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┗380.戦隊学園 ~虹光戦隊コボレンジャー~(412-431/450)

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412 :げらっち
2024/08/08(木) 12:25:54

「楓に酷いこと言って別れちゃった。もう会えなかったらどうしよう。お話しできなかったらどうしよう。公一も、佐奈も、豚も、私のことなんか忘れて、敵とみなすようになっちゃった。どうしよう。どうしよう」
 喪失感。
 ネガティブな気持ちを1つ吐くごとに、一粒、一粒、涙が垂れた。私は正座するみたいにへたり込んで、うなだれて、ポタポタ泣いた。服に水玉の染みができていく。

「また6人そろって、くだらない話、しようよ。落ちこぼれのまんまでいい。ずっと一緒に居ようよ。もう虹なんて要らない。虹なんて見なくていい! 友達と一緒に居れたらそれでいいよ!!」

 私は幼子のように、ひくっひくっと泣き出してしまった。
「うええええん……」
 止めたくても、涙が止まらない。服の裾を掴んで堪えようとするも、顔が引きつって、目頭が熱くなって、息が苦しくなって、途方も無い。

 肩に手が置かれた。
 顔を上げると、凶華がちょっと笑って、紫のタオルを差し出していた。
「顔拭けよ」
「ひくっ、」
 私はお礼を言おうとするも過呼吸なりかけで言葉が出ず、ただタオルで顔を拭いた。

「ったく、しょうがないリーダーだぜ」

 私ははにかもうとしたが、顔面がつって、余計に怖い顔になっただろう。
 凶華は鼻をぴくつかせた。
「腐臭。来たなあのゾンビらが」
 犬はテントから出て行った。私もそれを追う。
 いつの間にやら、テントの周り10メートル程を囲うように、多数の戦士たちが詰め寄せていた。声が無いのが余計に怖い。
「ここはオイラに任せろよ、ナナ」
「ひくっ?」
 凶華は犬歯を見せてニヤリ笑った。紫が増強し、どんどん濃く、黒に近くなっていく。闇のイロが凶華を包んだ。

「コボレスター!!」

 凶華は戦隊証を介さず、紫の戦士に変身した。

 魔術だ。
「ひくっ、すごい!」

 戦士たちの一部が、旬では無い紫陽花畑に踏み込んだ。
「花を踏むんじゃねえ!!」
 凶華は大ジャンプすると、空中に現れた紫の鉄棒に掴まった。
「闇魔術:地獄回り」
 大回転。紫紺の衝撃波が飛び戦士たちは吹っ飛ぶ。

「闇魔術:しねしねこうせ――」

「ダメだ凶華、相手は学園の戦士だ、殺さないで!」

「そんなこと言ってる暇じゃねーだろ!」

「リーダーの命令だよ!」

「ちっ、わかったよぉ!!」
 紫の戦士は私の傍に降り立って、私の手を取った。
「じゃあナナの魔法を貸せ!!」
「高利(氷)だよ」
 私は氷の魔法を凶華の中におすそわけ。
 多数の戦士たちが私たちに襲い掛かる。

「氷魔術:氷オニ」

 凶華の手が阿修羅のように増えた。というのは残像で、実際は高速で手が動いてるのだった。
 凶華は次々に戦士たちをタッチしていき、触れた端から凍らせていった。氷り鬼だ。友達の居なかった私はした事無い遊びだが……

「ふんっ、物足りねーな! もっと遊ぼうぜ? お次はイロオニだ!」

 凶華は飛ばし気味だが、戦士たちは360度を包囲している。テントが破壊され、私の背後に戦士たちが迫っていた。
 悲しいことに逃げる以外手が無い。戦隊証が無いとことごとく無力だ。私は凶華の背中に引っ付いた。
「ったく世話の焼けるリーダーだな」
 凶華の魔術により、突如私の立っていた地面がエレベーターに乗っているかのように急上昇した。隆起しているのだ。私の立っている直径1メートルくらいの草地が、10メートルほどの高さになった。怖くて四つん這いになる。
「なにこれ凶華!!」
「高オニだぜ。そこに居る間は誰も手出しできないから!」

 それよりも落ちそうで怖いんだが。

「よっしゃ、思う存分遊ぶか!!! 闇魔術:レクリエーション☆」

 凶華がそう唱えると、集結していた百名近い戦士たちは全員、赤と白の旗を持たされた。
「赤上げて!」
 凶華の指示に、戦士たちは従う。
「赤下げないで白上げる!」
 何人かの戦士は間違えて赤を下げたりしてしまい、落伍者は紫色のタライに打たれ卒倒した。ふざけてるようで強力な技だ。
「お次はもっと難しいぞ☆ 赤下げて……」
 さあどうなるか?
「白下げつつ赤上げつつ青上げると見せかけ緑下げないで黒投げて赤と青を振り回して黄色とピンクを上げ下げ上げ下げ黒上げる!!!」
 そんな指示に誰も従えるわけがなく全員がアウト判定になり全員にタライが落ち、シンバルを何倍にもしたような音が響き、全員が卒倒した。

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413 :げらっち
2024/08/08(木) 12:26:28

 凶華は洗脳の対象にならなかったのみならず、自力で変身し、これほどの力を見せつけた。
 この犬は一体何者なのか。

 考えはお預けだ。

 ドスン、ドスン、地鳴りがした。
 私は塔の様に盛り上がった土の上、雑草にしがみ付きながら揺れに耐えていた。
 ドスン、ドスン、地鳴りは地鳴りでも、聞き覚えのある地鳴りだ。あの地響きは。

「メカノ助……!!」

 グリーングラウンドに、30メートル程の超巨大な力士が土俵入りした。土に大きな足跡を残しながら、こちらに迫ってくる。
 鋼鉄のマスクで顔を覆った巨人。その操縦席に居るのは佐奈だろう。コボレ最大の戦力も、敵に回せば最悪だ。
 メカノ助と共にまたも数百の戦士たちが来場する。キリが無い。しかもその先陣を切っているのは、緑の戦士。
「公一!!」
 グラり。足場が揺れ、危うく転落死するところだった。遥か下を見ると、ドリレンジャーの巨大工機ドリレンオーが地面を掘り、私の乗っている地面を崩そうとしているではないか!
「わ、ピンチ!」
 地面が傾く。土に爪を立て引っ付くが、もうダメだ。地面は崩れ、爪は割れ、甲高い叫び声を上げながら落ちて行く。

「ナイスキャ~ッチ!!」
 自賛しながら凶華がキャッチしてくれた。犬は小柄ながらも私をお姫様抱っこしていた。ひょろひょろの公一には絶対できまい。もうあなたの方を好きになりそうだ。
 凶華がそっと下ろしてくれて、私は地面に足を着けた。私の乗っていた地面は倒れて砕け散った。ドリレンオーは地面を掘削しながら私たちに迫る。巨大なドリルが回転して迫る。
「コマ廻し!!」
 凶華はどこからかコマを出し、紐を引いて投げ付けた。コマは空中で巨大化するとドリルとぶつかり拮抗、パンパカパーンとおめでたい音を鳴らし爆発した。私は爆風に煽られ倒れた。

「ナナはそこで休んでな。残りの奴らもオイラが遊んでやる」

 煙の上がる中。紫の戦士は、迫りくるメカノ助や戦士陣に立ち向かう。
 戦士の筆頭に立つ緑の戦士は、苦無を構えた。

「待って凶華!! 相手はコボレのみんなだ! 傷付けないで!!」

「ったく甘いぜナナは」
 凶華は甘党だが冷徹なリアリストであり、私は甘い物が苦手で辛い物が好きだが、甘ちゃんだ。
「ま、そういうところもお前の良さって知ってるぜ。お前のフェロモンにとことん従うよリーダー」
 凶華は何かを装備した。武器でも兵器でも凶器でも無い。

 おもちゃだ。

 けん玉だ。

 それは見た目以上の耐性を持っていた。凶華と公一は切り結ぶ。刃物とけん玉で切り結ぶ。
 カチン!!
「何してんだよイチ。正気に戻れ!!」
 カチン!!
「ナナはお前のこと大好きなんだぞ!!」

「ちょっとちょっと、恥ずかしいこと言わないでよ!」
 他人に言われるとかなーり恥ずかしい。

 苦無とけん玉が何度も何度も触れ合う。目にも止まらぬ速さで。隙が無い。
 隙を作るためか。凶華は高らかに言った。

「イチ! お前だって、ナナに惚れてるんだろうが!!」

「こら……」
 その時の私は赤面していたかも知れない。

 公一の動きが、少し鈍ったように見えた。

 ここぞと、
「つばめがえし!!」
 凶華が技を決める。けん玉を大きく振り、赤玉は公一の額に命中。スパン、シャープな音。なかなか痛そうだ。そのままけんを回し、赤玉はお皿の上に乗った。お見事。
 凶華は振り向いた。
「ナナ、早く行け!」
「え?」
「ここはオイラが引き受ける。カエを助けたいんだろ? 早く行け!!」
「……わかった」
 頼れる仲間と離れ離れになるのは心細いが。
「ありがとう凶華。元気出たよ! 絶対に楓を助ける。またみんなで一緒に、ご飯食べよ!」
「ナナのおごりでな!」

 私と凶華は、手を振りあってしばし別れる。

「じゃあまた後で!!」


つづく

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414 :げらっち
2024/08/10(土) 12:29:27

第38話 トリアージ:黒


 緊急事態。トリアージは赤である。
 楓は浚われた。学園の全生徒は操られ、私を狙っている。全て赤坂いつみという指揮者の思惑。
 唯一正気だった凶華が、公一や数多の生徒たちを相手にしている間に、私は走った。

 走るってどこへ?

 楓が居るのは空高く浮かぶUFOの中だ。天空まで走れっていうのか。

 楓を助けるって、どうやって?

「はぁはぁはぁ」
 体力も限界だ。破れたズボン、血の滲む膝に手を突いて、必死に酸素を取り込む。
「はぁはぁはぁ」
 注意力も散漫になっていた。何かが迫ってきているのに、ようやく気付いた。
 元来た方を振り返ると、校舎の間を狭そうに抜けて、メカノ助が追ってきていた。
 流石の凶華もあの巨人を足止めしきれなかったようだ。メカノ助は、校舎を避けながら進むのに痺れを切らしたか、建物の一部を壊しながら突進してきた。

 限界を迎える体に鞭打ち、足を引きずって走る。なるべく楽しいことを考える。この戦争が終わったらシャワーを浴びて、いっぱいカレーを食べて、やらかい布団で眠るんだ……

 私はレッドグラウンドに辿り着いた。
 そこには嫌でも目に入るモニュメントがあった。天堂茂が操っていたロボ、エリートキングだ。
 ガラクタの寄せ集めでとにかくデカくしたというような、50メートル近いタッパ。昨日のメカノ助との激闘でところどころ赤いペンキが禿げており、黒いブチになっている。胸部には大きな穴が開き、鉄骨や配線が剥き出しになっている。元々天堂茂の顔を模していた頭部の操縦席は破壊され、真っ赤な髑髏になっていた。
 未だに撤去されていないのだ。

 手段は選べない。私はエリートキングのキャタピラの間に滑り込んだ。燃料が漏れ出して泥泥になっている。私はその泥を全身に塗って息を潜めた。

 巨人がドシン、とレッドグラウンドに侵入する。その足だけが見えている。私は泥をかぶって目を瞑り、南無阿弥陀と縋るように唱えた。私は一体神道なのか仏教なのか無宗教なのかわからない。
 地面が揺れる。私は震えながら祈る。傷だらけの泥まみれで、何とちっぽけでかわいそうな私。


「よお」

「っ!!?」
 声を掛けられるとは微塵も思っていなかったので叫びそうになったが押し殺す。目に泥が入って痛かったが、このエリートキングの足下に、誰かもう1人居るのが見えた。
 彼はけらけら笑っていた。泥まみれの真っ茶色で誰かよくわからないが、笑い声でピンときた。

「新藤ヘテロ? 静かにしてよ」
 化学クラスの首席であり、飄々とした科学者、ヘテロ。
「小豆沢七海、俺様も戦隊証の呪縛を逃れた1人だ。俺様の所属は正式には――」
「静かにったら」
 ヘテロはけらけら笑う。
「俺様はグレー中のグレーなんでね。どんな状況でも生き延びるのがこのヘテロ様さ」
「ゴキブリみたいな男ね」
「お褒めに預かりどうも」

 コイツに出会えたところで、味方が1加算されるわけではない。
 するとヘテロは言った。
「お前におめでたいニュースがあるぜ」
「おめでたいニュース?」

「天堂茂は死んだ」


「え?」

「あのクズ坊ちゃんはもう居ねえ」

「どうして!?」

「黒子とか言ってたな、父上の天堂任三郎によって、アイツを始末する部隊が送り込まれたのさ」

 どういうことだ。


 何故か、私の心は喪失感に渦巻いた。
 あいつのことは大大大嫌いだ。殺してやろうと思っていた。
 なのに何故か、不条理に殺されたというのは納得いかない。
 ぶん殴って歯を2・3本へし折ってやりたかった。勝手に死ぬなんて信じられない。
 本当は生きているんじゃないのか。また私に差別と偏見の目を向けてくるんじゃないのか。彼が私を煽る。私はそのたび強くなって、這い上がって、あいつを見返す。ずっとそうしてきたじゃないか。入学式の日から、ずっと。

 何もかも壊れていく。終わっていく。

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415 :げらっち
2024/08/10(土) 12:30:26

「訃報といえど、お前にとっちゃ朗報じゃねえか。あの坊ちゃん、お前のことを目の敵にしてたからな」
 ヘテロはひゃはは、笑った。

「笑うな!!」

 諦めない。

 絶対、友達を助けるんだ。

「どうするつもりだ? 9回裏、ツーアウトだぞ?」
「1打席ありゃ十分だ。エリートキングを使う」
 体を起こすと、エリートキングの底部に頭をぶつけそうになった。手探りし、メンテナンス用と思われる入り口を見つけた。
「無駄だぜ、エリートキングはお前んとこのメカに負けてぶっ壊れてる」
「打席に立つ前に諦める馬鹿が居るか。何とかするよ」

 狭い上向きの通路、金属製の梯子を掴んで登っていく。
 カン、カン、カン、何メートル上がっただろうか。
 ロボの心臓部に辿り着いた。そこが心臓部だということは一目でわかった。何故なら。

「ポンパドーデス!?」

 配線だらけの壁に、腕と足が機械に埋没した女性の姿があった。ぐったりとうなだれており、横に流れるような茶髪は乱れている。
 機械クラス首席であり学園のロボ市場を独走するロボ作りの天才、ポンパドーデスの変わり果てた姿がそこにあった。

「ついにロボと一体化しちゃったの? しっかりしてよ」

 私は彼女の肩を掴んで機械から引き剥がそうとしたが、冬のドアノブの静電気を10倍にしたような痛みが走り、手を引っ込めた。指が赤くなっていた。

 ポンパドーデスは何かブツブツ呟いていた。
「茂……茂……」
「もしもし?」
「茂……茂に捨てられちゃった……どうしよう……私のしてきたことは……」

 大嫌いな女だったが、みぞおちを抉られるような、沈痛な気分になった。
 傲慢な者同士が損得で付き合っているだけだと思っていたが、この女は本当に天堂茂を愛していたというのか。
 そしてその天堂茂に捨てられた。彼が死んだことを、彼女はもう知っているのだろうか。
 この女も私と同じ、仲間を失った、みじめな存在だ。

「ポンパドーデス、あなた、名前は?」

 ポンパドーデスは顔を上げた。面長の顔はやつれて目が死んでいる。
「茂……茂……」
「それはあなたの名前じゃないでしょ? 自分の名前を答えてよ」
 ポンパドーデスとは髪型のことで、コイツの名前は別にあるはずだ。確か。

「負けてちゃいられない、一緒に戦おう。天堂茂にも届くかもしれない」

 ポンパドーデスの目がちょっとだけ光った。
 彼女は、「メカコ」と言った。何のことだろう。彼女はもう一度「メカ子」と言った。名前か?

「いや、あだ名じゃなくて本名を……」

「本名よ! 本名が田中芽加子!!!」

 これなむ変な名前だ。苗字が普通オブ普通なので余計に変に思える。ポンパドーデスの方がよっぽどいい名前じゃないか。私はしばらくぶりに笑いそうになって、ニヤつきを隠すのに必死になった。
「笑うな!! 落ちこぼれ国の総理大臣小豆沢七海、あーたなんかがこの私の作ったエリートキングに踏み込むなんて29年早いのよ!!」
「あ、自惚れが戻って良かったね。でもこのロボのどこがエリートなの? 急ごしらえの間に合わせ、って露呈しているのだけど」
 私は壁をキックした。ロボ全体が大きく軋み、幾つかのパーツが剥がれ落ちた。欠陥品だ。
「イタッ!! 何すんの!」
「大方、天堂茂に急かされて作ったんでしょうけど」

「私、もうダメなの……双頭龍で出撃してあーたたちコボレンジャーに負けた時、腕を負傷して……前みたいに精緻なロボを作れないのよ。茂の期待に答えられないのよ! 私はロボを作らないと存在価値が無い。だから私自身が、ロボになった、ってワケ……」

「じゃあ天堂茂にわからせてあげようよ」
 今は、天堂茂が死んだらしいという事を、教えるべきではないな。
「メカノ助が私を探してる。もう一度エリートキングを動かして、メカノ助を倒して。あなたならできるよ、芽加子」

 芽加子はギリッと歯を鳴らした。
「あーたなんかに言われずともできるわよ!!」

「よしっ、じゃあ私は操縦席に行くからね」

 私は梯子を登る。

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416 :げらっち
2024/08/10(土) 12:30:50

 操縦席に辿り着く。あの髑髏の内部だ。コントローラーは赤でベタベタになっていた。血のようで気味が悪い。
 ガラスの張られていないフロントから下を見ると、エリートキングの半分くらいの背丈しかないメカノ助の姿があった。

 豚ノ助、佐奈。
 何としてもあなたたちを正気に戻すから。

「準備は良い?」
 私は操縦席左方のモニターを見た。ポンパドーデスが画面の向こうから睨んでいた。
「いつでも好きにしなさいよ!!」
 私は操縦桿を握り、アクセルを踏み込む。
「じゃあ行くよ!!」

 エリートキングは重い身体を動かした。キャタピラがキュル、キュル、とゆっくり回転する。あのゴキブリ潰れてやいないだろうか。
 メカノ助は異変に気付いたようで、こちらに立ち向かってくる。私は心でごめんと呟いて、操縦桿の攻撃ボタンを押す。エリートキングは腕の大砲から爆撃。メカノ助は被弾し、大きく後退した。
「目を覚ませ!!!」
 メカノ助は怯まず、エリートキングの胴体に思い切り突っ張りを噛ました。物凄い衝撃と振動、鼓膜が千切れそうになるが、こちらも怯まない。
「目を覚まして!! お願い!!」
 私はボタンを連打する。エリートキングは4本の腕から集中砲火。メカノ助は炎に包まれ、両膝を突いた。相撲なら突き膝で、負けだ。
 勝てる。そう思ったが手応えが消えた。カチ、カチ、ボタンを押しても砲撃が出なくなった。

 ポンパドーデスからの通信が入る。
「小豆沢七海、能無しの馬鹿!! そんなに連射したらもう弾が無いわよ!」

「そんな! 何とかしてよ、他の攻撃は無いの?」

 ポンパドーデスは威勢良く「無いわよ!!」と言った。
 火力でゴリ押しするだけの鈍重なロボとは何なのだ。弾が切れたらただの粗大ゴミである。
 黒煙の中、メカノ助は立ち上がった。しぶとい相撲取りだ。誇らしいが今は脅威だ。メカノ助はエリートキングをガッチリと捕まえた。デカくて重いエリートキングだが、怪力によってじりじり寄られ、校舎にぶつかった。大きな揺れ、ロボ全体が悲鳴を上げるように軋み、パーツが零れ落ちる。

 仲間にやられるとは、お笑いだ……

 変身できず魔法も使えない。
 私はフロントから身を乗り出し、目下でエリートキングと組んでいるメカノ助に対し、張り裂けんばかりに叫んだ。

「豚ノ助ーーーー!!!! 佐奈ーーーー!!!!」

 力持ちで優しく、いつも味方で居てくれた豚ノ助。
 癖のある性格だが、私に共鳴してついてきてくれた佐奈。
 2人ともコボレに絶対居なくてはならない仲間であり友達だ。


 私は涙を落とした。

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417 :げらっち
2024/08/10(土) 12:31:05

 涙は氷の粒となり、魔法の結晶となり、メカノ助の頭に落っこちた。


 奇跡が起きた。メカノ助は寄り切りの手を緩めた。
 鋼鉄のマスクで覆われた豚の顔が、私を見上げた。コクピットの窓に、操縦している黄色い戦士の姿が見えた。

「七海さ~ん!!」と佐奈。
「七海ちゃん! これどういう状況ブヒ!?」と豚。

「さな!! ぶた!!」
 悲しい時よりも、友情に触れた時の方が涙が出た。温かい涙が。
「よかった……よかった……!」
 魔法も絆も、ちゃんと存在した。私は滂沱たる涙を腕で拭き、豚たちに向けて叫ぶ。

「どういう状況でも、リーダーの命令をよく聞く事! エリートキングを持ち上げて!! 天のUFOに届くように!!」

「えー、このロボを持ち上げるブヒ!!?」
「きゃはッ! クレイジーじゃん七海さんウキウキしてきますね、ほら豚ァ!! 七海さんがやるっつってるんだからつべこべ言わずやるの!!」
「はいブヒィ!!」

 やっぱり仲間は有難い。

 豚は雄叫びを上げて、エリートキングを持ち上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
 ゆっくりと、エリートキングが浮き上がっていく。これほど巨大で重量のあるロボを持ち上げるとは相当の怪力だ。後で沢山お礼を言わなきゃな。
 私は操縦席の窓から外に出ると、外壁をよじ登り、エリートキングの頭のてっぺん、最も高い位置を目指す。
 メカノ助がエリートキングを持ち上げ、更に私がその頂点に立てば、上空のUFOにも手が届き、楓を助けに行ける。コボレらしい、クレイジーな作戦ではないか。

 冷たい風が吹き付ける。私は今相当高い場所を登攀している。下は決して見ないようにしよう。落ちたら、死ぬ――

「っ、うあ!」
 強風が吹き、私は宙に投げ出された。無慈悲な重力に引き寄せられる。空気をもがいて、必死にロボから飛び出している鉄パイプを掴んだ。
 握力の総てを使って、片手でぶら下がる。死んでも離すか。手に豆ができそうだがそんなことはいい。両手で鉄パイプを掴むと、体重を持ち上げ、何とかまた登り出した。

 ついにエリートキングの頭頂部に登頂した。
 滑りやすく掴まる部分が何も無い髑髏の上、四つん這いでバランスを取る。下を見ると、既にビル20階くらいの高さになっており激しく眩暈がした。豚は必死にエリートキングを持ち上げているが、筋力も限界なのか、グラグラと揺れている。

 上空を見ると、白銀の円盤が迫っている。
 私は手を天に突き出した。
「もうちょい……!」
 あと少しで届きそう。
 落ちるリスクも考慮せず、2本の足で立ち、爪先立ちで背伸びした。だが足りない。
「180……あれば……」

 あと数センチという所で。

 カッと、円盤が発光した。私は目を瞑った。
 光りが私を飲み込み、足がロボを離れた。浮遊感。私は円盤に吸い込まれた。

[返信][編集]

418 :げらっち
2024/08/10(土) 12:31:54

「クレバーとは?」

 問答か。私はありのままに答える。
「一時的な感情に左右されないこと」

「自由とは?」

「居場所があるということ」

「きみはクレバーで自由だね」

「まさか。真逆だよ。必死に抗ってる所だ」


 私は、唯真っ白な空間に立っていた。


 ここはUFOの内部か。それとも天国か。それとも単に私の目がぶっ壊れたか?
 辺りを見渡す。広さも遠近感もよくわからないが、私を囲うように、背景に溶け込むように、7つの真っ白い台座があった。そしてそのうちの2つには、イロがあった。実体の無い、イロだけの存在。真っ赤なイロと、真っ青なイロが座って居る。その青を見た途端叫んだ。

「楓!!」

 それはまさしく楓の青だった。私はよろよろとその青に向かった。
「楓、どうしてそんな姿に? あなたの肉体はどうしたの!?」

「伊良部楓は真の姿になったのさ」
 青の隣、赤がそう言った。この赤にも見覚えがあった。
「赤坂いつみ、それはどういう意味?」
 赤は私の傍に飛んできてヒトの形になった。真っ赤なポンチョに身を包んだ、真っ赤な人。
「そのままの意味さ♪ カラーは、イロは、人が生まれ持ったもの。入学式の日にきみがそう言ったろう。イロ、こそが人間の本質さ♪」

 ♪がいちいちうざったい。私は八分音符を無視して楓に、青に、話し掛ける。
「昨夜は、ごめん。嘘吐いて、隠し事して、拒絶して、ごめんなさい。もう一度友達になって、一緒に歩もう。もうこんな所から帰ろう楓」

 だが一切の反応が無かった。

「楓を返してよ」
 赤坂いつみにそう言うと、彼は私に指揮棒を向けてきた。
「だめだね。緑も黄も桃も紫も貰う。もちろん白(きみ)もだ。純粋な、イロだけの姿になり、きみたちは1つになるだろう」

「やだよ」
 私は自分の手を見る。泥がこびり付いて乾燥しカピカピだし、爪は割れて血が凝固している。服はズタボロ、体中生傷だらけで痛い。公一に切られた頬の傷もヒリヒリ痛痒い。
 でもこれは生きてるって証だ。
「イロだけの姿なんてお断り。そしたら友達と触れ合うこともできない。どんなにボロボロでも良いから、私は人間の姿で生きたいな」

 赤坂いつみは、にま、と有邪気に笑う。かつてはこの笑みを見てどぎまぎしたが、今は軽蔑以外如何なる感情も湧きやしない。
「きみはニジストーンの力を理解していないから、そういう事が言えるんだ」

 ニジストーン、とは?

「きみは神を信じるかい?」

 神。
 これまた飛躍したお話だ。

「神なんて居るとは思えないな。居るとしたら、何故世界はこんなにも馬鹿であほで、理不尽なの? もう少しましな創世を期待したかったな」

 神に少しでも学があれば、私みたいな皮肉な存在は生まれなかっただろう。
 アルビノで色彩を持たず、光りを真正面から見られないのに、他人のイロを見ることはできる。なんという悪意ある設定だろう、こんな体に誰がした。
 神が絶対的な力で世界を統べているなら、障害も病気も戦争もいじめも、無いはずだ。

「相変わらず忌憚の無い物言いをするねぇきみは。神も畏敬や畏怖の対象ではないかい。まあ僕もそれには同意だよ。神、なんて権限はたかが知れている。神は世界の観察者であり、調律師だ。ちょっとした狂いを直す程度のことしかできない。世界を変えていくのは、世界に住む生命そのものさ」

 赤坂いつみは四分休符の後に言う。

「ずっと掛かって居る虹。知っているかい?」

 楓たちが話していた、温かい家庭で育った子供なら誰でも知っているだろうという童話だ。私はその「誰でも」の対象外だが。

「その御伽噺が何だっていうの?」

「御伽噺じゃないんだよねえ、これが」

 赤坂いつみは指揮棒を滑らかに振った。

「昔昔、いや、そう遠い昔じゃない。赤の日の前まで――ある意味それは、気の遠くなるほど昔だが――ずっと空に掛かって居て、世界を見守っている、そんな虹が、ありました」

[返信][編集]

419 :げらっち
2024/08/10(土) 12:33:18

《???????》


 生命がまだ思春期を迎える前から、この世界に存在した石がありました。
 白、紫、ピンク、緑、黄、青、そして赤。7色のニジストーン。
 7つの石から光りが伸びて、空に大きな、世界全部を見渡せるほど大きな虹を作っていました。
 虹は世界を優しく見守り、光りをふらせていました。

 やがて生命の中に、毛色の違う存在が現れました。
 人類です。
 虹はずっとずっと、人類の営みを見てきました。生まれ、育ち、栄え、滅び、また生まれるのを見てきました。

 時が経つにつれ、虹の7つのイロに、自我が芽生えました。虹はいつも人類のことを見ていたのですから、自我というものを学ばないわけがありません。
 次第に自我は感情に、感情は人格になりました。虹の7つのイロは、それぞれ異なる人格を持つようになりました。

 悠久の時を持て余し、高い空から人類を見下ろしながら、ああだこうだと文句を言ったり、人類かくあるべきと議論するようになりました。

「戦争ばかりして、愚かだな。どれ、1つ私の力で、平和にさせてやろうじゃないか」
「やめろ青。人類は確かに愚かだが、淘汰も進歩のプロセスだ。争い合って弱い者は滅び、強い者、戦いは愚かだと学んだ者だけが先に進めるんだ。それに、我々には逐一手を出す権限は無いだろう」
「何故だ。我らの力をもってすれば、人類も世界も、よりよく均整の取れたものにできるのだぞ」
「過干渉してはいけません。世界の私物化につながります。私たちは、世界を見守ることしかできないのです」


 とまあ、こんな感じです。

 ――ああもうつまんない! この喋り方、肩が凝る! 肩なんて無いけど。
 もっと人間ふうに喋らさせてもらうね。ハロー、私は虹のイロの1つ、赤。
 毎日毎日、退屈な話し合いばかり。お兄さまもお姉さまも長いこと人間を見てきて、飽き飽きしてるんだわ。でも生まれたての私は違うもん。自我を持って100年そこらしか経ってないフレッシュな私は、高みの見物なんかするより、人間みたいに自由に生きてみたい!! って思ってる。

 私は今日も世界を見下ろして、溜息を連射する。

「人間っていいな。虹なんかより、よっぽどいろんな色があって」

 雲の下、人間たちは今日も忙しそうに動き回っている。大変そうだけど、その胸には自由という勲章が輝いている。空の上から一歩も動けない私たちとは大違い。
 私たちは眠らない。24時間365日――これは人間の定めた区切りに過ぎないけど――世界を見守らなくちゃならないから、眠らないし夢も見ない。それでも私は、人間になれたらいいなって、いつも夢見ていた。

 私たちイロは、自我を持った順に兄弟となっていた。私はその末っ子。
 私がぼんやり人間を見ていると、お兄さまやお姉さまは今日も私を頭ごなしにけなしてくるのだった。
「おい赤! お前も少しは私たちの議論に混ざったらどうなんだい? いつまでも赤ちゃんなんだから!」
「ほっとけよ。赤は人間がうらやましくてうらやましくて仕方ないんだよ」
「ふん、人間などどこが良いのか。虫を見下す癖に、自分らが高い所から見下されているとは思いもしない、傲慢な働き蟻」
「人間なんか無力だよ。藻掻いて足掻いてやっと小さなものを手に入れるんだ。俺たちが簡単に手にできるような小さなものを、な」

 誰が何と言おうと、私は人間がうらやましい。
 苦労して手に入れる喜びを、自由に生きる喜びを、知りたい。

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420 :げらっち
2024/08/10(土) 12:33:31

 長兄、つまり一番最初に自我を持ったイロは、白だった。私とは1000年以上の年の差があったはず。
 白はイロたちをまとめ、世界を見守る大きな存在だった。それはまるで、人間たちが信仰する、「神様」のよう。

 人間にはこの虹が見えてるのかな? いや、きっと見えてない。少なくとも大多数には。それでも人間は神という物を信じてる。見えない物感じられない物に縋ってる。信じてるってことは、疑ってるということ。本当は実在しないって、心の底では思ってるということ。
 そんな矛盾した人間が、いとおしく思えた。

「人間っていいな。迷いながら生きている。それって、道を自由に選べるということ。私には無い物だ。うらやましいな」

 白は私に言った。
「血迷ったことを言うでない。わしらがこっそりと進むべき道を正そうとも、彼らは何度も道を踏み外し、争いの歴史を続けてきた。お前もそれをずっと見てきたじゃろう?」

 私は言い返す。
「でもお兄さま。それ以上に、尊い愛の歴史も見てきた。人類が滅ばずに生き続けているのは、争いだけじゃない、愛する心も持っているから、じゃないのかな?」

「綺麗事を抜かすな!!」と憤慨する兄や姉を諫め、白はヤレヤレと言うのだった。


「人間っていいな。おいしいものを食べて、おしゃれして、遊んで、色んな人と関わって、喧嘩なんかもして、誰かを好きになったりして……」


 私は我慢できなくなって、人間の世界に、手を伸ばした。
 仲間に入ることはできなくとも、その憧れの一欠片だけでも触れられないかと、そう思った。


 気付くと私は、地上に居た。
「!?」
 見上げる空には、私以外の6色の虹が掛かって居る。

「ど、どうなってるの!?」
 必死に思考を後ずさり。そうだ、身を乗り出すのに夢中になって、人間の世界に落っこちちゃったんだ。
 どうしよう。私は虹から落ちこぼれ。
 空に向かって叫ぶ。

「ど、どうしよう、お兄さま、お姉さま!!」

「何をしてるんだ!」
「低俗な世界に落ちるとは、お前にふさわしい! 二度と戻ってくるな!!」
 イロたちは私に軽蔑の目を向けていたが、白だけは違った。慈愛に満ちた目で私を見下ろしていた。

「ヤレヤレ……お前の願いが叶ったのじゃな。問題ない、後はわしら6色でも、人類を、そしてお前を見守ることくらいできる。お前は存分に、人間の世界を楽しむがよい」

「人間の世界を――?」

 私はそこでようやく気付いた。自分が体を持っていることに。
 触って確かめる。足がある。くるぶしがある。顔がある。髪がある。私は少女の姿になっていた。赤い着物に身を包んでいる。
「に、人間の体だ! や、やった!!」
 恐らくまだ小学生くらいの、若い身体。これから何でもできる。自由に進む道を選べる。無限に色めく未来が、私を待っている!

 今日は私の誕生日。

「それじゃお前に、名前をあげよう」

「名前?」
 私は期待のまなざしを天に向けた。どんな素敵な名前をくれるんだろう。

 白はほどなくして言った。

「色谷明(しきだにあきら)。これが人間としてのお前の名前じゃ!」

「……何それ男みたいな名前……」

 私はえらくガッカリした。

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421 :げらっち
2024/08/10(土) 12:39:14

《七海》


 赤坂いつみは指揮棒を軽やかに振り、自分で自分の鼻唄の指揮をしていた。

「とまあ、これがプレリュードだ。七海、きみならこの話の真意がわかるんじゃないかな」

 私は頭をひねって考える。わかった、ような気がした。

「共感覚でしか見えない虹だ」

「ピンポーン、あたりっ! 流石僕の一番の教え子だね♪」

 ずっと掛かって居る虹は存在したということか。
 それが幻想だと思われていたのは、私のような稀にしか存在しない共感覚保有者にしかその存在が認知できなかったから。見えない人が大多数である以上、真面目に話しても笑い種にしかならなかっただろう。だから御伽噺という道化となり伝わってきたのだろう。
 だがそんな神がかりな物が実在したとして、それが私たちの今の状況とどう関わるというのか。

「虹は失われた」

 赤坂いつみは顔をしかめた。

「6色では世界のバランスを保てなかった。赤の巨人が現れてしまった。結果として、7つのニジストーン全てが失われた」

「赤の巨人が神の手先ってことだと思ったけど」

「それはNOだ」
 赤坂いつみは首を振る代わりに、指揮棒を横に振った。

「じゃあ、赤の巨人のせいで狂った世界を、新たなニジストーンで調律する、それがあなたの目的?」

「それはYESだ、ご明察」
 赤坂いつみは今度は指揮棒を縦に振り、お辞儀をしているみたいにした。

「僕は新たなニジストーンに成り得る戦隊を探していた。ところが、生憎僕はイロを感受することができなくてね。きみは特別な目を持っている。比類なきイロを持った《7色の人材》を集められるのは、きみしか居ないと踏んだのさ♪」

 失意により私の心はひっくり返った。
 私は利用されていただけだ。わなわなと震えながら、元恩師を睨み付け、指を突き付けた。

「私に近付いたのは、私に7色の人材とやらを集めさせるためだったの? 虹を作るって、私に希望を持たせたのは、私たちを利用するためだったの!?」

「それはYESであり、NOであるかな」
 赤坂いつみは残念そうに笑った。
「僕は純粋にきみのことを気に入っていた。この点だけは間違えないでくれ」

 そんなお慰みは要らない。

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422 :げらっち
2024/08/10(土) 12:40:40

「戦隊学園は赤の日を境に廃校になる案もあった。だが僕の力添えで、《赤の世代》の《7色の人材》を見極める場所として生まれ変わったのだ。いくら落合輪蔵と天堂任三郎に人望があったとはいえ、混迷の此の世、彼らの力だけで学園を存続するのは不可能だったろう」

「校長先生は、そのことを知ってたの?」

「いや」
 赤坂いつみはポンチョの中から書類を取り出した。
「ハンコを押して貰っただけさ」
 膨大な文章が書かれた下に、落合という判が押されていた。朱肉の色は落ちていたが、その判は、斜めに押されていた。落合の下に押された天堂という判は、威張り散らすかのように、真っ直ぐに押されている。それと比べ校長先生の判は、ぺこりとお辞儀をしているかのようだ。どこまでも謙虚な人なのだ。私は胸が締め付けられる思いだった。あんな失礼なことを言って戦隊証を返納してしまったけど、もう一度恩師に会って、話したい。戦隊証を受け取って、学園での再スタートを切りたい。

「ボケ老人を騙すのは簡単だったさ」
 !!
 赤坂いつみは校長先生を愚弄した。
「最低!!」
 私は憎き男に掴み掛る。指揮棒がひょい、と振られ、それだけで私は大きく飛んで、白に落ちて転がった。
 全身が悲鳴を上げている。だが負けたくない。立ち上がる。
 赤坂いつみの目はアーチを描いていた。ニコニコ笑っていた。嫌な予感がした。

「校長先生は、無事なの!?」

「どうだろうねえ♪」

 バク、バク、心臓がテンポを上げた。もし校長先生が学園の統帥をできなくなったとしたら、それは学園の終わりだ。
 大黒柱が折れたら建物自体が崩れ去る。

「校長のヘルパーを覚えているかい」

「?」
 突然のことで戸惑ったが、思い出した、校長先生の脇に控えていた、イロの薄いヘルパーだ。
「覚えているけど」

「彼は、神のディスポだった。僕は彼に、つまりは神に、きみたちコボレンジャーの実力を見せつけたんだ。コボレンジャーがニジストーンに成り得ると証明したんだ」

 戦ー1グランプリ、それ自体が、赤の世代のうち最も優秀な人材が誰かを見極める、試金石だったんだ。

「でも虹光戦隊コボレンジャーは6人だ。1色足りないんだけど」

 赤坂いつみは両腕を広げた。

 まさか。

「あなたが赤!?」
 赤坂いつみは嬉しそうにうんうんと頷く。
 コボレを瓦解させ、学園を崩壊させたどの口が言うか。
「コボレリーダーとして絶対認めない!! あなたの赤はきらめいている。でも、それだけだ。1人で勝手に燃えてりゃいい。コボレは相互補完だ。組み合わさってこそ輝くイロを求めてる。あなたと比べりゃ天堂茂の赤の方が、ずっとまし!」

「あの愚かな坊やがか? 僕は《最初から》彼を見ているが、彼はとても赤いニジストーンにはなれないね」

 赤坂いつみは指揮棒で弧を描く。

「虹の要の赤いイロ、アーチの最も外側、一番長くなる部分。ここは僕が務めよう。僕の指揮でこそ、コボレは最も輝けるし、世界は最も華やげるのさ♪」

「あなた、神にでもなる気?」

「いいや。僕は天使さ」
 赤坂いつみの背中に、真っ赤な翼が生えた。

「僕は神の使者であり赤いニジストーンのレプリカ、光りの天使レプリエルだ」

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423 :げらっち
2024/08/10(土) 12:41:04

 最早そこに居るのは憧れたいつみ先生でもなければ侮蔑の対象赤坂いつみですらない、恐ろしい未知の存在だった。
 レプリエルは青に近寄った。

「楓に触るな!!」

 レプリエルは青を鷲掴んだ。イロという概念でしか無かった青は、実体化し固形化した。
 レプリエルは、卵くらいの、青い楕円の石を握っていた。澄んでいるがどこまでも深い、青いニジストーン。

「きみも白いニジストーンに成れよ。痛い汚い辛い人間の身体とはおさらばさ」

 私は改めて全身を見る。泥と血が固まって、見るに堪えないほどに汚れており、細胞1つ1つが悲鳴を上げている。

「きみも、楓も、僕も、コボレンジャーの仲間たちも。仲良く7つのニジストーンになって、この世界に新たな虹を掛ける。世界を再構築する。僕たちは世界を見守る、人間より高次の存在となる。そう悪い話じゃないだろう」

 私は握りこぶしを作り、

 自分の頬を殴った。

 脳が痺れ、口の中が血の味で一杯になった。

「痛い」

 まだ生きてる。
 レプリエルの、甘言とも取れる言葉には、魅力が1つも無かった。

「言ったでしょ。どんなに痛くても辛くても理不尽な世界でも、私はこのままの姿で生きるよ。悪魔の誘いには、乗らない!」

「悪魔じゃなくて天使なんだけどね♪」
 レプリエルは青いニジストーンを掲げ、私に見せしめた。
「でもきみの大好きな楓ちゃんは、自らこの姿になったんだけどね♪」

 そんな、


「嘘だ!!!」


《楓》


「あなたと友達になれて良かった」

 あたしは手に顔をうずめていた。

「さよなら」

 別れの言葉。足音も気配も消えた。
 顔を上げると、七海ちゃんは居なくなっていた。部屋にはあたし1人だけが残された。
「何だよ!!」
 あたしは素足でベッドの枠を蹴った。物凄く痛かった。
「何だよ……何だよ……」
 涙が塊になって落ちた。あたしは怒りながら、泣いていた。

 せっかく友達になれたと思ったのに。
 何か大きな事を隠して、嘘吐いて、逃げて。そんなの友達のする事じゃない!!
 親友辞めて、絶交だよ。あたしはそう言った。友達なら、嫌がるはずだ。否定するはずだ。それなのに七海ちゃんは、絶交でいいよ、なんて、酷い事を言った。そして出て行ってしまった。
「ううう……何で行っちゃうの、七海ちゃん……」


 あたしの、はじめての、友達。


 0時を過ぎても、七海ちゃんは帰ってこなかった。
 あたしは泣き疲れて、ベッドの下段にしゃがみ込んでいた。涙はもう乾いてしまっていた。
 七海ちゃんは、あたしとの約束を破った。もう、二度と会いたくない。それに、二度と会えない、気がする。
 暑さで窓を開けていたので、涼しい夜風が入り込んでいたが、風に混じって、フシギな声も舞い込んだ。

 おいで……おいで……

 ?

 おいで……おいで……

 私はその声につられ、ベッドを立つと、窓に向かって、吸い寄せられるように歩いた。
 窓から身を乗り出すと、夜空には星が1つも無かったが、代わりに暗い天の真ん中に、眩しい光源が、チカチカと点滅していた。
 何かがあたしを呼んでいる。
 あたしの居場所はここでは無かった。

「行かなくちゃ」

 あたしは夜空を、歩いて登って行った。

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424 :げらっち
2024/08/10(土) 12:41:35

《七海》


「そんな……」
 楓は私に絶縁され、弱った心の隙間に入り込まれ、レプリエルに鹵獲されたというのか。

 レプリエルは最低だが、私は最低の最低の最低だ。仲間を失うのも自業自得だ。
 それなら私も、楓と一緒にニジストーンになった方が、しあわせなんじゃないか。

 私はふらふらと、レプリエルのほうに歩き出した。

「いい子だ♪」

 そこに誰かが現れた。
 レプリエルはそれを見た。

 緑の戦士が、紫の戦士を引きずってやってきた。
「公一……凶華……!」
 コボレグリーンが、傷だらけのコボレスターを引きずっている。
 私の、「コボレのみんなを傷付けないで」という命令のせいで、凶華は思うように戦えず、公一に捕らえられてしまったのか?
 公一は凶華を、レプリエルの目の前に転がした。凶華はあの元気はどこへやら、「うぅ……」と力なく呻いた。

「ご苦労♪ これで紫と緑もいっぺんに手に入ったね。一気に5つだ。あとは黄と桃をナニすれば、世界はちょちょいのちょいっと書き換えられてしまうわけだ。ブラボーだね♪」

 諦めかけた私は、再び腹筋に力が入るのを感じた。
 コボレの仲間をもう失わないために、戦うんだ!!

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 レプリエルは少し驚いたようにこっちを見た。私は叫び、変身しない状態のままで、氷の塊を生み出した。両手を広げ、とにかく大きな大きな魔を生み出す。
「殺す、」
 振りかぶり、歪な氷をぶっつける。レプリエルは翼をはためかせ、飛ぶ準備。だが、
「逃がすか!!」
 4本の苦無が天使の両翼に突き刺さった。これは公一の攻撃だ。何故彼が、という疑問はさておきレプリエルは顔を歪めた。飛び立つことができず、氷の塊は、彼の顔に直撃した。
 ガンッ!!
 まだだ。
「ツララランス!!」
 手から槍のような巨大な氷柱がにじり出た。そのまま手を振るい、レプリエルの心臓に突き刺す!!
「死ね!!!」
 掌底打ちを決めるようにレプリエルの胸を突き、氷柱は彼の体を貫いた。ボキン、氷柱は折れ、レプリエルは後ずさる。
「とどめはオイラだ!」
 どこにそんな元気があったか、凶華が立ち上がり魔術を唱える。
「しねしねこうせん!!!」
 凶華の手から紫の光り。レプリエルは大きく後ろに押され、大爆発を起こした。


 私たち3人は荒く息をしながら、顔を見合わせた。
 公一と凶華は変身したままだ。

「ええと……これはどういうこと?」
 公一は私にピースマークを向けた。
「わかるやろ? 山彦の術や。俺はまだ操られてるふりをして、凶華をここに連れてきた。凶華が虫の息になっとったのも演技だったってわけや」
「とーぜんだろ! オイラがイチに負けるわけないもんな!!」
「あんだとお鍋!」
「お鍋って何だよ!!」

 2人はつねり合いの喧嘩を始めた。
 私は、ほろっ、と涙を流した。

「良かった……公一、洗脳が解けたんだ……!」

「そらそうや。凶華に言われて、一番大事なこと思い出したわ。お前が好きだってな」

 私は崩れ落ちるように、吸い寄せられるように、公一に抱き着いた。公一はそんな私を受け止め、支え、抱き締めてくれた。


「うーん、今のはイマイチだねえ。補習授業が必要だな」

 私たちは声のする方を見た。煙の立ち上がる遥か上に、白をバックに、天使が浮いていた。右手には指揮棒、左手には青いニジストーン。翼をはためかせるレプリエル。
 まあ、そんな簡単にやられるわけはない。
 だが3人寄れば文殊の知恵であり三乗の力であり戦隊は成り立つ。もう1人じゃない!

「楓を返せ!!」

 リアリストの声がした。
「ナナ、そいつに条件を飲ませたいなら、これしかないだろ」

「?」

 振り向くと、紫の戦士が、私にけん玉を向けていた。

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425 :げらっち
2024/08/10(土) 12:41:50

 けん玉の先っちょは刃になっている。凶華は私の肩を掴んで、迷い無く刃を私の喉元に向けた。頚を掻かれれば、生身の私は首から血飛沫を上げ、簡単に死ぬだろう。
「何しとんねん凶華、おかしくなったのか!!」と公一。
 だが凶華は正気のようだ。
「考えてもみろよイチ。あいつの狙いがコボレンジャーだとして、取引を成り立たせるなら、同等の物を天秤にかける必要がある。つまりカエを返して欲しいなら、ナナの命と引き換えだ」

 それは正論だ。

「やいレプリカの先公!! カエを返せ、さもなきゃナナを殺す! ナナが死んだら困るだろ!?」

 私は上空のレプリエルを見た。私たちを見下ろし、真剣な表情で、迷っているようだった。
 凶華の見た目からは想像できない握力によって拘束され、喉元に刃がちょっとだけ触れている。私の全神経はその一点に集中していた。凶華は、必要とあらば、迷い無く私を殺すだろう。その時点でレプリエルの目的は達成できなくなる。冷酷とも言える判断を瞬時に下せる凶華は、強い。

 レプリエルは有邪気に笑った。
「いいよ、伊良部楓を返してやる。小豆沢七海が死んでは意味が無いからね。ここは痛み分けとしようじゃないか」
 そう言うと彼は、青いニジストーンを放り投げた。

 私も凶華もそれを目で追った。

 甘さと非情さ、それを思い知らされた。

 青いニジストーンは発光した。私の目も凶華の目も釘付けになって、その光りに見惚れる他なかった。これがニジストーンのちから。青、青、青、空間が津波を起こし、私たちはシッチャカメッチャカになって、斃れた。

 気付くと私と公一と凶華は折り重なって倒れ、レプリエルはニジストーンをキャッチしており、私たちに指揮棒を向けていた。
「ニジストーンのデモンストレーションはいかがだったかな? さあみんなで仲良く石になろう♪」


 ドオン!!!!


 何も無かった白い空間がひっくり返り、30度くらいの傾斜が付き、私たちは滑り落ちた。そのまま奈落まで急降下と思いきや、白い台座にぶつかって止まった。
 レプリエルは羽を動かしてちょっとだけ浮き、この天変地異に耐えていた。
「今度は何だ!?」
 流石のレプリエルも立て続けの妨害に少し苛ついたようだ。
「このピカリポットを侵害する者は誰だ!?」

「僕ブヒ」

 2度目の轟音と共に、白に、穴が開いた。空間の遥か上の方に、メカノ助の腕が突き刺さっていた。2本の腕は白を引き裂きこじ開けた。ドザァ、大量の雨粒が雪崩れ込んだ。メカノ助が円盤に跳び付き、穴を開けたのか!
「いよっ、ナイスタイミング!! ピンチの時に駆け付けるのが本当の仲間やな!!」
 穴の向こうに見えるのはメカノ助の頭部コクピットと、雨天。雨は降りしきり、円盤の中の白い空間に雨水が注ぐ。
 そしてコクピットには、黄色い戦士、佐奈の姿が見えた。
「七海さ~ん! 戦士たちを操ってるのは多分そのタクトだ。ぶっ壊して!!」

「オイラに任せろ!!」
 私に代わり、凶華が狙いを済ます。
「うゐの奥山、けふこえて!!」
 凶華はワオーンと大ジャンプ。
「浅き夢見し、ゑひもせす!!」
 百人一首の札を取る要領で、レプリエルの手から指揮棒をはたき落とした。ぽきっ、指揮棒は折れた。
 佐奈の言う通り、あの指揮棒が学園の戦士たちを指揮していたのだろう。これで皆の洗脳が解けたはずだ。

 私は命ずる。
「反撃開始!!!」

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426 :げらっち
2024/08/10(土) 12:42:22

「だるまさんがころんだ☆」

 凶華の呪文。レプリエルは硬直。
「苦無10連チャン!!」
「雷アーラトテップ!!」
「外無双&内無双!!」
「フルーツバスケットメガ盛り!!」
 4人は何だかよくわからない攻撃を集中砲火しレプリエルを滅多打ちにした。やれ。あいつは私の希望を踏みにじった巨悪だ!!

「キセキ」

 きらり。

 青い光り。全ての攻撃は無効。公一と凶華は手をばたつかせて吹っ飛ぶ。メカノ助もずり落ちそうになったが、何とかしがみ付いて居た。円盤は重量オーバーか、空間全体が大きく揺れる。
 無傷のレプリエルが居た。ニジストーンが青々と光る。
 凶華は吹っ飛びながら言う。
「あれ、オイラのだるまさんは? 勝手に1抜けしちゃったの?」
「そんな子供騙しが効くと思ったかい?」

 雨が白い床を流れてゆく中、レプリエルは羽を濡らして、青いニジストーンをこちらに向けている。
 私は変身もできないし、みんなみたいに戦えない。
 それでも、楓に向かって言う。

「怒ってるんだね? 私があなたを拒絶してしまったから」

 私は魔法を滲ませ雨水を凍らせて、斜めの床を、レプリエルの方に、登って行く。

「ごめんね。でも、あなたも意固地だよ。もう一度、腹を割って話そうよ」

 レプリエルはニジストーンの魔法を差し向けた。
 青い螺旋が迫ってくる。
 変身できなくても、魔法を思い描く。

「スパイラルスノウ」

 私の手のひらから、吹雪の螺旋が出た。
 螺旋と螺旋がつながって、伸び切って、一直線になった。私の手と青いニジストーンが魔法の線でつながっている。押し合って、私の氷が楓の青を凍らせて、侵食していく。

「いいよ、いっぱい喧嘩しよう。喧嘩するほど仲が良い。喧嘩したら、次は仲直りしよう。謝りたいこと話したいこと、いっぱいあるから――」

 レプリエルは恍惚とした表情になった。彼もまた、ニジストーンに魅せられた者なのだ。
「僕の見込んだとおりだ……七海、きみの力は素晴らしい。きみがニジストーンになれば、どんな世界も創造できるだろう」

 彼は突然、嗜虐的な顔になった。
「何をしている、伊良部楓のニジストーン。お前の力を見せてみろ♪」
 レプリエルはニジストーンに、自身の力も込めたようだ。
 赤と青の2色の前では分が悪い。白で押し返そうとするも、力及ばず、赤と青は接近してくる。

「さあ七海、ニジストーンになる道を選べ♪」

「いやだ!!!」

「七海!!」
 私の後方に居る公一、凶華、豚と佐奈が叫んだ。
「俺たちの力を使え!」
 私は前に気持ちを集中させつつ、ゆっくりと後ろを向いた。公一が、凶華が、メカノ助とそれに乗っている佐奈が、私を見ていた。
 彼らは私に力をくれた。力が、イロがみなぎる。
 私は負けない!
「うおおおおおおお!!!!!」
 私は素早く前を見た。白に加え、皆に貰った緑・紫・黄・桃が、赤と青を押していく。
 勝てる。レプリエルは顔を歪めた。


 だがそう上手くはいかなかった。突然のエネルギーの増大によるものか、空間がひずんだ。


 私はそこに吸い込まれた。

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427 :げらっち
2024/08/10(土) 12:42:38

 私は、唯真っ黒な空間に立っていた。


 ここは地獄か。ついに私も死んだか。
「クソッ……もう少しだったのに」
 予期せぬ事態が起きた。レプリエルは私を失った。彼の目的は絶たれたと言える。けれども私たちの勝ちではない。学園は、コボレは、楓は助からない。トリアージは黒だ。
 私は自分の体を見る。死ぬ直前のままだ。体があるのは有難い。少し歩いてみよう。真っ黒な空間を歩く。いや、空間という形容は正しくないかもしれない。空間も、時間も、ここには無いのかもしれない。あるのは私だけ。
「!!?」
 驚いて肝が潰れそうになった。足元に突如物体が現れたのである。

 天堂茂の死体。

 それはもう随分前に事切れたようで、イロは消失していた。黒の上に仰臥して、白目を剥いている。
 1つではない。目の前には、等間隔に、ずらりと天堂茂の死体が並んでいた。数えると15あった。そして16個目に、しくしくと泣いて居る男が居た。
 天堂茂だ。
 生きている!
 私も、生きている。転がっている死体たちとは違う。
 私は死体たちを跨いで、彼に近寄った。彼は膝を抱えてうつむいて、眼鏡を涙で濡らしていた。

「何、泣いてるの。情けない」

「僕は死んだんだ。こんなに悲しいことがあるものか。泣かずになんていられない」

「でもあなた、生きてるよ。私が殺してあげたいくらいだけどね」

 天堂茂は振り向いた。

「小豆沢七海!!?」

 天堂茂は立ち上がり、シワクチャに顔を歪めて、私の腕を掴んできた。
「教えろ!! ここは何処だ!! どうすれば出られる!! 僕はまだ生きているのか!!!」
「1つ目の答え。さあ? 2つ目の答え。さあ? 3つ目の答え。私が生きてるからあなたも生きてるんじゃない? どちらも死んでいる可能性も捨てきれないのだけれど」
 天堂茂は、クソッと毒づいて私から手を離した。

「前にもこんな事あったよね。暗い空間であなたと2人きり。あの時はどうしたっけか。取り敢えず情報を共有しない?」

 天堂茂はしゃがみ込んだ。そして15番目の死体に這い寄り、その頬に触れて、再び泣き出した。
「父上の部下に殺された。父上は僕を失敗作と判断したんだ。死んで気付いたらここに居た。赤の日以降、毎年1年生に在籍した《天堂茂》たちも捨てられていた。ここは恐らく、ゴミ箱だ」

 ゴミ箱。
 デスクトップにある、完全に消される前のデータが保管されている場所か?
 強大な魔法により空間が歪み、私もここに迷い込んでしまったのではないか。だとしたらやはり、まだ完全には死んでない。生きている。

「僕と関わった全員が僕のことを忘れ、また来年には新たな《天堂茂》が当然のように入学する。笑えるよな。いつまでも父上に認められない、僕こそが本当の落ちこぼれだ……」

 天堂茂の赤は作り物のようだ。赤坂いつみのような炎の赤でもなければ、花卉の紅でも、血肉の朱でもない。
 いうなれば日本国旗の真ん中にある、見栄えの為に作られた日の丸のような赤だ。
 ブラックアローンの2028年の記憶には、既に天堂茂が存在した。私の推理はもうまとまっていた。

「あなた、天堂任三郎の生み出した、クローンでしょう」

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428 :げらっち
2024/08/10(土) 12:42:49

「ご明察だな。そうだとも」
 天堂茂は顔を伏せたまま、くっくっと笑い出した。
「オリジナルの天堂茂は赤の日の直後に死んだ。怪人に無残に殺されたってなあ。父上は跡取りを亡くしさぞ悲しんだことだろう。毎年コピーデータを学園に入学させている。だが父上のお眼鏡にかなう者は現れなかった。毎年始末されては、改良版が翌年に送り込まれる。僕はその16代目、Ver1.1.0.44だ」

「落ちこぼれの無限ループだね」

 突然、天堂茂は立ち上がった。涙と怒りにまみれた顔。
 奴は私の胸ぐらを恐ろしいほどの力で掴んだ。

「お前のせいだぞお前の!! お前が僕より強いから!!! コボレンジャーなんかが、この僕に勝つから!!!」

 歩み寄ろうとした私が馬鹿だった。

「死ね!!!」

 ドゴ!!!
 私は渾身の力で天堂茂の顔面をぶん殴った。眼鏡が割れ、歯が2・3本抜けて血と共に飛んだ。
「ひゃああ~」
 奴は情けない声を上げて尻餅を突いた。眼鏡と歯がバラバラと散った。

 じーんと、拳が痺れた。溜飲がすぅっと下がり、せいせいした。

 奴は叩き落とされたハエのようにばたついた。
「い、いきなり殴るとはどういう教育を受けているんだ!! 歯が折れた! ち、血が出たぞ! 血が!! いたいい!!」

「痛いなら、生きてるよ。血が出たんなら生きてるよ」
 私は手に付着した血をこすり落とした。
「やっぱりあなたはファザコンだ。パッパに認められたいというか、言いなりになってんじゃん。別に無理にエリート気取らなくてもいいんじゃない? 合格点を、満点を取れなきゃ存在価値が無いの? 好きに生きればいい。好きに生きさせてくれない? 抗って抗って生きるんだよ。駄目ならリセマラなんて甘いんだよ。私は生きている人たちの世界に、帰るから。何度でも挑んで、痛い思いをして生きるから。あなたはどうするの。どっちでもいいんだけど」

 答えは無い。

 私は奴に背を向け、行こうとする。
 背後から、「待て!」と声がした。

 振り返ると、天堂茂が立ち上がって、ひび割れた眼鏡を掛けて、真っ直ぐに私を見ていた。


「一緒にいきたい」


「じゃあ、握手」

 私は真っ白い手を差し出した。
 天堂茂は口をへの字にしかめたが、嫌々、手を出した。


 私は世界で一番大嫌いな奴と手を握り合った。


 次の瞬間、私はパッと手を振り払った。
「おっといけない触れてしまった」と台詞を添えて。
 天堂茂は恨みがましい目で私を見た。
「そんな目で見ないでよ。初めて会った時にやられたことの、お返しだ」
「たわけたことを抜かすな! ここから出るために一時的に協力することを承諾した迄だ。ここから出たら父上に頼んでお前など」
 そこまで言って、彼の顔は急激に青冷めた。

「ざんねん、もうその脅しは使えないね?」
 私は笑みを向けた。
「あなたは落ちこぼれ中の落ちこぼれ、コボレンジャーのコボレッドだ」

 茂の顔が少し緩んだ。

「僕も入って良いのか?」

 コイツも仲間が欲しかっただけなんだ。

「いいよ。他の子たちは猛反対するかもしれないけどね。今まで散々なことしてきた罰に、袋叩きにされるかも」
「な、なんとかしてくれよ」
「やだよ。あなたが自分で声を上げて、自分の力で戦うんだ。これからは後ろ盾なんて無いんだからね。でもその代わり、これからは対等な仲間が居る」

 仲間、そう聞いて、茂は子供みたいに、目を輝かせるのだった。

「ふん、いずれ僕がリーダーになる。格の違いという物を分からせてやるさ」
「一段上の落ちこぼれってわけね」

 何としてもここから出て、何度でも戦って、絶対コボレンジャーのみんなと再会するんだ。
 さあここからが勝負だ。


つづく

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429 :げらっち
2024/08/12(月) 22:59:44

第39話 出色だね


 私はただ虹が見たいだけだった。

 でもそれは彼の願いでもあった。赤坂いつみ、こと、光りの天使レプリエルは、7色の人材を集めていた。
 私の夢と彼の願いがリンクし、彼は私に7色のメンバーを集めさせた。
 実力証明が終わった時、レプリエルは正体を現し、学園は光りの円盤ピカリポットの傘下に置かれた。
 レプリエルは、コボレンジャーの6人と自身とで、7つの魔石ニジストーンと成り、巨いなる魔力で、赤く塗られた世界をリメイクしようとしている。
 楓が捕らえられた。皆で挑むも勝てなかった。私は空間のひずみ、世界のゴミ箱に迷い込んだ。そこで、コボレンジャーの7人目、赤を見つけた。


「エリート気取って死ぬより、落ちこぼれとして生きる方がよっぽど良いよ、そう思わない?」

 天堂茂は顎をしゃくれさせた。父親の面影が見えた。
「研鑽を怠った底辺の考えだな。いいか? 例えオチコボレンジャーに所属しても、僕はエリートを目指し続ける。これは父上に押し付けられた価値観などではない。僕自身が、己の精進を心から望んでいるのだ。馴れ合いの青春などゴミだ! 僕は青春を赤く塗り潰し、お前らを踏み台に更なる飛躍を遂げるだろう」

 後半はよく聞いていなかった。割れた眼鏡で言われても説得力が無い。
 やはり仲良くはできなさそうだ。


 私は真っ暗を見渡す。

 光りが無い故の闇ではない。光りも闇も、何も無い故の黒なのだ。
 有るのは私と天堂茂だけ。だから暗澹とした中でも、自分の体や、天堂茂を見ることができる。
「して、どのように脱出する気だ?」
「とにかく変身して、この世界をぶっ壊す」
「成程な、落ちこぼれらしい短絡的な考えだ」
 茂は卑しい目になった。

「私は戦隊証を持ってない。あなたのを貸して欲しいんだけど」

「ナンだと!?」

 茂はシャウトした。そりゃそうだろう。戦隊の証を他人に、しかも大嫌いな私に貸与するなど彼のプライドが許すまい。
「いいから貸してよ。ここから出るために協力してくれるんでしょ?」
 茂はポケットから戦隊証を出した。私はそれを受け取ろうと手を突き出す。
 彼は、意地悪く戦隊証を引っ込めた。
「ああ協力はしてやろう。だが上下関係という言葉がわかるかな? どっちが上か、お前のちっぽけな脳みそでも理解位できるのだろう? 変身するのはこの僕だ」
「何言ってるの、前に火球カーストを受けた時技が跳ね返ってあなたが被弾した。私の実力はあなたより上だ」

 図星だったのか、茂は唇を噛み、私に魔法の矛先を向けた。彼のイロが熱を孕み、私は汗ばんだ。
 茂は変身の呪文を叫ぶ。その瞬間、私は彼の戦隊証をひっつかんだ。
「ブレイクアップ!!」
 私と茂は同時に変身した。2人で1つの変身アイテムを握っている。
「離せ小豆沢!!」
「離さない。ここから出るまではね。いい加減覚悟を決めてよ、行くよ」
「ちっ、仕方ない!!」
 私と茂はゴーグル越しに視線をかわした。そして次の瞬間。

「スパイラルスノウ!!」
「スパイラルフレア!!」

 空間に魔法をがむしゃらに飛ばす。

「ブリザード! ツララメラン! ドライアイス! 氷晶手裏剣!! グレートマンモス!!!」
「ファイアペンシル! 火球カースト! 火エラルキー! 火炎タッピング!! ヒートミサイル!!!」

 ここは通常の世界ではない。摂理の無い一次元だ。だからバグが生じた。大量の魔法を一度に受け、世界が崩れてゆく。
 私たちは、黒の裂け目に頭から突っ込んだ。冷水にダイブしたような感覚、次の瞬間には正しい温度と正しい光りが戻った。世界に戻ってきた。ここは。

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430 :げらっち
2024/08/12(月) 23:00:10

「ここは」

 私と茂は、ホールの檀上に居た。
 私にとっては思い出の場所だった。ここは入学式のスピーチをした始まりの場所なのだから。
 あの時とは違い生徒の姿は無く、伽藍洞だ。私はホールを見渡して小さじ一杯分だけ懐かしさを感じた。

「戻った……戻ったぞ! そうか、僕は生きているのか!」

 茂は自身の左手をしげしげと眺めていた。それでも右手ではしっかりと戦隊証を握り締めていた。
 私は左手で戦隊証を掴んでいるため、傍から見れば私たち2人は手をつないでいるように見えただろう。
 ……そんなことは5度死んで5度転生してもしたくない。

「で、何が起きているんだ?」
「色々とマズ~い状況」

 それを証明するかのように爆音がして、茂は飛び跳ねた。
「弱虫毛蟲」
「違う脊椎反射だ。起こらないお前がおかしい。身体に備わってしかるべき機能の欠損した障害者!!」
「脊髄(せきずい)反射でしょエリート君。脊椎(せきつい)は私たち動物のことだよ健常者」

 私と彼はバイザー越しにたっぷりと睨み合った。
 尚も建物の外からは騒音と振動が響いている。何が起きているんだろう。私たちは戦隊証を握り合ったまま、外に出た。

 学園のあちこちから煙が立ち上がり、炎光が薄暗い空を照らしている。敷地全体が怒声と熱気に包まれている。
 慈雨は、学園の火災を鎮火することは無かった。学園の上空には未だにピカリポットが停泊しており、それが巨大な傘の役目を果たし、雨水を跳ね除けていたからだ。雨粒は傘から滑り落ちるように、巨大な円盤の円周に滝を作っていた。
 洗脳の解けた戦士たちはピカリポットへの集中攻撃を試みているらしい。学園の誇る巨大ロボたちが飛び上がり、ピカリポットに攻撃している。だがピカリポットは光弾の雨を降らせ赤子の手をひねるようにロボたちを撃墜する。学園のあちこちから更なる火の手。

 もっと恐ろしいことが起きた。
 ピカリポットから、無数の銀の円盤、小型のピカリポットが放たれたのだ。ミニピカリポットか、ピカリポットジュニアか。名称はどうでもいい。レプリエルは自棄を起こして学園を滅ぼすつもりか?
 学園は絶叫で包まれた。


 親ピカリポット、あそこに楓が居る。恐らくは公一、凶華、佐奈、豚も捕らえられてしまっただろう。

「助けに行かなくちゃ」

 私が走ろうとすると、茂はそれに続かず戦隊証を掴んだので、私の手から変身アイテムがすっぽ抜け、私はすっぴんになった。化粧ではなく変身していないという意味の素嬪だ。
「ちょ、何してんの」
「愚問を吐くな。落ちこぼれ共を助けることに僕に何のメリットがあるんだ?」

「じゃあ逆に聞くけど、あなたが生きていることに何のメリットがあるの?」

「……!」
 赤い戦士は言葉を探している様だった。

「メリットや損得、理屈が全てじゃないでしょ。私はもう一度友達に会いたい。できるならずっと一緒に居たい。それだけだ。あなたも仲間が欲しいなら、生きたいなら、理屈じゃない部分を見せてよ」
「抜かせ……!」
 私は彼の持つ戦隊証に手を乗せた。私は再びコボレホワイトに成った。
「直ちに自分の戦隊証を取り戻せ。お前との相乗りなど長時間は御免だからな」

 あんたのせいで戦隊証は没収されたんだが……

「こっちこそ御免だよ。早く自分の戦隊証で変身したい。恐らく校長先生が持っている。目指すは、校長室」

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431 :げらっち
2024/08/12(月) 23:00:37

《レプリエル》


 僕は神――白に作られた。

 赤いニジストーンの模造品。人では無い天使。サキエルや、アルミサエルになぞらえて……レプリエルと名付けられた。恐らくは、春であり学年の始まりである4月、Aprilとのダブルミーニングだろう。

 光りがあるから、色があるのか。色があるから、光りがあるのか。
 光りが照らさねば色は存在せず、そこにあるのは闇だけだ。しかし色が存在しなければ光りもまた無為になる。
 鶏が先か卵が先か。その疑問自体が馬鹿げているのではないか。鶏も卵も、創造主がそう定めた時には、既にそこにあったのではないだろうか。

 創造主なんて、僕は知らないけどね。

 神と創造主はイコールではない。神は単に、世界の観察日記をつけているだけだ。
 干渉するなど稀だ。世界がちょっと道を踏み外した時に、こっそり道標を立てるような、そういうささやかな存在だ。

 存在だった。

 それは過去のニジストーンの話だ。
 長兄とされた白が人間の世界に過干渉しないというルールを作り、赤カビの生えた古臭いルールを守った結果、赤い巨人の発現につながり、世界は生命の力だけではリカバリーできなくなった。
 失われたニジストーンに代わり、新たなニジストーンとなる人材を見つけ出すのが僕の仕事。その褒美は、世界をクリエイトする権限。

 今度のニジストーンは、前のなんかより、よっぽど出色だ。どんな創世もできる。
 赤の日も怪人も戦争も全て失くす……それが白の依頼だ。従う必要なんかない。僕は僕の欲しい世を作る。僕がただ楽しむだけの、素敵な世界。

 それは大志の、はずだった。


 だが、今の僕は、失意に沈んでいた。
 雨の侵食するピカリポットの中、濡れた羽を閉じて、白の高い所に浮いている。
 見下ろす先には、江原公一、星十字凶華、鰻佐奈、巨大メカ形態から元に戻った大口序ノ助が、こちらを見上げている。
 これを返して欲しいのだろう。僕は青いニジストーンを握り締めていた。伊良部楓、だったものだ。
 美しい。だが足りない。

 白いニジストーンが無ければ、小豆沢七海が居なければ、何もかも、無駄になる!
 代わりの白を見つければ済む話? まさか。白いイロを持った人などそうそう居ないし、居たとしても、小豆沢七海に及ぶはずが無い。
 小豆沢七海、彼女は出色だった。お気に入りだった。

 好きだった。

「あああああ!!!!」

 どうして消えてしまったんだ!
 僕は翼を開き、両腕を上げた。それを合図に、ピカリポットは学園に更なる攻撃を加える。爆音が遠くで轟いている。こんな学園、もう無用だ。滅ぼしてしまえばいい。

 素敵な世界?
 それは、何だ?

 生命の偽物でしかない僕が、ニジストーンを蒐集するためだけに作られた僕が、最も心ときめいた瞬間は、小豆沢七海と戦ったあの瞬間だった。

 ほんの少しだけ、涙が、出た。


 何かを感じた。

 無い心臓が脈打った。人間でいうところの、気持ちの昂り。

「まさか!!」

 僕は障子に穴を開けるように、白い空間に爪を突き立て、引き裂いた。下界を覗き見る。


「おらああああああああああ!!!!!」

 何かが校庭を、物凄いスピードで突っ走っている。
 僕は目を凝らしてそれを見た。

 赤い戦士、それと、白い戦士。

「七海か!!!」

 リトルポットのミリオン焼夷弾。豆粒のような二人三脚は、氷、炎、氷、炎、その連鎖で小型の円盤たちを駆逐した。紅白は校庭を突き進んでくる。
「生きていたのか!!」
 レッドは天堂茂か? まさかあの2人が手を組むとは……
 僕の心に渦巻く羨望。何故天堂茂なんかが、七海と一緒に。彼女と対等になれる赤は僕しか居ないのに。
 これは嫉妬という物か!

 だがそれ以上に、嬉しかった。

「七海が生きていた……うふふ! また戦えるぞ!!」

 世界なんてどうでもいいじゃないか。七海と戦えれば、それでいいじゃないか。

「おいで七海。いつでも相手になってあげるよ♪」

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