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┗193.『戦隊学園』制作スタジオ(181-200/850)
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182 :げらっち
2021/06/30(水) 18:41:10
第6・7話の完成は近い…
七海はリアルの私のようなひねたキャラに設定してあるので、勝てそうにない相手にどんどん喧嘩を売ってしまうのが書いてて楽しい。
学園物あるあるの「クラスで力を合わせる」「名前だけ判明する膨大なモブキャラ」「夕日が出てハッピーエンド」にならないよう気を付けてるつもり…
あとは、生徒同士が結構ガチで憎み合い殺し合ってるのがみそ
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183 :第6話 1
2021/07/01(木) 22:12:36
戦隊学園、5月のとある昼休み。
七海たちはB校舎3F・飲食スペースにて、4人で20個の菓子パンを平らげつつオチコボレンジャーの打ち合わせをしていた。
「ホームランジャー、ソウサクジャー。これで2pts。決勝進出にはあと8つの勝ち星が必要・・・。」滔々(とうとう)と話す七海。
楓が横槍を入れる。
「ここまで勝ち残れただけでも奇跡じゃね?」
その言葉は学園内の世論を的確に表していた。
学園通信は『最弱オチコボレンジャー、奇跡の快進撃! 2連勝!!』と大々的に書き立てた。あること無いこと何でもネタにするシンブンジャーのその記事によれば、戦-1の優勝予想にて、オチコボレンジャーは最下位200位から156位に大躍進したそうだ。
「弱そうな戦隊は大方初戦で敗退したみたいだし、ここからは厳しい戦いになるかも・・・って、聞いてる?」
豚之助は菓子パンでは飽き足らずどんぶりをかっ込み、楓と佐奈はデスクワークをしていた。
「七海ちゃん!戦歴(戦隊の歴史)の課題写させて!」
楓のノートは菓子パンがぼろぼろとこぼれて汚れているではないか。
「やだよ、べぇ。」
七海はあかんべーをした。
クラスの違うこのメンバー、昼休みや放課後の会合は楽しいひと時でもあるが。
「見せてくれないならバラしちゃうよ!公一君とのやらしい事!」
「ばか!」
波乱、佐奈と豚之助は一斉に七海を注視した。
「何?七海さんその反応は、何か隠してるでしょ。」
佐奈は丸眼鏡の下から七海を睨む。楓はしてやったりの表情だ。
七海は仕方なく話す。
「・・・キスだけだからね。しかもマスク越しで、あれノーカンだから。」
「ゴム付きってこと?」
「八つ裂きにするよ楓。」
ちなみに公一は深夜の忍術クラスの授業にそなえ寮で寝ている。
佐奈は「ふぅん・・・」とドライな反応を示し、豚之助はブヒブヒ鳴いた。
「ブヒー!七海ちゃんとちゅーしたかったブヒ!」
「だから、あれは違うんだって!!マスク越しだから、1stにはならないの!」
「ブヒブヒ!じゃあ七海ちゃんの1stは僕が貰うブヒ!いただきまーす!唇にちゅー!」
七海に襲い掛かる肥満体の豚、それを見て魂の抜けたような顔をする楓。今日の午後は平和だ。だがその平和が壊される。
「またチビって言った!もうオチコボレンジャー抜ける!」
ポニーテールを振り乱して席を立ったのは佐奈であった。立ち上がっても座っている七海の身長ほどしか無いのだが。
「ブヒ!?今チビって言ってなくない?」
「言ったよ言った!うちはこの耳でちゃんと聞きましたぁー。言ったよね、七海さん?」
七海はたらこ唇ですぐそこまで迫っている豚之助を蹴り飛ばして、
「くちびる、って言ったんだよ。佐奈のことじゃないよ。」
「え・・・でも確かにチビって聞こえたんだけど!うちが小学生の弟より身長低いからって、馬鹿にしてる!今のでチビって言われて1000回目です。もう抜けるから。豚之助なんかとは、同じ戦隊に居られない。」
佐奈はご丁寧にノートにチビと言われた回数を記録していた。
「貸して!」
七海はノートをひったくる。そこにはびっしりと正の字が書き綴られている。「こんなの書いてるからよくないの!」七海はそれをビリビリに破り捨てた。
「七海さん、豚之助の肩を持つの?」
ドスン、と揺れが走る。
「いい加減にして。佐奈も豚之助も、オチコボレンジャーの大事なメンバーだから。仲間割れはやめて。敵は他にいるでしょ?」
再び、ドスン。
「ねぇ七海ちゃん。喧嘩してる場合じゃ、ないみたいだよ・・・」
楓の言葉を聞き、七海は恐る恐る、振り向いた。窓の外に巨大な影が見えた。
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184 :2
2021/07/01(木) 22:15:21
戦隊学園の校庭は広い。
メイングラウンドは、東京ドームが四人兄弟だったとしてもすっぽり入るほどの広さだ。
そこに現れたのは5階建ての校舎に届くほどの巨人――いや、ロボットであった。
メイングラウンドを取り囲む5つの校舎の数多の窓から、生徒たちが身を乗り出し、このロボットの動きを見守っていた。
「すっごぉ!何してんだろ?」
七海たちも食堂の窓で寿司詰めになっていた。
「これは・・・」
迷彩柄の巨大ロボは関節を曲げたり、軽くジャンプしたりと人間そっくりの挙動をしていた。
「準備体操している。」
「ブヒ~!?」
巨大ロボの口から、人がスピーカーで話しているかのような声が発せられる。
『こちらアーミー電兵隊(でんぺいたい)。ジュウキマン!早く出て来い!どうぞ。』
するとグラウンドの向こう側から、5台の大型車両がメキメキと木をなぎ倒して走って来たではないか。
パワーショベル・ブルドーザー・オフロードダンプ・ミキサー車・クローラクレーンの5台だ。その全てが、規格外にデカい。
「でっか!」
「楓、あれ見たことあるよね。私たちが工学クラスのガレージに見学に行った時、整備されてたやつだよ!」
5台の重機は横一列に並んで止まる。
突然、校内一斉放送が流れた。
『レディース&ジェントルメーン!なんて、古い声かけは使いマセンよー!ジェンダーレス!心はレディーのジェントルメンも!見た目はボーイのガールズも!戦-1グランプリ注目の一番で御座いマス!実況はわたくし、配信戦隊ジッキョウジャーの実況者YUTA!』
「何これ。」
『片やアーミー電兵隊!既に7つの戦隊を下し、決勝進出待った無し!優勝予想2位に輝いた、エリートファイブの対抗馬デス!今回は満を持して、自作の巨大兵器・アーミーロボで勝負を挑む!その戦力や如何に?』
迷彩柄のロボは筋肉があるわけでもないのにマッスルポーズを取った。
校舎から歓声が湧き上がる。
『対するは建築戦隊ジュウキマン!力仕事はお手の物、古くなった男子寮を改築したのもこいつらデス!デザインジャーに発注した兵器で勝負を受けマス。購入額は驚きの・・・おーっと、早速合体を始めマシタよ!』
5台の重機はガガガと言う工事中のような騒音と共に変形を始めた。
砂埃が立ち上がる。
オフロードダンプが荷台を下ろし、その上にブルドーザー、更にその上にパワーショベル、ミキサー車、クローラクレーンが乗る。
荷台が上がると、オフロードダンプの四輪は強健な脚となり、ブルドーザーは胴体を守備するブレードとなった。
ミキサー車は右肩に位置し、ドラムから右腕が出現。クローラクレーンは左肩に位置し、長いクレーンを地面に垂らした。
そしてパワーショベルは胸から首を形成し、首から頭の代わりに大きなシャベルが伸びているという奇抜な格好になった。
人のカタチからはかけ離れている。しかしその大きさは、見る物を圧倒した。
『完成、ジュウキオウ。』
楓や豚之助は顎が外れてしまったのか、口をぽかんと開けたままこの現実離れした光景をまばたきもせず見つめていた。
七海も例外ではなかった。
「夢でも見てるのかな。」
「リアルだよ。」
冷静なのは佐奈1人であった。
「デザインジャーは学園の戦隊ロボ市場を独占してるの・・・でもまさか、ここまでの物とは。」
アーミーロボは既にちっぽけに見えた。
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185 :3
2021/07/01(木) 22:17:22
『それでは試合開始デス!アーミーロボvsジュウキオウ、勝つのはどっちだ?』
試合開始のゴングが鳴ったが、既に勝敗は見えていた。それでもアーミーロボは強大な敵に立ち向かった。
『サバイバルライフル!』
小銃でジュウキオウを射撃する。しかしドーザブルの固いブレードはライフル弾を簡単にはじいた。
『ショベルアッパー!』
ジュウキオウの上半身がぐるんと一回転し、鋼鉄のショベルでアーミーロボの華奢な身体を吹き飛ばした。
「こっちに来る!」
七海は楓と豚之助を窓から引き剥がし伏せさせた。
アーミーロボはB校舎に激突し、校舎は大きく揺れた。しかし倒壊どころか傷1つ付かないあたり、流石は戦隊の養成学校である。
『お~っと、これは痛い一撃!アーミーロボ、大丈夫デショウか!?学園中から失意と落胆のため息が聞こえマス!』
アーミーロボは何とか立ち上がった。
『決勝に進出するのはアーミー電兵隊だ。どうぞ。』
しかし既にガタが来ていた。あちこちから火花が飛び散り、ぎくしゃくと動いている。
ジュウキオウは一切の容赦を見せなかった。
『クレーンキャッチ!』
クレーンが伸びアーミーロボを釣り上げた。
『どどどどどうぞ』
ジュウキオウは上半身をぐるぐると回転させ、アーミーロボはヨーヨーの様に成す術なく振り回される。
そしてポイっと放り出された。
『ああっ!アーミーロボ!』
生徒たちの悲鳴が漏れる。しかしアーミーロボは最期の悪あがきを見せた。空中で狙撃銃を展開したのである。
『スナイパーライフル!』
だがジュウキオウの底力はこの程度では無かった。
『コンクリート砲!!』
ジュウキオウの右腕が大砲に変形し、ドラムからコンクリートの砲丸がドムッ、ドムッと発射される。
1発目は西の森に落下したが2発目が上空のアーミーロボにクリーンヒット。
アーミーロボは無残にも胴体を破壊され、空中で分解した。手足、そして頭部が校庭に墜落し、爆炎を上げた。
巨大ロボはいとも簡単に消し飛んでしまった。
『解体完了。』
ロボに乗り込んでいたアーミー電兵隊はと言うと、直前に脱出したようである。空に5つのパラシュートが見えた。
校舎から寮から校庭から、一部始終を見ていた生徒たちは一瞬、沈黙していた。
非現実的な巨大兵器の衝突とその破壊力を目の当たりにし、呆然としていたのである。だがやがて拍手喝采に変わる。
『す、素晴らしい!戦隊学園の開発力が、ここまで進化していたとは!わたくしも感激デス!デザインジャー製にハズレなし!この後デザインジャーに多数の注文が殺到するのは間違いありマセンねー!して、勝者は建築戦隊ジュウキマン!素晴らしい戦いを見せた彼らに、拍手を!』
スタンディングオベーションだ。
『この戦いはわたくしのYUTAチャンネルで見逃し配信する予定ですので、是非チェックを――』
――七海たちはと言うとずっこけていた。
「め、滅茶苦茶すぎる・・・」
「こんなんじゃ勝てっこないよ!どうするの!?」
「僕たちもデザインジャーにTELするブヒ?」
「お金ないんだよなぁ・・・あれ。」
佐奈の姿が無い。
「佐奈!」
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186 :4
2021/07/01(木) 22:19:54
「佐奈待って!」
すれ違う人々は今しがた起きた激戦の跡地を見ようと校庭に向かって走っていたが、七海だけは違う。
佐奈を追いかけて廊下を反対方向に走ってゆく。
「待ってよ!」
ようやく追いついた。佐奈は振り向く。
七海はドキリとしてしまった。
佐奈が涙目だったからである。
「ど、どうしたの・・・?」
「あんなの見せられて黙ってられるわけない。うちも元々デザインジャーの端くれだったしあいつらにはさんざチビって馬鹿にされた。早くうちもおっきいロボ作って、全員踏み潰してやる。」
佐奈の目線はちょうど七海の胸元くらいだった。
「わかるよ、コンプレックスって辛いよね・・・私もコンプレックスの塊みたいなものだから。」
「・・・。」
佐奈は黙りこくっている。
「ほら、私って髪白いし。小2の頃にもうババァとか言われてたんだよ。ひどくない?」
「ババァって・・・ひどいねそれ。」
佐奈はちょっとだけ笑った。
「みんなで作戦を考えようよ。それが戦隊。」
2人の元に楓と豚之助も駆け寄る。
「そうだよ!同じチームの仲間じゃん、さっちゃん!」
「さ、さっちゃん?」
佐奈のメガネがずり落ちた。
「ブヒブヒ。仲良くするブヒ。ね、さっちゃん?」
豚之助のこの一言は余計だった。
佐奈はずり落ちた眼鏡をかけ直して卑屈な口調に戻った。
「あのさぁ・・・うちを一番いじめてたのはあんたでしょ?うちの恨みが消えると思ったら、大間違いだからね・・・」
「と、とにかくさ!寝てる公一も叩き起こして、5人で巨大兵器について作戦会議しようよ。」
「おい。」
誰であろうか。廊下の向こうから、巨漢の集団がやって来たではないか。
全員が着物に身を包み髷を結っている。豚之助と同じ格好だ。だが全員が豚之助よりはるかにデカく、2~3mはあるように見えた。
「相撲戦隊ドスコイジャーだ。お前らオチコボレンジャーに、戦-1の勝負を挑みたい。」
七海は反論する。
「今取り込み中。あなた誰?」
「しばらくぶりじゃねーか、白髪の小娘。ヨコヅナレッド・赤鵬だ。あん時は世話になったなァ。ひと月の休学から帰って来たぜ。」
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187 :5
2021/07/01(木) 22:21:20
「誰だっけ?」
「ふざけてんじゃねーよ!上級生に歯向かった落とし前はキッチリ付けてもらわねぇとな。」
「七海ちゃん、あいつだよ!」
とぼける七海に楓が耳打ちする。
「入学式の日に会った柄の悪いやつ!七海ちゃんがボコしてくれてさ・・・!」
「あ・・・ああ、あのデブか!」
赤鵬の顔色はみるみるうちに悪くなっていった。
「てめぇら・・・死にてぇのか?」
あの時はグラサンに学ラン姿だったため気付かなかったのだ。
「あなたに殺される筋合いはないけど。」
「まぁいい。俺は大和魂!のフェアな勝負を挑みに来た。おいてめぇ大岩、お前に用がある。」
楓の後ろに一生懸命体を折り畳んで隠れている豚之助だったが尻は愚か全身が丸見えだった。豚之助は「ブヒっ」と言った。豚之助の本名は大岩大之助であることを七海たちは忘れていた。
「格闘クラスの面汚しめ。女どもの味方をしている腐ったやつに力士を名乗る資格はねぇ。これは相撲の勝負だ。俺たちは7人。」
赤鵬の後ろには、彼に負けず劣らずでかい6人の男たちが並んで居た。
彼らは壁のようになって廊下を完全に塞いでおり、通ろうとしている生徒たちはうろたえていた。
「お前は1人だ。お前は一日一番、俺達と相撲を取る。お前が勝ち越せばてめぇらオチコボレの勝ち、負け越せば俺たちドスコイジャーの勝ちだ。フェアなルールだろう。これぞ大和魂!」
大和魂とはいったいどういう意味だろうか。豚之助は小さい声で言った。
「僕にはできない。」
「逃げるのか?小心者の豚野郎め。お前はもう力士を諦めるということだな?」
赤鵬は挑発する。だが。
「僕は平和主義者、戦隊はチーム戦ブヒ。僕が挑発に乗って、オチコボレンジャーを負けさせてしまうわけにはいかない。断髪するブヒ。相撲を捨てても、僕はこのチームに居たい。」
豚之助は堪えた。
だが肝心なことを忘れていた。
「ねぇ、おかしくない?」
「あん?」
「何で他人から命令されて夢を諦めなきゃいけないの?」
七海という人物は誰よりも、挑発に乗ってしまうタイプだったのである。
「七海ちゃん!僕はいいから・・・!」
「豚之助、相撲やめないでよ。こんな奴やっつけて、あなたの実力を見せてやればいい。そもそも押し付けルール自体がフェアじゃない。5vs5の勝負にしようよ。」
「5vs5?お前も戦うつもりなのか?」
力士たちは一斉に七海を嘲笑した。
「こいつは可笑しいな。ふざけるんじゃねぇ、これは俺達と大岩の相撲の勝負だと言っているだろうが。女が土俵に乗れるか!」
七海は赤鵬の土手っ腹にタクトを突き付けた。
「馬鹿みたい!」
「七海ちゃんやめて!あの時と違って相手は7人だよ。勝てるわけないよ!」と楓。
七海は叫んだ。
「私を蚊帳の外に放るならこれだけは言わせて。相撲の世界って昔からさ、外国人差別とかもさ、やることが本当、餓鬼っぽい!!」
タクトから星屑が床に向けて発射され爆ぜた。
豚之助は低い声で言った。
「僕のことはいい。でも、七海ちゃんを馬鹿にするやつは許さない。ごっつぁんです、受けて立つブヒ。」
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188 :6
2021/07/01(木) 22:23:44
格闘クラス専用体育館の特長はなんと言っても土俵があることだろう。
国技館のようなこの場所は、格闘系戦隊のぶつかり稽古に使われるのである。
豚之助とドスコイジャーの初顔合わせが行われようとしていた。
「相撲は初日が大事ブヒ。特に、押し相撲では。」
豚之助は廻し姿になっていた。ぷよぷよの贅肉が廻しの上に乗っかっている様はしまりが無い。
「押し相撲って何?」
楓が尋ねる。
「押し相撲と四つ相撲。つまり四つ相撲っていうのは――」
「きゃあ!」
豚之助は突然楓のスカートのすそを引っ張って抱き込んだ。
「廻しを掴んで組み合うのが四つブヒね。」
「わ、わ、包容力やっば!」
裸のデブに抱きしめられて楓は何故か顔を赤くしていた。佐奈はふいっと目をそらし、ノートパソコンを打ち始めた。
「最初の相手は弱いみたいだよ、落ち着いてやれば大丈夫。」と七海。
初日 ジョノクチオレンジ・大橙(だいだいだい)
二日目 ジョニダンパープル・紫光山(しこうざん)
三日目 マクシタピンク・扇桃風(せんとうふう)
四日目 ジュウリョウグリーン・霞緑(かすみどり)
五日目 ヒットウブルー・青竜丸(せいりゅうがん)
六日目 オオゼキブラック・黒ノ不死(くろのふじ)
千秋楽 ヨコヅナレッド・赤鵬(せきほう)
「豚之助はどのくらいの実力なの?」
「うーん、まあ。僕はそうブヒね。序二段・・・。」
「え。」
七海は返答に苦慮した。
「と、とにかく頑張って!初日勝てれば勢いがつくのが押し相撲なんだよね?豚之助なら勝てるから!」
「ありがとう。七海ちゃんのために頑張るブヒ!」
2つの戦隊のメンバー以外には誰もおらず、がらんとしたアリーナは、さながら序ノ口の土俵の様であった。
「東ィ~、ジョノクチオレンジ。西ィ~、コボレイエロー。」
豚之助は土俵に上がる。
対戦相手の大橙はドスコイジャーの中では小柄であり、豚之助より一回り小さい痩せ型の力士だ。
塵手水を済ませた2人は「変身」と呪文を唱えた。戦隊の相撲は特殊であり、変身した状態で行うのだ。
オレンジと黄色の戦士が向かい合い、四股を踏むさまは異様だ。
時間一杯になった。
行司が「時間です!待った無し!」と合図を送る。
2人は身を屈め立ち合いの姿勢を取る。館内は静まり物音ひとつしない。立ち合いは呼吸だ。力士は呼吸を合わせ、同時に立つのだ。
仕切り線に手をついて。
「残った残った!」
豚之助は馬力で一気に押し出そうと真っ直ぐにぶつかって行った。だが。
「ブヒ!?」
バランスを崩し顔面から土俵に突っ込んでいた。大橙は立ち合いで右にずれ変化でこの一番を制した。
観客席のドスコイジャーたちから笑いが起きた。挑発的な注文相撲であった。
「ひ、卑怯・・・!」
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189 :7
2021/07/01(木) 22:25:56
「ド、ドンマイ豚之助!気にしないで!あんなの勝ったうちに入らないから!ここから六日間が本番だと思って行こ!」
七海がそう励ましても、豚之助は無言で引き返して行った。
「豚之助・・・。」
日没を迎え、七海と楓は女子寮に引き上げる。
「暑う!こりゃ明日からシャワーでいいな。」
七海は部屋に付随する風呂から上がったところだ。白い肌が赤く火照っている。
「次入る人のために追い炊きしておいたから。」
「ふざけんな!なんかさぁ、kezuriのグループでさっちゃんが変なこと言ってたけど、どういう意味かなぁ。」
「え、なになに?」
七海はスマホを確認する。
ebara『今から授業や!』
kae『ガンバ!』
sana『七海さんの部屋の近くに引っ越しゅぅ』
kae『どういうイミ?』
buta-no-suke『ブヒ?』
kae『マジでどういうイミー?』
kae『既読無視ってひどくね?』
「・・・わかんないな。隣の部屋は埋まってるはずだし、1部屋2人までだからこの部屋に来るのは無理だし。」
「まあいいや、あたしお風呂行ってくるから。あのこよくわかんないし!」
楓はパジャマを手に浴室へ向かって行った。
「宿題でもするか。」
七海は2段ベッドの上段に上がろうと、梯子に手を掛ける。すると。
「あれ?」
ベッド脇の床に四角い囲いがあり、取っ手のようなものが付いているではないか。
「こんなとこにストレージ(床下収納)あったっけか。」
七海は取っ手に手を掛け、収納を開けてみた。
「嘘!!」
それは収納などではなかった。
梯子が階下へと伸びていた。七海たちの部屋は3Fなので、2Fに続いているのだろうか。
七海は好奇心に従い梯子を降りて行った。
辿り着いた部屋は七海たちの部屋と間取りが同じだが、家具も雰囲気もまるで違った。
七海は別次元に来たような不可思議な感覚に陥った。
ごちゃごちゃした自分の部屋とは違いこちらは整然としており、2段ベッドではなく1人用の、それも子供部屋にありそうな可愛らしいピンクのベッドがある。
あのデンジャラスな水槽も無いため広く感じられる。かわりに目につくのは大きな本棚だ。本、本、本がびっしりと並んで居る。
「誰も居ないのか・・・ん。」
七海はゾッとしてお風呂から出たばかりだというのに鳥肌が立った。
よく見れば人が居るではないか。背中を丸めてパソコンを打っている小さな人影が。擬態しているかのように、部屋の風景に溶け込んでいるがあれは。
「佐奈!」
「にゃ?」
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190 :8
2021/07/01(木) 22:28:16
ピンク色のパジャマを着た佐奈の姿があった。
「引っ越しゅぅってこういうイミだったの?」
「あふぅ・・・見つかったか。まぁわざと見つけやすいようにしたんだけどね。七海さんの部屋の真下がちょうど空き部屋だったから、移動してきちゃった。ついでに通路も作って、こっそり行き来できるように、ね。」
「それナイス!」
七海は本棚に目をやった。工学系の本がずらりと並んで居る。と思いきや。
「んん?何これ。」
漫画本が紛れ込んでいた。
手に取ってみる。
開くとキラキラの少女漫画だった。顎の尖った成人男性が2人で手を繋いで夜景の海を歩いている。七海は、たまたま数奇なページを開いてしまったのだろうと都合のいい解釈をしたが、他のページをめくっても大体同じような塩梅だったので、ひどく失望した。
「ねぇこれってBL?」
佐奈も七海と同じく風呂上がりだったのだろう、長い黒髪を下ろしている。
「うぅ・・・引かれた。でも七海さんも、3分読めばきっとハマるよ。貸してあげよっか?」
「別に。」
七海はその巻を棚に戻し、違う巻を手に取ってみた。お次の巻では顎の尖った男がエプロン姿に豹変していたので、七海は危うく本を取り落としかけたが、同時にもっと見たいという感情が芽生えてしまった。
「――ねぇ、やっぱ借りていい?」
「お好きにどうぞ。」
七海は無言で活字を読み始めた。
「七海さん、今日はごめんね。」
「へ?」
七海は素っ頓狂な声を出した。佐奈からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「うち、本当はコボレンジャーを辞める気なんて無い。ていうか、ここ以外にうちの居場所なんて無いし・・・。」
佐奈はパソコンから目を離さずにそう言った。
「気にしないで、お互い様だし。何してるの?」
七海はパソコンの画面を覗き込む。
昼間の巨大ロボの戦いの動画が流れていた。
「録画してたの!?」
「違う。ガクセイサーバーのYUTAチャンネルで見逃し配信してるから、見ていたの。」
「研究熱心なんだね。」
次に佐奈は動画を一時停止し、手元の紙に定規を当てて線を引いた。
「うわ!すごい!」
佐奈は原稿用紙にジュウキオウの姿を正確に模写していた。
しかも1枚だけではない。様々なアングルからの模写が何十枚も机の上にあった。
「別に、ふつうでしょ。」
「そんなことないよ!私感動しちゃった。」
「構造がわからなきゃ強さを理解したことにはならないし、でも大体わかった。見ててね七海さん。うちは絶対、コボレンジャーのロボを作るから。」
佐奈は別の原稿用紙を取り出した。そこに描かれているのはジュウキオウではない。
何か人型のものが鉛筆で下書きされていた。4、5個あるように見える。
「これ何だかわかる?」
佐奈は小さな銀のツメの様なものを取り出した。
「知ってる、Gペンでしょ。漫画を描く時に使うやつ。」
「ピンポーン。」
銀のツメをペン軸に刺し、ペン先を黒いインクに浸ける。ツメの部分に表面張力でインクがくっついている。
そこからは一瞬だった。
佐奈はシャッシャッと、凄い勢いで下書きをなぞった。七海は声も出さずにそれを見ていた。原稿用紙に浮かび上がったのは、4体のロボであった。
「4体のロボは合体すると、大きな1つのロボになるの。うちならデザインジャーを超える物を作れる。」
「でも、1つ足りないよ?」
佐奈は振り向く。
「豚之助の分は無いから。」
「まだそんなこと言ってるの!?豚之助はコボレンジャーのために相撲を取ってるんだし、少し陰湿じゃ無い?」
「・・・」
佐奈は付けペンの持ち手部分を噛んだ。
「そうかもね。」
[
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191 :9
2021/07/01(木) 22:33:17
押し相撲は気迫の勝負。
初日が白星ならばどんどん調子を上げていくが、黒星を喫するとずるずる負けていくジンクスがある。
豚之助は正にそれであった。
二日目の紫光山戦、再度の変化を恐れた豚之助は思い切りぶつかることができず、もろに差され転がされた。
三日目の扇桃風戦も気持ちを立て直すことができず、すぐに引いて簡単に土俵を割ってしまった。
四日目は中堅・霞緑との対戦となる。
しかし直前になっても、豚之助は花道に現れなかった。
七海は西の支度部屋に走る。途中、楓と鉢合わせした。
「豚之助は?」
「あたしが言ってもダメだった!七海ちゃんが行けばたぶん!」
「あの豚!」
七海は支度部屋に突っ込んだ。
「ブヒ・・・もうダメかもしれない・・・」
豚之助はしゃがみ込み、柄にも合わずぽろぽろと涙を流していた。
「やっぱりこんな勝負受けなきゃよかった。今日負けたら負け越しが決まる。コボレンジャーの、戦-1敗退が決まる――」
「情けないこと言わないで!」
七海は豚之助の顔を思いきり張った。ぴしゃりという音がした。
「――良い張り手ブヒね。」
「相撲は気迫の勝負でしょ?戦-1なんてどうでもいいから、一日一番に集中してよ。仮にも力士を志したあなたがそんなこともわからなくてどうするの!?」
豚之助は立ち上がった。
「そんなことわかってるよ。」
花道に向かってのしのしと歩く。
だが急にうずくまる。豚之助はごねた。
「ブヒ~やっぱ無理無理!!負けるの怖い!痛いの嫌い!やじられるのやだ、出たくない!」
「あーもうムカつく!!馬鹿之助!!」
七海は豚の巨大な尻をガンガン蹴る。
「もっと蹴ってブヒ~!」
「言っとくけどこのままだと不戦敗だからね!どうせ負けるなら・・・そうだ、こうしよう・・・相手もやったんだから、おあいこなのだし。」
「ブヒ?」
七海は屈み込み、地に這う豚之助の耳元に、囁いた。
「どんな手を使っても白星を取りに行くの。1つでいい。1つだけ白星があれば、あなたは変われる。」
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192 :10
2021/07/01(木) 22:36:19
豚之助は時間ギリギリに土俵に現れた。
四日目の土俵は満員大入りとまではいかずとも、初日とは比べ物にならないほど人が入っていた。風変わりな戦-1の試合と聞き、興味を持った生徒たちがオチコボレンジャーの負ける様を拝みに来たのだ。
そしてその大勢の客たちは、大ブーイングを起こすことになる。
豚之助は立ち合いで左に変わった。
霞緑は何とか堪えるも、直後に横から突き落とされた。豚之助は何とか負け越しを凌ぎ、初日を出した。
客たちは大声で豚之助を罵った。
「ちゃんとやれ!」「恥知らず!」等はまだいいほうで、「豚野郎!」「退学しろ!」等と、明らかに相撲とは関係の無い、人格を否定するような罵声や怒号までが飛んだ。
勝ったというのに、豚之助の落ち込み方は異常だった。七海や楓が何と声をかけても無視を貫いた。
「ほんとあいつら最っ低!最初に変わったのはあいつらじゃん!何でこっちばっかり責められるの?気にしないほうがいいよ豚之助!」
楓はブチギレて東の支度部屋の扉を破壊しようとして止められた。
「ごめんね豚之助。私があんな作戦を提案したばかりに・・・相撲をわかってなかったのは、私のほうだった。」
豚之助は一言だけ返答した。
「一日一番、集中するだけブヒ。」
一勝三敗、後の無い状態で迎えた五日目。相手は技巧派の青龍丸だ。
今日こそオチコボレンジャーの敗北を見届けようと昨日以上の客が詰め寄せ、札止めとなった。
客たちは豚之助が土俵に上がるなり「青龍丸!青龍丸!」とコールを贈った。砂かぶり席の七海と楓にはそれが「豚之助負けろ」と聞こえた。観客たちのその行為は、気に入らない者を大勢で無視する、いじめ者の姿そのものであった。
楓は「豚之助ー!」と叫んだが、大音声の相手のコールにかき消され、完全アウェイ状態となった。
「大一番だというのに、さっちゃんと公一は?」
「公一は連絡したんだけど、“重要な潜入活動の実践中や”とか言ってた。チームの応援より自分の活動優先って、ちょっと見損なったけど。佐奈は・・・うん、豚之助とは犬猿の仲だから。」
「寂しいな。なんか、バラバラだよね。」
「うん。」
時間一杯となり、館内は爆発的な歓声に包まれる。
「待った無し!」
豚之助は仕切り線に手をついて、青龍丸と睨み合う。
青龍丸は小声でこう言った。
「お前も今日でお終いだな。」
「ブヒ!」
豚之助は思い切りぶつかって行った。かち上げで相手の状態を起こそうとするも、青龍丸に低く潜り込まれ前廻しを取られる。ぐるんと一回転、豚之助は上手を取り相手を押し出そうとする。
「ブヒー!」だが青龍丸は俵に左足を掛けそれを堪えると、右足を豚之助の足に掛け、器用な足技にてバランスを崩した。「げ!」豚之助の巨体は土俵の真ん中に、倒れて行った。
「豚之助!!」
つづく
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193 :げらっち
2021/07/03(土) 10:28:57
ロカセンか迅タレ小説とコラボしたかったな…
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194 :黒帽子
2021/07/03(土) 10:31:41
センガク時空ってコロナがないパラレルワールド的な存在、かつ2019~2020年と時間軸的にもあれなんだよな
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195 :げらっち
2021/07/03(土) 10:47:59
じゃあ戦隊の歴史の授業で名前だけちょっと出るってのはどうだ
ちなみにCGRは2021年、戦隊学園は2041年なので、タレは17歳で公一を生んだことになってしまいしくじった
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196 :第7話 1
2021/07/12(月) 22:14:41
豚之助は土俵のド真ん中に大の字に倒れていた。
負けた。
これで一勝四敗、負け越しとなる。それはオチコボレンジャーの戦-1敗退を意味する。
だが。
「コボレイエロ~!」
「ブヒ?」
軍配は西――つまり、豚之助に上がっていた。
青龍丸は観客にも聞こえるような大声で問いただす。
「おかしいだろうがぁ!!」
「お静かに。」行司は言った。
「四つに組み合ってヒットウブルーが俵に左足を掛けた際、親指が蛇の目を掃った。これによりコボレイエローの寄り切りとなる。」
会場は騒然となった。
だが一番驚いているのは豚之助の様だった。まだ起き上がることもできぬまま目をぱちくりとさせている。
青龍丸は憤怒の表情で観客席に目をやった。東の砂かぶりに居た赤鵬がのしのしと進み出た。
「俺は見ていたが指は出てなかった。いんちきを言うんじゃねえよ行司。バラされてぇのか?」
「何やて?行司の言うことが信じられへんのか!?」
「あ!」
七海は察した。あの関西弁は。
「公一!」
変装しているがよく見ると公一だった。紫の行司衣装を身に着けている。
館内に放送が入った。
『軍配は西に上がりましたが、ビデオを確認したところ、そのような事実は確認されませんでした。よって、行司差し違えとなります。』
「何やて?」
青龍丸はガッツポーズをし、行司に思い切り肩をぶつけた。
「撮ってんなら最初から言わんかい!行司の居る意味ないやんか!」
七海はあちゃーという顔をしうつむき、楓は苦笑いしている。
「じゃ、じゃあこんならどうや!ごほん――青龍丸は立ち合いできちんと両手を付かなかった。よってこの一番は無効、取り直しとなる。」
これも公一のでっち上げだろうか、だが今度こそ行司の判断は正とされた。
「きゅ、九死に一生ブヒ!」
豚之助はようやく起き上がり仕切り線に戻った。愚鈍な豚之助は行司の正体が味方であると気付いていないようだ。
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197 :2
2021/07/12(月) 22:16:20
豚之助と青龍丸は仕切り線に両手を付いて睨み合う。
「しゃらくせぇさっさと勝負をつけてやる。」
取り直しの一番、青龍丸は最初の仕切りで突然立った。
「ブヒ!?」
奇襲、豚之助は一気に徳俵まで持っていかれる。
「負けるかブヒ!」
豚之助は相手の顔を思いきり張った。パァンと言う音がし、青龍丸は仁王立ちになる。
「てめぇ!」
青龍丸も張り返す。
「ブヒブヒ~!!」
張り手の応報、喧嘩相撲だ。
豚之助は太い腕で相手を仕留めようとするも機動力で負け、顔に数発喰らって鼻血を噴いた。
「助けてぇ!」
豚之助は行司の後ろに回り込み背中に引っ付いた。
「あ、何しとんねんあほ!」
「邪魔だ行司、どけやゴラァ」
青龍丸は行司である公一にも容赦なく突っ張りを入れた。
「行司に手を出したら反則やで~!」
ひょろひょろな公一は一撃で升席の方まで吹っ飛んで行った。
「邪魔者はもう居ねぇ、サシで勝負だ」
真下の砂かぶりから七海が怒鳴る。
「負けんな!!」
「七海ちゃん!」
豚之助は相手のかいなを掴む。投げの打ち合いとなり、両者の体が土俵外に飛んだ。
七海にはそれがスローモーションのように見えた。2つの巨体が回転しながら落ちてくる。
「うわ!」
ドスンと言う凄い音、七海は豚之助のでかい腹に押し潰された。
土がついたのは青龍丸だ。
「ビデオ判定だ!ビデオ判定しろ!」
青龍丸は土俵下で顔面血だらけになって叫んでいる。だが青龍丸が先に落ちたのは誰の目から見ても明白だった。
観客たちは溜め息を漏らした。
「な、七海ちゃんダイジョウブヒ!?」
「勝ったね。」
下敷きとなりながらも七海は笑顔を見せる。
「無事ブヒか!じゃあ勝利のちゅーを・・・」
「やめてよ!ていうかどいてよ重い!」
「ごめんごめん」
豚之助は勝ち名乗りを受けに土俵に戻ろうとするが。
「う!!」
立ち上がることが出来ず、七海の傍にうずくまる。
「豚之助?」
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198 :3
2021/07/12(月) 22:18:55
夕刻。
七海は自室からの梯子をつたい、階下の佐奈の部屋にやってきた。
佐奈は机で原稿用紙と睨み合っていた。
下書きを何度も消して書き直したのだろう、紙は消しゴムの跡で真っ黒になっていた。
机の上には筆記具の他に、購買のおにぎりの包みが散乱している。
「おにぎり好きなの?」
「作業をしながら食べるのは、炊き込みご飯のおにぎりが一番効率いいって、公一くんが言ってたから。」
佐奈はブツブツと答えた。
「どうしてもバランスが取れない。」
「4つじゃね。五体(身体の五つの部分)のロボを作るなら、5体のロボにしたら?」
佐奈は七海をじろりと見た。
冷笑を浮かべて。
「笑えるじゃん。」
「まぁまぁ、ピリピリしないでよ社長。これでもどうぞ、オススメだよ。」
七海は缶コーヒーを机の上にトンと置いた。さっき自販機で買った物だ。
「コーヒー好きじゃないんだけどな。紅茶党だから。」
「そっか、メモっとこ。」
七海は卑屈な佐奈にイライラしつつも何とか自制を保ち、缶のタブをプシュと開ける。
「これは私が飲んじゃうね。」
佐奈はノートを開いた。
「とりあえずこれが仮の案。4体のロボが合体して、大きな1つのロボになる。デザインジャーの技術を盗んだものだから間違いない。七海さんが人型のロボ、うちが象、楓さんが蟻、公一くんが・・・」
「パクリだからダメなんじゃないの?」
佐奈はにっこり笑った。
「え、何?」
「デザインジャーのを真似たんじゃ、負けるか良くて同じにしかならないよ。勝ちにいくなら、全然違う、新しい物を作らなきゃ。」
佐奈はしばらく七海の目をじっと見つめていたが、笑顔のまま。
「買いますよ、喧嘩」
「喧嘩したいんじゃないよ。そもそもこれじゃ豚之助のロボが無いし、別の案の方がいいと思っただけ。」
「豚之助なんかにロボは必要ない!」
佐奈は机をバンと叩いた。
「とにかく、この案で何とか完成させるから――」
「あっごめぇん!」
七海はノートにコーヒーをぶちまけた。一面が茶色に汚れ、図案は読めないほどに霞んだ。
「何すんの!?」
「わざとじゃないよ、本当に手が滑って。」
「絶対わざとでしょ!!もうやめた!」
佐奈はノートをビリビリに破いた。
「出てってよ。」
「わかった。」
七海は立ち上がる。
「最後にこれだけは言わせて。」
「何?」
「ちゃんとお風呂入ってる?」
佐奈は5日間同じパジャマを着ていた。
「もう5日も缶詰じゃん。気晴らしに北寮の大浴場でも行ってみたら?広いお風呂で足を伸ばすのって、気持ちいい!夜11時以降にいくのがオススメ。その時間なら誰も居ないから、1人でくつろげるよ。」
佐奈は返答しなかった。
「そんだけ。」
七海は梯子を上がって行った。
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199 :4
2021/07/12(月) 22:21:54
夜11時、大浴場――
扉を開けてきょろきょろと脱衣場を覗き込む、小柄な少女の姿があった。
「だぁれもいない。」
佐奈だった。
替えのパジャマと洗面用具を手にとことこ入って来る。
「来るのはじめて~」
佐奈は少しワクワクしていた。
脱衣場は熱気が凄いが、首を振っている扇風機のおかげで涼しくもある。
ネットで調べても、この空気は実際に肌で感じねば味わえないだろう。いつも来ない空間に来るのは、それだけで刺激になる。
「本当に居ないよな?」
大きな棚に多数のカゴが置かれているが、使用中の物は無いようだ。
もう一度辺りを見渡し人が居ないのを入念に確認すると、佐奈は服を脱いだ。
裸になると、誰も居ないと思いつつ、一応タオルで体を隠す。
ふと体重計が目に入った。足を乗せてみる。アナログ式のもので、目盛りがカタカタと進む。
「嘘、やばぁ・・・」
目盛りは50の一歩手前で止まった。
「5キロも増えてんじゃん。身長は伸びないのに・・・くそ。」
浴室に向かい、扉を開ける。
「にゃあ!」
眼鏡が真っ白に曇った。
「あふ・・・取るの忘れてた・・・。」
眼鏡をカゴに戻し、改めて浴室に入る。
お湯の匂い。裸足で濡れたタイルを踏みつける。中は広く、温泉旅行に来たかのような気分だ。
しかし。
「ン?」
奥の方からザーザーと、シャワーの水音が聞こえる。
「誰か居る・・・?」
人見知りの佐奈はこのまま帰ろうかとも思ったが、取り敢えず相手の姿を確認しようとした。
髪の長い女子だった。
かなり太っていて、浴用椅子がでかい尻の下で押し潰されそうになっている。
それだけならいいが、佐奈は何故かこのシルエットに見覚えを感じた。
「ん・・・?」
裸眼を凝らしてよく見る。
すると、そのシルエットが振り向いた。
女子ではなかった。
「ブヒ?」
豚之助だった。
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200 :5
2021/07/12(月) 22:23:19
ちょんまげを下ろした豚之助は、女子のように髪が長かった。
「わぁあああ!?」
佐奈はパニックを起こし逃げようとした。だが不運にも足元のタイルに泡があり、思いっ切り転んだ。
「ぎゃあ!!」
「さ、佐奈ちゃん?」
豚之助はようやく佐奈が来ていたことに気付いたようだ。
佐奈はうつ伏せに倒れたまま起き上がれない。
「あ、あしがぁ・・・うごけぬぅ・・・」
「ダイジョウブヒ?」
豚之助は混乱しつつも佐奈を助け起こそうとする。しかし佐奈は「くんなぁ!」と叫んで足をばたつかせた。
「落ち着いて!」
豚之助はタオルで佐奈の体を覆い隠す気遣いを見せた。
「あ・・・ありがと・・・。」
「どこかぶつけたブヒか?」
豚之助は屈みこみ、患部を確かめようとする。
「いや、そうじゃなくて・・・転んだ途端に足がつったの・・・。」
「運動不足ブヒね。」
「うっさいなぁ。ていうか何で女湯にいるの?ヘンタイなの??」
「え――ここは男湯ブヒよ。ここ23時以降は、男湯に切り替わるから。」
佐奈は硬直した。何なら憤死するところだった。
「七海さん殺してやる」
「え?なんか言ったブヒ?」
佐奈は豚之助の肩に掴まって立ち上がると、足を引きずりながら浴室から出ようとする。
「もうちょっとあったまるブヒ!どうせこの時間はあんまり人来ないし。僕も楓ちゃんに言われて、初めて来たんだけど。」
「楓に?」
佐奈は全てを察した。
「・・・うちらを引き合わせようって魂胆か・・・」
佐奈はよろよろと歩いて行く。
だが扉を開けた瞬間冷風に吹かれ、温度差がヒートショックを引き起こした。立ち眩みに襲われ佐奈は再び倒れた。
「佐奈ちゃん!」
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