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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗115-129

115 :げらっち
2024/05/11(土) 10:50:41

第11話 白熱のコボレ


《天堂茂》


「ハァ、ハァ、ハァ」

 僕は無我夢中で走っていた。
「出口だ!! た、助かった……」
 地上の光りが見え、僕は安堵して倒れた。いつもより陽光が眩しく感じられたが、それは疲労のせいだろうと思い、余り気にしなかった。
 小豆沢七海は置き去りにしてきた。助かるのは僕1人で十分だ……
 安心したら眠くなった。少し眠……ろう……


「おい起きろ!!」

 ん?

「こんなところで寝やがって! サッサと目を覚ませ!!」

 うっすら目を開けると、僕は森の中に仰向けに倒れていて、戦隊スーツを着た5人程の男たちに取り囲まれていた。
 彼らのスーツは全身を覆う物ではなく、目元や肩、腕、足など、ところどころ露出していた。なんて粗末なんだろう。
「ここは俺たち怒人戦隊ランボージャーのナワバリだぞ!」
「身ぐるみ剥いでやる!!」

 な、なんだと? 野蛮な!
 学園の森に野宿する戦隊が居ると聞いたことがあるが、そいつらか? 
 僕が誰だか理解していないようだ。教えてあげなくてはな。

「わかっているだろうが、僕の父上は、本学園の理事長も務められているのだぞ!!」

 ん!?
 僕は意味の無い声を出した。声を確認するためだけに発する声。
「あー、あー。あ゜ー!?」
 声が軽くて高い。特別に高いというワケでも無いが、これはれっきとした女声だ。
 怪我をしたショックで逆声変りを果たしたのか?

 僕は起き上がり、そこで異変に気付いた。
 体が、変だ。何処がというわけでもないがとにかく変だ。
 怪我でもしたのだろうか。立ち上がろうとすると、バランスを崩しそうになった。

「な、何だこれは!?」

 僕は、スカートを穿いていた。

 何という屈辱!!
 僕が気絶している間に、誰かが穿かせたのか? 僕に凌辱を与えた奴は、すぐにでも退学にしてやるからな!

 ……いや、そういう問題ではなさそうだ。
 スカートをまくると、太い腿は真っ白。黒い靴下に隠されている脛も真っ白のようだ。
「まさか!!」
 次に自分の手のひらを見た。真っ白。袖をめくると腕も真っ白。余りの白さに、血管が少し見えている。
 頭の周りにも違和感。触ってみると、長い髪が肩にまで掛かっている。その毛も、真っ白。

「まさかあああ!! あああああああ!!!」

 僕は意味も無くその場を回転した。
 思い出すのは、入れ替わりの石像。

「何叫んでやがる!!」
「女を見るなんて久しぶりだぜ! 可愛がってやらなきゃな!」
 女!? 女と言ったか? やはりそういうことか?
 野良戦隊共は僕の腕や制服を鷲掴みにした。本当に身ぐるみを剥ぐつもりらしい。
「ま、待て! 僕は天堂……」
 抵抗しようとするも、女になった僕の腕力は弱く、男共の太い腕によって簡単に拘束されてしまった。
 こうなれば変身するしかない。「こいつ」も戦隊証を持ち歩いているだろう。それならば。
「ブレイクアップ!!」
 僕は叫んだ。胸ポケットに戦隊証が入っていたらしく、それが呪文を拾い、僕は戦隊スーツに身を包まれた。さて魔法を行使しよう。しかしどうしよう。「こいつ」はどんな魔法を使うのか……
「このメスガキ、変身しやがった!」
「ランボージャーの秘技を使うぞ!」

「必殺・ランボースクラム!!」

 5人の男は肩を組み、僕を囲うように拘束した。
「やめろおおおおおお!!!」
 僕は叫んだ。すると熱波が飛んで、男たちは仰向けに吹き飛び、木の葉の上に転がった。
「あっつうぅ!!」

 これは僕、「天堂茂」の、炎の魔法だ。
 僕は赤い戦士に変身していた。肉体が入れ替わってもカラーは替わらないのか!
 しかし、多勢に無勢だ。僕は木々の間を駆け抜け逃げる。

[返信][編集]

116 :げらっち
2024/05/11(土) 10:54:26

 変身を解き、早足で歩く。僕は森から脱出した。

「うっ何だこの光りは!」
 森では木々が日傘になっていたので余り気にならなかったが、視界が開けると、状況は一変した。
 光りが目に突き刺さるようで、目を開けていられない。いつもの何十倍もの光りを受けているようだ。視界がぼやけ、明るいのに物が見えない。白い霧に包まれているかのように、1メートル先さえぼけて見える。
 アルビノの目は、こんな感覚だったのか。障害者になるだなんて……!
「くそっ、何で僕がこんな目に!!」
 僕は腕をひさしに、校庭を進む。
 日光の玉砕攻撃を受けるのは目だけでは無かった。手や頭頂、耳など、服で覆われていない箇所は炙られているかのように痛んだ。
「痛い! 痛いい!! こんなみじめな目に遭うのは小豆沢だけで十分だ!!」

 校庭脇に小さなトイレが建っていたので急いで逃げ込んだ。
 こんな所に厠があるとは知らなかった。校庭は広いからな。
 取り敢えず、ここで自分の姿を確認しておきたい。僕はトイレに入る。
「……おっと。女子トイレに入らなきゃならないのか」
 僕は2つの入り口のうち、赤いピクトグラムが示す方に入った。恥ずかしさに足がプルプルと震える。
 中に人が居なかったのが不幸中の幸いだ。まあこんな校庭の最果てにあるトイレにはほとんど人が来ないだろう。
 しかし臭いトイレだ。掃除をサボっているな。僕はいつも専用の高級トイレを使っているので、尚更そう感じる。こんな小汚いトイレで用を足すつもりはない。

 洗面台に近付き、恐る恐る、鏡を見た。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 女の悲鳴が口から弾けた。
 予想はできていたことだが、現実を目の当たりにして愕然とする。
 自分が映っていない鏡を正面から見るのは初めてだ。しかも大きく映っているのは小豆沢七海!!
 白い肌に白い髪、青い虹彩のあの女! 髪も服も乱れ、怯えたような目でこっちを見ている。
 僕を見るな!! 汚らしい!! 世界で一番、汚らわしい!!!
「オェェッ!」
 僕は洗面台に吐いた。口の中が酸っぱくてどうしようもない。喉がカラカラだ。
 最悪だ。これは呪いか何かか? 僕は何も悪いことはしていないのに!! 何故こんな汚れた障害女の体にならなきゃならないんだ!!!

「……落ち着け茂」

 僕は口をすすぎ、顔を洗う。
 落ち着け、落ち着くんだ。1つ1つルーティーンをしよう。
 ポケットには白いネクタイが入っていた。あの女は常識が無いからネクタイをしていない。だが僕は違う。何事もきっちりと手を抜かず行うのがエリートだ。僕は白いネクタイで、綺麗なウィンザーノットを作った。
「体が変わろうと、僕は僕だ。中身はエリートだ。焦るな。冷静に考えて行動すればこの状況を打開できる」
 順序立てて考えろ。僕は僕自身に、そう言い聞かせる。頭の中でフローチャートを書く。
「目的は元の体に戻ることだ。そこまでの筋道を考えろ。僕が小豆沢の体になったということは、小豆沢が僕の……」
 体になったということだ。
「うォォおオオオェッッ!!」
 自分の体にあの女の精神が宿っている姿を想像し、堪え切れなくなり、僕は再びぶちまけた。これは二重の屈辱だ。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け。

「僕には父上が居る。エリートファイブの仲間が居る。入れ替われたということは、元に戻れるはずだ」

 僕はよろよろと歩き出した。しゃんとしろ。背筋を正せと父上から教わっただろう。姿勢を良くしないと目的地は見えない。
 さあ、まずは校舎に戻ろう。
 すると。

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117 :げらっち
2024/05/11(土) 11:00:31

「大人しく出てくるのじゃ!」

 戦隊がトイレを包囲していた。

「ラフレッド!」
「アヤメブルー!」
「タンポポイエロー!」
「アジサイパープル!」
「サクラピンク!」

「生物クラス・植物戦隊ラフレンジャー!!!!!」

 5人はそれぞれの花のあしらわれた衣装を着て、キメポーズを取っていた。ダサいポーズだな。名乗りの作法の授業を学び直したらどうだろう。
「見つけたぞ小豆沢七海!」
「天堂茂さんから、お前を見つけ次第ペチャンコに潰せと指令を受けているのじゃ!」
「恨みは無いけれど、押し花になってもらうわよ!」

 確かに僕は、全クラスに向けて「小豆沢七海を見つけ次第ペチャンコに潰せ」と通達した。
 だが、僕は小豆沢七海ではない。この体で言っても、信じてもらえないだろうが。隔靴掻痒だ。
「大人しくしろ! ラフレスメル!」
 ラフレッドの手から黄色い粉のようなものが放たれた。
「くッさ!」
 それは先程の便所の10倍もの匂いを凝縮したようで、それを吸い込むなり鼻が痛み、涙が出た。意識が飛びそうになりつつも変身する。
「ブレイクアップ!」
 ツタが伸びて僕の体を拘束しようとした。
「バーニング!」
 全身から炎を出しそれらを焼き切る。そして、
「火炎タッピング!」
 パン、パンと手を叩く。5人の足下が次々と爆発し、彼らは熱さに飛び跳ねた。植物相手に効果は抜群。僕はその隙に逃亡した。

 変身した状態なら、少しは日光のダメージをカットできることが分かった。
 しかし受難はそれだけでは終わらなかった。校庭横断の道のりは長かった。

 サッカーボールを追いかけながら、11人もの大所帯戦隊が僕めがけて走ってきた。
「げ! あいつらは蹴球戦隊スポコンジャー!!」
「ここで会ったがキックオフ! スポーツ系戦隊の名誉挽回の為消えてもらうぜ!」

 赤い戦士に変身しているのに、何故僕が小豆沢七海だと思うのか!?

「ラフレンジャーには粉で印を付けてもらった! 何色の戦士に化けようとも、匂いでお前の正体がわかるぜ!!」
 なんてこった!
 スポコンレッドが思い切りボールを蹴った。
 炎をまとったボールが僕の腹部にめり込んだ。胃や内臓が潰れるような痛み。
「くふうっ!」
 次に黄色の戦士が走り寄り、僕を蹴り上げた。
「リフティングはじめ!」
「ぐわあ!!」
 僕は宙を舞った。すぐに重力に連れ戻されて落ちてゆく。校庭に打ち付けられる前に、緑色の戦士が僕を蹴った。再び宙を舞う。落ちる。オレンジ色の戦士が蹴る……
「いい加減にしろ!! フレアフーリガン!」
 僕は炎の杭をドン、ドンと地面に打ち付け、サッカー戦士たちを遠ざけた。火の粉が散る中着地する。
 そこに、
「どすこいどすこいどすこい!! お前は我らドスコイジャーの獲物でごわす!!」
 力士集団が土煙を上げながら突撃してきた。まるで牛の群れだ。僕は悲鳴を上げて逃げようとするも、張り手で突き飛ばされ、かち上げられ、蹴り上げられた。おいおい、相撲でキックするのは反則だろ!!
「待て待てぇ! 小豆沢七海は僕たちが倒すでございます!」
 反対側からは3人組の戦隊が駆けてきた。
 僕の命令、影響力あり過ぎだろ。
「すぺさるクラス・真打ち戦隊ラクゴレンジャーでございます。吹っ飛ぶ布団!」

 僕は飛んできた布団にくるまれ、そのままお空に吹っ飛ばされた。
「あ~~!!」

「何してるでごわす! お前らのせいで小豆沢七海を取り逃がしたごわす!」
 責任転嫁する声が地上から聞こえた。

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118 :げらっち
2024/05/11(土) 11:01:00

 僕はそのまま校舎の屋上に辿り着いた。運がいい。
 餃子の皮のように僕をくるむふわふわの布団を引き剥がし、校内に入る。まずはエリートファイブの仲間を探そう。

 しかし屋上にも小豆沢七海狙いの戦隊が待ち構えていた。
「コンパスミサイル!」
「分度器カッター!」
「ホチキス機関銃!」
「えんぴつけずりブラスター!」
「穴あけアッパーパンチ!」
 文具を構えるあいつらは見覚えがある。僕と同じエリートクラスに所属する1年、文具戦隊モノレンジャーだ。
「無能な奴らめ! 首席である僕がわからないのか!! ファイアペンシル!」
 僕は炎のペンで全員に赤点をくれてやった。
 折り重なり倒れる雑魚共は無視して、階段を降りる。ふぅ、少し汗をかいた。蒸れてきたし、変身を解除する。

「あらぁ、また会ったわね。小豆沢サン」

 踊り場に女の姿があった。姿見に背中を持たせかけている。
 あいつは金閣寺躁子!!
 金閣寺は僕にすり寄り、行く手を阻むように立った。

「どけよ。僕の邪魔するな」
「へぇ、口調がいつもと違う感があるわね。ボクっ娘になったの? それもキュート感があって、好みよ!」
 何言ってるんだこいつは。
「スマホを消す魔法、傑作だったわ。ところで、あなたを狙っている戦士が多数居るわ。でも殺し屋はお昼になればもう来ないわ。何故だかわかる?」
「殺し屋だと?」
 意味が解らない。
「ブッブー。外れです。頭の柔軟感が足りていなくてよ」
 外れも何も答えていないし答える気も無かったのだが。
「答えは……アサシンは朝死んだ、なのよ。おわかり? ハイセンス過ぎて通じなかったかしら? ア~っはっはっ!! あさしんはあさしんだ、ギャッはっはっ!!」
 何だこいつは気持ちの悪い。なまじ美人なので余計に。
 口の端から泡を垂らし、お腹を抱えて笑う女を無視して階段を降りようとすると、後ろ髪を掴まれた。

「待ちなさい。あなたはお尋ね者なのよ。あなたの庇護者であるわたくしまで白眼視されているわ。でもそんなことはいいのよ。それよりわたくしは、あなたが欲しいのよ」

「は?」
 何だこの変質者は!!
 逃げようとすると、金閣寺は僕の髪を力いっぱい引っ張った。

「いい加減よこしなさい!!! 髪の毛を!!」

「いっだだあああああああああああ!!??」

 白い毛がブチブチと頭皮から引き剥がされた。100本は抜かれただろうか。


 毛を抜かれまくり、髪はボサボサになっていた。
 しかもスポコンジャーやドスコイジャーの攻撃によって体中に青痣ができているし、日光に当たった肌は発赤しているし。満身創痍だ。
 まあいいさ。これは小豆沢の体だ。僕の体にさえ傷が付かなければいいのだ。元の体に戻った時、小豆沢が痛みに苦しめばいい。

 僕は廊下を歩く。エリートファイブの仲間たちはどこだろう?
 すれ違ったデブ女に尋ねてみることにした。
「おいお前。名前は何だ」
 女はビクッとして、答えた。
「斎藤です」
「そうか。斎藤、エリートファイブを見かけなかったか? 学年で1番優秀な戦隊だからお前の様な庶民でも知っているだろう」
 斎藤は鼻をつまんでいた。僕の体に付いたラフレシアの匂いを気にしているな?
 斎藤はモジモジしながら、「多分、食堂に居たと思うけど……違ったらスイマセン」と言った。パッとしない奴だ。

 今はお昼時だから、エリートファイブの仲間たちは食堂に居るようだ。

 僕は学生食堂に到着した。
 ここに来るのは初めてだ。いつもはお金を払って自室に高級料理を届けさせているからな。お抱えの三ツ星戦隊シェフレンジャーの料理を。
 こんなタダで食べられる三流食堂の飯は不味いのだろうが、とにかく入ってみる。

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119 :げらっち
2024/05/11(土) 11:01:12

 食堂に居た生徒共は一斉に僕を見て、顔をしかめた。
 僕の匂いが、食事の場にはご法度だったからだろう。
 だが僕はここのランチなどに興味は無い。
 食堂の奥のテーブルで、僕以外のエリートファイブの4人が、談笑しながら食事しているのを見つけた。
 よし、あいつらを協力させれば僕の体を持った小豆沢七海を捕まえ、元に戻ることも容易だろう。
 僕がこの体でも、仲間であるあいつらなら僕の言うことを信じるだろうからな。

 テーブルの隙間を歩いていると、戦隊の1つが反応した。
「あれは小豆沢七海だ! 倒せ!!」
「パンレンジャーの実力を味わえ! ジャムパン投擲!」
 ひゅんひゅんとパンが飛んできた。
「やめろ!」
 僕はそれをかわしながら、エリートファイブの机に向かう。
「おーい! お前ら! 僕を助けろ!!」
 エリートファイブの4人は僕を見るなり立ち上がった。皆がっしりとした体で制服を着込んでいる。うち2名は黒縁眼鏡を掛けている。

「お前は、小豆沢七海!!」

「違う、僕は天堂茂だ!! 同じ戦隊の仲間ならわかるだろ? この僕の赤を見ろ! ブレイクアップ!!」
 僕は赤い戦士に変身した。
 これでわかっただろう。僕の赤は全ての色の頂点に君臨する、珠玉の赤なのだからな。

 だが4人は顔をしかめた。
「馬鹿言え。お前の見た目も声も小豆沢七海だ! 赤になったからって騙されるもんか!」
「茂さんの居ない間にこの底辺女、倒しちゃおうぜ!」
「よしやろう!」

「ブレイクアップ!!!!」

 4人は赤い戦士に成った。
 馬鹿共、何故僕の言うことを信じない?
「お前ら、僕は天堂茂だと言ってるだろう!! 信じないと父上に言い付けるぞ!!」

 するとエリートツーが言った。
「あーヤダヤダ。茂さんの口癖そっくりなこと言ってやがるよ」
「あの口癖うざいよな」とエリートスリー。
「あいつの命令聞くのもうんざりだよね」とエリートフォー。
「ちちうえが~ちちうえが~」
 4人はひゃははと笑った。

 その時僕は、気分がひゅんと落っこちていくような感覚になった。
 心臓だけがエレベーターに乗って、どこか下の方に落ちて行く。下へ下へ。

 こいつらは。僕のことを。そんなふうに。思って。
 いや。心の底では。わかっていた。
 友情など。無いと。父上の名誉と金に隷属するだけの奴らだと。

 僕の背中に、パンレンジャーの投げたパンがびしゃびしゃと当たった。
 これ以上の屈辱はうんざりだ!! 僕は両の拳を握り締めた。

「火球カースト!!!」

 僕はかつての仲間たちに、炎の塊を落っことした。
 お前らは優秀だろうと所詮は「努力」というつまらん後付けでのし上がったに過ぎない。
 それに比べ僕は生まれながらにニッポンジャーのレッドを継ぐ立場にあった。そして学年1位だ。2位から5位までのお前らとはカーストの上で越えられない壁があるんだ。クリスマスツリーのてっぺんの星とその下の飾りとでは大違いだ!
「ひざまずけ!!」
 勢いよく岩の様な炎が落ち、4人は床に打ち付けられた。いい気味だ。
 だが4人は立ち上がった。
「やりやがったな小豆沢七海!!」

「や、やる気か?」

「やる気だ!」
 4人は炎を次々に生み出した。それらは編み合わさってゆき……
「バーニングループ!!」
 炎は一直線になり、メビウスの輪となり、無限のカタチを描いて、空中をうねり、僕に滲み寄った。
 マズい、逃げなくては。僕は奴らに背中を向け走るが、炎に追いつかれた。
「あああああああああああ!!!!!」
 熱い!
 熱い!!
 熱い!!!
 逃げ切れなかった。炎が僕を飲み込む。戦隊スーツに守られていても、全身が熱い、というより痛い。
 僕は無限に焼かれ続けた。永遠の熱さと痛さ、そして仲間を失った絶望に、僕は諦めるように、うずくまった。

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120 :げらっち
2024/05/11(土) 11:12:12

《七海》


 夕方になった。
 
 寮近くの森に潜んでいた私は、そろそろ行動しようと決めた。
 まさか体が入れ替わるなんて。それも、大の3乗がつくほど嫌いな、天堂茂と。
 誰に言っても信じてくれまい。そもそも、学園内に私の味方は少ない。数少ない味方であるいつみ先生は怪人退治に出ているらしいし。
 Gフォンは充電が切れて起動できなくなってしまった。肝心な時に役立たずだ。
 とにかく、楓に会いたい。あの子に会うと落ち着く。この時間なら、もう帰寮していることだろう。

 女子寮は有刺鉄線付きフェンスで囲われているが、森に隣した所に1箇所だけ隙間があるのだ。薄暗い夕暮れならバレにくい。屈み込んでそこから敷地内に忍び込んだ。
 正面から建物に入るとロビーの事務レンジャーに見つかってしまうので、ゴミ出しの時などに使う勝手口から侵入。
 廊下を恐る恐る進んでいく。しかしそう上手くも行かなかった。

「キャーーーー!! ダンシーーーーーーー!!!」

 どこから見られていたのだろう。女子の金切り声がした。
 女子寮に男子が忍び込むのは、至難の業だ。
 チェーンソーを持った猟奇戦隊セツダンジャーが廊下の奥から走ってきた。女子寮の番人と呼ばれる戦隊だ。ちなみに全員女子だ。
 おっそろしい相手だ。私は声にならない悲鳴を上げて寮から逃げ出した。
 セツダンジャーが男子の侵入を許すことはほぼ無いが、かつて公一は私たちの部屋に入った。影の薄さこそあれ、公一の忍者としてのスキルが意外と高いことを再認識させられる。あの時公一はどんな隠れ方をしてたっけな?

 寮の敷地内には池があった。鯉が住んでいて、楓がよく餌をあげている。
 そういえば公一は、水槽の中に潜って難を逃れたんだっけ。この池の中に入れば追跡を振り切れるかもしれない。

 ドボン!

「池に逃げたぞぉおぉおお!!!!」
「出てこいヤァあああ!! 神聖なる女子寮入れると思ってんじゃねーぞ!」
「あたしたちから逃れられると思うなよ! ダーク銛突き!」
 セツダンジャーは銛で池の底をグサグサと突き始めた。鯉が暴れる水音。


 ……ふぅ。
 池に逃げてたら、マズかった。

 私は近くの草むらに隠れてその様子を見ていた。池に石を投げ込んで、水中に逃げたと撹乱させたのだ。
 こういうのを夜半(よわ)の嵐の術というらしい。公一から色々忍術を教えて貰っていたのが役立った。

 さて、あいつらが池に注目している間に、建物に侵入しよう。
 逃げたと見せかけ忍び込む、逃止の術だ。


 いつもは廊下や自販機のある休憩所に、談笑している女子の姿があるのだが、今日は1人も居なかった。
 男子が寮に侵入しようとしたという緊急放送が流れ、全員自室に籠って鍵を掛けたと思われる。都合がいい。

 5階の一番奥、私たちの部屋に辿り着いた。

 鍵は掛かっていなかった。
 非常事態なのに緊張感が無い。楓らしいっちゃらしい。
 でもこれも好都合だ。
 私は静かに扉を開けて、中に入った。
 楓は奥のキッチンで料理をしていた。鼻歌を歌い、お尻をフリフリしながら包丁で何か切っている。
 そういえば今日は楓が夕飯を作ると張り切っていた。いじらしいな。

 親友の楓なら、私の言葉を信じてくれるはずだ。

「楓、聞いてほしい」

 男の声に、楓はビクッと振り向いた。エプロンを付けている。
 彼女の両目がせいいっぱい見開かれた。

「驚くのもわかると思う。でも私は七海」

「いやああああああああああああ!!!!」

 楓は包丁を投げた。私は避けたが、すんでのところで刺さっていた。
「ぎゃーーー変態!! 放送で言ってた侵入者ってこいつだったのかよ! 信じらんない!!」
 まあ、そうなるわな。
「聞いてったら。私だよ、七海だよ」
「お前が七海ちゃんの名を騙るな! コボレンジャーを馬鹿にしたの、許さないから!!」
 楓は座椅子を振り上げた。
「あぶなっ」
「このォ!」
 大ぶりの座椅子こそかわせたが、直後楓のブローが、私の左頬に直撃した。楓は貧弱なので余り痛くも無いが、精神的にショックだ。
「ブレイクアップ!」
 更に楓はコボレブルーに変身した。
「楓待って!!」
 楓は水の魔法を呼び起こした。カエルの水槽から濁った水が持ち上がり、渦を巻いた。
「なみつなみ!!」
 大波が私を飲み込み、窓を突き破って、屋外に排出した。劣等生の楓が、怒りに身を任せてるとはいえ、水魔法を使えていることを、祝福している場合ではない。

「恨むよ楓!!!」

[返信][編集]

121 :げらっち
2024/05/11(土) 11:12:26

 私は池ポチャした。衝撃を受け、濁水の中に沈み込む。鯉たちが驚いて逃げて行く。
 私は口から泡を吐いた。息ができない。急いで浮上し、水面に顔を出す。
「ぷはっ」
「見つけたぞぉおぉおおおお!!!」
 セツダンジャーの声だ。最悪だ。

 体はびしょびしょで、沼臭い。ずぶ濡れの制服は重く、足を取られながら懸命に走る。
 夜に光りを奪われた森の中、セツダンジャーにじりじりと追いつめられる。
「待てや、バラバラに切断してやるぞぉおおおおお!!!!」
 ウォンウォンとチェンソーの稼働音が木々の合間をこだまする。恐ろしすぎる。

 最終手段だ。
 大嫌いな台詞だけど、使うしかない。私は振り向いて、セツダンジャーに向かって叫んだ。

「僕は天堂茂だ!! 僕の父上は理事長だ!! 父上に言い付けるぞっ!!」

 流石のセツダンジャーもぴたりと立ち止まり、チェンソーを下ろした。それほど天堂茂の父の効果は絶大らしい。
 私はその隙に逃げた。

「はあっ、はあっ」

 楓も私の話を聞いてくれなかった。
 どうしよう、このまま天堂茂として生きるか?
 それだけは嫌すぎる。誰か、話を聞いてくれる人は居ないの?


「コボレホワイト」

 闇より、大柄な戦士が現れた。夜の黒に同化していたブラックアローン。
 黒は滅多に見ない邪悪のイロ。何度見てもゾッとして、心臓に鳥肌が立ってしまう。何故このような男が戦隊学園の教師なのか。
 でも今はそれよりも、彼が私を呼んだ名前に、驚いた。

「私がわかるんですか!?」

 ブラックアローンの赤い単眼が、私を捕捉した。
「わかるとも。貴様の肉体は他の男子生徒の物だが、貴様の戦士名は、《コボレホワイト》だ」

「そ」
 ホッとして、全身の力が抜けるのを感じた。
「そうです!」
 ちょっと意外だった。
 コボレンジャーの虹づくりの邪魔をし、私の存在を否定したブラックアローンが、今は理解者のように思えた。

「入れ替わりなどまやかしに過ぎん。貴様らは、何も入れ替わっていない」

「え?」
 どういうことだろう。

「貴様の体が男子生徒の物に変化し、男子生徒の体が貴様の体に変化したというだけだ。肉体に於いても、カラーに於いても、入れ替わりなど起きていない」

 じゃあ私は小豆沢七海のまま?
 見た目が一時的に天堂茂の姿に変身してしまっているというだけなのか?

「どうすれば、戻れますか」

「それは己で考えろ。学ぶというのは、教わるということと同義ではない」

「つまり、学ぶとは、自分で考えるってこと?」

 ブラックアローンは黙ったままだけど、それは肯定を意味しているようにも思えた。

「先生!!」
 私は初めてブラックアローンを先生と呼んだ。

「私、ネクタイが結べないんです!!」

 ブラックアローンは静かに答えた。

「精進あるのみだ」

[返信][編集]

122 :げらっち
2024/05/11(土) 11:21:17

 ブラックアローンはいつの間にか去っていた。
 仕方ない。今日は夜の森で野営でもするか。そう思っていると、まばゆいライトが私を照らし出した。
 黒塗りのリムジンが現れ、私のすぐ横に停まった。運転席が開き、中から50代くらいの男性が姿を見せた。帽子を被った頭は白髪交じりだ。

「だ、誰!?」
「誰って……送迎戦隊タクシージャーの車田(くるまだ)でございますよ。迎えに参りました、お坊ちゃま」
 車田は深々と頭を下げた。
「迎え?」
「どうぞお乗り下さい」
 車田は白い手袋をはめた手で、後部座席を開けた。私は、恐る恐る乗り込んだ。リムジンなので座席は広く、ゆったりとしていた。どこに向かうのだろうか。
「それでは、寮に参ります」

 リムジンは森の中を走った。心地良い揺れの波が押し寄せ、疲れの黒潮に流されて、うつらうつらとしてしまった。


 気付くとリムジンは、屋敷の様な大きな建物の傍に停まっていた。車田はドアを開け頭を下げる。
 私は降車し、その屋敷を見上げた。
 何だココ。お城のようにデカい建物だ。もしかして、学園外に連れてこられた? と思うも、どうやら学園内らしい。
 天堂茂のオーダー寮か。そんなものまであるとは憎たらしい。学園は本当に何でもあるな。レストランやプールもあるし、次は動物園でも作られるんじゃないだろうか。
 でもひとまず一夜を明かす場所が見つかって良かった。

 建物に入ると、5人のメイドが現れ、頭を下げた。
「お帰りなさい、お坊ちゃま!」
「家政姉妹メイドレンジャー、お坊ちゃまのお帰りをお待ちしておりました!」
「お帰りがいつもよりお遅いので、お心配しましたよ!」
「お洋服がおヨゴレになっていますよ、お拭きしましょう!」
「お今日もお顔がおエリートでおイケメンでおられますね!!」

 天堂茂は毎日、こんなおべっか使いに持て囃されているのか? 何だかムカつく。
 ここは天堂茂の物真似をして追い払ってやろう。
「ええい、やかましい。僕は今日疲れてるんだ。さっさと下がれ! 1人で静かに過ごしたい!」
 5人娘は「失礼しました」と言って逃げるように去って行った。

 私は取り敢えずお風呂に入り、池に落ちた時のベタベタと匂い、そして疲れを落とした。
 小さなプールくらいあるゴージャスなお風呂だった。自分の体に関しては、入浴中は気にしないことにした。特に下半身に関しては絶対に見ないようにした。絶対に。

 バスローブを着て広い屋敷を歩いていると、大きなテーブルの上に御馳走が用意されていた。浴後のタイミングを見計らってメイドが用意したらしい。
「いただいちゃおうかな」
 ハンバーグに蛇のスープ、野菜ムースにハーブティー、どれも一流なのだろう、美味しいものばかりだった。
 でも私は、楓の手料理の方が、食べたかったな。ごめんね楓。


 お腹も満たし、寝室に入る。天堂茂の寝ぐらになど入りたくないが仕方ない。
 そこは特上超ゴージャスセレブキングロイヤルスウィートルームだった。
 無駄に大きなベッド。無駄に大きなソファ。レッドカーペット。金きらの壁や床。威圧的なシャンデリア。何故こんなところにあるのかわからない高級そうなツボ。価値が理解できない絵画。
 金持ちをひけらかされているようで、ムカついた。
 この部屋は松竹梅の「松」であり、私たちがいつも使っている部屋が「苔」くらいに思えるが、私は苔の方が良い。だってこの部屋には楓が居ない。お飾りのメイドが居るだけの、1人ぼっちの寂しい空間だ。

「……そうだ」

 私は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 いつも嫌味をたっぷりと頂いているお礼をしなくっちゃね。
「ブレイクアップ」
 私は変身すると、硬い硬い氷の棒を生み出した。
「霜バット!」
 そして、偉そうに台の上でふんぞり返っているツボに、狙いを定めた。
「喰らえ!!」
 私はバットをフルスイングした。
 カキン! ガチャン!!
 ツボは吹っ飛んで壁に当たり、粉々に砕けた。
 手に余韻が染み渡る。
「あ、きもちいわコレ」
 私は続けてソファを壊し、カーペットを引き裂き、絵画をビリビリにし、壁に穴を開け破壊の限りを尽くした。
 いつもいつも私たちを馬鹿にして。これくらいで済むと思うなよ?
「ふぅ、ふぅ」
 大方の物を壊すと、変身を解き、ベッドの上に仰向けに倒れた。
「溜飲下がりまくり」

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123 :げらっち
2024/05/11(土) 11:21:37

 時計を見るとまだ19時。でも今日は疲れたし、もう寝ようかな。
 体の取り返し方は、明日になったら考えよう。果てさて、全部夢だったらいいのにな……

 ピーンポーン……

 呼び鈴が鳴った。
 くたくたに疲れて、だるい。無視する。

 ピーンポーン……

 早く帰ってくれないかな。

 と思うと、ガチャ、と音がして、女子が入ってきた。
「わあ!!」
 私とその女子は同時に叫んだ。先方は恐らく、部屋がメタメタに荒らされていることに驚いて叫んだのだろう。
「返事無いから合鍵で入ったけど、何この部屋!?」
 ウェーブのかかった茶髪を変な髪形にしている、背の高い、お高そうな女子。
 こいつとは機械クラスで一度会っている。

「ポンパドーデス!!」

「何言ってんのよ茂! 本名で呼んでよ!! ていうかそれは小豆沢七海の呼び方でしょ?」
 本名、知らない。
 ポンパドーデスって名前じゃなかったのか。
 この2人蜜月関係にあったのか。まあそんなに驚くべき事でもないけれど。
 確か、天堂茂はエリートクラス、ポンパドーデスは機械クラスの首席だ。興味は無いが《週刊☆戦隊学園》にそう書いてあった。1年生にして首席の座にあるのはこの2人だけらしいから、関係を持つのはむしろ自然なことかもしれない。

 ポンパドーデスはスラっと背が高く、目測175近い。栗色の髪の毛に瓜実顔。目がチカチカするような青と黄色のボーダーのワンピースに、クリーム色のボレロを羽織り、シンデレラみたいなハイヒールを履いている。ドカ足だが。ファッションセンスは500円でお釣りが来そうだが、その癖金のネックレスや指輪をしており、とどめはブランド物らしきバッグ。ババ臭く感じが悪い。天堂茂の贈り物だろうか。
「この部屋、何なの?」
 私は天堂茂の口調を真似て答える。
「豪華な家具にも飽きたのでちょっと気分転換にな。壊してみたんだ。前衛的だろう」
 ポンパドーデスは呆れた顔をしつつも、ベッドの私の隣に座った。
「あ、なーんだ。先にお風呂入っちゃったんだ」
 ポンパドーデスは無防備に、ベッドにゴロ寝した。
「ねー、私も入ってきていい?」

 そういえば、ポンパドーデスは巨大ロボを制作していたはずだ。
 どこまで完成しているのだろう。この機会に、探りを入れてみよう。
「例のロボの進捗はどうだ?」
「だーかーら、パーツが足りてないって何度も言ってんじゃん。あーたのパパンが取り寄せてくれるって話、忘れたわけじゃないよね? 何度もせかしてくる人、嫌いなの」
「そうだったんだ、ポンパドーデス」
「ポンパドールです!! ていうかポンパドールは髪型であって名前じゃないし。イライラ度高いから、今夜はもう帰ろうかな」

 帰ってくれ。

 ポンパドーデスは何故か帰ってくれずに、シャワーを浴び始めた。
 私はベッドに大の字に寝ていた。

 天堂茂は、こんな生活を送っていたのか。
 ゴージャスな風呂に入って、高級料理を食べて、父親の根回しでエリートに成り上がって、ポンパドーデスと打算の逢引きをして。

 友達が、1人も居ない。

 私もかつては、友達が居なかった。
 戦隊学園に入る前は、楓も、公一も、佐奈も、豚もおらず、友達なんて1人も居なかった。
 だから孤独の辛さはわかっている。

 でも天堂茂には、それがわからないのかもしれない。これが孤独だとさえ気付いていないのかもしれない。
 虚栄心に塗り固められ、他人を見下すことで自尊心を満たし、空虚な栄誉と偽物の愛に騙される。

 天堂茂が、ほんの少しだけ、哀れに思えた。

 その分私は、恵まれている。
 真の友達に、仲間に、チームに出会えた。戦隊学園に入って良かった。
 ……早く七海の姿に戻りたいな。

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124 :げらっち
2024/05/11(土) 11:21:50

 私はブラックアローンの言葉を思い出した。

 ――肉体に於いても、カラーに於いても、入れ替わりなど起きていない。

 私は私のままだということだ。

 それよりもずっと前の記憶をサルベージする。

 初めて変身した時の記憶、そして感覚。
 今では当たり前のように変身しているが、初めは新鮮で、爽快だった。自分が真の姿に変わるようながした。

 真の姿……

「そうか!!」

 私は跳ね起きた。
 難しく考えすぎていた。

 私は私だ。
 そして、私は、私自身の真の姿を、知っている。
 何度も疎ましく思った、アルビノの体。あれが私の真の姿、小豆沢七海だ!!
 私は洗面所に走った。鏡の前で、戦隊証に呪文を聞かせる。

「ブレイクアップ!」

 私は白い戦士に変身した。
 そして、思い描いた。
 私自身のことを。顔、体、そして制服やネクタイまで!
 そして、もう一度唱えた!

「ブレイクアップ!!」

 私を覆っていた白い戦隊スーツが、弾け飛んだ。
 中から出てきたのは、正真正銘の私。真っ白い肌に真っ白い髪、青い虹彩の、小豆沢七海だった!!

「久しぶりだね、私!」

 私は鏡像の自分とハイタッチした。
 大嫌いとまで思った白い自分の姿を見て、これほどまでに嬉しかったことは無い。
 制服や、ポケットにねじ込まれた白ネクタイまで、入れ替わる前の姿のままだ。
 さあ、自分の居場所に帰らなきゃ!

 私は部屋を飛び出した。
 後ろから、「あれ、茂!? 茂~? どこよもう!」というポンパドーデスの声が聞こえたが、無視しておk。

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125 :げらっち
2024/05/11(土) 11:36:04

《天堂茂》


「やっと見つけたで七海。たく、心配かけやがって!」
「そもそも、公一さんがヘンなサイクリングに七海さんを連れ出すから行方不明になってたんでしょ? しかも七海さんボロボロになって。責任取ってよね」
「そうブヒそうブヒ。佐奈ちゃんの言う通り~!」
「豚あんたに賛同される筋合いは無い」
「佐奈ちゃん厳しいブヒ~! お肩でもお揉みしましょうか? ブヒブヒ」
「触れんな豚!」
「あーうるさいうるさい。チームワークバラバラや。なあ七海?」
 江原公一は僕の肩にポンと手を置いた。

 僕は呆然としながら夜道を歩いていた。
 エリートファイブの4人にコテンパンに負け、しばらく保健室で寝かされた後、こいつらに発見されて、今は寮へと送られている所なんだったか。

 江原公一はゲホゲホと咳き込む。僕はその手を振り払った。
「さわるな。汚い。喘息がうつる」
 江原公一は目を丸くした。
「な、なんやねん。喘息はうつらへんし七海そういうこと言う人だと思わんかったわ。幻滅やわー」
「あらら。夫婦喧嘩?」と鰻佐奈。
「夫婦? ブヒわ~!! 七海ちゃんは僕の物ブヒィ!!」と豚。
「夫婦じゃあらへん。まあお前の物では無いと思うけどな」


 本当にうるさい奴らだ。
 学力が低く、育ちが悪く、見た目も醜く、団結力も無い。最低だ。
 だが今の僕ではどうしようもない。
 エリートファイブの連中は使えない。この姿では僕の寮にも入れないし、父上に言い付けることもできない。八方塞がりだ。
 仕方が無いので屋根のある所で寝るために、大人しく小豆沢七海の寮に運ばれることにしたのだ。

 女子寮が見えてきた。
 質素な寮だ。僕1人の寮の方が大きい。それに女共の寮に入れられるのは、侮辱だ。
 敷地の入り口前で、鰻は男2人をシッシッと追い払った。
「じゃ、ここからはうちが案内するから。2人は早く帰って。男子禁制」
「なんやねんその言い方!」
「七海ちゃんお大事にブヒ~~~!!」
「ごめんね江原くん。豚は滅びろ。早く帰れ」

 鰻は半ば強引に男2人を帰し、僕の背中を押して敷地に入れた。守衛の戦士は微動だにしなかった。
 建物に入ると事務員の女が「お帰りなさい」と言った。ロビーにはエレベーターが待っていて、鰻がボタンを押すとすぐに扉が開いた。
「ほら乗って」
 僕は乗った。その後に鰻が乗り込み、背伸びして4階のボタンを押した。エレベーターは静かに揺れながら上昇する。

 鰻が言った。
「……今日は全然喋らないですね」
 僕は無視した。
「戦ー1で色んな戦隊に狙われて疲れちゃったの? ねえ、自分の部屋の階くらいわかるよね?」
 鰻はぴょんとジャンプし、5階のボタンを押した。跳ばないと押せないのか。この女は随分と小さい。
「エレベーター出たら右に曲がって突き当りの部屋だから。ちゃんとしてよ?」

「余計なおせっかいだチビ」

「!! チビって言うな!」
 鰻はドンッと足を床に叩き付けた。エレベーター内で音はよく反響した。
 直後、4階に着いて扉が開いた。鰻は顔を真っ赤にして、駆け足で去って行った。「絶対おかしいよ。別人みたいだよ。もうコボレンジャー抜けてやるから……」などとブツブツ言っていた。
「ふん」
 他に行くところも無いので、鰻の言っていた、小豆沢七海の部屋に行くとする。

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126 :げらっち
2024/05/11(土) 11:38:16

 5階の一番奥の部屋に辿り着いた。「小豆沢」「伊良部」という表札がある。
 そういえば失念していた。こいつらは相部屋だったのか! 狭い部屋とはいえ1人で足を伸ばせると思っていたが、これでは休まれない。
 しかもよりによって同室が伊良部楓だと?

「七海ちゃん、おっかえりぃ~!!」

 扉を開けると、エプロン姿の伊良部が出た。
「ねね、約束通り、今日はあたしがご飯用意したよ! 手作りだよ! インスタントばっかじゃ飽きちゃうからねぇ! あ、でも疲れてる? 先シャワーにする? ご飯にする? それとも第三の選択肢? キャー!」
 気持ちが悪い。
 一般女子寮や男子寮が低俗な会話で溢れているかと思うと、反吐が出る。落ちこぼれ程会話の質は低くなるものだ。

 伊良部は、鰻ほどではないがチビで、しかもブスで、学年で最も成績が悪い。エリート中のエリートである僕の対極と言える正に「落ちこぼれ」だ。小豆沢七海とくっついているのも、類は友を呼ぶというアレだろう。お似合いだな。
 あーあ、どうしてここに来てしまったのか。冷静に考えれば、こんな汚らしい部屋、来なければよかったな。

 部屋に入ると、窓が割れていた。粗悪な寮とは知っていたが、ここまで荒れすさんでいたとはな。

 僕は小さな茶ぶ台の前に正座した。
 並べられた料理は、魚のムニエルらしきものと、変な色のスープと、そもそも何なのかわからない焦げ付いた物だ。どれも究極に不味そうだ。

「そうそう、聞いてよ七海ちゃん! さっき天堂茂がこの寮に侵入してね! あたしが追い出したんだよ!」

「なに!!」
 僕は茶ぶ台を強く叩いた。料理がこぼれ落ちそうになった。こぼれてもいいが。
「うん。驚くでしょ? あいつ変態だったんだねえ。七海ちゃんがどうとか言ってたし、本当は七海ちゃんのストーカーなんじゃね?」

 小豆沢七海、僕の体でなんてことをしてやがるんだ!!!

 いや、中身が小豆沢なら、自分の寮に戻ろうとするのは自然なことか? であれば先回りしてここで待ち構えて捕まえてやればよかったな……

「いいから食べてよ!」
 僕はお腹がすいていたので、仕方なく不味そうな料理に箸を付けた。
 ムニエルらしきものを口に運ぶと、浴槽の味がした。調味料と間違えて、洗剤を入れたんじゃないのか。
「不味い」
「え……そんなこと言うなよー! 七海ちゃんてカレーみたいに辛口だよね!」
 伊良部は邪気無く笑った。どこまで阿保なんだこいつは。

「落ちこぼれの、クズが」

 僕は今口に含んだ分を、ペッと、料理の上に吐き出した。

「?? 何してんの七海ちゃん」

「見りゃわかるだろ。こんな料理は食べるに値しない。もう我慢の限界だ!!」
 僕は再度、茶ぶ台を強く叩いた。今度こそ料理はこぼれた。
「やめてよ七海ちゃん! 何でそんなことすんの!! 七海ちゃんの馬鹿!」
 伊良部は涙ぐんでいる。勝手に泣いていろ落ちこぼれ。
 さっき小豆沢がここを追い出されたということは、まだ近くに居るはずだ。あいつを捕まえ、僕の体を取り戻す。

 僕は乱れたネクタイを、キュッと締め直した。

「……お前」
 伊良部がこちらを睨んでいた。
 落ちこぼれの癖に、文句があるのか?
「七海ちゃんじゃないな!? 七海ちゃんは辛口発言はするけど、ネクタイは結べないもん!!」

「なんだそりゃ!」

 僕と伊良部は立ち上がり、同時に変身した。

「ファイアペンシ……」
「なみつなみ!!」
 魔法の巧拙以前に、属性の相性というものも存在する。僕の炎は水に弱い。そして伊良部は青、水属性だった!
 落ちこぼれに負けるとは、何たる屈辱! 炎は打ち消され、僕は水流にまみれて、窓から外に放り出された。窓が割れているのはこういうことだったのか!
 そして僕は、豪快に池ポチャした。

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127 :げらっち
2024/05/11(土) 11:38:30

 僕は池から這い上がり森に逃れた。

「逃がすか! なみつなみ!!」

 伊良部は池の水を吸い寄せて森の中に大波を起こした。
 さっきは油断していたが、既に見切った。あいつの技はワンパターンだ。近くにある水を力任せに投げ付けているだけだ。あんなものは魔法とも言えまい。
 やはり、落ちこぼれだな。

 僕は木の陰に隠れた。足元に波が押し寄せ、そして引いた。その瞬間に木陰から飛び出し奴に標的を定め、パンと手を叩く。
「火炎タッピング!」
 伊良部の立っている地面が破裂した。青い戦士は手足をばたつかせて飛んだ。間抜けめ。
「ファイアペンシル」
 炎の鉛筆で採点してやる。
「✕、✕、✕! 全部✕! 赤点にも及ばぬ最低点!」
 空中に十字の炎が走り、奴は火にまみれて地面に落ちた。
「あぐう!」
「とどめを刺してやろう。落ちこぼれ1人かたわになったところで、父上に頼めば、訓練中に起きた事故とでも、何とでも揉み消せるのだからな。ファイアイレイザー!」
 僕は炎の消しゴムを装備した。
「消え失せろ」
「やめろ!!」
 硬い物が一直線に飛び、僕の手を直撃した。
「ぐう!」
 僕は消しゴムを取り落とした。炎は足元の草を燃やした。
 手の甲に卍手裏剣が突き刺さっていた。僕はそれを引き抜き捨てた。血が滴る。
 声のした方を見ると、森の緑にまみれ、木の上に緑の戦士が居た。江原公一か!
「邪魔をするな。落ちこぼれは何人そろっても落ちこぼれだ。焔上(えんじょう)!」
 僕が手を上げると、奴の居た木が炎に包まれた。
「あっちゃ!! 殺す気か!」
 江原は木から飛び降りた。木は業火に焼かれ、一瞬にして炭化した。

「大丈夫かブヒ~!」
 ドスドスと、大柄なピンクの戦士が現れた。あの豚か。
「どうなってるの伊良部さん?」
 豚の後ろには小柄な黄色の戦士も居た。こっちは鰻だろう。

「公一くんさっちゃん豚! あの七海ちゃん偽物だった! 天堂茂の変装だよ!!」

「うん。まあ薄々気づいてたけどな」と江原。
「あ、うちも気付いてた。性格全然違うし。七海さんも性格きついけど、あそこまで、カスじゃない」と鰻。
「え~~~!! そうだったの! 全然気づかなかったブヒ!!」
「あほかお前は!」
「駄目な豚だね」
 江原と鰻の叱責を受け、豚は縮こまる。


 コボレンジャーの4人がそろったか。
 よし、良いことを思いついたぞ?
 ここで4人とも消してやろう。
 そうすれば、小豆沢が仲間割れを起こし、4人の仲間に手を出したということになる。
 その後で、僕の体を持つ小豆沢を見つけ出し、自分の体を取り戻し、自身の体に戻った小豆沢に罪を擦り付け、破滅させる。
 元々小豆沢は問題児と見られていたわけだし、無能な教員共は小豆沢を犯人と見て疑わないだろう。例え疑う者が居ても、父上の力で黙らせる。

 やはり僕は天才だな。

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128 :げらっち
2024/05/11(土) 11:45:53

「火球カースト!!」

 僕は落ちこぼれ4人に、容赦無く炎の塊を被せた。バケツをひっくり返したような、炎の滝。
「げ! なんやねんあれ!!」
「ブヒ~!!」
「やばい!」
 僕がカーストの頂点だ! 学年1位だ! エリートの中のエリートだ!!
 だが炎は防がれた。何だ? カースト下位の、それも下の下の下の奴らが、僕の炎を防げるわけなど無いのに!
 見ると、4人は8本の手を上げて、必死に炎を持ち上げていた。烏合の衆め。それも時間の問題だ。

「火球カースト! 火エラルキー!! 火球カースト!!!」

 僕は次々に奴らの上空に炎を出現させ、ドンドン落としていった。
 奴らを押し潰す炎がみるみるうちに大きくなっていく。
「もーうダメだ!」
「助けて七海ちゃん!」
「ななみーーー!!」

 七海だと?


「みんなお待たせ!!」


 草むらから、白い女が現れた。
「小豆沢七海!!?」

 何故お前がここに居る!! 僕の体は!!?

「七海ちゃんおそーい!!」
「ちこくま、やで!」
「遅れてメンゴ! ブレイクアップ!」
 小豆沢はコボレホワイトに変身すると、巨大な炎を必死で持ち上げている4人の元に滑り込み、一緒になって炎を支え始めた。

「自分から潰れに行くとはお笑いだな! いいだろう、5人まとめてペチャンコに潰してやるぜ!!」

 僕の体のことは後で考えればいい。とにかく今はコボレンジャー全員を倒す絶好のチャンスだ。大火傷を負わせ、二度と戦隊として戦えないような身体にして、退学させ、精神的にも、僕に二度と逆らえないようにする。
 戦隊としての死を、迎えさせてやる。

「火球カーストォォオオオ!! カーストの最下層め、潰れて死ねよ!!!」

 今や5人は、大木ほどもある炎に押されながら、10本の手でそれを支え、堪えていた。
「七海ちゃん、もう限界ブヒ~!!」
「限界からの逆転がクール! 必殺技を使おう!」
「オーケイ七海! その言葉を待ってたで!」

 ナニ必殺技?
 窮地のお前らがどうあがいた所で、カースト最上位の僕には敵わないと、そう定まっているさ。

 しかし。
 この後5人が技名を叫んだ時、僕の心は、不意に動いてしまったのだった。

「オチコボレーザー・ペンタ!!!!!」

 なんだ?

 カッコ悪い技名だ。
 だが。

 5人がゆっくりと、炎を持ち上げ始めた。
 虹とまではいかないが。それには色が足りないが。
 キラキラと、5色の、まばゆい光りが漏れている。5本の光りの筋が、僕の炎を押し上げてゆく。

 キレイ。

 カラフルな仲間。

 僕には、無いものだ。

 畏敬と畏怖がウラオモテになって、僕の心をぐるぐると回っていた。そうしたら恐れていたことが起きた。
 閃光が走り、花火が打ち上げられたように、僕の炎の塊が、上空に吹き飛ばされた。

 5人が1つになった技だから、僕1人の技より強いというのか?
 チーム戦とは、そういうことなのか!?

 コボレホワイトが、コボレグリーンの背を借りてハイジャンプした。

「私の体のまま倒すのは気分が悪いけど、まあ仕方がないや。見た目は私でも、あなたはあなた。仲間が居なかった、あなたの負け」

 コボレホワイトはそう告げると、炎と光りが混じったものを、力強くスマッシュした。
 魔法の塊が光り輝きながら、僕に向かってくる。

 かわそう。
 いや、かわせない。
 僕はやられる役目にあるのだ。


 僕はその光りを、全身で受けた。
 痛みは無い。全身で感じたのは、「敗北」だった。

 僕は、死ぬのか?

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129 :げらっち
2024/05/11(土) 11:47:45

「いたあああああいよおおお!!! もっと丁寧にしろ! 父上に言って、クビにさせるぞ!」
「はいはい。すぐ終わりますからね。お注射注射!」
「ぎゃおおおお~!!」

 僕は保健室のベッドにて、ブルードクターのお注射を受けていた。
 青い戦士はまるで憎しみを込めるかのように、太い針の注射を、僕の全身に何度も何度も突き刺した。痛すぎる。こいつはヤブイではないのか?

 コボレンジャーにやられた分だけではない。
 小豆沢七海になっていた体は、アルゴパープルこと新藤ヘテロが、簡単に元の僕の姿に戻してくれた。しかし小豆沢の状態で負った傷は、全て持ち越していた。金閣寺に毛を抜かれまくったせいで、僕はかなりみじめな髪になっていた。

「ま、元に戻れただけ感謝するんだな。コボレンジャーを不正に潰そうとした罰だよ、坊ちゃん」
 ブルードクターが去った後で、新藤ヘテロが現れた。白衣を着たみすぼらしい男。
 ベッド上で身動きの取れない僕を見下して、彼はけらけらと笑った。
「お見舞いついでにこれを見せにきた。《週刊☆戦隊学園》だ」
「それがどうした?」
「今週の1面を見ろ。お前が載っているぞ!」
 ヘテロは新聞を広げて僕に見せた。そこには確かに、僕の姿が写っていた。

 監視カメラが撮影したらしい、僕がチェーンソーを持った戦士に追われている写真。
 この写真の僕は、中身が小豆沢七海のはずだが……

 見出しは、《理事長の息子・天堂茂、女子寮に侵入する!? エリートの裏の顔は変態!》だと!!

「何だこれは!!」
 僕は新聞をビリビリに破り捨てた。
 踏んだり蹴ったりだ!
「小豆沢七海め、いつか必ず潰してやるからな!!」


《七海》


「……あ」
 その夜、3時間の練習の成果あってか、私は生まれて初めて、自分でネクタイを結ぶことに成功した。
「……ま、いいや。明日からも楓に結んでもらお」


つづく

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