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┗253.バカセカ番外編スレ(84-102/102)

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84 :げらっち
2022/11/10(木) 18:08:51

《ルル視点》


私はスタスタと黒を昇って行った。
水中とも空中とも違う空間。地に足が付いているわけでもないのに、足を動かすと、階段を駆け上がるように、上に登れた。

ここは「体内」だ。

黒い粘液は、自殺者の魂であり、セカイの主の細胞だ。
すなわちここは、主の、体の中であり、胃の中だ。

下から霞月の声が、本人に先駆けて私を追ってきた。
「ルルちゃん!何で上を目指すんだ?」
それは決まっている。
「今私たちはお腹の中に居るんです!主を救うなら、その中枢である頭に行かないと!」
「なるほど」と霞月。
「でもさー!」
次は奏芽が言った。
「この状況だと、どっちが上でどっちが下かさえ、わかんなくない?」

それもそうだ。
私は足を止めた。霞月と奏芽が私の居る階層に追いついた。

「おい待てよ!」
更に、蘭も合流した。
ひなたの姿は無い。
「ひなたさんは?」
私が尋ねると、蘭は答えた。
「日向は帰った。」
本当に帰っちゃったんだ。
でもおかしい。ひなたが帰るのはわかるにしても、何で蘭だけが、ここに残っているの?
あの2人が意図して別行動を取るとは思えない。
「どうして蘭くんは行かなかったんですか?」

「日向が帰った直後に、霊道が塞がれた」

霊道?
オカルトな響きですぅ。
「さっきから言ってる霊道って何のことですか?」
「霊道が塞がれた以上、やはり魂を何とかする他ないようだ。」
蘭は私の質問を既読無視した。
「魂たちを助ければ、霊道がまた開いて帰れるってこと?」と奏芽。
「そうだろうな。」と蘭。
「振出しに戻っちゃうけど、どうやって助ければいいの?」と霞月。

「さあな。自殺は許されざることというのが神が定めたことなら、おれにはどうにもできない。日向が居ればどうにかできたかもしれないがな。」

蘭はまたもや理解しがたいことを言っているが、質問しても答えてくれるわけがないので、理解できたところだけにリプライする。

「神の設定じゃないみたいですよ!」

「なに?」

[返信][編集]

85 :げらっち
2022/11/10(木) 21:46:19

もし壱世界の神の設定だとしたら、様々な世界から自殺者の魂が送られていることに説明が付かない。
これは神が定めた設定ではない。

あらゆる世界に存在する「生命」そのものが定めたんだ!

神が生命を配役し、起から結までを支配し、台本通りに寸分の狂いもなく進める世界。
神が生命をばらまき、放任にして、生命自身が主体性と多様性を持って発展していくのを眺めている世界。
神が生命の基礎データをプログラミングし、キャスストーンというバックアップシステムで何度も何度も世界を書き換え、キャスストーン自身が生命になり神になり代々受け継がれてきた世界。
怠惰な神が生命の設定だけを作り、管理も観察もせずに投げ出してしまう、未来を放棄した世界。

どんな世界でも、「生命」が存在する。
神がルールを定める以前に、「生命」には本質があり、共通認識があり、暗黙の了解がある。

それが「生命を粗末にしてはいけない」ということなんだ!

他殺は、起こり得るものだ。
むしろ、それ無くしては生きられない。生命は他の生命を殺し、吸収し、成長し、子孫を残していく。
人間とて変わらない。肉を食べ、野菜を食べる。

しかし、自殺は違う。
人間は知能をレベラゲし過ぎたせいで、文化を覚え、嗜好を具え、嗜虐を具え、罪悪を鑑みて、本来は包括的に生命が目指すべきではないところ、「己の死」に、救いと憧れ、逃避と目的を見るようになった。


もし神の押し付けルールなら、神に成り上がった私が上書きすることができる。
でも抑々発令者が神でないなら、私の力は及ばない。神の力は及ばない。

生命そのものの本質を、変えなくては。


私は辺りをぐるんと見まわした。
闇、闇、闇。
慟哭、慟哭、慟哭。

黒い流れが、循環していく。生命のループみたいに。

そうだ、いいことを思いついた。


魂たちを救う方法。
リリの未来を、取り戻す方法。

[返信][編集]

86 :げらっち
2022/11/10(木) 21:52:20

「行きますよ。ついてきて下さい!!」

私は黒い流れに飛び込んだ。

「どこ行くんだよルル!」
「ルルちゃん待って!!」
3人もついてくる。
この流れは、血液だ。セカイを循環する、命の水だ。そして血液が行き着く先は。


「心臓(ハート)!!」


私たちは体の中心、脳髄とは違う意味で体を支配するコアに、運び込まれた。
そこは周りとは少し違う、ぽっかりと開いた空間だった。私たちはその空間の中に入った。ようやく水の中から、無重力空間から出たような感覚になる。
しかしこのままでは再び動脈を通って体中に送り込まれてしまう。

私は、心に働きかける。

「今よりあなたを救います。でも執行するのは、私たちではありません。あなたが、自分自身の力で、助かるのです。」

私は神らしく、厳格に言った。

「生命そのものの掟を変えるのは、生命そのものです。私はその手助け、見守りをするだけに過ぎません。」

「ルルちゃん、何をする気だ!?」と霞月。

私は手を合わせ、「祈った」。

「光り魔術:クイックモーション」

祈りをささげた瞬間、心筋が、恐ろしい程の速度で血をセカイに循環させ始めた。
みるみるうちに速くなり、ついに、目で追えなくなった。最早、止まっているかのようだ。

私たち――私と蘭と霞月と奏芽――だけが、ぽっかりと、セカイの中心で、ゆっくりと、その様子を見ていた。

「どうなってるの?」と奏芽。

「私たちの周りの時間を、速くしました。それも、何億倍にも。」

生命は何億年もの時をかけて、徐々に進化してきました。
それを、一瞬で行わせるんです。
生命は進化し、人類は脱皮し、ルールは成長する。
自殺も生も死も存在しない段階にまで。全てが、ヒカリになるまで。

「ほら。なってきたでしょう。」

私はある方向を示した。
真っ黒だった空間の、端の方が、ポッと、白んで見えた。

蘭がポツリと、台詞を読んだ。
「朝日みたいだ。」

あれはセカイの頭だろうか。日の出を迎えたように、白い点が生まれた。そしてそれは、少しずつ大きくなっていた。
1年に1ミリ、いや、100年で1ミリほどの進化か。何世代にもわたって受け継がれてゆく生命の、気が遠くなりそうな時間の単位の進化を、ものの数分で終わらせていく。
しかし私は生命に直接働きかけをしているわけではない。ただ、それを早送りにして見ているだけだ。

生命はすごい。

ただ、見とれるだけだ。

無明のセカイは、明けていった。
私たちの居る心臓を超え、足先まで、白で染めていった。
それは魂の浄化。生命の完成。セカイの終焉。


「消えるんじゃない。世界へと帰還するんです。また、一番はじめにね。」


「本当にすごいな、お前は。」
蘭がそう言った。

「えへ!」
私は蘭に、ピースマークを見せた。
蘭も少しイヤそうに、けれど笑って、チョキをお返ししてくれた。
私は咄嗟にこぶしを握り締めた。
「グー!私の勝ちですよ!あっち向いてホイ!」
「はあ?何の話だよ!!拳を握ったということは交戦の合図か?良いだろう。決着がつかなくてもセカイが消え去るまで相手を続けてやるからな。」
「永遠にあいこってことですか?」

霞月も奏芽も、夜明けの光景に見とれていたようだった。
「もうすぐセカイが消えます。私たちは霊道から、元の世界に戻れるでしょう。」
私は奏芽の肩をポンと叩いて、言った。
「これ。リリが返しそびれたって言ってたから。」
私は奏芽の私物である、水色のハンカチを差し出した。
奏芽は、崩れんばかりに笑った。
「ありがとう!!」
「僕からも。」と霞月。「ありがとう。」

それがセカイの総意だった。

[返信][編集]

87 :げらっち
2022/11/10(木) 21:53:12

ありがとう。


































































はじまり

[返信][編集]

88 :げらっち
2022/11/10(木) 23:02:52

気がつくと私は、河原に佇んでいた。
ガールズレインボーの変身は解けていた。

セカイは、成仏できたのだろうか?
いや、成仏ではない。仏になったわけではない。仏教徒以外の自殺者も多く居ただろうし。

セカイは、世界に帰還したのだ。

さて、私の前には川が流れている。
幅は学校のプールくらいだ。さらさらと、静かに水が流れている。水は透き通っているけど、底は見えない。
この場全体に白い靄がかかっている。空気が冷たく、澄んでいる。

これが三途の川だろうか?
あの世とこの世を、
此岸と彼岸を、
世界とセカイを隔てる川だろうか?

ここが霊道だろうか?

つながる世界ごとに個々の霊道があると考えれば、この道が私のよく知っている死生観を表したものであることにも説明がつく。

じゃあこの川を渡れば、現世に帰れるのかな。
早く渡らなくちゃ。
私は足を踏み出した。ジャリっと、靴底が小石を踏んだ。

ここは「賽の河原」だ。

霧がすうっと晴れた。
河原にうずくまって居た者を見て、私は驚いた。でもそれは、心臓が震えるような嫌な驚愕ではなく、また会えたことへの、心が解放される感激だった。

「生まれてきたんだね。」

河原に屈みこんで、小石を積んでいる、赤ん坊が居た。
真っ白い身体に、真っ白い毛並み。静かに石を、積み上げている。

「一つ積んでは母のため、二つ積んでは母のため。」

赤ちゃんはつぶやいていた。稚児が喋っていること自体が有り得ないが、今はそれは自然な情景に思えた。

私は、ゆっくりと、その赤子に近付いた。
私の、子供。
私は言い直した。

「これから生まれ直すんだね。」

子は顔を上げ、真っ青な瞳で、私を見上げた。
乳児とは思えない、固い意志を持った表情で。

「うん。救ってくれてありがとう。一度あなたの一部に戻る。また会う日までさようなら。」

そう一気に言い終えると、彼女は光になった。
娘は私の魔力から生まれた。魔力の姿に戻り、私の体に帰り、私の遺伝子にしまわれる。
光は私の目から私に入った。それだけでリリは私の一部に戻った。

「さあ、帰りましょう。」

私は川に、足を踏み入れた。
トプンと水底に足が付いた。意外と浅かった。水の流れもやさしく、苦にならない。
私は川を進んでいく。靴が浸水し、靴下が濡れた感覚がするが、不快ではなく、空気が入っただけのように感じる。

半ばまで渡ると、何か、気になった。

あっちに、忘れ物をしているような。

私はくるんと、上半身を反転させ、彼岸を見た。


私は今度こそ驚いた。心臓が震えるような嫌な驚愕だった。

子供が、こっちを見て、手招きしていた。
しかしこっちを見ているのか定かでなかった。目の代わりにぽっかりと2つの穴の開いていたから。
節穴のような眼球の跡地は、失明し目が溶け出した時のリリ以上に、視覚情報を得られそうになかった。
その少年は笑みを浮かべていたが、笑ってはいなかった。そしてその金髪は、ひなたに似ていた。

どうやら引き返す必要が、ありそうだ。

[返信][編集]

89 :やっきー
2022/11/13(日) 03:28:24

《蘭視点》

「あなたは、だれ」

 女性にしては、年齢にしては、高過ぎずむしろやや低く心地のいい声がぼんやりとした意識の中に吸い込まれていく。
 目を閉じていたのか開いていたのかはわからないが、おれは目を開けて彼女を見た。彼女はその言葉をおれに向けて言ったわけではない。彼女の目はおれに向いていない。おれに気づいているのかすら、わからない。

「こんばんは、初めまして。ボクはラプラスだよ」

 日向と対面している彼、ラプラスはおれに気づいた。しかしこちらもおれを見ているのかどうかはわからない。それを知るための道具、眼球は綺麗に無くなっていた。周囲の肉がえぐれていることはなく、くり抜かれたように眼球だけが失せていた。
 おれはここ、[霊道]に来たのは初めてではない。数は少ないが初めてではない。だがあんなやつは初めて見た。金髪の少年。身につけている服はなぜか認識しづらく、ただ左手に黒手袋をつけていることだけ確認できた。
「蘭」
 日向がおれを見た。
「おかえり」
 ただいま、と返す前に日向はラプラスの方を向いてしまった。振り向いた日向の顔に微かな笑みが残留していたことが妙に脳裏に焼き付いている。そうか、日向もラプラスの存在は知らないんだ。おれはそう察した。
「今日は珍しいお客さんが多いなぁ」
 その声を聞いた瞬間、ぞくっと背筋に悪寒が走った。その次に頭が疑問符に覆われる。日向は気づいてない、のか? 日向は家族を、カゾクを大切にしようとする。もし気づいていたら笑みなんて浮かべないはずなんだ。気を取られている。未知の存在に気を取られている。好奇心に侵されている。だけどおれは気づいてしまった。

 ラプラスの声は、花園朝日――日向の弟の声とよく似ている。

 ああ、そうだ、気づいてみたら確かにそうだ。身長はラプラスの方がかなり高いが、くるくるの癖毛や顔立ちが酷似している。おれが知っている朝日くんをそのまま大きくしたみたいだ。なにが起こっている? 朝日くんのドッペルゲンガーだろうか、いやいやまさか。しかしここは[霊道]だ。世界の中でも有数の『なんでもありの場所』だ。頭から否定はできない。でも。

 違う、と。頭の中で。『誰か』が言っている。

 あれは花園朝日だと。花園朝日、本人だと。

「ああ……」
 無意識に声が漏れた。
 なぜなのかはわからない。いつから朝日くんはここにいたのか。どうして朝日くんが『神』になったのか。なぜなのか、わからない。ただわかることは。
 おれはこのとき、近い未来を予知した。神ではない人間としての想像力で時代の終着点を見つけ出した。
 その決定してしまった未来に、気づいてしまった決定に、思いを馳せている時間はそんなになかった。おれは後ろを見た。日向から目をそらすためか、単にソレを見るためだけか。どちらだろうか。
「ルル」
 ソレを見た。ソレを呼んだ。奇抜な七色の衣装は脱がれている。特徴のない平々凡々な容姿の、到底神には見えない黒髪の女。ここはおれたちの、日向の世界のはずなんだが、どうしてルルがいるんだ?
 まさかラプラスが呼んだのか?
「そうだよ」
 ラプラスはおれの心を読んだ。
「ボクは皆を愛している。それが神としての役目だもの」
 神はにこりと笑った。ようやく日向がまともにおれを見た。
「蘭」
 もう笑みの欠片は粉々に砕かれて散ってしまっていた。ゆっくりラプラスの顔を見て、もう一度おれを見て、嗚呼、気づいてしまったのか、日向は泣きそうな顔でおれを見た。もしかしたら日向はラプラスが朝日くんであることに気づかないようにしていたのかもしれない。おれというきっかけによって、明確に意識に植え付けられてしまったのかもな。朝日くんが神になることを。『日向のせいで』。
「なんで」
 日向が問う。救いを求めるように。
「さあ?」
 神は意地悪そうに微笑んだ。
「帰り方、わからないでしょう? さっきの川、変に渡ると死んじゃうよ。ボクはラプラス。[霊道]の案内人。ボクは案内人として神として、君たちを愛し、元の世界の元いた場所に返してあげよう。ね、悪くない話でしょ? ここをよく知らない君たちは、運が良くなかったら永遠に神隠しに遭ったままだよ」
 神はパチンと手を打った。
「はい決定。あ、安心してよ。[霊道]は全ての世界に通じている。君も安全に送り届けてあげるから。
 ね、なにか挨拶でもする? 挨拶って大事だよ。不可思議なセカイを共に渡った関係だもんね。別れの挨拶でもどう? どう?」
 あどけなく神はおれたちに勧める。話すことなんてないんだけどな。神の様子からしてなにかは話さないと解放してもらえなさそうだ。

[返信][編集]

90 :やっきー
2022/11/13(日) 03:28:44

「あー」
 意味もなくうめいて頭を掻いた。
 こういうときはなんと言うべきなのかをおれは知らない。無い経験を思い出そうとしても無いものは無い。
 別れの挨拶なんていままでほとんどして来なかった。それだって「じゃあな」くらいだ。あれ、「じゃあな」で済ませていいんじゃないか?
 そんなふうに悩んでいると、ルルがおれに手を差し出した。
「握手ですぅ!」
 なるほどこの場の最適解は握手なのか。おれは素直に応じた。
 ルルの手を小さな力で握る。硬い手だ。歳を重ねるごとに皮膚は固くなる。そういえばルルは見た目だけは年上だったか。見下してばかりいたから忘れていたな。
 思えば自分から他者に触れることなんていつぶりだろう。肩を叩くくらいなら掴むくらいなら記憶にあるが。『触れる』と表現するに相応しい触れ方をすることはあまりないかもしれないな。

 人を愛することはやめた。そのはずだ。現にいまもルルを愛しているとは言えない。気を許しているということもない。人間としても、神としても。いや、いまのおれは神ではないんだが。
 その反面ルルを少しばかりは気に入った……たぶん。らしくないと言えばそうだ。そしてこれはきっと一時の感情だ。もしも今後もう一度ルルと会うことがあったとしても、少なくともいまと同じ感情でルルに笑みを向けることはないだろう。
 嗚呼、だけど。
「会えてよかった」
 それは起こるかどうかわからない未来の話であって、あくまでもしもの話であって、現在の話ではない。おれはルルに笑みを向けた。ルルは意外そうに笑った。
「カラスが鳴いたら帰りましょ!」
 突然なにを言い出すんだこいつは。おれは表情筋が動いて自分の顔から笑みが消えていくのを自覚した。でもルルは笑っていた。
 人を愛することはやめたはずだ。ルルを愛しているわけではない。これは愛情ではない。
 ただ、笑うルルを美しいと思った。人間としてではなく神として。東蘭ではなくヘリアンダーとして。人を愛する気にはならない。『あんな思い』はもうこりごりだ。それでもなにかを美しいと思う感性までなくした記憶はない。それだけだ。

 気づいたらおれは、無意識に、無自覚に、霊道を歩いていた。ラプラスがいた霊道に続く小道。真っ白で真っ黒な細道。歩いていることに気づいてもなおおれの足は歩みを止めなかった。おれはそれをぼうっと眺めている。
 うっすらと青が見えてきた。ぼんやりと緑が浮かんできた。草の上に寝転がる少年少女。幼児幼女と言った方が適切かもしれない。とにかく小さな子供が寝ていた。おれはそのうちの一人に近づいた。水彩画の中に進んでいく。

 おれはパチリと目を開けた。さあっと吹いていく涼しい風、さわさわと鳴く山の木々、橙色に焼かれた夕空。当たり前の風景がやけに新鮮に感じる。さっきまでの身体に違和感があったわけではないが、身体と魂が驚くほどに馴染んでいる気がする。言葉にしにくいこの感覚に、世界に帰ってきたのだと実感できた。ルルの姿はどこにもない。
 横を見ると、日向が横たわっていた。長いまつ毛に縁取られた目はかたく閉じられている。まだ目覚めそうにないな。
「夢だったのか?」
 まだ覚醒し切っていない意識の中、呟く。ふと視線を落とし、破れた服の袖を見た。
「違うのか」
 そう思った途端、手にルルの手の感触が戻ってきた。
「本当に起こったことなのか」
 起き上がろうかとも思ったがだるくて体を起こせない。まだいいか。せめて日向が起きるまでは、寝ていよう。
「……う」
 そう思った直後日向が唸った。顔を向けて日向を見る。日向の目はまだ閉じられているが表情が変わっている。いつもの無表情が崩れて苦しげに歪み、汗を流している。
 異常事態だ。すぐに理解した。
「日向!?」
 体がだるいとかそんなことを言っている場合じゃない。おれは慌てて飛び起きた。
「どうした? 日向!」
「蘭……」
 日向は唐突に覚醒した。むくりと体を起こし、おれに向かって手を伸ばす。
「朝日」
 日向にしては大きな声で、日向は弟の名を呼んだ。
「朝日が」
 服を掴まれた。強い力で引き寄せられる。おれは逆らうことなく体を委ねた。
「まただ」
「うん」
「また私のせいで」
「うん」
「朝日は」
「……わかってる」
 なにがどうなってどういう理由で成長した朝日くんがあそこにいたのかはわからない。
「出来る限りのことをしよう。日向が望むならさ」
 おれは日向の望む未来のためだけにここにいるから。
「おれは日向の味方だから」

 日向からはとっくにセカイでの記憶は頭の奥底にある箱に片付けられているように思う。
 そしてきっと、おれもそうだ。

 変な夢でも見た気分だ。

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91 :げらっち
2022/11/15(火) 02:29:32

【瑠璃】


セカイから出て。霊道から出て。私はようやく、使命を終えた。
長いパラドクスの旅、未来の先取りから解放されて、母の体に戻った。
しばらくは、あなたの中に居候させてもらうねお母さん。

いいよ。もう一度あなたを産むその日まで。
一緒に居ようねリリ。
五感を、思考を、痛覚を、快悦を、罪悪を、記憶を、運命を、共有しよう。


私は世界に帰った。

「ただいま。」

ただいま。私の世界。
神が帰りましたよ。おかえりくらい言ったらどうなの?

でも、その世界は様変わりしていた。

一面が真っ赤に塗られていた。足元から地平迄、全て赤。
空だけは真っ青で、目がチカチカした。
私は2本の足で、赤い地を踏みしめていた。周りを見渡す。辺りには誰も居ない。音さえも無い。温度はしない。

なんだろう。

まさか、という疑念が頭の中をよぎった。
それは遺伝子に同棲するリリの声。

あなたが留守の間に、世界を襲うものがあったんじゃない?
神であるあなたがセカイに囚われている間に、鬼の居ぬ間の征服を行おうとする者が居ても、不思議ではないでしょ。
どのくらいの間、世界を離れていたのかさえも、わからない。
下手をしたら、何億年もの時が経っていて、人類は滅んでしまったのかもよ。

そんなはずはない、と私は心で呟く。

「……誰がこんなことを?」

「キミダヨー。キミダヨー。」
私はビクッとした。驚くと同時に、人の声が聞こえたことに、感激した。
でもよく聞けば、それは人の声ではなかった。人のような、人には出せない声だった。どちらかといえば機械に近いような。

カラフルなオウムが、バサバサと飛んできた。
「ハロー。ボクハチャイムチャン。」

「チャイムちゃん?」

オウムのチャイムは喋った。人真似ではない、自身の言葉を。
「ネジフリハ死ヌチョクゼンニ、ボクヲアトツギニ任命シタ。ボクハ3代目ノキャスガーディアン。キミノ守護者デ、後見人ダヨ。」
キャスガーディアンという言葉には聞き覚えがある。
でも、後見人という言葉はわからない。

「後見人?」

頭の中のリリが言う。
後見人というのは、障害者など判断能力の無い人にかわって、財産を管理する役職のこと。
でもこの場合は何を管理するのかな?あなたに財産なんて無いでしょ。

余計なお世話ですぅ!

「マアマア。ソレヨリモ、コノ世界。赤クソメタノハ、キミダヨー。キミダヨー。」

「どういうこと!?全く身に覚えが無いんだけど。」
言葉が無断外出した。リリがマイクを奪った。
ちょっとりーちゃん!あくまでも私の身体なんだけど!

「キミノ精神ハホカノセカイニイッテイタ。ソノ間、キミノニクタイハ赤ノ巨人トナリ、セカイヲ汚染シタ。」
チャイムは私の頭くらいの高さをホバリングしながら話す。
「キミハ邪神ニオチタンダヨ。デモ、元・神ガキミヲモトニモドシタ。同時ニ神ノ座モ奪還サレタ。」

「別に、それはいい。」とリリ。「神のバッジなんてどぶにでも捨ててやる。でもあなたがキャスガーディアンだとしたら、職権濫用だ。ガーディアンは支援員でしかない。キャスストーンの上にも下にも位置しない。」

何が何だかさっぱりですぅ。
オウムは「サア」ととぼけた。

「兎ニモ角ニモ、今後ハボクガキミタチノ“魔力”ヲ管理スル。魔力ノバランスガ崩レタ時、再ビセカイハ赤ク塗リツブサレル。オボエテオケ、“瑠璃”。」

そしてオウムは飛んで行った。

「気を付けて、ルル。」
リリは私にマイクを返した。
「ありがとう。そうする。」

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92 :げらっち
2022/11/15(火) 03:46:35

世界に、冬が来た。

ルルはマフラーにコートという完全防備で、級友の須良弥吏、為川漿果と共に商店街を歩いていた。
弥吏は一度神隠しにあったが、ラプラスによって霊道から帰して貰ったのだった。

「もうすぐクリスマスですね!ルルさんは何貰うんですか!?」
「bakaseka全巻ほしいです!」
「あー私も!!」
そんな話をしながら歩いていると、向こうから、中学生くらいの男女が歩いてきた。お揃いのマフラーを付けている。
ルルはその姿を見て、つい立ち止まってしまった。

「もうすぐクリスマスだね!ケンタッキー食べてかない?」
「え、コインランドリー行くのか?」
「それはきっと、センタッキーフライドチキンだよ!」
「あはは!バレたか!」

「うわ激寒ですぅ!」ルルはついそう口走ってしまった。
しかし仲睦まじい2人は、そんなルルには目もくれず、すれ違って行った。
ルルは振り返り、その後ろ姿を目で追った。
「どうしたのるるち?」と弥吏。

ルルは、2人の名を、知っている気がした。
「霞月さん?奏芽さん?」

2人は、ちらりと振り返った。
一瞬、ルルと2人の目が合った。
しかし2人は、また前方に視線を戻し、何かおかしそうに話しながら、歩いて行ってしまうのだった。

「他人の空似って怖いですね……」
ルルも自分の進行方向へ、歩き出す。すると。
「うわ!!!」

金髪に青眼の少女の姿があった。
同じく金髪に、オレンジのグラデーションがかかった少年と、並んで歩いていた。

「Hey,Orchid let's eat the roasted pork and go home!!」

少女はペラペラの英語を喋り、ルルには目もくれずに通り過ぎて行った。
「他人の空似って怖すぎですううう!!!」

「うわぁ、綺麗な外人さんですね……」と漿果。

ちらちらと、寒い空気に、氷の花びらが舞い出した。

「あ、雪ですぅ!」

ルルは雪を見るたび、リリを思い出した。
雲を見るたび、空を見るたび、鏡を見るたび、夢を見るたび思い出した。
最近は遺伝子の奥底に眠り、口を挟まなくなったリリ。
また会える日が、楽しみだった。





つづく

[返信][編集]

93 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:34:10

Sven's memory
〜装飾品はそんなに興味無いんだよね〜

《注意》
※この番外編はバカセカ本編のネタバレを含みます。
※書き直し後の設定を採用しているため、本編とは設定が異なる部分があります。変わっているところはネタバレ防止のため番外編投稿後にとうめいで詳細を投稿します。
※ダークなことは書いてないので安心してお読みください。

[返信][編集]

94 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:35:26

『スヴェンへ』

 そう書かれた封筒を係の人から受け取って、わたしは自分の部屋に戻った。淡い黄色の封筒。わたしはもっと鮮やかな黄色が好きなんだけど、鮮やかな色の封筒はなかなか手に入らないらしい。まあ、わたしが一番好きな黄色は世界中どこを探しても一つしか存在しないから、別にいいんだけどね。どんな黄色も金には劣る。
「今日はなにが書いてるのかなー?」
 自室に入り、後ろ向きにベッドにダイブしながら弾んだ声で呟く。手紙は嫌いじゃない。家族からのものなら尚更だ。家族から離れて暮らしているいま、家族のことを知れる情報源は手紙しかない。みんな元気にしてるかな?
 わくわくしながら手紙を開いている途中で、ふわぁとあくびが出た。今の時刻は午前五時。早起きするために昨日は早めに寝たけど眠いものは眠い。さっき起きたばかりだし。でも仕方ない。この時間――起きてる人が少ない時間じゃないと手紙を誰かに見られるかもしれないから。そうなると、ちょっと困る。寮生活は常に人目があるから少しストレスが溜まりやすい。

 白い便箋を取り出して『スヴェンへ』という言葉で始まる綴られた文字を目で追いかける。わたしの出身国[ナームンフォンギ]は放牧国家で文化は遅れ気味だけど、文字は発達してる。自分の国の歴史なんて興味ないから詳しいことは知らない。いま生きてる。それだけで十分じゃない?
「お、これはにいじゃからのだな」
 文字の癖と文章の特徴からにいじゃの書いた手紙だと推測する。先に文字の最後尾に目をやると、『兄より』と書いてあった。やっぱりね。
 自分の観察力に満足してにやにやしつつ、今度こそ手紙を読み始める。
『先日は手紙の返事をありがとう。家族全員で読んだよ。父さんと母さんは相変わらずだけど、その反面スヴェンからの手紙を楽しみにしてるみたいだ。いつか仲直りしろよ!』
「やだよー、わたし悪いことしてないもん」
 思わず呟く。手紙と会話なんて変人じゃないか。誰も聞いてないんだし、いいよね。
 わたしはママとパパと仲が悪い。その理由はバケガクへの入学。わたしがバケガクへ入学したいと言ったとき家族に大反対されて、特に反対したのがパパとママだった。理由は世間からのバケガクの評価があまりにも悪いから。
 バケガクは世界中の教育機関の中でも群を抜いて、色んな意味で大きな学園だ。面積しかり、知名度しかり。教育体制も整っていて、かなり珍しい多種族に対応した教育機関。なのに世間からは『最悪』の評価を受けている。それがよくわかるのが、[聖サルヴァツィオーネ学園]につけられた別名。呼称とも言うのかな。本当、びっくりするくらい評価は悪い。入ってみるといい学園だけど。学校行事で死者が出たりするからそれもあるのかな。
 バケモノ学園、略してバケガク。バケガク生徒は一人として漏れずにバケモノだ。つまりわたしもバケモノということになる。パパとママはそれを許さなかった。娘がバケモノというレッテルを貼られることが耐えられなかったみたい。そのワケがわたしへの心配の念からだったから、それは嬉しいと言えば嬉しかった。
 でも、わたしはどうしてもバケガクに入学したかった。しなければならなかった。

 わたしは机の引き出しに手を掛けた。肌身離さず持っている鍵穴に鍵を入れて、カチリと開ける。ドキンドキンと鳴る心臓を握りながら、その鼓動を感じながら、そろそろと引き出しを引いた。中に入っている古ぼけた新聞。新しくなくなった、ただのブン。くしゃくしゃになったブン。
 これを毎朝見ないと一日が始まった気がしないんだよね。でも持ち歩けないから、《森探索》とか《サバイバル》とか、数日寮に戻って来れない時は本調子が出ない。失くしたり破れたりしたらもう生きていけない。仕方ないから鍵を持ち歩いてる。気休め程度の、お守りみたいなものかな。
 鍵を置いて、両手で広げたブンを持つ。

 そして、そのまま新聞に頭を突っ込んだ。破けないように気をつけながら、でも少し強く。クシャァと、か弱い悲鳴をあげてすぐに大人しくなった。
「すー……はー……すー……はー……」
 薄くなったインクの匂い。柔らかな紙の感触。それから、これと初めて出会ったときの高揚感。

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95 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:37:02

『おーい、新聞読むか?』
 毎日国中を家ごと歩き回っているわたしたちは新聞が手に入ることは滅多にない。たまに地面に落ちていたり新聞売りから買ったりして手に入れる。毎日はちょっと厳しい。だから仕入れる情報は大半が遅れたものだ。
『読む読む!』
 その日はにいじゃが行きずりの人から新聞を譲ってもらって来た。よその国のことに興味があるわけじゃないけど、少し退屈な日常のほどよい刺激になる。なのでわたしは、わたしたち家族は新聞が手に入ると全員なんとなく目を通していた。
 こうしてわたしは貴女と出会った。

『キャアアアアッ』

 しばらく新聞を読んでいると、叫んでしまった。小さく。新聞を持って来てくれたにいじゃもわたしが新聞を読んでいるうちにどこかに行っていた。だからわたしの叫びは誰も聞いていなかった。それでも念の為周囲を確認した。わたしはいわゆる大家族で、いないと思ってもいつもそばには誰かいる。幸いそのときは誰もいなかった。あとから知った。外でちょうど雨が降っていて貴重な水分を確保するために全員家から出ていたんだって。わたしは新聞を読んでいたから声を掛けられなかったんだ。気が利くじゃんって思ったっけな。
 わたしは再度目を落とした。無論新聞に。大きく書かれた見出しを見て、細々と記された文字を見て、印刷された絵を見て、自分が歓喜に抱擁されているのを感じた。快楽にも似たあの高揚を、わたしは一生忘れることはないだろう。

『《白眼の親殺し》』
『呪われた白眼の子』
『清い[大陸ファースト]に生まれた〈呪われた民〉』
『花園日向』

 流れる涙をそっと拭いながら、わたしはその文言たちを拾い上げた。そうか、いま、貴女は花園日向という名前を与えられ、その名前で暮らしているのね。
『やっと見つけた』
 記事には花園日向に関する情報がたくさん載っていた。花園家のこと、家族構成、花園日向の通う学園。そうか、[聖サルヴァツィオーネ学園]に行けば花園日向に会えるのか。『いまはそんな名前で呼ばれているんだ』。 
 こうしちゃいられない。一刻も早く[聖サルヴァツィオーネ学園]に、[バケガク]に行かないと!

 家族にこの気持ちを訴えると、猛反対を喰らった。意外だった。意外ではなかった。学びたいという感情を否定されるとは思わなかった。入学を反対されるのは初めてではなかった。

 アナタタチの意見なんて聞いていないんだけど?

『どうしてわざわざバケガクに行きたいんだい?』
『他の学校は学費が心配なの? 確かにあそこは在学中にかかる費用がほとんど免除されるって話だけど』
『そんなの俺たちでなんとかするさ! いままで必要なかったからしてなかっただけで、やろうと思えば出稼ぎにだって行けるし!』
『そうだよねえじゃ。こわいところにいかないでよぉ……』
『スヴェン、考え直しなさい。バケモノが蔓延るあの場所では、毎年死者だって出ているって話よ?』

『あなたのことが心配なの』

 みんな、口を揃えて心配だと言った。
 でも。
『やだ!!』
 折れるわけにはいかなかった。わたしにはわたしの正義がある。わたしはわたしが一番正しいという意識があった。
『わたしはバケガクに行くの! 邪魔しないで!!』
『スヴェン!』
 パパの怒鳴り声。負けるもんかとさらに声を張り上げた。
『別にいいよ! 勝手に出ていくからーっ!!』
『待ちなさいスヴェン!』
 ママの静止の声を無視して目をやると、兄弟姉妹たちがわたしのほうきを隠そうとしているのが見えた。そんなのなくたって、空くらい飛べますよーだ。
『スヴェン、どうしたのよ! らしくないわ』
 悲しそうなねえじゃの声に一瞬だけ時間を止められたけど、次の瞬間わたしの足は動いていた。
『待て!』
『待つわけないでしょ!』
 わたしは新聞を掴んで外に出た。雨が降っていた。空までわたしを止めていた。嗚呼、貴女もわたしに来るなと言うのですか? そんなの無駄です。わたしは貴女に仕えたい。
 わたしは風使い。雨を弾いて新聞が濡れるのを防ぐ。そのとき新聞に一枚の厚い紙が挟まっていることに気づいた。いや、これは封筒?

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96 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:37:36

 それはバケガクの『案内状』だった。なぜ、いつのまに、どうやって。そんな無数の疑問符を払い除けてわたしの思考の中央に堂々と腰を休めたのは。
『これでバケガクに入学できる』
 弧を描いた唇で、空気を振動させた。
『スヴェン!』
『待って!』
 後ろから声が聞こえてくる。雨の中、構わず両親がやって来る。わたしたちは雨が嫌いじゃない。雨に打たれるのは嫌いじゃない。わたしも雨は嫌いじゃない。
 わたしの邪魔をするなら、あなたたちは嫌い。
『これ、もらっていくね』
 立ち止まって、振り返って、新聞を掲げて呟いた。走って来る兄弟姉妹が猛烈な雨に掻き消される。向こうからもそれは同じはず。それでも彼らはわたしを見失わずに駆けてくる。愛されてるなぁ、わたしは。さっきよりも雨が強くなった。髪はもうびちゃびちゃだし、着ていた伝統衣装は皮膚にぺったり張り付いている。靴の中にも雨が侵入してぐちゅぐちゅだ。

 水の礫が皮膚を打つ。髪から水が垂れてくる。目から水が落ちた。涙みたい。なんか、やだな。
 悲しいくらい、悲しくない。愛する家族との別れが。
 当然だ。だって奴らは家族じゃない。わたしの家族はたった一人だけ。わたしは貴女だけを愛してる。わたしは貴女の信者。

 バケモノだと認めさせれば、あなたたちも納得する? 納得させる義理もないけどこれまで育ててもらったからほんの少しの情はある。だからわたしは別れの笑みを浮かべた。
『ばいばい、家族』
 どういう顔をすれば狂気を感じさせられるのか。知ってるよ。たくさん経験してるから。
 わたしは天に穴を開けた。強力な風魔法、に見せかけた他のマホウ。雨は上がった。晴天がわたしに微笑みかける。空に空いた巨大な円形から差す陽光が、天使の梯子が、きっとわたしを神々しく見せていることだろう。これで認めた? わたしはバケモノ。この世に存在するには、少しおかしな存在。
 ふわ、と浮かんで雲の上へ飛び立った。滴る雫が乾いた大地に触れる。穴が空いているところ以外は当然雨が降っている。でも雲の上は晴れている。当たり前。太陽の光をいっぱいに受けながら、ゆっくり前進する。そのとき気づいた。

 あ。バケガクの位置ちゃんと知らない。

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97 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:37:53

 ドンドンドン!

「おーい、朝だぞー」
 乱暴に叩かれる扉の音に、肩が大きく跳ねる。バッと時計に目を向けるとなんと針は七時を超えていた。
「えっ、嘘! 二時間経ってるの?」
 慌てて身支度を済ませて、『スヴェン』の名前を机の上に置き、ガサツに扉を開ける。顔にインクが着いているといけないので洗面だけはしっかり行った。青色のリボンは歩きながら着けよう。
「ごめん時間見てなかったー!」
「いや、急かしておいてなんだがそこまで急ぐ必要はないぞ?」
「遅刻はしないけど日向に会えなくなっちゃうじゃない!」
「まぁな」
 そんなやり取りをしながら売店のパンを手渡されたのでありがたくいただく。
「いただきまー」
 毎朝のクリームパン。口の中の水分が無くなっていくけど文句は言えない。かぶりつくと最後の『す』の音が消えた。
「むぐむぐ……そういえば」
 ごくんとパンを飲み込んで、挨拶をする。
「おはよう、蘭」
「ああ、確かに言ってなかったな。おはよう」
「お茶取って」
「はいはい」
 蘭がわたしの手提げ鞄を漁って水筒を出す。蘭は人によって対応にかなり差がある。面白いくらいに。幼く可愛らしい童顔のせいで無害だと思って話しかけて来た他人にはツンツンした態度をとる。間近で何度も見てきた。ツンツンしてるし、なんなら暴言を吐くこともある。社交性の欠片も備わっていない――社会性も怪しいかな――蘭を冷たい人だと思う人は多い。
 でもわたしたちには優しいんだよね。蘭は本質的には優しい人だ。ただ、他人に心を開かないだけ。

「あれ、髪切った?」
 わたしは蘭を見て思ったことを言った。クリームパンはあと一口で食べ終わる。
 蘭の金から橙のグラデーションの髪がちょこーっとだけ短くなっている。
「よくわかったな。いつものことながら」
 女性は見た目の変化に気づかれると喜ぶ人が多いけど、男性はそうでもないらしい? 蘭の赤みの強い橙色の瞳に浮かぶ感情に、特に変化はなかった。いや、どうなんだろ。ただ蘭がそういう人ってだけかもな。わたしは気づかれると嬉しい。
「よく見てるでしょ」
 にこっと笑ってみせると、蘭もつられたように笑った。パンは全部お腹の中だ。
「首元乱れてるぞ」
「えっ、ほんと?」
 蘭は「ん」と言って寮の玄関に設置されている大鏡を指した。あれで確認しろってことか。
 小走りで鏡の前に立って襟を確認する。
「あちゃあ、本当だ」
 焦って着たからだな、もう! 早く行かないとなのに!
 乱れを正して、ついでに青色のリボンをつける。チラッと蘭のネクタイを確認した。ネクタイって難しいし、指摘された仕返しをしてやろうと思った。でも蘭の青色のネクタイはビシッと整えられていた。ちぇー。

 急がないといけない。でももう間に合わないやって気持ちもある。一度鏡を見てしまうと髪をいじってしまうのは女子の性だ。わたしは手で寝癖を直し始めた。
 桜色の髪も、銀灰色の瞳も割と気に入ってるんだよね。わたしって結構かわいいと思う。ナルシストみたいだな、いやいやそんなんじゃない。肌荒れもそばかすもないし、そんなに、そんなに太ってないし、小柄だし顔だって中の上くらいだ。上の上の顔に囲まれているから劣って見えるだけ。
 自分の体にもうちょっと痩せてくれないかななんて文句を言いつつ鏡から離れる。振り向いて蘭を見てなんとなく言ってみた。
「蘭ってイケメンだよね」
「はあ?」
 半分冗談半分本気の声が返ってきた。せっかく褒めたのに……。ま、蘭にとっての褒め言葉にはならないことは知ってるんだけど。

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98 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:38:15

「オハヨウゴザイマス」
 蘭が何か言おうとしたところにネイブがやってきた。腰の下くらいのところからキラキラとほのかに光る青い頭が見上げてくる。いつの間にこんな近くにいたんだろ。
 青い頭って比喩じゃなくて本当に青いんだよね。全身真っ青。なんていうんだっけ、ピクトグラム? そうそうあんな感じ。トイレのあれ。全体的に丸みを帯びたころころした姿をしているからかわいいマスコットとして扱われる。わたしもそう思ってる。実際はこのⅢグループ寮の職員さん。
「おはよー」
 わたしはネイブにそう返す。実はさっき会ってそのとき挨拶もしたんだけど、手紙をいつ受け取っているかは蘭にも内緒だから気づかれないように、ね。
「おはようございます」
 蘭は丁寧に挨拶を返した。育ちはいいよねー。育ち『は』。
「なんか言ったか?」
「別にー?」
 勘が鋭いな。怖い怖い。そんな顔で見ないでよ。
「キョウモナカガイイデスネ」
 ネイブはカクカクした声で言った。そう見えるんだね。悪くはないと自分でも思うよ。
「蘭はわたし以外に仲良い人いないからね。まあ仕方なく? 仲良くしてあげてるっていうかー?」
「へー。じゃあもう朝起こしに行ってやんねーからな」
「わああっ! それだけは勘弁すみませんでした!!」
 こんなやり取りを見てネイブは愉快そうな雰囲気を出した。愉快? ちょっと違うか。微笑ましそうにわたしたちを見てる。ネイブには目がないからほんとにそうかはわからないけど。
「イッテラッシャイマセ」
 ネイブがそう言って手を振ったので、わたしは右腕を大きく動かした。
「行ってきまーす!」

 Ⅲグループ寮の最寄りの馬車停に行って定期便に乗る。そこそこの広さがある馬車には満員ではないにしろたくさんの人が乗っていて、わたしたちが座るスペースはなかった。残念。
 ただ立っているだけというのはつまらない。目的地に着くまで時間もあるし。こういうときは窓から外の景色を眺める。
「あ。ねぇねぇ蘭。見て見て」
「ん?」
 蘭に声を掛けて、わたしは視界に映ったものを指した。
「[四季の木]。ちょっと赤くなってる気しない?」
「ほんとだ。もうそんな時期か。早いな」
「ねー。もうすぐで秋なんだね」
 色々変なものがあるバケガクの中でもわたしは特に[四季の木]が好き。四季折々の代表的な木をまとめたみたいなヘンテコ樹木。春には桜が咲いて、夏には新緑をつけて、秋にはもみじに変わって、冬には銀色の実を生らせる。
 ふふ、懐かしいな。わたしが初めてあれを見たのも、ちょうどこれくらいの季節だった気がする。もうちょっと気温は低かったかな。勢いで[ナームンフォンギ]を飛び出して、ほとんどなにも持たずにさまよって、道行く人にバケガクへの行き方を聞いて回って。大変だったけど楽しかった。
 やっと赤茶色の大木を見られたときは達成感に満ち溢れた。目を閉じればすぐに思い出せる。

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99 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:38:41

『ねえ、そこの藍色髪の子』
 バケガクは学園のくせにどこの大陸にも属さない一つの島だ。学園そのものが島なんだ。でもその島の中に学園としての敷地があって、そこの入口までなら部外者でも案外すんなりと入れる。学園の正門付近まで歩いて、偶然見かけた気弱そうな子に話し掛けた。ほうき通学の他の子はもっと正門に近いところで降りてたけど、その子は正門から離れたところを歩いてた。だから話しかけやすかったんだよね。そう。わたしがバケガクに到着したのは朝だった。
『は、は、はいっ!?』
 そんなに驚くかなぁと思いながらぶるぶる震える女の子に近づいた。幸い逃げられることはなかった。足はガクガクしてたけど。
『初めまして。ここの生徒さんだよね? わたしここに用があってさ。先生でも職員でも誰でもいいからさ、呼んできてくれない?』
『え、あ、あ、あの、あの、の、えと』
『名前なんていうの?』
『ひゃああっ!』
『……なんかごめんね。驚かせちゃって』
 だんだん面倒くさくなってきて、他の子にお願いするかーとその子から目を逸らした途端、その子が言った。
『わ、わ、わたし、ましろ、真白っていいます! せん、先生呼んできますので、あの、あの、せいもんのちかくでまっててくださいぃぃ!!』
 叫びながら真白は学園敷地内の校舎に向かって走って行った。おっそい速度で。そのときは不思議な子だなぁと思ってた。
 真白が連れて来たのは気の強そうな女性だった。見た目だけの判断だけど、第一印象から感じ悪くて今でもあんまり好きじゃないんだよね。ライカ先生。
『初めまして。この学園に入学したくて来ました』
 そう言いながら案内状を突きつけると、あいつは勝手にわたしの手から抜き取った。多分あいつからしたらわたしから『受け取った』って解釈なんだろうけど、断り文句の一つくらい言えばいいのに。揉めて入学が出来なくなったら嫌だから黙ってたけどさ!
 ライカ先生は不審そうな目でわたしを見て、溜め息混じりに言った。失礼な。
『入学式が春にあることくらい知ってるわよね? こんな中途半端な時期に来られても困るのだけど』
『あ、確かに』
 ついつい心の声が漏れて、ライカ先生の思うつぼになってしまった。ライカ先生がにやりと笑って言葉を続ける。
『せっかくお越しいただいて申し訳ないのですけれど、冬に出直して来てくださる?』
 そこでわたしはカチンときた。なにもそんな言い方をしなくてもいいだろう。腹立つな。校長、いや学園長との対面くらい検討してくれたっていいじゃない。その場でわたしの処遇を決められるほどあんたは偉いの?
『学園長と会わせて下さい。確かに中途半端な時期に来てしまいましたが、その中途半端な時期に案内状が届いたんです』
『そう。それは申し訳ないわ。ウチの学園長は人を振り回すことがお好きでね』
 向こうも半分意地になって、どうしてもわたしを中に入れたくないらしかった。けれどわたしだって引けない。地面にかじりついてでもここに留まって、いつか学園長本人が出てくるまで待ってやろうと思った。雨でも雪でも槍でも矢でもなんでも来い。
 その必要はなかった。

『私を呼んだかい?』

 大柄な女が頭上から見下ろしてきた。見上げると、薄気味悪い笑みを浮かべていた。相変わらずだな、そう思った。
『学園長!』
 ライカ先生は慌てて姿勢を正し、にこにこと笑ってみせた。
『この子、学園に入学したくてはるばる来たそうです。では私は授業がありますのでー』
 後味悪そうにライカ先生が去ると、学園長はやれやれと肩を竦めた。そして改めてわたしを見て、嬉しそうに黒い目を細める。
『おやおや……おやおやおや、これは』
『親は連れて来てない。見たら分かるでしょ』
 わたしが冗談も混じえて言うと、学園長は笑いのバケツをひっくり返した。
『あっははは! 面白いね、君は』
 わたしを見下ろしていたせいで、学園長の長い黒髪が肩から垂れた。それを右手で雑に払うと、まるで飛び込んで来なさいとでも言いたげに両手を広げる。

『ようこそ、[聖サルヴァツィオーネ学園]へ。歓迎しよう。さあ、こちらへおいで』

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100 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:38:58

 最初にちょっとしたアクシデントはあったけど、ここまでは理想通りだ。わたしはやっとバケガクの敷地内に入ることが出来た。
 そのときにはすっかり生徒たちは登校し切っていたらしく、周りに誰もいなかった。遠くから聞こえる鐘の音が、やけに空々しく感じたことが、不思議と記憶に焼印として残っている。
『君はどこから来たんだい?』
『[ナームンフォンギ]から来ました』
 案内状を送ったのは他でもない学園長なんだから、そんなこと聞かなくてもわかるでしょうに。あ、あれか。会話で緊張をほぐそうとしているのか。それには感謝する。教師らしいとこあるじゃん。
 別に緊張なんて、してないけどね。
『へえ。随分遠くから来たんだね』
『そうなんですか?』
『ああ。大陸を一つ越えただろう?』
『そうだっけ?』
 学園長は苦笑いをした。
 仕方ないでしょ。通ってきた道なんて地理的には覚えてないって。
『これから学園長室に来てもらう。そこで手続きのための書類に色々記入をして欲しい。親の同意が無くても問題ないから、心配はしなくていい』
 手続きか。面倒臭そうだな。それでも。それで花園日向様に会えるのなら。
 自分の望みを叶えるためには時には苦労も必要だ。耐えられる。おっとよだれが。
『入学は新学期からだとして、寮には住めるんですか?』
 手続きのことよりもそっちの方が気になる。今のわたしは文化的な生活に不可欠な衣食住が全く補償されていない。服は数十日同じ服を着っぱなし。臭いは風魔法で誤魔化しているけどそろそろ厳しくなってきた、そのくらいには酷くなっている。洗濯出来るような綺麗な川も湖もすっかり少なくなっちゃってたからあんまり洗えなかったんだよね。食事も栄養バランスなんて気にしていられない程安定していない。住む場所だって、最近は野宿の連続だ。まあ、元々こんな感じの生活してたしあんまり苦痛ではないけど。でも補償されるのなら補償されたい。その方が便利だ。
 気づかれないようによだれを拭い、濡れた袖を隠しながら尋ねると、学園長があっけらかんと言ってのける。
『ああ。そちらに関しても問題ないよ。安心しなさい。入寮についても手続きが必要だが、それが済めば即日で住めるし、その手続きは優先して進めれば今日中に終えられる』
 ふむふむ、つまり全ての手続きは今日中に終わらない、と。学園長達の方でも確認とかがあるからかな。それとも『また増えたのか』。時代が進むごとに色々な必要事が増えて嫌になる。法律とか制度とか──どちらも同じようなものか──しがらみが増えて複雑化して。どんどん生きづらくなる。成程それはここでも同じなのね。

 ……んん、他にはどんなこと話したっけな。手続きもどんなこと書いたかそんなに覚えてない。あ、でも、あれだけはよく覚えてる。今思い出してもにやにやしちゃう。罪悪感が無いとは言わない。でもそれ以上に嬉しかった。仕方ないよね?
「おい、何ぼーっとしてんだ?」
 突然蘭に肩を叩かれた。ハッとして窓に意識の焦点を合わせると、目の前に赤々とした大木が佇んでいた。
「まだ寝ぼけてるのか? もう着いた。降りるぞ」
 馬車の中に人は殆ど残っていない。蘭は目的の馬車停に到着して他の皆が降りてもわたしが全然動かなかったから、心配? してくれて声を掛けたみたい。
「あはは。そうだね、寝ぼけてるのかも」
 時間を確認すると八時二十分。あー! 駄目だ。日向に会えるどころか早歩きで行って朝礼に間に合うくらいだ。教室が遠いよ!! くぅっ、鏡だ、鏡が悪いんだ! あんな場所に鏡があるのがいけない! もう一つ早い馬車に乗れていたら速い馬車だからギリギリ間に合ってたかもなのに!!
「はいはい、ほら行くぞ」
 地団駄を踏む勢いで自分と時計に憤っていると蘭がわたしの制服の襟を掴んだ。
「わわっ、暴力反対!」
「暴力じゃない!」

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101 :やっきー
2022/12/10(土) 19:40:08

 蘭に連行されて人でごった返す廊下を進み、教室に着いて蘭がわたしから離れると、何人かから話し掛けられた。
「スナタ、おはよー!」
「まーた彼氏と通学? はぁー、羨ましい限りだよ」
「もー、だからそんなんじゃないってば!!」
 ホントに違うのにほぼ毎日こんなことを言ってくる。恋愛とか興味無いんだよね。なんてったってわたしは一途だから。
 恋とか愛とかくだらない。友情なんかも面倒臭い。盲信すべきだ捧げるべきだ。平伏すことに意味がある。知らないなんて可哀想。知れないなんて可哀想。嗚呼でもわたしは同族嫌悪。きっとこのままの方がいいんだ。いいえ、絶対に。

 こちら側へ来たならば、わたしはあなた達を潰してあげる。

「ちょっとスナタ、なに怖い顔してるの? そんなに嫌だった?」
「え? あ、ううん! そんなことないよ。あれーまだ寝ぼけてるのかなぁ」
 利き手である左手でこめかみの辺りをぐりぐりと押す。よかった。目の前の子達は笑ってる。何も知らずに笑ってる。幸せそうに、お気楽そうに。いいよねあなた達は。わたしも幸せになりたいよ。はやく昼になれ!
「今日って午前座学だよね。ちょっと寝たら?」
「何言ってんの? 授業中に寝るとか良くないよ」
「スナタってそんなこと言う真面目キャラじゃないでしょっ」
 わたしは少しクスッと笑ってみた。
「そういえばそうだね。じゃあそうする」
 丁度昔を振り返りたい気分だったしねー。

 スナタ、スナタ。いい響き。
 別に、『スヴェン』を捨てたんじゃない。あれはあれで気に入ってる。スナタを名乗ったのは、ほんの出来心。
『この学園には色々なヒトが来る。勿論ヒト以外も』
 学園長はそう言った。色々なヒトってことは、何かの理由で偽名を使わないといけない人もいるってことだ。そう学園長が言い出した。何が言いたいんだろうってその時は思ってたな。わたしはそんなに勘が良い方じゃない。至って普通。至って一般的。そしてそれは学園長もよくわかっていたみたいですぐに言葉を付け足した。
『聖サルヴァツィオーネ学園はどんなバケモノでも受け入れる。在籍中の名前は本名である必要は無い。自分で好きな名前を決められるんだ』
 学園長はそんなことを言った。
 その日から、わたしの名前は『スヴェン』ではなく『スナタ』になった。ただそれだけで、わたしは名が変わった。スヴェンが嫌いだったわけじゃない。わたしはわたしがそれなりに好きだ。普通に好きだ。一般的な程よいナルシストだ。でも同時にわたしはスヴェンに重たい価値を付与していなかった。これはある種仕方の無いこと。名前が変わったことなんてこれが初めてでもない。自分の名前で遊んだり他人の名前で遊んだりしちゃいけないとか、苗字があるから偉いとかないから身分が低いとか、よくわかんない。名前なんて個体名なんて、肉体に付属するだけのアクセサリーだ。簡単に付け外し出来るものに意味も価値も存在しない。そんなものを見い出せない。
 大事にしようと思えない。生まれて初めての親からのプレゼントだけどわたしが望んだプレゼントでもないし、じゃあ親って何? 親だって何分の一かの確率で偶然『わたしの』親になっただけの人生の付属品。やはり価値は発見出来なかった。家族もそうだ、出会いもそうだ。全部全部くだらない。馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しい世界だ。
 わたしは欠片の躊躇もなくスヴェンを捨てた。後悔なんてない。他人から貰ったものよりも、自分で選んで手にしたものの方が大事にしようって思えるし。他人から貰ったって、好みじゃないことの方が多くない?

「いてっ」
「起きとけ」
「いたーい……」
「寝る方が悪い」
「むぅ」
 後頭部を小さく擦りながら蘭を睨む。何度も聞いた授業だもん。眠くなくても眠くなるって。
 ちら、と時計を見るとまだ一限目も終わってない。ガーン。気を失ってる間に昼休みになってたら良かったのに。いや、過去に思いを馳せてただけだから無理か。
 無性に日向に会いたい。日向日向日向。
「ねぇ、次の休み時間向こうに行くけど蘭も来る?」
 向こうっていうのは当然日向のいる教室。一人で行くとあいつに話し掛けられるから蘭に話し相手になってもらいたいんだよね。で、その隙にわたしは日向とイチャつく!!
「今は授業中だ」
「もう! 頭硬いな逆プリンのくせに!」
「あ?」
 今度は蘭が睨んできた。
「毛先じゃなくて頭頂部が金だから、逆プリン。毛先が黒だったら完璧だったのに中途はーんぱ」
 蘭は溜め息をついた。そして、くいっと教卓を指す。

 あ。先生がこっち見てる。こっっっわ。顔こっっわ。

Sven's memory【完】

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102 :ぶたの丸焼き
2022/12/10(土) 19:43:56

>変更した設定
①蘭の所属グループがⅢになった。(本編ではⅡ)
②スナタが広い交友関係を持っている。(本編での言及はありませんでしたが雑談スレでスナタには友達がいないと言ったことがある)

[返信][編集]

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