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380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~
 ┗292-305

292 :げらっち
2024/07/12(金) 20:55:21

第27話 白兵戦


 私たちが命からがら逃げ出した街は、溶鉱炉のように激しく燃えていた。余りの眩しさに、私は目を逸らした。

 楓はえずき、佐奈は豚にしがみ付いている。
 公一は私をそっと抱きしめてくれた。

「青臭いな。知らなかったのか? 外の世界を」
 凶華だけはこの光景を見て何も思わなかったようだ。凶華は元々外の世界の住人である。

「戦争が行われてるって情報を、知らなかったわけじゃないよ。でも私は壁に囲まれたシティで育った」
 シティ13は戦隊学園と同じ、安全な閉鎖空間だった。いじめや差別が蔓延する箱の中でも、箱の外よりは遥かに安全だ。私は箱入り娘だった。
「戦争を見たのはこれが初めて」
 授業ではなんにも教えてくれない。

 昔、世界規模で行われた大きな大きな運動会があった。日本はドイツやイタリアと同じチームだった。ドイツはいじめっ子で、ユダヤ人をいじめていた。それと同じような嫌がらせを、日本はアジア人にしていた。調子に乗ってアメリカにちょっかいを出してコテンパンに負けた。
 その時に何も学ばなかったのだろうか。歴史は悲劇であればあるほど、繰り返す。

「ワールドファイブの人たちは? 助けないの?」と楓。
「もう助からないよ」
 尚も赤々と燃え続けている街。それでもさっきまでの死の街よりは、ましかもしれない。炎は正義も悪も怪人も、平等に火葬してくれる。
 私は火光に背を向けた。
「僕たちも戦隊として戦地に出たら、あんな風になっちゃうのかな? 余りにも呆気ない」と豚。
「そうはならないよ」
 根拠なんて無いけど。自分を励ますためにそう言った。


 たすけて


「ん?」
 私は周囲を見渡し、耳を澄ませた。差出人不明のSOS。

 たすけてぇ……

「悲鳴が聞こえる。女の子だ!!」
 幼い少女と思われるか細い声の救難信号。私は木々の合間を見た。イロは見えない。
「どこブヒ!?」
「助けよう七海ちゃん!!」

「勿論」

「待て」
 そう言ったのは紫のアイツだった。
「凶華? どうしたの?」
 凶華は犬歯を覗かせて笑った。
「この世界は、生きるか死ぬかだ。他人の心配している余裕なんて無いだろ?」
「何言ってるの?」
「いや、凶華くんは現実的ですよ」
 佐奈が凶華の側についた。
「罠かもしれない。ここは戦場、非情な場所です七海さん。たった今それを見たでしょう。お人よしは辞めにして」

 私は我が耳を疑った。

「お人よし? 私は善人ではないよ。でも幼い子供を見殺しにするほど根性腐ってないから!」
 声の主は怪人に襲われているのかもしれない。悪の組織に脅かされているのかもしれない。
 私も今し方そんな恐ろしい目に遭った。幼い子供がそんな目に遭っているのかもしれないのに、放っておくなど心の冷たい私でもできない。こうして言い合っている余裕も無いはずだ。
「何とか言ってやってよ公一」
 私は公一の骨ばった肩を叩いた。彼なら私を擁護してくれると信じた。でも彼は険しい顔で言った。

「忍者の世界は厳しい。自分が生きる為なら他人を見殺しにする世界や」

 変だ。滑稽だ。
 凶華加入反対派だった2人が凶華の味方をしているのも少し意外だが、それ以上に、性悪説を唱える3人には幻滅だ。

「あっきれた。あなたたち、そんなんでよくヒーローを目指す気になったね?」

「3vs3、多数決は水入りブヒね。どうしよう?」
「どうしようって、答えは出てる」
 私はがなった。
「本当に困っている人を助けないならヒーローじゃない!! ここはリーダーの私に従って貰う。あなたたちに」
 公一はうつむいて、
「拒否権は」
 佐奈は睨んで、
「ありません!!」
 凶華は笑っていた。
「ナナ、面白い匂いがムンムンするよ。そうまで言うなら確かめたら?」

[返信][編集]

293 :げらっち
2024/07/12(金) 20:55:56

 私は声のする方にひたすら走った。

「たーすーけて」

「うげ!?」
 そこに居たのは、赤いランドセルを背負った、40代くらいのおっさんだった。ピチピチの体操着。胸のゼッケンには、ネームペンで書かれたPの文字。半袖短パンから四肢が突き出している。腕も脛も毛むくじゃらなのに、頭頂部はハゲである。バーコードハゲ。角ばった顔に卑劣そうな目。この男の喉がだみ声を発していたなら平穏無事だったろう。見た目に反し余りにもキュートすぎる声がミスマッチで、その上女子小学生のようなコスチュームに拒否反応を起こして、
「きもい」
 ついそう言ってしまった。あまり口にしたくない言葉だがこれ以上的確な表現はネットサーフィンで太平洋を横断しても見つかるまい。
 その男は銀歯を見せてニヤつきながら私にリボルバーを向けていた。何が何だかわからないが、ヘルプミーという状況でない事だけは一目瞭然だった。
「きもい? 欲しかった反応ありがとお♡」
 ゾワッ。何ならきもすぎて認知症になる所だった。きもいきもいきもい。でもこれ以上関わりたくないので、何もリアクションしないことにした。
 遅れてコボレの仲間たちが追いついてきた。
「助けにきまし……ブヒィ!?」
「うわ、七海ちゃんナニコレ?」

「飛んで火に入る夏の馬鹿」
 男の声は段々と見た目に相応しいしゃがれボイスに変わっていった。
「この程度の罠にかかるとは戦隊学園の教育水準も落ちるとこまで落ちたものだねえ、大馬鹿三太郎」

 私は自分の額をパンと打った。

 馬鹿だ。

 罠だ。

「言っただろ? 面白い匂いがムンムンするって」
 凶華が私の背中を、ほら見ろと言わんばかりに強く叩いた。
「匂いで判ってたんならそう言ってよ。私たち全員の危機だ」
「オイラはちゃんと止めたぜ? 判断はリーダーの責任だろ? 世間知らずで痛い目に遭ったのはお前の方だったな」

 以前私は、学園内での凶華の行動を世間知らずと罵った。外の世界では立場が逆転するとは。
「あいつもメカノイアの一味?」
「違うだろうな。メカノイアは力押しで戦争するタイプでありこんな馬鹿げた罠は仕掛けねえ。他の組織も潜んでやがったな?」

 それじゃまるで悪の組織のサラダボウルだ。

「これはこれは凶華ちゃん!!」
 体操着男は甲高い声で言った。
「ホープでありながら、ヴィランズ高等学校を辞めて戦隊学園に寝返った悪の御曹司様ではないですか。ここで会ったが5時限目」
 男は銃口を凶華に向けた。
「オイラに銃を向けたら死ぬけどわかっているよな?」
「死ぬ? どっちが」
 パン、トリガーが引かれた。凶華は「ブレイクアップ!」と変身し弾をかわす。

「パンドランドセル・オープン」
 男の赤いランドセルが開いた。中から銀色のアーマーが飛び出し、中年の肉体を覆った。

「パンドライザー!!」

 男は戦隊のような、銀の戦士に成った。凶華は臆さず対峙する。
「○✕ゲームしましょ!」
 あの時のように、9マスの魔法陣が発現する。これは凶華の勝ち確か?
「お先にどうぞ!」
「じゃあ遠慮なくぅ!」
 パンドライザーは魔法陣全体に大きくPとサインをした。
「征圧完了!!」
「何だ? ずるいぞ!」
 魔法陣はガラスのように砕け散り、同時にパンドライザーは凶華の胸を掴み、ランドセルのジェット噴射で大きく飛び上がり、凶華を思い切り地面にぶつけた。
「きゃうん!!」

「凶華!!」

[返信][編集]

294 :げらっち
2024/07/12(金) 20:56:08

 凶華はクレーターの中に頭から突っ込んで沈黙していた。

「今年の生徒はどんなものかと思ってちょっと期待しちゃってたけど、ぜーんぜんダメだねえ♡」

 パンドライザーが指示を出すと、私たちの周囲に20、いや30もの仮面を付けた戦闘員が現れた。
 戦闘員。授業で習ったことがある。悪の組織が保有する、個性を排除した、戦闘の為だけの人員だ。OSと書かれた黒い仮面で顔を隠し、銃やナイフ、メリケンサックなど武器を持っている。
「OS……改造実験法人オスですか」
 佐奈が私の後ろで呟いた。
「メカノイアもオスも、きっと校外学習をリークして張ってたんですね。厄介な相手ですよ」

 パンドライザーは言う。
「選ばしてやる。ここで死ぬか、捕虜となるかだ。仮にも戦隊を志すお前たちなら戦いを選ぶかもしれないが、多勢に無勢、無駄死にするだけだよお。まだピチピチ若いんだから命は大事にしようねえ?」

 初手で必殺技を撃ち畳みかけようにも、既に凶華が戦闘不能に陥っている。5人ではコボレーザーも真価を発揮できない。
 白兵戦を展開する必要があるが、奴の言う通り多勢に無勢だろう。
 皆を守るために、降参という選択肢が無いでも無い。でも、降参した場合、どうなるか?

 ヒーローを養成する戦隊学園は悪の組織にとって、目の上のこぶやエスカレーターを降りた直後に立ち止まる客程邪魔だろう。
 私たちを人質に学園に要求を飲ますなり、拷問して学園の機密を漏らさせるなりするつもりだろう。その場合、死よりももっと悪くなる。
 それに私は、しばらく、死ぬ予定は無い。

「白旗は振らないよ。悪の手には落ちない」

「その通りや!!」
 公一が相槌を打った。

「血を見ることになるのは残念だねえ♡」
 パンドライザーは、そんなことは予想通りというふうだった。

 すると木々の向こうから戦闘員が1人走ってきて、パンドライザーに進言した。
「アカの奴らも偵察に来ているようです。衝突だけは避けたいと存じますが」
「ふん、さっさと蹴りを付ければ済む話だ」
 何の話だろう。
 それはさておき、パンドライザーは発破を掛ける。
「あいつら殺しても構わんが、生け捕りにした奴には特別手当が加算されるぞ! 死ぬ気でやれよ!!」
 戦闘員たちは私たちを取り囲む円周を狭めた。賞与の為に命を捧げる戦闘員とは世も末だ。

「聞いてんのか? 死・ぬ・気でやれよ! 手を抜けば人事考課でオーソ社長に雷でも原爆でも落とされるぞお! 貴様ら戦闘員の命など書類1枚より軽いんだからなあ!!」

 ブラック企業なのは判っていたが、私はその言葉に違和感を覚えた。私は気に入らないことはとことん追求する主義だ。

「あなたたちが最低のクズの悪の組織なのはわかってるけど、部下に対してその言い方は無いんじゃない?」

 パンドライザーは無駄に美声で「なんてえ?」と言ったが、その後低い声に戻って答えた。
「戦闘員なぞ上の指示に従うだけの駒、将棋の歩兵よぉ。組織の命令ならば死ぬことすら厭わない。戦争は全体の勝利が目的であり、個々の意思は重んじられない」

「戦いに個々は必要ないってこと?」

「そうだ」

「じゃあアンチテーゼ。私たちは戦隊。違うイロが混ざることで、力を発揮する。いくよみんなブレイクアップ!!」

「ブレイクアップ!!!」

「コボレホワイト!!」
「コボレブルー!!」
「コボレイエロー!!」
「コボレグリーン!!」
「コボレピンク!!」

「虹光戦隊コボレンジャー!!!!!」

[返信][編集]

295 :げらっち
2024/07/12(金) 20:56:39

 私たち5人は変身した。カラフルな戦隊はパーソナリティを捨てた社畜とは違う。
「フォーメーションB!」
「Bって何だっけ?」と楓。
「あれや、あれ!」と公一。
「ああ、あれか!!」
 何度も練習しただけあって物覚えの悪い楓でも記憶できていた。5人がピッタリ背中を密着させる。

 これはソウサクジャーを相手にした時私と公一が取った戦闘スタイルの強化版だ。全員で背中をカバーし合うことで敵に背後を取られる危険が無い。自分の攻撃が味方に当たる心配も無い。ただ自分の技を連射するだけ、落ちこぼれでもできる。

 一斉に、戦闘員たちが襲い掛かった。私たちは時計回りに回転しつつ技を乱射する。
「ぶるぶるブリザード!」
 手始めに私は周囲に冷気を充満させる。目くらましに加え、相手の体温を下げ不利にする効果もある。私たちは密着しつつ回転しているから寒くない。
「いけー、ガンガゼちゃん!」
 楓はガンガゼとかいう針の長いウニを投げまくった。戦闘員たちは、吹雪いている中突如飛んできたウニを咄嗟にキャッチしてしまい、両手に棘が刺さりまくり悲鳴を上げていた。
 戦闘員たちは賞与のために私たちを生きたまま捕らえたいらしく、銃は使わずカッターやブーメランで攻撃してきた。
「コウガ、お前の切れ味を見せたれ!!」
 公一は忍び刀のコウガで、敵の飛び道具を次々叩き落とす。
「うちの番です、すりるすぱーく!」
 佐奈は近付く戦闘員を片端から痺れさせていく。
「ごっつぁんdeath!」
 豚は空気に張り手を噛まし衝撃波で敵を蹴散らす。

「おもしろそー、オイラも混ぜろよ!!」
 凶華が復帰、私たちの周りをダッシュで回り始めた。
「何するの凶華?」
「ハンカチ落とし!!」
 私の目の前に、紫のハンカチが落とされた。
「それ爆発するハンカチだぜ?」
「ほえっ!?」
 私は咄嗟にそれを蹴飛ばした。丸まったハンカチは戦闘員たちの元に飛び、爆発。戦闘員たちは倒れた。


 戦闘員たちは粗方気絶させた。

 だが。
「あいつはどこ?」
 パンドライザーの姿が無い。私たちは回転を徐々に緩め、辺りを見渡した。四方に折り重なって倒れている戦闘員。司令塔はどこにも居ない。
「まさか逃げたブヒ?」
「部下を見捨てて行くとは、最低ですね」

 一瞬の出来事だった。
 戦闘員たちの山が吹き飛び、その下に隠れていたパンドライザーが姿を見せた。

「雑魚共は捨て駒に過ぎん。敵を狩るなら、将を狩れ」

 パンドライザーは真っ直ぐ私に迫った。アイスバリアを展開するも、氷の障壁は簡単に壊され、胸ぐらを掴まれた。
「うぐ!!」
「七海!」
 パンドライザーはジェット噴射で飛び上がった。足が地面を離れ上へ上へ上昇する。苦しい。
「1時限目の授業からやり直せ小娘がぁ!!」
 パンドライザーは左手で私を鷲掴みにしたまま、右手で銃を私の鼻先に突き付けた。目の前に銃口。
「安心しろ! お前が死ねば他の5人は戦意喪失し降伏するだろう。殺しはしない。捕虜になってもらうだけだ。だからさ、死ぬのはお前だけだよお♡」
 最後の言葉は高音になった。きもい。こんな奴に負けてたまるかっ!!
「フロスト!!」
 氷の魔法。氷点下に耐えられなくなりパンドライザーは手を離す。私は落ちていく。頭の方が重いので空中で体が回転し、仰向けの状態になる。上空にパンドライザーが見える。奴は落ちゆく私に銃口を向けた。落下中につき回避行動が取れない。

「致命銃」

 パン!!!


 撃たれた。


 弾丸が私の胸に突き刺さった。
 私は森の中に落ちた。全身を強打し、バウンドし、草地に倒れる。もし変身していない生身の状態なら転落死していただろう。
 何とか起き上がり、木に背を持たせかける。痛みは後からやってきた。胸が焼けるようだ。呻きながら、銃創を見る。白い戦隊スーツが破れ、赤い弾が埋まり、そこから赤が広がっていた。血だ。致命傷だ。弾痕から「死」が私の体に広がっていく。

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296 :げらっち
2024/07/12(金) 20:56:57

 ドサッ、重い物が落ちた音。パンドライザーがすぐ近くに着地していた。銃を構え、こちらに近寄ってくる。
 私は木に背中を預けて足を伸ばしている。傷口を手で押さえているが、それでも血が止まらない。全身が痺れ、動くことができない。

「少しでも掠れば死に至る致命銃を胸に受けたんだ。すぐに死ねるだろう。あの世で指を咥えて見ていてね♡ お前はぐお!!?」

 パンドライザーが頭を抱え込んだ。
「ファイアジャベリン!!」
 炎の塊が銀のボディにぶつかったからだ。

 あれは、火だ。コボレには無い、赤だ。

「流星群!!」
 ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! 5つの光源が立て続けにパンドライザーにアタックした。パンドライザーは大きく吹っ飛ぶ。

 赤・青・黄・緑・桃、あの5つの光りは!!

 Gレンジャーだ!!!!!

 戦隊学園の5人の教師が、いつみ先生が、光り輝きながら強力な攻撃を打ち込み、パンドライザーを後退させている。それは攻めてくる虹。
「僕の生徒に手を出すな。業火絢爛!!」
 炎の十字架に切り裂かれ、パンドライザーは甲高い悲鳴を上げる。
「クァアアアアアア!!!」
 旗色の悪くなったパンドライザーはランドセルブーストで逃走。先生たちはそれを追う。虹の足跡を残して。

「きれい……きれい……」

 まばゆい光り。それすら見えなくなっていく。痛みはまだよかった。痛みは痺れに、痺れは無に代わり、私の体は死んでゆく。
 私は崩れ落ちるように、木から横に倒れ、仰向けになった。目を瞑る。
 最後にあの光りを見れてよかった。もうやり残したことは……
 ある。
 いっぱいある。
 まだコボレンジャーは虹になれていない。1色足りない。
 コボレを戦隊として輝かせたい。折角出会えた友達と別れるなんて嫌だ。楓といっぱい語り合いたい。佐奈や豚や凶華とも。公一には男らしく、ちゃんとキスしてほしい。美味しいものをいっぱい食べたい……

「七海ちゃん!」

 親友の声がした。
 走馬灯の前奏か? 今際の幻聴か? そのどちらでもない。青いイロが、駆けてくる。

「癒しの水!!」

 命を救う魔法が滴下した。
 胸に、1滴。たったそれだけで、私の感覚は生き返った。

 私は上体を起こすと、胸に突き刺さる弾丸を掴んで、引き抜いた。ズキン! 一瞬の痛みが走り、血がほとばしった。でもそれもすぐに収まった。私は変身を解いた。ジャージに穴が開いている。でも肉体の穴は、塞がっていた。
 ハッキリ言って魔法の拙い彼女が、こんな綺麗な回復魔法を使えるとは思わなかった。奇跡のようだった。

 青い戦士が走ってきて、私を抱き締めた。
「よかったあ!!」

 そうだった。魔法は奇跡なんだった。

「ありがとう」
 私は楓を、強く抱き締め返した。

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297 :げらっち
2024/07/12(金) 20:57:26

「無事か!!」
 いつみ先生が戻ってきた。
 私は楓と一緒に地面に座っていたが、立ち上がれるほどに気力も回復していた。
「はい、無事です。パンドライザーは?」
「あと一歩のところで逃げられた。殺してやろうと思ったが」
 先生は憎しみを込めてそう言った。大人の殺し合いは凄絶だ。
「何なんですか? あの男は」

 いつみ先生はちょっと考えていたが、やがて言った。

「戦隊学園のOBだ」

「えッ!?」
 銀の変身は戦隊に似ている物ではあったが、あの邪悪な男が正義の学校の卒業生?
「余計なことを言うな!!」
 青竹先生が走ってきて、いつみ先生をどやした。悪人を輩出したことなど学園にとっては汚点中の汚点であり、生徒に知られたくはないのだろう。
 私は誰彼構わず情報を拡散するような口の軽い人間ではないが。青竹先生もそう思ったか、私を品定めするように見た後、いつみ先生の話を引き継いだ。

「チッ、そこまで聞かれたなら最後まで話してしまおう。奴は2021年度に入学した、戦隊学園の1期生だ」

 大先輩だ。つまり奴は39歳!?

「学園でも不良だったんですか!?」と楓。

「いや、その逆さ」
 といつみ先生。
「武芸クラスの一歩戦隊センリンジャー、エースのセンシルバー。文武両道、誰よりも真面目に鍛錬に励み、首席を務め、人格も優秀な生徒とされていた」

「それは俺たちが赴任する前の話だがな。俺たちGレンジャーは赤の日の後、2028年に赴任したのだからな」
 かく言う青竹先生の目には責任転嫁の影がさしていた。自分の居ない時代の生徒だったと印象付けることで、そんな生徒を育てた学園の教師だという糾弾を避けようとしているみたいだ。

 いつみ先生は淡々と話す。

「奴は卒業後、実地に出て、自戦隊のメンバーを皆殺しにした」

 楓は息を飲み、両手で口を押さえた。
 私も胸糞悪くなり、眉をひそめた。
 仲間を、殺す。私が楓や公一や佐奈や豚や凶華を殺す。
 到底考えられないことだ。考えたくもない。

「それからの奴は戦隊名を捨て、悪の組織の依頼を受け動くようになる。今回は改造実験法人オスの依頼を受けていたようだが、基本的に奴は1つの組織に属してはいない。フリーのヴィランと言える」

 あのふざけた男に、そんな悍ましい過去があったとは。どんなに輝いていても、色落ちし、変色していく場合もあるんだ。
 絶対にそうはなりたくないと誓うように、私と楓は手を握り合った。

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298 :げらっち
2024/07/12(金) 20:57:52

「オスやメカノイアが出向いたのは、生徒の実力を見定める為だろう。赤の世代の校外学習という事で、予想以上に悪の組織のアプローチが熾烈だった」

 赤の世代、私たちの学年のことだ。
 赤の日のあった年度に生まれた世代であり、最もヒーローにふさわしいとされる世代。

 青竹先生は話を続ける。
「サイコマンもテンクウジャーもリュウグウジャーもサバイブマンも、悪の組織に襲われたところを俺たちが助け、リタイアした。残念ながら校外学習はここまでだ。お前たちは勇敢に戦ったが、これ以上は危険だ。俺たちと一緒に帰るぞ」

 何やら非常事態らしい。
 でも、だからと言って私たちのやるべきことが変わるわけではない。

「お断りします。私たちコボレンジャーは自力で学園に帰ります」

「何だと?」
 青竹先生は私に不信の目を向けた。
「1年生の癖に無謀なことを言うな。子供には勇敢と無謀の線引きは難しいかもしれない。だから大人である俺たちがその線を引いてやる。大人しくピックアップされろ」

「いやです」

 青竹先生は私を睨み付けてきた。
 私は睨み返してやった。
「怪人や悪の組織が居ることは想定内だったはずです。そもそもこれをやらせたのは先生たちでしょう?」

「そうだそうだ!」と楓も賛意。
「お前、生意気なことを!」
「まあ怒るなよ♪」
 いつみ先生は青竹先生にデコピンをした。いつみ先生は不敬な私を買ってくれているようで、笑いを堪え切れないという表情だった。
「心強いね七海は。了、生徒たちの学びの機会を奪ってはいけないよ。やらせてやろう」
「だが危険が……!」
 いつみ先生は青竹先生に囁く。
「もしもの時は僕がバックアップするさ」

 いつみ先生は信頼できる人だ。後ろ盾についてくれるなら有難い。

「きみは他の子たちを学園に送り届けてくれ」
「何でお前が指図するんだ? Gレンジャーで最年少のお前が!!」
 いつみ先生は何歳なんだろう? 少年的で、実年齢がわからない。

 いつみ先生は細めていた目を不気味に開いて、言った。

「校長なら僕の意見に賛同するだろうなあ♪」

「……チッ」
 青竹先生は、その言葉で折れたようだった。

「というわけだ。幸運を祈るよ!」
 いつみ先生は私に、何かを投げてよこした。白くて丸まっている物だ。私はそれをキャッチ。
「ナニコレ……」
 広げてみるとそれは。

 私のおパンツだった。

「ちょ、ちょ、せんせ、どういうことですか!?」
「きみに必要だと思ってね♪」
 いつみ先生はクスクス笑い。まさか、怪人に囲まれた時お漏らししていたのを見られていた!? というか、それを見越して寮の私の部屋からこっそり下着を持ってきていたのか!?
 私は先生の見た目以上に真っ赤になっていただろう。
「そ、そ、それってセクハラ……」
「じゃ、そういうことで!」
 いつみ先生は火柱となって消えた。私はパンツを握り締めて怒鳴った。
「ま、まだ話終わってないんだけど!!」
 青竹先生は私を一瞥した後、森の向こうに居るGレンジャーのメンバーの方に走って行った。

 私は恥ずかしさの余り地面を見つめたまま耳を掻いていたが、楓が沈黙の障子を破った。
「先生たち、行っちゃったねえ」
「うん……」

 改めて学園を目指さねば。

「……あれ?」
 いつみ先生の立っていたところに、何か紙切れが落ちていた。
 近寄って拾い上げてみると、学園への、地図だった。
「落とし物かな?」
「ワザトだよきっと!」

 甘い先生だ。

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299 :げらっち
2024/07/12(金) 20:58:06

「みんなは?」
「あっち!」
 私と楓はコボレメンバーと合流するため木の合間を歩く。
 この森も、文明の跡地のようだった。草木に覆われたアスファルト。車。有刺鉄線。民家。
 人類が半滅した後、自然はその隙間を埋めた。科学と自然による地球の陣取りゲームは、自然の圧勝だった。

 その時、私の心がぞっと飛び跳ねた。氷の手で首を鷲掴みにされるような感覚。
 黒が近くにある。それは癌細胞のように目立っていて、周りを侵食している。

 緑に食べ尽くされた標識の隣に立っていたのは、黒の戦士ブラックアローン。
 黒いマントをはためかせた大柄な男が、私たちの前に立ち塞がった。体も心も真っ黒で、黒いマスクの赤い単眼が、無機的に私たちに向けられている。

「大人しく帰らなかったのか」

 私は共感覚のせいで、黒を極度に恐れている。
 でも怖がる必要はない。ブラックアローンは仮にも先生だ。敵ではない。はずだ。
 私は「はい」と答えた。

「戦隊になれば、命を落とす。生半可な気持で挑もうとするならば帰れ」

「戦わないなら戦隊になる意味が無いです」
 勇気を出して。青竹先生との論争と同じように、自分の意見を言えばいい。

「先生、あなたは最初に会った時から保守的なことばかり言っていますよね?」

 戦闘を軽んじいざ戦場に出れば、死ぬ。我輩は何度もそのような馬鹿を見てきた。
 白い貴様には、七色の虹は掛けられん。
 ブラックアローンが言うのは、そのようなことばかり。

「先生は、どうして戦隊になったんですか?」

 ブラックアローンはしばしの間、黙った。
 彼が膨大な選択肢の中からチョイスしたのは、あろうことか、質問とは無関係なレスポンスだった。

「……貴様に虹は作らせん」

 また妨害厨か。

「私の過去は真っ白です。これから色を付けるって決めたんです」

「では塗り過ぎに注意しろ。貴様の未来は真っ黒だ」

「いつもそんなこと言って!」
 私は喰い下がった。
「あなたは地面ばかり見ているから視界に黒しか映らないんだ! 現実がつらくっても私は上を見る! 見てもないのにそこに虹は掛かって無いなんてそんなことは言わせない」

「見てもないのに、か」

 ブラックアローンは少しだけ顔を上げた。マスクの下の眼が空を見たのか、それはわからない。
「では、例えば貴様が虹を見たとしよう。次は何を目指す?」

「え?」
 思いもよらぬ質問に、私は口ごもった。
 仲間を集め七色の戦隊を作る。虹を作る。カラフルになる。それが私の目標であり、最終到達点である。ではその夢が叶ったら、次はどうするか。
「虹が掛かるのは雨後の一瞬だ。そうだろう」
 いつの間にか、ブラックアローンは私の目の前に移動していた。かなりの巨体が私を見下ろしている。
「虹が消えたら、また暗雲が立ち込める。そうだろう?」

 恐怖。

「いいえ、晴れます」

 そう言ったのは私ではなく、私の親友だった。
 振り向くと、楓が仁王立ちして、ブラックアローンを睨め上げていた。

「あたしがてるてる坊主作るから。絶対に晴れます」

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300 :げらっち
2024/07/12(金) 20:58:26

 私たちは再びリュックを背負い歩いていた。
 どんなに急いでも、日没は私たちを待っちゃくれない。残酷なことに、辺りはどんどん暗くなっていた。
「そろそろ野営できるところを探さないとまずいぞ?」と凶華。
 外の世界に街灯などあるわけなく、夜になれば完全なるブラックボックス。私たちは怪人の標的と成り果てる。

 急いて草を掻き分けると、レンガにぶち当たった。
「建物だ!」
「天の助けや! こん中ならちっとは安全やろ!!」
 私たちはレンガ造りの塀に沿って進み、ツタに覆われた門を見つけた。
 門の脇に、銘板があった。暗さと汚れでよく見えないが、辛うじて○○原小学校と読み解くことができた。

「今夜はここに泊まって、明日また学園を目指そう」

 錆びた門を押し開け、草の生え放題になった校庭を抜ける。
 校舎は一部倒壊していた。ここも戦争の被害や、怪人の襲撃を受けたのだろう。
 建物に入ると、壁に絵が並べて飾られていた。低学年の児童の作品だろうか、クレヨンをこすり付けて描いた似顔絵。パパ、ママ、ありがとうなどと書かれている。それも一部が焼け焦げていた。
 笑顔の痕跡がそこにはあった。

「使えそうな部屋を探そう」
 3階建ての校舎、最上階に比較的荒れていない教室を見つけた。佐奈が電気魔法で灯りを点けた。
 戦隊学園の教室に比べると、狭く思える。それは私たちが大きくなった、高校生の体付きになったということだろう。
 ちっぽけな木の机と椅子が、埃を被っていた。座ってくれる子供たちは、もう二度と戻ってこない。机たちは少し寂しそうだった。私は椅子を引き、軽く埃を払うと、腰掛けた。
「ここを寝床にしようか」
「うへぇー、疲れたぜ!」
 楓が倒れるように座り込んだ。他のメンバーも限界というように倒れ込み、足を投げ出す。

「喉乾いたブヒ~!!」
「知ってると思うけど、水はもう無いよ」
 全ての水筒が空になってから、もう1時間以上経っているだろう。
「カエの魔法で出せるよな?」
「あ、確かに! 凶華くん頭イイね!!」
 楓はコボレブルーに変身。私は空になった水筒を机の上に置いた。楓は手のひらを水筒の口に付けて唱える。
「ウオデッポウ!」
 だが、水は出ない。
「何しとんねん、しっかりしろや!」
「つ、疲れてるんだからしょうがないじゃん!」
「疲れてへんかったら上手く行くんか? いつもそんな程度なんとちゃう!?」
「こらこら、仲間割れしてどうするの」
 疲労でイライラしてしまう気持ちはわかるが、ここは落ち着かなくては。
 楓は唸りながら何とか水を絞り出す。ちょろちょろと水筒に水が注がれていく。
「手から出た水なんて無理なんですけどうちパスで」と佐奈。
「何だよ! 汚くなんてないよ!!」
 楓が怒鳴ると、制御が効かなくなったか、水が四方に飛び散った。


 こんな不器用な子が、私の命を救うほどの魔法を使った、というのは未だに信じられないことだ……

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301 :げらっち
2024/07/12(金) 20:58:46

「そうだ!」
 私は変身し、魔法で氷を生み出した。
「佐奈が電気で加温して溶かせばいいんじゃない?」
「なるへそ~。七海さん冴えてますね」

 何とか飲水の確保には成功した。

「それじゃみんな、持ち物出して?」
 各人、リュックの中身を取り出し始める。
 楓は生活品を、公一は装備を、佐奈は武器を、豚は食べ物を、凶華は娯楽を持ってきてくれているはずだ。
「もう腹ペコだよ。豚、何作ってきてくれたの?」
 豚はかなり大きなリュックを担いでいた。彼の手料理はボリューミーかつ繊細な味付けだ。男飯と女飯のいいとこどりのような彼の料理が早く食べたい。
「僕が作ったのはこれ!」
 豚はリュックから、大きな箱と、紙でできた力士を取り出した。
「ああー、美味しそうなトントン相撲……って食べられるかい!!」
 我ながらお寒いノリツッコミをしてしまった。
「どうなってんの? 食べ物は?」

「え? 僕は娯楽を持ってこいって言われたブヒよ」

 そんなはずはない。楓は生活品を公一は装備を佐奈は武器を豚は食べ物を凶華は娯楽を持ってくるように頼んだはず。
「あなた間違えてるよ。メール確認してみてよ」
「うん……あ、やっぱり僕あってるよ」
 豚はGフォンを確認し、私に見せた。そこには、娯楽を持ってくるようにという私からのメッセージがあった。

 ということは?

「食べ物を持ってきたのは誰?」
「うちです」
 佐奈がぴょこっと手を上げた。佐奈は小さいリュックを重そうに運んでいた。
「食べ物ってこれでいいのかなあ……?」
 佐奈はリュックをひっくり返した。ゴロンと出てきたのは大量の缶詰にインスタントのカップ麺、焼きそばなどなど。
「佐奈! お湯はどうするの!? 缶切りは!?」
「あ、確かに……」
 佐奈は顔を赤らめた。
「これだからインドア派はあほブヒ~!!」
「あほって言うな豚!」
「今夜のごはんは? まさか飯抜きブヒ~!?」

 雲行きが怪しくなってきた。まさか、間違ったメッセージを送信していた?

「俺は武器やで」
 公一は手裏剣や苦無など忍者の使う武器をそろえていた。これは役に立つ。
「あたしは装備だけど、こんな感じ?」
 楓はオシャレな服やパジャマを持ってきていた。ダメだこりゃ……

「もしかして……」
 私はメールを送った時の状況を思い出した。あの時は公一にからかわれ、少し気が動転してたんだっけ……

「私の責任だ……」

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302 :げらっち
2024/07/12(金) 20:59:00

「1つずつズレとるっちゅうことは、凶華が持ってきたのは生活品か?」
「いや、オイラが持ってきたのはこれだぜ!!」

 凶華はリュックの中から双六を取り出した。

「ぴぎゃ!!」
 私はズッコけた。一番要らない「娯楽」がダブってしまった。
 凶華だけはGフォンを持っていないので口頭で伝えたから、正しい荷物を持ってきたのだ。
「ってことは生活品を持ってきてくれた人は誰も居ないの!?」
「それなら大丈夫だぜ! 必要最低限の物はオイラが持ってきたから」
 凶華はリュックから小さな布の塊を取り出した。それを広げていくと、大きな寝袋になった。
 他にも懐中電灯や小さな鍋、ナイフやフォーク、コップなどが出てくる出てくる。やはり凶華は役に立つ。

「じゃあうちの電気魔法で紙相撲を燃やして火を起こしましょう」
「え! 折角作ったのに燃やすブヒ!? 七海ちゃん何とか言ってよ!」
「室内の火遊びは危険だから校庭で燃やしてきて?」
「ブピ~~!!」
「さっさと行くよ」
 佐奈と豚は教室を出て行った。

「公一と凶華は缶詰を開けられるか挑戦してみて」
「いいぜ! 缶蹴りで缶切りしよう! イチ、オイラたちも外に出ようか」
「イチって呼ぶな言うてるやろ。公一や!」
「高1の公一?」
「やかましい。はよ行くで七海の犬」


 室内には私と楓だけが残った。

「……よし、着替えていいよ!」
「えっ!」
 楓は私にウィンクした。
「誰か戻ってこないようにあたしが見張ってるから!」
 楓は扉を少し開けて廊下に頭を突き出した。
 楓にしては行き届いた配慮だ。私はいつみ先生から受け取ってリュックに入れていたパンツを出すと、急いで着替えた。

 さっぱりした。

「それじゃ私たちは教室を片付けて寝袋を敷こうか」
「りょ!」
 私と楓は机をひっくり返して他の机の上に乗せるという掃除当番の手法で机を片し、広いスペースを確保した。
 そこに凶華の持参した寝袋を敷く。寝袋は3枚しか無かった。
「微妙な数字だな……」

 性別ごとに分けるとすると、女性3人、男性2人、N性1人でバランスが悪い。

「豚は1人で1枚使うよねえ? あの巨体だし」
「そうなるな」
 では残り2枚でどうするか。
「あたしと七海ちゃんとさっちゃんで1枚、公一くんと凶華くんで1枚?」
「そうなるか」

 女子3人詰めは地獄だが、公一と凶華が1つの寝袋に入って寝ているのを想像すると、ちょっとだけ良い気分になった。
 私と楓は目線をかわし、ニヤついた。

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303 :げらっち
2024/07/12(金) 20:59:18

 続いて荷物整理をする。
 私は公一の武器を床に並べながら、楓に言った。

「さっきはありがとね」

「え? ああ、癒しの水? ぶっちゃけ自分でもびっくりした! 蘇生魔法なんて3年で習う単元だしあたしには絶対使えないと思ってたもん。七海ちゃんへの強い思いが奇跡を起こしたのかも?」
「それもあるけどさ、もう1つ」
 楓は私の隣にしゃがみ込むと、「何の話?」という顔で私を見てきた。

「あれだよ、ブラックアローンの件」
「あたし特に何もしてなくない?」
「したよ、楓が助け船を出してくれなきゃ、ブラックアローンとのレスバに負けて私の船は沈んでた」
「海底に?」
 私はこくんと頷いた。
「そう……かなあ。レスバは七海ちゃんの方が強いと思うけど」
「そんなこと無いよ」
 私は公一の忍び刀、コウガを床に置いた。
「私、屁理屈なだけだからさ……あなたは短絡的だけどそういうのが強い時もある」
「あたしって頭悪いし七海ちゃんに助けられてばっかりで」
「それと同じくらい、私もあなたに助けてもらってるよ」

 私は武器を置くと、楓の両手を包み、きゅっと握った。4つの手、20本の指が絡み合う。
「あなたのお陰でだいぶあったかくなったよ。いつもありがとう」
 私は楓の顔を観察した。茶色いカチューシャを付けた黒髪、ベース型の輪郭、平々凡々なパーツ、どんぐりのような目に黒い虹彩。男子が採点すればどう足掻いても49点は超えなさそうな顔だ。それでも私は好きだ。観察に夢中で気付かなかったが楓も私の顔を見つめていた。ピタッと、目が合った。急にこっ恥ずかしくなった。
「やめてよ七海ちゃん。あたしのこと好きなのは知ってるけど公一くんに毒盛られる」
「じゃあやめる」
 私は毒殺防止のため手を離した。
 まだ少し温かい。

「あっつう! 体火照った! 夜風浴びよ!」
 楓は教室を出て行った。
「どこ行くの?」
「屋上!」
「じゃ私も行く」

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304 :げらっち
2024/07/12(金) 20:59:31

 私と楓は、屋上に出た。満天の星空。
 公一と見る星空も素晴らしかったが、同性の友と見るのもなかなかだ。
「すげー! きれー!」
 楓は錆びたフェンスに手を掛けて、鉄棒の技「ツバメ」のような体勢で身を乗り出していた。落ちそうで危なっかしい。
「早く虹も一緒に見たいねぇ」
「だね」

 私は夜空を見上げ、星の代わりに虹が空を彩っているさまを思い描いた。
 それを見上げる私の隣に、楓や公一、コボレのみんなが居てくれますように。


「《ずっと掛かって居る虹》が本当にあったらいいのにね!」


「……?」

 ずっと掛かって居る虹、何だそれ。

 私が黙っていると、楓は振り向いて私を見た。
「もう、呆れないでよ! おとぎ話だって、あたしにもそれくらいちゃんとわかってるから!」
「……は?」
 御伽噺?
「呆れるも何も、何が何やらわからないのだけれど」
「えっ? ほら、クレヨンの話だよ!」
 楓はしどろもどろ。日本人とアメリカ人が話しているかのように、言語の理解が生じない。
「絵本とかで、ママに読んでもらわなかった……? あっ」
 楓は俯いた。
「ごっごめん」
「別にいいよ」

 私は親が居なかったから、子供の頃読み聞かされて当然の話がわからないのだ。
 成長してから知識を付ければ親が居なかったハンデなどすぐに埋められるが、子供時代しか触れないような昔話の知識などは網目を抜けて掴めない。

 それが少し悔しく、寂しかった。
 私の心の氷雪は、楓やみんなのお影であらかた溶けた。それでも冬の道のように、路肩にはまだ固くなった雪が溶けずに残って居て、私の心を冷やすのだった。

「ざっと話すとね……昔、空にはずっと虹が掛かって居たらしいんだよ! 雨の日も晴れの日も、昼も夜も!!」

 んなわけあるか。虹は大気中の水滴に光が反射してできるんだ。視覚障害で虹が見れない私でも、原理くらい知っている。闇の中虹が掛かるわけが無い。

「でもね、その虹はもう存在しないらしいんだ……虹のうちの1色が、人間の世界に憧れて落っこちちゃって、クレヨンになっちゃったから。って、聞いてる?」

「聞いてない」
 私は自分が不機嫌になっていることに気付いていたが、沈んでいく感情を押さえられなかった。
 温かいベッドで、優しい母親が、眠りゆく楓に、愛のこもった声で、この物語を読み聞かせているさまが、ありありと目に浮かんだからだ。愛情って大嫌い。愛情ってつまらない。それはただの強がりだ。私が欲しかった物、無かった物。無い物ねだりをする自分が情けなく、腹立たしい。
「もう行こう。吞気に星空を見上げてる暇なんか無いはずだ」
 私は屋内に戻ろうとした。

「待って」

 楓の声が追いかけてくる。仕方なしに、私は振り向く。

 楓はフェンスに後ろ手を掛け、星空を背に、私を見ていた。

「あたしがどうして戦隊を目指してるか、知りたい?」

 涼しい夜風が吹いている。
 一見すると、脈絡が無い。
 それでもこれは楓なりのアプローチに思えた。拗ねた私に、手を差し伸べようとしてくれている。

「……知りたい」

「あたしたち、親友だよね?」
「うん。異論無いよ」
「じゃあさ、お互い嘘は一個も吐かないし、隠し事は何にもしないようにしよ!」
「いいよ。まあ私は今までも結構話してきたけどね」
 私が親に捨てられ、シティ13で育ったことは既に話した。一方楓は出生について、何も話してくれていない。十人並の容姿に、並以下の能力。家庭も平凡な物だろうと勝手に予想していただけだ。
「じゃああたしのことも話すね!」

 楓は自身の心の日記帳を開き、私に見せてくれようとしている。
 一番の友人である証としてか。


「赤の日、あたしの家族は死んだ」

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305 :げらっち
2024/07/12(金) 21:00:03

 死。それは重い物だ。それも肉親の死となれば、何の躊躇も無く発せられる言葉ではない。それでも楓は淀みなく発音した。

 このあほで明るい楓が、下ろすことのできない重い荷物を背負っていようとは。

 気になる点があった。
「赤の日はあなたが生まれる前の出来事じゃないの?」
 赤の日は2028年4月1日であり、赤の世代の全員がそれ以降に生まれたことになる。
 楓が実は1つ上の学年で、留年していたんだとすれば話は別だが……

「あたしの誕生日は、2028年8月24日」

 楓の誕生日、初めて知った。

「でもそれは出産日でさ、生命としてはもう存在してるんだよね。赤の日に、あたしの家族、正確には、あたしのパパとお兄ちゃんとお姉ちゃん2人。全員死んだ」
 死の重さは加算でも、乗算でも無いはずだ。1つ1つが比べられない重さを持っている、はずだ。
 だが楓は軽く言ってのけた。
「生き残ったのは2人だけ。ママと、お腹の中のあたし」
 楓は自身のお腹をさすった。
「ママは、あたしを生んでくれた。パパは、あたしに名前を遺してくれた。楓って名前、パパが付けてくれたんだって。あたしの家族、みんな植物の名前」
 楓はつらつらと話した。父が銀杏(いちょう)、兄は榎(えのき)、姉は欅(けやき)と椛(もみじ)……


 楓、この子は重い過去を持ちながら、それを周りに気付かれないくらい、逞しく、前向きに生きているんだ。
 私なんかより、よっぽど強く、偉い。大人だ。


「赤の日に、どんなことが起きたか知ってる?」

「……知らない」
 私にはまだまだ知らない事が多すぎる。

「真っ赤な巨人が現れて、世界を赤で塗り尽くした」
「まじ?」
 私は幼稚な打消推量をしてしまった。マジ使いは楓の方なのに。
「まじ。赤害(せきがい)って呼ばれているよ。赤い巨人は1日で地球の半分を塗ったくった。赤く塗られた所に居た人は、命を落とした」

 虹の御伽噺に、赤害。楓は物知りだ。
 楓が知っている色関係の言葉なんて、アオカンくらいだと思ってたのに。

「あたしの家族、出会う前に塗り潰されちゃった。ま、あたしが生まれられただけでも奇跡だけどね。ママは再婚して、腹違いの妹も居るよ。再婚相手のパパが性格最悪でさー、妹ばっかり可愛がってるし、ママは口出しできないし……」
 以前楓が、最悪な妹が居ると言っていたのは、こういう事だったのか。

「だからあたしみたいな子がもうできないようにって、あたしは戦士を目指してる」

「……立派だね」
 虹を見たい。カラフルになりたい。そんな自分の願いの為だけにヒーローを目指す私なんかとは、大違いだ。

「……ってのは建前!!」

「え!?」

「こんなあたしを作ったこの世に復讐してやりたいって、そう思ってる。これは伊良部楓の復讐劇」
「私はその物語の脇役?」
「そういうわけではないよ。七海ちゃんは七海ちゃんの物語の主役だよ!」
 楓は星明かりの下、無邪気に笑うのだった。
「ねえ七海ちゃん。あたしは全部話したよ。七海ちゃんのことも、もっと知りたいんだけど」
「何? 何でも聞いていいよ。隠さず教えるよ」

 ……と言ってしまったが、楓みたいに重い過去を明るく話せる自信は無い。
 何でも聞いていいと豪語しながらも、どんなローブローが飛んでくるのか、私は身構えた。

 楓は言った。

「誕生日いつ?」

 私は肩透かしを喰らった気分だった。
「そんなことかい!」
「あたしも教えたんだから七海ちゃんも教えてよ! お祝いしたいよ!!」
「教えるよ。別に隠すつもりは無いし」
「いつ?」
「4月1日」


つづく

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