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┗253.バカセカ番外編スレ(23-42/102)

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23 :げらっち
2022/07/30(土) 01:39:15

「あなた達は、だれ」


先に迷い込んだ者たちが居た。
CGRとは違う、2つの世界から拉致された4人だった。
そして、別の世界に属していた者たちが鉢合わせすれば、齟齬が生まれるのは、道理であった。パンダとコアラを同じ檻に入れても馴染めない。

迷路の少し開けた所。
金髪の幼い少女に問い詰められた黒髪の少年が、どもりながら答えていた。
「誰って、警戒しないでよ。でもごめん、まだ名乗ってなかったね。僕は――」

「他の人たちも来てたんですね!」声が割り込んだ。
ルルとリリだった。
話に横入りするのは、どの世界でもあまり好まれることではないようだ。4人は程度の差こそあれ、皆不快な表情をした。
茶髪の少女だけは、不快と不安と興味を足して3で割って×2したような顔で「また新しい人が!」と言った。

ルルはまず黒髪の少年を見た。
「あなたが――?」
「違うよルル、あっち。」
リリは金髪の少女を顎で指した。
「見たことのないイロだよ。」

少女の金髪は、キラキラと光っていた。
右の瞳は青く、リリの眼を想起させた。対する左の瞳は、白かった。黒目にあたる部分が無く、白目の中心に直接瞳孔が穴を開けているようで、不気味だった。
しかしその不気味さも、美しさに加勢して、少女の存在感をふちどっていた。少女はルルたちの世界ならば小学校低学年というような外見だったが、それでもかわいいという言葉を送れば失礼にあたりそうだった。ただただ綺麗で、神々しかった。

ルルたちはパッと見で、彼女が自分たちとは違う世界から来た者だということに気付いた。

ルルはちょっと腰をかがめて、少女に声を掛けた。
「はじめまして、私はルルです!さっきすごい魔力を感じましたが、あなたですか?」

少女は虚ろな目でルルを見た。そして、見た目の割には低い声で、飾りのない疑問を突き出した。

「だれ」

ルルはポカンとした。
「だから、私はルルです!猫野瑠々!年は――」

「名前は、どうでもいい。だれかってきいてる」

少女はふいと視線をずらし、同じ世界から来たであろう、金髪の少年の元に引っ込んだ。
その少年の髪も、少女ほどではないが輝いていた。頭頂部は金色で、毛先に向かうにつれオレンジ色になっていた。少女と同じくらいの年の、端正な顔立ちの少年だった。
「ひなた、大丈夫か?あんな奴らほっとこう。」

ひなた、というのか。
ルルは困惑してリリを見た。リリはリリで怪訝な顔をしていた。駅の通勤ラッシュでサラリーマンに肩をぶつけられ、謝罪も不十分なまま立ち去られたOLとよく似た表情だった。

そこに、黒髪の少年が声を掛けた。
「やあ、人が増えて心強いよ。いきなりだけど、この変なセカイから出るのに、助け合いたいんだけど……」
ルルは「モチですよ!」と言った。「あの子は?」ルルはひなたと呼ばれた少女のことを尋ねた。
「僕たちが助けたんだよ。でも逆に助けられちゃったかな。」と少年。「あの子が化け物をぐしゃぐしゃに丸めて、ボンッてした。あんなのはじめてだ。」
少年は金髪2人とは違い、ルルと大差ない、平凡な容姿だった。
「もしかしたら、地球って星を知ってるんじゃないかと思うのだけれど。」とリリ。
「もちろん知ってるよ。それは僕たちの星だ。」
「じゃあ同じ世界から来たんですね!」とルル。
「年号は?」とリリ。


「���年。」


音声が混濁した。
彼らが元居た世界は、地球であって、地球ではなかった。別の世界の、別の宇宙の、別の地球だ。ルルたちの地球とは、同じではなかった。

「僕は霞月。こっちは奏芽。」

霞月と名乗った少年は、相棒であろう少女を紹介した。オレンジがかった茶髪、面倒見の良いお姉さんというような雰囲気だ。
2人はルルと同じくらいの年齢に見えた。

「やほ!奏芽だよ。よろしくね。私たちは2人で驛「譎「�ス�ュ驛「�ァ�ス�ッ驛「譎擾っていうヒーローをやってるよ!」

ルルとリリには、彼らのヒーロー名が理解できなかった。
何かは受信したが、ルルたちの世界には無い言葉のため、文字化けした。
霞月と奏芽の間では、問題なく言語がつながったらしい。年少組はそもそも自己紹介に興味を持たないようだったが、その言語は理解できなかったのではないか。
であれば、CGRという言葉も、他の世界から来た者たちには通じない可能性が高い。

リリは簡潔に、「私はリリ。」とだけ言った。
「へ~、ルルちゃんにリリちゃんか!名前が似てるけど、どういう関係?」と奏芽。
「しま――」
姉妹と漏らしそうになったルルの口を、リリは魔法でフリーズした。そして、「ただの知り合い。」と言った。

年少組は、既に4人から離れて迷路を進もうとしていた。


彼らが馴染まないのは、何も別の世界から来たというだけの理由ではないのかもしれない。

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24 :やっきー
2022/08/02(火) 07:28:02

《蘭視点》

 日向の黒く変色した右腕を見て、だんだん怒りが込み上げてきた。あの力はたったあれだけのことで使っていい力ではない。変色部分は力を使う度に大きくなり、右腕はとっくに侵食されている。この黒が日向の全てを覆い尽くしたとき、日向はどうなってしまうんだろう。
 日向に向ける感情は、とっくに怒りから心配へと変わっていた。苦笑したい気持ちを抑え、おれは怒っているんだと日向を睨む。
「平気」
 おれの視線に気づいたのか、日向はそう言った。
「そんなわけないだろ」
「ただの呪いだもの。それより、どうしてこの力がここで使えたのかな」
 日向の問いにおれも首を傾げた。たしかに。あの日向の力はあの世界でのみ――あの時空でのみ適用されるもののはずだ。ここは明らかにおれたちが元々居た世界ではない。
「考えたって仕方ないだろ。とにかく、もう使うなよ」
「うん」
 守る気のない約束を結んで、このわけのわからない迷路をただ歩く。出口を探しているわけではない。一刻も早く帰りたいとは考えていないし、それは日向も同じらしい。
「そういえばこれどうする?」
 おれは片手を持ち上げて、持っていた弁当を日向に見せた。潰れたところは魔法で再生した。問題なく発動されるとわかった以上、魔法の使用は当然行動の選択肢の一つに組み込まれる。折角食べるなら潰れたものより綺麗なものがいい。その方が食べやすい。
「お腹空いたの?」
「ちょっとな。でも、やっぱりまだいいか」
 おれはさっきの四人を思い出す。まともな食料を持っているようには見えなかった。たかられても面倒だしあいつらが完全に見えなくなってから食べよう。ずっと持っていても邪魔だ。アイテムボックスに入れとくか。
「アイテムボックス・オープン」
 いつもならここで橙や黄が混ざったような色の、既にしまってある物の一覧の画面が出てくるところだ。だけどそれが表示されなかった。
 あれ? なんで出てこないんだ?
 数秒考えて思い出す。アイテムボックスに物を収納出来る理由は『世界に情報を保存しているから』だ。このセカイじゃ使えないんだ。マジか。魔法が使えないよりマシか? 魔法が使えるならアイテムボックスが使えてもいいと思うんだが。

「待って!」
 背後から声がした。無視しようかとも思ったけど、走り寄ってくる音も聞こえる。近づかれたくないな。返事するか。
「はい?」
 おれは半身だけを動かして後ろを見た。日向は顔だけを後ろに向けた。それも首を限界まで回したわけじゃなくギリギリ声の主が視界に入る程度。
 声の主は女だった。茶髪の女。奏芽とか言ってたか?
「このよくわからないセカイで、小さい子二人だけで行くのは危ないよ。一緒に行こう?」
「そうですよ! それに、みんなで協力すればもっと早く帰れるかもですし!」
 黒髪の女も便乗しておれたちを諭す。
 あ、そうか。おれたちは見た目だけは子供だしな。そう思われるのも無理ないか。正直言って、あいつらは居ても邪魔なんだよな。囮にも使える気がしない。
 確認するまでもなく日向の意思は分かりきっている。おれは茶髪の女に視線を固定したまま言った。
「いいえ、平気です。ご心配ありがとうございます」
「で、でもっ」
 しつこいな。
 茶髪の女だけじゃない。おれたちに心配とか不安とかの色が浮かんだ目が向けられる。だけど一人だけ、怪訝そうというか明らかに他の目とは違う目があった。違うのは目だけではなく、全体の見た目も異色だった。おれたちの世界では、そしておそらくあいつらの世界でも珍しい色素の薄い白髪に青眼の外見。さっき聞こえてきた話からしてあいつらはどうやら似たような世界から来たらしい。それがどこなのかは聞き取れなかった。
 日向と同じ、白の見た目を持った少女。名前はリリだったか。
 いいな。外見だけで好感を持ったりはしないけど、とりあえずほかの三人よりはましだ。日向とほんの少しだけ雰囲気が似てるからかな。それともあの異質さに少なからず興味を抱いたからだろうか。どちらでもないかもしれない。

「奏芽」

 男が女の肩に手を置いた。女が男を見ると、男はゆっくりと首を横に振る。
「心配な気持ちはわかるけど、助け合う気がない人達が居ても意見が衝突するだけで危険だ。もし助けが必要になったら向こうから来てくれるよ」
「何言ってるの! 私達はヒーローよ? あの子たちを見捨てることなんてできない!」
「それはそうだけど。でもここがどんな場所かわからない以上余裕なんてないのはわかるだろ?」
「それは……!」
 女を言いくるめようとする男だが、あいつもやっぱりおれたちを案ずる顔をする。いらない心配だっての。
「もし助けが必要になったら遠慮なく来てください」
 男が言う。やっと終わったか。

「はい。ありがとうございます」

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25 :げらっち
2022/08/03(水) 16:06:08

【キャラ】

猫野瑠々(ルル)
年齢:CGRの世界の2023年8月現在、13歳(中2)
容姿:黒髪のボブカット 身長160ないくらいの痩せ型
   学校から拉致されたので制服(夏服)を着ている
性格:ややマセガキで天性のぶりっ子 でも基本は素直で友達想い、正義感がある
   敬語で話すことが多い
   一人称「私」もしくは「るーちゃん」←ぶりっ子 ですわぁ
属性:怒ると燃えるように熱い炎属性
特技:スパイラルフレア バーニング ファイアウィップ等

思考:(リリに対して)妹兼娘ということで、仲良くしたいと思ってる
   だがルルは友達付き合いが苦手なこともあってギスギスしてる
   タメ語と敬語を混ぜたような話しかたで接している
   (霞月たちに対して)普通に接している
   (日向たちに対して)年下だし、自然に接しようと思ってるが、心を開いて貰えず憔悴している
   (セカイに対して)不安なので早く出たい 同時に、消えた級友弥吏のことも気にしている

猫野璃々(リリ)
年齢:未来での雪華の子供、ルルの妹(雪華にルルが魔法を注ぎ込むことで受胎した)
   急成長させられたりもしたが外見は15歳(高1)くらい
   CGR2では過去に来てルルと共闘した
   バグを除去し修復された世界では、本来存在しない筈なので消え、未来で再びルルの子供として生まれ再会する…予定だったが消える前に拉致された
容姿:アルビノで髪や肌は白い 髪は長め 身長はルルと同じくらい ルルよりは肉ついてる?まあ高校生だからね…
   白いパーカーとズボンを着ているので全身真っ白 あ、瞳は青いよ
能力:色素が無い代わりにイロ(オーラのようなもの)を見ることに長けている 
   自閉傾向があるが、同時にTASのような卓越した計算能力を持っており、常にベストでスマートな行動を取る→「サヴァン症候群」
   カレンダー暗算が得意 そこそこ大喰らい 苦手なものは強い光
性格:出生の経緯もあり、性格は尖ってる ルルよりも更に不敬な感じ クールに見えて売られた喧嘩はちゃんと買うタイプ
   敬語使うのが不得意なので目上に対しても偉そうに話す 「~なのだけど?」とかよく言う
   一人称「私」
属性:雪華と同じ冷たい氷属性
特技:スパイラルスノウ フリーズ アイスバーン等

思考:(ルルに対して)大っ嫌い    と思ってる
   そもそもリリの過酷な出生もルルのせいなので、酷く恨んでる
   でもCGR2で共闘したこともあるし、今は一応協力してる ルルの性格に関しては毛嫌いしてる(特にぶりっ子な面としおらしい面)
   仲良くする気はない
   (霞月たちに対して)割とフランク
   (日向たちに対して)好印象は抱いていない
   リリは売られた喧嘩は飼うタイプなので、日向たちが気に喰わないことをすれば、年下相手でも文句を言う
   エスカレートすると手も出そう
   (セカイに対して)白という色が大嫌いなので、早く出たい
   セカイから出れば自身も消滅し未来の生命になると思っているので、さっさと生まれ直したい

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26 :げらっち
2022/08/03(水) 16:08:59

《リリ視点》

白って、大嫌い。
白って、無個性で、無愛想で、無風流で、無感動だ。
それは何も、私の体がシロクマみたいに白いからじゃない。例え「普通」の日本人に生まれても、黒人に生まれても、私は同様に白が嫌いだったはずだ。

私はこのセカイが大嫌いだ。
どこもかしこも真っ白で、すなわち無個性で、無愛想で、無風流で、無感動なセカイで、道草なんて喰っていられない。
早く出なくちゃ。

でも私は、色の無い世界でも、イロを見ることができる。
これは色素の無い私に与えられた恩恵であり、同時に皮肉のようにも思えた。色の無い私が、他人のイロを傍受できるなんて。まあ使えるものがあるなら利用するのが私のやり方だ。私は瞳の色素の欠如により、視力が非常に弱い。それをこの共感覚にて補っている。であれば世界はカラフルだ。
私が視認するイロは、そのまま魔法の属性、戦隊のカラーにつながっている。
例えば、ルルは赤だ。今はちっちゃい火種だけど、感情が昂ると、どこまでも激しく燃える炎のイロ。よく延焼したり、自身が黒焦げになったりしている。うまく制御もできていない、ガキのカラーだ。


ときに、こんなイロは、はじめて見た。
あの金髪の幼い少女。まぶしいくらいのイロを放っている。これは白でも、金色でも無い。イロではなくむしろ「ヒカリ」と捉えるべきだ。光の三原色を合わせると白になるというのを身にもって感じることができる。魔力がハンパじゃないな。あ、魔力って言葉で、いいのかな?もしかしたらそれはふさわしくないかも。こっちの世界じゃそう呼んでいたけれど。あの子はどう見ても、私の知っている世界「産」のものではない。違う世界のものを同じ定規では測れない。円とドルを直接比較するようなことだし、換算するのも難しいけれど、それでも私やルルよりも遥かに強い力を持っているのがわかる。何者だろ。それとも、あなたたちの世界じゃ、それが平均的なの?金髪さん。


その少女の元に、ルルが近付いて行った。相変わらずのあほづらで。
ああ、嫌だな。あれが私たちの世界の代表選手だなんて。
ルルは大仰に、背中の後ろに隠し持っていたものを、少女に突き付けた。じゃじゃーんという稚拙なセルフ効果音を伴って。相手が幼いから、舐めてかかっている。少女のほうは、表情を一切変えなかった。クールだね。

「ねえ、おなかすいてない?実は私、お菓子持ってるんだ!おしるる……じゃなくておしるこキャンディって言うんですよ!みんなにひとつずつあげるから、食べてみて!おねえちゃんからのプレゼント!はい!」
ルルは不器用な笑顔でそう言った。

私はこいつが大嫌いだ。
この、性善説の、お人よしの馬鹿の、それでいておセンチな、身勝手な、少女的潔癖症を持った、コンプレックスと、根拠のない自信と、無責任な正義感に凝り固まったこの女が、私と遺伝子的に、魔力的に、運命的に密接にかかわりを持っている。耐え難い。あいつとのへその緒は、私が植木ハサミを持ってきて、力を込めて、ブツンと断ち切ってやりたいくらいだ。

金髪の少女は、ルルが差し出したゲテモノをちょっと見ていたが、すぐに興味ないというように視線を逸らした。
「いらない」
そりゃそうだ。わけのわからないやつにもらったわけのわからないものを口に入れるなど、誰がするか。
「遠慮しなくていいって!みんなの分あるから!」
少女は怪訝な顔をしていた。嫌がってるってわからないかな。
すると、少女と一緒に居た少年が、少女の前に立ち塞がるように進み出た。こちらも金髪で、少女ほどではないが強いヒカリを感じ取れる。やはり彼らの世界では、この程度は当たり前なのか。それとも、そういう種族なのか。
ルルはというと、頑なに不味い飴を勧め続ける。
「あなたも、どーぞ!味はビミョーだけど、お近づきの印に!名前なんていうの?」
どうせ誰も受け取らないよ。無様だねルル。
と思っていたら、想定外。少年はニコッと笑って、手を差し出した。ルルは、包装を剥がし、飴玉をその手のひらに転がした。

少年は言った。
「ありがとうございます。蘭と言います。助かります。“食べ物は何も持っていなかったもので。”」

蘭と名乗った少年は、おしるこキャンディをほおばった。
おマヌケなルルはというと、ふにゃふにゃとだらしない笑みを見せていた。
でもその時、蘭少年のヒカリが、ちょっとだけ陰った。


あいつ、心にもないことを。見えてるよ。

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27 :げらっち
2022/08/03(水) 16:30:20

私は、もう1組の「客人」に声を掛けた。

「ハーイ、霞月。」
「呼んだ?」
黒髪の少年が片手を上げて答える。この中では一番まともそうだ。
霞月とその相棒、奏芽が私のほうにやって来た。
なんとまあ、2人はあの禍々しいおしるこキャンディを舐めている。
「初めての味覚だ……これ、さっきルルちゃんがくれたんだよ。ありがとう。」と霞月。
私はちょっとイラっとした。
「何で私にお礼言うの?ルルと私は行動を共にしているだけで、志は共にしていないから。」
霞月はちょっと怯んだ顔をした。ああ、クレバーじゃないねリリ。ここでさざ波を立てても何も得はしないってわかってるのに。
「ていうかそんな飴よく舐めていられるね。私は不味いと思ったから噛み砕いたけど。」
霞月と奏芽は顔を見合わせて肩をすくめた。
喧嘩っ早くてせっかちなのは私の悪い癖だ。
「まあいいや。飴の話がしたくて呼んだんじゃない。ここを出るまでは一時的に協力するってことで良いんだよね?」
私より若干背の高い霞月は、うんと頷いた。
「ああ。ていうか一時的と言わずに、元の世界に戻ってからも友好関係を築きたいな、とかも思ってるんだけど……」

私は笑いを堪えた。
どいつもこいつも性善説ね。あの金髪の2人のみならず、あなたたちだって、他の世界から来た誰にも、心を開いてなんかいない癖に。
あなたたちも他人を利用しているだけだ。こっから出るために、なし崩し的に協力を要請しているだけだ。バラバラに動くより集団で動いた方が襲われにくいし、襲われたとしても助かりやすい、草食動物の本能と同じだ。良いよ。私もいっぱい利用するからね。

それにどのみち、ここから出たら、私は存在しなくなる。遺伝子の姿に帰納して、ふりだしに戻って、今度は魔法の彫像ではなく、雌雄の混合物として生み出され、着床するところからやり直す。
私はこの糞ッタレの人生をリセットさせるために、早くここから出たいんだ。すなわち消化試合だ。

茶髪の少女、奏芽はニコッと笑みを見せた。
「きっとここから出られるよ!」
きっと、か。曖昧な表現は嫌いなのだけど。


私は遠くに見えている、高い円錐を指さした。白い建造物は、白い背景に呑まれてしまいそうだった。
「当面はあそこを目指す、ってことでいいよね?」
「いいよ。確かにあの“四角錘”の建物は見るからに怪しいよね。」と霞月。
私はハッとして、霞月を見た。彼は、どうして急に見つめられたのかわからないという表情だ。

四角錘、か。

突如、誰かが後ろから、私の髪の毛に触れた。私は咄嗟にその手を掴み返し、バチンと凍らせた。
「いいやー!!」
ルルの腕がビキビキと氷結していき、彼女は地面に突っ伏した。
「何触ってんの?」
「き、綺麗な髪だと思っただけだよ……!」
「あら有難う。触る理由としてはいささか不足しているけど。次したら、五感のどれかを潰す。半永久的に。」

ルルは涙目になった。馴れ合いは嫌いだ。
私はルルから手を離すと、円錐の建物について尋ねた。
「あれ、どんな形に見える?」
「クリスマスツリー。」
「具象化しなくていい。抽象的な形状を聞いてる。」

ルルはしどろもどろ、
「えんすい。」
と。

やっぱり円錐だ。
霞月たちには四角錘に見えている。出身の世界が違うと、物の解釈も異なるということか?
金髪の2人にはどう見えてるんだろう。もしかして、三角錐かな。

私があそこを、この迷路のゴールと見ているのは、目立つからという理由だけではない。
あそこからは凄まじいイロを感じる。
「ヒカリ」とは真逆の、「ヤミ」というような、真っ黒なイロ。
黒いカラーを持つのは大抵、闇属性や病み属性、狂人に類するものだ。だが、あそこにある黒からは、邪悪は何ひとつ感じられなかった。
変だ。
闇ではない「黒色」は、存在するか?白い影が無いように、黒い光は存在しない。

「もしかして。」

もしかして、あれは単一のイロではないのかもしれない。
光の三原色の集合体は白だが、色の三原色の集合体は黒だ。色んなイロがグチャグチャに混ざって、黒く見えているのか?だとすればこのセカイは……

「まあいいや。」

まあいいや、ここから出られればそれでいい。
再びルルの娘として産まれるのは反吐が出るほど嫌だけど、もっとまともなカタチで生まれさえすれば、いくらでも「復讐」できるんだからね。

☆☆☆

蘭は、日向と共に、他の4人から離れると、真っ白いベンチに座った。日向もその隣に座る。
蘭は弁当を、2人の間に置いた。
「どうして受け取ったの」と、日向。
彼女の質問は疑問符の他にもいくつか言葉が抜けていたが、それがルルからの贈り物のことだと、蘭にはすぐにわかった。
「日向がしつこくつきまとわれるのは、いやだったからな。」
蘭は飴玉を、ペェッと吐き出した。

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28 :やっきー
2022/08/08(月) 17:40:56

《日向視点》

 蘭が吐き出した飴玉は地面に吸い込まれていった。破壊された壁や床も元に戻るし、同じようなものかな。
「汚い」
 私は蘭を横目で見た。あれは食べ物とは言えない色をしていたから食べ物を粗末にしたとは言わないけど、一度口に入れたものを出すのは汚い。
「あの黒髪の女の手の上に乗ってた時点であれは汚いだろ」
 蘭の言い分も、まあ、理解はできる。もちろん包装はされていたけどだからといって嫌悪感がなくなるわけじゃない。
「汚い」
「だからっておれを汚物みたいに見るなよ。あー、うがいしたい」
 蘭は心底不快そうな顔で忌々しそうに飴玉が吸い込まれていった床を見た。
「出来ないもんは仕方ないか。それよりさ、これ食おうぜ」
 これというのは蘭がさっきベンチに座るときに置いた弁当のことだろう。まだいいと言っていたのに。やはりお腹が空いていたのだろうか。
「あいつらがこれに目をつける前にさっさと食べよう」
 なるほど、そういうことか。貴重な食料だから他の人に取られたくないという心理は理解できる。でも、それなら私と食べたりなんかせずに蘭一人で食べてほしい。どうせ私は空腹を感じにくいし食べなくたって死なない。けれど蘭は違う。他の人よりも我慢ができるというだけで飢えもするし、限度を超えれば死にもする。
「変なこと考えずにちゃんと食えよ」
 思考は読まれているらしい。付き合いは長いからね。

 食事中、私たちは何も話さない。これはいまだけのことではない。私たちはほぼ毎日のように会っているけれど、会ったからといってベラベラと何かを話すような性格ではない。お互いが同じ空間にいるだけで満足できる。たぶんこれが幸せってことなんだろうか。よくわからない。
 食べてるところをじろじろ見るのも蘭が落ち着かないかなと思って咀嚼音だけを聞いていた。蘭は食べ方が上手で咀嚼音はあまり聞こえない。
 弁当はいつも二人分、東家の誰かが用意してくれている。形も色も綺麗で体のことも考えて作られていることがわかる中身。私とは違って蘭は東家に居場所がある。よかった。
「ごちそうさま。これからどうする?」
 食べる速度はほとんど同じだったらしい。私が食べ終わった十数秒後に蘭が食べ終わった。蘭の問いかけに私は首を傾げる。
「することもないし、歩いてみようか」
 ここで休憩するのもいいけど、ここがどういう場所なのかもう少し調べた方がいい気がする。
「じゃあとりあえずあの三角錐を目指そうぜ」
 そう言って蘭は輪郭が少々ぼやけて見えるくらいの距離にある三角錐を指した。他に目印にできるものも特にないし、あれは私も気になっていた。なんだろう、呼び寄せられているとでも言おうか。助けを求める声が聞こえるわけでも手を引かれているわけでもないのだけれど。
 私は頷いて了承の意を伝えた。蘭が立ち上がるのを確認して私も立ち上がる。弁当箱はいつの間にか両方消えていた。都合良いな。これにもなにか意味があるのかな。
 どうでもいいや。この世界とは何なのか、その問いの答えを導き出すヒントには少なくともいまは成り得ない。後で必要になったら思い出そう。

 仮の目的地が決まったので私たちは歩き出す。そして曲がり角に差し掛かったところで、異変があった。
『だめ。ちゃ……と協り……して』
 老若男女の声が混ざって不協和音となった音声が頭の中に直接流れ込んできた。視覚情報が混乱してめまいと頭痛が起こる。気持ち悪い。
 視界に映るモノが情報に戻されて、新たなモノを形成した。白い壁に白い床。異変が起こる前とあまり変化のない視界の中に消えているものがある。

「蘭?!」

 私は叫んだ。まただ。蘭がまたいなくなった。でも前回とは違って私はセカイにいる。前回とは状況が違う。どこ? どこにいる?
「あれ? えっと、日向ちゃんでしたっけ?」
 間抜けとも取れる声が正面から聞こえた。焦りのあまり存在を認識できていなかったようだ。そこにはさっき分かれたはずの霞月とルルがいた。あちらもそれぞれ一緒に飛ばされて来たと思われる人物を連れていない。話し合いでもして二手に分かれることになったのだろうか。
「なあんだ。やっぱり一緒に行く気になって待っててくれたんですね! そういえばあの男の子はどこに行ったんですか?」
 少女らしい高い声が無性に神経を逆撫でする。相手にする必要は無い。私は無視して二人に背中を見せた。
「わあ、無視なんて酷いですぅ! リリもそう思うよね?」
 二手に分かれたのではなくあの二人もペアとはぐれた――離されたみたいだ。でなければルルはいない人に同意を求めたりなんかしない。頭がおかしいのでなければの話だけど。
「リリ? え、どこに行ったの?」
「奏芽もいない! 一体どこに」

[返信][編集]

29 :やっきー
2022/08/08(月) 17:43:22

 うるさいうるさい。自分に向けられた言葉ではないとわかっていても最早あいつらの声が耳に入るだけで煩わしい。耳を引きちぎって鼓膜を破ってしまいたい。どうせ再生するからそんなこと実際にはしないが。
「もしかしてあの子も蘭くん? とはぐれたんじゃないかな。あの子たち自身で判断して離れて行動するようには見えなかったし」
「なるほど。納得ですぅ」
 私の意思を確認していないくせに私を理解したつもりになってる二人が鬱陶しくて仕方がない。いっそ殺してしまおうか。そんな、世間一般は物騒だと言いそうな考えが頭をよぎる。
 いいかもしれないな。この不思議なセカイで罪を犯せば私は罪を自覚出来るかもしれない。あれほど焦がれた罪悪感とやらを知れるかもしれない。
 理性なんてものはとうの昔に消えている。歪な思考を正す自分を探し出すことに失敗した私は既に汚れきった手にさらに罪を塗り重ねることに決めた。しかし私が思い描いた未来が実現されることはなかった。
 再び私はめまいに襲われた。ぐるんと視界が回転して吐き気が込み上げてくる。足元がふらふらして立っていられない。ぐるぐる回る視界が気持ち悪い。もう回っていないのに気持ち悪い、気持ち悪い。

「大丈夫!?」
 霞月の声がした。慌てた様子で近づいてくる足音。いつ私が助けを求めた。いらない、そんなの。
 私は私を止めることはできなかった。私を止めたのは私以外のなにか――セカイだ。セカイはどうしても私たちを協力させたいらしい。なんのために。一体セカイは私たちに何を求めているの。
「ど、どうしたんですか? どこか痛いんですか?」
 ルルが私に話しかける。見た目が子供だからある程度仕方ないとはいえ、気遣っているふりをして暗に自分の方が立場は上なんだと語りかけてくるようなこの声がとても嫌いだ。うるさいうるさいうるさいうるさい。
「うるさい」
 私が言うと、ルルはとうとう怒りの感情の湧いてきたらしい。むっとした顔をして私に言う。
「心配してるのにその言い方はないんじゃないですか?」
「頼んでない」
 私は一人で立ち上がった。
 霞月も少なからず不快になっているようだ。でもこちらはまだ年上らしく振舞おうとしている雰囲気がある。
「きっと蘭くんと離れて不安なんだよ。日向ちゃん。僕たちも探すよ。だから一緒に来てくれないかな?」
「嫌」
 助けなんて必要ない。この二人が増えたところで蘭を探す効率が上がるとも思えないし。

「そっか」

 ついに霞月が突き放すような声を出した。長かった。これで一人で蘭を探せる。
 二人は私の横を通って歩いていった。私も向こうに行きたいんだけどな。あっちには三角錐の建物がある。さっきの会話であの建物を目指すことになったし、あそこに行けば蘭に会えるはず。
 仕方ない。二人の姿が見えなくなるまで待とう。

『だめ』

 老若男女の声がした。そして隣には先に道を歩いていたはずの二人が呆然と立っていた。何してるの。
「い、いまのなに?」
「急に視界が歪んで……、気持ち悪い」
 ルルと霞月は揃って青ざめた顔で口元を抑えていた。数分前の私だ。私に起こった現象が二人にも降り注いだんだ。
 ――どうしても、協力しないといけないのか。また分かれたとしてもセカイが強制的に引き合わせてくる。いつまでも拒み続けるのは不毛だ。それは理解できる。

 仕方ない。

 私が二人に声をかけようとしたとき。床に大きな亀裂が走った。バコッと床が陥没してそこから泥が噴き出す。いや、これは噴き出すと言うよりは這い出ると言った方が適切か。泥まみれの巨大な化け物が床からのそりと出てきた。やけに敵が多いな。
 私はその巨体を見上げた。上から下まで粘性の高い泥らしき液体に包まれていて、全体の形は半円に近い半楕円。まるで標高が低い山みたいだ。横幅が道幅に収まりきっておらず、少々液体が両側の壁からこぼれている。元の世界にいたC級スライムに似てなくもないけど、こんな色も大きさも見たことがない。同じものとして見るのは賢明じゃないな。

 ちらっと二人を見ると、表情からして戦うつもりがあるのがわかる。私の視線に気づかないままにルルが何かを触った。黒くて薄い直方体。六面のうち五面が赤色に染まっている。いや、あれは上からカバーをつけてるのか。なるほど。
「コミュニティアプリ起動!!」
 ルルがそう叫ぶと、ルルの体から炎が噴き上げた。泥とは違って空気を突き刺すような力強い炎。魔法の核となる魂に赤色が見えた。へえ。
「炎の勇者!! ガールズレッド!!」
 ルルを包む炎が晴れた。そこにいたのは全身を覆う赤いスーツを身につけたルルだった。あの端末が魔法具の代わりを果たしているのか。面白いな。

 私や蘭ほどではないにしろ、ルルにも何か強い力を感じる。少し興味あるな。

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30 :げらっち
2022/08/10(水) 15:33:28

《ルル視点》

私は神だ。
可哀想な養子。みじめないじめられっ子。災厄のキャスストーン。そんな運命を切り抜けて、私は神の二つ名を得た。
それは当然の成り行きだった。私の魔力は大きすぎたから。
それもようやく調節できるようになった。コンロを捻って火力を弱められるようになった。
だから神の名は飾りに過ぎない。神の仕事は、あのぶたさんに任せてある。
ようやく私は、普通の学生になれた。それは神よりも欲する立場だった。
だがまた事件に巻き込まれた。普通になるのは、まだまだお預けだ。


「コミュニティアプリ起動!!」

私は咄嗟にそう叫んだ。いつもの癖で。
ここは「セカイ」だ。リリは恐らくカタカナで発音した。明確ではないがそんな気がした。それはつまり、私たちの住んでいた世界とは別ということだ。
ここがセカイであるならば、変身が成功するとは限らなかった。だが成功した。どの世界にあろうと、私は私だ。私の中の魔力は変わらない。

「炎の勇者!! ガールズレッド!!」

全身が炎に包まれ、血液が沸き上がる。心地のいい戦意。
さあるーちゃんのお時間ですよ。
「スーパースパイラルフレア!!」
私は赤いグラブを敵にかざし、魔法を唱えた。掌から炎が噴き出し、灰色の泥の塊にぐるぐると巻きつく。
「やれえ!!」
蛇が獲物を絞め殺すように、火の竜がバケモノを焼き尽くす――

「あれ?」

――ことはなかった。炎は掻き消え、小山程度の泥は、引っ込んだ。
エアコンを相手にした時と同じく、何の手応えも無い。なんだろう。


「ここは、セカイ。あなたの世界とは違うから、あなたは同じでも、あなたの行動の反応は変わってくる」


「え、ええ?」
私は声のした方を振り向いた。ひなたと呼ばれた金髪の少女の姿ある。
あの子があれほど長い文章を喋るとは思ってなかったから、ちょっとびっくり。でも確かにあの子の声だ。
「あの……なんて?」
私は尋ねた。だが返事は無かった。少女は私から興味を無くしたように、今度は地面を見ていた。あのバケモノが飛び出した亀裂は、綺麗に消えていた。
確かに気になることだけど、私を無視するのはどうなの?ねえ!マイペースにも程があるんじゃない?
……いけないいけない。年下の子相手に、大人げないよ、ルル。深呼吸!

「ルルちゃん、その姿は?」
続いて、霞月さんがそう言った。
私は年上の男子に対して使いがちな語調で言った。
「あ、見られちゃいましたか!ガールズレッドですぅ!私、元の世界では、CGRっていうヒーローとして戦ってたんですよ!!本当は秘密なんですけどね!」
私は魔法のマスクをずり下げ、口元だけ覆い隠すように変形させると、眼でニコっと微笑みかけた。
「僕もヒーローをしているけれど、変身はしない。すごいな……かっこいい。」
「えへ!」
「そういえば、スマホ持ってるんだ?」
霞月さんは、私の赤いキズナフォンをじろじろと見た。よくぶん投げるのでスマホケースは傷だらけだし、画面は指紋でべたべただ。こんなのを見られたら恥ずかしい。とりあえず私はササッと指紋だけでも拭き取り、彼に見せた。
「持ってますよー。霞月さんは?」
「家に置いて来ちゃったんだ。そうだ、リリちゃんと連絡取れないかな?奏芽も一緒に居るかもしれない。」

たしかにそうだ。リリも恐らくキズナフォンを持っている。でも肝心なことに。

「この世界にはWi-Fiが無いんですよね。」

私は思う。キューちゃんが居れば、電機魔法でWi-Fiを編み出すことなど容易だったのに。
すると突然、ズドンと突き刺すような音がして、地が割れた。バケモノの再来だ。会話中でもお構いなしだ。
先程と同じような濁流が噴き出した。ただし今回は細長く、何十メートルも高く立ち上がった。山というより間欠泉だ。
「よし、戦おう!」と霞月。「僕らの世界にも魔法は存在する。僕はその奇天烈な能力を授かった者だ。雷起こし!」
霞月は魔法を生み出し、投げつけた。何てシンプルなんだろう。
バシンと稲光が走り、泥の柱に穴を開けた。シンプルだけど、効いている。何で?私の魔法は通じなかったのに。

だがそれで倒したわけではない。
ドン、ドン、ドンと、あちこちから泥が湧き出してくる。「くっ!数が多い……!」と霞月。白い空が、灰色の泥で覆われる。私には何もできない。

「邪魔だな」

「え?」

ひなたが、バッと空に跳び上がった。
ひなたは宙で、何かをつかむようなジェスチャーをした。すると泥の柱たちは、ぐにゃっと束ねられた。ひなたがそれを引っ張るような動きをした。ドォンと、泥たちは全て引き抜かれた。民話「大きなカブ」のようだった。ひなたは泥の塊をどこかにポイ捨てし、降りてきた。泥の片鱗が雨のように落ちてきて、辺りは泥々になった。

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31 :げらっち
2022/08/10(水) 15:47:12

ひなたの右腕は、黒ずんでいた。痛んだバナナのように。
「ひなたさん、大丈夫?」
年下相手であるに関わらず、私は彼女をさん付けで呼んでしまった。よそよそしいかな。
彼女は無表情で私の眼を見た。青と白のオッドアイ。それは少しだけ、リリを想起させた。

「心配いらない」

ひなたはそれだけ言って、そっぽを向いてしまった。なにそれ、感じ悪い。せっかく心配してあげているのに。
それに、納得いかない。私の魔法は通じないのに、他の2人は戦えるなんて。

それとは別に、妙案が浮かんだ。
「霞月さんって、電気の魔法使えるんですね!Wi-Fi出してくださいよー!!」
体についた泥をハンカチで拭いていた霞月さんは、びっくりした顔で言った。
「えっ。僕の魔法は電気そのものを生み出すだけで、Wi-Fiとか、複雑なものが出せるかはわからないなあ。」
「いいからやってみましょうよ!Wi-Fiほしいです~!Twitterもチェックしたいですし!」

霞月さんはちょっと呆れた目で私を見た。いやーっ、そんな目で見ないで!!何で?

「まあ、とにかくやれるだけやってみる。案ずるより生み出すが易しだ。」
霞月さんは両手をうにょんと動かした。空気であやとりをしているようだった。

「Wi-Fi開通!」

ポンと間の抜けた音がして、私のスマホの電波アイコンが、Wi-Fiをキャッチしたことを示した。
「成功ですよ!流石ですぅ!」
私はすぐさま、リリに通話を発信した。LINE交換しといてよかった。
ほどなくしてリリが出た。
「あ、嘘?つながるんだ。」
「リリ、やほー!霞月さんがWi-Fiつないでくれたんですよ!そっちはどう?」
「こっちは奏芽、蘭くんと一緒。」
「よかった、奏芽は無事か。」霞月さんは大きく息を吐いた。どうやら、余程心配していたらしい。

「多分これもセカイの仕掛けの一種。変わったことは無かった?」とリリ。
私は、バケモノ相手に、魔法が通じなかったことを伝えた。

「それは当然。あっちの世界とこっちのセカイじゃルールが違うもの。」

私は憤慨する。
「でも私の魔力は強いのに!私の魔力は変わっていないのに!!私は“神様”ですよ!」
神様というフレーズは霞月さんたちには聞こえないよう小声で言った。神であることが知られるとマズイ。

リリはクスッと笑った。明らかに、私を小馬鹿にするひびきだった。私はムッとした。
「魔法をセカイに“適応”させて。でないと強い魔力も役に立たないよ?じゃあね、“神様”。円錐で合流しよう。」

通話を一方的に切られた。
「ああもう!!!」
私は叫んで、ハッとした。霞月さんが、ドン引きしていた。
「あ……ああもうっ!私ったらお馬鹿ですう!こんな簡単なことをしくじるなんて!と、とにかく先に進みましょ!」
私は誤魔化すのが上手だ。


冷静なルルが、私自身に囁く。
あなたは万能ではないの。神は神でも、それはひとつの世界の「神」でしかない。他の世界に来れば、その称号は、たちまち役に立たなくなるの。


すると突然、ひなたが私の目の前に現れた。私はひえっと悲鳴を上げるところだった。
彼女は私のスマホをじろじろ見ていた。
「ひなたさんも、スマホ置いて来ちゃったの?」

「わからない。それはなに」

「え?」
えっ。
スマホがわからない?
スマートフォンを知らないの??
もしかして、そっちの世界にはスマホは存在しないの?インターネットも?グーグル翻訳も?
嘘だっ!検索ができないなら、どうやって世界のことを知るの?TwitterやインスタやTikTokが無い世界なんて、有り得ない。有り得ないよ!!

一方で私の中に、意地悪な気持ちも芽生えた。
おすまししているひなたちゃんを、驚かせてやろう。
「へへーん、これはスマホっていうすごいアイテムなんですよ!知らないの?この中に何でも情報が入っていて……遠くの人とも会話できるし!」
だがひなたは、仔細には興味ないというふうだった。
「へえ、やっぱり魔法具の一種か」

冷静な私は心の中で呟いた。
ああ、哀れなるーちゃん。文明の利器に依存しているね。Z世代だね。
私は悪くないもん。そういう世界なんだもん。仮想世界を巡らす網目にとらわれて、もがけばもがくほどハマっていく沼に落ちて、藁のような人間関係にすがって、そうしないと生きられない世界、そういう世界にしたのは大人たちだもん。
そこに疑問符。
その大人が子供の頃は、その更に上の大人に、運命を決定づけられたのか?
だとしたら、私は次の世代に、苛烈な宿命を、押し付けていないか?腐敗した世界の後片付けを、投げ出していないか?私が大人になった時、子供たちに、恨まれてしまうのではないか?

私は娘であるリリや、幼い子供であるひなた、蘭のことを思った。そして少し恥ずかしくなった。

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32 :げらっち
2022/08/10(水) 15:51:38

再三の敵襲があった。

地面のあちこちがひび割れ、第二波よりもさらに多くの泥が立ち上がった。
「これじゃキリが無い!」と霞月さん。
確かにその通りだ。
「多分、これらの根源が地下に居るんですよ!そいつを倒さないと!霞月さんはここで、出てきた奴らを喰い止めて!私は地下に行ってみます!」
「わかった!」

私は泥の筋を避け、地下に入れる場所を探して走った。
すると、私を追い駆けて来る者があった。ひなただ。
「ひなたさん?」
「私も行く。あなただけじゃ邪魔者を倒せるか、わからない」

私はイラっとした。私の魔力は強い。何で年下に心配されなきゃいけないの?

しばらく進むと、白い柱が立っていた。アルビノの電柱だ。私はハッとした。ここはただの迷路ではない。白い住宅街だ。だとしたら。
「あった!」
私は地面に、白いマンホールを見出した。BMI・17程度の少女が素手で開けられるものではないが、ガールズレッドに変身した時、防御力や身体能力は増強されている。これなら問題ない。手を掛けて引くと、ガコッと音がして、蓋が開き、地下への入り口が現れた。
ひなたは不思議そうにそれを見ていた。
「マンホールも知らないんですか?行きますよ!」
私が白い梯子を降り、ひなたがそれに続いた。
地下道を流れているのは下水ではなく、灰色の濁流だった。地上に噴出したものと同じだ。上流にあたるほうに向かうと、ついにその温床がなんであるかわかった。

「あれは!」

地下の少し開けた空間、灰色の汚水の中心に、白くて四角いものが浮かんでいた。上部にぽっかり穴が開き、そこから泥が無尽蔵に吐き出されている。

「洗濯機!!」

それは正に洗濯機だった。エアコンの次に洗濯機とは、家電のカーニバルだ。
ひなたは「センタッキ?」と発音した。センタッキではない、センタクキだ。
「洗濯機も知らないんですか?服を洗う機械ですよー!」
ひなたは「知らない」とだけ返した。綺麗な無表情だった。私は、年下相手にえばっている自分が恥ずかしくなった。美しい彼女の前で、自分が不格好で不細工に思えた。そして自分の行いが、いじめっ子気質なことに気付いて、申し訳なくなった。

「……とにかく、今回は私が倒します。やらせてください。」

日向は私を見つめて言う。
「できるなら」

できるとも。

「炎の勇者!! ガールズレッド!!」

私は再び、顔面を含む全身を魔法で覆った。
しばらくは攻撃せず、弱い魔力を漏らしていた。深く息をする。魔法をセカイに染み込ませ、溶け込ませる。今だ。

「スーパースーパースパイラルフレア!!」

炎の螺旋が洗濯機を囲み、絡みついた。とぐろを巻いて、焼き尽くす。服を綺麗にするどころか、周りのものを汚染する洗濯機だなんて。

「燃えてしまえ!!」

魔法は「適応」された。
ガァンと破裂音がして、家電は大ダメージを受けた。
周りの泥共々、色素が白よりも薄くなっていき、無色透明になり、消滅した。

「やりました!!」

私は変身を解除し、ひなたに笑いかけた。ひなたはこくんと頷いた。かわいいとこあるじゃん。
「ブイ!」私はピースマークを見せつけた。ひなたはまたもやハテナの顔だ。
「これ、ビクトリーのVマークですよ!敵に勝った時とか、嬉しい時にするジェスチャー!やってみて!」
私はカニのハサミように、指をうにょうにょと動かした。
ひなたもそれを真似し、チョキを作ろうとした。
だがそれは未完成のまま、彼女は興味を失ったように、梯子のほうに戻って行った。私は叫んだ。「ああもう!!!」

☆☆☆

リリは、振り向いた。
「私たちはつけられている。」
「え?」と奏芽。
「なんでもない、独り言。いいから先に進もう。」

カタカタと、リリたちを尾行している、真っ白い機械。それはルンバ。

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33 :やっきー
2022/08/15(月) 21:35:39

《蘭視点》

 どうしてこうなった。
「次は、こっちに行ってみる?」
 茶髪の女が左右に道が伸びている分かれ道でおれとリリに尋ねる。了承の意を伝えてから、おれは気づかれないようにため息をついた。
 おれはまた日向から離されたみたいで、飛ばされた先でこの二人と鉢合わせた。二人もほかの二人とはぐれたらしい。一緒に行こうと言う茶髪の女の提案をとりあえず飲み込んだ。飛ばされる直前に聞こえたあの声からしてセカイはおれたちで協力することを求めているようだったから。だができることなら一人で動きたかったな。集団行動はどうも苦手だ。
「疲れてない? 大丈夫?」「お腹すいてない? 休憩したかったら言ってね!」と茶髪の女がしきりに尋ねてくる。鬱陶しく感じながらもそれらを流してしばらく歩いたところで突然リリが立ち止まった。どうしたのかとリリを見ると、白くて薄い長方形を耳に当てていた。
「あ、嘘?つながるんだ。」
「リリ、やほー!霞月さんが繧>�縺繝オ�縺つないでくれたんですよ!そっちはどう?」
 長方形から漏れてきたのは黒髪の女の声だ。一部聞こえないがだいたい聞こえる。
「こっちは奏芽、蘭くんと一緒。」
 そっちはどう、ということは日向は黒髪の女のところにいるのだろうか。その答えを黒髪の女の声が告げることはなかったがおそらくそうだろう。
「多分これもセカイの仕掛けの一種。変わったことは無かった?」
 リリが問う。黒髪の女の返事は自分の魔法がセカイのバケモノに通じないというものだった。
「それは当然。あっちの世界とこっちのセカイじゃルールが違うもの。」
「でも私の魔力は強いのに!私の魔力は変わっていないのに!!私は……ですよ!」
 意図して小声で言ったのか最後の言葉が聞き取りづらい。しかしリリがクスッと黒髪の女を馬鹿にするように笑って、おれが聞き取れなかった部分を重複した。
「魔法をセカイに“適応”させて。でないと強い魔力も役に立たないよ?じゃあね、“神様”。円錐で合流しよう。」

 神様?

 リリは長方形を耳から離した。
 神様とはどういうことだろう。どういう意味の神だろうか。好奇心を伴う疑問はすぐに消えた。黒髪の女が何者であろうがどうでもいい。どうせ別の世界の住人だ。そう結論づけておれはリリから視線を逸らした。
 それより気になるのは後ろから聞こえるカタカタという音。かなり前から聞こえてくる微かな音が煩わしい。
 リリも気づいていたらしく振り向いてボソッと言った。
「私たちはつけられている。」
「え?」
 茶髪の女が言った。なんだ、気づいてなかったのか。
「なんでもない、独り言。いいから先に進もう。」
 リリはとりあえず無視するらしい。んー、どうしようかな。あの音の正体を確かめに行けば協力という形を保ったままこの二人から離れられるかもしれない。別行動しても問題ないかもしれないな。試してみる価値はありそうだ。
「あの」
 おれが言うと、茶髪の女はなぜか嬉しそうな顔をして振り向いた。ああ、おれから話しかけたからか?
「後ろで音がするのでちょっと見てきます」
「えっ、そう? なら私も着いていくよ」
 めんどくさいな。
「いえ、見てくるだけなので。すぐに戻ってきますから」
 茶髪の女は納得しない。が、茶髪の女が何か言う前にリリが口を挟んだ。
「すぐに戻るって言ってるんだしそんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
 リリは効率重視な傾向が見られる。茶髪の女が着いていくと言い続ける限りおれは動こうとしないということを察して、茶髪の女の方を止めたのだろう。
「はい、大丈夫です」
 おれが言い切って、茶髪の女はおれとリリの顔を交互に見た。
「うん、わかった。危なくなったら大声で私たちを呼ぶか走って戻ってきてね」
「わかりました」
 そう言い終わるか否かおれはさっさと二人に背を向けた。やっと一人で行動できる。

 自分の常識外のものを脳が認識するときに要する時間は、思っている以上に長いのかもしれない。迷路を十数メートル戻ったところでちまっと床の上に置かれている平べったい円柱を見てそう思った。見たことがないものだ。置かれていると表現したが円柱はカタカタ動いていて、のろまだが確実に前進している。音の元はこれで間違いない。おれはこの円柱を見た直後はこれに気づけなかった。真っ白で小さいからということもあるが、これと似たものすら見たことがないために脳が情報を処理できなかったのだろうと推測する。
「で、結局これはなんなんだ?」
 おれはしゃがんで円柱を見た。見たけど、うん、わからん。なにもわからない。白、円形、動く。うん、わからん。
 収穫なしだ、戻ろうか、戻りたくないな。その辺で時間つぶしでもしようか。そんなことを考えていると、ふと円柱から煙が出てきた。

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34 :やっきー
2022/08/15(月) 21:37:39

 ぶしゅっと音がして無色の煙がおれの顔に直撃した。突然のことで対応できなかった。
「ゲホッ、ゲホッ」
 数回咳き込んで円柱を見る。少し視界が霞んでいるような気がする。毒か?!
 おれは立ち上がって距離をとった。足がフラフラする。やはりおかしい。
 円柱はカタカタと音を鳴らす。音はどんどん大きくなり、動作も次第に激しくなった。
 これは早々に片付けるべきだ。本能が告げる警告を受け入れ、おれは腕を伸ばして両手を円柱に向けた。魂の内部で魔力を練り上げ、身体中にそれを巡らせてから上腕へ送り、前腕を伝って手の平に集中させた。魔力を追う形で体温も移動し、おれの腕は、おれの手は高熱を帯びた。
 脳に描くは炎。激しく燃え盛る炎を円柱に向けて放つ。

【火魔法・猛炎】

 体の正面から乾いた熱気が吹き荒れた。小さな足で爆風に耐えて魔法を打ち出す。もちろん本気は出していない。相手が本気を出すに値しないからということもあるが、本気を出せば肉体が魔法に負けるから『本気を出せない』と言った方が正しい。
 少しくらい反撃が来るかと思ったがそんなことはなかった。円柱はあっさり炎に包まれた。橙色の光が白いセカイを塗りつぶす。勢い余って壁が崩壊したのか重たい破壊音の後に白い砂埃が舞った。円柱の姿は炎と砂埃に覆われて見えない。
 おれはすぐに体内の毒を分解した。おれが扱う魔法は光と火。そして火よりも光の方が純度の高い魔法を発動出来る。この程度の解毒は朝飯前だ。自分の力を過信しているのではない、ただの事実だ。

 それで、どうなった?
 おれは砂埃を睨んだ。さっきのカタカタという音も聞こえないし、壊せたのだろうか。
 砂埃が晴れてきた。音はしない。円柱の状態を確認しようと近づくと、ウィーンという聞き慣れない音が聞こえてきた。
 突如一筋の光、光線がおれめがけて放たれた。
「わっ!?」 
 警戒していたつもりだったが心のどこかで油断もしていたのだろう。光線はおれの左肩を貫いた。内部から骨を打つような鋭い痛みに襲われて、左肩を押さえて数歩後ずさる。
「らんくーん!!」
 その声を聞いてかなり不快になった。振り向かなくてもわかるこのイライラする声は茶髪の女のものだ。一人でいいって言ったのに結局来たのか。確かにおれの見た目は子供だが、だからといってここまで世話を焼く人間には初めて会った。
「さっき大きな音が聞こえたけど大丈夫? 一人で大丈夫って言ってたけどやっぱり心配で」
 タイミングが悪い。茶髪の女はおれが左肩を押さえているのを見るなり顔で悲しみを表現した。
「怪我したの? 大丈夫?」
「大丈夫だって言ってんだろーがうるせぇな」
 ドスの効いた声が茶髪の女の顔を凍りつかせた。ああ、もういいや。これ以上媚びを売っていても意味がない。これ以上はおれが不快になるだけだ。そう見切りをつけて茶髪の女から視線を外し、砂埃が舞っていた方を見る。砂埃はとっくに晴れていて炎に焼かれて炭になった円柱があった。視認してはいないが壊れていたはずの壁も元通りになっている。しかし連中は白い砂を被っていた。真っ黒な本体が砂によって少々白が混ざった色になっている。いわゆる灰色。鈍色と呼ばれる色に近いかな。
「ォ繝�ウ<繝」
 リリが言った。やけに聞き取りづらい音でわかりにくいがリリの声のはずだ。なんて言ったんだ? 聞き取れなかったのではなく言葉として認識できなかった。リリの視線は円柱に向いている。
「え? あ、ホントだ。どうしてこんなところにォ繝�ウ<繝が?」
  あの円柱のことを言っているのだろうか。二人はあれを知っている、ということはあの円柱は二人の世界にあるもの。道理で見た覚えがないわけだ。
 茶髪の女はさっきのおれの言葉に多少ショックを受けているらしい。が、この状況を見て意識をこれから行われるであろう戦闘に向けた。
 どう足掻いても協力せざるを得ないのか。

 おれは聞こえるようにわざと大きくため息をついた。

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35 :げらっち
2022/08/18(木) 17:49:41

《リリ視点》

ここに集められたメンバーの共通点。
各世界の強豪が代表選手として集められている。何もそれは、大相撲の横綱や、格闘技のチャンピオンではない。
強い魔法を使える者たちだ。それも生半可な強さではない。
弱い者を連れ込んだとしても、この迷路を突破できずに、バケモノや罠の餌食になるのは目に見えている。
このセカイの主の目的がなんにせよ、彼/彼女は、落伍せずに迷路を抜けられるメンバーを選り好んで、ここに招待したと言える。そして、私たちに何かを求めている。

蘭少年は、たった1人でバケモノをKOした。迷路を破壊するほどの爆炎が見えた。強大な魔力を示すまばゆいヒカリ。
幼いとはいえ、やはりただ者ではないな。まあ私も急成長させられた身だから、年齢なんて関係ないのはわかっているけれど。

「や、やったのかな?」
奏芽が言った。
私は答える。
「やってない。怯ませただけ。バケモノは倒されると、透明になって消えてゆく。でもあのルンバはまだ消えてない。」
ルンバはひっくり返っていた。殺虫剤を受けたゴキブリのように。でも、何でルンバなんだろう。私は幼少期、育ての親であるゲラッチに色々なことを教わったので、ルンバのことも知っている。興味はあるけど、今はあまり関係なさそうだ。

灰色のルンバはカタカタと動き、ぴょんと起き上がった。
一回り、大きくなっている。浮き輪くらいの大きさはある。直進すると壁をガンとバウンドし、そのまま迷路内を跳ね返りながら四方八方にレーザーを撃ちまくる。私たちは曲がり角に隠れた。
「ど、どうする?戦う?」と奏芽。
「そのほうがよさそうね。」と私。

蘭ははあっと溜息をついた。

それはしぶといバケモノに対してというより、私たちに向けられたものだった。
奏芽もそれを察したらしく、彼女のさっぱりした顔は青ざめて蝋人形のようになっていた。
「ね、ねえ、蘭くん、大丈夫?肩の怪我は?動揺するのもわかるけど、私たちは味方だから……」奏芽の声は上ずっていて、聞いた者を不安にさせてしまう。
「おれは動揺などしていない」
案の定の返しだ。
「動揺してるのはそちらじゃないんですかね?」
蘭はズケズケと物を言うようになった。恐らくこれが本性だろう。忖度無い物言いは嫌いじゃない。
奏芽は何故か私にすがってきた。肩を掴まれる。
「リリ、怖い。逃げよう。」
同性ということで気を許してるのかも。甘いな。
「それはベストアンサーじゃないね。この迷路を進むには、どのみちあいつを倒す必要がある。私たちはこのセカイを出るまでは協力するって締結してる。でも友達になるとは言ってない。馴れ合いはせず、共闘する。」
奏芽は泣きそうになっていたが、それでもうんと首を縦に振った。
「わかった。どうすればいい?」
この人もヒーローというだけのことはある。

私は次いで、蘭少年に声を掛けた。
「蘭くん。」
蘭は魔法で傷を塞いでいた。左肩がボヮァと炎で包まれ、銃創が消えた。燃えた服は戻らないので、少年は袖を破り取り、片腕だけノースリーブという独特なファッションになった。
「似合うじゃん。」
「どうも。」と蘭。感情は添えられていない。
「ねえ、あなたは1人でやりたい派かも知れないけど、私の計算では3人の方が早くやれる。具体的には、96秒の時短になる。このお喋りのタイムロスを差っ引いてもね。TAの上ではかなりデカい。」
蘭は私を見た。
その顔には、くっきりと、「何だこいつ」と書かれていた。綺麗な明朝体だね。

「よくわからない?私、特別な能力があるの。他人はこれを、自閉症と言うけれど。」

自閉症の割にはペラペラとおしゃべりできる。重度知的障害と強度行動障害を持って生まれた私だが、神のパシリとして時間遡行した時にそれらはアンインストールされた。自閉症スペクトラムの残滓はこの異常な計算能力だ。将棋の千手先を読むように敵の行動、自陣の行動をコンピューターにぶち込んで0.5秒あれば最善手を叩き出せる私はスーパーコンピューターだ。サヴァン症候群だ。ゲラッチのチートとルルのバグと雪華の改造のサラブレッド・私はTASだ。

「つまり、こういうこと。迷路は複雑だけど、私は一番合理的な道を選べる。試してみない?」

蘭は返答しなかったが、私にbetするのを決めたようだ。それでいい。

「じゃあ私の言う通り動いてね。」

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36 :げらっち
2022/08/18(木) 18:02:13

ルンバは迷路内を高速で掃除している。レーザーを撒き散らしながら。この弾幕を避けるのは不可能に近い。
だが「近い」というだけで不可能そのものではない。0.1%でも確率があるなら、そこに狙いを定めるのが私のスパコン。
鋭利な合理で攻略法を見出す。作戦会議が終わった。

「コミュニティアプリ起動。」

私は白いスマホに声を吹き込んだ。大声で詠唱する人もいるけど、割と無駄。呪文は小声でも効力は変わらない。むしろ、声量にエネルギーを浪費しないほうがいい。
白い表皮が凍てついてゆき、白い魔力で覆われる。
冷たい。心地いい。

「氷の反逆者、ガールズ・ニュー・ホワイト。」

「すごいなあ、変身できるんだ。」奏芽はそれを珍しそうに見ていた。
「できるよ。でも私にしてみたら、あなたの能力の方がもっとすごい。」
「そうかな……?そんなこと言われるのは初めてだよ。」
彼女は水色のハンカチで汗を拭いていた。上手くいくか心配なのかもしれない。私は気分をほぐすような言葉を探す。
「そのハンカチ可愛いね。私も水色が好き。ていうか、白以外の色は全部好きだけど。誰かのプレゼント?」
「うん当たり!霞月がくれたんだ。霞月もおそろのハンカチ持ってるよ!」と、彼女はちょっと笑う。

奏芽の能力は、闇。

聞いた時はびっくりした。
私の居た世界では、闇とはそのままの意味、光の裏側、邪悪なものを指していた。
光魔術と闇魔術は表裏一体で「魔術」と呼ばれ、他の魔法とは区別されるほど、特異で強壮で希少なもので、使える者は数少なく、ダークゲラッチやその妹、悪魔、他にもキャスストーンを巡って暗躍した宇宙の黒幕たちが使っていた。
奏芽のような善意の塊が使える能力ではない。
少なくとも私の常識では。
でも、世界の常識はお隣の世界では非常識。きっと霞月と奏芽が居た「ほうの」日本では、光と闇の、魔法の、ヒーローの価値観は違っている。だからあの平凡な2人が光と闇を取り扱っていても、有り得ない事ではない。

ときに蘭少年も、私のことをチラ見していた。トゲトゲしいようで、私のこと気になるんだ。かわいいじゃん。
「ハーイ、じろじろ見ないでくれる?」
蘭はハッとして目を逸らした。
「冗談冗談、思う存分見ていいよ。私、“あの子”にちょっと似てた?」
蘭は向こうで暴れ回っているルンバを見ながら答える。
「何の話だ?今関係ないだろ。」
あ、たじろいでいる。
「何故なかなか仕掛けないんだ?」
「これは、乱数調整。」
乱数調整は大事。いつ動くか、0.01秒単位のズレで、相手の動きが、生まれる摩擦が、TAのリザルトが大きく変わってくる。
「まだぁ?」と奏芽。


待って、まだ早い。


まだまだ。


もう少し。


「今だ!!」私たちは作戦通り3方向に走った。ルンバはそれに反応し、回転しながら360度レーザーを撃つが私の指示通りに動けばそれらは当たらない「蘭!」蘭は「火魔法!」と唱え猛火でルンバ、ではなくその背後の壁を狙う。ドォンと黒煙、瓦礫が落ちてきてルンバに命中。計算通りならルンバのセンサーは破壊された。次に私は「氷雪魔法ブリザードハンド!」と。煙幕の中でも氷の腕でガッチリとルンバを掴む。「奏芽!」さあ仕上げ。この合間に奏芽はお得意の闇を練り上げていてそれをルンバに打ち付ける「闇ビーズ!」駄目、0.2秒早い。まあその程度の誤差なら私のほうで補正可能。闇がルンバにダメージを与え、じゃあ、私がトドメ。

「氷魔法――」

私は右手に氷の粒を集積し、
泥が落ちてきた。

「え?」

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37 :げらっち
2022/08/18(木) 18:12:28

べちゃ、と私の頭に当たり、続いて私の目の前にもべちゃ、べちゃ、べちゃと灰色の粘土のようなものが落ちた。私はチラと空を見た。遠くで、灰色の噴水のようなものが高く噴き上げている。
計算外だ。
私の頭はめまぐるしく回転した。ルルたちの戦闘が外的要因となってこちらに影響を与えたに違いない。私のスパコンでも予見できなかった。いかに優れた将棋のAIでも、将棋盤をひっくり返されては勝てまい。だが強行。ロスは約2秒。「ツララメラン!!」私は氷のブーメランを投擲した。たかが2秒されど2秒。TAの世界では大きな誤差だ。そのレスパイトにルンバが一度攻撃する余裕が生まれ、憎き掃除機は、私の顔にガスを吐いた。
「ああっ!」
私は尻餅をつかないまでも、大きく体をのけぞらせた。ブーメランはルンバに命中するも、トドメを刺すには至らず、ズガンと大きな音を立てて、私の元に戻ってきたが、ガスを吸い込んでしまった私はそれを取りこぼし、それは背後に居た奏芽に当たった。

「いたいっ!!」

私は咳き込みながら奏芽を見た。彼女は氷の武具の直撃を受け、頭から血を流していた。地面に倒れていて、辺りには彼女のハンカチやティッシュなど持ち物が散乱している。
「ごめん――!」
私は、くらっとした。先程のガスは毒か。頭が鈍る。計算機に狂いが生じた。
「くっ、TASは無効か。」
涼しくするどころか火を噴くエアコンに、浄化するどころか毒ガスで汚染するルンバ。不具の家電。
ルンバはガガガと細動しながらこっちに向かってきた。「危ない!」私は奏芽を抱きかかえて壁際に逃れた。ルンバは1秒前まで私たちの居た所をすごいスピードで通って行った。そして突き当りまで直進し、壁に跳ね返り、角を曲がって見えなくなった。

「どうなってんだよ。お前が言う通りにしろっていうから、そうしたのに。」
蘭が言った。きちんと怒りが込められているではないか。
私は変身を解除して謝る。
「ごめん。」
蘭はそれ以上何も言わなかった。恐らく、私のせいにして責め続けるというのも無意味な労力と知っているのだろう。

私は壁に寄りかかっている奏芽に寄り添った。
「怪我させてごめんね。私が冷却する。治癒はしなくても、痛みは治まるはずだから。」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも……」
奏芽は悲痛な声を上げた。

「ハンカチ……とられちゃった……」

「ええ?」
私は、さっきハンカチが落ちていたところを見た。
無い。
ルンバが私たちの傍を横切った時に、落ちていたティッシュとハンカチを吸い込んで行ったらしい。

「安心して奏芽。あいつを倒して、ハンカチを取り戻す。」

「何言ってんだよリリ。」と蘭。「ハンカチなんてどうでもいいだろ。あいつは消えて、今はおれたちの脅威にはならない。先に進めばいいだろ。」
もっともな意見だね。
でも私は首を横に振る。

「ハンカチを取られたのは私のミス。あなたは行かなくても、私は行く。」

蘭は魔力の矛先を私に向けた。
「それはできないってわかってるだろ?おれたちはどの道、共に行動するしかないんだ。ハンカチより、皆との合流が優先されるだろ?」

「そうだよ!」と奏芽。「蘭くんの言う通り、先に進もう。ハンカチなんて……この際、いいから……。多数決だよ!」
「多数決?」
残念でした、私は頑固です。
「多数決って大嫌い。私はハンカチを取り戻すから。止めたいなら、いいよ、力ずくでどうぞ?」
蘭はボッと火を噴いた。私はそれを氷で包んだ。魔法は空中で静止した。氷の塊の中で炎が燃えているという、神秘的な、ものができた。
「相打ち。」
私は彼に背を向け、ルンバの走って行ったほうに歩き出す。

蘭の声が後ろから、
「何でだよ!それは合理的じゃないだろ!?」

確かに合理的でもないし、最短ルートにもなりそうにない。

「私はスパコンじゃない。感情の干渉を受ける、スパコンより優れた、人間だ。」

☆☆☆

ホワイトの壁の上で、2つの家電が、リリたちの様子を窺っていた。
家電らは真っ白で、セカイに擬態しており、気配も無いため気付かれてはいない。その家電はテレビとシュレッダーのようだった。
『よいぞルンバ。奴らを××錐には近づけるな。』とシュレッダー。
『さあ次はどうなるか?詳しくはCMの後!チャンネルはそのままで!』とテレビ。

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38 :やっきー
2022/09/08(木) 21:01:31

《日向視点》

 未知のものに遭遇することは面白い。

 私は全てを知り尽くしている。しかしそれは私がいた世界での話。違う世界には、違う時空には、私が知らないことがあるらしい。
「これ、ビクトリーのVマークですよ!敵に勝った時とか、嬉しい時にするジェスチャー!やってみて!」
 私はそれを真似してみた。指を曲げたり伸ばしたりする。でもルルの手の形とはなにか違う。私にできないことがあるなんて思っていなかった。面白い。しかしこれをいまする必要もないだろう。私はここへ降りてくるときに使った梯子を使って地上に出た。私が踏みしめるそれは地面ではないので床上と表現するのが正しいのかもしれない。とにかく私は上に行き、何故かある住宅街に戻った。ずっと同じような道ばかりが続いていたのにどうしてこんなところがあるのか。一度上空から見たときもこんなところは見つけられなかった。単純に私が見落としていたのか? それも考えづらい。ルルやリリが来てから、元からおかしかったセカイがまたおかしくなっている気がする。あの二人がセカイになんらかの影響を及ぼしているのだろうか。
 考えていても仕方ない。とりあえず、ああ、そうだ。霞月を回収しないと。どこかの道の途中で放置してきたんだった。
「ちょっと、置いていかないでくださいよ!」
 私が来た道を辿っていると、ルルが追いついて私に怒りを表明した。待つ理由なんてない。どうせあとから追いかけて来ることはわかっていたから先に行っただけ。
「もー、また無視ですか。人を無視しちゃダメなんですよ!」
 何故。
 問いかけたって、答えが返ってくることは滅多にない。このルルになにかを尋ねたところで返事は期待できないな。
 理解できないことを無条件に飲み込む必要はない。私はルルを無視した。

 私を諌めることに諦めたルルも黙って、しばらく沈黙を抱えたまま道を歩いた。来た道を戻るだけ。視界に入るものは全部既視感のあるものばかり。そのはずだった。私は見つけた。元の世界では見ることのなかったはずのものが見えた。
 そろそろこの辺りで霞月の姿が見えるはずだった。しかしそこに霞月は居らず、代わりに大きな白色直方体があった。見たことはない。しかしその存在は知っていた。名前は知らないし用途もよくわからない。存在だけをただ知っている。六面あるうちの一面に白い画面が取り付けられた機械とやらだ。
「洗濯機の次はテレビですか? これも真っ白ですね」
 ルルが呟いた。疑問の音はついているが私に向けられた疑問ということはないはずだ。
 そうか、これはテレビという名前なのか。
「しかもこれ、かなり前のブラウン管テレビですぅ。なんでこんなところに……」
 きっと私は物珍しそうにテレビを見ていたのだろう。ルルは私に言った。
「もしかして、テレビも知らないんですか?」
 今度は私に向けられた疑問だった。私が頷くとルルは意地悪く笑った。
「ほんとになにも知らないんですね。もしかしなくとも世間知らずですか?」
「違う」
 私は少なくとも元いた世界のことなら全てを知っている。私がルルの常識を知らないのは、単純に私がいた世界とルルがいた世界とが違うからだ。
「そうですか? だってスマホも洗濯機もテレビも知らないんでしょ? だったらきっとTwitterも知らないんだろうし。人生損してますよ!」
 ルルの言葉がちょっと引っかかった。損な人生ということは不幸な人生ということか。私は数秒間自分のいままでを振り返って、小さく頷いた。
「あなたの言うことも、あながち間違っていないかもしれない」
「えっ? あの、それは、どういう」
 急にしどろもどろになったルルをよそに、視線をテレビに向ける。するとテレビに異変を発見した。さっきまで白かった画面に色がついている。私はテレビに近づいて画面をよく見てみた。その絵は、よくある絵よりは細かく描かれているけど、輪郭が変にぼやけていてなにが描かれているかをはっきりとは明言できない。でも多分。
「私が元いた世界だ」
 私は吸い寄せられるように画面に触れた。これがどこかわからないわけじゃない。自信が持てないだけ。きっとあそこだ。

 急に画面が眩く光った。白い光が私の腕を絡め取り、やがて全身にまとわりつく。
「ひなたさんっ!?」
 後ろを見ると、驚いた顔をしているルルがいた。ルルもまた、光に絡みつかれている。

 私たちはそのまま、画面の中に引きずり込まれた。

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39 :やっきー
2022/09/08(木) 21:02:20

 ここへ来て最初に視界に飛び込んできたのは、淡い桃色の花を咲かせる大樹。学園の正門を潜ってすぐに目に入るこの大樹は学園の生徒を見守っている、らしいがどちらかと言えば安らぎよりも圧迫感を感じる。その奥には歴史を感じるどっしりした校舎が佇み、生徒を見下ろす。こんな形でここに来ることになるとは思っていなかった。
「わあ! また変なところに飛ばされたですぅ! ここはどこ??」
 ルルが叫ぶと登校したばかりの生徒たちの視線が一斉にこちらへ向いた。規定の制服を着ていないルルに向けられた奇異の眼差しは同じく制服を着ていない私にも向けられる。そして無数の目に明確な恐怖が注ぎ込まれた。慌てて踵を返す者や目を私に固定して動けずにいる者。色々いたけど、最終的にはみんな逃げるようにこの場を去っていった。
 なにもわかっていない様子のルル。このまま放置していてもいいような気はする。でもある程度の情報は与えておくべきかと思い直し、ここについて説明した。
「ここは私が元いた世界、その中のある学園」
 その言葉を聞いたルルは目を丸くした。
「てことは、元の世界に戻って来れたってこと? ずるい! 私も元の世界に返してくださいいい!!」
 またルルは叫んだ。元気ということにしておこう。
「違う。ここは私が元いた世界じゃない」
 私は首を振って言った。
「どういうことですか? さっき言ってたことと矛盾してますよ」
「同じなのは見た目だけ。私にはわかる。ここは作り物の世界」
「よくわかんないです……」
 ルルは不安そうに瞳を揺らした。数回瞬きをしてルルがにっこり笑う。なんだ、気持ち悪い。
「不安がっていてもしょうがないです! とにかく先に進みましょう!!」
 元気づけるために言ったのか。生憎不安なのはルルだけだ。
 
「がーん、スマホが圏外ですぅ! Twitterが見れない!」

 校舎に入って構造もよくわかっていないはずなのに私の前に立って歩くルルは、すぐに教師に見つかった。
「あら、あなたは?」
 話しかけてきたのは温和そうな女教師。
「どこのルームの子かしら、ここに勤めに来たばかりだからわからないのよ。それに」
 女教師はルルを上から下まで見た。
「制服を着てくるの忘れちゃったのかしら?」
「あ、そ、そうなんですぅ。るーちゃんってばうっかりしちゃって〜」
 ルルは話を合わせることにした。ふと女教師の目がこちらに向いた。やや表情が強張るのを確認した。女教師は笑顔を見せる。
「日向ちゃんだよね。あなたの担任のターシャ先生だよ。わかる?」
 ターシャ先生は姿勢を低くして私と目線を合わせた。
 わからない。
 私が無反応でいるとターシャ先生は困り顔で笑みを保つ。ルルは私の肩をつついた。そして囁く。
「わかるって言って話を合わせてください」
 嫌だ、面倒くさい。
「とにかくルームに戻ろうか。授業始まっちゃうし」
 おそらく私の手を掴もうとしたターシャ先生をルルが遮り、私の背を押した。
「自分たちで戻れるので大丈夫ですぅ!!!」
 逃げるように廊下を走らされて、しばらく経つとようやくルルが足を止めた。息を整えながら、ルルは恨めしそうに私を見る。
「絶対怪しまれてましたよ、もっとちゃんとしてください!」
 何故。こそこそする理由がどこにある。なにを隠しているのかすらよくわからない。
「その無視もどうにかならないんですか? なんで無視するの!?」
 何故。そう言われても返事はない。あえて言うならいちいち反応したくないからか。面倒くさい。
「ああもう! なんで合流したのがあなたなの? らんくんだったらよかったのに」
 周囲が静かだからかルルは叫ばなかった。怒気は呆気なくすぐに消えて申し訳なさそうにルルは言う。
「ごめんなさい、言い過ぎました」
「別に」
 ずっとうじうじされても鬱陶しいからそう言った。ルルの顔は晴れない、そのはずなのにルルは笑う。何故、不気味だ。ああ、年上だから明るく振舞おうとしているのか。
「そういえば、ひなたさんてここに通ってるの?」
 ターシャ先生の言葉からそう予測したのだろう、でも。
「違う」
「えっ、だってさっき」
「私もそこは気になっていた。おそらく私がいた時間より進んだ場所にある」
 国際立聖サルヴァツィオーネ学園。それがこの学園の名称。私はこの学園に近いうちに通うつもりだった。まだ通っていない。なのに通っていることになっている。
「もうよくわかんないですぅ……」
 ルルは頭を抱えた。校舎の中にいるとまだ人に会うかもしれない。それは面倒臭い。そう考えて私は校舎を出た。後ろからルルの声が聞こえてくるけど意識から排除する。私は再び四季の木の前に立った。

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40 :やっきー
2022/09/08(木) 21:02:49

「ど、どいてぇぇえええええ!」
 上空から声がした。見てみると少女が空から降って来ていた。ここからだと身体的な特徴は藍色の髪しか捉えられない。青いブレザーに灰のスカートに赤いリボン。学園の制服を着ているので生徒の一人か。遅刻じゃないのか? どうでもいいか。
 どいてと言われても私はそのままでも激突することはないだろうから突っ立ったままでいた。少女が墜落して、背後でゴスッと音がした。
「ごめんなさいごめんなさい!」
 少女のものであろう声が誰かに向かって謝罪している。それが誰かはわかる。後ろを見る。予想は当たっていた。
「いったー! もう散々ですぅ! あなた誰?!」
 若干涙目になってお腹を抑えながらルルは少女に痛みを訴えた。けれど少女を見て彼女が自分よりも幼いと知ると深呼吸してから笑みを取り繕った。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「ううん。それより怪我はない? どうして降って来たの?」
 少女を心配してはいるけれどかなり痛そうにしている。頬に汗まで垂れているではないか。さあどうするんだろう。
「あ、あのっいまから治癒魔法かけますから!」
 会話が成立しないまま少女は杖を持ち、呪文を唱えだした。かなり長い詠唱を終えてルルの表情が和らいでいくのを確認すると、少女はほっと息を吐いた。しかし、すぐにハッという表情をして慌てて言葉を出す。
「私は真白です。魔物に追いかけられて、それで」

『説明しよう! 真白は【異常体質・魔物誘引】により魔物を引き寄せてしまうのだ! 今日もさっきまで追いかけられて逃げている途中で魔力切れになって降って来ていたのだ!』

「あっ、授業遅れちゃう……」
 真白はチラチラとルルの顔を見た。
「私は大丈夫ですから、行ってください。治療ありがとうございます」
 ひたすら頭を下げ続けて真白は去った。再度辺りは静かになり、四季の木の葉音だけが耳の中に入り込む。花びらが舞って、私の視界は桃色に支配された。この木を見るのは随分久しぶりだ。

 数分間四季の木に見入っているとあることに気がついた。静かだと思ったら、そうだ、ルルが騒いでいないんだ。一体どうしたのかと思ってルルがいるはずの背後を見る。ルルはいた。不機嫌そうな顔でなにをするでもなく立っている。
「いつまでもそんな木を見てないで、早く行きましょうよ」
 私との対話を諦めたのかと思ったけどルルは私と目が合ったことで口を開いた。
「どこへ」
 私が言うとルルはぐっと言葉に詰まった。また黙ったので私は四季の木に視線を戻した。戻そうとした。

 地鳴りが起こった。微妙な既視感を覚えた直後、床の代わりに大地が割れ、泥の代わりに冷水が噴き出した。大地を壊すほどの恐ろしい水圧を伴う水柱が数ヶ所に出現した。第三者の気配がしたのでそちらを見る。

「妾は七つの大罪の悪魔が一人、レヴィアタンじゃ! 妾の暇つぶしに付き合うがよい!」

「さっきの女の子ですぅ! なにがあったの?」
 真白は数分前と比べて随分身体的な違いがあった。まず手が伸びている。私と同じくらいだった背は倍近く伸びているし、肌には鱗が浮き出ていた。急成長したわけではないと思う。服の大きさが体に合っているから。
『説明しよう! レヴィアタンとは、嫉妬を司る七つの大罪の悪魔だ! 本来の姿は巨大な海蛇でいまは真白の体を乗っ取っているぞ! 詳しくはバカセカ本編へ!』

「ひなたさん、応戦しますよ!」
 ルルは例の魔道具もどきを胸の前に掲げた。
「コミュニティーアプリ起動!」
 ルルの体から炎が突き上げられる。
「炎の勇者!! ガールズレッド!!」
 残念ながら、炎と水は相性が悪い。ルルは足手まといになるだろう。
「スパイラルフレア!」
 炎の螺旋がレヴィアタンを襲う。当然ルルが思う通りに攻撃が通るわけがない。左右に立っている水柱から新たに水柱が生み出され、螺旋状になって炎の螺旋に対抗する。二つは相殺どころか炎が水に押し負けてルルは水に飲み込まれた。水の中でルルが泡を吹くのが見えた。ルルを取り巻く水が水球になろうとしていた。私はその中に手を入れて、無理やりルルを引きずり出す。
「ハァ、ハァ、ありがとうございます……」
「下がってて」
 それだけ言って一人でレヴィアタンの元へ行こうとする。ルルが私の手を掴んだ。
「待って! 私だって戦える!」
「相性が悪い。邪魔」
「なっ! ガールズレインボーになればあんなの……」
 最後は小声の独り言だった。
「あなたは神かもしれないけど、それはあなたがいた世界での話。ここは違う」
 びっくりしているルルを放って、今度こそルルに背を向けた。

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41 :やっきー
2022/09/08(木) 21:04:55

「久方ぶりじゃのう、種子(たね)よ」
 レヴィアタンは宙に浮かんで私を見下しながら言った。私は特に返事もせずにレヴィアタンに闇を放った。黒を纏う風が複数の水柱を貫通し、呆気なくレヴィアタンまで到達した。風と言っても易しいものではない。鋭利な切れ味を伴う闇魔法らしい風だ。
 風は呆気なく消えた。レヴィアタンが持つ扇の一薙ぎで跡形もなく。
「よもやその程度の魔法で妾を倒せると思ったのか? なんのつもりじゃ。もっと妾を楽しませるのじゃ!」
 レヴィアタンは両手を広げて水柱の勢いを強めた。遊ぶ気はない。
「蘭のところに行かなくちゃ」
 ここは私が元いた世界ではない。それに蘭はまだセカイに残されている。レヴィアタンなんかどうでもいい。早く、蘭のところへ、行かないと。
 私は両手に黒い力を集中させた。セカイに来てからこの力を使うことが多い。蘭になんて言われるか。どうでもいい。早く、戻らなきゃ。
 私は世界を溶かそうとした。本来ならここで空間ごと空も大地も水柱もレヴィアタンもどろどろに溶けるはずだった。しかし実際には世界は溶けず、私の腕は白いままだった。ぼんやり両手を見ていると、レヴィアタンがくすくす笑っていることに気づく。
「ここは作り物の世界じゃ。其方の力はここでは適用されぬ。花園日向である其方では、妾には敵わないのじゃ!」
 言われてみればそうだ。私のこの力がセカイで発動される方がおかしいのであって、通常であればそうだった。
 レヴィアタンは扇を振った。さっきの私の黒い風が起こり、私を襲おうとする。死なないし、避けるなんて面倒だ。私はその場に足を固定した。

「バーニング!」
 目の前で爆発があった。黒い風はまたもや消えた。レヴィアタンは私の魔法を返しただけで、つまりいまの爆発は私の魔法を打ち消したわけだ。
「ひなたさん、大丈夫?!」
 爆発の主はルルだった。なるほど。神を名乗るだけのことはある。私はルルを妥当に評価はできていなかったらしい。
 そこで閃いた。ルルは私がいた世界の世界線から外れた世界から来た存在。私がいた世界のルールは適応されない。簡単に突破口が見えた気がした。
「もう一度炎の螺旋を出して。さっきよりも強いもの」
 私が言うと、ルルはキョトンとした。
「すーぱーすーぱーすぱいらるふれあ」
 私は首を傾げた。
「確かそんなことを言って出してた、あれ」
 私に指示されて腹立たしいような、それでも嬉しいような変な顔。ルルは元気になってレヴィアタンに向かって叫んだ。

「スーパースーパースパイラルフレア!!」

 そして生み出された炎の螺旋を核として、私は光を乗せた。激しい光に照らされて、四季の木の花の桃色が白色に変わる。あくまで主役は炎の螺旋。
 レヴィアタンは両手を掲げた。まっすぐに伸びていた炎の螺旋が突然止まる。空が波打って、攻撃を食い止めている。
「いっけええええ!!」
 炎の螺旋に魔力が込められるのを感じて、私も光に込めるエネルギーを増やした。
 空に亀裂が走り、レヴィアタンの顔が曇るのを確認した。と、同時に炎の螺旋がレヴィアタンを貫く。思った通りだ。この世界のあらゆる上下関係はルルには関係ない。新しい発見だ、面白い。

「ははははっ、面白いのう! はははははははっっ!!」

 レヴィアタンの最後の言葉はこうだった。レヴィアタンの体が発光して破裂した。残骸が落ちてくることはなかった。
「やりましたね!」
 私は頷く。そしてびくとりーのぶいまーくとやらをもう一度真似して見せた。なんだか不格好。ルルは目を丸くしたあと満面の笑みで同じ手の形を私に見せつけた。自分の方が上手いと言いたいのか。まあいい。

 ルルの顔がブレた。いや違う。空間そのものがブレた。一瞬一瞬でだんだん世界がズレていく。目の前がチカチカして、次第に意識が遠ざかっていった。

『バカセカ世界のボス、レヴィアタンを倒した日向とルル。次はCGR世界へ! 消えた霞月の行方は? このあとすぐ!』

 さっきから、うるさいな。

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42 :げらっち
2022/09/11(日) 15:53:08

《ルル視点》

展開が早すぎて、ついていくのが精いっぱいだ。

変な世界をハシゴして、次はどこに辿り着くのかと思いきや、

「自分の世界」であった。

私は周りを見渡した。
私は、真理類町の住宅街の見知った道のド真ん中に立っていた。
まさか、全部夢だったのか。だがそのような都合の良い解釈はすぐに否定される。視界に金髪の少女が入った。
「ひなたさん!」
プァンとクラクションが鳴った。
「わあ!危ない!」
私はひなたを庇って、路肩に退避した。車は猛スピードで通り過ぎていった。
「しつけの悪い車ですぅ!歩行者優先ですよ!!」
私は走り去るテールランプに向けてあかんべぇをした。ひなたはそれを物珍しそうに見ていた。
恐らく、あれが何かもわからないのだろう。先程立ち寄った彼女の世界は、ファンタジー然としていて、機械は見当たらなかった。私は、親切心に、マウント取りを隠し味にして、ご丁寧に説明してあげた。
「あれは自動車ですよ。移動する時に使う乗り物です!」
ひなたは言う。「ほうきとか馬車みたいなものか。」
「そうです。他人を煽ったり店に突っ込んだりもできるんですよ!」
「へえ。」
折角ジョークを言ったのに、ひなたは無表情だ。つまらない。


暑い。そうだ、季節は夏だった。
だけどこの暑さは懐かしかった。やっと戻って来れた世界。


だがひなたは言った。
「ここは貴方の世界じゃない。ここも、作り物。」
「えぇ~?」私は素っ頓狂な声を出した。
「“セカイ”に戻らないと。そして蘭と合流しないと。」
「どうすればいいんですか?」と私。
「恐らく、ここにも“ボス”が存在する。それを倒せば出られると思う。」
「それじゃ、とりあえずCGRの仲間を探します。みんなが協力してくれるかもしれないので。来て!」
私はCGR基地のある、津板山に向けて歩き出す。
ひなたは後をついて来た。

ひなたの世界のボスは、真白という少女の体を乗っ取ったレヴィアタンという怪物がそれにあたるのだろう。
私は旧友の真白を思い出した。名前こそ同じだが、性格はまるで違った。
大石真白はしたたかだったが、あちらの真白は、弱弱しい裏面に、邪気を感じた。

☆☆☆

道中、日向は色々なものに興味を示した。
自販機、電柱、工事現場のパワーショベルとタイヤローラー、パラボラアンテナなどである。
日向にとってそれらは初めて見る物ばかりだった。壱世界の神より高次である彼女はそれらの存在も認知している。だが、日向という人間体として、直接それらを視認するのは初めてだった。精神よりも、新しいものを受容した目や脳という器官自体が、新鮮さにざわついた。
しかしそれは日向のデスマスクには投影されないので、ルルは彼女を相変わらず不愛想な世間知らずだと思っていただろう。

すれ違う人々は、不思議なものを見る目で日向を見た。日向はこの世界の人種には、殊に日本人には、滅多に見られないような容姿だったので当然だ。
日向の世界の人々は、彼女を恐れ、蔑視した。片方だけの白眼を忌み嫌った。
だが愚かな東洋人には、そんな風習も風評も存在しなかった。だから彼らは日向に、羨望の目を向けた。美しい金髪とオッドアイは、二次元の世界から飛び出してきたようなものだったから。事実他所の世界から来たのだが。
非常識な現代人は、日向の輝く風貌を写真に収めるべく、スマホのレンズを向けた。
マネージャー気取りのルルは「勝手に撮らないで下さい!」と彼らを追い払った。

「あれはルルが持っていたものと似てる」と日向。
ルルは微量うれしそうにした。今まで「豆腐にかすがい」だった会話が、相手の記憶に染み入っていたことが確かめられたからだ。
「そうですよ!あれもスマホです!私が持ってるのはキズナフォンっていう、CGR専用の機種なんですけどね!」
上機嫌なルルは、赤いキズナフォンを日向に渡した。
日向はそれを持ってみて、案外重いものだと思った。
「特別に貸してあげますよ!(_▫ □▫/)」
「それはなに」
「これは顔文字って言います!この世界では使いたいほーだいですよ!(⊃ Д)⊃≡゚ ゚」


テレビは、2人を追尾し、住宅街の屋根の上を移動していた。テレビから人間の足が生えているシュールな形状だ。
映像をアウトプットするはずのテレビが、何故か状況を撮影する役を買っていた。

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