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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗268-280

268 :げらっち
2024/06/29(土) 19:36:26

第25話 赤の世代


《凶華》


 オイラの通っていたヴィランズ高等学校は、悪の高校だ。
 オイラは悪の御曹司と言われ、スカウトを受け、ビラ校に入った。

 悪って何だ?
 正義って?

 悪こそが正しいと言っている人が居た。でも正義には正しいという字が入っている。だからやはり正義の方が正しく、悪は倒されるべき存在なんじゃないかと思う。
 悪こそが正しいと言っている人が居た。であればその人にとって、それは悪ではなく正義だ。矛盾している。悪にとって正義は悪だ。悪も正義も、おんなじだ。

 勉強したけど、わからなかった。

 唯一わかったのは、ビラ校はとにかく臭いということだった。血の匂いに便所の匂い、腐った匂いに1週間風呂に入ってない匂い。毎日鼻をつまんで登校したけど、耐えられなくて吐いてしまうこともあった。
 だから転校した。元々家族も無いし気楽なもんだぜ。


 戦隊学園は、イイ匂いで溢れていた。

 視覚的にもカラフルで、黒に染められていたビラ校とは大違い。食事も美味しいし、広い敷地内、自由に寝ることができる。
 衣食住がそろえば文句は無いが、遊び相手も欲しくなる。

 オイラはイイ匂いがした奴に片っ端から声を掛けた。

「おいお前!」
「は、はいっ!?」
 廊下ですれ違ったぽっちゃりした女。ほんのりいい香りがするぞ。
 オイラはそいつの体を鷲掴みにして、匂いを嗅いだ。
「くんくん。メロンみたいな甘あいフレィバァ。嫌いじゃないぞ! オイラと遊ばない?」
「ええっ? スイマセン、この後自習したいってゆうか……」
「自習? 勉強なんてつまんないからしないほうがいいぞ! 遊ぼうぜ!」
「う、うん。いいよ……?」

「こら!!」

 怒鳴り声。
 メロンは駆け足で去って行った。
「あっ待って!」
「軟派しない!!」
 メロンを追おうとしたオイラを静止したのは。
「ナナ、何すんだよ! 遊んでただけだろ!」
「完全な軟派です。あなたルックスがイイから嫌がられてないけど、そろそろ世間知らずを直さないと痛い目に遭うよ」
 オイラよりちょっと背が高く、透き通るような白い肌の……
「オイラの飼い主! 遊んで遊んで!」
 ナナはギリッと歯を喰いしばった。元々悪めの目つきが更にとんがった。
「凶華あのね」
 ナナはオイラの両肩に、ポンと冷たい手を置いた。顔と顔が近付いて、ナナの色素の薄い目が、オイラを見定めた。
「明日は校外学習ってわかってる?」
「校外学習? 何それ」
「やっぱりわかってなかったか……」
 ナナはハァと溜息をついた。ちょっとスパイシーな匂いがした。また辛口カレーを食べまくったな? 歯を磨いてもうっすら匂いが残っているぞ。

「コボレのみんなは準備で忙しいのに、あなただけ遊んでるのは感心しないのだけど」
 ナナはオイラの首を撫ぜた。
 ちべたいよ。
「オイラは遊びで忙しいの! あと忙しいからってエバるな! 忙しい奴は身分の低い奴だぞ……ん?」

 あ! うまそーな焼き肉の匂い!!

「そこのお前! 遊ぼうおーん!」

 オイラはナナをそっちのけで駆け出そうとした。でも何かに首を引っ張られ、息が苦しくなり、後ろ向きにずっこけてしまった。
「うげ!!」

「逃がさないよ? 飼い犬」
 いつの間にやらオイラには首輪とリードがつけられていた。赤い紐が手繰られ、オイラは抵抗虚しく廊下を引きずられた。
「ぐるじい! 何すんだよ!!」
「私には逆らわないこと。私はコボレのリーダーだよ?」
 足をばたつかせるオイラの頭を、ナナはポンポン叩いた。
「あー、もっと撫でて! くうんくうん!!」
「調子に乗らない」
 ナナはオイラの髪を掴むと、しゃがみ込んで、オイラの耳に囁いた。
「準備が早めに終わったらいっぱい遊んであげるから」

「了解です、リーダー!!」

[返信][編集]

269 :げらっち
2024/06/29(土) 19:37:18

《七海》


 授業終わり、校舎の屋上、黄昏時。

 最高にムーディなのだろう。沈みゆく陽は青春のシンボルだ。満ち足りた1日が余りにも早く終わってしまい、それでもまだ太陽の傘下に居たいから、学生たちは夕日に向かって走る。いくら走っても追いつけない癖に。
 明日も会おうねと約束して、地平線に帰っていくお日様は、西の空をグラデーションで染め上げる。それはそれは綺麗だって、みんなが言っていたけれど、至高の色彩を視認できず、ただ眩しいだけの痛みとして覚知してしまう、スペックの低い目玉を持った私は、逆張りでもするかのように、光りに背を向け、影の方を見ていたのでした。

「こんにちは、夜。今夜もまた会えたね。私はあなたのほうが好きだよ。あなたは私に優しいものね」

「何やさぐれてるんだい」
 私が東の暗い校庭に話し掛けていると、後ろから温かみのある声がした。
「そりゃ尖った気分にもなりますよ。本当は先生と一緒に夕日、見たいもの」
 私は振り返った。そこには赤焼けをバックグラウンドにしたいつみ先生。私は強く目を瞑り、顔を伏せた。校舎を隔てて明るく染まる側の景色は、とても直視できない。早く沈み切ってくれ太陽。今日に何か未練があるのか。
 私は闇の側に向き直る。私にはこっちがお似合いみたいだ。

「感傷的だね。明日が不安かい?」

「それもあります」

 明日は校外学習だ。
 入学してから3か月を学園の敷地から1歩も出ずに過ごしたせいで平和ボケしていたが、この世は怪人がうろつき、戦争が行われているのだった。
 戦隊候補生同士潰し合っている学園内で強くなったとしても、井の中の蛙が蛇になったに過ぎない。外の世界には熊も虎も居るのである。鬼やドラゴンが居るかもしれない。

「本当に教えてくれないんですね?」

「何度も言った通りさ。明日の校外学習の内容は、まだ教えるわけにはいかない」

 以前の私は無鉄砲な所があった。でも今は、一抹の不安を覚えている。
 何故か。
 コボレの仲間ができたからだろう。1人なら傷付いても耐えればいい。でも仲間たちが傷付けられたら、耐えられない。リーダーとして、みんなを守る責務がある。

「七海、今日きみをここに呼んだのは、確かめておきたい事があってね」

 確かめたい事、何だろう。

「きみは戦隊学園の入学理由を、《色とりどりになりたいから》と言った。入学式のスピーチの様子を、僕は鮮やかに思い出せる。確かめたい。その気持ちは真(しん)かい? きみは学園に入る前、どんな暮らしをしていたんだい?」

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270 :げらっち
2024/06/29(土) 19:37:44

 私は風景の中に視点を据え置く場所を探し求めた。暗闇に覆われた時計塔が目についたので、そこをじっと見つめながら、深呼吸をして、話し出す。
「この場末の世界、障害者は生まれる事さえ許されていません」

 背後から声。
「うん。そうだね。賛同はしないが知っている」

「お腹の中に居る時点で障害があるかどうかは判別できます。判別できた時点で殺してしまうのが今の世は一般的です。昔はどうだったか知らないけど。産む側と生まれる側の負担を考えればある意味合理的ですよね」

 先生は少しだけトーンを押さえて、「それが現実だね」と言った。
 否定せずに聞いて貰えるのは有難い。

「でも私は生まれてきました。障害を、子宮か前世か何処かから携えて。私は親の顔を知りません。生まれてすぐに、捨てられたので。それでも堕胎せずに生んでくれた親には感謝です。私はシティ13に収容されました」

 シティ13は、障害者や戦争孤児が集められた区画であり、ニッポンジャーが議長を務める戦隊連合の施しによって営まれている。
 このご時世、親の無い障害者が生きていけるだけでも恵まれたことだ。
 私は小さな住宅で暮らすことができたし、小中学校に通うこともできた。毎日三食配給されたし、背が伸びれば新しい服を支給された。学園と同じく壁に囲まれ、外の世界から隔絶された、比較的安全な場所で育った。

 13は汚い井戸だった。大海を知らない少し力のあるガキが、弱いガキをいじめているのだ。

「生まれてこなければ良かった存在だと言われました。死ねとも言われました」

 先生は特に相槌を打たなかったが、頷いてくれたのが雰囲気でわかったので、視点はぶれさせぬまま話を続ける。

「でも私は、自分が生まれてこなければ良かったと思った事はありません。むしろ生まれられたことがラッキーでハッピーだったと思います。生きてカラフルになろうって決めたんです。虹を見たいんです」

 あんな狭い世界では終われない。
 違う私になろうと決心した。だから戦隊学園に入学届を出したんだ。

 すると、私の双肩に質量が乗った。
 陽光のように温かいいつみ先生の手が、後ろから乗せられているのだった。先生は私の真後ろで言った。
「では見に行こう。もう6色集まったんだろう? カラーサークルに足りないのは1つ、赤だけだ」
「赤?」
 赤、それはもしかして。
「いつみ先生?」
 私は振り向いた。その瞬間先生は消えた。赤い火の玉が残像を置き忘れ、階段扉に吸い込まれるようにして屋上を去って行った。
「ちょっ、いつみ先生!!」
 私は火の粉の足跡を追った。熱気から声が聞こえてきた。

「明日に備えて今夜は早めに寝るように♪」

「色々気になって寝付け無さそうなんですけど!?」
 すると、外側に開いていた扉が、ひとりでに閉じた。その後ろには、少年の姿があった。

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271 :げらっち
2024/06/29(土) 19:38:24

「うげ、公一! いつからそこに?」
「はなからや!!」
 ひっそりした屋上に3人目の登場人物が居たとは。影の薄さ、気配の無さ。キミ、一流忍者になれるよ。

 痩身の忍者は私に近付いてきた。
「七海、赤坂先生と蜜月関係にあるん? 生徒に手え出す教師も糞やがお前もお前やな。色気使って誘惑したんか!?」
 公一は私の胸元に0.1秒だけ目を通した。さりげなくやったんでしょうけどお見通しよ!
「胸見んなスケベ」
「はぁ!? 見とらん見とらん!! 誰がお前のぺ……」
 公一はペチャパイかペタンコと言おうとして口をすぼめた。第三候補はペラペラの俎板だ。そんなペで始まる語群が当てはまらないくらいには、私の胸には栄養が行っている。
「とにかく見とらん! あと話逸らすな!! お前は男をたぶらかし過ぎや。凶華の次は先生にも色目使って……」
「誤解に次ぐ誤解だよ。バッカだなー」

 私はご丁寧に説明する。

「凶華は共感覚持ちだし、コボレのカラーにぴったりだから仲間になってほしかっただけ。そもそも男子じゃないし。いつみ先生は虹の描き方を教えてくれた、私の恩人」

「先生を下の名前で呼んでる時点で脈ありや」
 うっ……
「赤坂先生、ね」
 ちょっと体が火照ってきたぞ?
「しつこいやだやだ。それよりコボレのみんなにリマインドしないと」

 私はコボレメンバーに、校外学習の持ち物をめいめい用意するように命じていた。
 リーダーの私が全て揃えてしまってはみんなの成長にならないし、全員で少しずつ調達するほうが各人の負担が減り、ミスもしにくくなると踏んだ。何も、私が準備するのがメンドカッタからではない……

 楓は生活品を
 公一は装備を
 佐奈は武器を
 豚は食べ物を
 凶華は娯楽を

 持ってくるように!!

 私はGフォンでフリックの早打ち、メールを皆に送信した。
 だが凶華だけはGフォンを持っていない。後で本人に伝える必要がありそうだ。

 公一はまだ嘆いていた。
「あーもうアカンわリーダーが二股しとる時点でコボレンジャー解散の危機やー!!」

 バカらしいな。

「そうだよ。二股だよ」

「え!?」

「2つの足で先生と凶華を踏ん付けてる。私が虹を見るための踏み台にね」

 氷魔法を使った覚えは無いのに、公一はフリーズした。
「悪女やなこいつは」
「そうだよ知らなかった?」

 太陽はとっくに西の国を照らしに行った。今は恒星に代わり衛星が空の当番をしている。

「一緒に虹を見ようよ。それとも、星空でもいいのだけど」

 私は顔を上げた。昼間と違い、遠慮なく天を見上げることができる。
 公一も私につられて上を見た。
「……きれいな星空やなあ」

 黒い空に輝く、星のイルミネーション。137億年かけて作られた、人間にはとても描き上げることのできない絵画。

「星がきれいって教えてくれたのは、あなただよ」

 また公一と星空を見れて嬉しい。

 目線を戻すと、彼とピッタリ目が合った。

「……月明かりだときれいやな。べっぴんさんや」
「太陽の下だとブスの対義語だねありがと」
「ん? 類義語やろ?」
「確かに対義語の対義語は類義語だね」

 そんな難解な話に移行しつつあると、階段扉がバァンと開いた。
「何してんだよー!! 準備が終わったら遊んでくれるって言っただろ! 早く遊ぶぞ!!」
 コボレの星、凶華だ。
「ごめんお待たせ、今行くよ!」
 ついでに明日の持ち物も伝えることができた。凶華が持っていくのは娯楽品だ。本当に必要かどうかは怪しいけど。


 この後、みんなで双六をして遊んだので、結局夜更かししてしまう羽目になった……

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272 :げらっち
2024/06/29(土) 19:39:10

 翌朝!
 私たちは走っていた!!

「遅刻する~!!」
 寮の前で6時半に集合する予定が、昨夜双六で遊び過ぎたがために全員が寝坊してしまい、そろったのが6時55分。7時のバス出発まで時間が無く、慌ててバスポイントに向かっているのだ。
 戦隊学園の校外学習のことだ、遅刻した生徒は容赦なく置いて行くに違いない。
 汗だくになり走る。バスが見えてきた。

「急げわおーん!!」
 足の速い凶華が一番乗り。
「ほら早く早く!」
 公一、私、私に引っ張られた楓、そして佐奈を担いだ豚が続いた。
 ギリセーフ。
 バスには既に他の戦隊と引率の先生たちが乗り込んでいた。早速のオチコボレムーブに対し、生徒たちは「何でこんな奴らが校外学習に……」とひそひそ話していた。
「ハラハラさせてくれるね♪」
 いつみ先生は笑っていた。
「それじゃあ出発だ。席に着け!」
 佐奈と豚、公一と凶華、私と楓のペアとなり着席。

 バスは出発した。寮を離れ、坂を下って行く。

「みんな、リマインドした通りの荷物を持ってきてくれたよね?」
 各人リュックを背負っていた。
「ダイジョウブヒ! 七海ちゃんからのメールを読んだブヒからね! でも念のためもう一度持ち物確認しておくブヒ?」
 豚は慎重派だ。
「余計な事言うな豚。疲れたんだから休ませろ!」と佐奈。
「ブヒめんなさいブヒめんなさいブヒめんなさい」


 バスは校舎の間を抜け、正門へ。

 大きな正門は開け放たれていた。一時的に学園と外の世界がつながっている状態だ。私たちはこの脆弱な鉄の箱に乗って、外の世界に飛び出そうとしている。慌ただしさで忘れていた緊張感が胸にまとわりついた。
 正門の横を見ると、前に学園内を彷徨った時に見た戦士の像が目に入った。あの時は暗くて色がよくわからなかったが、こうして見ると赤い戦士だった。それも見覚えがある。教科書で見たのを記憶していた。あれは戦隊の祖と呼ばれるゴリンジャーのレッド、アカリンジャー。
 落合輪蔵校長先生の若かりし頃の変身だ。
 年を取りながらも赤く燃え続け、後進の育成を見守る校長先生。純粋に尊敬できる存在だ。私は窓から見える赤い像に、頭を下げた。

「行ってきます」

 バスは正門をくぐり抜け、《外の世界》に出た。

 その瞬間、車内に居た戦隊たちは表情を引き締めた。やはり内と外では空気が異なる。

 窓の外に広がる景色を見つめる。
 木々が後ろに走り去って行く。パッと見は、学園内の森と大して変わらない。
 だがここは人間の管理する学園とは違う。文明が緑化してできた、怪人が息を潜める未知の世界だ。既に私たちは怪人の縄張りに入っているようなものなのだ。

 外の世界は、学園という小世界と地続きなようで、地続きでは無い。
 学園は安全な家だ。嫌な奴こそ居るが、守りが強固なので、怪人が侵入してくることや悪の組織が攻め込んでくることは滅多に無く、命の危機はほぼ無い。
 家から出るということは、危険に晒されるということだ。

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273 :げらっち
2024/06/29(土) 19:39:27

 人間によって整備も把握もされていない、領域外の世界。

 かつては、日本のほぼ全土が人間によって制覇されていたはずだ。だが今は違う。
 赤の日に世界の半分が赤く塗られ、生命の住めない地になった。
 赤の日を境に、怪人が世界を闊歩するようになった。
 赤の日を起点に、正義と悪の戦争が行われるようになった。

 赤の日、世界は変わった。

 赤の日に、何があったのか。赤の日は、何故訪れたのか。
 授業はぼかした表現ばかりで、重要なことは、ちっとも教えてくれないや。

 わかるのは、シティや学園の外、壁に囲われていない場所は、死と隣り合わせだということ。

 でも。
 コボレンジャーは実力を付けてきた。
 現にこうして、校外学習に出発する戦隊に選抜されている。
 外の世界を戦い抜くのがプロの戦隊だ。コボレは確実にそれに近付いている。遠回りでもゆっくりでも進んで行くことができれば、虹を見られるようになる。私たちは死なない。


 今回の校外学習、学年の全員が遠征するわけではない。
 1年生だけで結成されている戦隊のうち、まだ戦ー1で勝ち残っている7戦隊32人に絞られていた。1002名の同級生のうち30分の1に満たない。
 敗北を喫した戦隊は実戦は危険ということで、今回は留守番することになっている。

 エリートファイブの5人も出発組に含まれているはずだったが、車内に彼らの姿は無かった。どうせ下等な他戦隊たちと相乗りは嫌だという事で、別の移動手段を使っているのだろう。私たちも天堂茂と一緒は嫌なので、ちょうど良い。

 フロントガラスを見ると、バスの前方を、真っ赤なリムジンが走っていた。
「何あれー?」と、右隣の楓。
「あれは天堂任三郎理事長の乗るリムジンよ!」
 そう答えたのは、通路を挟んで楓の右隣に座る桃山あかり先生。化粧とピンクのブラウスはいつも通りだが、ボトムスはいつもと違う。普段のチェックのスカートではなくパンツスタイルで足を組んでいた。
「1年生の校外学習は異例という事で、理事長自らわざわざ引率されることになったのよ」

 天堂茂のお父上のお出ましか。

 楓はそんなことどうでもいいらしく、明るく訊いた。
「あかり先生、おやつはバナナに含まれますかー?」
「逆でしょ? もうっ、イラちゃんたら!」

 桃山先生だけでなく、青竹先生・緑谷先生・黄瀬先生と、Gレンジャーのメンバーがこぞって引率している。うち黄瀬先生はバスの運転を務めている。

 そしてもう1人。
 私はバスの後方を確認した。一番後ろの席にどっしり座り、近付き難いオーラと、漆黒のイロをまとっている教師。
 ブラックアローンだ。
 常に変身しており、素顔はわからず、何を考えているのかもわからない。コボレが外の世界に出ることを否定したアイツが、引率に加わっているとは。
 まさかまた私たちの邪魔をする気か?

「おぇぇ……」
 汚い声が私の思考を水入りにした。

 私の前の席で、ビニールにえずいている公一。
 出発前に酔い止めを飲んでいたが、効かなかったみたいだ。顔色が悪く、隣の席の凶華に背中をさすられている。

 私は激励の意を込めて前の席をガンと蹴った。

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274 :げらっち
2024/06/29(土) 19:39:45

 9時を回った頃、ようやくバスが停車した。

「到着だよ、お疲れ様。まあ本当に疲れるのはこれからだけどね♪ さあみんな、降りてくれ」

 いつみ先生の指示で、私たちは次々とバスを降りた。
 曇り空で良かった。晴れていたらアルビノとしてキツいし、単に暑いだけで体力も気力も吸われてしまう。

 森の中の開けた場所。四方が緑で、学園がどっちなのかさえわからない。
 動物の本能か、私たちは身を寄せ合って固まっていた。

 すると、バスの近くに停まっていた赤いリムジンから、天堂茂とエリートファイブのメンバーが出てきた。
 そして最後に、2メートル近いがっしりとした体格の男性が降りた。赤いスーツを着込んでおり、さながらスーパーマンのよう。日本国旗をマントにし、半月型のサングラスを掛けているこの人は。
「天堂任三郎さんだ!」と生徒。
「理事長!」と青竹先生。
「お世話になっております!」と緑谷先生。
 まるで水戸黄門が印籠を見せたかのように、教師も生徒もかしこまった。だが私だけは頭を下げることも無く、ガンを付けまくった。するとグラサン越しに目が合ってしまった。
 天堂任三郎は口を開いた。
「君は……」

 いつみ先生がやってきて、私の背中をポンと叩いた。
「この子は小豆沢七海、僕の自慢の生徒さ♪」

「そうか」
 天堂任三郎は私の爪先から頭頂まで流し見て、イラストの差分のような作り笑いをした。
「白いな。個性的で良い」

「これは障害。個性ってぼかした言い方は嫌いなの」

 私がそう言うと、ピリ、空気が痺れた。いつみ先生はクスッと笑った。

 天堂任三郎は顎をしゃくれさせ、そして言った。
「シティ13の出だな?」

「障害者を寄せ集めたシティから戦隊学園の入学者が出たことに驚いた?」

「いや。むしろ喜ばしい事だね。私たちの、障がい者への慈善活動が実を結んだと言える」

 何とも恩着せがましいというか上から目線な言い方だ。
「その節はどうも」
 どうも、そう言いつつも頭は1ミリも下げる気は無い。

 数秒間私と天堂任三郎は睨み合っていたが、やがて相手が折れた。スーパーマンは国旗のマントをはためかせ、「始めるぞ」と、教師陣に指示を出した。
 先生たちはバスの荷物入れから機材を取り出し、組み立て始めた。

 公一が私の肩を叩いた。彼は青汁を飲んだみたいに苦い顔をしていた。
「天堂任三郎に喧嘩売るとは度胸ありよるなあ……」
「別に、喧嘩売っちゃいないよ。ただ媚びるのが嫌いなだけ。これがデフォルトだけどご不満で?」

「フン、お前は父上の凄さを理解していないのだ」
 天堂茂がポケットに手を突っ込み、こっちを睨んでいた。
「理解できないなら何度でも教えてやろう。父上はニッポンジャーのニッポンレッドであり、2020年には星十字軍を討伐し戦隊のトップに君臨されるようになった! 戦隊連合の議長であり、戦隊学園の理事長なのだ! お前なぞすぐにでも退学にできる! あのような不敬な態度は今すぐに改めるべきだ」
 天堂茂は私の足下に喀痰を吐いた。あなたの態度も大概じゃないか。
「七海に何すんねんてめえ……!!」
 公一は奴を詰めようとしたが、天堂任三郎が近くに居る事を思い出したようで、縮こまった。

「全く、何故オチコボレンジャーが校外学習に来て居るのだ。戦ー1でまだ敗退していないのか!?」
「きっと何かの間違いですよ」
「あんな奴ら茂さんの敵じゃないですから!」
 エリートファイブのメンバーが胡麻をする。
「もしまた喧嘩を売ってきたら、俺たちがあの落ちこぼれ共の答案用紙に、✕をくれてやりますよ!」

 くだらない奴ら。

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275 :げらっち
2024/06/29(土) 19:40:11

 先生たちはドライブインシアターのような、大きなスクリーンを用意した。

「それでは各1列に並ぶように!!」
 緑谷先生が大きな声で戦隊名を読み上げる。
「化学クラス、超戦隊サイコマンの5名! 武芸クラス、飛行戦隊テンクウジャーの3名! 生物クラス、深海戦隊リュウグウジャーの5名! クラス混合、虹光戦隊コボレンジャーの6名! エリートクラス、赤春戦隊エリートファイブの5名! 忍術クラス、強生戦隊サバイブマンの3名! クラス混合、ロープレ戦隊クエストファイブの5名!」

 7つの戦隊は画面に向かい、それぞれ縦1列に並んだ。コボレは真ん中の列になった。
 各戦隊のリーダーが先頭となり、あとは自然に背の順になった。私の後ろに佐奈・楓・凶華・公一・豚の順で立っている。ちなみに完全に背の順になる場合は、私は4番目に入る。
 少し気になる戦隊があった。右端に位置するクエストファイブ。その先頭に立つ女子は……魔法クラスの長井華。例のぶりぶりぶりっ子だ。

 先生たちは四方に散らばっている。敵に狙われないよう警戒しているのだろうか。

 いつみ先生はスクリーンの前に立った。
 マイクは無しに、喋り出す。

「改めて、おはようしょくん。さて、ワクワクで眠れなかった子は地獄を見るよん。何しろ外の世界は寝床を確保するのも一苦労、下手に眠れば怪人の餌食、不眠不休のサバイバルだからね♪」

 生徒たちは急きょ青ざめる羽目になった。前途多難だ。

「まあまあ、そう疲れた顔をするな」

 疲れさせたのはあんただ。

「きみたちは《赤の世代》だ」

 ここにきて、知らない単語が出た。
 私が尋ねるより先に、背後から質問が飛んできた。凶華の声で。
「はいはーい! 赤の世代って何だ?」
 すると私の右隣に立っていた天堂茂が、例によって嫌味を排泄した。
「赤の世代を知らないのか? おいおい、こりゃ傑作だな! 時計は読めますかー?」
 でも凶華は強かに返す。
「知らないことを聞くのが悪いか? お前くっっさいぞ。鼻がもげそうだお」
 凶華は指で鼻をつまんで言ったので、語尾が可愛い感じになった。

「いい質問だね♪」
 先生はニコニコしていた。
「そんなきみたちのために映像を用意してある。まあ見てくれ」
 先生が合図すると、スクリーンに、映像が流れ出した。
「何だこれ! 最新の紙芝居か?」と凶華。
「100%違う」と佐奈。

 画面に大きく、校長先生の顔が映った。
 この日のために録画された物だろう。生徒も先生も天堂任三郎も、その映像に注目した。


『皆さん、お疲れ様です。ご存じのことかと思いますが、私は落合輪蔵。本学園の校長です』


 それはあくまで「顔のみ」の映像だった。その身体、特に下半身は、映らない。映さない。
 私は少し寂しいような気持になった。私は一度校長室に通され、幸運にも校長先生と対面する機会を与えられた。その時知ったのだが、校長先生は歴戦の後遺症にて、下半身不随になっている。

 別に、隠さなくても、良いのに。
 それは誇りであり、恥ずべきことでは無いのに。

 映像の校長先生は、自身がいつも寝たきりであると悟られたくないのか、ハキハキと話した。

[返信][編集]

276 :げらっち
2024/06/29(土) 19:40:26

『2028年4月1日、赤の日。世界の半分が赤く塗られ、人類の半分が亡くなりました。世界は大きく変わりました。悪が生まれ、相対的に、正義も確固たる物となったのです。
 世界はヒーローを必要とするようになりました。戦隊学園は2021年に開校しましたが、赤の日を境に、私はより強く、次代のヒーロー育成に力を注がねばならないと思うようになりました。
 中でも特に、ヒーローにふさわしい力を持つとされる世代があります。
 2028年度に生まれた、皆さん。
 そうです。今年の1年生の皆さんこそが、《赤の世代》なのです。
 皆さんは、ダイヤの原石です。先生たちには、熱く石を磨いてもらう。皆さんには、早めに外の世界を見てもらい、実戦的な訓練をしてもらう。入学式でもお伝えしたように、未来の平和は皆さんの肩にかかっています』

 そう言い終えると、校長先生は改めて姿勢を正し、静かに、深くお辞儀をした。

『世界をよろしくお願いします』

 その際、胸元までが映ったが、きちんとスーツを着ていた。車椅子の上で、懸命に座位を保っているのだろう。
 本当に立派な人だ。

 ここで映像は終わった。


「赤の世代……そんな特別な存在だったんですね、うちら」
 私の背後で佐奈がそう言った。

「その通りだ」
 いつみ先生が話の主導権を取り戻した。
「今年の1年生は、赤の日以降に生まれた子供たちが初めて戦隊学園に入学した、特別な学年なんだ。その中でもきみたちは上位の戦隊だ。通例では校外学習は2年になってから行うが、きみたち特別な世代を早く外の世界に慣れさせるために、こうして早めの校外学習を行っている」

 今の2・3年に在籍するのは赤の日以前に生まれた世代であり、今の1年とは大きな隔たりがある。
 そう考えると今までの2倍の重力を受けたかのようなプレッシャーが感じられた。
 それを見透かしたか、いつみ先生は朗らかに言った。

「やることはシンプルだ。身構えなくていい」

「やることとは?」と天堂茂。

 いつみ先生は有邪気に笑った。

「学園に帰還しろ。以上だ」

 ……え?

 私は訴えた。
「何ですかそれ? あまりにも放任過ぎませんか?」

「勿論、教師陣は最低限のバックアップはするさ。でもあくまで控えの要員だ。きみたちは怪人が潜む森を抜け、戦争の世界を横断して、学園に辿り着く。家に帰るまでが遠足だ。じゃ、無事に帰って来いよ♪」
 そう言い終えるや否や、先生は火の玉になって燃え上がるように消えた。
「ちょ、待!」
 生徒たちは周りの大人に縋る。だが教師陣は次々と姿をくらましていた。
 ブラックアローンは影の中に潜り、青竹先生は謎の薬品を飲んで透明になり、緑谷先生は走り去り、黄瀬先生はバスに乗り、桃山先生は突如現れた虎に乗り居なくなった。
「ち、父上! もう少し説明を!!」
 天堂茂はパパ上に泣き付こうとしたが、天堂任三郎は背中を見せリムジンに乗り込み、「私の息子なら勝ち残って見せろ」、そうとだけ言って去って行った。

 私たちは置いてけぼりになった。

[返信][編集]

277 :げらっち
2024/06/29(土) 19:40:48

「我ら深海戦隊リュウグウジャーは水路を利用して学園を目指すぞ! 川を探せ!」
 5人チームのリュウグウジャーは、早速森の中に進んで行った。

「飛行戦隊テンクウジャーは空を飛べるという強みがある! 空路なら最短距離で帰れるぞ! 行こう!」
 あちらは3人チーム。背中から生えた翼をはためかせ、飛翔した。


 スクリーンの近くには、コボレだけが取り残されていた。

「……で、コボレはどうすんの?」と楓。
「どうするブヒ?」
「どうしましょうリーダー!!」
 凶華がキラキラフェイスで私を見てきた。

 こういう時リーダーは、困る。

「う、うーん、バスで2時間も走ったという事は、学園は結構遠いだろうし……そもそも、私たちどっちから来たんだっけ?」
「……」
「方向音痴じゃない人手を上げてー」
「…………」
 みんな黙りこくっていた。ダメだこりゃ。
 学園の方角すらわからない。無闇に歩いても、反対側に向かって居たら意味が無い。
 ヒントを貰おうにも、先生たちは雲隠れしてしまった。先生たちが居たとしても、手助けはしないだろうけど。

「他チームの後を付いて行くってのはどうブヒ?」
「何それプライドは置き引きに遭ったの? でも現状それが一番賢い方法かもですね……」
 豚と佐奈がそう言った。
 悔しいが、1戦隊だけではどうにもできない。レギュレーションは無いし、他戦隊の様子を見るのはアリか。
「まだ近くに居るはずだよな!」
「よし、探してみよう」
 私たちは木の迷路を歩き、他戦隊を探すことにした。

 しばらく歩くと、気配。木々の向こうから話し声が聞こえた。
「あ、誰か居るみたいだよ! もしもーし、一緒に行きませんかー?」
 楓は無警戒に飛び出そうとしたが、佐奈がその口を押さえた。
「莫迦ですかあんたは。相手が誰かわからないでしょ。ここは外の世界、周りは全部敵自分は草食動物って思わなきゃすぐ死ねますよ」
「むぐ……」
 私たちは茂みに隠れ、相手の様子を窺うことにした。

「茂さん、お父様に迎えに来て貰って下さいよ! こんな危険な所に生徒を放置するなんて、戦隊学園は狂ってます!!」

 大凶中の大凶だ。
 茂みの向こうに居るのは寄りによって、エリートファイブだった。

「ああわかっている」
 天堂茂は赤いカバーで覆われたGフォンを取り出した。
「僕は将来、実戦で働く犬になるつもりはない。犬を動かす司令官になる器なのだ。だからしてこのようなサバイバルごっこは、無駄。それを父上に説明すれば迎えに来て下さるだろう。なぁに、表向きはエリートファイブは自力で一番に帰還できたという事にさせるさ。教師共は簡単に騙せるからな」

「さっすが茂さん!!」
「ヒューヒュー!」

 相変わらず卑怯なエリートだ。
「ほんまどうしょうもない奴らやな。あんな奴らほっといて行こうや」と公一。
「そうね」

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278 :げらっち
2024/06/29(土) 19:41:08

 気付かれないようにその場を離れようとすると、天堂茂の声が聞こえた。

「そうだお前ら、何故校長が滅多に顔を見せないかわかるか?」
 天堂茂はGフォンでコールをしつつ、余裕の笑みを見せ、腰巾着たちに問題を出していた。

「わかりませんね」
「ちょっとは頭を働かせたらどうだ? 父上から聞いたんだがな。校長は身障なんだよ! 学園のトップがオムツ穿いてると知れればすぐに悪の組織に攻め込まれてしまう。威厳を保つために人前には出ないというワケだ。全く情けない話だよな、笑えるだろう?」
「そいつは面白いですね、あははは!」
 エリートファイブのメンバーは親分に忖度して笑い出した。
「つまり失禁してるってワケですか!」
「そうだ。下の世話も自分じゃできないってワケだ!!」

 ぷつん。

 私は急騰してしまった。

 校長先生の殊勝なさま。天堂茂というクズが、そんな偉大な人物を浅薄にけなしていることへの憤り。こんな奴が、ニッポンジャーの跡取りを名乗り、世界を託されている不条理への怒り。それら全てが一気に押し寄せた。
「だまれ!!!」
 私は茂みから飛び出し天堂茂にタックルを噛まし、地面に押し倒し、首を絞め、顔面に拳を叩き付け、ようとした。でもすぐにエリートファイブの大男たちに取り押さえられた。
「七海ちゃん!」
「おのれてめぇら七海に何すんのや!!」
 後ろから公一たちの声が聞こえるが、恐らくみんなもエリートファイブの面子にホールドされている。

 私はエリートファイブの男2人に、両腕を掴まれ、地面に組み伏せられた。

 天堂茂は転がっていた。
 その1メートルくらい向こうに、奴のGフォンが落ちている。私にぶつかられて吹っ飛んだようだ。電話がつながったようで、『茂、どうした?』と天堂任三郎の声がしていた。

「少しお待ちください、父上! お話があったのですが、邪魔が入りました故!」
 天堂茂は起き上がると、私が触った箇所をわざとらしく払った。
 そして私を見下し、軽蔑の笑みを見せてきた。

「触れるな穢らわしいガイジ。いきなり暴力とは、校長が身障ならお前は白痴か? これは立派な校則違反、いや犯罪という物だぞ。父上に言い付けて、お前もお前の戦隊も、今すぐ退学にしてやるからな?」

 天堂茂は土の付いた靴で、私の頭を踏ん付けた。ゴリ、私は地面になすり付けられた。土の味。

「お前など戦隊道を堕落して、体を売ってキャバレンジャーにでもなるのが関の山だ」

「あああ!!!」
 私を圧迫していた靴が離れた。叫んで天堂茂に突進したのは、佐奈だった。
「酷いこと言うな!! 何もわからない癖に!!」
「ダメだよさっちゃん、落ち着かないと!」
 楓が佐奈に追いついて彼女の口を押さえた。さっきと立場が真逆になっているではないか。
 天堂茂はそれを見て目を丸くしていた。
「やはりガイジの仲間はガイジというわけか、予想以上だな」

 私は首を無理矢理反らせ、天堂茂を睨め上げた。

「私のことはいくらでも貶めていいよ。でも私の仲間を悪く言わないでくれる? あなたには仲間なんて1人も居ないからわからないでしょうけど。それに、校長先生のことをそんなふうに言うあなたは正真正銘のクズだ! 校長先生は世界を守るために戦って今の状態になってしまった。あなたの父親の欺瞞なんかとは違う本当の戦いでね。学園があるのも私やあなたが生きてられるのも校長先生のお陰、そんなこともわからないあんたにヒーローを目指す資格は無い!!」

「ほう、父上が正義という事をを知らないか? 僕がレッドである事を知らないか? 色無し女め」

「あんたなんて赤じゃない。ヒーロー界の、垢かもね」
 喰らえ。

 ぺっ!!

「う!?」
 天堂茂は、突如眼鏡が濡れ視界を塞がれたことに戸惑った。指で液体を拭き取る。ねばつく。

 奴の顔面に痰を吐いてやった。土入りの。
「垢のあなたにはそれがお似合いだよ」

 天堂茂は人差し指を立て、小刻みに震わせた。うすら笑いを浮かべて。
「殺してやる」

「殺せば? その前に、私があなたを殺す」

「はぁッ! 笑えるな。小豆沢七海傑作選に入れてやりたいくらいだよ。その状況でどう足掻くと言うのか、拝見してみたいもんだね?」

 私は男たちに取り押さえられ、地球に突き付けられている。背中が物凄く痛い。

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279 :げらっち
2024/06/29(土) 19:41:22

《凶華》


 クールだったナナが突如キレ、ホットになった。
 その瞬間、脳に突き刺すような刺激的な匂いを感じた。いや、匂いというか、指令だ。

 視覚と嗅覚は同じ五感の中でも大きく違う役割を持つ。
 百聞は一見に如かずという言葉があるように、視覚は万能かつ的確だ。多くの情報を同時に処理でき、なおかつ自分の意思で一点にフォーカスできる。
 嗅覚は曖昧だ。匂いを覚知したとして、その発生源が何処か突き止めるには、わざわざ対象に鼻を近付けて嗅ぐしかない。多くの匂いが充満していた場合、濃い匂いによって薄いものは掻き消されしまい、殆ど感じられなくなる。
 だが嗅覚は、シャープだ。匂いはときに四感を凌駕する。それは何も鼻で感じられるだけの匂いではない。フェロモンと言うんだったか。人格を操作するほどの、無臭の、強い香り。

 こんなのを嗅がされちゃあオイラも黙ってらんないな!!

「オイラの飼い主に何すんだ!!」
 オイラはエリートファイブのメンバーを押しのけ、ナナを拘束していた2人の男を、両手でドンと突き飛ばした。
「くっ、何だこいつ!」
 2人は地面に足を付けたまま、5メートルくらい押し飛ばされた。土煙が躍る。
「ブヒ~! 僕も顔負けの良い突っ張りブヒ!!」

 天堂茂は顔をしかめた。
「星十字軍の生き残りめ。父上を継ぐ僕が、今ここで成敗してやろう! 変身するぞ、お前ら!!」
「はい!」
 男5人は横一列に並び、「ブレイクアップ」と唱え、赤い戦士に変身した。

「エリートファイブ!」
「エリートフォー!」
「エリートスリー!」
「エリートツー!」
「エリートワン!」

「馴れ合いの青春など取るに足らない下等な存在!! 戦隊の頂点を取り、春を真っ赤に染め上げる!! 赤春戦隊エリートファイブ!!!!!」

 奴らが大仰に名乗っている間にオイラはササッと変身を済ませた。
「コボレスター!」

「やれ、お前ら!」
 天堂茂が変身したエリートワンは、他の赤い戦士の背を押した。
「え、茂さん。全員で戦うんじゃないんですか?」
「何を言う。僕は司令官、お前らは兵士、格が違うんだ!! ほら戦え! 星十字凶華を倒した奴には父上が褒美を下さるだろう!!」
「よ、よし!」
 4人はオイラににじり寄ってきた。

 お前らなんかとは遊びたくも無いが、いいぜ。ナナをやられたしかえしにかわいがってやんよ。

「あーそびーましょ!!」
 オイラは4人の足下に紫色の魔法陣を出現させた。その円周が四角くなった。
「○✕ゲームしましょ!」
「ま、まるばつゲーム!?」

 魔法陣は9マスに分割された。
「お前らが先攻だぞ!」

 4人の男は毒気を抜かれたようだった。
「え、えーと……」
「こんな低レベルな遊びはした事無いよ……」
「考えろ、真ん中を取るのがセオリーだろ!」
 魔法陣の上に立っている赤い男たちは、赤ペンで、真ん中のマスに○を書いた。

「じゃあ次オイラの番な。せーの、✕✕✕✕✕✕✕✕!!!」

 オイラは魔法陣の周りを1周し、4人の立つ中心を囲む8つのマス全てに✕を書き殴った。
「○罰ゲームおしまい。お前らの完敗」
「待てルールが違うだろ!!」
 4人は何か抗議している。でも陣内で✕に包囲されてしまった以上こいつらは動けない。

 オイラはにっこり笑った。
「ナナをいじめた奴らは地獄に堕ちろよ」

 魔法陣が破裂し、地の底より紫色の炎が噴き上げた。間欠泉のように高く高く。4人とも変身が解け、手足をばたつかせ、お空に飛んで行く。
「逃がすか!」
 オイラは後ろ脚を屈曲させ、飛び跳ねた。瞬く間に、4人と同じ高度。
「闇魔術:ふくわらい」
 オイラは前脚を振るい、驚愕する彼らの顔からパーツを外していった。重力に従い自由落下。4人は地面にぶつかった。オイラは着地成功。目の前には呆然と立つ天堂なんたら。
「よう! ゲロ眼鏡」
 そいつは、壊れた案山子のように倒れている自戦隊のメンバーを指さして言った。
「あ、あいつらはどうなったんだ?」

 4人の男は喘鳴さえせずに倒れている。1人は右眼を、1人は左眼を、1人は鼻を、1人は口を外されて。
「取っちまったけど、返してやってもいいよ。はいこれ」
 オイラは手を差し出した。手の上には、4人から取った顔の部位が乗っていた。ゲロはひぇッと言って後ずさった。

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280 :げらっち
2024/06/29(土) 19:42:04

「お前の顔でも遊んでやろうか?」
 ゲロはガタガタ震え、その悪臭を更に撒き散らしていた。
「ま、待て!! 僕に手を出すと父上が黙ってないぞ!! 父上はまだすぐ近くにおられるんだからな!!」
「それがどうした?」
「そ、そうだ遊んでやるぞ。遊ぶの好きだろう? ほらほら……」
 ゲロは背を向けた。次の瞬間振り返り、

「死ねファイア!!」

 炎の塊がオイラの胸にぶつかった。痛くも痒くもくすぐったくも無い。ゴーグルの下、ゲロは怯えた目をしていた。オイラは歩を詰め奴の腹に、
「一発!」
 殴打。
「二発!!」
 殴打。
「三発!!!」
 殴打。
「ぐほ!!」
 ゲロは腹を押さえうずくまった。変身が剥がれ落ちた。

 ぐぎゅるるる、汚い効果音がした。

「うわ、いつも以上に臭いぞお前!!」

 ゲロは、誰もが鼻を塞ぎたくなるような、酷い臭気に包まれていた。
 奴は、失禁していた。尿失禁だけでなく赤痢の便失禁までしている。ズボンはじっとり濡れ、濁った液体が地面に広がっていく。ずり下がった眼鏡を直すこともせず、死んだ目で、糞尿の池の中、内股でしゃがみ込んでいる。

「ぼくが、なんで、こんな、めに……」

「みんなの見てる前でお漏らしだ!!」
「おえー、きったね!」とカエ。
「校長先生を馬鹿にするから罰が当たったんですね……」とサナ。

 すると木の陰から、マイクを持った黄色い戦士が現れた。
 カメラを構えたピンクの戦士を引き連れている。

「おはようこんにちはこんばんは~! ジッキョウイエローこと、配信戦隊ジッキョウジャーの実況者YUTAデス。本日は1年生の校外学習にこっそり付いて参りマシタ。お~っと、ここで番狂わせの大金星デス!! 優勝予想最下位だった虹光戦隊コボレンジャーが、優勝予想1位の赤春戦隊エリートファイブを下しマシタ!! 意外や意外、しかもエリートファイブのリーダーである天堂茂が、何だか匂いマスよ! どうしたんデショウか、インタビューしてみマショウ!」

 黄色い戦士はマイクをゲロに向け、ピンクの戦士はカメラを回した。
「や、やめろ!! 僕のこんな姿を配信するな!! 頼むからやめてくれ~!!!」
 ゲロは頭を抱えて、汚物の海に突っ伏した。奴の腹はまだぎゅるぎゅると汚い音を響かせていた。

 オイラが奴の、排泄をコントロールする神経を潰してやったのだ。


「もういいよ凶華、ありがと」
 オイラの頭にそっと手が置かれた。ナナだ。
 オイラは変身を解いた。
「もういいのか?」
 ナナは嬉しさを隠しきれていない顔をした。
「十分懲らしめた。宿便が出たみたいにスッキリしたよ。もう行こう」
「オッケー」


 正義こそが正しいと言っている奴が居た。そいつは嫌な奴だった。


つづく

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