を狙う。赤い目そこが狙い目だ。
 だがブラックアローンは大きさに反し俊敏だ。黒いサーベルで私の剣戟を防御。棍棒を振るうように、私の剣を叩いた。黒光りする重たい刃が、私の白刃を粉々に砕いた。私は地面に叩き付けられる。

「貴様ら程度の実力でお膳立てされ頂点を取った所で、浮かれて転げ落ちるだけだ」
 赤い目が私を見下ろす。
 そこから火の玉が射出された。
「くうっ!!」
 私はバック転してそれを交わすも、バランスを崩し、尻餅を突いてしまった。

「光りの下に出れば、それだけ闇に染まるのも早くなる。白い貴様は晴れ舞台に出ないのが賢明だ」

 アルビノである私は光りの下に出られない。闇がにじり寄る。コボレーザーさえも飲み込んだ闇。
 その闇と私の間に、紫が割り込んだ。

 凶華だ。

「おいお前、オイラのご主人様に何してやがるんだ?」

 紫の戦士は振り向いて私を見た。
「ナナ、お前もお前だぞ。こんな奴に怯えててリーダー務まるのか?」
「う、それはごめん。でも何かあるの? あんな闇さえ照らせる光源が」
 凶華はチッチッ、と指をメトロノームのように振った。
「闇に対し光りで挑むからダメなんだ。目には目を。闇には闇を!」
 凶華は両手をこすり合わせる。
「闇トンボ!!」
 竹トンボのような黒いカッターが一直線に飛び、ブラックアローンの顔面にぶつかった。
 ブラックアローンはよろめいた。初めてダメージらしいダメージが通った。
「す、すごいっ」
 だがそれは単なるマグレ当たりだったのかもしれない。
「阿修羅ハンド」
 ブラックアローンは黒魔術で、背から8本の腕を生やした。その全てにサーベルが握られている。
「貴様らの力など無に等しい!!」
「それはどうかな?」
 凶華は黒いスケボーを生み出した。
「乗れよナナ!」
 促されるまま、私は凶華とスケボーに2人乗り。
「しっかり掴まってろよ!!」
 凶華が地面を蹴り、スケボーは発進。私は犬の華奢な体に懸命に掴まった。
「ひゃあ早っ!!」
 巨人たちの攻防をかわしながら滑走。振り下ろされる足の合間を抜け、背後からブラックアローンに接近。
「今だ、やれよナナ!」
「うん、ツララランス!!」
 3本のツララを撃ち込むも、全てマントに跳ね返された。
「こざかしい……!」
 ブラックアローンは振り返り、剣を振るう。凶華が地面を蹴り、疾走、奴と距離を置く。ブラックアローンが追走する。ドンッ!! そこにトロイナイトの蹄が落ちてきた。勢い余って、ブラックアローンは味方の足に斬り込んでしまった。
「クッ……!」
 一瞬の隙を見逃さず、メカノ助はトロイナイトを背負い投げ。
「一本背負いも相撲の八十二手の決まり手の1つブヒ~っ!!」

 ドオン!!!

 巨大な影が斃れ、そして霧散した。

 凶華は振り向いて私を見た。その目は笑っていた。
「ナナの言う通り決戦に出て良かったぜ。相手は強い方が楽しい遊びができるからな」

 勝てる。そう思った。
 だがしかし。

「待って、ブラックアローンはどこ?」

 黒い霧が晴れた時、ブラックアローンは消えていた。

 ヌッ!

 地面から黒く太い腕が飛び出し、スケボーは真っ二つ。私も凶華も地面に転がった。
 すぐに立ち上がる。
「ど、どこ!?」

「ここだ」

 ブラックアローンは私の影に擬態していた。女のシルエットから大男が飛び出し、私の首を掴んだ。食堂での対峙のように。
「う!!!」
 苦しい。気道を潰される。
「いい加減に諦めろ。貴様らの理想像なぞ現実には通用しない」
「黙れ!!」
 私はブラックアローンの腕を掴むと、跳び上がり、両足で相手の腹を蹴った。奴は私を離した。私は後退し、指示を飛ばす。

「メカノ助!! ブラックアローンを踏み潰して!!」

「きゃはッ、了解!!」
「そ、そんなことしていいんブヒ?」
「いいから七海さんの言う通りやるの!!」
 型破りには型破りで対抗だ。佐奈の操縦でメカノ助は大きな足を上げた。足の影がブラックアローンに覆い被さる。

「デコードブレス」

 ブラックアローンは大きく息を吐いた。黒い吐息は、メカノ助の装甲をいとも簡単に吹き飛ばした。
「ブヒャ~!!」
 豚の巨大化は強制終了させられた。彼は元の大きさに戻り、地面に落っこちた。その上に佐奈も落ちてきて重なるように倒れた。

「言ってわからぬのなら、死ぬがいい」
 ブラックアローンは黒いサーベルを持ち上げる。

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351 :げらっち
2024/07/22(月) 18:21:58

 こうなったら。

 この方法は、使いたくなかったけれど。

 仕方ない。

「フォーメーションA!!」

「合点承知!」
 私の命令を受け、ダウンしていた公一が起き上がり動いた。鎖の先に重しが付いた万力鎖という忍器を投げ、ブラックアローンの左腕を絡め取った。
「この程度の攻撃に頼るとは、自棄にでもなったか?」
 ブラックアローンは右腕でサーベルを振るい、鎖を断ち切ろうとする。しかし。
「のびーるアナゴ!!」
 楓がチンアナゴを巻き付けて右腕の動きをも封じた。ブラックアローンは不意をつかれサーベルを取り落とした。
「……何だこのふざけた技は。我輩をおちょくる気か?」
「びよ~んかいな!」
「マジックハンド!!」
 間断無く攻撃が続く。佐奈に改造された豚の腕が伸びブラックアローンの右足を封じ、凶華のマジックハンドが左足を封じた。
 ブラックアローンは四肢を引っ張られ、大の字になって動けない。
「姑息な。我輩の魔術を使えば貴様らなど全滅させられる」
 しかし5人は怯まず、全力でブラックアローンの動きを止めている。

 私は言った。

 私たちの後方で、休めの姿勢でずっと戦いを見ていた、いつみ先生に向けて。

「先生、炎を貸して下さい」

「同じことを二度言わせるな。《僕は直接手を出すことはできない》」

「直接ではない。間接的です」
 私はゴーグルの下から先生を見据えた。先生は折れた。
「……いいだろう。僕は力を貸すだけ。使うのはきみだ。受け取れ!!」
 先生は親指を弾き上げ、火の玉を生み出すと、デコピンするようにして私にそれを送った。
 私はその火球をキャッチする。
 熱い。
 喰らえ!!

「フレアボール!!!」

 宙に磔にされているブラックアローンの胸に、炎を投げ付けた。
 拘束されていて防げないぞ。さあどうする!

 ブラックアローンは唱えた。

「スプラッシュ!!」

 水飛沫が出現し、小さな炎は呆気なく消えた。水蒸気が立ち上がった。

 これは、水魔法だ。
 やはりな。

「……先生は一度、私の命を救ってくれましたね?」

[返信][編集]

352 :げらっち
2024/07/22(月) 18:22:13

 私が言う「先生」は、いつみ先生のことではない。ブラックアローンのことだ。
 ブラックアローンは声のトーンを変えずに言った。
「何の話だ」

「しらばっくれても無駄です。あなたは以前、氷魔法を使った」
 5人のコボレンジャーが結成したあの日、《雨天の戦い》。私とブラックアローンが対決した時、奴は確かに「スパイラルスノウ」を繰り出した。
 本来なら黒のあいつは、闇魔術以外は使えないはずだ。白に起因する氷魔法や青に起因する水魔法が使えていいはずがない。

「本当は色んな属性の魔法が使えるんでしょう?」
 私は畳みかける。

「校外学習で私が致命傷を負った時、楓が癒しの水で恢復させてくれた。でもあれは楓の魔法ではなかった。あの時あなたは近くに居た。影の中に潜んで居た。楓の詠唱に被せて、あなたが癒しの水を使ったんだね? それを確かめたかった」

「だからどうした」とブラックアローン。
 それは否定の言葉ではなかった。

「お礼を言いたい。ありがとう」

 私は面と向かって、ブラックアローンに、深く頭を下げた。
 この感謝は本心だ。あなたが助けてくれなかったら、私はあそこで死んでいた。でも、疑問がある。

「何で私を助けたの?」


「戦いのさなかに何を腑抜けている。貴様らもいつまでもこざかしい!! ダークスパーク!」
「ぎゃあ!!」
「痛あ!!」
 拘束具が焼き切られ、公一たち4人は吹き飛んだ。
 回答は得られなかった。

 ブラックアローンは黒いサーベルを拾い上げた。
「死よりも辛い苦痛という物を教えてやろう」

「お断り!」
 私は再び、氷の剣を装備。
「ツララブレード!!」
 切り結ぶ。何度も、何度も、刃と刃がぶつかる。私は全力で動き回り、剣を振るった。
「逃げ回るな。コボレホワイト、貴様の負けだ!! 忌漸(きざん)!!」
 重い一撃を受け止める。

 バキン!!!

 私の剣は刃だけでなく、柄までもが真っ二つに折られた。

「終わりだ。炎魔法スバル!」

「でも、私には仲間が居る」

「!!」
 ブラックアローンはハッとして背後を見た。
 楓、公一、佐奈、豚、凶華、そしていつみ先生の6人が、こちらに狙いを付けていた。
 私は剣を振るうことで、メンバーに向けて「指揮」を送っていたのだった。みんなはその内容を汲み取ってくれた。
「Gレッド、貴様が手を貸せば反則だろう!?」
「どうかな? 直接手を出すわけではないからねえ♪」
 6人はイロを組み合わせる。

「オチコボレーザー・ヘキサ!!!!!!」

 私の白を除いた6色の光りが、まばゆい線となって飛ぶ。
「笑止、我輩にコボレーザーは効かんぞ……?」
 だが狙いはブラックアローンではない。
 光りは逆さのアーチを描いて飛翔した。まっすぐ上へ。
 空の頂点に突き刺さって、曇天をかっ裂いた。雲が開かれ、青空が現れる。その中心に太陽。

 陽の光が落ちてくる。質量は無いはずなのに、重い。変身しているとはいえ、アルビノである私には、きつかった。
 重い重い真夏の日光がのしかかってくる。立っていられなくなり、地面に突っ伏した。


 それは私だけではなかった。

 ブラックアローンまでもが、同じく地に伏していた。うつむいて。苦しそうに。

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353 :げらっち
2024/07/22(月) 18:22:24

「……やっぱりね」

 私は這いつくばり、光りの中のブラックアローンと目線を合わせた。
 彼もまた苦しんでいた。

「あなたが現れるのは雨天、夜、日影、闇の中。それは単にあなたが暗闇を好んでいるからだと思った。でも違う。光りに耐えられないんだ。《雨天の戦い》で。あなたが優勢だった。それなのに、いつみ先生が現れて空から光りが差した途端、劣勢になって、逃げ出した。それだけじゃない。あなたが現れるのはいつも光りの無い時と場所。だからもしやと思った。あなたは私とおんなじなんだ」

 私は唱える。
「ブリザードハンド」
 雪の腕が出現し、ブラックアローンの頭を、しっかり掴む。
「……ヤメロ!」
 ブラックアローンの黒いマスクを、引っこ抜くように取り払う。その下から出てきた顔は。

 私とおんなじ。

 真っ白。

「あなたもアルビノだったんだ」

 角ばった成人男性の輪郭は、ボサボサの白い髪に覆われている。真っ白い肌に大きな鼻。
 左眼には眼帯を付けている。変身した姿が単眼だったのはこのためか?
 そして右眼に陣取るのは、私とおそろいの、青い虹彩だった。
 色素の無い顔は日光の直撃を受け歪む。ビーチサンダルを履かずに夏の砂浜を、いや、火の上のフライパンを踏んでいるようなものだ。

 このフィールドに日除けは無い。フィールドから離脱したら負けである以上、もう勝負にならない。

「……あああ!! 眩しい!! 痛い! 光りが痛い!! 助けてくれ!! 俺の負けだ! 負けでいい!!」

 ブラックアローン、いや飛一郎は、両膝を突き、頭を抱えていた。
 私でも変身していない状態で真夏の白昼の日光に晒されれば、このような状態になるだろう。同じ障害を持つ者として、酷なことだとは思う。
 でも、今でなければ問い詰めることができない。
 私は光りの下、何とか立ち上がり、飛一郎に質問を投げ付けた。

「話しなさい!! あなたはどうしてそこまでして私の邪魔をするのか!!」

「……お前は俺に似ているからだ!!」

「理由になってない!」
 私は雹を生み出し飛一郎の顔面にぶつけた。
 その反動で、眼帯がずれた。私は息を呑んだ。左眼は存在しなかった。目玉の無い、ただの穴があるだけだった。
 飛一郎はうずくまり、地面をのたうった。

「やめてくれ……光りが……痛い……ヒカリガ……」

「答えてよ! あなたの信念は何なんだ!!」


「ヒ……カリ……」


つづく

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