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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
┗401-413
401 :げらっち
2024/08/08(木) 12:20:50
第37話 真っ赤なウソ
私は戦隊証を没収され、停学の身となった。
いっそのこと、退学にしてほしかった。
学園と縁を切ることはできない。かといって気持ちを切り替えて戦隊を続ける気にもなれない。
私の心は宙ぶらりんになった。
電気は点けたまま、二段ベッドの上段に寝転び、白い天井を見上げて、考える。
金閣寺躁子の言っていた、大人になる、とはどういう事だろう。
時間が経てば解決するってことだろうか。まだまだガキの私にはよくわからない。
いつか私も金閣寺のように、くだらんギャグに笑っているだけのような、悩みの無い人間になれるだろうか。なれたら楽、だろうな。
コボレのみんなは、退学を免れた記念に、部室でカレーパーティーをしているらしかった。
私は気分が悪いと言って参加を断った。本当に気分が悪い。
Gフォンを見ると、もう23時。そろそろ寝ようか。寝る気も起きないが。
意味も無く溜息をつくと、ドアが開く音。
「たっだいまー!」
マズい。楓が帰ってきた。私は布団を首まで引っ張り上げ、目を瞑り、寝たふりする。
楓が梯子を上がってきた。
「七海ちゃん、狸寝入りってバレてるよー! 電気点けたまま寝るあほが、何処に居る!!」
私は観念して目を開ける。
彼女の顔が覗き込んでいた。
「ごめん、眠いから、静かにして」
私は必死に目を逸らす。あの澄み切った目で見つめられたら、私の罪悪のタガが、また外れてしまう。
「いいから起きる!」
楓がまくしたてたので、私はベッド上で起き上がった。楓は梯子に掴まった状態で身を乗り出している。
楓はあろうことか、カレーの皿を突き出してきた。さっきからスパイシーな匂いがしたのはこのせいか。いくら嗅覚を刺激されても、虚無で満たされている私のお腹は、ぐうとも鳴らないけれど。
「ほら! 七海ちゃんの分のカレー持って来たから、食べて元気出して! 激辛でしかも大盛りだよ! ほい!」
食べたくない。見るのも嫌だ。
目を背け続けると、楓も不穏になってきた。
「ねえ無視すんなよ!」
食糧もそうだが、あなたの優しさなんて、いらない。
私には受け取る権利が無い。
「いらない!」
軽く振り払ったつもりが、楓はバランスを崩し、梯子から落ちて行った。
「うわあ!」
「楓!!」
ドタッ、ガシャーン、バリバリと凄い音。ベッドの下を見ると、ひっくり返った楓と、割れた皿、床に散らばったカレーが目に入った。
「楓、大丈夫!?」
私は急いで梯子を下りると、楓を抱え起こす。
楓は頭から血を流していた。
「な、何とか大丈夫……あたしの水魔法で、洗い流すから……」
「それより私の氷魔法で冷やす!!」
私は変身さえも省略し、手からありったけの魔法を出し、流血する楓の側頭部を冷やした。
「ありがとう七海ちゃん」
「ごめんね」
楓は流しで付着した血を流した。私は何度も、ごめん、ごめん、と繰り返した。
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402 :げらっち
2024/08/08(木) 12:21:19
楓は割れた皿の片付けをしながら言った。
「あー、カーペットにカレーの染みが……これはかえなきゃダメかもね」
私は壊れたレコードのように、ごめん、ごめん、と贖罪ばかり口にする。
「……なんか変だよ七海ちゃん。親友であるあたしの目は誤魔化せないよ。正直に喋ってよ」
「別に変じゃないよ」
私は首を素早く横に振った。
「何も無い。ただ戦隊証を没収されて、落ち込んでるだけ」
この秘密は、私が大人になるまで。いや、墓場まで持って行くんだ。
私は楓の目を、真っ直ぐに見つめた。
嘘を吐いた時、男は目を逸らし、女は見つめてくるというが、どうだろう。
楓とピッタリ目が合って、数秒経過。
結露した窓から水滴が垂れるように、私の目から水が落ちた。
声も出せず、目と目を合わせたまま、私は顔をひきつらせた。
「……やっぱり変だよ。あたしたち親友じゃん。何かあったなら、言って」
楓は心配そうに私を見てくる。目線同士がセメダインでぴったりくっ付いてしまって、目を逸らすことができない。
よして。あなたに見つめられると、私は余計に泣いてしまう。
「言えない」
言えるわけがない。
私があなたのお父さんを殺しましたなんて。
「誓ったよね? お互い嘘は吐かないし、隠し事は何もしないって」
「私、隠し事はしていない」
そんな嘘が通じるはずは無かった。
「嘘だよね」
楓は眉をひそめ、険悪な顔になった。
「約束したじゃん! 嘘は吐かない、隠し事はしないって誓ったじゃん!! 今の七海ちゃんは、嫌いだよ!! ずっと隠し事するなら、親友辞めて、絶交だよ!!」
昂って、彼女の頭の傷から、ポタポタと血が飛んだ。
「う!!?」
胃袋に針を刺されるような鋭い痛み。私はお腹を押さえ、しゃがみこんだ。
「……七海ちゃん?」
「ううう!!!」
私の中で、何かが暴れている。やだ。折角出会えた友達と、親友と、別れたくない。でも本当のことは言えない。嘘を吐いた天罰だ。私の中に何か居る。針で覆われた、天罰を与える魔物。ハリセンボンが暴れてる!!
「ぎゃあ! 痛い!! 痛い!!」
私はつんのめってカーペットを握り締めてもんどりうって叫んだ。途方も無い痛み。私は嘘を吐いたから、神に針千本を飲まされたのだ! 針まみれの魚が食道を通って上がってくる。胸が張り裂けそうに痛い!!
「七海ちゃんしっかりして!!」
私は顔中の穴という穴から液体を垂れ流して、ひたすら祈った。氷魔法、氷魔法、氷魔法――! やがて、針千本は凍て付き、胃酸でも溶けないような氷の塊になった。胃袋に石がゴトンと落ちるような、鈍い重み。とりあえず死は免れた。
「ふー、ふー……」
私は荒く息をしていた。
「七海ちゃん、おさまってきたみたいだね、よかった……」
私は顔を上げて、楓を見た。
友は立ったまま、両手に顔をうずめて、泣いていた。
「……七海ちゃんの馬鹿。嘘吐いたんだ。親友だと思ってたのに」
「ごめん……でも、言えないんだ。本当にごめん……絶交でいいよ」
私はなおも痛みの余韻に震える胸をさすりながら、立ち上がった。
「あなたと友達になれて良かった」
楓は顔をうずめたままだった。
私は駆け足で部屋を出た。
「さよなら」
私の、はじめての、友達。
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403 :げらっち
2024/08/08(木) 12:21:43
星も1つも無いような、無機質な夜。
蒸し暑い外を歩いていても、私の心は苦しいままだ。
1人になっても救われないなら、会いたい人が居る。
「おじゃまします」
「何や? こんな夜にお化けか?」
「お化けじゃないよ、私だよ。静かにして、バレるとあれだから」
「七海!!」
「静かにったら」
初めて訪れる男子寮。公一の部屋を探し出し、彼の部屋のドアをノックしたのだった。
夜中で廊下を歩く人は少なく、フードを被って顔を隠しているとはいえ、見つかったら女子とバレてしまうかもしれない。面倒事に巻き込まれるのは嫌だ。
公一がドアを開けるなり、私は中に滑り込み、フードを取った。
「どうしたねんこんな夜中に! バレたら今度こそ退学やで!!」
公一は切れ長の目に、痩せた頬、手入れされてない髪と、お世辞にもゴマすりにもイケメンでは無いのだが、彼が私を心配するその表情は、楓とはまた違う愛を感じ、その顔を見るなり、私は涙をいっぱいこぼしてしまった。このところ私は泣き過ぎだ。
「な、なんやねん人の顔を見るなり……」
「ごめんね。私は居場所が無いの。ちょっと居させてくれるかな。明日になったら消えるから」
公一は私の頭に優しく手を置いてくれた。骨ばって硬い男の子の手だ。
もう、泣かない。
「まあ榎本おらんくてよかったわ。夏休みに先んじて実家の農村戦隊イナゴレンジャーの手伝いに帰っとるからな。おったらお前ヤバかったやん。命拾いやな」
寝巻姿の公一は、奥に入ってしまった。
「ちょっとそこで待っててや。なおさなあかんもんがあるから」
「直す?」
何を修理するのだろう。私は短い玄関廊下を抜け公一の寝室に入る。
「わあ! 待てって言うたやろ!! くんなや!!」
公一は急いで写真立てを隠した。
「ん? 女の写真?? 浮気か?」
「オ、オカンやオカン!」
「うわ……やっぱマザコンだ……」
公一は私を部屋の外に押し出してドアを閉めた。隙間から覗くと、彼はパンツなりエロ本(?)なりを急いで隠していた。そういえば関西弁で「直す」は「片す」という意味だった。
男子寮と女子寮の作りはほぼ同じだが、公一の部屋はベッドが無いため、広々としていた。
ちょっと汗臭い。1人分の布団だけが敷いてある。
「昔から布団で育ったからベッドはどうも合わんのや」
「ふうん。私昔からベッド」
「お前とは相変わらず趣味が合わへんなあ……」
公一は煎餅布団の上に胡坐をかいた。
「で、何で来たん? 楓と夜のお楽しみ中だと思ったわ」
きわどいことを言う公一はやはり男子でできているんだと思い不快だが、それよりも楓の名前を聞いた途端、私の心に再び靄がかかる。
涙腺が熱を帯び、ついさっき立てた泣かずの誓いをもう破りそうになった。
私は鼻をすすった。
「お前ちょっと変やで」
「私はいつもヘンだよ」
「せやけど」
私は公一の横に腰を下ろし、体育座りした。
「あのなあ、仮にも男の布団に、断りも無く上がんなや!!」
「ごめん。やだった?」
「嫌とかそういう問題じゃあらへん。常識やろ?」
公一は結構育ちが良い。
「……評議会の時からお前変やん。無気力で、前ほどギラギラしてへんわ。前は野心の塊やったのに」
私は布団の上に倒れ込んだ。
公一は私の横に寝転んだ。添い寝をしている格好になった。
多分、こんな鬱屈とした心情でなければ、ドキドキするシチュエーションだったろう。でも今は心が曇天で、青空も虹も見えない。ときめきなどあるはずない。
しばらく黙って、白色電球を見上げていた。
公一が、私の手をぎゅっと握ってくれた。
大きくて指の長い、男の人の手。楓の手とは違うけど、これもあったかい。
でも私には、ぬくもりを貰う資格なんて無い。私は振り払うように手を離した。
「私は、自分が嫌いだよ」
「俺はお前のこと好きやで」
何だその投げ槍な告白は!!
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404 :げらっち
2024/08/08(木) 12:22:07
「……それで私の何が解決するの?」
私は冷徹な視線を彼に向けた。すると彼はニヤリと笑った。
「そうそう! そういう尖った所が好きやねん。でもめそめそした七海は嫌いやな。1人で溜め込まず、俺にだけでも話してくれへんか? お前が自分を好きになる手助けができるかもしれへん」
「……」
そうだな。これ以上1人で溜め込むと限界を迎えてしまう。
ここに来たのも、彼にそれを聞いて欲しいと、心の底で思っていたからだ。
「校外学習の時、私が怪人を殺したのは知ってるよね?」
「ああ知っとる。俺の愛刀コウガをよくもまあズタボロにしてくれたもんや。でもコウガをなまくらにした罪悪感で塞ぎ込んでるわけじゃないんやろ?」
「勿論違うね。で、その怪人なんだけど。怪人っていうのは、赤の日に赤で塗られた人間のうち、死ななかった人たちの、成れの果てらしいんだ」
私は衝撃の事実を告げたつもりだった。
だが公一は、さも当然の事というように言った。
「知ってるよ」
「ええ!!?」
公一はまた笑った。
「忍者の世界は厳しいもんや。ていうか大体みんな知ってるんやないかなあ? 七海、お前が世間知らず過ぎるんやで」
目から鱗のみならず魚自体が飛び出しそうだ。
「元人間である怪人を殺しちゃったから落ち込んどるん?」
「ち、違う。それだけじゃない」
私は深呼吸して、意を決す。
「その後いつみ先生が話してるのを聞いたんだけど、その怪人は――楓の父親だったんだ」
それには流石の公一も、「まじか」と驚きの声を上げ、ポカンと口を開けた。
「凄い偶然もあるもんやな」
「偶然なんかじゃない! あの怪人は楓の姿を見つけて、会いたくてついてきていたんだ。それなのに私は、ころしちゃった、あんなに酷い殺し方を、ころした、やだ、やだああああああ!!!!」
私は頭を抱えて恐怖から逃げたくなって立ち上がろうとした。だが公一が、私を、ギュッと抱き締めてくれた。私は彼の胸で大声で泣いた。
「もう楓に会わす顔無いよ! 誰かの大切だった怪人を殺すなんてできないよ!! コボレのみんなにして欲しくないよ! もうやだよー、コボレも戦隊学園も辞めたい!! コボレンジャーなんて、組まなきゃよかったよ!!」
「……そんなこと言うもんじゃあらへん。それは本意じゃないんやろ」
公一はハスキーな声で話す。彼の息遣いが、言葉と共に、私の頭に掛かる。
「それじゃ俺はお前と出会えなかった。楓もお前と出会えなかった。みんなみんな出会えなかった。その方がよっぽどアンハッピーや。お前は1人で抱え込みすぎなんや。みんなで戦って、勝っても、負けても、一緒に前に進む、それが戦隊や」
そう言って私のことを強く抱き締めてくれた。
「友達を失いたくないよ」
公一は単純な返答をした。
「じゃあ明日、楓に謝ったらいいやん」
「……どんなふうに?」
「草稿まで書かなあかんのか? ほんまにおこちゃまやなー七海は。男らしく決めればいいねん!」
「私女だけど」
「男でも女でも同じや」
「うわ、暴論だ」
「自分がしたことを隠さず話して、悪いと思ったところは謝るんや! プラス、これからも仲良くしたいってことを伝えれば良いんや!! 簡単な話やろ?」
「確かに、そう聞くと、簡単だな」
私は彼の胸から顔を離して、彼と見つめ合った。私は目を真っ赤に泣き腫らしていただろう。公一は三度笑った。
「簡単やろ?」
「まあ、言うのと実際にやるのとは大違いなのだけど」
公一は仏頂面を作った。またキスはお預けになった。
私は目を瞑り、心で謝意を述べた。
ごめんなさい、楓。
カラフルになりたいって願ったのも、友達が欲しかっただけなんだ。
もう一度友達になりたい。
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405 :げらっち
2024/08/08(木) 12:22:27
楓と初めて会った時の夢を見た。
喪失感と共に目を覚ます。
「……?」
意識は起きた。
目が開かない。
でも部屋の中が暗いのはわかる。朝が来たわけではないようだ。
金縛りにあったように体が動かない。
まぶたを開けようとしても、ねっとりと眠気が絡みついて離れない。
公一とつながっている手に意識を集中させてみる。ちょっとだけ体の操作法を思い出す。
何とか目をこじ開けた。
目の前に楓の顔があった。
「!」
その名前を呼ぼうとするも、口が開かない。
楓はいつもの茶色いカチューシャを付けて、じとっと私を見ていた。
「全部聞こえてたから」
聞こえてた?
「公一くんのGフォンとあたしのGフォンが通話状態になってたの。昨夜七海ちゃんと公一くんが話したことは、全部聞こえてたから」
な!!
公一の裏切り者、最初からこのつもりで私から話を聞き出したな? 忍者のやりそうなことだ……!
楓は鼻を近付けた。
私と彼女の鼻先が触れ合い、ひんやりとした。
楓の目が間近に見える。私は身動きも取れぬまま目を見開き、楓の言葉を耳にする。
「パパのことは、あたしが許す許さないの問題じゃないと思う。あたしと七海ちゃんが2人で、いや、コボレが全員で抱えていくべきものだよね。こういう事はチームで共有しなくちゃいけないよ。あたしが許せないのは、七海ちゃんがそれを1人で背負いこんで、嘘吐いて隠したこと。隠せばあたしが幸せになるとでも思ったの? 本当は友達で居たいのに、絶交でいいよ、なんて言わないでよ。それだから友達無くすんだよ、インキャの思考で、きもいなって思う」
言葉の1つ1つが、針のように喉に突き刺さる。
私は何も言い返せない。
「……言い過ぎた」
楓ははあと息を吐いた。熱い息がもろに掛かった。
「やっぱりあたし、七海ちゃんともう一度友達になりたい。朝になったら謝りに来て。そしたら許すから」
楓はふっと消えた。
「……ふがっ!」
直後金縛りが解け、身動きが取れるようになった。
私は跳ね起きた。
隣では公一が私の手を握ったまま、ぐぅぐぅと寝息を立てて寝ていた。
既に楓の気配は無い。
今の出来事が夢なのか現実なのか、わからなかった。
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406 :げらっち
2024/08/08(木) 12:23:01
朝食のお茶漬けは、ぬるかった。
「あーんしてよ」
私の突然の要求に、公一は「は?」と言った。
私は茶ぶ台を叩いた。
「あーんしてよ!!」
「ひー、何でそんなに不機嫌なんや! 精神薬ちゃんと飲んどんのか」
と言いつつ公一はお茶漬けをスプーンですくい、私の口に運んでくれた。私はムッとしながらもそれを食べた。
「昨夜私の告白を楓に流していたんでしょ」
「なんのことやねん」
彼はスプーンをぺろぺろ舐めていた。直接キスする度胸が無いからって、間接キスにそんなに必死にならなくても……
まあ内通は批判すべき事では無い。むしろお礼を言うべきなんだ。
公一は、私が謝りやすいよう土台づくりをしてくれていたんだ……
ごちそうさまをした後、もひとつ頼みごとをする。
「お願い、一緒に来て」
「何でやねん!! 1人で行けや! 子供か!」
「16歳はコドモだよ。カレシなら一緒に来てよ」
「かかカレシ!?」
私は赤面した公一を引っ張って行く。
1人で楓に謝りに行く勇気など、無い……
それに、女である私が男子寮に居るのを誰かに見られるとアウトだ。
「寮から出るまでだけでもエスコートしてよ。忍者なら私を上手く隠して」
「世話の焼けるカノジョやな!!」
部屋を出て廊下へ。その途端目の前を男子が駆け抜けて行った。
見られた。アウト。
ではなかった。何人もの男子が、我先にと廊下を駆けて、エレベーターに殺到している。私のことなど眼中に無いようだ。只事では無い。
「外で何かあるんかな。おい!」
公一は通りすがった男子を呼び止め、状況について尋ねた。
「な、なんかやばい物が浮いてるらしいぴよ! この世の終わりぴよ!!」
男子はろくに立ち止まりもせず、逃げるように走り去って行った。
女である私が居るのを見ても驚かないとは、余程の緊急事態と見える。
私と公一は、特に同意を取り合うこともせずに、人の流れる方向に走った。
階段を下り寮の外へ。
多くの生徒が屋外に出ていた。まだ朝なので、パジャマにつっかけの生徒も居る。
彼らは一様に、空を見上げていた。
ついつられてしまうのは日本人のサガだろうか。私も公一も、顎を上げ、天を仰いだ。
「何、あれ」
空のようだった。
空ではない、空。
学園の領空にのさばるように、大きな大きな円が、静止していた。曇天のようなボディは、正に雲のように、白から鼠色へ、刻々と色を変えている。それがかろうじて天ではなく円盤だとわかるのは、チカッ、チカッと不規則に明滅しているからだ。
ゾワ、恐怖が心臓を撫ぜた。
恐怖。それは如何なる感情か。わからない。わからないから、怖いのだ。
私はいつの間にやら公一の手を握り締めていた。
彼の顔を覗き見ると、同時に彼も私を見た。目が合ったはいいものの、やり取りする感情は「恐怖」だけで、何も情報は得られない。
「……宇宙人だ!」
「世界の終わりだ!!」
「赤の巨人の次は白の円盤か! 神様は今度こそ人類を滅ぼすおつもりだ!!」
生徒たちは、ソースもわからない当てずっぽうの予測を喚き散らしていた。未知の物に自分勝手な解釈を加え、恐怖を納得させているかのようで、滑稽だ。
攻撃するでも動くでも無く、ただそこに留まっている。牽制しているようで不気味なUFO。
「嫌な予感がする!!」
私は猛ダッシュした。女子寮に向けて。
「待て七海!!」
待てない。
楓に、二度とごめんなさいと言えない、そんな予感が、したからだ。
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407 :げらっち
2024/08/08(木) 12:23:20
目的地に近付くにつれ、物々しい雰囲気になっていった。
今にも雨を降らしそうな空気。
夏とは思えぬような冷たい風が、木々を揺らした。
「はあ、はあ」
男子寮から少し離れた所にある女子寮に着いた。多くの女子生徒たちは男子と同じく、建物から出て、上空の不審物を見上げていた。
「何あれやっば!!」
「バエる~!!」
「もしもし聡くん? 愛理だよ! なんか大変なことが起きてるみたい! 地球最後の日!? もしかしたらもうお別れになっちゃうかも!! 今までありがとっ、大好きだよ! チュ!」
この中に楓は居るだろうか? 私は目を凝らし共感覚を凝らしあの青を探した。
見出せない。
「どいて!!」
私は群衆を掻き分ける。
「わあ、白玉あんこちゃん!」
「白がうつるわ!!」
「何言ってんの、白玉あんこ様は今や学園一の人気者なのよ!!」
「キャー白玉ぜんざい様サインを!!」
「コボレンジャーが世界を救ってくれるの?」
くだらないミーハー共を藪漕ぎし、寮の入口へ。
楓はお寝坊して部屋でまだ寝ているのかもしれない。階段を駆け上がり、5階の自室に突っ込んだ。
鍵は開いていた。
「楓!!!」
楓の姿は無かった。
夏なのに寒い部屋。洗面所にもトイレにもお風呂にも居ない。
勿論、ベッドにも居ない。楓の使う下段を調べたが、布団は乱雑にめくられておりぬくもりは無かった。随分前にここを離れたらしい。どこに行ったのだろう? 争った形跡も不自然な点も無い。
「――いや」
不自然な点はあった。
カーペットのカレーの染みから、足跡が続いていた。楓はこれを踏ん付けて、何処かに行ったのだ。それを目で追って、危うく気を失いそうになった。
足跡は窓の手前で止まっていた。窓は開いていて、風が吹き込んでいる。
立ち眩みがして、ベッドの枠に掴まった。まさか楓は、私に絶交されたのを苦に、飛び降りたんじゃ。
まさかとは思いつつ、恐る恐る窓に歩み寄り、5階から真下を見た。ただ外で騒いでいる群衆が見えるだけだった。ホッと温かい息を吐き出す。どうやら自殺などという最悪の結末は無かったようだ。流石にそれは考え過ぎだったか。
だが足跡はここで途絶えている。窓からどこに行ったのか。下に落ちる以外、行き先と言えば、天しか無いが。
私は円盤に占領された空を見上げ、次に群衆を見下ろした。
絶対楓はどこかに居る。探せ、探すんだ――
私は目を凝らして数百名にも及ぶ生徒たちを見渡した。楓の見た目は平凡だが、楓のイロは、そうそう見れない澄んだ青だ。きっと見つかる――
見つからない。だめだ。
ポロッ。2階から目薬、ならぬ、5階から涙が落ちた。こんな時に何を考えてるんだろう私は。
「共感覚なんて、肝心な時に、何の役にも立たない―――――」
私は失意の中階段を降り、寮を出た。
すると、青ではなく大好きな黄を見つけた。私はその方向に猛進した。
「佐奈!!」
佐奈も私に気付いたようで、ドクターイエローのように高速で私の懐に突っ込んだ。
「七海さん! この人混みの中埋もれてるうちを見つけてくれたんですね……!」
仲間に会えて嬉しい。私は彼女を抱き締めた。
「楓を見なかった?」
佐奈は途端に不機嫌な顔になり私と距離を取った。
「何だ楓さんを探してたのか。知りませんようち夜はちょっと出歩いてて寮に帰ったらこの人だかりで驚いて何だろうと思ってお空見上げたらあらビックリ! ユーフォーが!! ってわけです。非科学的なことは何もわからぬ」
長文の中に気になる点があった。
「出歩いてた?」
「うん……こいつと」
「ブヒィ! 七海ちゃん!!」
ドクターイエローに続き、貨物列車モモタローの登場だ。
私は脂肪の塊によって持ち上げられ、盛大にハグされた。暑苦しい。
「やめ! 豚ノ助!!」
「やめないブヒ~! さっちゃんとだけ抱き合ってずるい!! ブピブピ」
「七海さんに何しやがる」と佐奈。
「俺も居るで」
私の後を追ってきていた公一も合流した。
「あら公一くん。本当に影薄いですね……」
佐奈は「いい加減下ろせ!!」と、豚の尻を蹴ったので、私はようやく解放された。
「ていうか2人、夜にこっそり会ってたの?」
「ちが!」
「イェスブヒ」
回答が別れた。まあ後者が事実だろう。
かつて夜の学園を歩いた時、外でイチャラブカップルを見かけたのを思い出す。佐奈と豚があれになろうとは……
[
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408 :げらっち
2024/08/08(木) 12:24:33
「兎にも亀にも角煮にも、七海ちゃんが無事で良かったブヒ!!!」
それを言うなら兎にも角にも、だが……
「うん。でも。楓が無事じゃない」
「え?」と、3人。
あたしは無事だよ! ってひょっこり出てきて欲しい。
でも残酷なことに、彼女の青はどこにも無い。
折角親友になれたのに、喧嘩別れなんて嫌だ。嫌すぎる。そんなことになったら私は一生後悔するし、もう二度と暗闇から出られない。虹の残像さえも、悪しき虚像に変わってしまう!
「とにかく先生たちを探そうや」
校庭では緊急集会が開かれていた。朝礼用の台の上に先生たちが所狭しと乗り、その周りに生徒が押し寄せている。
「先生、何なんですかあれは!!!」
「また赤坂先生のわけわからないイベントですか!!」
「静まれ、静まれ!!」
緑谷先生が大声で叫んでいるのが見える。
「と、とにかく全員ここから避難しろ!! 落ち着き慌てず行動しろ!!」
当の教師が慌てているのに、落ち着き慌てず行動できるわけがない。
私たち4人は、余りの人の多さに先生たちに近付くことさえできなかった。
先生たちは大声で何か話している。
「ショットマンが戦闘不能にさせられた!」と黄瀬先生。
「これから全生徒、学園外へ避難します! しっかりと先生たちに従い、迅速に行動すること!」と桃山先生。
「筋二郎! 校長先生との連絡はまだ取れないのか!!」と青竹先生。
「まだだ! 校長室に行って指示を仰ぎたい所だが、ここは生徒の避難を優先させる!!」
避難などできるのだろうか。
あの未知の恐怖は、私たちを決して逃がさない気がする。
それだけではない、不可解だ。
生徒たちに指示を出しているのはGレンジャーの4人だけだ。
「いつみ先生はどこ?」
ぴたり、と、静寂が襲った。
混乱し絶叫していた生徒たちが一斉に鎮まった。沈黙は悲鳴より怖かった。
先生も生徒も、空を見上げていた。
私も顔を上げた。
キラキラと光りながら、円盤から何かが降りてくる。
あれは。あの赤は。あの光りは。
「いつみ先生」
私がそう呟いたのを皮切りに、群衆は騒ぎ出す。
「赤坂先生!! 赤坂先生!!」
「助けてええ!!」
いつみ先生は煌煌と輝きながら、私たちの上空で静止した。中央校舎と同じくらいの高さで。
「いつみぃ。これはどういうことだ?」と緑谷先生。
「これより、戦隊学園は僕の指揮下に置かれる」
いつみ先生はシュッと指揮棒を上げ、鼻の前にかざした。
青竹先生が怒鳴る。
「寝ぼけるな。いつみ、降りて来い! 全部お前のおふざけなのか!?」
「寝ぼけているのはきみたちさ。目を覚まさせてやろう♪」
いつみ先生は指揮を始めた。
「せ、生徒は全員退避しろ!! Gレンジャー、変身だ!!」
群衆は叫び、散り散りに逃げ出した。
「ブレイクアップ!!」
青竹・黄瀬・緑谷・桃山先生、4人の教師が一斉に変身する。
「Gブルー!」
「Gイエロー!」
「Gグリーン!」
「Gピンク!」
「学園戦隊Gレンジャー!!!!」
眩しい程に、それぞれのカラーに輝いている。
でも、足りない。赤が足りない。戦隊のエースが足りない。
だからくすんで見える。上空の赤一色の方が、余程輝いて見える!
「Gミックス!!!!」
Gレンジャーは4色の魔法を混ぜ上空に飛ばした。
「愚かだな。僕という恒星が居なければ、Gレンジャーなどただの惑星。輝けないと気付くがいい」
いつみ先生は指揮棒を真下に向けた。
私は危機を感じ、叫んだ。
「佐奈豚公一! 伏せて!!」
「リトルマン」
指揮棒の先から火炎が噴き出た。それはGレンジャーの必殺技をいとも容易く引き裂いて、その0.1秒後には校庭に直撃した。
「あっはははははは!!!」
いつみ先生は指揮棒を地をなぞるように動かし、一帯を焼き尽くした。私は目を瞑り、仲間と身を寄せ合って、祈ることしかできなかった。
[
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409 :げらっち
2024/08/08(木) 12:24:49
キノコ型の雲は円盤にぶつかり、頭が潰れて扁平になった。
「ごほっ、げほっ」
咳き込みながら立ち上がる。黒い煙と焼けた匂い。涙が溢れ、咽せ込んだ。
でも火傷は負っていない。誰かが土の壁で炎から保護してくれたようだ。
「みんな無事?」
「無事ブヒ……!!」
豚が怪力で地面を隆起させ、大地の盾を作り、守ってくれたのだ。公一も佐奈も無事だった。
黒煙の中でも、ギラギラと赤い光りは見えている。それはゆっくりと降りてきて、黒焦げの校庭に着地した。
「いつみ先生」
彼が指揮棒を軽やかに振ると、立ち込めていた黒煙は吸い込まれて消えた。
「無事か。やはり僕が見込んだだけはあるね♪」
「ご冗談を。敢えて私たちを狙わなかったんでしょう」
「正解♪」
またいつみ先生流の試練だろうか。そうは思えない。
Gレンジャーの先生たちは変身が解け、煤けて転げている。
生徒たちは校庭から一目散に逃げて行き、校舎や木の陰に隠れてこちらの様子を伺っている。誰も戦いを挑んでこない辺り、戦隊学園の生徒としてどうなのか。それほどいつみ先生の力が絶大ってことか。
「あなたの目的は知らないけど、こっちの要求は1つだけ」
私は指を1本立てた。そして、天に突き出した。
彼女は、天に、あの円盤に、赤坂いつみに連れ去られたんだ。
「楓を返して」
だが先生はおどけて首を横に振った。
「それはできないね」
「どうして!?」
先生は私の光りだった。それが何故私の光りを奪うのか。
私はもう一度楓に会って、ごめんなさいって言わなきゃいけないんだ!
「先生は私に虹の描き方を教えてくれた。虹の掛かる場所に案内してくれた。私なら虹を作ることができるって言ってくれたのは、真っ赤なウソだったの!?」
「そういうわけでは無いさ。きみの願いは叶えてやったろう。きみは青空に掛かる虹を見ただろう」
私は戦ー1の決勝でブルースカイを奏で、音階による疑似的な虹を見た。
「だから僕の願いも叶えてくれよ。世界の願いを成就させてくれよ」
「先生の願い? 世界の願い?」
先生はゆっくりと指揮棒を振りながら、語り出した。
「戦隊学園は確かに戦隊の学園であり、怪人を殺す戦士を作る場所だ。逸材が見つからなかった場合でも世界を耕す必要はあるからねえ。でもきみたちが見つかった。《赤の世代》の、《7色の人材》が。これからはもっと大胆に、かつ根本から、世界にアプローチできる」
何言ってるんだこの男は……?
すると、佐奈が私のパーカーの裾を引っ張っていた。
「逃げよう七海さん。すっごくいけない予感。あの先生は味方じゃない」
「先生が話している時は私語を慎め!!」
指揮棒が振り下ろされた。地面から炎が吹き上がり、佐奈は悲鳴を上げて飛び退いた。
「佐奈!!」
ゴン! ゴン!
失望が私の胸をノックする。動悸が早まり、荒く息をする。
私はいつみ先生を心から信用し尊敬していた。彼は希望だった。だが彼は、私の仲間を攻撃した。先生でも何でも無い。
「よくも!!!」
戦隊証が無いので変身できない。私は強引に魔法を演繹し、氷の塊を投げ付けた。だが炎により簡単に壊された。
赤坂いつみは有邪気に笑っていた。
「これより7つのニジストーンが、乱れた世界を美しく染め直すだろう♪」
「ニジ……ストーン?」
聞き慣れない語句だ。
だがその真意を正そうとするより先に、赤坂いつみは指揮棒をピンと掲げた。
「まあ楽しもうじゃないか。世界が着床する、その序曲と行こう♪」
【 ブレイクアップ 】
それは曲名なのか。
戦ー1でピアノマンに操られていた時のような、大迫力の名乗りは無かった。
ただその場に居た全員が、当然の様に変身した。公一も佐奈も豚も、校庭の周りで様子を窺っていた多くの生徒たちも。アハムービーのようにごく自然で、下手したら変身したことに気付けなかった。それも無理ない。変身は内なる力、真の姿の解放。変身前と実質的には何も変わらないのだから。
変身していないのは戦隊証を持っていない私だけだ。私は公一たちを見回した。
「ど、どうしたの? 変身して全員で挑めば、赤坂いつみを撃破できると踏んだの? 待って今は不利だタイミングが――」
だが皆の狙いは赤坂いつみでは無かった。
私だった。
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410 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:18
「1撃サンダー!!」
閃光と雷鳴、私に雷が落ちた。危うい所でかわしたが生身の私が受けたら致命傷に成り得る攻撃だ。空間が痺れ全身が震えた。技を発動したのは黄色い戦士。
「さ、さな、なにす、」
「がぶりブレイク!!」
次はピンクの巨体の戦士。豚が正面から突っ込んできて、私の体を拘束した。
「うぐう、重!!」
100キロ超えの重量に真っ向から掴まれ押される。地面を踏みしめ堪えるも、相手の半分程度の体重の私に相撲が取れるわけが無く、砂埃が上がり、全身の骨が反って折れそうだ。
「やめて豚ノ助!!」
そんな私たちに向け黄色い戦士は大技をチャージしていた。彼女に電気が集まっていく。狙いは私と豚。丸ごと破壊する気だ!!
「やめて佐奈!! 私も豚も仲間だよ!! 豚離して、あなたもやられちゃうよ!」
攻撃の手は緩まない。豚は自分ごとやられることをいとわないようだ。
どうしたんだ。仲間意識はどこに行ってしまったんだ!!
「雷ドラゴン!!」
佐奈が電気の竜を解き放った。
「ごめん豚!!」
私は彼の腕に思いきり噛み付いた。流石にダメージが通ったようで、豚は私を離す。その一瞬の隙に豚の両足の間に滑り込み、くぐり抜けるように逃走。電気の竜は豚にぶつかり爆発した。
豚は悲鳴を上げることもなく、その上半身は爆炎に飲まれた。
「ごめん……」
変身した学園中の戦士が、校庭の真ん中で争う私たちに向けて、武器を振り回し、或いは魔法を振りかざし、雪崩のように押し寄せていた。
戦隊証が彼らを操っているのだ。戦隊証は入学時に赤坂いつみから与えられた物。
「赤坂いつみは!?」
あの元凶は何処だ。
空を仰ぐ。赤がキラキラと光りながら円盤に吸い込まれて行った。
「くっそ……!」
私はダンと地面を蹴る。
孤立無援、まずはここを切り抜けなくては。どうすればいい。
ちら、振り向いた。
緑の戦士が苦無を装備し、刃をこちらに向けていた。
彼までもが。
「公一、お願い目を覚まして!!」
公一は構えの姿勢を取ったまま、一言も発さない。
「私たちコボレンジャーの仲間だよ!! 友達だよ!! あなたのこと、好きなんだ!」
私は両腕を開いて、友好の姿勢を取った。
だがそんなものが通じるはずが無かった。絆の何と脆い事か。
私は右頬に熱を感じ尻餅を突いた。砂に赤い斑点ができた。公一は私に斬り掛かったのだ。右頬を触ると裂けていて、血管が空気にさらされる鋭い痛みと、血の溢れる無情さと、公一との関係でさえ術に打ち勝てなかった悲しさで、どうしようもなくなった。
公一は血塗られた苦無を持って、数秒硬直していた。呆然としているように見えた。
だがすぐに攻撃を再開し、再び私に斬り掛かった。変身もできない。魔法も使えない。そもそも変身できたとして、仲間に攻撃できない。
逃げなくちゃ。
私はがむしゃらに走った。襲い来る生徒の波を掻き分けて、殴られ蹴られ掴み掛かられ切られ焼かれながら、とにかく逃げた。
森に逃げ込む。
マリオネットのように操られた戦士たちが、うろうろ徘徊し、私を探している。
私は息を潜めつつミコレンジャーの神社に走った。
こんな状況だが金閣寺躁子ならどうだろう。あの女は魔法クラスでトップの成績を収める、赤坂いつみの補佐役だ。もしかしたら戦隊証の洗脳に対する呪詛返しも心得ているかもしれない。
神社には、金角と銀角の如く、ミコゴールドとミコシルバーが居た。
「金閣寺先輩、助けて!」
だがそう甘くは無かった。2人も例外では無く、無言で容赦の無い攻撃を仕掛けてきた。私は森を逃げながら叫ぶ。
「目を覚まして! 露骨に肋骨が折れた! ほら面白いでしょ!?」
いつもなら金閣寺をよじらせることができる寒ギャグも役には立たず、金の戦士はお守りを振り回し攻撃してきた。
学園の全員が敵か。
絶望で目の前が暗くなり、そのまま崖から落ちた。
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411 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:36
目が覚めると、いつかわからない時、どこかわからない場所で、誰かわからない人に乗りかかられていた。
くすぐったいような、きもちいような、気持ち悪いような、ねちょっという粘液を感じる。
顔を、舐められている!?
「やめて!」
私はその人の顔を押して遠ざけた。癖っ毛の黒髪に愛らしい顔立ち、見覚えのあるこの顔は。
「気が付いたか? ナナ」
「凶華!!」
我が愛犬だ。私は起き上がった。ここは凶華のテントの中じゃないか。
全身に重い痛みを感じた。私の体は切り傷や擦り傷だらけ。服はあちこち破れ、膝は剥けて血が滲み、腕には火傷まであった。
「傷付いてるナナを見つけたからここに連れて来たんだよ」
凶華はキスできるくらい近付いてきて私の右頬を舐めた。
「やめてったら!」
私は勢い余って凶華をはたいてしまった。右頬を触る。公一にやられた傷は癒されていた。
「ありがとう……でも、血液感染ってものがあるからね? 他人の血や傷口を舐めちゃダメだから」
凶華は、くうんと言ってすり寄ってきた。私はその犬を思いきり抱き締めた。
「無事で良かった……!!」
例えるなら外国で邦人に出会えたような、宇宙の遠い星で地球人に出会えたような、救い。
「心細かったよ……」
洗脳を免れたのは私だけじゃなかった。私はきつくきつく犬を抱いた。
「でも凶華、どうして助かったの? 戦隊証は?」
「戦隊証? あーね、どこかに落としちゃってね……」
なんたる不用心。だがそのお陰で戦隊証の呪縛から逃れられたのか。
「ま、例え戦隊証持ってたとしても、そんなよくわかんない術にオイラがかかるわけないけどな! にしてもすげー状況だよな! 門はどこも封鎖されて外には出れないみてーだし」
凶華は頭の後ろで手を組んで、ゴロンと寝転んだ。
「赤坂いつみが学園の全権を掌握した」
「ほらオイラの言った通りだろ? あの先公は嘘臭いってな」
「うん、そうだったね……疑ってごめんね……」
凶華の嗅覚は鋭敏で的確だ。私のポンコツの共感覚なんかよりずっと。
私がもっと早く、凶華の話に取りあっていれば。
「私のせいだ」
全部私のせいだ。
「私が虹が見たいばっかりに、自分のためだけの願いで、赤坂いつみを妄信して、大事なみんなを、こんな目に遭わせた。私はリーダー失格だ」
凶華はテントの天井を仰いで、足を組んでぶらぶらと揺らしていた。
「後悔はもういいから、先の話をしろよ」
その通りだ。
「お願い、みんなを助けたいんだ。協力して」
「一体どうする気だよ」
「それは……」
ノープランだ。
楓は浚われ、公一たちは洗脳され、学園の生徒全員が敵。教師陣はやられた。校長先生は、どうしているだろう。みんながみんなバラバラだ。
考えるんだ七海。
アウェイで、1人でも味方に巡り会えたことで、論理的思考が戻ってきた。
「……1人ずつで良いから味方を増やす。私は1だったけど、あなたに会えて2になった。これだけでもかなり心強い。少しずつ戦力を増やして行けば、必ず赤坂いつみから学園を取り戻せる」
リアリストはこう言った。
「オイラに何の得があるの?」
「え?」
耳を疑う。
「友達を助けるんだよ!」
「オイラに友達は居ねえよ。ご主人様のナナだけだ。オイラはどこでも生きて行けるし、死ぬときは死ぬ。学園がどうなろうとオイラには他人事だぜ☆」
そう言うと犬は寝返りを打って、私に背を向けてしまった。
「そんなの友達じゃないよ!!」
私はつい怒鳴ってしまった。落ち着け、大切な仲間に向かって吠えるんじゃない。
そもそも私に、友達の何たるやを語る資格があるだろうか? 戦隊学園に入るまで友達らしい友達の居なかった私だ。結局は友情など脆弱なものかもしれないし、凶華の言うような主従関係の方が強いというのも一理ある。私は友達と思っていても、私みたいな酷いリーダーを、誰も信頼してくれていないのかもしれない。その綻びが、楓との絶縁、公一たちの洗脳につながったのではないか。
結局私は、
元の1人ぽっちだ。
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412 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:54
「楓に酷いこと言って別れちゃった。もう会えなかったらどうしよう。お話しできなかったらどうしよう。公一も、佐奈も、豚も、私のことなんか忘れて、敵とみなすようになっちゃった。どうしよう。どうしよう」
喪失感。
ネガティブな気持ちを1つ吐くごとに、一粒、一粒、涙が垂れた。私は正座するみたいにへたり込んで、うなだれて、ポタポタ泣いた。服に水玉の染みができていく。
「また6人そろって、くだらない話、しようよ。落ちこぼれのまんまでいい。ずっと一緒に居ようよ。もう虹なんて要らない。虹なんて見なくていい! 友達と一緒に居れたらそれでいいよ!!」
私は幼子のように、ひくっひくっと泣き出してしまった。
「うええええん……」
止めたくても、涙が止まらない。服の裾を掴んで堪えようとするも、顔が引きつって、目頭が熱くなって、息が苦しくなって、途方も無い。
肩に手が置かれた。
顔を上げると、凶華がちょっと笑って、紫のタオルを差し出していた。
「顔拭けよ」
「ひくっ、」
私はお礼を言おうとするも過呼吸なりかけで言葉が出ず、ただタオルで顔を拭いた。
「ったく、しょうがないリーダーだぜ」
私ははにかもうとしたが、顔面がつって、余計に怖い顔になっただろう。
凶華は鼻をぴくつかせた。
「腐臭。来たなあのゾンビらが」
犬はテントから出て行った。私もそれを追う。
いつの間にやら、テントの周り10メートル程を囲うように、多数の戦士たちが詰め寄せていた。声が無いのが余計に怖い。
「ここはオイラに任せろよ、ナナ」
「ひくっ?」
凶華は犬歯を見せてニヤリ笑った。紫が増強し、どんどん濃く、黒に近くなっていく。闇のイロが凶華を包んだ。
「コボレスター!!」
凶華は戦隊証を介さず、紫の戦士に変身した。
魔術だ。
「ひくっ、すごい!」
戦士たちの一部が、旬では無い紫陽花畑に踏み込んだ。
「花を踏むんじゃねえ!!」
凶華は大ジャンプすると、空中に現れた紫の鉄棒に掴まった。
「闇魔術:地獄回り」
大回転。紫紺の衝撃波が飛び戦士たちは吹っ飛ぶ。
「闇魔術:しねしねこうせ――」
「ダメだ凶華、相手は学園の戦士だ、殺さないで!」
「そんなこと言ってる暇じゃねーだろ!」
「リーダーの命令だよ!」
「ちっ、わかったよぉ!!」
紫の戦士は私の傍に降り立って、私の手を取った。
「じゃあナナの魔法を貸せ!!」
「高利(氷)だよ」
私は氷の魔法を凶華の中におすそわけ。
多数の戦士たちが私たちに襲い掛かる。
「氷魔術:氷オニ」
凶華の手が阿修羅のように増えた。というのは残像で、実際は高速で手が動いてるのだった。
凶華は次々に戦士たちをタッチしていき、触れた端から凍らせていった。氷り鬼だ。友達の居なかった私はした事無い遊びだが……
「ふんっ、物足りねーな! もっと遊ぼうぜ? お次はイロオニだ!」
凶華は飛ばし気味だが、戦士たちは360度を包囲している。テントが破壊され、私の背後に戦士たちが迫っていた。
悲しいことに逃げる以外手が無い。戦隊証が無いとことごとく無力だ。私は凶華の背中に引っ付いた。
「ったく世話の焼けるリーダーだな」
凶華の魔術により、突如私の立っていた地面がエレベーターに乗っているかのように急上昇した。隆起しているのだ。私の立っている直径1メートルくらいの草地が、10メートルほどの高さになった。怖くて四つん這いになる。
「なにこれ凶華!!」
「高オニだぜ。そこに居る間は誰も手出しできないから!」
それよりも落ちそうで怖いんだが。
「よっしゃ、思う存分遊ぶか!!! 闇魔術:レクリエーション☆」
凶華がそう唱えると、集結していた百名近い戦士たちは全員、赤と白の旗を持たされた。
「赤上げて!」
凶華の指示に、戦士たちは従う。
「赤下げないで白上げる!」
何人かの戦士は間違えて赤を下げたりしてしまい、落伍者は紫色のタライに打たれ卒倒した。ふざけてるようで強力な技だ。
「お次はもっと難しいぞ☆ 赤下げて……」
さあどうなるか?
「白下げつつ赤上げつつ青上げると見せかけ緑下げないで黒投げて赤と青を振り回して黄色とピンクを上げ下げ上げ下げ黒上げる!!!」
そんな指示に誰も従えるわけがなく全員がアウト判定になり全員にタライが落ち、シンバルを何倍にもしたような音が響き、全員が卒倒した。
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413 :げらっち
2024/08/08(木) 12:26:28
凶華は洗脳の対象にならなかったのみならず、自力で変身し、これほどの力を見せつけた。
この犬は一体何者なのか。
考えはお預けだ。
ドスン、ドスン、地鳴りがした。
私は塔の様に盛り上がった土の上、雑草にしがみ付きながら揺れに耐えていた。
ドスン、ドスン、地鳴りは地鳴りでも、聞き覚えのある地鳴りだ。あの地響きは。
「メカノ助……!!」
グリーングラウンドに、30メートル程の超巨大な力士が土俵入りした。土に大きな足跡を残しながら、こちらに迫ってくる。
鋼鉄のマスクで顔を覆った巨人。その操縦席に居るのは佐奈だろう。コボレ最大の戦力も、敵に回せば最悪だ。
メカノ助と共にまたも数百の戦士たちが来場する。キリが無い。しかもその先陣を切っているのは、緑の戦士。
「公一!!」
グラり。足場が揺れ、危うく転落死するところだった。遥か下を見ると、ドリレンジャーの巨大工機ドリレンオーが地面を掘り、私の乗っている地面を崩そうとしているではないか!
「わ、ピンチ!」
地面が傾く。土に爪を立て引っ付くが、もうダメだ。地面は崩れ、爪は割れ、甲高い叫び声を上げながら落ちて行く。
「ナイスキャ~ッチ!!」
自賛しながら凶華がキャッチしてくれた。犬は小柄ながらも私をお姫様抱っこしていた。ひょろひょろの公一には絶対できまい。もうあなたの方を好きになりそうだ。
凶華がそっと下ろしてくれて、私は地面に足を着けた。私の乗っていた地面は倒れて砕け散った。ドリレンオーは地面を掘削しながら私たちに迫る。巨大なドリルが回転して迫る。
「コマ廻し!!」
凶華はどこからかコマを出し、紐を引いて投げ付けた。コマは空中で巨大化するとドリルとぶつかり拮抗、パンパカパーンとおめでたい音を鳴らし爆発した。私は爆風に煽られ倒れた。
「ナナはそこで休んでな。残りの奴らもオイラが遊んでやる」
煙の上がる中。紫の戦士は、迫りくるメカノ助や戦士陣に立ち向かう。
戦士の筆頭に立つ緑の戦士は、苦無を構えた。
「待って凶華!! 相手はコボレのみんなだ! 傷付けないで!!」
「ったく甘いぜナナは」
凶華は甘党だが冷徹なリアリストであり、私は甘い物が苦手で辛い物が好きだが、甘ちゃんだ。
「ま、そういうところもお前の良さって知ってるぜ。お前のフェロモンにとことん従うよリーダー」
凶華は何かを装備した。武器でも兵器でも凶器でも無い。
おもちゃだ。
けん玉だ。
それは見た目以上の耐性を持っていた。凶華と公一は切り結ぶ。刃物とけん玉で切り結ぶ。
カチン!!
「何してんだよイチ。正気に戻れ!!」
カチン!!
「ナナはお前のこと大好きなんだぞ!!」
「ちょっとちょっと、恥ずかしいこと言わないでよ!」
他人に言われるとかなーり恥ずかしい。
苦無とけん玉が何度も何度も触れ合う。目にも止まらぬ速さで。隙が無い。
隙を作るためか。凶華は高らかに言った。
「イチ! お前だって、ナナに惚れてるんだろうが!!」
「こら……」
その時の私は赤面していたかも知れない。
公一の動きが、少し鈍ったように見えた。
ここぞと、
「つばめがえし!!」
凶華が技を決める。けん玉を大きく振り、赤玉は公一の額に命中。スパン、シャープな音。なかなか痛そうだ。そのままけんを回し、赤玉はお皿の上に乗った。お見事。
凶華は振り向いた。
「ナナ、早く行け!」
「え?」
「ここはオイラが引き受ける。カエを助けたいんだろ? 早く行け!!」
「……わかった」
頼れる仲間と離れ離れになるのは心細いが。
「ありがとう凶華。元気出たよ! 絶対に楓を助ける。またみんなで一緒に、ご飯食べよ!」
「ナナのおごりでな!」
私と凶華は、手を振りあってしばし別れる。
「じゃあまた後で!!」
つづく
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